広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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first move

 翌朝。

 コーイチは布束の案内に従い、目的の場所へと歩を進めていた。

 後数日のうちに殺し合いをさせられるという冗談にもならない事実を受け入れるのは癪だが、ここは折れるしかない。

 今しなければならないことは、力をつけること。

 自衛の為の力がどうしても要る。

 布束はそこからチャンスが生まれるかもしれないと言っっていた。それは、逃走の可能性がわずかでも残されていることを指す。

 つまり戦闘はこの施設外で行われる可能性があるのではないか。もしかしたら郊外。警備もここより手薄なのかもしれない。

 もしそうなら、戦闘時の混乱に乗じて逃走のチャンスは多分にある。

 

(使いこなしてやるさ……。見てろ。ここの奴らに必ずカウンターパンチをお見舞いしてやる)

 

 コーイチの決意は固まっていた。

 こんな所一秒だっていたくないんだ。必ずルイコと一緒に逃げてやる!

 ちなみに、当のルイコもコーイチの後をおっかなびっくりと言った様子でついて来ている。

 何をしていても自由と言う権利はルイコにも与えられている。

 だから本当は自室にいてもいいのだが。

 

「あたしも付いて行くわ! 嫌よ! こんな気味の悪い施設に一人きりでいるなんて! どうにかなっちゃいそう」

 

 そういって同行を申し出てきたのだ。

 昨日のフェブリでもいてくれれば慰みにでもなっただろうが、布束がいうには彼女は「実験中」らしい。

 そういった時の布束の表情はどこか悲痛そうだった。しかしかける言葉も見つからないのでコーイチは気が付かないふりをし、目的の場所まで歩くのだった。

 

 フェブリ。

 やはり、そういうことか……

 こんな施設に連れ子がいるわけは無い。

 彼女も僕たちと同類。

 実験の被験者なのだ。

 何とか、フェブリも外の世界に連れ出せないものか。

 コーイチがそう思案している間に、ついに目的地まで到着してしまった。

 

 目的の場所は重厚そうな扉で閉ざされている。

 扉には電子パネルのようなものが装着されており、どうやら暗証番号化何かを入力しないと開閉できない造りになっているようだ。

 

「この部屋は特殊加工を施されている特別室よ。だからあなたがどんなに派手に暴れようが、nothing。建物が壊されることは無い。一種の能力者用トレーニングルームだと思いなさい」

 

 布束が扉前に設置された液晶パネルに指を這わせ、番号を入力する。

 

「あなたたちの行動は全てモニター上でチェックされる。だけど中で何が起こっても、私にはそれを止める権限は無い。だから、心してかかりなさい」

「どういうことです? そんなに危険な武器なんですか?」

 

 不吉なことを言う布束に一抹の不安を覚えたコーイチは、若干緊張した面持ちで布束を見据える。

 この扉の向こうに一体何があると言うのだろう。

 

「武器じゃない。危険なのは、中の人間」

 

 全ての番号を入力し終え扉が開く。やがて、中の光景がうっすらと見え始める。

 その中にはすでに先客らしき人影があった。

 

「あなたたちに心良い感情を抱いていない連中もいるって事よ。気を抜くとあなた、死ぬわよ」

 

 そしてコーイチ達の長い一日が始まった。

 

 

 

 

 室内は布束がトレーニングルームと評していたようにかなり広い空間だった。学校の体育館かそれ以上の広い空間だ。

 鋼鉄製の床に壁。そして青白い照明。

 そんな人工の光に照らされ、先客の人物はトレーニングに勤しんでいる。

 その人物にコーイチは見覚えがあった。

 それは昨日同じ室内にいた子供達だった。

 人数は4人と昨日より2人少ない。

 その一人にコーイチは見覚えがあった。

 名前は確か、シロ。髪が真っ白で特徴的だったので印象に残っていたのだ。

 後はポニーテールの少女に、お下げ髪の少女。

 そして小柄な少年。

 彼らの名前は分からない。これから先も知る機会があるのだろうか?

 彼らは各々手に光る何かを装備し、四速歩行で動く蟹みたいな機械と対峙している。

 恐らく、訓練用のロボットの一種なのだろう。それはウィィンと駆動音を唸らせ、彼らに対し攻撃を行っている。

 

「え?」

 

 コーイチは目を見開いた。訓練にもかかわらず超高速で何かレーザーのようなものを発射したロボットにも驚いたが、もっと驚いたのはそれを交わした彼らの動きだ。

 ロボットの攻撃を紙一重でかわし、異常な俊敏さで懐に飛び込んでいく彼らの動きは、明らかに常人のものとは思えない。

 そして彼らが何かナイフのようなものを取り出し突き出すと、ロボットはその動きを止め唐突に爆発した。

 耳を劈く爆発音が室内にこだまする。

 

「うわっ!?」

 

 思わず耳を塞いだが、一体何が爆発したのか。コーイチには皆目見当が付かなかった。

 

「あれがeffect。私たちが開発した、まったく新しい概念の武器。その試作品よ」

 

 そういって布束が取り出したのは小型のアタッシュケースだった。カチリと箱の中身を開封するとそこから出てきたのは一本のダガーナイフで、ウレタン性のスポンジにすっぽりと収まっている。

 ナイフは赤みを帯びた色合いをしており、柄の部分に赤い宝石のようなものがはめ込まれている。

 

「陽炎。このナイフの名前よ。手にとってみなさい」

 

 コーイチは恐る恐るといった様子でナイフに手を伸ばす。ナイフは意外と軽い。自分でも扱えそうだ。

 ためしに2,3回振ってみる。

 しかしこのナイフにあんな爆発を引き起こせる効果があるとはとても思えない。

 

「あとは慣れね。私がレクチャーしてあげてもいいけど。もっと適任者がいるわ。シロ」

 

 布束は訓練を終え、一息ついているシロに声をかける。

 

「何?」

 

 シロは汗をタオルで拭うと、こちらにやってくる。白いシャツにスウェットハーフパンツを着ている彼女は、怪訝な表情をしてこちらを見つめる。

 

「この子に、エフェクトの使い方をレクチャーしてあげて。実践経験豊富なあなたなら分かり易く説明してくれるでしょう?」

「私、まだ訓練したい」

 

 シロがあからさまに不機嫌な声色を出し抗議する。

 そんなシロに対し、布束は「しかたないわね」といった表情で提案をする。

 

「もし条件を飲んでくれたのなら、またプリンを作ってあげるわ。それじゃだめ?」

「プリン!」

 

 その言葉にシロは即座にピクンと反応した。

 

「それはもしや、円錐台の上にカラメルソースが乗って肌色をしているあのプリン?」

「そう。そのプリン。今なら牛乳プリンもおまけにつけてあげるわ」

「おお~~」

 

 シロは目を大きくあけ、頬はほんのりと高揚し、何かを思い出すように唸っている。

 

「プリン……あれはいいもの。この世にこんなおいしい食べ物があるなんて……」

 

 目をうっとりと輝かせ、プリンに思いをはせるシロに、最初の頃の無愛想さは微塵も感じられない。

 まあ、その気持ちは分からないでもないけど。

 コーイチは今朝の朝食を思い出す。

 職員が持ってきた銀のトレイにはブロック上のレーションのようなものがドンと置かれていた。

 まるで色粘土のようなそれにとりあえず口を付けてみたが、あまりのまずさに二度と口に含もうとは思わなかった。

 これが毎食出るとしたら……

 布束さんにいって、食事はちゃんとしたものをお願いしよう。せめて最低限の食事だけは採りたい。

 

「しかたない。プリンの為だ。レクチャーしよう」

 

 どうやら交渉は成立したようだ。シロはコーイチが手に持っている陽炎を指差し、自分に渡すようジェスチャーする。

 

「それじゃ、後は任せたわ」

 

 コーイチの肩をぽんと叩き、布束はそのまま扉から出る。それと同時に重い扉が閉じられる。

 

「コーイチ君。ふぁいと」

 

 後でルイコが声援を送ってくれる。

 当面の目標はこのエフェクトを使いこなすこと。その為にもシロから貰う情報は必要不可欠なものだ、聞き逃すまい。

 コーイチはエフェクトをシロに手渡しつつ、これからするべきことを頭の中で反芻させた。

 

「このエフェクト。『陽炎』は、スタンドと呼ばれる能力を所有する能力者から、その能力を抽出して造られた」

 

 スタンド?

 また新しい単語が出てきた。

 しかし話の腰を折るのも気が引ける。質問は後だ。今はシロの話に耳を傾ける事にする。

 

「現在生産されているのはこの『陽炎』『雷電』そして試作途中の『桜花』のみ。このエフェクトを起動させると使用者は擬似的にスタンド能力を有するようになる」

 

 つまり現時点では二本使用できるエフェクトがあるって事か。

 その一つが、今シロが手にしている『陽炎』。

 

「この『陽炎』の特殊能力は『炎』。物体を焼いたり、広範囲の敵を殲滅するのにとても有効」

 

 シロは陽炎をコーイチに手渡す。

 

「まずはなれることが肝心。エフェクトを構えて」

「こ、こうかな?」

 

 とりあえず、見よう見まねでエフェクトを構えてみる。

 

「柄の部分に親指を乗せて」

「あ、ああ」

 

 赤い宝石に指を這わす。

 

「キーコードを言う。『エフェクト起動』それだけでいい」

「エ、エフェクト……起動?」

 

 その言葉に反応し、宝石が一瞬輝きを増す。

 何? とコーイチが思うまもなく、宝石から霧状の何かが炎の渦を巻き、形となっていく。

 それは人型をした物体だった。

 しかし完全に人間の形をしているわけではなく、頭部は鳥、体は筋肉隆々とした男性を思わせるデザインをしていた。

 悪魔。

 最初にコーイチから出てきたのはその単語だった。

 唯一違うのは、黒く陰湿なイメージがあるそれとは違い、こちらは赤く燃え盛る炎を身にまとっていることだろうか。

 その異形の何かはコーイチを見据え、ただじっと主の命令が下されるのを待ち続けているように見える。

 

「これが、エフェクト?」

「そう。宝玉から呼び出された、忠実な僕。使い魔。好きなことを念じてみるといい。エフェクトは、その通りに動くから」

 

 動く?この物体が? 自分の思うままに?

 シロに促され、コーイチは恐る恐るといった風に、目の前の鳥人間に命令を出してみる。

 

「……えっと、じゃあ……右手、あげて?」

 

 スッとコーイチの命令に反応した『陽炎』は即座に右手を上げる。

 

「う、わぁ」

 

 本当に命令に反応した。

 ある種の感動を覚え、思わず感嘆の声が出てしまう。

 

「まずは慣れる事。これ重要。だから、ドローンを攻撃してみる」

 

 シロが呼んだのか、いつの間にか四速歩行型のロボットが一体、こちらに近づいてくる。このロボットは先程シロたちが訓練で撃破したものと同じ形状をしている。

 それがコーイチの約20メートル手前で停止した。

 

「大丈夫。初心者モードに設定してある。だから攻撃はしてこない。エフェクトで攻撃してみて」

 

 シロがドローンを指差す。

 

「陽炎の特殊能力を使う。つまり炎。それを飛ばしてドローンをやっつける」

「炎を、飛ばす……?」

「最初は格好を気にせず、ナイフを目標に定めて」

 

 言われたとおり、ナイフを突きつけるように目標に定める。

 

「陽炎と意識を同調して。『陽炎』は、もう一つのあなた。陽炎の見ているものをあなたも見ている。そのつもりでドローンを見て」

 

 意識を同調……。難しいな。

 思わず目を閉じる。

 

(あれ?)

 

 どういうわけか、目を閉じているはずなのに、外の情景が見える。

 これは、ひょっとして……『陽炎』の視点か?

 これが意識を同調するって事か?

 そういえばエフェクトを起動してから体全体が熱い。

 『陽炎』の炎が自分にも飛び火したみたいに熱い。

 

「後は意識して。絶対に目標に当てるんだという気持ちを持って」

 

 目標。

 20メートル先のドローン。

 頭の中でイメージが沸き起こる。

 それは炎。火球にも似たそれを相手に投げつけるイメージ。

 これは『陽炎』が抱いたイメージなのか?

 それはだんだんと膨らみ、やがて開放してくれとコーイチに迫る。

 だからコーイチはその言葉に答えるため目を見開き、イメージを解き放つ。

 

「当たれ!」

 

 その言葉に応じるように、『陽炎』の口内から巨大な炎が吐き出される。

 炎は一直線にドローンの元へと向かい、そのまま直撃するかと思われた。

 しかしその瞬間、ドローンはひらりとその体を回転させ、攻撃をかわしてしまう。

 派手な爆発音だけが空しく室内に木霊する。

 

「あ、ら……?」

「残念。攻撃はしてこないけど、回避はするから、あれ」

 

 シロが無慈悲に新事実を述べる。もっと早く言ってくれよコーイチは思った。

 遠くのほうで「あっはっはっはっ」という明らかに馬鹿にした笑い声が聞こえる。

 見るとシロの仲間のうちの一人が、「ヘタクソ」といわんばかりに大笑いしている。

 ぐぐっ……ちくしょう。そんなに大笑いしなくてもいいじゃないか。

 一撃で敵を粉砕し自信を付けたかったコーイチは、軽いショックを受けながらも、シロに尋ねる。

 

「に、逃げる敵に当てるのって、どうすれば?」

「訓練」

「そーですか……」

 

 いいさ。何度でもやってやる。

 そして絶対使いこなしてやる。

 今のうちにせいぜい高笑いしておくといいさ。

 コーイチは叫びだしたい気恥ずかしさと、悔しさを何とか胸の奥に押し留め、訓練を再開するのだった。

 

 

 

 

「ゼー。ゼー」

「コーイチ君。大丈夫?」

「ま、まだまだ……」

 

 仰向けに倒れ荒い息を発しているコーイチに、ルイコが心配そうに駆け寄る。何とか呼吸を整え上体を起こしたコーイチは、ルイコに心配要らないとやせ我慢を言う。

 かれこれ3時間。

 コーイチは一心不乱に『陽炎』を使いこなそうと。ドローンに攻撃を繰り返していた。

 最初のうちは変則的に回避運動をとるドローンの動きに対応できず四苦八苦していたが、1時間ほどすると次第に目が慣れ、動きに対応できるようになってきた。

 また、炎の使い方でも発見があった。この炎はある程度自分の意思でコントロール可能という事である。

 それを発見したのは30分ほど前。攻撃が外れ、「ああ、この炎が曲がったらいいのにな」と心の中で思ったら、逃げるドローンのほうへ自然にシフトしていったのだ。

 ふとシロを見るとあからさまに不自然に視線を逸らして来た。知ってたな。こいつ。

 

「よっこらしょ」

 

 思わずおじいさんのような掛け声を出して、コーイチは起き上がる。頭がボーっとする水分が不足しているのかもしれない。そう思っていたら、どこから調達してきたのか、シロがペットボトルを差し出してきた。

 

「水分補給も大事。はい」

 

 中身は白色をした液体が入っている。どうやらスポーツ飲料のようだ。それをコーイチは「ありがとう」と感謝の言葉と共に受け取り、すぐさま飲み干す。

 

「ぷはあっ」

 

 五臓六腑に染み渡るとはこのことだ。

 気持ち的にリフレッシュできたコーイチは、流れ出る汗をタオルで拭い、訓練を再開しようとする。だがそれをシロが手で制止する。

 

「エフェクトは長時間の使用には不向き。精神力を多大に消耗する。そんな中での訓練は無意味」

「そうなのか?」

「そうなのだ。だからしばらく休息が必要」

 

 シロが地面を指差し、座るように促す。

 

「ん……。じゃあ、まぁ……」

 

 実を言うと体力面でも限界に近かった。コーイチはシロの言葉に甘えさせてもらうことにする。

 ぺたんと地面に腰を下ろすと、とたんに疲労感がどっと押し寄せてくる。

 

「ありゃ?」

 

 腕に力が入らない。そのまま体を支えきれなくなったコーイチは、仰向けに倒れこむ。その衝撃で頭をしこたま床にぶつけてしまう。

 

「いだぁ!?」

「ルイコ。反対の足を持って。私は頭を持つ。ひっくり返す」

「え? ……う、うん」

 

 コーイチの様子を見たシロはルイコに手伝ってもらい、コーイチをうつぶせにする。

 

「な、なに?」

 

 いきなりのことで何が起こったのか分からないコーイチに、シロが「ちょっと黙れ」と言う。

 そしてそのまま背中に乗ると、トレーニングウェアをめくり、両手で強く押し始める。

 

「え? ちょっ!?」

「マッサージする。明日筋肉痛になったら動けなくなるから」

 

 ぎゅっぎゅっと少し強めに背中を押し、両腕や足をほぐしていく。

 

「そ、そんな!? 悪いよ! 大丈夫、これくらい何ともないって!」

「筋肉痛を馬鹿にしない。マッサージは運動直後にやるのが最も効果的。筋肉の緊張を解き、血行を促進する効果がある」

「いや、だから? そういうことじゃなくて。恥ずかしいんだけど!?」

「安心して。私も恥ずかしい。これでお相子」

 

 ならやるなよ、というコーイチの願いは却下され、この後しばらくマッサージは続くのであった。

 

 

 マッサージ終了後。

 

「うん。これはかなり恥ずかしいね。上半身裸で女の子にマッサージしてもらうなんて、なかなか無い状況だよ?」

「言わないでくれ……。思い出すと顔から火が出そうだ」

 

 ルイコの茶々にコーイチは心底うんざりした様子で答える。

 しかし効果はてき面で、腕に力が入らないということは無くなった。明日の筋肉痛の心配も無いだろう。その辺は感謝しなくてはならない。

 

「いい? 疲れた体を癒すには半身欲がもっとも効果的。全身の新陳代謝が活性化するから、疲労回復にも効果的。他にも免疫機能の向上やリラックス効果が期待できて……」

 

 そのシロはコーイチに疲労回復のノウハウを教え、「健康こそが最大の資本!」と力説する。接してみて分かったが、意外と彼女は世話好きな性格をしているようだ。

 だからこそ、コーイチは聞いてみたくなる。彼女達の事を。

 彼女達は怖くないのだろうか?

 自分たちが明日死ぬかも知れない生活を送っているということに。

 疑問に思わないのだろうか?

 自分たちが何故戦わされるのかという事に。

 コーイチは思い切って聞いてみることにした。

 

「あのさ。シロ。……君に聞きたいことがあるんだ」

「何?」

 

 突然の話の切り出し方に、シロは一瞬戸惑うが、すぐに元の表情に戻る。

 コーイチは一瞬ためらうが、この際だからと思い切って質問する。

 

「君は……。君たちは疑問に思わないのか? この実験に。もうすぐ自分達が殺し合いをさせられるこの現状に!」

「……」

「僕は、怖い……。自分が明日をも知れない命だなんて、考えただけでぞっとする。しかもそれを他人が管理しているだなんて……。どうして君たちはそんなに平然としていられるんだ? お願いだ。どうか答えてくれ」

 

 シロはしばらくコーイチの問いに答えなかった。

 ただ虚空に目を這わせ、コーイチの視線を交わし、どこか遠くを見つめているようなまなざしを送っていた。

 

「……理由なんて、ない。だって私たちには、始めからそれしか与えられなかったから……」

 

 まるで最初の頃のシロに戻ってしまったかのように、無表情で、抑揚の無い声で話す彼女がいた。

 

「一体何が……。何をされたんだ? 奴らに!」

 

 コーイチがさらにシロを問い詰めようとしたその瞬間。

 すぐ隣で何かが爆発した。

 

「!?」

 

 爆発の威力は小さく、3人が巻き添えを食うほどではなかった。

 しかし明確に、コーイチ達を狙ったのは明確であった。

 爆風の煙をもろにかぶり、コーイチは思わずむせる。

 

「クスクスクス……ごめんなさい。標的を外したわ。あのドローンよく動くから」

 

 それが嘘なのは明白だった。なぜなら彼女の練習相手のドローンはすでに黒煙を発して、その活動を停止させていたからだ。悪意ある犯人は、煙の中から下卑た笑い声を発し、こちらにやってくる。

 

「アズサ。何の真似?」

 

 巻き添えを食った形のシロは相手をギロリと睨む。

 

「だから謝っているじゃない。事故よ事故」

 

 煙から現れたのはやはり年端の行かない少女だった。長い髪をポニーテールにした彼女は、勝気そうな表情を浮かべ、「それより……」とコーイチを凝視する。

 

「な、なんだよ?」

 

 あまりにも敵意のこもった視線に、思わずたじろぐ。この子に何かしただろうか?

 コーイチは思い返すが昨日あったばかりの、ほとんど初対面の相手の事など、ろくに思い出せるはずも無かった。

 するとアズサはビシッと人差し指でコーイチを指差し、「ちょっとあんた!」と語気を荒めて詰め寄る。

 

「あんた、佐伯さんのお気に入りらしいじゃないのさ! 聞いたわよ! あんたは特別だって!」

「特別? 僕が?」

 

 何を言ってるんだ? この子は?

 一瞬、このアズサという子が何を言っているのか理解できず、ポカーンとした表情を浮かべる。

 それにしても。また佐伯って名前が出てきたな。

 それがこの子供達のボスの名前か。

 

「ちょっと! 何ボケッとしてんのよ! 話聞いてんの?」

 

 アズサは不機嫌そうな表情をいっそう悪くし、怒鳴り散らす。

 

「ああ、ごめん。なんだって?」

「きぃ~~! むかつく。何その余裕の態度。ほんと~~に! むかつく! いいわねあんた! 施設内を自由に行き来出来て! あたしらなんて、訓練以外の場所には立ち入ることさえ許可されてないのに!」

 

 え? ……そう、なのか?

 思わずくるりとシロのほうへと目を向ける。

 シロは無言で「コクン」とうなずいた。

 なんで僕とルイコだけ?

 コーイチが再び思考を巡らせようとするとアズサが「訓練、しましょ!」と甲高い声で邪魔してきた。

 

「こーんな攻撃もしてこないドローンばっかり相手にしないでさ? 手っ取り早くちゃっちゃと戦闘経験積みたくない?」

 

 くるくるとエフェクトを指先で器用に回転させながら、アズサが挑発的にコーイチを見据える。

 

「佐伯さんが特別だって言ったあんたの力。あたしに見せてよ?」

 

 たぶん彼女の内心を翻訳するとこうだろう。

 

『むかつくのよ! ぽっと出の新人が偉そうにしてんのが! 見てなさい! ギッタンギッタンのボコボコにのしてやるから!』

 

 冷静に考えれば、こんな安っぽい挑発に乗ることなんて無い。しかし、時間が無いのも確実だ。

 今は少しでも戦闘経験を積む方が得策だと思う気もする。

 だが、最初にドローンを攻撃していた彼女達の実力は折り紙つきだ。たかだか数時間エフェクトを触った程度の自分が、果たしてまともに相手になるのか。

 あ、そうか……

 コーイチはそこではたと思いだす。

 何もガチンコで戦う必要は無い。

 生き残る。

 それだけを念頭にエフェクトを使用すればいいんだ。

 ならこれは来るべき時の予行演習も兼ねる事になる。

 攻撃を捨て、守りに徹した場合。格上の相手とどこまでやりあえるのか。

 今回はそれを学ぶことに意識を集中すれば良い。

 

「……わかった。確かに実戦経験は積んだ方が得策だもんな。よろしくお願いするよ」

 

 コーイチはアズサの申し出を受ける事にした。

 

「意外。逃げるのかと思ったのに……。ふふふ。じゃあさっそく、はじめましょうか? 出来るだけ実戦に近い形でやりあいましょう?」

 

 アズサがエフェクトを手にし、『陽炎』を発現させる。

 

「なんで? コーイチ君!?」

「命知らず。何で逃げない」

 

 ルイコとシロが口々にコーイチを批難する。彼女達の心配は痛いほど分かる。現状では勝ち目が無いことは誰の目から見ても明白だからだ。しかしそれでもやらなければならない。

 

「ごめん。でも、実戦に近い形で無ければ意味無いんだ。そうじゃなきゃ、きっと生き残れない」

 

 コーイチも『陽炎』を出し、アズサと対峙する。その瞬間、巨大な火球が目前まで迫り、コーイチを飲み込もうとする。

 

「な!?」

 

 瞬間的に『陽炎』の炎で火球を相殺しよう試みる。しかし突然のことで、出現させた火球は威力が弱い。当然相殺できず、半分近く残して火球はこちらに向かってくる。

 

「くぅ!」

 

 コーイチは『陽炎』に、コーイチ自身の体を放り投げるよう強く念じる。それに反応し、服をむんずと掴まれたコーイチはそのまま床に叩きつけるように投げつけられる。

 堅い床で肘やもも部分をすりむき出血してしまったが、どうやら炎は回避できた。

 

「言ったでしょ? 実戦に近い形でって。わざわざ『よーいドン』で仕掛けてくるとでも思ったのかしら? だとしたら本当、おめでたいわねあんた」

 

 クスクスクスとアズサが笑う。

 あの一撃。本当にコーイチを殺す気で撃ってきたように思った。

 もしとっさに防御しなければ。

 そう思うと薄ら寒いものを背中に覚える。

 しかし同時に、妙な高揚感があった。

 脳内でドーパミンが出すぎたのか、次第にこの状況を楽しみ出す自分もまた存在していた。

 そうだ。実戦だ。そうじゃなきゃ、意味が無い。

 もっと追い詰めろ。

 命が無くなるそのせめぎ合いの瞬間まで、僕を追い詰めるんだ。

 その時、アズサと対峙していたコーイチの顔は、確かに笑みを浮かべていた。

 それがやせ我慢から来たものなのかそうでないのかは、ついにコーイチにも判別できなかった。

 

 

 

 

 


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