広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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gambit

「食らえ!」

 

 アズサ掛け声と共に『陽炎』が火球が連続して三つ、己の口から吐き出し、コーイチに放つ。

 すさまじい轟音を上げるそれは圧倒的な速度でコーイチに迫る。

 

「『陽炎』」

 

 コーイチは自身の『陽炎』に、同様に火球を三つ吐き出させ、これを相殺する。

 火球同士が互いにぶつかり消滅する際に、ボンっというすさまじい音と水蒸気が周囲に巻き起こり、白い煙で周囲が見えなくなる。

 その結果を見て、コーイチはニヤリと笑う。

 コーイチは明らかにこの状況を楽しんでいた。

 未知の武器、能力を手にする楽しさに酔っていたのかもしれない。

 体がすごく軽い。思い通りに動かせる。

 『陽炎』と意識を同期しているせいだろうか。

 精神が研ぎ澄まされたようにクリアで、気分がいい。高揚感もある。

 先程までアズサに感じていた、恐怖感や不安に思う気持ちは今は微塵も無い。

 コーイチは『陽炎』を見る。

 だんだんとエフェクトの使い方が分かってきた。自分の使用する武器も『陽炎』なら、アズサのも『陽炎』。同系統の武器なら威力を相殺することが可能なのだ。

 後は戦闘経験の差……か。

 こればかりはそう簡単に埋めようが無い。

 もっと引き出してみせる。

 エフェクト(コイツ)の力。何が出来て、何が出来ないのか。見極める!

 コーイチは脱兎のごとく、アズサから距離をとる。

 

「コイツ!? また逃げる!?」

 

 苛立ちの混じった声を上げながら、アズサはコーイチの後を追う。

 大分いらだっているな。自分を追撃してくるアズサを見てコーイチはほくそ笑む。

 無理も無い。先程からコーイチは積極的にアズサに対して攻撃を仕掛けていない。

 防御主体の戦闘。

 きっとアズサは「何で攻撃を仕掛けてこないの!?」と疑問に思っていることだろう。

 これはコーイチにとって実験に近かった。

 高々一週間程度、戦闘の訓練を積んだからといって、実践でそれが生かされるとは思えない。

 それで意気揚々と敵に向かって行っても、恐らく瞬殺されてしまうだろう。

 漫画のような修行を積んでの急激なパワーアップなど絵空事でしかないのだ。

 なら自分に出来ることは?

 それは守りだ。

 ルイコを守りつつ。敵の攻撃をかいくぐり、隙を見て脱出する。

 その為だけの力を得る。

 明確な殺意を持って襲ってくるアズサはその実験の良い練習台というわけだ。

 だからこうしてヒット&アウェイを繰り返している。

 いける! この調子で練習を積めば、エフェクトは使いこなせる。

 希望が見えてきた。

 そう思いコーイチは少し気を抜いてしまう。

 それがいけなかった。

 

「あ!?」

 

 コーイチの目の前に火球が迫る。

 数は5つ。

 大きさは先程より小さい。

 だが小さい分、スピードが速い。

 

「『陽炎』!」

 

 相殺している余裕は無い。コーイチは『陽炎』でその火球を全て弾き飛ばした。

 間一髪。

 ふー。と息を吐くコーイチに上空から影が迫る。

 

「!!」

 

 それは先程と同じ火球だった。それが上空から2つ。

 ゆっくりとコーイチ目掛け襲ってくる。

 まさか……。コーイチははっとする。

 迂闊だった。

 さっきの5つの火球は陽動だったのだ。

 実際に放たれた火球は7つ。

 本命はこちらだ!

 

「『陽炎』! 打ち落とせ!」

 

 スピードが遅いのが幸運だった。これならなんとか相殺できる。

 だがそれは甘かった。

 2つの火球は、コーイチが攻撃する目前で爆発したのだ。

 

「くぅ!」

 

 巻き起こる爆風と爆煙・熱風に思わず身体を丸め、防御姿勢をとる。

 

「つ~かまえた」

「しまっ……!?」

 

 煙の中からアズサの声がしたと思ったその瞬間。

 『陽炎』の右腕から繰り出された拳が、コーイチの腹にめり込んだ。

 

「うげっ!」

 

 コーイチはうめき声を上げ、地面に転がる。息が出来ない。

 そのコーイチを、獲物を捕らえた喜びに満ちた表情のアズサが見下ろした。

 たった一発。右腕から繰り出された『陽炎』の一撃でこの様かよ。

 ボクシングの選手がボディーブローを受けたらこんな感じになるんだろうなぁ。ぼんやりとそう思った。

 

「……あの2発目も……おとり……か?」

 

 かろうじてそれだけ口にすることが出来た。

 

「そう。周りを煙幕で覆っちゃえば、絶対油断すると思ったけど。きゃはっ。まさにビンゴね!」

 

 アズサがコーイチの握っていたエフェクトを足で蹴飛ばす。

 カラカラとあらぬ方向へと飛ばされたエフェクトを眺めながら、コーイチは己の敗北を悟った。

 

「これから何が行われるのか、わかるかしら?」

「ろくでもない事なのは、確かだろうね……」

「余裕ね。軽口を叩くなんて」

 

 コーイチはちらりと真正面の鉄の壁を見る。

 たぶんあのあたりにカメラがあって、布束たち研究者がこちらを見ているのだろう。

 だが、止めに入る様子は無い。

 つまり、このまま様子見という事だ。

 もしかして、このまま殺されても助けに入らないんじゃないだろうな?

 そう思うと涙より、ある種のおかしさが胸の中からこみ上げてくる。

 せめて軽口くらいは言わせて欲しい。そう思っていると、見えない何かにいきなり服をつかまれ、無理やり立ち上がらされた。

 

「エフェクトを持たないあんたにはもう見えないでしょうね。『陽炎』の姿が」

「何でもありだな……。この武器は……」

 

 一般人には見ることが出来ないのか、こいつは。

 確かにこれはすごい武器だ。これは試作品だといっていたけど、こんなのが量産されて一般に出回ったら、武器のあり方が変わるかもしれない。

 

「もう止す。勝負はついた。これ以上の戦闘は無意味」

 

 見かねたシロが鋭い視線をこちらに向け、戦闘を止めるよう促す。しかしアズサは聞く耳を持たないといった感じで睨み返す。

 

「最初に言ったでしょ? 実戦に近い形で戦闘を行うって。まさか敵に参ったって言えば許してくれるなんて思ってないでしょうね? 中にはこうやって、嬲るのを趣味にしている奴だっているんだから!」

 

 アズサの右腕が唸りを上げ、コーイチの顔面を襲う。子供の、それも少女のものとは思えない思い一撃を頬に受け、たまらずコーイチは吹き飛んだ。

 鼻が折れたのか、鼻血が吹き出、口の中に入る。たちまち鉄の味と匂いが口全体に広がっていく。

 コーチは鼻を押さえながら、よろよろと起き上がる。だがそれはアズサを喜ばせる行為でしかなかった。

 5発。6発。7発。

 顔や腹や腕。

 痛みでもはやどこを殴られているのか分からない。

 先程から右目が塞がって見えない。たぶん顔はパンパンに膨らんでいる事だろう。

 アズサの鋭い蹴りが鳩尾に見事に入る。

 吹き飛ばされ、頭を地面に強打する。頭がぼんやりとして何も考えられない。

 意識が……。だ、めだ……。僕はまだ、戦える……。戦わなく、ちゃ……。

 コーイチの意識はそこで途絶えた。

 

 

「いいかげんにする。これ以上やるなら私も黙ってない」

 

 シロがコーイチとアズサの間に割って入り、エフェクトを取り出す。いつでも戦闘を始められるように、予めエフェクトを発動させている。

 シロが手にしているのは『陽炎』とは違うもう一種類のエフェクト。

 金色のカラーをしたナイフの名称は『雷電』。鳥の頭部のような顔付きの『陽炎』と違い、こちらは恐竜のような顔付きをしている。

 その『雷電』は全身からバチバチと電気を放電させて、臨戦態勢をとりアズサを見据えている。

 

「意外ね。あんたが他人の為にここまでするなんて。もっと冷血漢だと思っていたのに」

「不愉快なのが嫌いなだけ。今のあなた、とても不愉快。消えて欲しい」

 

 向かい合う二人。まさに一触即発の状態だ。

 その均衡状態を崩したのは一発の火球だった。

 火球はヘロヘロとアズサの前方5メートル付近、何も無いところで爆発した。

 アズサはその火球がやってきた方向へと振り返る。

 

「はーっ……はーっ……はーっ……はーっ……」

 

 そこにいたのはルイコだった。

 ルイコは肩で大きく息をしながら。アズサを睨みつけている。

 その両手にはアズサがコーイチから取り上げたエフェクトが握られている。

 

「何の真似よ、あんた。やろうっての?」

 

 アズサがルイコを睨みつける。せっかく盛り上がってきた気分に水を指され、かなり語気が荒い。

 

「これ……。実戦と同じ形式なんでしょ? だったら、こうやって横槍が入ることも珍しいことじゃないでしょ? あたしがそれをやって何か不都合でもあんの?」

「そんなことされて、ただで帰すと思う? 死にたがりなんだ? あんた」

「冗談! 死にたい訳無いじゃない。目の前で仲間がやられて放っとけなくなっただけ」

 

 精一杯のやせ我慢で、ルイコは挑発的な笑みを浮かべる。

 両手に持った剣先はブルブルと震えている。

 本当は怖いが、このままではコーイチが危ない。

 その時スッと一つの影がルイコの隣に立つ。

 

「二対一だけど……。やる?」

 

 それはシロだった。すでに臨戦態勢の彼女はいつでも飛び掛る気満々だ。

 一方のアズサも「もちんろん!」と『陽炎』を構え、ルイコ達に挑もうとする。

 

「……アズサちゃん。もう止めましょう?」

 

 それを制したのはアズサの仲間であるはずの、お下げ髪の少女だった。

 どこと無くおっとりとした雰囲気をかもし出している少女は、困ったような表情でアズサを見る。

 それはやんちゃな子供を見守る母親のような視線だった。

 彼女の背後にはくっつくように少年が立っている。どこかおどおどとした年端の行かない少年だった。

 

「……ナナミ。コータ。あんた達まで邪魔すんの?」

 

 アズサは憎憎しげに二人を見る。

 

「だって、意味無いもの。シロちゃんとアズサちゃんの実力はほぼ互角。本気で戦ったらどちらもただじゃ済まないもの。私、二人にはどちらも死んで欲しくない。だからね? やめよう?」

「おねーちゃんの言うとおり、なの」

 

 ナナミとコータの「もう止めよう」という声に、アズサは「うう……」とたじろぐ。

 

「おねがい」

 

 自愛のこもったナナミの視線に晒され、先程までの激情していたアズサの態度が溶解する。

 そして彼女の瞳からほろりと、一筋の涙が零れ落ちる。

 

「なによ……。私だけ悪者? だってあいつが悪いんじゃない! 後から来たクセに特別扱いされて! なんであいつだけ!? 私、頑張った。言われたとおりに頑張って敵もいっぱい倒してきたのに! なんで!? どうしてよ!?」

 

 アズサが意識を失っているコーイチを指差しながら、涙交じりで非難する。

 

「そうだね。アズサちゃんは頑張ったね。私は知ってるよ。先陣を切って敵をまっ先に倒してくれるのはいつもアズサちゃんだもんね。そのお陰で私たちがどれだけ助かっているか。すごい子だよアズサちゃんは」

「うん。偉いの。アズサ」

 

 ナナミがアズサの身体を包み込み、よしよしと頭を撫でる。

 それにコータも続く。

 

「私……。謝らないから。私……悪くないもん……」

 

 グスっと鼻を鳴らしながらアズサはナナミの腕の中で嗚咽した。

 

「えっと……? どうなってんの? これ?」

 

 ルイコはいきなりの展開に戸惑った声を上げる。

 あんなに激昂していたアズサのあまりの変容振りに戸惑いを隠せないのだ。

 それを察したシロがどこか悲しそうにアズサを見る。

 

「……アズサ。感情の制御が出来ない。ちょっとした事で、すぐに気分が変わる。実験の副作用」

「実験?」

「神経細胞シナプスの強化実験。脳から筋肉への伝達をスムーズに行うようする。これによって、私たちより数倍の運動能力向上が見込まれる。はずだった……」

「はずだったって……。じゃあ、実験は?」

「失敗。能力向上は見込まれず、代わりにひどい副作用がついた」

 

 それが、感情の制御不能。

回復の見込みは、無いという。

 これから一生。あの子は不安定な精神で日常を送るのか。

 ルイコは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 改めてこの研究施設の非人道的さが浮き彫りになってくる。

 ここは人を人とも思わない、人間の皮をかぶった悪魔の巣窟なんだ。

 そう思うと、先程アズサに抱いていた怒りはどこかに消し飛んでしまう。

 

「むごい……」

 

 ナナミの胸の中で泣きじゃくる彼女を見て、ルイコが独り言をつぶやくように言った。

 明日は我が身。

 不意にそんな言葉が頭の中に浮かんだ。

 

 

 

 

 ?月?日?時??分。

 一体どれくらい時間が経ったのだろう。

 両手と両足に手錠を掛けられ、彼女、二宮双葉はベッドに寝かされていた。

 清潔なシーツに薬品のにおい。真っ白な室内。

 耳を凝らすと遠くで急患を告げるアナウンスや人々の息遣い、足音などが聞こえる。

 ここがどこかの病院であることは容易に理解できた。

 恐らくアンチスキル管轄の病院なのだろう。でなければ自分に手錠など掛けるはずない。

 目の前にはシンプルなつくりのパイプ椅子が一つ置かれている。

 今は席をはずしているらしいが、ここで自分のことを監視していた人物がいたのは明白だ。

 しばらくの後。ガチャリとドアノブが回され監視していた人物が姿を現す。

 がっしりした体格の男だった。ウインドブレーカーを着込み、鋭い視線を双葉に向けている。

 その人物に双葉は見覚えがあった。

 

「……なんだ。誰かと思ったら。プロメテウス事件の時以来だね。ゴリ山さん」

 

 双葉がゴリ山と称した人物は、強面の表情を崩さず一言「五井山だ」とだけ正すと、備えてあるパイプ椅子にドカッと腰掛ける。

 五井山の脳裏には彼女と取っ組み合いの喧嘩をした記憶が鮮明に思い出される。

 

「本当はお前を絞め殺したいよ。捜査かく乱。犯罪助長。犯人隠避。おまけに先の柵川中学占拠事件。数え上げたらキリがねぇ」

 

 思い出したら向かっ腹が立ってきたのか、五井山は額に青筋を浮かべている。

 

「それで? 用件はなんだい? まさか僕に愚痴を言うためにここにいるわけじゃないんだろう?」

 

 双葉は苦笑いを浮かべ、「本題に入りなよ」と先を促す。

 

「柵川中学襲撃事件の際、お前には協力者がいたはずだ。真壁竜一と岸井エリカ。その内、岸井エリカの行方は未だ掴めずだが、残りの真壁竜一の身柄を確保した。その真壁が証言したよ。自分は『イレイズ』という組織の一員で、お前もかつてその組織にいたんだってな?」

 

『イレイズ』という言葉に双葉は眉を一瞬潜める。

 

「公にされていないが学園都市には『暗部』と呼ばれる非人道的な組織が複数存在している。兵器開発。人身売買、人体改造。要人暗殺、その他もろもろの糞ったれな犯罪に手を貸しているろくでもないやつらさ。『イレイズ』はその中でも人身売買を専門に扱っている。その被害にあっているのが置き去り(チャイルド・エラー)と呼ばれる年端も行かない子供達だ」

 

 取り出した資料の束を苦虫を噛み潰したような顔をして見る。

 ページをめくるたびに五井山の表情がだんだんと怒りを帯びたものになってきているのは、それだけページの内容が悪意に満ちたものだからだ。

 

 置き去り(チャイルド・エラー)とは現在、学園都市内でも無視できない社会問題となっている、置き去りにされた子供達の総称である。

 その理由は年間の学費が払えない、あるいは厄介払いと様々理由が挙げられる。

 いずれにしろ心の無い両親によって帰るべき場所をなくした子供達は、犯罪組織からすればの格好の餌食であった。

 学園都市内では年間数百人の割合で行方不明者が発生しているが、その大半が彼ら、置き去り(チャイルド・エラー)の子供たちである。

 

「なるほどなるほど。それで僕を通して組織の情報を得たいって事か」

 

 双葉は納得したようにうなずく。そのまるで他人事のような態度に、五井山はつい語気を粗め、持っていた資料を握りつぶしそうになる。

 

「そうだ! 『イレイズ』の大まかな活動記録を見たが……。吐き気を催すぜ。人間が、人間をモノみたいに売り介しているなんてよ!」

 

 双葉のベッドの上についに捜査資料の束をぶちまける。

 その内の一つ、購入者の売り買いの記録が双葉の目に留まる。

 

 ①6歳くらいの幼女。

  髪は長髪。黒髪。

  顔立ちは可愛らしい感じで。

  性格は天真爛漫。

  自分のことをパパと慕うように教育してください。

  落札希望価格150万円

 

 ②10歳の男性希望。少々茶髪の髪型で、ショートボブがいいです。

  呼び方は「ボク」。それ以外は認めません。

  性格は少し恥ずかしがりや。おどおどした感じ。

  顔立ちはどこか中世的なのを希望します。

  価格は100万円程度を希望。

 

 ③14歳。女性。

  マゾヒスト希望。

  どんなに痛めつけても快楽として受け入れる感じで調教をしてあると嬉しいです。

  容姿は特にこだわりません。

  眼帯をしている方が好みなので、右目は潰してください。

  価格200万。

 

 ④人体改造用の献体希望。

  容姿は特に問わず。

  健康優良児なら男女を問わない。

  落札価格500万までなら一括で支払えます。

 

 これは少年少女たちを売買しようとする業者と買い手のやり取りの記録だ。

 カタログには幼児から20歳前後の女性が一糸まとわぬ姿で様々な角度から撮影されている。

 良くここまでまで手広く揃えたと感心するほどだ。

 特徴的なのは、皆、感情を消されたかのように表情が能面であるということ。

 まるで人形の見本市のような彼らに付けられる金額は低くて100万。中には1000万以上の高値をつけられるものもいる。

 

「イレイズの手口はこうだ。まず、さらってきたチャイルド・エラーの子供たちの記憶を完全に消去し、空っぽの状態にする。そして、顧客のリクエストに沿う性格を植え付け、顧客主の下へ発送する。その利用者は学園都市のみならず、外の世界にも広がっている」

 

 途中から五井山の声は怒りに震えていた。同じ年頃の娘を持つ親として、この非道さは許せないものがあったのだろう。

 

「お前は組織の事情に精通している。お前の知っている情報、詳しく話してもらうぞ」

 

 タイミング良く話が一区切りすると、五井山の後から別の男性が二組入室してきた。

 いずれもアンチスキルの制服を着ていることから、五井山の同僚なのだろう。彼らは持参した折りたたみ椅子を広げ、ついでに栄養ドリンクの束まで床に広げ、椅子に座る。

 この気合の入りようは、相当この案件を重要視している証拠だ。

 しかし何故今頃?

 双葉は疑問に思う。

 通常表の組織であるアンチスキルが暗部の問題に関与してくることなど、まずありえない。

 なのに何故この案件だけ? 

 『イレイズ』だけを標的にしているようなこの動きは何だ?

 これではまるで、スケープゴート……

 そこまで考えて理解する。

 そういうことか……

 ようやく合点がいった。

 アンチスキルに命令を下したのは上層部の連中だ。彼らにとってこの『イレイズ』という組織は、存続させるには少々不都合になった。だから潰すことにした。

 そこにどんな意図が隠されているのかは分からないが……。

 何らかの意図が関与していることは間違いようの無い事実だ。

 その時。

 あわただしい足音が室外から聞こえてきたかと思うと、ドアが活き良いよく開け放たれた。

 彼らの仲間であろうアンチスキルの隊員が息を切らせながら五井山達の前に姿を現す。

 ゼー、ゼー。と肩で大きく息を切っている隊員はよほど急いできたのだろう。しばらくして呼吸を整え終えると、ついさっき起きた出来事をまくし立てるように五井山達に伝える。

 

「緊急事態です! 第一九学区内、廃工場内にて爆発事故発生。死傷者は不明。上層部の情報によると『イレイズ』の関与が濃厚! 至急現場に向かわれたし、との事です!」

「なんだと!?」

 

 五井山を含む3人はその言葉を聞き終わるや否や行き良いよく椅子から立ち上がると、次々に室内に飛び出していく。

 最後に室内を出ようとした五井山は双葉を指差し、

 

「聞きたいことは後回しだ! 戻るまでそこでおとなしくしていろ!」

 

 と、告げると情報を伝えに来た隊員にその場に待機するよう伝え、姿を消した。

 

「始まった……? いや、もう終わったのか……」

 

 双葉は誰に言うともなく呟く。

 これはきっと誰かのゲーム。その一手なのだろう。

 五井山たちはきっと間に合わない。

 彼らの役割は恐らく記録係。

 適当な理由を付けさせ、捜査を打ち切らせるためだけに用意された駒。

 

「全部。誰かの手のひらの上か。……気に食わないな」

「え?」

 

 口に出した言葉を隊員が拾うが、双葉は無視を決め込み目を閉じた。

 何かを思案しているのだろうか。

 やがて徐に目を開けると隊員に口を開く。

 

「ねえ君。悪いが僕の双子の姉に面会を希望したいんだが……」

 

 

 

 

「あ、目を覚ました」

 

 コーイチが目を覚ますと心配そうに自分を見下ろすルイコの顔があった。

 背中にやんわりとしたベッドの感触。

 見覚えのある室内。

 ここは自分の部屋だった。

 体中に包帯が巻かれている。ルイコが手当てしてくれたのだろうか?

 そうだ。

 おぼろげだった記憶が蘇り始める。

 自分はアズサと実践さながらの訓練を行って、ボコボコにのされて……。

 おまけに頭部をしこたま床に叩きつけられ……。

 気を失ったのだ。

 

「ばあっ」

「いだっ!?」

 

 

 不意にベッドの下からフェブリが顔を覗かせたかと思うと、そのままの勢いでコーイチの体にダイブしてきた。

 その瞬間、激痛でコーイチの体が跳ね上がる。

 

「こら、だめじゃない! お兄ちゃん怪我してんだから」

 

 慌ててルイコがフェブリを持ち上げ、引き離す。

 

「な、なんでフェブリが……!?」

「忙しい案件があるから、しばらく面倒を見ていて頂戴。だって。ねー」

 

 ルイコとフェブリは互いに見つめあい、「ねー」と口を揃える。

 聞くとコーイチをここまで運び、手当てしてくれたのは布束らしい。

 本当ならこんなにひどい怪我を負う前に止めて欲しかったところだが、上からの命令には絶対服従を誓わされている彼女の立場というものも理解できる。

 多分こうして手当てする事が、彼女に出来る限界だったのだろう。

 

「うー。コーイチ、病気だったから元気を分けてあげようとしたのー」フェブリはまったく悪意の無い笑みでニパーっと笑う。

 

 その心遣いは本当に嬉しいが、出来ればもう少し待って欲しかった。

 時計を見るとあれから数時間経過している。つまり怪我したてのほやほやだ。

 その状態で幼女の全身ダイブはさすがにきついものがあった。

 それが表情に出てしまったのだろう。フェブリはとたんに顔を曇らせる。

 

「あう。……コーイチ、ごめんね。痛かった?」

 

 しょんぼりと肩を項垂れ申し訳そうな表情で見るフェブリを見てしまっては、さすがに文句は言えない。痛みの残る右腕でぽんぽんとフェブリの頭を撫でると、「怒ってないよ」とフォローするのだった。

 

「それにしても……。無茶しすぎよあなた。相手の安っすい挑発に乗っかっていきなり実戦だなんて、無謀もいいとこ」

 

 ルイコは腰に手を当て、本当に「呆れた」という表情を浮かべている。

 

「それは分かってるさ。でも時間が無いからね。少しでもレベルアップしときたかったんだ」

「それで死んじゃ元も子もないじゃない。シロちゃんが止めに入ってくれたから良いようなものの……。もしあのままだったら、確実に死んでたわよ」

 

 ルイコはコーイチが気絶してからの事のあらましを掻い摘んで話す。

 

「そうか。シロが割って入ってくれたのか。……後、ナナミとコータだっけ? お礼を言わなきゃいけないな……」

 

 コーイチは「いだだだだ」と悲鳴を上げつつ、ベッドから上体を起こす。

 体のダメージは思ったほど酷くは無い。これなら明日の訓練に支障はなさそうだ。

 本当は今すぐにでも訓練を再開したいところだが、さすがに無理そうなので自重することにする。

 

「それにしても、今回は実りのあることが多かったよ」

「何のこと?」

 

 ルイコが怪訝な表情を浮かべながら、コーイチを見る。

 

「シロ達さ。最初は奴らの仲間で、僕たちと馴れ合うつもりなんて微塵も無いって思ってたけど、そうじゃなかった。うまくすれば、仲間に引き込めるかもしれない」

「そりゃあ、あの子達の協力が得られれば、逃げるリスクがもっと簡単になるだろうけど……。そううまくいくかな?」

 

 ルイコの疑問はもっともだ。確かにコーイチの話に全員が耳を傾けてくれるとは考えにくい。

 しかし可能性はある。それなら今出来ることはやっておくべきだ。

 

「現状で話が分かりそうな相手は、シロとルイコの話に出てきたナナミとコータ。もう一度彼女達とコンタクトを取る必要がある」

「やっぱり明日も、行くの?」

「うん。やれることはやっておきたいんだ。ルイコだってこのまま死ぬのは嫌だろう?」

「でも、またあのアズサって子が突っかかってこないかな? 今度は全身ボコボコじゃ済まないかもよ」

 

 確かに、アズサが「第二回戦よ!」と突っかかってくる可能性もある。

 そして今度こそ天国に召還される可能性も多分に含まれる。

 

「そこは、まあシロに期待するしかないか。あの子意外と面倒見が良いし、僕を見捨てないとは思う……一応」

「なんか今、さらりと不安になる発言が出たような……」

 

 ルイコが「ほんとに大丈夫?」という目でコーイチを見たが、そこはさらりと見ないふりをした。

 何にせよ明日だ。明日!

 コーイチは気持ちを切り替える。するととたんにお腹が鳴り始めた。

 どんなに問題が山積していても、こればかりは生理現象なのでどうしようもない。

 生きている以上はどんな環境にいても、人はお腹がすくのだ。

 

「一応、食事は出てるわよ。……ホラ」

 

 お腹の音を聞いたルイコは、おずおずとテーブルに置かれていた銀の食器をコーイチの前へ差し出す。

 

「でも……食べる? コレ」

「わはっ!ねんどだ! ねんど! ルイコ! ルイコ!! これでおうちつくろ!」

「……」

 

 差し出されたのは朝食のときに出された色粘土だった。

 いや、これがレーションなのは分かっているが、フェブリの形容する通り、どこをどう見ても粘土にしか見えない。

 ……しまった。

 布束さんに、食事内容の変更を伝えるのを忘れていた……

 しかしお腹はすいている。

 何か胃に収めたい。

 

「しかたない……」

 

 背に腹は変えられない。僕は今お腹が減っているんだ。

 覚悟を決め、おもむろにレーションを手に取る。

 口に含む。

 歯で咀嚼する。

 ごくりと胃に流し込む。

 

「……マズイ」

 

 やはり朝と味は同じだった。

 あまりにまずそうな顔をしていたのだろう。フェブリが「うえっ」とばっちいモノを見るような目で顔をしかめた。

 

 

■ 

 

 

 学園都市は最先端の科学技術を扱い、その技術は20年以上も先を言っているとされている。

 そのためその情報は秘匿され、学園都市内外の入出には厳重な警備が伴っている。

 外周は高い壁に覆われ、上空は人工衛星や監視カメラで24時間絶えず監視されている。

 まさに科学の都市。人類文明ここに極めりといった所だ。

 しかし何事にも例外というものが存在する。

 それは例えば肉親。

 例えば、関係業者。

 例えば、魔術師。

 抜け穴を探せば学園都市に入る方法はいくらでもあった。

 そしてまた、誰かが学園都市へと侵入を果たす。

 しかしそれは戦うためでも、ましてや誰かを探すためでもない。

 しいて言えば娯楽。

 イベント。

 エンターテインメント。

 それだけを楽しみに、この都市にやってきた。

 彼らは街の人ごみに紛れ、ある場所を目指す。

 第三学区。

 裕福層のみが入れるその場所こそ、自分たちにふさわしい。

 やがて彼らはやってくる。

 その場所へ、とある高級ホテルまで。

 彼らの姿を確認した黒服のSPがやってきて、恭しく頭をたれる。

 

「――――お待ちしておりました。ようこそ学園都市へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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