冒険の書が作られるごとにループする勇者の話。特に何も考えていない話。


1 / 1
pixivにも投稿しています。


だから悪魔の子だって言ってるだろ

「疲れた。そうだ、僕は悪魔の子なんだ」

 

 そういつものように宣言したイレブンは、キャンプ地からいきなりルーラをぶちかまそうとする。オレは周りに目配せすると、飛び立つ寸前のイレブンになんとか触れてルーラに巻き込まれることに成功した。

 

 シルビア曰く、明日までに帰ってきなさいよ、と。まぁイレブンの機嫌次第なんだが、母親かよ。

 

 イレブンはたまに、なんつーか、やけを起こす。こんなふうにな。

 

 オレが付いてきたことに気づいていてもどうでもいいらしいイレブンは、旅人のフードをしっかり被り、兵士どもからは顔が見えないようにするとおもむろに表通りにほど近い民家に入った。あわてて追いかけると、もう既に時は遅し。

 

 ガチャン。

 

 また始まった。普段は温厚かつ穏やかなイレブンの悪癖だ。今日は特に気が立っているらしく、タルを持ち上げて壊すことさえない。足で思いっきり蹴り壊し、中に入っていたゴールドを拾っている。

 

 ツボ、タル、タンス、宝箱。これらを見ると元盗賊のオレさえもおののく勢いで奴は窃盗する。目の前に家主がいようと関係ない。おばあさんの目の前で彼女のタンスを漁り、ガーターベルトを盗んだ時はちょっと勇者の定義について大樹に問い合せたかったぐらいだ。

 

 ま、普段はちょっとおとぼけで可愛いところもあるし、何もなきゃあ頼もしい勇者様なんだが。人の苦難を見過ごせず、人々を当たり前のように救う。だというのにせっかく助けた人間の家に押し入るとカボチャを蹴散らしながら金品を奪う。恩人の蛮行に声も出ない哀れな人を沢山見てきた。

 

 そんなことしなくなって金にも装備にも困っていないってのにな。なにせ、イレブンは戦う時だって誰よりも強い。そう生まれついているかのように。金に困ったなら魔物を狩ればいいだけで、事実豪邸を建てられるくらいは既に稼いである。

 

 そして変なところでめんどくさがりやで、凝り性で、物を大切にしながら、一方でぞんざいに扱う。その「変なところ」の最たるものといえば、二人旅の時だ。あのグレイグ将軍を正面から倒し、デルカダール兵どもを蹴散らしてからどうどうたる闊歩で旅の扉に入っていったくらいだ。

 

 曰く、そのまま振り切って走ったらオレがやったフードが飛ぶと思ったらしい。そんなボロきれのために大国の将軍を蹴散らすなよ。ますます悪名高くなるじゃねぇか。そのフードは未だに旅人のフードとしてイレブンがつけている。誰かさんのせいで悪魔の子探索がますます激化しているから、それなりに役に立っている。

 

 パリン。パリン。

 

 高い破壊音はツボの悲鳴だ。見なくてもわかる、ガサガサと漁ってから、ちょっとガッツポーズをしているのもな。おおかた小さなメダルでも拾ったんだろう。家主は可哀想に、何が起こったのかも理解出来ずにオロオロとしている。おい、オレの方に助けを求めるな。明らかにイレブンの仲間だろうが。

 

 イレブンは何も言われないために事が済むとその爽やかな笑顔を見せながら何もなかったと言わんばかりに家主に話しかけ、家主は混乱し、世間話を少々してから絆されて、通報されることなく終わる。まったく人たらしなことで。

 

 なぁにがちょっとツボ、タル、タンスをみたら漁りたくなってしまう、だ。明らかにオレにはストレス発散か、悪魔の子と呼ばれたことへの当てつけに見える。一度請求書を立ち去る寸前の町で貰ったのをデルカダールに送り付けていたな? 名目はそう……名誉毀損で。

 

 間違っていない。何も間違っちゃあいない。立ち去る前だから行方を知られることもねぇ。なんなら他人に請求書を書かせてたから筆跡すらバレることはねぇ。えげつねぇな。

 

「今日も派手にやったな」

「僕は悪魔の子だからね」

「はいはい、小悪魔だな。オレでもあんな大胆な方法は思いつかないぜ」

 

 なんとなく機嫌が悪い。情緒不安定なイレブンに首をすくめた。良くあることだ。

 

 この勇者様は知らないことは何もない。初めて来るところだろうに道を知っていたりする。なんならオレの贖罪を知っていても驚かない。魔物なんてひとひねりだ。だがそれでも俺たちは普段はぼんやりしていることも多いイレブンを一人にすることだけは絶対にあってはならないと、心のどこかが言うものだから、それに従っている。

 

 知らないことが何もないとはどんな気分だろうな。だからこそ機嫌が悪くなれば普通の方法では発散できないのかもしれない。だからって……おぉ勇者よ、民家に押し入るなんて! これが勇者行為ってやつか。

 

 あらゆる意味で一人にしておけないイレブンは、誰と何をしていようが、諦めきった濁った目をしている。間違いなくこの強い勇者様は世界を救える、もしたった一人で戦ったとしても。

 

 その確信があるというのに、一人にしておくととんでもなく後悔する。心が叫ぶ理由はわからないが。その謎めいた確信があって、オレたちはイレブンの行動すべてを咎めなかった。

 

 ただ、濁ったとは言ってもそれは疲れた、という方が正しいかもしれない。成人したての十六歳、幼さの残る顔つきとは反対に何をするにしても疲れきっているように見える。疲れた、も口癖だ。

 

 なんとなく、仕方ねぇなって感じだ。もう許してやってくれとも思う。何に対してかはわからないが、もういいだろ。許してやってくれ。もう、解放してやればいいのに。

 

「カミュなら窓から侵入して部屋を荒らすことなく根こそぎもらっていきそうだね?」

「……いや、多分想像しているほど鮮やかな犯行は出来ねぇから」

「本当? ちょっと盗んでほしいものがあったのに残念だな」

「おいおい……」

 

 それは物騒なことだ。冗談には思えない重い口調だったが流す。オレは何も聞いちゃいない。イレブンはすぐに興味を失って、オレの腕をむんずと掴むと仲間たちのところへルーラした。

 

 イレブンは、オレに全くの遠慮がねぇ。最初から。オレも、ないけどな。疲れた疲れたと言いながら、飽きた飽きたと口ずさみ、それでもオレが隣にいれば振り払わないし、つるんでいる。相棒ってこんなものらしい。居心地は良い。

 

「あーあ、疲れた」

「おつかれさん」

「うーん、カミュも自覚がないだけで疲れてるんじゃない?明日は宿に泊まろう、うん」

 

 勝手に自己完結し、イレブンは仲間たちがあわてて荷物をまとめるのを手伝った。出発するらしい。相手を思いやるようで思いやる手間さえ惜しむ。よく分からない。荷物をまとめるのは手伝うのに、先は急がない。

 

 曰く、いくら引き伸ばしても、十七歳になる前なら問題はないらしい。一年なにも収穫もなしにさ迷う気かお前は。

 

 飽きたら進むとも言っていた。既に飽きているだろうに。

 

 だが、オレたちはそんなイレブンに仕方ないなとしか思わない。そうなっても仕方がないからだ。

 

 この眩しい夏の日差しを、太陽のようなお前とオレは何度も見た気がする。おかしいな。オレも疲れてるんだろう。なにせ、イレブンは間違っても太陽じゃない。

 

 在りし日の光に輝くお前は月だ。

 

 

 

 

 

 

 もう何周目か覚えてない。みんながあと一押しで思い出すようになってからもかなり経っている気がする。もはや、敵対しているときのグレイグでさえちょっと一言二言言葉をかけるだけで思い出してくれる。しないけど。したってどうせやることは変わらないんだもの。

 

 まあ、ベロニカが毎回死ぬのもなんだから、いつも時渡りを省略してるけど。だってしなくたって同じなんだよ? みんなには何もしなくてもかつての既視感があってさ。魔王の剣がない? もうその辺りはベテラン勇者だし、剣がなくたってホメロスの闇パワーに負けないよ。

 

 僕は繰り返す。勇者の旅を。ロトとして、何回も。そりゃまた闇に包まれたときは何とかするって聖竜に言ったけどさ。こういう意味だなんて知らなかったよ。僕は繰り返す、繰り返す、誰かが僕の物語を読むごとに、冒険を繰り返す。

 

 さしずめ僕は本の中の人物なのさ。役からは逃れられず、逸脱したことをやったとしてもその地点に戻されるだけ。僕はもう飽きたし、世界は救えども救えども元通りさ。

 

 でもやめることもできないから、世界はどれくらいの差異まで許容するのか試しているところ。窃盗すら「勇者行為」の範疇に入れるとはなかなかだよね。でも、きっと強盗なら僕はリスポーン地点に戻されるんだろうね。

 

 戻されるとしばらく、完全に最初をなぞらされ、自由に動けなくなるから見極めは大事なのさ。なにせ、ラムダの近くでそんなことになってごらん、世界は崩壊するよ。そしていくら暴れたって、「勇者は世界が崩壊してしまった罪悪感からしばらく、自暴自棄になったのでした」とかいう筋書きで、僕をしばらく縛り付けて軌道修正で終わり。

 

 ああもう疲れた。

 

 みんなが変わらず温かいのだけが救い。おじいちゃんがムフフ本が好きなのも、マルティナがお母さんのリボンを気に入っているのも、シルビアが世界中の人を笑顔にしたいのも、セーニャが甘いものをたくさん食べたいって思っていることも、ベロニカがセーニャのことをだれよりも信じていることも、カミュが僕の相棒であることも、何も変わらない。

 

 嬉しいな。すごく、うれしいな。

 

 僕はもう疲れたんだ。前みたいにまっすぐ前を向いて、笑えやしない。何度も何度も繰り返して、僕はとうとう開き直った。

 

 僕は悪魔の子だよ。そうだろう、自分の人生は、どれくらいまで「許される」のか試して遊んでいるんだから。

 

 でも、そうだね、みんなが僕が勇者であることを望むのなら……かつてのようにはなれないけれど、勇者として、あり続けよう。




PS4のイレブンくん、全然表情なくてかわいい。
何回も繰り返しても感情が残り続けるってすごい。RTA走者みたいになるのはむしろ最初の方。何回かに一度はみんなの記憶をつついて取り戻させてバカ騒ぎしてそう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。