ULTRAMAN NEXES THE THIRD   作:スマート

2 / 2
chord002『夕闇に蠢くもの』

 何も言わない彼女にそれが肯定と受け取ったのか、男は叫び、その筒へ赤い光が収束する。心臓の鼓動にも似た断続的な光が発せられ、やがて一筋の煌めきとなって怪物へと発射された。光のエネルギーが射出され怪物に命中する。

 

光が当たった箇所を風船の様に爆発させ、焼け爛れた肌を晒しながら悲鳴のような金切り声を上げる怪物はだが、その場から逃げようとはしなかった。むしろ、それを行った男に対して恨みを募らせるように、残った触手を再び振るってきたのだ。

 

だがその勢いは先ほどと比べても遅い。最早瀕死に近いほどダメージを受けた怪物は、男を捉えられるほどの勢いを出す事は出来なかったのだ。細長い筒を盾にする形で触手を軽々と受け流した男はそこで、ふと後ろにいるはずの彼女に視線を送り、そこで彼女が忽然と消えてしまっている事実に気が付き憤慨する。

 

「……あのガキ!?」

 

 道の先を見れば、彼女が准にとって全く見当はずれの方向へ行こうとしているのが見えた。怪物の恐怖から何処かへ逃げてしまったのだろうか。思えば先ほどから声を掛けても、受け答えのおかしな不思議な雰囲気の子供だった。返事が返ってこない事を良い事に男は勝手な解釈をしてしまっていたと、自分がもう少し気を付けて彼女の気持ちを汲んでいればと自責する。

 

 追いかけようとするが、そんな准の前に立ち塞がるように同じ姿をした無数の怪物が姿を現したのだ。頭部に突き出た毒々しい触角を回転させながら、ウミウシよろしく粘液を撒き散らしながら准を取り囲む。

 

 瀕死のダメージを受け、傷つきながらも逃げようとしなかったのは、仲間が近くに居たことが原因だったらしい。焼けただれた皮膚を持つ怪物に現れた怪物の一匹が寄り添うように触手を重ねると二匹は一回り大きな一匹の怪物へとその姿を合体させたのだ。

 

二匹が混ざり合い溶け合った事で皮膚のダメージは無くなり、疣の様な隆起が目立つ不気味な皮膚へと戻ってしまう。怪物達は互いに共鳴するかの様に金切り声を上げながらにじりじりと准へと迫ってくる。

 

「ちぃっ…これじゃああの時と何も変わらねぇ」

 

准の脳裏に浮かんだのは、かつて自分の目の前で戦死してしまった幼い少女の姿だった。状況は違えども一歩間違えれば逃げ出してしまった彼女は、あの時の少女と同じ目に合いかねない。

 

自分の不注意で幼い命が死んでしまう。准はもう、あの時の過ちを繰り返したくはなかった。そして、白く細い筒へと更に力を込めた准は、眩い光に包まれる。

 

 

 

                  ・

 

 

 

 

「…また…あえた」

 

 准と別れて(逃げて)から数分後。彼女は再び『THE ONE』の肉片と相対していた。身体に残っているはずの傷が無いところを見るに准と戦っていたものとは全くの別個体。だが同じくウミウシのそれと酷似した怪物を視界に捉えて、怯えるでもなく逃げるのでもなく……初めて微笑みを作る。

 

「取り込んだ…まだ、それ、のこってるんだ」

 

『THE ONE』のようで、そうではない。だが限りなく近い波長に、集中して観察してみればわかる『THE ONE』の意思の様なものに彼女は自分の期待が高まっていくのを冠居ていた。

 

まるで感動の再会を果たした恋人のように頬を上気させ……彼女は怪物を嘗め回すように観察する。先ほどは准によって邪魔されたが、今度は十分に『THE ONE』の肉片の持つ情報を手に入れることが出来ると、珍しく彼女の顔が興奮で歪んだのだ。

 

ふたたび腕に自らの波長を纏わせ、相手にぶつけようとする彼女。そうすることで彼女は『THE ONE』が何かしらの反応を示すと思っていた。だが、生物はそれを解さず、ウミウシ状の左右に腕の様についた太い触手に絡み取られてしまう。

 

「どういう……つもり?」

 

 知能が低い事はわかっていた。獣並みの思考で動き行動しているのは彼女でなくてもわかる。だがそれならば、自分と近い波長を感じれば多少なりとも意思疎通が出来ると彼女は思っていたのだ。曲がりながらも『THE ONE』の波長を感じるからこそ、彼女はそれを信用していた。だからこそ、彼女は訝しげに生物を見る。

 

「いし…そつ…は…できる…はず」

 

 情報を開示するを拒否するという事だろうか、ならば早く腕を離してほしいと首を傾げた彼女に、生物は更に細い触手を伸ばして彼女を拘束する。彼女はその行為に何の危機感をも見いだせなかったため、動きが遅れ触手に捕まってしまう。

 

そして、ウミウシ状の胴体の中心に開いた亀裂を大きく広げ、その内にに取り込まんとする生物の行動の意味を理解し陶磁器の様な白い顔を歪ませた。いや、その余りにも理性的ではない反応に面喰い、彼女を構成する不定形が揺らいだのだ。

 

「……わたし…を…たべるき?」

 

 彼女に恐怖はない。現実問題として彼女は『THE ONE』はまだしも、その肉片にどうこうされるほど弱くは無かった。だが、目の前の生物は、愚かにも彼女を捕食(殺害)しようとしている。その行為自体が彼女を強く揺さぶった。

 

彼女は地球に降り立ってから、今までの数年間を自身の身の保身を第一に考えて活動してきた。それほどまでに彼女は自分と言う生命が大事であったし、地球に来て初めて知った『THE ONE』や『THE NEXT』が陥った『死』という概念に怯えていた。

そこにきて初めての外的接触が友好的なそれとは違い、彼女を捕食しようとする一方的な攻撃である。

 

そこに危機感は無かったが、先の例から、地球と言う惑星は『地球外生命体』の生存には適さないという通例がある以上、どういう因果から自身の死につながるか予測が出来なかった。故にそれは明確な敵対行為(自身の死に直結するかもしれない事)だと判断し迎え撃つ事にしたのだ。

 

本来、生物的な生理現象から隔絶された『THE ONE』という個体が、どういう経緯を経て自身を捕食しようとしたのかは興味があったが、敵対行為を見逃すわけにはいかなかった。サンプル(情報)の提供は殺してから行えばいい。そう判断した彼女は薄ら笑いを浮かべ、左手を模っていた自分の身体を元に戻そうとした……その時だった。

 

「あうっ…」

 

砲弾のようなものが生物と彼女を繋ぐ触手に当たり爆音を響かせたのは。 

 彼女は触手が外れ、さらに正面から襲ってきた爆風で後ろへ飛ばされてしまう。人型である彼女は少女の姿を模している為軽く、まだ身体の制御が上手くいっていないため、無理な姿勢からの立て直しは難しかった、何が起こったのかと冷静に状況を分析しながら一度地面に転がって様子を見ようとして、そこで何か柔らかいものに受け止められたのを感じたのだ。

 

「え…なに…?」

 

何が起こったのかと体制を立て直した彼女が見たのは、巨大な銀色の右拳が生物を押し潰す瞬間だった。

彼女から見てもかなりの巨体だった生物は、それをかるく包み込んでしまえるような拳の前になす術もなく、水風船の様に内容物を撒き散らした。断末魔を上げることも許されず、本当の肉塊となり果てた生物は少しの間身体を痙攣させた後動かなくなった。

 

体液の飛沫をもろに喰らった彼女は、視界を奪われ一瞬目を顰めるが、人型となった所為で情報の処理能力がいささか低下している彼女は、目の前で起こった光景が自分の許容量を超えたのかしばらく無言になり、やがてゆっくりとした動作で目についた体液を拭う。

 

この状況で不定形へと戻らず身体を維持できたのは、ひとえに彼女が人前に正体を晒すのを酷く嫌ったからだろう。地球で正体を晒すという行為が即ち『死』へと結びつくのは先の例を見るに明らかだった。地球人は自分と違うものを排斥したがる生き物だという知識を蓄えた彼女は、その身体の維持に並々ならぬ力を使ったのだ。

 

そして、わずかばかり身体が落ち着きを取り戻し、冷静になり始めた時、彼女は今の状況を作り出した存在を目視した。その生物を押し潰した拳の先へと目線を向けたのだ。

そして、見てしまった……

 

銀を基調とした、ビルにも匹敵しそうな巨大な巨人の姿を。

 

「……っ」

 

彼女にあったのは「驚き」だった。再び騒めきだす身体を必死に止める。今この場で不定形になる事は絶対に避けなければいけないと先ほどよりもより身体に力を入れた。アレは、アレの前で正体を晒せばどうなるか彼女は嫌と言う程理解していたのだ。

 

 東京で起こった災害を彼女はずっと観察していた。『THE ONE』が地球の生物を取り込んでいく様を、そして『THE NEXT』が地球人に絆される様を。だが、それだけではない。彼女は見ていた『THE ONE』が肉片となり果てて尚生きていたように、『THE NEXT』もまたその存在を地球人の中に残すのをみていたのだ。

 

だがそれは『THE ONE』同様に微々たる力だと彼女は推測していた。今までそれが表だって現れなかったのもあり、彼女はもしそれが現れても准の波長の様に逃げれば問題は無いと楽観視していたのだ。地球人を完全に取り込むことを拒否した『THE NEXT』であるならば、復活しようともそれは『THE ONE』の肉片にすら劣ると。

 

だが、その力は今回、『THE ONE』の肉片を殺してみせた。そして、その有り余るエネルギーは全盛期の比ではないとはいえ十分に彼女を殺しえる力だったのだ。

 

驕っているつもりはなかった、冷静に状況を分析した故の推測だった。だが彼女は『THE NEXT』の力を完全には理解できていなかったのだ。『THE ONE』と違い、元の姿を色濃く残したその姿に彼女は凍り付く。地球人に絆され、毒され『地球外生命体』を屠るその存在は、彼女には恐怖以外の何物でもなかった。

 

胸に輝くV字型の赤い模様が光るたびに彼女は意識が遠くなるほどの恐怖に苛まれた。『THE ONE』との戦いで『THE NEXT』は似た器官から強力無比な光線の力を其処へ溜めたのだ。

 

銀に入ったグレーのラインが彼女には絶望を呼ぶ色に見えた。彼女は、そこが赤く変化した時『THE NEXT』が更なる力を得たのを知っていたのだ。

 

二つの光る相貌に見つめられ、次は自分だと悟った彼女は激しく動揺した。

 

自身がその存在の手のひらの上に乗っているのだと理解して背筋に怖気が走った。そこに殺気は込められていなかったが、東京の事件にてあそこまで執拗に『THE ONE』を追い回し殺害した存在を前にして、更には人型であることに気を使っていた彼女はそこで自分の意思と身体がぶれる。

 

……ぶれて、しまった……

 

恐怖から逃れようと不定形に戻ろうとする本能と正体を晒してはいけないとする理性が、明確な形で彼女の身体に亀裂を生じさせたのだ。

 

 『銀色の巨人』の瞳がこちらを見つめているのを彼女は知覚した。正体がばれた。その事実に気が付いたとき、遅れてやってくる背筋が凍りつくようなほどの恐怖感と絶望感。

 

「あ…ああああ…いやだ…死にたくない、死にたくない…私は…死にたくない!!!」

 

少女の形を形成していた人型が真っ二つに裂け、そこから彼女自身ともいえる真っ黒な粘液が噴出した。

 

 それに対して、驚いたのは『銀色の巨人』だった。彼にしてみれば生物から助けたはずの少女が、突如としてよく分からない黒いヘドロへと姿を変えたのだから。戦士としての勘か、それとも人としての咄嗟の防衛本能か彼は手の平で広がり続けるヘドロを地面に投げつけてしまったのだ。

 

それが、地面に叩きつけられ。鈍い音を立てながら少女の泣き叫ぶような声を上げた時、彼はそれが自分が助けようとした少女だったものだと気づきハッとする。思わず彼は手を伸ばすが、それはもう遅すぎた。

 

果たしてそれは、二人の命運を分ける大きな溝となって横たわることになる。

 

「いだい…いだいよぉ…ああ…あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

最後はもう、声ではなかった。錆びた楽器を無理矢理鳴らしたかのような耳障りな不協和音が鳴り響く。少女の形は見る影もなく崩れ落ち、やがて一つの黒い不定形へとその姿を戻す。

叩きつけられたことで知覚した痛みを、彼女は『銀色の巨人』の敵対行為だと受け取ってしまう。

 

こわい

   いたい

      しにたくない

             

 正体はバレしまった。本来の姿を現したことで取り戻していく処理能力を使っても『銀色の巨人』から逃げることは難しいと分かってしまう。そして、未だ冷静になりきれないほど恐怖し、混乱し酩酊しきった彼女だったものは、どう血迷ったか、その敵を排除しようと動き出した。

 

目の前の敵を打ち倒すためなら、彼女は今一度、人型を捨てる。

彼女の生への執着は、『死』への恐怖を身近に感じ、痛みをも加えられた事で途轍もなく大きく膨れ上がっていた。それは怨念に形を変え、彼女の意思を黒一色へと染め上げた。

 

 死にたくないから。生き残る為に、恐怖から逃れるために。

それはかつて起こった東京事変よりも大きく、未曽有の災禍を撒き散らす事になる。

 

 

 

 

黒い闇が動き出す……

 

THE NEXT


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。