Fate/EXTELLA Liner 無銘と新王と万華鏡の魔法少女   作:ノラネコ軍団

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旧主人公と新主人公の出会いのお話



第12話 岸波白野の学校見学/弓道部の少年

 転入試験と面接はすぐに終わった。

 そこまで難しい内容でもなかったし、聞かれたことも生活や家庭環境についてなどといったものだった。

 監督した教師もやや強面だったが高圧的ではなく、ただ白野の人となりを見極めようと淡々と質問をしていたように思う。

 試験は何事もなく終わり、暇になったので探検がてら校舎を見て回ることにしたのだった。

 アーチャーは高校には付いてきていない。今日は冬木の霊脈、霊地の探索や調査を行うそうだ。少し寂しいとは思ったが、それはそれ。見知らぬ場所のマッピングも悪いものではないだろうと気を持ち直す。

 

 探検、とは言ったが穂群原学園の敷地内は白野にとって馴染み深いものだった。彼女がいた月海原学園がもともと冬木の学校をベースにしたものだから、というのもあるのだろう。

 教室の雰囲気や部屋の配置などが所々似ている。だが、どれも微妙なズレを伴ってもいる。

 

 屋上に上がれば学校の前景が良く見える。広い校庭では陸上部員たちが練習をしていた。今は休憩中なのか、中でもやら元気な三人が楽しそうに会話をしているのがここからでも聞こえる。部活に入るというのも楽しいかもしれない。

 白野からみて右手には大きめの体育館。月海原では教会があった場所だが、さすがにこの校舎にはないらしい。こういったズレが随所に存在する。

 体育館の隣には弓道場がある。あれは月海原と同じだった。そんなことを考えていると、弓が綺麗な放物線を描いて飛んで行った。的に向かって真っすぐ、やがてパン、と乾いた音がなる。

 命中。ここからでは良く見えないが、的の中心に近い部分に当たっているようだ。

 

「すごい…」

 

 自然に声があふれる。白野からすればただ的に当てただけの筈だった。考えてみればアーチャーも弓矢使いのサーヴァントである。彼が隣にいると感覚が麻痺するということもある。

 しかしアーチャーはは「これはあくまで道具である」という観点で弓を撃っていると公言していた。

 自分のそれは術であって道ではないのだ、なんて。

 

 遠目から見て、その矢の軌道はアーチャーのそれとは何かが違う。時間がやや下ってもう一発。今度も命中した。

 そこにあるのは気迫、あるいは丁寧な行程。もしくは誠実さ、だろうか。

 その在り方はむしろ、アーチャーが投影について語るときのそれに近い。

 あの矢を放った人はどのような人間なのだろう、興味が出てきた。

 女性なのだろうか、男性なのだろうか。ぜひ見てみたいが。

 

「行ってみようかな」

 

 白野はなんとなく、そんなことを思ったのだ。

 

 

 

 

 射場の扉をこん、と小突いた。

 やがてガラガラ壊れそうな音を出しながらスライドして開く。

 

「はい。どうしました?」

 

 やがて奥から、道着を来た茶髪の青年がやってきた。

 とても物腰が柔らかい。

 あの気迫、機械のような丁寧さからは想像しにくい、と白野は意外に思う。

 

「見学をしたくて」

「見学?そういえばその制服、ウチのじゃないけど」

「転入する予定なんだ」

「ああ、そうか。でも参ったな。弓道部の練習、今日は午前で終わってるんだ。俺が引いてたのも、片付ける前に最後に少しやっただけというか」

 

 見学は後日になるな、とすまなさそうに言う。

 白野は少しやっていた、というだけで気迫を感じていたことに驚く。

 これは果たして自分に見る目が無いのか、それとも彼がそれだけすごいということなのか。

 

「迷惑でなければ、もう一発見せて欲しい」

「俺の?そんな大したものでもないと思うけど」

「――屋上から、あなたが引いたのを見た。それをもう一度見てみたい」

 

 そういうと、少年は白野の真剣な表情を見て、面食らいつつも「分かった」と承諾してくれた。

 白野を射場に招く。

 なんだか、清廉な空気が流れているのを感じる。

 床や様々な備品たちが綺麗に手入れされているからだろうか。

 

「ひとつ言えることは、俺よりうまいヤツは沢山いるってことだ。俺の弓は手本にするにはまだ未熟だし、これが正解というわけでもない。それでもいいんだな?」

「うん。わたしは弓道に興味があったわけじゃない。あなたが引いている姿が印象的だったから、ここに来ただけだから」

 

 少年は少し慌ててから「集中!」と自分の頬を叩いた。

 客観的に見て彼女のこれは口説いているに入りそうなものだが、彼女自身は全く気付いていない。

「なんと、この男子は聞きようによっては失礼なわたしの頼みに全力で答えようとしてくれている!」などと感心すらしている。

 

 少年は息を整え、きっと前を向く。雰囲気が変わった。

 左手に弓、右手に矢を持ち、静粛に歩みを始める。執り弓の姿勢と呼ばれる姿だ。

 そのまま射位、つまり的の左側へと向かっていく。

 射法八節。弓道において射の基本動作八節を表すものだ。

まず足踏み。

 的を左に見据えながら、両の足を定める。

次に銅作り。

 左ひざに弓を置きながら重心を中心に置く。

弓構え。

 右手で弦を持ち、弓を持つ手の内を整える。

打ち起こし。

 弓矢を持つ両腕を額よりも高く持ち上げ、

引き分け。

 弓を左右均等に引き、

会。

 そのまま、射るタイミングが熟すのを待つ。

そして離れ。

 カラン、と弦と矢が離れる音が聞こえる。やがて矢はまっすぐと、的を射貫いた。

残心。

 彼は弓が放たれた軌道をずっとみている。全く集中を解いてはいなかった。

 そのまま弓倒しをして、姿勢を拳を腰に当て、再び的に向かって正面を向き、礼をした。

 

 ふう、と息を吐くと緊張感が解けていく。

 それは白野のではなく、彼ののでもなく、いわば空間全体の緊張感ともいうべきものが弛緩していくのが感じられた。

 

「すごいね、また当たった」

「別に当たるのが良い射ってわけじゃないぞ。今のは―――まぁ、及第点ってところか」

 

 白野から見ればあの気迫、集中力、機械のように綺麗に行程をなぞるその姿は息を呑むほどのものだった。

だが、それでも彼からすると足りないのだという。

 

「急なお願いに応えてくれてありがとう。えっと……」

「ん?ああ。そういえば自己紹介してなかったな。俺は衛宮士郎。弓道部の二年だ」

「わたしは岸波白野。学年も一緒だったんだね。これからよろしく」

「うん。こちらこそよろしくお願いします、とそうだ。そろそろ片付けなきゃ不味いな」

「そうだったね。無茶を言ってごめん。片付け、何か手伝えればいいんだけど」

 

 申し訳なくなる白野に士郎は「別にいいよ」と優しく答える。

 

「本当にありがとう、士郎。でもやっぱり、何かお礼でもしたいんだけど」

「良いってば。別に特別なことをしたわけじゃなし。むしろ他人に見てもらえて気が引き締まったくらいだ」

 

 全く自分を誇らず、ひたすら謙虚な士郎に不思議な気持ちを感じる。

 まるで春の風のような人だ、なんて、そんな感想すら出てきた。

 

「弓道の方はどうだ?もし興味があればきちんと練習をしている日にでもまた見に来てくれ。その、なんだ。うちの主将も喜ぶし」

 

 一瞬、それもいいかもしれない、と考えてすぐに頭を振る。運動部ということはそれなりにハードなメニューがあって、時間を拘束されることになるはずだ。

 

「わたしにはやらなきゃいけないことがあるんだ」

 

 目先を見ればカード回収、最終的にはアルテラの行方を探すこと。

 その目的を果たすために行動をしているのだから、本格的な部活に入るのは難しいだろう。

 なにより―――

 

「それに、士郎の弓を見ていると、気迫とか誠実さとか、そういうものが伝わってきた。中途半端な覚悟でやるには失礼な気がする」

「別に弓道をやるのに必ずしも全力を尽くす必要はないと思うけど……でも、よっぽどそっちの方が大事なんだな。悪い、無理を言った」

「こちらこそごめん」

「いいよ。そうだ、もしこれからも何かあったら相談してくれ。転入だと何かと困ったりすることもあるだろ。何か力になるよ」

 

 本当に士郎は良い人だった。感動すら覚えてくる。

何気なく見学していたらこんないい友人が早速できるとは。やはり英雄王の言うことは本当だった。白野はもう一度、丁寧に礼を言ってから、射場を失礼する。

 新しい場所、今まで生きてきた場所とよく似た場所。

そこにあった新しい出会いに感謝した。

彼とはこれからいい関係を築いていけるかもしれない、と、そう期待しながら。

 

 

 

 そんな白野と士郎のさわやかな出会いのシーン。だがさわやかなのは当人ばかり。

誰が知ろうか、この時、弓道場周囲20メートルには衛宮士郎を中心とした、色々面倒くさいラブコメ空間と化していたのだ。

 

 ひとり。弓道部、衛宮士郎の後輩。間桐桜。

 彼女は士郎が一人残って片付けとその前に練習をすることを知っていた。

 そこに「手伝います、先輩♡」と現れ、ふたりきりの空間を演出しようと目論んでいたのだが、ミステリアス転校生・岸波白野にその作戦を見事にぶち壊されてしまったのであった。

 

 ひとり、森山菜菜巳。衛宮士郎に好意を抱くモテカワふんわり美少女である。

 彼女も部活終わりの士郎に偶然を装い接近、何故かたまたま持っていたはちみつ漬けレモンを差し入れつつ、何となくいい雰囲気になろうと企んでいたのだが、そこを突如現れてなんか良い会話をして帰っていった岸波白野に出るタイミングを完全に奪われてしまっていたのだった。

 

 この空間だけで二名。

 そこにさらに留学扱いでこの学園にやってきたルヴィアゼリッタと遠坂凛、そして生徒会長柳桐一成を加えると校内での衛宮士郎包囲網は完成することとなる。

 世はまさにエミヤ戦国時代。空前のモテキである。

 岸波白野はそこに図らずも飛び込んでしまったのだ。

 当人の気持ちはともかく、周囲にとっては突如現れた謎のレース参加者である。

 ギルギルマシン号のようなものだ。

 果たして彼女たちの明日はどっちだ!?

 彼女たちのToloveるはまたしばらく続くことは確かである――――

 

 

 

 

 

「今日は学校を見学したけど友人ができたよ」

「ほう?それは良いことだ。どんな友人だね?」

「弓道をやってる男子で、たまたま道場で練習しているのが見えて。見せてって頼んだら見せてくれた」

「ふむ、弓道か。私はすでに道を修めるのを止めた身だが――一-多少は齧った身でもあるからな。実力はどれほどだった?」

「すごく抑制された動きで、行程が丁寧で、三射みたけど全部当たったよ」

「さて、弓道は当てることよりも精神性を重視するものだが―――」

「彼も同じこと言ってた。当てたけどまだまだだって」

「自分の未熟を弁えている、というのは素晴らしい。弓の方も行く行くは大成するだろう。君はいい友人を持ったな、岸波」

 

 夕方、アーチャーと合流した白野の会話の一幕。

 やがて彼はその友人の名前が衛宮士郎であることを知り、苦虫を噛み潰したような顔をすることになるのだが、それはもうしばらく後の話である。

 






筆者は弓道経験者ではないのですが、市販の解説書やYouTubeで公開されている学生への講演会、昇段試験の様子、奉納などに取材して描写しています。

【弓道】 其八 射法八節 - まとめ -  講師:教士七段 増渕敦人 氏 / キラスポアカデミー https://www.youtube.com/watch?v=TnOaNXNMDFQ

からは特に実際の射場での動きや射法八節の流れについて参考にさせていただいています。

なので何か間違いがあったりするかもしれません。「どうしてもここが納得できねぇ」「ここは弓道的には矛盾だと思う」みたいなご意見があれば致命的なものだと直すと思います。

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