強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第0話 音、奏でし先にいる者

 俺は極普通の生活をしていたんだと思う。

 

 高校に通って、やりたくない勉強を頑張って、ちょっとだけ憧れのある幼馴染と同じ生徒会に入って。 その子が憧れている生徒会長に嫉妬して、でも敵わないのがわかってて……

 

 そんなことを毎日続けてたんだ。

 別にそれが嫌だったわけじゃない。 まぁ、母さんが小さいころに死んじゃって、今は父子家庭でふたり家族っていうちょっとだけ普通とは違うとこもあるけど、父さんは優しいし、俺のために朝早くから夜遅くまで仕事を頑張ってくれてて、良い親の所に生まれたなって感謝もしてる。

 

 だから、そんな日常が嫌な訳なかった。

 

 友達と何気ない話をして、幼馴染のお兄さんの入ってるSF研に顔出して、映画見て……そんな他愛のない生活でも、俺は満足してたんだ。 スリルなんて、これっぽっちも求めてなかったのに。

 

 あの日から、あの“ユニット”を手に入れてから世界の裏側を知ってしまった。

 

 気が付けば命を狙われ、死に掛け、ついには死んでしまい。 それでも“元凶”に命を救われ……いや、死んでリタイヤなど赦してもらえなくて、いままでがむしゃらに頑張ってきた。

 その中でいろんな人が傷ついて、殺されて…………遂には俺の父さんも――オレが……

 

 だから、こんな思いをもう誰にもさせたくない。 こんな非道をするあの組織を許せない。 そんな思いで俺は力を背に戦ってきた――――筈だったのに。

 

 

 

 光だ、強い光が見える。

 

 アレはなんの光りだろう。 さっきまで夜だったんだ、なら月? でも、月にしちゃ随分明るいな……もしかして太陽? って、そんなわけないか、今の時間にそんなものがあるわけないし。

 

「深町! 深町ィィ!!」

 

 あ、あれ? 誰かが俺を呼んでる? 誰だろう、こんなところ……こんな、こんな……そう言えばここはどこだ? さっきまで俺は“遺跡宇宙船”を操作して。 この船? 船って何のことだ?

 

「クソッ、身体が原子に分解され――深町! 気をしっかりするんだ深町!!」

 

 気をしっかり?

 いやだなぁ、気なら確かですよ――さん。 ……俺は今誰に返事をしたんだ? 意識がはっきりしない、というより俺自身の体の感覚が……

 

「う、うおぉぉぉォォオオオオッ」

 

 すごい大声だ。 まるで自分の大事な何かを必死に守ろうとしているかのようだ。 ……貴方のこんな大声、俺初めて聞いたかもしれないですよ――さん。

 いったい何があなたを……あなた、を……?

 

「いったい何があったんだ俺は」

 

 何か、途轍もなく大変なことがあったような気がする。 大事なヒト、守らなくちゃいけないヒト……もう、失ってしまった人。

 

「―――――はっ!?」

 

 俺は……俺は今まで何をしていたんだ!

 此処は魅奈神山、クロノス総本山の遺跡基地(レリックス・ポイント)の最下層、遺跡宇宙船を操作していたんだろ!? それで『巻島さん』『村上さん』『哲郎さん』……そして――みんながあの『ギュオー』に命を……行かなくちゃ、みんなを守らなくちゃ。

 

「けど、ここはどこなんだ。 この光は……」

 

 身体が動かない。

 そもそも動かせる部分を感じないのはどういうことだ。 手、足、細胞の一つ一つから感覚が消えている……? コレじゃみんなを助けられない! どうにかして、何とかみんなを!!

 

「遺跡宇宙船……」

 

 身体が動かない俺に出来るのは思う事だけだ。

 さっきまで宇宙船とリンクしていた俺は、文字通りこの船の頭脳として様々な指令を飛ばすこともできる。 この、オーバーテクノロジーの塊である遺跡を動かすことは愚か飛ばすことだって。

 けど……だけど。

 

「損害率70%超?! ……そうか、段々と思い出してきた」

 

 そうだ、俺はギュオーとは戦っていない。 戦う前に決着がついてしまったんだ――あいつが、あの、途轍もない存在感を放つアイツに……オレハ!!

 

「そういうこと、か。 身体の感覚がないんじゃない、俺は……オレハ」

 

 巻島さんと同じく、俺はあの存在を迎え撃とうとしたはずだ。 そして一瞬の好機を逃さないよう、いきなりの全戦力投入……俺たちの最大武装で迎え撃ったんだ。 100メガワットの超出力を誇る■■■■の最終兵器で。 けど、それじゃこの光りって。

 

「メガスマッシャー……跳ね返された……のか」

 

 ありえない。

 あの強大な存在である獣化兵(ゾアノイド)超獣化兵(ハイパーゾアノイド)を束ねるギュオーのバリアだって打ち破ったのに……防ぐばかりか跳ね返され、あまつさえ俺たちにここまでのダメージを与えるなんて。

 ちから……圧倒的に強い力。

 超獣化兵相手に手こずっている俺たちじゃ、あんな奴には敵わない。 ……あきらめる、のか? それじゃ今までの戦いはなんだったんだ! 街のみんなは! 俺の……俺の父さんは一体何のために!

 嫌だ、こんな終わり方許せるわけがない。 人の尊厳を、人が人である意味を踏みにじり嘲笑う奴らを……『クロノス』をこのままにしておけるわけがない。

 

「でも、その……まえ、に」

 

 みんなを逃がさなくては。 頼む遺跡宇宙船よ、ここに居るすべてのみんなを……どこか安全な場所にワープを――――

 

「遺跡……の中、に。 せいめいはんのう、なくなった」

 

 イイゾ、これであとは……あとは……オレガ――意識が、いしきがどんどん薄れていく。 身体が、脳が形を保っていられなくナッテキテいるのカ!?

 破壊されるまえにナントカオレ自身もここから逃れないと……あいつを、あいつをタオサナクテハ。

 

「このままでは、みんな、ケサレテしまう。 させない……命にカエテモ……おれが、やつを」

 

 力、チカラが欲しい。

 ギュオーは愚か、あの超存在を打ち倒せる……ちから。 この体ではそれがなせないなら……作り上げるんだ。 なんとしても、どうしても、例えいまの俺が死んでも、次のオレがチカラヲてに入れナケレバ…………………………………■■■■。

 

 

 そうしてオレノ意識は、ここで完全に潰えた。

 

 …………はずだったのに。

 

 

――――――死ぬな! 目を開けてくれ!!

 

「なん……だ。 まきしま……さん?」

 

――――――生きることをあきらめるな!!

 

「う……た?」

 

 なにかがカラダを突き抜けたような気がした。 もうこの身体と呼んでいいのかわからないくらいに体組織を消滅させられたサイボウノナレノハテ。 俺の身体が、音を捉えることが出来ないはずの聴覚が聞いた最後の言葉。

 泣きそうで、辛そうで、でもその言葉の一つ一つに強い意志を感じる。

 いまのオレには……ナいちから……

 

「どこ……だ」

 

 このちからは……どこにあるんだろう。

 

「ここ、じゃ、ナイ」

 

 俺が知らないナニカを秘めたちから。 コレを知ることが出来たら、オレはつよくなれるのだろうか……

 

「どこだ……どこだ……ドコッ……ダ」

 

 もうオレの意思が保てそうにない。 身体の大半を二重胸部粒子砲(ダブル・メガスマッシャー)でもっていかれているんだ……もう、ナガイコトハもたない。 でも、この声が、きになって……

 

「ドコ……ダ」

 

 グズグズと音を立てるのは、きっとオレのからだ、カラダはもうない。 あるのは……機械のカタマリダケダ。 でも、これが、ぶじなら……また、たたかえる。

 

「たたかうんだ……まけられないん……だ。 あいつら、には――まけられ……まけ……」

 

 そうして俺は2度目の死を迎える。

 身体の全てを消失し、それでも、戦うという意思を強く脳内に刻み込み、求めた。 その結果が、まさかあんな出来事になるだなんて。

 

……あんな、人間喰らいのような真似をするだなんて。

 

 

 

 

 ――――近未来、東京。

 

 音を奏でし二羽の鳥、群衆かき分け、いざ戦場におもむかん。

 

 大きな祭りがあった。

 その祭りは人々を賑わせ、白熱し、熱気で世界を震わせた。 その暑さが人々を伝わり幾万もの心を繋ぎ、いま確かな意思疎通……共感を与えていた。

 

「みんなー、今日は来てくれてありがとー!」

『オオオオオオオ!』

「ホントは今ので終わりだったけど、みんなの声援に応えてもう一曲いこっかな!」

「ちょ、奏?!」

「いいじゃん別にこれくらい。 それにほら、今一番燃えてるんだ、もう少しだけ……な?」

「……もう」

 

 場所はとあるコンサート会場。

 二枚の翼が羽ばたき、いま、ひかり眩しき鳥になって舞っていた。 どこまでも行ける、何もかもを引きつれて、世界を紡ぎ光り輝く世界へ誘わんと。

 

 その熱に、輝きに共感しない者はこの場所に居なかった。

 彼女たちの言葉……歌というコミュニケーションの究極を身体で感じた時から、ここに居る民衆はすべて、ひとつの意思へと相成っていたのだから。 心地よくも熱い空間はいま、コンサート会場の変形を持ってして最大級となる。

 

「それじゃもう一曲いくぞ!」

『ウぉぉオオオオオ』

 

 最高にまで沸騰した場内は、その熱を冷ますかのように変形を開始したコンサート会場によって一瞬の休憩。

 このコンサート会場は所謂”天開き”の機構を持ち、あまつさえそれが変形し、ステージの後ろにて扇形に成るのだ。 その姿はまるで翼。 羽を広げた鳥に見えることから、彼女たちに合わせて作られたというのが見て取れる。

 

 たったの一ユニットのアイドルにここまでの予算を。 などという疑問はこの世界では不毛だ。

 なにせこの二人……天羽奏(あもう かなで)風鳴翼(かざなり つばさ)は今現在世間を、それこそ日本国を突き進むトップアーティストなのだから。 だからこそのこの熱気、故の10万人動員。

 彼女たちの語りかけを前に、歓声という返事を繰り出さない人物はこの場に存在しないのである。

 

「行くぞみんなー!」

 

 オレンジの髪が舞う。

 勇猛果敢、情熱と一本気を地で行く彼女は羽毛奏。 先ほどからファンのみなに熱い返事を投げ込んでいくのは彼女である。 若干ながらに尖った目尻と、少しばかり強気な目の光りはそれだけで場内の温度を2度ほど上げる。

 

「奏ったら……行くよみんな!」

 

 青い衣装が翻る。

 清楚一色。 流麗煌びやかな細身は、隣にいる炎を際立たせるかのよう。 時々見せる鋭いまなざしも彼女の淑やかさに刀剣類の切れ味を加味する調味料か。 しかし本人にそんなつもりはないのだろう、すぐにその雰囲気は引っ込んでしまいあどけなさを前面に押し出すばかり。

 

 そんな二人は今回最後を飾るラストナンバーを歌いだす。

 そのリズムが観客から更なる熱気を引きだし、この劇場に大きな激情を巻き起こす……そう、このとき確かに観客の熱は頂点にまで達したのだ。

 

 

―――――――だからあとは、落ちるだけ。

 

「……おい、なんだあれ」

 

 誰かが空に指をさす。

 鳶か鷹か、なんとも言えない鳴く音がこの会場に落っこちてきた。 知らない、分らない。 皆が今起こった事態に戸惑い、自分の頭を施錠する。

 思考を止め、何が起こっても考えることをしないように……そっとそっと、事態を傍観していく。

 

「ま、まさか」

「そんな、あれって」

 

 そのなかでも愚か者たちがソレを指して弧線を乱す。 嗚呼、気付いてしまった悲劇を前に、彼等の中にいま、確かな恐怖が走り出す。

 

「の、の……ノ……」

 

 さした指の震えは尋常ではない速度である。 もう、足には力が入らなく、自然に腰から地面に落ち込んで、肺から空気が逃げていく。 ……そう、今現れた鳥の様な生命、いや、生きモノとすらいえないそれは静かに振り向く。

 

 ……観客席にある獲物を見つけたと、喜びに打ち震えながら。

 

「あああああ―――ッ!!」

「い゛やぁぁあああああああ!!」

「にげろ!!」

「殺される……死にたくない、死にたくない!」

 

 クモの子散らすように彼らはその場から蠢いている。 あるものは通用口から、あるものは超えられない壁を必死に登り、あるモノは他人を気落とし、あるものは

 

――――「死にたくない死にたくな    」

 

 その怪物に喰われて消えていく。

 

 正確には違う。

 “彼等”は人間を食うという事をしない。 そもそもで有機的行動を取るのかすら疑問を持たざるを得ない彼等のどこを指して肉食と言えばいいのか。

 だが確かに今ここで、観客が独り……ひとり、…………50人とその身体を土に還していったのだ。

 

 捕食すらない、そんな不意に現れた不幸の塊。 その名は――――

 

「翼! ノイズだ!!」

「……こ、こんな人が大勢いるところで」

 

 ……『ノイズ』

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出す謎の怪物、ノイズ。 それらはどこかの国が作り出した兵器でも、天然自然の怪物でもない。

 完全な矛盾を施された彼らの正体は、この世界の誰もが掴みかねている代物。 いつ、どこで、誰がどのような目的で作り上げたのか生み出したのかがわからない彼等。 ただ、分っていることはというと。

 

「ひ、酷いッ……皆“灰”にされていく」

「あいつら化け物が最低なのは今に始まった事じゃない。 炭化現象……それでみんな触れただけで灰にされるのは知ってんだろ。 しかもこっちの通常兵器はすり抜けちまう」

「けど」

「だからこそだ……それにあたしは、あいつ等を許さない」

 

 人を殺し、奪い、何も残さない。

 仮に残るものがあるとすれば、奪われた側に刻まれた復讐心。 それが募り募って、今ここに至高の矛があることを、彼等は果たして知っているのだろうか。

 

いや。

 

「戦うぞ翼。 今ここに槍と剣を携えているのはあたしたちだけだ!」

「で、でも」

「グズグズしている暇はないんだ! こうしてる間にも大勢の人があいつ等の餌食にされる。 ……こんなの、黙って見てられるか!」

「か、奏!!」

 

 知っているからこそ、彼女たちを襲いに来たのではなかろうか。

 

 そうして標的になった彼女は喉を鳴らす。

 

「いくぞ……すぅ……」

 

 湧き上がる調べは必殺の槍、遥かなる太古の力を携え、必中と謳われたかの『槍』の力を今、吸い込んだ息と共に開放する。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

 詩を、謳う。

 同時、天羽奏の身体が不可思議な輝きに包まれる。

 その発光は彼女の胸から下げたペンダントから。 正体はわかりはしないが、いま確かに装飾物がちからを放出する。 今になって、この時になって。 彼女の、闘志のこもった歌に反応して。

 

「…………」

 

 立ちふさがりしは300の獣たち。 人を殺すことを生業とし、その邪魔をする者あらばすべてを灰塵にすることすらいとわない。 そこに意味はないだろう、最終目的などないのだろう。

 なぜなら彼らにとって、手段こそ目的なのだから。

 

「だからそんな奴らは――あたしが全部叩き潰してやる!」

 

 降り立つ者はその獣を許しはしないだろう。

 煌めく瞳にあるのは圧倒的な敵意。 天羽奏はいま、その身に槍の力を纏いて戦場へ舞い降りる。

 彼女の、戦いへのお色直しが今、ようやく完了したのだ。

 

「ひぃふぅみぃ……へぇ、今日はやけに満員御礼じゃないか」

 

 白を基調として朱、黒と言う3つの色に染め、足のヒールは戦いに不向きそうでありながら彼女の雰囲気と見事にマッチングを果たし、背中のスリット、へそまわりを開放したスタイルは、そのまま彼女の奔放さを醸し出すようだ。

 両腕にあるガントレットの様な腕輪が何やら気にはなるが、特にいじらず彼女はノイズたちにヒールのカカトをぶち当てる。

 

「――――――ッ!!」

 

 そのまま口を動かし、自身の心に思い描かれていく詩を歌い、奏でていく。 戦闘の最中に上がる歌声は、驚くことなかれ……決して舞妓が目的ではない。

 ノイズとは、先ほどの被害者を思い起こせばそもそも触れただけで人間を炭に変える、故に彼らに通常兵器は効かない。 それを、その機能を無効化し尚且つ、こちらの攻撃を奴らに届かせるのが、いま天羽 奏が使っている『ちから』なのだ。

 

 問題点を上げるなら、其の力には『歌』という原動力を要するというところだろう。

 

「……ふっ! せい!」

 

 間奏で息継ぎ、自身のリズムと歌声を重ね合わせて自分のペースというモノを乱さず戦闘を続ける。

 さらにここで両の腕についてるガントレットを正面に据える。 攻撃? いいや違う、彼女の拳を覆うこのオブジェこそが――

 

「はぁぁあああ!」

 

 彼女の最強の矛なのだ。

 重なり合った手は、そのままガントレットをひとつの武器へと変異させる。 空中に飛び出したそれが大げさに変形していくと刃渡りにして70㎝大の巨大槍を形作る。 手にして、振り回し、空気を乱れさせた奏は。

 

「でぇぇいい!!」

 

 曇り空のように湧いているノイズの大群を、一網打尽に薙ぎ払っていく。

 

 持った槍、それをこともあろうか投擲すると彼女は高速移動でそれを追う。

 投擲の威力で刺し貫いた槍のとってを持ち、一気に身体を回転させた彼女はまるで台風。 周りを惨たらしく切り刻むと、一気に上空に跳んで……

 

「くらえ!」

 

 槍をまた投げつける。

 しかし先ほどと同じなどというつまらない芸当はしない。 投げた槍、それがいきなり光り輝くと、その本数を劇的に増やす……1、2、4、8……総勢で20の槍はいま、奏の意思を受けてノイズへと突撃する。

 

「これで43! 次ィ!!」

 

 間奏を抜け、2番Aメロが始まるときにはノイズの数は半数を切っていた。 奏の猛攻が激しいのはそうなのだが、何かがおかしい。 彼女はそう考える。

「…………」

 

 それでもやめるわけにもいかず、ただひたすらに槍を振るっていく。

 右から来れば薙ぎ払い、正面から来るならば激突し打ち勝つ。 彼女の一本気を見事に体現した戦術に勝るノイズはおらず、その数は目に見えて減退していく。

 

 だが。

 

「…………っ?!!」

 

 脚が。 足元が不意に揺れる。 いや、性格には奏の膝が突如として震え、耐えきれずついに槍を杖にしてしまう。

 

「クソっ! 時限式だと此処までかよ!!」

「奏!?」

 

 その姿を、遠くの方で奏と同じように戦闘に身を沈めた翼が叫ぶ。 不安は見事に的中、自身が考えていた通りに行かない展開に彼女は唇を思わず噛んでいた。

 

「けどこの数なら」

 

 それでも足はまだ折らないし、膝を大地に付けるときではない!

 

 そもそもノイズの攻撃は、それ自身が敵対者に接触しなければ成立しない。 逆を言うならば接触さえできれば必ずあいてを倒すことが出来る。 ただ一つ、奏たちが身に纏う『ちから』を除いてなのだが。

 

 故にこの力を持つ彼女たちは。

 

「行くしかないだろ! 倒れるわけには……いかないんだからよォ!!」

 

 ここで終わることを許されない。

 残り個体数が140を切った頃合いだ、奏ではまたも全身からの虚脱感に身を震わせる。

 

 故あって彼女のチカラは有限だ。 つまり制限時間があるという事。 それは、歌を紡いでいられる時間とは一切関係のない自身の限界だ。

 眩暈、嘔吐、全てを抑え込むのは最早気力のみ。 まだ15、6の少女が耐えられる許容範囲はもう、とっくに超えているはずなのに。

 

「こんなもん(痛み)――慣れっこなんだよ!!」

 

 槍を振り、気迫をみなぎらせてこれ以上に自信を舞妓する。

 

「はあああああッ!!」

 

 振るう槍のチカラはそろそろ最高潮。 エンドマークを迎えそうなこの戦闘の最中、奏と翼の両名は……見落していた。

 

「あと何匹だ!」

「わからない」

「このヤロウ共、ウジャウジャと――なに!?」

「奏?」

 

 そこにいる小さな命。

 

「なんであんなところに――」

「あ、あぁぁぅ……」

「馬鹿野郎! そんなところに突っ立ってんじゃ……くそっ」

 

 戦いなど無縁、ただ、無垢なままに育った幼き彼女。 名も知らず、ただそこにいた少女は当然ながらノイズの標的となる。

 嬉々として向かい集う残りのノイズたち。 殺せ、殺せと無言の喜びを隠しもせず、武器を持たない簡単な得物から襲い掛かる。 のだが。

 

「でぁぁぁああああああ――――アアアアアッ!!」

 

 振りかぶり――――槍が砕け。

 蹴り上げ―――――ヒールが割れ。

 少女を抱え跳ぶ――身体の限界時間が一気に削れる。

 

「はぁ……ああ!?」

「あ、あぁ」

 

 空に逃げた奏の腕に包まる少女はただ嗚咽を漏らすだけ。 その姿を見て、一瞬、奏での表情が戦闘時のそれから一気に遠ざかる。 温もりすら感じるその顔は……

 

「……泣くな」

「……!?」

「こういう時はアレだ、何にも考えないで応援でもしてりゃいいんだ……『がんばれ! おねぇちゃん!』……ってな」

「……あ、はい!」

 

 咲き誇るような笑顔。 それを見降ろすや否や、奏は地面に足を付け、そのままステージ裏まで駆け込む。

 

「ここならあいつ等の攻撃はあたしが防げる。 絶対に動くんじゃないぞ」

「はい……」

「大きな声で!」

「あ、はは、はい!!」

「よろしい」

 

 ニンマリ笑顔で少女に笑いかけ、彼女から戦いを遠ざける。

 奏が笑うのはここまで。 そう、本当にここまでだ。 だから彼女は少女から顔をそむけ、背を見せ、ひたすら折れたヒールを鳴らしていく。 敵はまだ30少し残っている。 ならば。

 

「けっ、ノイズのくせしてアンコールかよ。 ここで答えてやらない奴はアーティスト失格ってか?」

 

 戦士の微笑は消えない。

 身体の違和感は今度こそ痛みにすげ代わり、奏の五臓六腑を確実に追い詰める。 もうやめろ、全身が叫び声を上げる最中で……

 

「やって……やろうじゃねぇかあッ!!」

 

 闘志を最大限に高めた渾身の振り。

 折れた槍がさらに砕け、もはやただの棒きれとかしていく。 それすらも強く握り武器にする奏の心は健在。 歯をかみしめながら、外と中の痛みに必死の形相を作り耐えていく。

 

「こ、こう言う棒きれで戦う作品、たしか指令のとこで見せられたっけ……」

 

 おもいだされる、過去。

 

「マズイ、何過去に浸ってるんだあたしは! ……それどころじゃ……」

 

 踏み込み、棒きれを小脇に射しこんで、そのまま身体ごとねじる。

 

「ねぇだろ!!」

 

 自身を支点にした梃子により、目の前のノイズを薙ぎ払う。 その間にも襲い掛かる痛みは歌声で忘れ、アドレナリンの分泌を待たずして軽い鎮痛剤だと言わんばかりに音量を張り上げる。

 

 枯れた声、それでも謳わない訳にはいかない奏は……遂に。

 

「くそッ、槍が――砕かれた!」

 

 今まで巧みに操っていた武器を、粉微塵に砕かれ、ついに無手となってしまう。

 …………しかも。

 

「きゃッ?!」

「…………え」

 

 背後から、聞こえてくる謎の声。

 

 その声には聞き覚えがあった、慰めたという自覚もある。 あの子だ、ついさっき自分が励まし、尚且つ応援してくれと言ったあの少女だ。

 

 奏の足が止まる。 その間に来るノイズは……

 

「邪魔なんだよォオオ!!」

 

 気力のみで蹴散らす。

 急ぎあの場所へ行く最中、奏では見る。 砕けたステージに、原形をとどめない舞台裏。 何か散弾のようなものでハチの巣にされたお立ち台に、いまさっきの光景を思い出して固唾を飲み下す。

 

 天羽奏の、足が完全に止まるときであった…………

 

 

 

 

 おいおいウソだろ……

 さっきあたしが守ろうって、助けようって決めたじゃねぇか。 それなのに……それなのにあたしの武器でこんな目に逢わせてどうするんだよ。

 

 力がないのが嫌だったから、血反吐はいて、それも呑み込んで、全身から吹き出した血は仕方がないから放っておいて。 それでようやく掴んだ力で、どうして守る奴をこんな目に逢わせちまうんだよ!!

 

「ちくしょう……あたしは、いつもこうだ」

 

 肝心な時に必要な力が出せない。

 思い通りにいかないのはいい、そんなもん当然だ。 この世なんかに絶対ってのはないんだからよ。 けど、だからってここまで酷いことにならなくてもいいじゃねぇか。

 守らせてくれよ、こんな小さな女の子ぐらい……

 

「お願いだ……目を開けてくれ」

 

 あたしの我が儘だ。 自分のミスでこうなって、それで目を背けたいから起きてくれって……くそっ、こんな時に自問自答か天羽奏! 起きたことは仕方ないんだ、もう、取り戻しがきかないことだってあるのは承知の上だろ!!

 

「けど、こんなのはあんまりだ」

 

 あぁそうだ、こんなのは不幸なんてもんじゃカタが付けられねぇよな。 ノイズじゃなくて助けると言った奴に殺されるなんて洒落じゃすまねェよ。

 

「ごめん……あたしのせいで」

 

 死んで詫びる……そんなことあたしにはできない。 けど、ここを生き残ったら思いっきり詫びってやつを入れるから。 だから――――

 

「頼む! 死ぬな!!」

 

 あたしもここを切り抜けるために戦う!! だから、お前も……

 

「生きるのをあきらめるなッ!!」

 

 お願いだから…………だから、だから。

 

「生きろぉぉオオオオ!!」

 

 

 

 

 

 あたしは、そのときまで想像してなかったんだ。

 いま言った、たった一文の言葉の積み重ねがあんな事態を招いただなんて。 数ある偶然からたった一つの奇跡を掴み取る。

 そんなつもりはなかったんだ、本当に。 ただ、心の底から思ったことをいつものレコーディングの時みたいに叫んでさ。 それであんな事態になるんだったら、あたしはよほど星のめぐりが悪いか…………『アイツ』がとんでもなく重い運命でも背負ってるかのどっちかだ。

 

 

 

 

少女が抗うことをやめなかった時である――――――光が、全てを焼き尽くした。

 

 その光は灼熱の閃光。 触れるモノ全てを原子の塵に返す破壊の光り。 核? そんな大規模で取り回しの悪い物ではない。 ビーム兵器? ちゃっちくて笑いが出てくる。 これはそんな数ある兵器群とは一線を喫する……素粒子砲であるのだから。

 

 そんなものを喰らえば、歌を聞かされているノイズにはひとたまりもないだろう。

 

「なんだよ……これ」

 

 天羽奏の衝撃は途切れない。 それはここより数百メートル離れた翼も同様だ。 先ほどまでいた100余りのノイズたちが、なんとタダの光りによって消されていくのだから。

 その光景を、ノイズというモノが良くわかっているからこそ信じられないのは……翼も同様であった。

 

「どういうこと……いくら奏の歌でノイズが実体化してるとは言え”シンフォギアシステム”でない通常攻撃であの量のノイズが一瞬で」

 

 討伐されるなどありえないことだ。

 しかし、しかしだ。 そのタダの光りだと思っていたソレがなぞった軌跡……上空から地面にまで目を向けた彼女たちは。

 

「そ、そんな……」

「なんて馬鹿威力だよ」

 

 この光を、本当の意味で理解することになる。

 

「地面が熱で溶けて……」

「周りがガラス片になってるだと!?」

 

 大地が溶け、その熱がさらに冷やされ飴細工のような物体に構成されていく。 シンフォギアと命名された自身の武器でさえこんな威力は出せっこない。

 なんなのだ、この威力は……彼女たちに疑問の渦が巻き起こる中。

 

―――――ち、から……

 

「な、なんだ今の」

 

 天羽奏の耳に、聞きなれない電子音が鳴り響く。

 

「気にはなるが、今この子のそばから離れるわけには」

 

 いかないと、思った彼女の判断は正しかった。

 少女は明らかに致命傷の身だ、それでもなんでか息を吸っては吐き続けている奇跡に、これ以上を願うわけにはいかない。

 もう、起こらないであろう奇跡を望むのは愚行だと、真っ先に判断を下した奏は間違いではないだろう。 …………ただ。

 

「な……んだ?」

 

 足元に、何やら知らない金属球が転がっているというイレギュラーさえなければ。

 

「ボール? いや、それにしては……」

 

 目に映った不審物。 普通ならここで触るなんてことはしないし、不用意に近づくことはしないだろう。 危険かもしれない、何者かが仕組んだ罠かもしれない。 今は戦闘中だ、さっきの光りの柱も気になる。 だから。

 

「いや、うかつに触るのは良くない。 ここは指令に――」

 

 報告を。

 別の意味でのセオリーを無視して安全な道を行ってくれた奏は油断がなかった。 そう、戦士としてここでの判断は本当に正しかったのだ。

 ただ…………

 

 …………相手が悪かった。

 

「な、なんだ!?」

 

 それは唐突に引き起こされた。

 

「この! ネバネバして気味が悪い!!」

 

 いきなり自身に纏わりつく粘膜。 しかし何かがおかしい。 生暖かくて、しかもどうやらこの粘膜。

 

「鼓動……コイツまさか生きてる!?」

 

 既に奏の上半身を捉えた謎の粘膜。 生物のように蠢き、覆いかぶさる物体を呑み込まんと卑猥ともいえる侵食を開始する。

 その動きにいち早く危機感を覚えた奏は無意識に……

 

「やめろ! こ、この子だけでも……」

 

 抱き上げていた少女を自身から遠ざけ。

 

「奏! ……よかった無事――――」

「見りゃわかんだろ! 只今絶賛大ピンチだ! ――こいつ頼んだ!」

「え、ええ? 奏そのカラダ!!」

 

 ようやく来た片翼に、自信が救った光を放り投げ……そこまで終わった時だ。

 

「これで心残りはねぇ。 あぁ、そうさ、今までよくやった方だよな」

「なに馬鹿なこと言ってんの!?」

「言いたくもなるさ。 もう、身体の半分の感覚……ないんだぜ?」

「ッ?! そ、そんな」

 

 彼女はやんわりと微笑んだ……気がした。

 しかし表情を確認することは叶わない。 なぜなら既に、あの粘膜が楓の身体の7割がたを蝕んでいるのだから。

 此処まで来て、まさか宿敵以外のこんな謎の生物に自分の生命を終わりに察せられるなど、普通なら激昂と後悔で狂いそうになるものなのだが。

 

「どうしてだろうな、こいつ、そんな悪いヤツには…………だ、よな」

「なに言ってるの奏!? 聞こえないよ……声が聞こえないよ!!」

 

 手を、伸ばしたのは翼だ。 今伸ばせる精一杯。 預かった子供を離さず、目の前の危険にさらさない程度に伸ばしたそれは、当然のように奏には届かない。

 

「来るな!」

「!?」

 

 けど、それは。

 

「お前はまだこれからがある! ……あたしにはもう、どのみち数年しか残されてないし…、良かったんだこれで。 むしろ翼がこうならなくてラッキーっていうかさ」

「ば、馬鹿! こんな時に何言ってるの奏!!」

 

 天羽奏にとって、不幸中の幸いにしかならなかったようで。

 

「そいつ頼んだ。 あたしが最後に救った命……って言っていいのかわかんないけど、その子はまだ死んでない、これからがある。 絶対に死なせないでやってくれ」

「でも……でも!!」

「おねがいだ……いけ! 翼ァア!!」

 

 そこまで聞こえた時であろう。

 謎の粘膜は奏を10割呑み込む。 もう、なんの姿も見られない彼女に、欠ける叫び声すらない翼は片手で口を覆う。

 今目の前にある怪物。 本来なら剣を持つ自分が対峙してやらなければならないのに。

 

「いまは……この子を。 奏との、約束……っ」

「ぅぅ……おねぇ、ちゃん」

「ごめん、奏――」

 

 風鳴翼はコンサート会場から離脱する。

 阿鼻叫喚の正面入り口に吐き気をも良しながらも、手の中にある少女に今一度、暖かな命を取り戻させるために……

 

 けど、その判断こそが、その先走りこそがこの先数年のしこりを生み出す要因になってしまう。

 

 彼女は見るべきだったのだ。

 奏が呑み込まれ、今もなお変異を遂げていく謎の粘膜を……その生物を、その、異端なる変態を。

 

 粘液は膜を張り、膜は硬度を上げて外殻となり、外殻は幾重にも重なり一つの皮となる。 まるで、なにかの生命を宿した卵の様な形状になったそれは、中に奏を収めたまま薄く発光していく。

 だがそれが開くことも破られることもない。

 

 

―――――――ダメだ、まだ、身体の強度も力も足りない……もっと、強い力を。

 

 内に眠りしその声の主。 その存在を知らぬまま、天羽奏の意識は混濁の中に堕ちていく。 どこまでも、どこまでも心地の良い羊水につかる胎児のように……いまだ空を飛べぬ雛鳥のように。

 彼女はいま、砕かれた翼を畳んで眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

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