強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第9話 刃紋に映る寝顔

 

「はぁ、はぁ……」

 

 少女は立つ。 その背に守るものがある限り、膝をつかぬと決めたから。

 

「くぅぅ!!」

 

 少女は穿つ。 その拳には託された思いが込められている。

 

「く……はぁ……か、はあ!!」

 

 少女は駆ける。 眼前に蔓延る雑音をかき消そうと、数多いそれをせき止めながら。

 しかしそれも長くは続かないだろう。 彼女はこの世界で数少ない奏者でありながら、いまだ未熟真っ盛りの半一般人。 とある強殖装甲の男子ですら半年という戦闘経験がある中での一番未熟っ子な少女は、だが、奥歯をかみしめる。

 

「ふは――は、早く……」

 

 でも。

 

「もう、辛くなってきた……」

 

 それでも。

 

「…………深町さんっ」

 

 少女の背に、彼から託された想いは重責なのであった。 少女戦闘開始10分。 休むことなく打ち続けられた両の拳は、既に震えが止まらなくなってきていた。 ……彼女の限界が近い。

 

 

 

 

 

 

 

都内、某音楽事務所。

 

 レコーディングのために訪れた事務所。 新曲の最終チェックと、再来月を予定しているライブの企画打ち合わせを同時に行おうとしていた日曜の午後だ。 もう、会議の方も大体の目星がつき帰り路に付こうかというところ。

 予定外の事態が……いや、想定外の事態が私達を襲った。

 

「……緒川さん、出られそうですか?」

「ダメです。 瓦礫が邪魔をして普通の方法では――」

「されとて、ここで“それ”は出来るわけがない……歯痒い」

 

 ――――――私たちのいる事務所周辺に、突如としてノイズが襲い掛かったのだ。

 

 奴らは別次元において生息をなし、そこから無秩序として我々人間社会を喰らい尽くそうと襲い掛かる。 故に、奴らを完全に捉え、あらかじめ防衛線を敷くという事も出来ず、絶対の逃げ場なんてありえない。

 そんなこと、高校に入る頃には誰もがわかる一般常識なはずなのに。

 

「完全に不意を突かれた。 いや、油断していたと言っても過言じゃない」

「ですね。 けどノイズ発生に対して万全というのは無理ですから、この場合仕方ありませんよ」

「……っ」

 

 私の独白に、傍らに居た黒服の男が答える。

 縁のあるメガネと、先ほども上げた黒いスーツとが相まって一見すれば冴えなさそうな凡夫に見えるこの人物。 年恰好にして20代後半の彼は、私が音楽の世界で生きていくには必要不可欠な存在である。

 

 幼少の頃より私を鍛え。

 今もなお私の見えないところで駆け、静かに事を為す。 そうすることで私を陰ながら支えてくれているこの人物の名は“緒川慎次”

 

 アーティストとしての私を支えるマネージャーが、彼の今ある役職である。 “だからこそ”いまここで――――

 

「大事は、これ以上起こせない……」

「その通りです」

「いまの私は、只の歌手(アーティスト)ということ……」

 

 ひっそりと二人だけの会話に区切りをつけると、そこでもう一度自分たちの置かれている状況を確認する。

 

 今いる場所は都内、某15階建てのビル。 そこにあるブース内で次に出す予定の新曲を“かぶせ”を試していたところだ。 よって、今ここに居るのはその関係者15名。 私と緒川さんを抜きにして、“より深い関係者”が8名。 何も知らない外注の人間が5名。

 其の15名は、私がノイズ発生の報を受け取り咄嗟に駆けだした収録現場に、まるで寿司詰のように入り込んでいる。

 理由としては、既に最上階近くに居た私たちに逃げ場所が無いのと、ここが一番頑丈に出来ているからだ。 防音室という性質上、前もってほかの部屋よりも丈夫な素材を持ってここを作っているとあらかじめ解っていた私の独断のモノだったが。

 

 今回、この判断が事態を更なる混乱に引き落としてしまう。

 近くで奴らが暴れたのだろう、建っているビルは揺れ、耐震強度を超えた振動を与えられては家屋が崩れ、外に出るための通路に瓦礫の山が作られたのだ。 これでもう、普通の手段では外に出ることさえ敵わない。

 

「レスキューが出動するのを待つ、そう言うわけにもいかないでしょうね」

「そうですね。 そもそもノイズが相手です。 普通ならまず連絡が行く場所があるでしょう」

「されどその相手は檻の中。 ……滑稽を通り越して不様だわ」

「……」

「仕方が、あるまい」

 

 自身がなにも出来ず、苛立ちが天に駆け上がる頃であった。 私がついに意を決しようとし、首にかけていた天羽々斬の聖遺物を手に取ろうとした時だ。 緒川さんの手が、そっと私を引き止める。

 

「まだそのときではありません。 待ちましょう、彼らが来るのを」

「……それしか無いのか」

 

 あの子たちに託さねばならない。

 ならない……ならない。 まさに不承不承と言った面持ちだったろうな、今の私は。 だが仕方ないだろう? よりにもよって、自身の危機をあの子に救ってもらうだなんてそんなこと。

 

「許せるわけが……」

「翼さん?」

「いいえ、なんでもありません」

 

 ほつれそうだった苦悶を取り繕いなおすと、私はそっとブースと廊下とを隔てる四角い窓枠を睨みつける。 あそこを破り、外に出ることさえできれば……そう思うも一瞬。 だが特殊な技法で多積層の強化ガラスとなっているアレを割れる姿を、只の一般人に見せるわけにもいかない。

 待つしかない。 最悪、あの姿になるその瞬間を……

 

 水分不足か、歌った後による喉の渇きか、気づけば舌で下唇をなめとってしまった。 唇が、まだ渇く。

 

「…………」

 

 沈黙だ、ここにあるのは。

 

 この部屋からビルの外は見えない。 よって今起こっている正確な情報は携帯頼みの不確かな物。 それでも、何とか今を打開できないかと想い、悩んでいたそのときであった。

 

「……れかい……ですか――――」

「!!?」

 

 その声は、私の耳に奏でられたのだ。

 

 

 

 鉄骨が軋む。 ビルの一階に潜入したガイバーは、足音も小さく

 瓦礫。 目の前に鎮座するかのように積み上げられたそれは、立ち尽くす少年に数秒の考察時間を作らせる。 そして。

 

「…………そ、そにっく・ばすたぁーー」

 

 その叫びはなんとも情けないモノであった。

 

「ふぅ、こう手加減脚加減と重ねるのがつらいなんて。 しかも音を最小限にした極小版ソニック・バスターがここまで難しいとは思わなかった」

 

 青い体色を埃にまみれさせ、ビル一階入り口からようやく進むことが出来た彼は、エントランスと呼ばれるであろう箇所を見て、呟く。

 

「……見る影もない。 人が生活していけるような場所ではないなもう」

 

 くりぬかれ、爛れたように姿を見せた断熱材と剥き出しの鉄骨。 崩れた壁が煉瓦のように積み重なり、部屋で在ったと思われるところは瓦礫置き場の倉庫とかしている。 時々火花を散らす蛍光灯も、何とか被害を免れただけと言わんばかりに他が全滅している。

 だが深町は思う。 この場は、つい数時間前までは只の職場だったのであろう、と。

 

「…………ん、これは青い……ヒトの姿?」

 

 表情が変わらないままの深町は、瓦礫を踏みつぶしながら何かを見る。 自身の姿……? そう思ったのも一瞬のことだろう、それは幻影でもなければ特別不思議な事でもない。

 

「何かの鏡面……なのか」

 

 ただの、磨かれた鉄だ。

 深町の前に立ちふさがるかのようなそれは、高さ2メートル幅90センチの……扉。 どこにでもあるようなそれは、まん中から切れ目を入れられ、そこから左右に開くようにされた一品であった。

 鉄の扉改め、左右に開く扉を見て深町はさらに周辺を探ると。

 

「スイッチ、か。 という事は、これは“エレベーター”なのか?」

 

 傍らに一つだけ供えられた突起面を見るや確定した深町は、視線を固定してやや動作をやめる。 動かず、考えているのだろう。 頭部のセンサーを極力動かさないで佇んでいると右手が動く。

 

「……動かないか」

 

 触れたのは先ほどの突起面。 半透明のそれにさわり、押した後に出た落胆濃い息はそれだけで彼の心境を映すかのよう。 だが、出来ないモノは出来ない。 

 切り替えたかのように首を振った深町は、そのまま鉄の扉にまで手をスライドさせる。

 

「…………」

 

 横、縦。 縦横無尽とはいかないモノの、特に意味もない行為が数秒のあいだ続く。 こうしていればエレベーターが動くわけでもなく、ここで待っていれば事態が解決するわけでもない。

 そんなこと、誰かに言われるまでもないはずなのに彼はそこから動かない。

 

「…………よし」

 

 上を見て。

 

「コレを使おう」

 

 首を落としたときには、彼の腕が扉の方へのびていく。

 だが手は触れない。 腕も、二の腕もだ。 だが身体の距離だけは確実に近づき、あわや扉に触れる瞬間。

 肘の突起物が1メートルほど伸長しだす。

 それが触れると驚いたことに肘の突起物は扉に深く沈んでいく。 その様を例えるならスポンジケーキにナイフを立てるかのようだろうか。 だが、深町の表情は硬い。 なぜなら今起こっている現象は。

 

「……気付かれなかったか。 高周波の音で察知されるカモとは思ったけど、何とかうまく行ったみたいだ」

 

 超高速の振動波を叩き込む武器だったのだから。

 肘の突起。 ……高周波ソードの前にはそれが触れる物質である以上、原子間の結び目から結合を解かれて裂かれてしまう。 音波兵器のソニック・バスター、速射性があるが只の鉄相手では威力がありすぎるヘッド・ビームとを比べると、即座に、そして静かに事を運ぶにはこれしかない。 心の中で整理をし直す深町であった。

 

 そして、よくある煽り文句を使うなら、バターを熱されたナイフでなぞられたかのように切られた扉は、その内側の暗闇をガイバーに見せつける。

 

「っ」

 

 いきなりの事に右手で顔を隠す。

 室内の負圧が一気に翔けぬけて行ったせいか、風が彼に吹き付ける。 しかしそれもほんのわずかな時間だ。 すぐに空気は平穏さを取り戻し、何事もなかったかのように彼を取り囲む。

 

「奴はまだ9階だな」

 

 勝手に動き出した頭部の金属球が敵の位置を確認し、そのまま奴の触手の動きを把握させる。 

 

「本体は9階と10階のあいだ。 ……おそらく天井を穿って、そのまま居座ってるんだろうけど。 いや、図体がデカいから収まりきれないだけか?」

 

 続々と来る情報を、人間の脳で見事に受け取っていく。 いや、中にはやはりコントロール・メタルの力添えもあったかもしれないが、それでもその情報を管制しきる彼の精神力はかなり強いであろう。

 人質を取られ、仲間が身を挺して時間を作る今。

 焦りも、苛立ちも起こさず、只狭苦しいところに人間はいつまで居られるか。 そう考えれば深町の冷静さは逆に…………

 

「……よし、動きが無いな。 どうやらソードの高周波は外の立花さんが出してる戦闘音で誤魔化せたらしい」

 

 切断が終わり、伸長した高周波の刃が元のサイズに戻る。 その手を動かし扉だったところに添えると中を覗き込む。 当然そこには何もなく、暗い闇が深町を迎え入れているだけ。

 そう、彼は昇降路の中に足を踏み入れたのだ。

 

「――そうだ、グラヴィティ・コントローラーで体重を軽減しておかないと……それにしても暗い。 ヘッド・センサーで探りを入れられなければ前後不覚もいいところだ。 昇降路の中身がこんな風になっているなんて知らなかった」

 

 感慨ともいえる言葉を吐きだす深町。 しかしそれもほんの僅かなため息でしかない。 見上げた先を睨んだあと、腹部に意識を集中させると重力を反転させていく。

 

「ノイズの反応が強い階まで来たけど、おかしい。 姿を現さない」

 

 遂に9階まで浮き上がって行ったガイバーⅠ. それでもと首を振ってあたりを観察する。 有視界には只の暗闇、超感覚では建設現場の設計図を思わせる見取り図を脳内で書き描いて、対象との距離を把握する。

 彼我相対距離、おおよそ10メートルという距離まで近づいていた。

 

「なのに俺に意を介さないなんて……胸騒ぎがする。 早く閉じ込められた人たちを救出しないと」

 

 言われたわけでもない、まるで脅迫に近いナニカが深町の背中を追い立てる。 急かされるようにノイズがいる階層を通過し、彼は一気に生命反応の密集地帯へと足を踏み込んでいこうとするのであった。

 

「……早く」

 

 肘の突起を伸ばし、高速で振動させると目の前の壁に突き立てて。

 

「…………急ぐんだ」

 

 スライドさせて押し倒し、ガイバーのサイズでも通れる程度の道を勝手に作り出す。

 侵入し、視界を広げて周囲を見渡す。 センサーに引っかかる生命反応の数と“濃さ”に口元の排気口から風が出てくる。

 

「11階。 ほぼ最上階に居たのか、取り残された人たちは」

 

 まとまっていてくれたことに感謝。 都合よく密集していたことに若干の疑問を感じて傾げた首は、だけどすぐに戻っていく。 足早に進んでいく殖装者、深町晶はコントロール・メタルの情報を頼りに瓦礫の道を踏み均す。

 

「だけど妙だ。 一所に隠れているのはともかく、なぜそんなところにノイズは襲ってこないのだろうか……それに集まっている地点からの物音の聞こえが悪い。 これは――」

 

 どういうことだ。

 瓦礫を片手でかき分けて進んでいく深町の疑惑は膨らんでいくばかりだ。 そもそも、集中すれば外の動向だって探れるガイバーの超感覚をして、取り残された人たちの会話ですら聞こえづらい現状。

 ありえない、訳ではないと思いつつも彼の足取りは速くなる一方で在った。 ……そして、身の丈ほどのコンクリート壁の残骸をソニック・バスターで砕いていくとそこには。

 

「…………光だ。 なにかが、いや、あれは蛍光灯の光り?」

 

 11階のエレベーターホールを延々と進んでいった先。 非常階段手前にあるとある一室からわずかな光を感じ取る。 赤外線などの反応が薄いことから太陽の光りではないと悟った深町は急ぐ。

 この先に、きっと助けを求める人間が居るのだと信じて。

 

 

 

 

 

 廃墟のビルに昇って10分が経過したころかな。 外で立花さんが盛大に暴れ回ってくれているおかげか、いままでこちらにノイズが反応を示した様子はない。 さっき立花さんを吹き飛ばした触手もこちらに向かう気配を感じない。

 どうやら本当にうまく行っているようだ。

 

「外で立花さんが踏ん張ってくれているんだ。 なら俺も急いで事を片付けないと」

 

 センサーで感じる生命反応は既に目視で捉えれる範囲の筈だ。 やろうと思えば人の吐息ですらわかるはずの距離に、俺の洞察力は総動員されていく。 ここまでボロボロの家屋なんだ、きっとわかりにくい場所にいるはずだ。

 そう思いながら周りを見渡していると……居た。

 

「誰かいるんですか」

「……!」

 

 何かが反応を返す気がした。

 でも俺は少しだけ慌てる。 なぜならその人物がここで大きなリアクションをされるとノイズに感づかれてしまうから。 すり足で近づき最小限のボリュームで口部金属球を動かしていく。

 

「落ち着いて、なるべく静かに。 今このビルを襲っているノイズはおそらく物音に反応して行動しているはずです。 なので極力音を立てないで、慎重に行動してください」

「…………あぁ」

 

 聞き分けのいい人で助かった。 こっちが不気味な強殖装甲で覆われているモノだから、下手をすれば向こうがパニックを起こす恐れもあったからこうなってくれるとありがたい。 そう思っていると、少しずつ相手の顔がわかるようになる。 物陰のせいで観れなかった相手の全貌が見えるようになったからだ。

 …………そして。

 

「…………あ」

「……」

 

 ガイバーを通して見えた視界で俺は、やはり驚くべきものを見たんだ。 青い、本当に青く透き通るような質の髪。 それを見た瞬間に俺の身体は硬直してしまった。

 

 心の中の絶叫を除けばだが。

 

「ど、どうして貴方がこんな――――」

 

 ところに……そう言おうとしたとき、奥の誰かが動き出す――速い!? 一気に俺の所へ距離を詰めてきた……!

 

「どなたでしょうか」

「え?」

「救助隊にしては奇抜すぎる格好。 貴方は何者ですか?」

 

 黒いスーツが良く似合うまるで普通のサラリーマンの様な人。 しかし今の動きで確信できるのはこの男が普通の枠には収まらない部類の人間であるという事だ。

 

「お、俺は――」

 

 口ごもり、若干背筋を伸ばしながら答えようとする俺は言葉に詰まる。

 

「…………すみません、イジワルが過ぎましたね」

「……はい?」

「静かに。 ……他のみなさんには極力聞こえないようにお願いします」

「え、あ、はい」

「こちらは貴方が保護されている2課所属兼、翼さんのマネージャーをやっている“緒川慎次”というモノです。 以後お見知りおきを」

「緒川……さん」

「はい。 ……ですが深町さん、今のあなたのその恰好で翼さんと顔見知りという感じで会話は避けてもらいたい。 あの人が一般の人間ではないと悟られてしまいますから」

「!? あ、そういう……」

「はい」

 

 そう言う事だったのか、確かに言われてみればその通りだ。 今の俺はおそらく異形以外の何物でもないし、そんな奴に気軽に話しかけられ答える人間なんて普通じゃない。 そうだ、俺がこれから迂闊な行動を擦ればそれだけで風鳴さんの全てを壊しかねない。 ……なら。

 

「…………」

 

 だけどどうすればいい。 この人と風鳴さんを除いてもあと13人。 この人たちの目を欺いて風鳴さんの正体を隠し尚且つここから脱出するとなると至難の業だ。 ただ、黙っているという手もあるけどそれではいつかほころびが出来るかもしれない。

 いや、この人たちの不安や反感を買うだけかもしれない。

 

「…………どうする、俺」

 

 既にビルの強度は70%を切った頃だろう。 いつまた大きな振動が加わるかもしれないし、そうなったらこんな瓦礫の山はすぐに崩れるだろう。 ――――考えていた俺だが、そのとき目の前に居た緒川さんが目配せしてくる、何を考えているのだろうか。

 

「みなさん、どうやらこの方は私たちを助けにここまで来てくれたみたいです」

「……ッ」

 

 一斉に視線がこちらを向く。 ……いや、少し反応がおかしい。

 この部屋に入って一番むこう側、部屋の壁際で集まっている五人ほどの反応はまともだったけど、他の人たちはなんというか気を使っているように見えたのは気のせいか?

 一瞬だった、本当に僅かな違いだったけどアレは助けを求める目ではなく比較的俺たち側の……助ける側の目にも見えた。

 

「……まさか」

「いつ崩れるかわかりませんので速やかな非難の準備を。 急いでください」

 

 言葉巧みにこの部屋の空気を操る緒川さん。 そのときに見えた目の光りは俺に訴えかけてくるようだった。 ……解りましたか? ……と。

 もしもこの視線がそう言う事なら、ここにいる者たちの中で本当の意味でビルから出してやらなければいけないのは――だったらどうする? 怪しまれずに彼らをここから消えてもらうには俺はどのように動けばいい。

 困り果てそうになり、だけどそのときだ。 俺の脳裏にはある黒い後ろ姿が思い浮かべられていく。 そうだ、あの人のようにみんなの先頭に立ち、尚且つ誰もが納得せざるを得ない状況を作りだせれば。

 

「…………仕方がない奴らだ」

「なに?」

「俺には俺のやらなければならない事があるのだがな。 仕方ない……貴様ら、助かりたければこちらの言うとおりにしてもらおう」

『…………ッ!』

 

 少し威圧感を与え過ぎただろうか。

 けど、あの人たちの反応は段々と従順になって行っている気がする。 こっちはこんな姿だ、少し凶暴性を見せれば恐れて反発を起こしはしないだろう。 本当はこういうの嫌いだけど今は仕方ない。

 

「ここを占拠しているノイズは音に反応する。 どうやら防音室か何かにかくまっていたのが幸いしたようだが、ここから先に出るならばそれ相応の手順を踏まなければなるまい。 まずは……」

 

 値踏みをするように部屋中を見渡す。 わざとらしく顎に手をやり、少しずつ頷きながら首をまわしていき、バイブレーション・グロウヴを振動させる。

 

「そこの5人」

『!?』

「俺について来い。 少数の行動で無駄な音は極力抑え脱出する」

「いや、しかし――」

「いう事が聞けないのなら、此処でくたばってもらうしかないな」

「…………っ」

 

 壁際の男たちに向かってガンを飛ばして言葉だけで押さえつける。 その間に腕を組んで首を右後方へ傾げることでダーティーな雰囲気を全開にする……どうだ?

 

「だ、だがここにはまだ十代の女の子が一人いる! そ、そのこだけでも……」

「……ふん、ごもっともな意見だな。 確かにそちらに居る御嬢さんは見た目からして先に助けてやらねばならないみたいだ」

「じゃ、じゃあ――」

「断る」

「……は、は?」

 

 そうしたいのは山々なんだけど、そうするとこちらに都合が悪いんですよ。 さて、ここからの言葉はどうしよう。 いや、有るな一つだけ。

 ……できれば使いたくなかった、やれることなら回避したかった言葉攻めがひとつだけ……そう、たった一つだけあったんだ。

 しかしこれにはそれ相応な代償があるんだ。 でも、手段を選んでいる場合じゃないんだ、いまやらないといけないことに全力になれ――――

 

「貴様が言っているそこの小娘、背格好だけならまぁ体力もありそうだし何より……胸元の平面さに置いては抱きかかえるのにはちょうどがいいだろう」

「あ、あの……?」

「しかしそれはあくまでも見た目だけ。 それにたかが女子供の奴にこれから先の道を走るなど無理なコトだろう。 なら、この中でそれなりに体力のある者たちを優先したい」

「だけどそのあといつ――」

「最後の数人はこの俺が直々に担ぎ上げて安全圏まで逃がしてやると言っているんだ」

 

 だからこれ以上余計なことを言わせないで……

 

「……ふふッ」

 

 あ~~あぁぁ……ほら見たことか! 貴方たちがいつまでもこっちの言うとおりに避難してくれそうもないから余計なこと言ってあの人を……

 

「みなさん、私の事は気にしないでください」

「し、しかし」

 

 うん、気にはしないようにするよ……背後に湧き上がる不穏な影は。

 

「そこの人の足手まといにはなりたくないです。 それに私が瓦礫の山を皆さんと同じ速さで走るなんてできそうにないですし。 その人の言うとおりにしましょう」

 

 ……とか言っておきながら握った拳はこの後どこに行くんでしょうねぇ?

 

「それよりも急いでください。 いつ崩れるかわからないんですから」

『つ、翼ちゃん……』

「皆さんの事よろしくお願いします。 “知らない誰かさん”」

「……ふっ……ふん、いいだろう」

 

 腕を組んだままにいまだ相手を威圧する俺ことガイバーⅠ。 しかしその姿において俺は背中が震えてならないんだ。 蛇に睨まれたというか、浮気の現場を見つかった夫というか、なんだか言い表せない圧迫感が俺を包み込んでくる。

 ここまで俺を震え上がらせるものはなんだ!? ……そんなの決まっている。 アイドル特有の明るいオーラをまき散らせ、同時に俺に向かって笑顔を振りまく彼女が俺をここまで追い詰めるんだ――――そんな彼女と、つい、目が合ってしまった。 

 

「…………にこッ」

「……うく」

 

 あぁ、死んだなこれは。

 笑顔が能面のように思えて他ならない。 こういう時はガイバーの超感覚を恨みたくなる、どうして俺にこんなものを見せるんだ……と

 

「と、取りあえずそこの五人は俺についてき――いや、ついて来い。 すぐそこのエレベーターから一気に下へおろす」

「は、はい!」

 

 まず5人にはついてきてもらい、エレベーターのある地点まで徒歩で誘導する。 最初に来たときに障害物となるところはほとんど崩しておいたからここまでは簡単だ。 次にエレベーターから先だけど、ここは俺が直接抱えて飛行による運搬を行うことにした。

 そして出口まで行き、まだ立花さんが戦っていることを確認すると……

 

「お前たち、ここから先は俺の仲間が交戦中だ。 情け容赦ない俺たちの仲間きってのハウンドだ。 奴の戦闘に巻き込まれたくなければついて来い」

「……はい!!」

「猟犬だってよ……」

「この人よりもたちの悪い?」

「お、恐ろしい……」

 

 出口から正反対の所にある壁を見つめて……ソニック・バスターを叩き込む。

 

「お、おぉ……壁がいきなり崩れた」

「ここからなら足の遅い貴様らでも十分安全に逃げられるだろう。 さっさと行け」

『……』

 

 ぞろぞろと駆けだしていく彼らを見つめ、やがてその姿が確認されなくなり、ガイバーのセンサーによるサーチでノイズから離れていったことを確認すると、息を一気に吐き出してしまった。

 

「つ、つかれた~~まさか他人の物まねがここまで体力を使うモノだとは」

 

 それにあの刀美人のヒト睨みも俺に相応のダメージを与えたのは言うまでもないよな。 強殖装甲は心までは強くしてくれないのも言うまでもなく……嗚呼、この後の俺はきっと悲惨な目に逢うのだろう。

 

「と、とにかくこれで風鳴さんが人目を気にする必要がなくなったはずだ。 あの緒川さんという人の目配せがこういうことを指しているのならば」

 

 だから俺はまた来た道を戻る。

 エレベーターを跳んでいき、十数階先にある部屋へと急ぐ。 そして見たモノと言えば。

 

「おかえりなさい♪」

「……す、すみませんでした」

「あら? 私は何も言っていないのだけど」

「そうですね。 言われてみればその通りですね……はは」

 

 なんでもない、ただの迎え入れる声だけだった。

 

「……どこに向かうかは知らないけど」

「何か言った?」

「いいえ……なんでもないです」

「そう」

 

 思わず両手ついて謝りたい衝動に駆られる薄気味悪い微笑に息を呑み、ダンダンといつもの調子に戻っていく風鳴さんから視線をそらす。 ……あぁ、やっぱり2課に居る時とアイドル活動中では若干の使い分けはしているんですね。

 

「さぁ、何をぐずぐずしているの?」

「あえ?」

「情けない声を出さない。 外であの子が一人で戦っているのなら、指をくわえてみているのが貴方のやり方なのかしら?」

「!!?」

 

 そ、そうだった!!

 いま外では立花さんが一人でノイズの大群を足止めしているんだった……風鳴さんがもとの調子に戻ったのを察すると、どうやらここに居る人たちは2課の関係者だと思ってもいいみたいだし……なら。

 

「あとの脱出は――」

「それはこちらが引き受けます」

 

 心配事があったけど、どうやらそれは緒川さんが引き受けてくれるみたいだ。 パッと見て特に何かがあるというわけではないけど、先ほどの体捌きと言い今までの落ち着き方と言い、この人はきっとただ物じゃないのだと思う。

 そんなこの人が任せろと言うんだ、ならここは――

 

「お願いします」

「えぇ。 そちらの方もしっかりとお願いします」

「任されました!」

 

 互いに心配しないのが信頼の証しだろう。

 俺と緒川さんが視線を逸らして残りのヒトたちが去っていく中で、残る人物はふたりだけ。 俺と、青い髪をした刀美人だ。

 彼女は胸元に手をのばすと深呼吸。 先ほどよりもさらに鋭い雰囲気を纏う事数秒のことだ。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 彼女は歌う。 この世界に蔓延る雑音全てを調律せんと刀を携えて……

 

「……っ」

 

 彼女は纏う。 今ある世界を守り、暗闇に包まれた未来を切り裂き光を与えるために。 そんな光を目の当たりにして、俺はしばらく腕で視界を塞いでしまった。 聞こえてくるシンフォギアの再構成音をセンサーで受けつつ、彼女のあの姿を思い起こす。

 

 鋭く、どこまでも研ぎ澄まされた日本刀の美しさ。

 

 それが彼女の、ある種完成された強さの裏付けであり、力の象徴であることは言うまでもない。 迷いなき剣。 それが彼女の在り方なのだから。

 光が止む。 瓦礫を神々しく照らしていたギア構成の輝きが、まるで彼女の中に納まるように消えていくと……青い剣士の唇が動き出す。

 

「――――っ! ……ッ!!」

「……あの時以来の、歌」

 

 それを背に受け、俺はもう一度空を跳ぶ……あの子が必死で守り抜いている戦場へ赴くために。

 

 

 

「でぇぇりゃあ!!」

 

 深町晶がビルの中に消えてから10数分。 少女の息は切れかけていた。

 

「うくっ!?」

 

 脚が震える。 腕がこれ以上あがらない。

 身体のあちこちから聞こえる危険信号に、それを感じたことが無かった少女の心は徐々に不安へと落ち込んでいく。

 

「でも――」

 

 それでもと、あきらめきれないのには理由があったのだろうか。 いや、有る。

 

「約束したんだ……」

 

 それは、自身が追いかけていた背中。

 

「任されたんだ……」

 

 それは、初めて感じた重責。

 

 

 それらすべてを呑み込み、いまだに歌へと変えていく彼女の声帯は既に限界を迎えようとしていた。 声はかすれ、思いつく限りの歌を歌い、そのすべてを何度も繰り返して。 それでも一向に変わらない戦場に一瞬の諦めがちらついて……それでもあの背中を思い出して。

 

「引けない……引くもんか!!」

 

 唇をかみしめて、思いの丈を叫びだす。

 

 右腕の装甲、左のヒール、頭部のアンテナが片方。

 それらにひびが入っている姿は満身創痍だろう。 しかしそれを身に纏う響の方は既に倒れていてもおかしくないダメージを身体に蓄積させていた。

 いま、少女の身体は限界を超えていく。

 

「ぐぅぅッ!?」

 

 身をかわす。

 脚を一歩前に置いて身体を捻った、必要最小限の動きはほぼ無意識のモノ。 疲労が困憊の今だからこそ行った無意識の回避は、いま迫ってきたノイズを自身の“後ろ”へ送ってしまう。

 

「――――あっ」

 

 気づいた、目で追った。 いま起こしてしまった自身の失態の光景全てを。

 

「だめ、そこには――」

 

 だが遅い。

 脚は動かず手は伸びない。 止められない時間の中で、立花響が見つめるその先にはノイズと……今にも崩れそうなビル。 自分が、自分と“彼”とが守ろうと立ちふさがっていた理由。

 それを今。

 

「やめて! そこにはまだ――」

【―――!!】

 

 一匹のノイズがぶち当たる。

 

 ――――――――――――――コトモナク。

 

 

 

「ソニック・バスタァァー!」

【ギギ――!?】

「は、え?」

 

 振動、共振、爆砕、粉塵。 たかが一匹の雑音にここまでやるか……そんな呟きを誰かがする中で行われる惨殺。 後悔させる暇もない、そのあまりにも殺傷能力に富んだいまの攻撃は、立花響にとっては恐れよりもむしろ安堵の方が強かった。

 なぜなら。

 

「ふ、深町さん……おそいですよぉッ……」

「ごめん。 遅くなって……って」

「もうだめ……足腰がたたないです……」

「おっと――!」

 

 その声が、今この場でもっとも彼女が聞きたかったものだから。

 そうでなくてもかなり待たされたのだ、緊張と疲労が一気に来るのも当然のことで。 まるで支えられるように響は深町の下へ倒れ込み、身体を預ける。

 

「ありがとう、立花さんのおかげでみんな無事に避難が終わったよ」

「よかった、です」

「…………」

 

 その姿に何を思ったのであろう。 一振りの剣は静かに佇み、構える。

 

「……よくやった“立花”」

「……ふぇ?」

「貴方がここまで奴らを引きつけてくれていたおかげで守るべき者たちを巻き込まず、そして――」

 

 剣はそこで会話を切る。 振るわれ両断するのが刀という物だ、ならばこの行為もまた刀故……などと洒落を聞かせているわけでは無いのだと、果たして響には伝わったのだろうか。

 

「……風鳴さん」

「なんだ?」

 

 だけど、どういうわけかこういう時だからこそこの男は。

 

「耳、真っ赤ですよ」

「う、うるさい……!」

 

 彼女の所作を見抜いてしまう。 平凡な高校生特有の未熟、鈍感、単純、そんなものガイバーの特殊能力で何もかもカバーしてしまった。 言わんばかりの指摘にさしもの翼も声が震えて、歌が途切れる。

 

「さてと」

「……深町さん?」

「ごめんね立花さん。 少しのあいだ一人で立てるかい?」

「え?」

「そうだな。 ほんの少しだけ、貴方を置いてきぼりにすると思うのだけど構わないかしら?」

「翼さん……?」

 

 二つの青が並び立つ。 見据えるは大群の雑音、定めるは巨塔を占拠する不逞の輩。 それらを見渡す“装甲”と“剣”は視線鋭く佇む。

 

「俺が承諾したとはいえ、ここまでこの子をいたぶる貴様を――」

「こちらの不肖が招いたとはいえ、貴様らがしたことを――」

 

 振りあげたのは指先。

 差し向けたのは切っ先。

 

 同時に行われた行動は、まさしく彼らの思いが一致していたことを表すよう。 それを向けられた雑音たちは、しかし心という物を理解できない彼等は疑問にすら思わず。

 

「ゆるさんッ!!」

「懺悔なさい!」

 

 それすらも、少年達の心に熱い焔を灯していく。 燃え上がる豪炎は彼らの士気を確実にあげた。 未熟だと思い庇っていた子が強く立ち上がっていたのに心を震わせ、傷つきながらも自分たちを支えたことに心を奮わせ……そんな姿を見てしまったからには、もう、彼等は――――

 

「いくぞっ」

 

 青い装甲が大地を踏みしめる。

 狙うは崩れかけのビル。 今にも崩壊しそうなそこにはもう何の遠慮もいらない。 そうだ、守るどころか消えてもらっても構わないと言わんばかりに、彼はついに胸元へ手をのばす。

 

「はぁぁぁ……」

 

 青い剣が空を切り裂く。

 下段から上段にと構えを変える、ただそれだけなのにこの威風堂々とした雰囲気はどういう事だろうか。 漲る気迫は誰がために……? 気にする事すら馬鹿らしく思える質問など切って捨てると言わんばかりの構えに、すぐそばにいた響は息を呑む。

 

「“深町”もしやとは思うが――」

「そこらへんは任せてください。 一般市民にはまず当たりっこないですよ、この軌道なら」

「そうか。 それならばこちらは逆に打ち漏らしの心配をしなくては。 生憎、貴方よりは断然威力が低いからな」

 

 ここで響は首を傾げる。 翼はともかく、深町が言っていることが理解できないからだ。 立花響、15歳。 今日のノイズ遭遇で、大体の戦闘という物を掴んだ彼女ではあったが、まだそれでも知り得ないことが多々あった。

 シンフォギアに隠された真なる力。

 そして、強殖装甲の本当の――――いま、その力の一端を垣間見ることとなる。

 

「ふ、深町さん!?」

「……いくぞ」

 

 深町晶が、両手を胸元に伸ばす。 その行為がなんなのかを響は理解することが出来ない。 負傷、異常? なんだかわからないと心配しようとする中で。

 

「こちらから先に終わらせてもらう――――だぁぁあああ!!」

 

 蒼い光が、ノイズを一閃の下に叩き伏せる。

 巻き上がる瓦礫と黒炭。 それらが宙に乗り、風になびかれ倒壊寸前のビルへとなだれ込む。

 

「ふ、深町さん……胸が――」

 

 そのときだ、響は異様な光景を目撃する。 それは己がカラダを激しく損傷させる行為。 手を指し、伸ばし、掻き毟って開いていく。 

 

「人々に害成す雑音たちよ、原子の塵に還れ――――」

「……え!?」

 

見えてくる内臓器官に怖気が立ち、それでもどうにか気持ちを落ち着けた先にあったのは。

 

胸部粒子砲(メガ・スマッシャー)ァァ!!」

 

 視界を塗りつぶす極光だけであった。

 目は開けている――なのに視界が真っ白で何も見えない。 そこまでに凄まじい光の奔流は何もかもを呑み込み消し去っていく。 空に流れる星を描きながら……

 

「な、に……いまの」

 

 信じられないモノをみた。

 口が開き、閉じることを忘れてしまったのは仕方がない事だろう。 なぜなら先ほどまで在った崩れかけのビルも、自身を痛めつけたノイズの触手も、本体も、何もかもが目の前から消えてしまったのだから。

 

「…………え?」

 

 言葉もないとはこの事だろうか。

 消えた風景たちをまるで探すかのように左右を剥いた響。 でも、探したところでさっきまでの驚異も、景色もこの世にはもう存在していない。

 そしてその背後で何かが蠢く音。 不気味で、肉同士が擦れているかのようなそれはホラー映画を彷彿とさせるには十分。 思わず背筋を凍らせた響はしかし。

 

「深町さん、今何を……」

 

 理解できないことを、まず一番知りたかった。

 何事もなく、本当にあっけなく奴らを蹴散らした翼と深町。 彼らの実力をこの目で見た響には何がどう映っているのだろうか。 そしてその弱々しい質問に、深町は優しく口部金属球を揺らしていく。

 

「そうか、立花さんはこれを見るのは初めてだったよね」

「あ、はい……とってもすっごい攻撃でしたよね」

「うん。 メガ・スマッシャーっていうんだけど、この胸部装甲に隠された発振器(レンズ体)からおよそ100メガワットの粒子砲を打ち出す、正に最後の奥の手なんだ」

 

 言いながら両手で持った胸部装甲を元の位置に戻していく。 展開されるところは不気味だったが、それが戻されまたひとつになるところも不気味にすぎるだろうか。 思う深町は少しだけ雰囲気をあかるくさせようと片手を上げる。

 

「めが? ……よくわかんないですけどとんでもない破壊力です」

「そうだね。 だからいままでの戦闘では使えなかったんだけど、相手が上空にいて上に向けて放てたから」

 

 上げた手を振り、釣竿のようなスイングをした深町はその先にある廃墟ビル跡地に向かってキャスティング。 皆の視線を投げつけると、改めて今の素粒子砲の威力を思い知らせる。

 

「……ビル、15階建てだったのに3階建てになってしまったわね。 レコーディング内容も全部パーだわ」

「…………あ、そ、それは……」

 

 自分の行いの罪深さも思い知らされる。

 

 ふわりと舞うかのような鋭い指摘に汗が大量に吹き上がる青い殖装体。 彼は片手で後頭部をさすると、まるでサラリーマンのように平に謝る。 その姿があまりにもシュールだったのだろう。

 

「……ふふ」

「え?」

「なに?」

「いや、あの……いま――――」

 

 この世界に来て初めて剣が鞘に収まったのを見た。 深町は後のこう語ったそうだ……そう、後に語るしか出来ない理由がこの後できる……

 

「あ、れ……?」

「立花さん?!」

 

 ガングニールの少女がふらつく。

 脚を踏み外し、視界がぼやけて両手でバランスを取ろうと振り回す。 しかしそれも間に合わず、嫌でも安定性に欠けるヒールは斜めに地面へ接触する。

 カクンと折れるひざ。 見開かれる瞳孔は信じられないと訴える彼女の心を代弁するには十分で……そんな姿を即座に捉えたガイバーは。

 

「危ない……どうしたの急に!?」

「す、すみません……うぅ」

 

 抱えて見せる。

 両脇の下から腕をくぐらせ、取りあえずの態勢を整えさせると次は右腕を引き抜き足元へスライドさせていく。 左腕は彼女の背中を持ち、自身の胴体へ響を抱えると出来上がるのは。

 

「ふ、深町さん……はずかしいで、す……」

 

 古来より伝わる乙女の夢(おひめさまだっこ)

 

「ひとりで……ひとりでぇ……」

「いまはそんなこと言っている場合じゃないよ。 ほら、視線が不安定だし脈拍も上がって来てる。 頬の温度もやや上昇気味だからもしかしたら風邪かもしれない」

「それはこの態勢が――あぅ!? 変なところ触らないで――」

「ご、ごめん。 もしかしてどこか痛めてるのかい!?」

「そ、そうじゃないですよぉ~~」

 

 すこしだけ暴れて、でも常人の20倍以上の筋力を持つガイバーには敵わずすぐさましおらしくなる。 普段の子犬のようなハッチャケぶりが完全になりを潜めた瞬間であり。

 

「でも本当に疲労が蓄積しているのは確かだ。 今だって上がらないんだろう?」

「へ?」

「右腕がさ」

「……あ」

 

 抱きかかえられながら立花響は身動きが出来ない。 もぞもぞと蠢くことは出来ても抵抗が出来ないのはそのせいだ―――少なくとも、今はそう思いたい響であった。

 

「深町さん……あの」

「ん? どうしたの?」

「そのですね。 ……少し、疲れました」

「そうだね。 とんでもなく頑張ったし――」

 

 だから響はこれ以上動かない。

 故に翼はそっぽを向いた。 変な茶々を、入れぬものかと強がるように。

 

「…そうですよぉ……がんば………ったん……」

「ん?」

 

 不意に、言葉数が無くなる立花響。 めずらしいくらいの静寂さは、おそらく深町がこの世界で彼女と出会い、初めて体験するモノだろう。 それくらい彼女は騒がしくて――深町に、落ち込む時間を与えなかった。

 

 それがいま、ついに止む。

 

 そして。

 

「くぅ……かぁ……んん」

「ねむった……?」

 

 かかる体重が一気に増したように思えた。 それでもガイバーの筋力上昇率の前では羽毛も同然の軽さは少女特有のモノであろう。 それを感じつつも、かかる荷重に気を使う少年の足取りはかなり慎重である。

 ガイバーⅠ、深町晶はゆっくりと歩き出していた。

 

 しかしそれも数歩の事だ。

 ゆっくりと首を動かして、腕の中に居るモノの目蓋が開かぬように努めると。 持っていたソードを空中で分解している刀美人に向かって声を投げかける。

 出来るだけゆっくり。 限りなく慎重に……だ。

 

「風鳴さん。 できれば起こさずにつれていきたいのですが……」

 

 それが、今深町が出来る最大限の質問。 連れていくと言えないところがなんとも弱気を飾っていて。 これを聞いたのが弦十郎で在ったら背中を叩かれていただろう。 そんな彼に。

 

「……そうだな」

「だ、ダメですよね。 さすがに応援を呼んで安静に――」

「立花は今日、己が持つ力の無さを理解したうえで最大限の奮闘を見せた。 これを称えないのは剣……いや、人としておかしいという物だろうな」

「…………え?」

 

 風鳴翼はついに否定の声を上げなかった。

 

「……風鳴さん」

 

 

 風が吹き、青い装甲にあたって音を響かせる午後の陽気。 少年達を隔てていた溝は、本当に少しだけ埋まった気がした。 信用が信頼になり、やがてその積み重ねが絆という結晶へと変わる。

 そんなときが来ればいい。

 強殖装甲を付けたままの深町は只、切実に願うだけであった。

 

 その願いが叶うかはまだわからぬが、今は眠れよ立花響……彼女の困難はいまやっと始まったにすぎないのだから…………

 

 

 

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