強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第11話 装甲と甲冑

 

 

 

 PM 4時半 特務機動部2課 司令室。

 

 

 様々な音が混じりあう。

 コンソールを叩けば軽く高く、足音が響けば低く、重く。 それらが絡み合うことなく自己主張をし合う姿は不調和音と言えよう。 醸し出し、轟かせている人物はそれにはたして気が付いているのだろうか。 この音が、今現在“自分たちが心配している通りの展開”を比喩的表現で表していることなど。

 

 誰もが硬い表情をしている中、この中で誰よりも明るく、それでいて冷静な人物が口を開いた。

 

「弦十郎ちゃん、少し落ち着いたら?」

「……わかっている」

 

 その声に誰もが心をざわめかせる。 普段のふたりを知っているならこの対応は逆になるのではないか? そんな呟きを禁じ得ないオペレーターたちは、視線をコンソールに置きながら心ごと耳を二人の会話に集中させていた。

 

「キミがあらかじめ晶君のスマートフォンに付けておいたGPSを利用した発信システム……彼が殖装と呼ばれる現象を引き起こしたときに信号を出すようにしておいたあれは大いに助かっている。 現に今、こうして彼の緊急事態と動向を追えるのだからな」

「……そうね」

 

 今まで忙しさを最高潮に発揮していた足がようやく休まる。 すると途端に忙しくなる彼の口。 その口数は普段に比べやけに多く思えるのは決して気のせいではない。 そんな彼は自身の座席に付くとコンソールに視線を飛ばす。

 

「だがしかし、そのあとの信号を追えないのはどういう事なんだ」

 

 それが、彼の心に波紋を作り出す原因である。

 姿を見てその動向をかけている眼鏡に写した女……桜井了子は少しだけ息を吐く。 その行為に何の意味が込められているかは男……弦十郎にははっきりとわかる。 彼女は――――それを指摘する前に、桜井了子の口が動き出す。

 

「……晶くんに持たせたアレは、あの子が強殖装甲を装着……殖装だったかしら? それを行う時に発せられる音声や“りきみ”とかを波形として検出されるとこちらに信号が発せられるのよ。 いつでも彼が戦闘に巻き込まれても援護が出来るようにね」

「そうだ。 いつかの時のように独りで深手を負わせてしまわないよう、キミにお願いした物だ」

「えぇ。 だけどあれはそれが限界」

「なに?」

「だって考えてもみて? 翼ちゃんたちの持っているギアはわたしが聖遺物の欠片を元に作ったものだけど、晶くんのガイバーは元々が外宇宙からやってきた奴らの遺品……つまりオーバーテクノロジーなのよ。 手なんて加えられるわけないわ」

「……」

 

 弦十郎の喉が鳴る。 考えてみればその通りだ、こう言う事態は察して考えるべきであった。 外出を許したのは自分、彼の無茶を咎めなかったのも自分、今彼を戦わせる事態を引き起こしたのも……彼は、口も動かさず腕を組む。

 

「つまり、殖装したガイバーのなかにあるはずの携帯電話の発信は、あの生物みたいな装甲のせいでおもいっきり阻害されちゃってるわけ。 変身の際にぶっ壊したんじゃっていうのも考えたんだけど、彼が付けてる普段着にあるベルトのバックル部分の金属だとかも、変身後に元通りになるあたり本体その物が破損しているっていう点は薄い……って、聞いてる? 弦十郎ちゃん」

「あぁ……聞いてるさ」

「今日、あなた変よ?」

「わかっている」

「…………本当にわかっているなら表情だけでも治したほうがいいわよ?」

「あぁ」

 

 その顔は酷く険しい。 彼にしては珍しすぎる焦りの感情はどこから来るのだろうか。 この部屋に、果たして何人彼の困惑と幻惑の要因を知る人間が居るのだろうか。 焦りが隠せず刻一刻と過ぎていく時計の針、それはもうすぐ申半刻へと足を運ぼうとしていた。

 

 時を確認することもしない弦十郎の目は只々、今映し出された“アウフヴァッヘン波形”を放つ聖遺物の名称が刻まれ続けるだけだ。 それは…………

 

 

 

―――――――――――【Nehushtan】

 

 

 

……青銅の蛇を冠するその名が弦十郎の心に影を射す。 かつての出来事、描いた通りに行かなかった過去と未来……その、犠牲者。 様々な薄汚れた思い出の奔流に流されそうになるところを奥歯をかみしめ律し、踏ん張りを効かせて頭を氷よりも冷え切った冷静さにつからせる。

 心は熱く、頭はどこまでも冷たく。 上の人間である弦十郎は、確かに上司の鏡であった。

 

「――――司令! 先ほどの警報はどういう……こ、これは!!?」

「つ、翼!? お前どうしてここに! 学院はまだ――」

「そのようなことは今、重大ではありません! これは……このアウフヴァッヘン波形の表示は本当なのですか!!?」

「……ッ」

 

 最悪の事態に頭を抱えそうになる。 この時、この、戦力が圧倒的に分散されてしまったときにこの状況は確実に良くないことへ物事が進んでいく。 それに今回の事件の中心は翼の……

 そのことすべてを弦十郎が呑み込み、翼の思考がようやく追いついた時だ。

 

「翼――」

「くっ、止めないでください司れ……」

「――裏の物資搬入口から行け、あそこからなら現場に近い」

「止めないのですか……?」

「止める理由がない。 それに晶君は既に現場に着いている――巻き込まれたか、いや、狙われた可能性が大きい」

「なんですって!?」

 

 そのすべてを受け止め、さらに彼女の添加剤に火をつけるところ、風鳴弦十郎がこの部隊の司令をやって行ける所以ではなかろうか。

 

「あの子の……いえ、ガイバーの戦闘力は強力無比。 だがその強すぎる武装の数々は言い変えれば手加減が利かないという事」

「そうだ。 もしも“アレ”の奏者に晶君が進んで戦いをやめさせようと無茶をすれば、彼自身相当の苦戦を強いるはずだ」

 

 優しさは強さとはならぬ。 だけど彼の場合はどうだろうか……チカラを持った優しき少年は、きっと自己を顧みない選択をしかねない。 そんな光景が浮かぶのは歩くよりも容易な二人は焦りを禁じ得ない。

 けどそれを、表に出す剣ではなく。

 

戦場(いくさば)で振られないツルギは剣ではない。 ならば行かなくてはならない、彼が先陣を切っているのなら尚の事」

 

 

 その光景を実現させないため。 同じ、守るべき物たちを背に戦う“同志”の手を助けるがために。

 

 

「風鳴翼が振るうのは、人殺しの剣ではない。 殺人の術にて活人の道を往く……深町、間違っても――――」

 

 風が駆け、青が奔る。 風鳴翼は今、過去を踏み均し未来へと駆けぬけようとしていた……その先がたとえ見えずとも、持ったツルギが、いや、己が自身が切り裂くまでだと覚悟を胸に。

 

 

 

 

 PM 5時丁度。 都内、ある林の中。

 

「…………あぶねぇあぶねぇ」

 

 余白、余地、余裕。 やれやれと後ろで垂れるような気怠さを込めた息が零れ落ちる。 空を打ちぬけと放たれたガイバーⅠの右腕は確かに鞭の嵐を駆け抜けていった。 それは誰が見ても明らかな事実だった。 だが。

 

「ぐ、ぐっ……!!」

 

 ガイバーのバイブレーション・グロウヴからは苦戦の色が濃い音声しか響かない。

 

「まさか自分の身体の損傷も顧みないで向ってくるバカが居るなんてな。 怪物だからできる芸当ってか!」

「痛っ……」

 

 じゃらり、じゃらり…… 深町が声を低く唸る中で響く不可思議な音響。 それは相対していた少女の腹部から聞こえるクリスタルがぶつかる音である。 盛大な加速と共に打ち出された疾風の如きガイバーⅠの腕。

 機能を停止したうえでの無理な運用に、それでも必死に答えた健気な腕だ。 ……それに歓迎してあげないのは失礼であろう。 故に少女は酷く歪な笑みで向え……

 

「おらぁッ!!」

「ぐァァアアッ!!」

 

 両の手を引く。 ……先ほど打ち出したはずの深町の腕は確かに少女に届きはした、だが決して攻撃が徹ったわけではない。 それは、彼の右手を巻きついて離さないクリスタルの鞭が残酷に告げている。

 

 そうだ、これから……

 

「このまま引っ張りあげたらどうなるだろうなぁ」

「……こ、この」

「どうなるだろうなあ!?」

 

 彼の右腕は、ひじから先を消失することになる。

 

 コントロールメタルがわずかに発光する。 深町がもがき、力みを上げていけば行くほどに輝きは増し、彼の注文に答えようとする必死さをうかがわせる。 その光る意味をイマイチつかめてないのだろう、鎧の少女は腕に絡めた鞭をさらに引く。

 

「このまま――」

「ぐ!?」

 

 引く……光る。

 

「引きちぎって……」

「ふぅ……ふぅ……!」

 

 引き絞る…………輝きが増す。

 

 いい加減、この戦いにも飽き飽きしてきた。 少女がそんな感じに悪態をつき、ガイバーのコントロールメタルの発光を最後の悪あがきだと嘲ったところだ。 音が、彼女の耳に届く。

 

「なんだ、これは」

「……」

 

 深町はしゃべらない。 だが強殖細胞越しに流した汗は、今の一言に対する彼の精神状態を見事に表している。 冷え切った汗のなんと醜い事か……彼は、少女が言うところのあがきを本当に敢行していたのだ。

 

「な!? 右手はもう動きを殺したはずだぞ!」

 

 包み、切り裂くだけだった死に体の腕、それが忽然と動き出したのだ。 少女の目が一気に見ひらいた。

 

「きょ、強殖装甲の再生能力を舐めるな――――」

 

 深町が言うなり少女は一気に両腕に力を込める…………

という情報を、脳から神経を伝い腕に送ろうとした時だ。 そんな生物の基本に沿っただけの行動よりもいち早く規格外品が行動を開始する。

 眩い光輪は腹部のグラビティ・コントローラー。

 其の力が“両腕”を伝うと動かした右腕に彼は左手を沿えていた。 ……それは完全に人間の反応速度を超えた行動。 少女は先手を取りながら完全に後手に回る。

 

「喰らえ……!」

「ばか――」

 

 なんと言おうとしたのだろうが知らないがすべて遅い。 深町の腕が重力の変動を一気に調整するや否や……衝撃波が少女を――

 

「なッ!!?」

 

 駆けぬける。

 

「…………」

 

 吹き飛ぶ少女、佇む深町。 一気に逆転した彼らの立ち位置はものの見事というべきだろうか。 それでも深町の雰囲気は硬く暗い。 

 

「いまのはもう出来ないな」

 

少し軽くなった身体を見渡すと一言、苦みを醸しながら口部金属球を揺らす。 ……同時、何かが彼の背後へ影を落した。

 

「…………右腕を完全に持って行かれた」

 

 ――――ドサリ。 軽くもなく重くもない生々しい音が背中にぶち当たる。

 それが何かとは後ろを見るまでもない。 長さにして20センチ程度、重さは30キロもないだろう。 わずかに震えたようにも見えたそれを深町は取りあえずと言った風に無視、歩き出す。

 

「う、腕を捕えられている間にプレッシャー・カノンを小規模で作り、気取られた瞬間にもう片方の手で一気に生成、打ち出すことに成功したけど」

「…………ぐ、このヤロウ……!」

「いままでのダメージも馬鹿に出来たものじゃない……決着を急がなければ」

 

 少しずつだが治ろうとしている強殖装甲。 だがそれは本当に少しずつだ、すぐではない。 重力砲の直撃を受け、吹き飛んだと言ってもケリが付いたわけじゃないのは深町が何よりもわかっているからだ。 なぜなら。

 

「いま手を抜きやがったな……!」

「言っただろう、殺したくないって」

「テメェ……」

 

 吹き飛んだ先から怨嗟の声が這いずる。 白い甲冑、その腹部を大きくへこまされた少女が片膝をつきながら息を荒げる。 背中を丸め、今起こった事を整理しているのであろう、忌々しげに深町に視線を刺し貫く。

 

「ぺっ――」

 

 視線はそのままにアスファルトを赤く染める。 口部を切ったのか、唇から垂れる血液が白い鎧を汚す。 流された鎧はどうしてだろう、嬉しそうに光沢を増したのは気のせいだろうか。 深町の頭にわずかな疑念が横切るがそれもほんのわずかな事だ、彼は再び少女へ向き直る。

 

「いまのでそっちの方も相当のダメージが在ったはずだ。 ……いくらそのシンフォギアが堅牢でも限界はある、もうあきらめろ」

「少しばかり攻撃が通ったからっていい気になるなよ、てめぇもほとんど死体同然じゃねえか」

 

 売り言葉にしたつもりはない、ただ、少女がケンカを無造作に買い取っていくだけだ。 右腕をなくし、身体の各所を刃が走っている深町もほとんど満身創痍に近いかもしれない。 それを見抜いた少女の観察眼は確かに良いモノではあった。

 

「その心配はないよ、すぐに治る」

「……は?」

 

 だがそれは、規格内の物品に言ってもらいたいものだ。 今度こそ少女の表情が驚愕に変わる。 それはそうだろう、今しがた腕を飛ばし、体中を刃で切り刻んでやった相手がどうして余裕そうな声でこちらに向かって歩いてくる。

 むしろ余裕を見せるのはこちらの方ではないのか。 ……白い鎧を鳴らしながら、彼女は笑うひざを叩いて深町を睨む。

 

「俺の事を狙って来た癖に詳細までは知らないみたいだね ……たとえ殺されてもガイバーは死なない――いや、死ねない」

「ふ、ふざけたこと言ってるんじゃ……」

「嘘だと思うならそれでもいい。 けどこれだけは言っておく」

 

 深町の語尾が何となく優しさを取り戻していった気がする。 その声の変化さえ気にならないほどに狼狽を上げる少女は視線の先にある光景に怖気が射す。 彼の身体、その右のわき腹だ……

 

「お、お前……その腹はアタシが風穴――」

「この程度の傷ぐらい日常茶飯事だ、痛くもかゆくもない」

「なんで塞がってんだよ!!?」

 

 とっくに修復を終えた拳大の傷跡。 恐ろしい位にわかる復活の跡は、嫌でもいま深町が言ったことの裏を取らせる。 知らなかったと、少女が呟く中で深町はさらに歩みを進める。

 

「……ちっ、少しばかり穴をあけてダメなら全部消し去って――――ぐぅっ!?」

「なんだ……?」

 

 そのときだ、腹部を抑えながら少女の顔に痛烈な表情が走る。

 

 明らかに痛みを訴える姿につい屈んでしまいそうになる深町。 それを意識的に抑えるとヘッドセンサーが彼女を急速に調べつくす。 ……その光景に、彼女はなにを思ったのだろう。

 

「てめえ覚えておけよ」

「なに?」

「テメェのその力は明らかに異常だ、狂ってる! いつか必ず災いを持ってくるに決まってる!!」

「……」

「――アタシは必ずてめぇみてえな争いの根元を刈り取ってやるからな……」

「…………」

 

 苦傷に顔を歪めて文句のような警告文を言い放つと、深町に向かって鞭が飛んでくる。

 

「……!?」

「今度目の前を通りがかったら必ず殺す。 ……そのときまで首でも洗ってやがれ!!」

 

 屋根の高さまで一気に飛翔。 瓦のある家に着地すると、打ち鳴らしながら遠くの景色へと消えていく。 ……その姿を目で追いきれなくなり、得意のセンサーで追跡しようとした深町は……

 

「……う゛!?」

 

 膝をつく。 盛大に口部の排出口から赤い飛沫を上げると、少女がしたよりも広くアスファルトを汚していく。 身体の表皮は腕を残して治したはずだ、だがそれでも残っていたダメージが今やっと追いついたのだろう。 彼は――

 

「ごほっ……かはッ!」

 

 蠢く。 キツイ、辛い、苦しいという三重の感覚に踊らされながらアスファルトに背を付ける。 大の字となり天を仰げば満天の星空が強殖細胞を照らしだす。 青に交わる鮮血と相まって気味の悪さを一層描き立てるそれに、自分事ながらに少しだけ彼は笑う。

 

「何とか、逃げてくれたか」

 

 それは精一杯の言葉であった。

 

「しかし、いや……いまは“そのこと”を考えるよりも――」

 

 そして立ち上がろうとして片手を着き、背中に月光を受ける最中であった。 彼の頭部にある球体が突如として蠢いて見せる。 ……それは、なにかが近づいてくる合図で在った。

 

「だれだ」

 

 この体たらくだ、もしも更なる敵で在ったら苦戦は免れない。 最悪の時には自身の再殺をも心に決めるや否や……涼しげな歌が聞こえてくる。

 

 

 ――――疾風を射り、空を切り裂く刃とならんとする彼女が夜空を舞い降りてくる。

 

「……深町!」

「かざ、なり……さん……」

「……ッ!?」

 

 音も静かに地に足を付け、周囲への被害もなく佇むかのようにそこに居る彼女は、地に伏せっている強殖細胞の男を見るや否や血相を変えるように見えた。 彼女は、すぐさま駆けだす。

 

「なんという……なにがあった深町」

「す、すみません。 ここまでが精いっぱいで」

「謝罪などいい! ……今は自分の身の安全だけを考えろ」

 

 少しだけ怒鳴りつけて、片膝をついている深町の肩を支えるのは風鳴翼。 彼女は身に纏った天羽々斬を静かに揺らすと足腰に力を込めて、ゆっくりと力んでいく。

 

「立てるか?」

「えぇ、なんとか」

 

 背が少しだけ高い彼を支えきることなどできず、重さにして200キロを優に超えるその身体を担ぐのは少しだけ骨が折れそう。 故にとったこの選択だが……それと同時、翼の視線が明後日の方角を見据える。

 

「どうかしましたか……」

「…………あぁ」

 

 其の視線をすぐさま捉え、その理由を何となく見当つけて行こうとした深町。 けれどその答えは――――

 

「いや、“いいんだ”」

「…………すみません」

「あぁ、次の機会でいい」

 

 彼女が優しく首を横に振り。

 

「今回の出撃は深町、お前を助けるのが先決だと決めたのだ。 なら、それに文句があるわけなどない」

「……解りました」

 

 その行動に深町は素直に従うのであった。 ……今しがた襲い掛かってきた敵、シンフォギアの鎧を纏う彼女の憤怒に満ちた形相をのどの奥に仕舞い込んで…………

 そうやって深町が視線を落としたときだ、彼は思い出したことがある。 自身が落とした視線の先、肘から向こうがなくなった右腕をじっと見て彼は翼に声をかける。

 

「あ、すみません。 すこしいいですか」

「どうした。 いつ人目に付くかもわからん、出来れば早く帰還したいのだが」

「そうなんですが、少し忘れ物を……」

「なに?」

 

 言うや否や、彼が向いたのは自身の真後ろ。 その30メートル先に転がる奇妙な形をした物体を見据えると、彼は次の瞬間に翼を大きく変えることに成功する。

 

「あの腕、持って帰らないと」

「…………そうだな。 あんなのが人目に付けばそれこそ大変なことになる」

「はい」

 

 切り落とされた右腕の処分…………この時はまさか風鳴翼はあんなことになるとは思わなかったのであろう。 彼が、どうして右腕を持って帰るなどと言った真の理由、さらにその裏にある訳を……

 

 

 

 PM19時丁度。 2課、医務室。

 

 搬入用エレベーターから帰還を果たした翼と深町。 彼らは武装を解かずそのまま徒歩で桜井了子が待つ狭い一室へと足を運ぶ。 天羽々斬のシンフォギア、その両耳を包むヘッドフォンのような物から聞こえてきた声に従っての行動だ。

 

「すみません、重いですよね俺」

「気にするな」

「……腕、持ってもらったりして気味わるいですよね」

「…………それは言わなくていい」

 

 その間に交わされた会話と、垣間見た翼の表情は今後深町は忘れることが出来ないであろう。 あんな、刀のように凛としていた彼女が少しだけ表情を崩していたのだから……悪いベクトルに向かって。

 そんな二人は足を只動かしていく。 翼にもたれかかるように、今にも崩れそうな深町……しかし彼の脳裏には疑問の数々が駆け巡って暴れ回って、静まらない。 なぜなら今この瞬間にも彼の身体は――――そうこうしている間に、深町の眼前には一枚のドアが立ちふさがっていた。

 

 ――――第3医療室。

 そう書かれた表札を見るや否や、翼はなんら戸惑いも迷いもなく自動ドアのセンサー範囲に足を踏み入れ。

 

「失礼します」

「す、すみません」

 

 凛と声を鳴らす。

 帰ってくる声を待つこと5秒の事だった、しかしその期待の声はいつまでも帰ってくることもなく、風鳴翼はついに首を傾げてしまう。 そうして揺らした髪が元に戻ると、その身を室内に入れていく。

 

「誰もいない?」

「た、確かにここだったんですよね?」

「間違いない。 第三で合っているはずなんだが」

「…………花摘みで――」

「深町……!」

「すみません……」

 

 白いだけの部屋に疑問を持つが、若干デリカシーの無い怪我人をブン投げるかのようにベッドに座らせる。 言いたいことは山々、聞きたいこともかなり……それでも翼は丹田にそれらをため込むと薬箱を探りこんでいく。

 

「消毒液なんか効くのだろうか」

「あ、いや。 お構いなく……すぐ治るはずですから」

「……そうか」

 

 続かない会話。 取り出した薬品をそのまま傍らの机に置くと、翼は備え付けの椅子を見て、息を吐く。

 

「!?」

「…………ふぅ」

 

 まばゆく全身が輝くと、彼女の身を包んでいた天羽々斬が分解、再構成を行ない小さな結晶体へと変わっていく。 首にかけられたそれは聖遺物の欠片を加工した人工物……励起前の天羽々斬である。

 

「しばらくここで待たせてもらおう」

「え? いや、俺の事は――」

「ならん」

「いやでも」

「……ならん」

「は、はぁ……?」

 

 今日の翼はどこかおかしい。 深町の印象はこんなものだ。 彼女の持つ頑固さだとか、肩ひじ張った姿勢だとかはいつものことだが、どうにも味気というか色合いがおかしいと思えるのはどういう事だろうか。

 そっぽを向くように視線だけ離した彼女は、まるで――――

 

「あ、そうだ!」

「どうかしたのか?」

「いえ、さっきまで風鳴さんに運んでもらっていた奴を何とかしてしまおうかと思って」

「……そうね」

 

 深く考える前に思い出されてしまった問題物。 重さ20キロを超えるそれなりに重い“ぶったいX”は先ほど深町が放り込まれたベッドの上に転がっていたのだ。 何となく存在を忘れられていたそれは、彼の左腕に掴まれると……

 

「行けるか?」

「どうする気だ」

「まぁ、ガイバーの特権と言いますか……見ていればわかりますよ」

「??」

 

 彼の傷口へと持って行かれ、そのままじっとして動かされることが無い。 ――――まさか。 そんな呟きが翼の口から零れるとしばらくの時間が経つ。 深町はその間にさっきの戦闘を思い起こすとやはり不自然なことが多くあるのを思い出す。

 それはいま体中に走っている傷跡も含まれる深刻な問題だ。

 

「……ついた、かな?」

「……馬鹿なとは思ったがまさか本当に接合が!?」

「えぇ。 前に巻島さんがやっていたのを見てたので、俺にもできるだろうと思って」

「まきしま? 誰の事だ」

「仲間です。 俺のいた学校の生徒会長であり、ガイバーⅢ……第三のガイバーです」

「…………そうか、お前の」

「はい」

 

 その間に思い起こされる“黒”は敵に回せば冷酷残虐。 それでも、どこか温かみがあったと、深町は思っている。 影があり、己の内側を見せようとしないところはもしかしたら目の前の“剣”と……

 

「……いや、あの人はここまで堅物じゃないか」

「?」

「あ、そんなこと言っている間に腕の神経がつながったみたいですよ……ほら!」

 

 深町が右手の平を動かして見せる。 ぐぐっと握り、一気に開く姿はどこを見ても普通の状態そのもの……いささか切り傷が目立つところを無視すれば健康体を言っても差し支えは無いだろう。

 

 それから、数分の時が流れていく。

 

 ガイバーⅠの右腕に走ったライン……切断跡の癒着がかなり進み、その線が不自然さを消していく頃であろう。 既に時計の秒針が何週したかは数えていない、ただ、彼の腕の組織を、風鳴翼はじっと見つめるばかりだった。

 

 何を思う、その、傷だらけの身体を見て。

 

 そんな問いかけもなく、其の視線の先……ガイバーの脇腹に右手が添えられると、口部金属球が振るえる。

 

「抉られた脇腹もいい感じに回復したみたいですし、そろそろ殖装を解きますね」

「そうだな。 いつまでもその恰好では何かと不自由だろう」

「えぇ。 それにこんな装甲が傷ついたところを立花さんに見られたら余計な心配をかけそうですし」

 

 言うなり目を瞑ると彼の身体が一気に分解する。 腕、脚、胸元から頭部に至るまですべての感覚器官が変貌し、修正されて再構成されていく。 青い体色から覗く白いTシャツと青いジーンズを着込んだ只の青年。 それが深町晶という人物へと固定されると、音も静かに装甲たちは異空間の彼方へ消えていく。

 

「あ、Tシャツの脇腹に大穴が……あちゃぁ、これはもうダメだな」

「衣服の再構成までは出来ないのか?」

「えぇ。 殖装時にどうなっているのかはわかりませんけど、あれらがあった箇所を喪失してしまうとそのまま消えてしまうみたいです。 ……あ、携帯電話は無事だな」

「……そういうことならあの時の裸はいったい」

「どうかしましたか?」

「ん。 いや、なんでもない」

 

 衣服の損傷を確認、装飾物と携行品の確認を終える深町に訝しげな視線を一瞬。 それもすぐに形を潜めると、翼は少しだけ足に力を入れる。 立ち上がろうとしているのだと見た深町は…………声を出していた。

 

「すこし、いいですか」

「どうした、まだ体調がすぐれないのか?」

「いえ、その……」

「……さっきの、襲撃者の事か」

「はい」

 

 敵とは言わなかった。 深町は秘かに翼の眉の動きを追ったが変化は無く、それどころかより一層硬さが増した空気に身を縮みこまるような感覚を受ける。

 

「ガイバーにはあらゆる武装があるのは言いましたよね。 その中には補助的……センサーの類いも備わっています。 それでさっきの襲撃者を見た時なんですが」

「……」

「その人の全身を覆う“鎧”のような武装から、二人が持つシンフォギアと同じ……いや、それ以上の反応を感じたんです」

「そうか……」

 

 翼の表情は、硬い。 先ほどのまるで姉が弟にするような軽い雰囲気もなく、只々苦く辛い面持ちを携えている彼女。 不意に握った右の手はなにを掴んで離さないのか……わからない少年はつい……

 

「あれも聖遺物なんでしょうか? 風鳴さん達と同じ……」

「……あれは」

「風鳴さん?」

「くっ……」

 

 踏み込んでしまう、彼女の心(古傷)に…………その寸前であった。

 

「風鳴さ――――」

「――あれは、いや、晶君が相対した白き鎧の名は“ネフシュタンの鎧” それは旧聖書などに記された癒しと罪を象徴する蛇に関係した聖遺物だ」

「か、風鳴司令!」

「ケガの具合はどうかね」

「だ、大丈夫です」

「そうか」

 

 それは当然のように壁際で佇んでいた。 自動ドアの開閉音も聞こえなかった彼の登場におどろく深町ではあったが、この男に限ってはどこかその非常識を深く追求することを躊躇わせる……仁徳故なのだろう、深町は思考を切り替える。

 

「第三のシンフォギア。 ……それがまさかこちらに武器を向けて来るなんて」

「いや、正確には違う」

「え? いや、でもあの鎧からは確かに――」

「キミのガイバーが捉えた反応は確かなものであろう。 だが、あれは翼や響くんが持つような物とは一線を違える代物だ」

「どういうことですか?」

 

 弦十郎が腕を組む。 どうしても苦そうな表情が抜けきらないのは傍らにいる翼と同様であろう。 ここだ、このネフシュタンという単語がおそらく、いままで自分達と翼の間に見えない溝を打ちこんでいたキーワードなのだと、深町は秘かに歯を食いしばる。 彼は、心を決めていた。

 ここから先、彼らの傷口を触る覚悟を。

 

「翼たちが持つシンフォギアが、古代より作られた聖遺物の欠片から作られたというのは言ったと思う。 その理由は風化や経年劣化による損傷が激しかったためによるものだ」

「はい。 それで何とか力を再現したのがギアなんですよね」

「そうだ。 しかしあの鎧は違う」

「ちがう?」

 

 トン。 組んだ腕から聞こえる音。

 指先をどこかに叩いたのだと思うと、弦十郎の眉が少しだけ上がった気がする。 その顔に奥歯をかみしめ、いつでも衝撃に備えるようにした深町は続きを促す。

 

「あれは現代においても損傷を確認されなかった代物。 つまり、今現在もその機能を衰えさせず完全なる状態で発見された聖遺物だ」

「……まさかそんな」

「その完全な状態で発見された代物を俺たちは“完全聖遺物”などと呼んでいる。 その威力はやはり凄まじく、機械の補助が入ったシンフォギアとは別物の力を発揮しうる……はずだ」

「はず?」

「俺達にも全てが分かったものじゃないということだ。 完全聖遺物はそれほどに強大で極めて危険だからな」

「そんなものがどうして……」

 

 あのような少女が……そう言おうと思ったが、やはり二人の顔の重苦しさがそれを差し押さえる。 クスリとも出来ない雰囲気の中、深町は今聞いた単語をソレなりに整理し、おもう。

 

「あの」

「どうした?」

「いえ、すこしだけ気になって……その完全聖遺物っていうのは誰にも使えるモノなんですか? ほら、風鳴さん達の持っているギアは完全に人を選んでいるじゃないですか。 歌が発する力だとかで」

「そうだな、そこらへんの説明も必要か」

「……何かあるんですか」

 

 長くなりそうな説明に深町の思考力はそろそろ疲れを見せ始めてきたところ。 それでも、知らないといけないことが山積みな現状を打破するべく、彼は耳を彼等に向け直す。

 

「完全聖遺物というのは発掘された当時こそ力を失ってはいるが、とある力を一定数値以上に注ぎ込んでやると一気に励起。 そのまま眠ることなく、奏者の資格がなくとも振るえる力となる」

「だ、誰にも扱えるって事ですか!?」

「そう言うことになるな。 ……少なくともそう言う計算だ」

「……」

 

 愕然となるところであった。

 あのギアの力はかなり大きいはずだ。 欠片でノイズを一掃できるほどに強い天羽々斬とガングニール。 それですら欠片ほどの力だというのに、もしも……もしもその力が完全な状態で発揮されてしまえば。

 思わず見下ろした全身。 そこに刻まれていたはずの傷を思い出した彼は、秘かに納得していた。 ……そんな力ならば、ガイバーですら手こずるはずだと。

 

「そんな力が誰にも扱えてしまう……恐ろしいことにならなければいいけど」

「そうだ、完全聖遺物という力は強大が故に周囲に巻き起こす波が荒い。 事実、2年前――」

「司令!!?」

 

 風鳴翼が狼狽する。 初めて見たかもしれない、こんな姿をさらす彼女を。 いつだって凛として、折れず曲がらずよく切れる信念を持った彼女が、ここまで揺れ動くという事態。 ……深町は気になるよりも先に――

 

「俺、これ以上聞かない方が……」

「いや、この際だ、どうせいつかは話さなければならないのなら今言っておきたい」

 

 引こうとした身を思いっきり引っ張られる感覚だ。 威風堂々と胸元を逸らせ、背筋を伸ばした大人が少年の目を鋭く見据える。 それは一体なにを込めた視線なのか。 深町にはまだ、弦十郎のもつ思いを理解できはしなかった。

 大人は、独り昔話を流しだす。

 

「丁度、2年前のことだ。 とある組織の連中がある完全聖遺物起動のための実験を行っていた」

「二年?」

「未だシンフォギアという力を完全な物にできなかったその部隊は、貴重な完全聖遺物を起動させ、それを解析することでより理解を深めようとした。 そうすることで、常に後手に回っているノイズ被害を削減、消失させられると信じてな」

「…………」

 

 言い回し、語り方からして深町の脳裏には嫌な予感しかしない。 少し突き放した感じの言いかたにはどんな感情が見え隠れしているのか。 表情だけでは変わりはしないが、其の奥に光る悲壮感が、この後の展開を静かに物語る。

 

「実験の方法は、さっき言ったとある力を完全聖遺物に注ぎ込むという極めて単純な作業だ。 そのやり方が、無関係な人々の力を無断拝借したうえでの行動だという汚点を除いてな」

「無関係……どういう事ですか」

「……例の力、正式には“フォニックゲイン”という名称だが、それは奏者が発する歌の力を指し示す単語だ。 しかしそれは何も限られた者にしか無いという訳ではなく、無自覚な一般人にも僅かばかりその力は存在する。 誰にも、歌は歌えるのだからな」

「二年前……歌……人が集まる……ッ!? ま、まさかあなたたちは――」

 

 深町晶がベッドから立ち上がる。 その背には汗が、腹の中には熱いなにかが駆け巡り、煮えたぎろうと感情を蒸気機関のようにくべていく。

 

「そうだ、俺たちは2年前に行われたツヴァイウィングのコンサートに集まった10万をも超える観客をアンプに、二人の奏者から出されるフォニックゲインを増幅、ネフシュタンに注ぎ込み励起させた」

「…………」

「しかしそのフォニックゲインで起動したネフシュタンのエネルギーは暴走。 コンサート会場にあった実験場は崩壊し、さらに最悪なことに大群のノイズに襲われてあとは……」

 

 後ろめたさか、それともほかに思うことがあるのか。 弦十郎の口から出る声は徐々に低くなっていく。 厳格に、冷たく、氷のように……その尖った氷刃を、己が喉元に付きつけるように。

 「…………そんなことが、あったんですか」

「それだけなのか。 我々がしでかしたことは、おそらく前に君から聞いたクロノスという組織の非道と同じ質の物なのかもしれないんだぞ」

「司令……!」

 

 深町の視線が揺らぐと、その先にあるのは大人の握りこぶし。 何を握っているのか判らぬが、その内から零れる赤い液体が、床を濡らすたびに少年の心になにかが走り抜ける。

 

「わからないんです」

「な、に?」

 

 自然、出た言葉はそれだけであった。

 言いたいこと、心に出た憤りも多々あったはずだ。 何より、理不尽な事故によって運命を大きく狂わされたなどと聞かされれば、感情移入も容易い事ではあろう。 それでも、彼は叫ぼうとすらしない。

 

「確かに司令たちが過去に行ったという実験で、多くの人の命が犠牲になったのは許せない。 それに立花さんにこんな運命を背負わせたというのもです」

「……そう、だな」

「前にクロノスの連中が、何の罪もない一般人が住む町の住人の、それも本人が知らない間に獣化兵へ調整していた場面に出くわしたこともあって、今聞いた話と何となく被って聞こえてしまったのも事実です」

「…………」

 

 弦十郎の背中が、湿気で蒸れていく。 町全体を実験場にしたのか、それとも戦力の採取を兼ねた口封じとでもいうのか判らないが、罪なき人たちを巻き込んだというところに置いて、自分達とどう違うというのだろうか。 

 聞けば吐き気を催すクロノスの業の深さ。 方向性は違えど、それと、同じことをしていたと言われれば誰でも……

 

「……っ」

 

 目立って瞑りたくなる。

 

 そんな姿を見た深町は……そんな、間違いを背負って生きてきた男を見た少年は……思う。

 

「許せない。 とは思うんです」

「あぁ、そうだろうな……」

 

 声は穏やかであった。 出した言葉は、とても深い意味を醸し出していたというのに。

 

「けど、今までの司令達のやってきたこと。 ここで暮らしてきて、見て、聞いて。 それで俺、思ったんです」

「なにを……だろうか」

 

 弦十郎の背筋に、力が籠められる。 何を言われようとも受け止める、そんな決意を表すかのように。

 

「必死さ……明日を生きるために、今を守るその姿……というか」

「……」

「なんといっていいか俺も分んないんですけど。 そもそも、神出鬼没なノイズを相手に、心を折られず今までやってきた」

 

視線を、弦十郎から逸らす。

 その先にいた蒼い剣は、今もなおその目に強い光を灯して深町を見返す。 その、あまりにも堂々と、そして凛とした姿は言葉を重ねるよりも、たしかな情報として彼らが今までどのような姿勢で戦ってきたかを示してくれる。

 

 それを見てしまったからには、生半可な言葉を用意できるわけがない。 深町は、ここで一拍置く。

 

 

「そして、そのなかには自分の傷を顧みないで、周りの……世界に生きる人を守る意思をもった人もいた」

 

 いままでどのような戦いをして来たかなんて、ここに来てひと月と経っていない深町に知る術は無い。 そして、彼女が戦いを続けてこられた理由もいまだ不鮮明。 でも、戦場に赴くその背はいつだって真っ直ぐだったから……

 

「そんな人たちがいる“ここ”は、やっぱりクロノスとは違うんです。 そりゃあ過ちを犯したかもしれないし、やり方に問題もあったはずだ。 けど、それを是正することが出来る意思が、あるのなら」

 

 鼻孔から空気を取り入れる。 長く、とても長く続くそれは、その分だけ深町が思いをため込んでいるからだろう。 この世界すべてを守りたい……そんな想いをこめて戦ってきたこの部隊の空気を、肺にいっぱいため込んだ彼は。

 

「俺は、やっぱり貴方たちと一緒に戦っていきたい」

 

 その思いを汲む選択肢をその手で掴み、胸に刻み込んでいく。

 

「…………もしも俺たちが、また過ちを犯したらどうする」

 

 ……それでも。 続けてしまった仮定の話は、弦十郎にしてはかなり弱気な言葉であった。 大の大人が、いいや、一司令官である彼が決して言ってはいけないような言葉なはずだ。

 それを……聞かされた彼は目をそらすことはなかった。

 

「そのときはガイバーで立ち塞がるまでです。 そして、間違いだと気付いたら摘み取ればいい。 自分で撒いた災厄は自分で刈り取ればいいんですから」

「強いんだな、君は」

「そんなことないです。 俺だって…………」

「?」

「あ、いえ……なんでもないです」

 

 うしろめたさとは違う、何か陰のある表情をした少年。 だけどそれに突っ込めないのが大人の男の悪いところであろうか。 彼の影を、誰もが踏むことはできないで会話が終わろうとした……そのときだ。

 

「ごっめーん! ちょっとお花を摘んでたら、あんまりにも賑やかになっちゃって~~」

「…………はは、会話はこれくらいですかね。 丁度、待ち人も来たことですし」

「そうだな。 ……というより了子君、もう少しお淑やかに登場できなかったのか」

「ん? 一応、言葉は濁したつもりなんだけどねぇ」

「……はぁ」

 

 最後に漏らしたため息は誰のものだったろうか。 部屋中に疲労感が立ち込めると、そのまま深町はベッドから立ち上がる。 足腰が少しだけブレたのは長時間座っていたせいだろうか。

 若干よろけつつ……それでも立ち上がった彼は。

 

「俺、自分の部屋に戻ります」

「あれれ? 検査はいいの? 腕の怪我とか大変だったと思うんだけど」

「……もう、平気です」

「そう? ……まぁ、晶くんがそう言うならいいけど」

 

 自動ドアのセンサーに入り、そのまま開いたドアの下をくぐっていく。 

 振り返ろうとしたのか、首が少しだけ動いた気がしたのだが、彼はそのまま通路の向こうへと歩み、消えていく。

 

 

 

 彼の背中を追う視線が複数あろうとは、彼自身思いもせずに今日が、終わっていく。

 

 

「…………っと、そうだった」

 

 終わろうとしていた、けど、ここでそのまま終わるわけにはいかなかった。

 思い出したのはそう、あの、子犬のような人懐っこさ。 明るく、元気な声と笑い顔。 自分よりも一つだけ年が下らしい彼女の名前はなんだったろうか……そうだ、彼女は。

 

「立花さんに晩ごはんを作ってあげる約束だったんだっけ」

 

 立花響、15歳。

 出発前にした彼女との約束も、今じゃ遠い昔のよう。 今現在、深町の心を覆ってしまっているのはもちろん、あの白い鎧のあの子である。 敵と罵ってきた、自身が危険だと訴えてきた。

 その声を思い出したのだろう。

 

「……ッ」

 

 彼は、少しだけ頭を振ると、手の平で顔を隠す。 目元をほぐし、息を吸って肺を空気で満たしていくと、足を止め、そのまま吐き出しもしないで今日起こった事をリピートしていく。

 

「…………」

 

 何も、間違ったことばかりを言われたばかりじゃない。

 そもそも、ガイバーはスーパーマンじゃない、故に人助けをするために産み落とされた存在じゃないし、間違った用法は周囲の死を招く。 もともとが戦闘用ではなかったらしいが今は違う。 立派な、死を与える兵器の一つとなっているのだ。

 

「……そんなこと、言われるまでもなかったじゃないか」

 

 自身の立ち位置の微妙さ。 其れはこの世界に来てからずっと意識していた。 だから探そうとしたし、この世界に極端な影響を与えないようにまるで隠居したご老体のような生活もしてきた。 けど……

 

「それでも、この身が強殖装甲というシステムに飲み込まれている限りは、争いの火種は消えないのか……」

 

 思わず見てしまった自身の右手。 先ほどまで切り落とされ、無残にも道端に転がっていたはずのそれは、いま口にした忌まわしきシステムの力が無ければ永遠に離れたままであった。

 そうだ、口ではどんなに否定の声を上げたとしても。

 

「ガイバーが無ければ、戦う事すら出来やしない」

 

 とんだ矛盾があったものだ。 無ければいいのに、でも、無ければ誰かを守ることが出来ない。 そんなどっちにも付けない蝙蝠のような状況に彼は思わず顔を歪める。

 

 そんな彼を、その子はどう見えてしまったのか…………

 

「あ、深町さんおかえりなさーい!」

「!?」

 

 ドン、っと背中に衝撃が走ったかと思うと、自身の背中に硬いモノが。 思わぬ衝撃と感触に目を見開くと、顎を引いて背後の、その衝撃の犯人を見る。

 

「立花さん……?」

「随分おそかったですね、どうかしたんですか?」

「え、うん……」

 

 それは、見るモノに元気を分け与えるかのような笑顔だった。 荒野に凛と咲く花というより、大草原で太陽に向かって伸びていく向日葵のような輝き。 其れは、深町の暗い影を一瞬で打ち消すかのような眩しさであった。

 

―――――――――ぐぅ。

 

「ん?」

「…………あ、はは」

 

 響く……鳴き声。 

 その騒々しさは朝の目覚まし時計なんかの比ではない。 猛る野獣、轟く大地、正に地の底から唸るような今の音に、さしもの深町も困惑を隠せない。 しかし、しかしだ。 いま聞こえてきたこの音に果たして過敏な反応をしていいのか。

 もしも間違いがあったらいけない。 彼女も年端もいかない女の子なのだ、言葉の選択し次第では最悪な事体も考えうる。 ……なら、むしろいっそのこと、ここは丁寧に通り過ぎるのも手なのではないか。

 

 深町晶、もうすぐ17歳の手腕、見せどころである。

 

「おなか、空いたよね。 待ってて、今すぐ支度するから」

「は、…………はい!」

 

 ……まるで、母親のような対応であった。

 

 言うなり駆け出し、自室にまで行くと冷蔵庫の置いてあるところまで急ぎ足。

保冷を務めるそれを何の遠慮なく開ける深町は中身を一瞥……ネギとキャベツを取り出すと、部屋の片隅に置いてあったビニール袋に手をのばす。

 

「深町さん、それってなんですか?」

「玉ねぎだよ。 こいつは表皮を乾燥させておけば長期保存が利くからね。 むしろ冷蔵庫になんか押し込んだら痛んじゃうんだ」

「へぇ~、くわしいですねぇ」

「うん、まぁ……男家族だったし、家事は一通り。 あ、鳥肉は立花さんが寝ていた部屋の冷蔵庫に置きっぱなしだった。 こっちじゃなくてむこうに行こう」

「…………あ」

「うん?」

 

 立花響の、今まで明るかった顔が一気に地の底へ落ちていく。 まさに戦々恐々のそれはさすがの深町も感じ取ったみたいで。

 

「どうかしたの?」

「いやぁ、いまちょっとこちらの部屋はそのぉ」

「???」

 

 それでも、今目の前に居る腹ペコさんを放っておけない彼は、言う。

 

「キミの部屋に行かないと今日の晩御飯から、から揚げが消えちゃうけどいいの?」

「!!!!?」

 

 から揚げが消えちゃう、消えちゃう……きえちゃう……

 

 ここで立花響に電流が走る。

 思わず膝をついてしまいそうになるのを必死に堪え、それでも今起こった出来事に体中の力が抜けてしまい、歯を食いしばることでなんとか耐える。

 

「ダメですそんなの!!」

「だろう? だったらほら」

「……で、でも」

 

 そこから出た言葉はどれほどの力を込めたことだろう。 きつく締めた右手からは、まるで革の手袋でも嵌めているんじゃないかと錯覚させるほどの擦られる音が。 彼女は、今必死に何かに抗っているのだ。

 

「いったいどうしたのさ」

「……だって……ばささん……って」

「え? 声が小さくて……なんて言ったの?」

「あうあう……」

 

 困る姿が心細いと思った深町の、何よりも暖かい思いやり。 その声を受け取った響であったのだが、それでも自身の胸の内をさらけ出すことが出来ない……出来やしないだろう、なにせ今抱えている問題は。

 

「うぅ……」

「立花さん?」

「ど、どうすれば。 ご飯、でもそうすると翼さんがぁ……」

「風鳴、さん?」

「……はッ!!?」

 

 自身だけの問題ではないからだ。 さて、ここに出てきたその人物の名前、それをまるでセカンドライナーの軽快さで捕えた深町は、そのまま響の顔を見つめ直す。 なんだか額に汗が浮かび、目がすこしだけ泳いでいるところを見るに、どうも知られると困る事なのであろう。

 それを、何となく察した彼は。

 

「俺、行くのやめようか」

「あ、えっと……」

「それにほら、女の子が使ってた部屋だし見られるのが恥ずかしいってのもあるしね。 すこし、考えなしだったかもしれないかな」

「そ、そんなことは無いんですけど……」

「???」

 

 其れもどうやら違うみたいで。 せっかく見せた模範解答も、響は首を横に振るうばかり。 今の一言で済ませていればこれ以上グダることもなかったはずなものを。 そんな少女は、深町の視線を今度こそ見返す。

 黒い瞳、少しだけ怪訝そうなのは少女が少年に物事を隠し通そうとしているのを見抜いているからだろう。 そんな目を見てしまったら……

 

「……すみません、やっぱり来てください」

「いい、けど。 あ、でも――」

「う、嘘は良くないです! やっぱりここは深町さんにも知ってもらわ無いと……それに“手伝って”もらえればこっちも助かりますし!」

「は、はぁ……?」

 

 いきなりどうした、という事よりも先に“何を?”という単語が脳内に生まれる深町はしばし、今までの少女の苦悶顔を忘れ長考に入る。 手伝う、という事は何かしらがあの部屋に起こった? それとも荷物でもあるのだろうか。

 想像できることなんかこれくらいだ、でも、しかし……だ。

 

「そ、それじゃいろいろとお願いします……あはは」

「え、あ、うん。 いいけど、なにを?」

「それは……」

 

 一介の、それも生活能力が現代女子高校生の数段上を行く“半分だけ主夫”とも言える深町晶には。

 

「見てもらえればわかります……ははは」

「???」

 

 分ろうものが無かった答えだろうか。

 

 歩くたびに背中に影が多く現れ、さらには肩が大きく落とされる。

 何をそんなに落ち込んでいる? ……深町は男心に彼女の心情を探ろうとして、それでも分らないままに、さっきまで響が寝込んでいた部屋についにたどり着いてしまう。

 

 なにもない、自動ドア。

 キーロックではなく電子ロックタイプのそれは深町が居る部屋よりは信頼性の高いモノであろう。 停電などの備えなどは特にされていないのが不安だが、今はそう言った不安などいらないだろう。

 今必要なのは、このドアを開ける……

 

「あ、あけますね」

「うん、いいけど……?」

「……ごくり!」

「あの、立花さん?」

 

 勇気なのだから。

 

 静かに佇む自動ドア。 その先にあるものはまだわからないが、少年――深町晶はいま、自身の真横に立ち並ぶ少女を見て一層の不安を掻き立てられていく。 ……センサーの反応可能域に足が接触するまであと30センチ、深町少年はこの後果たして何を見るのか。

 

「い、いきます……」

「部屋入るだけでなんでこんなに緊張しなくちゃいけないんだろう……?」

 

 その答えは……

 

「それ!」

「……?」

 

 その、答えは…………

 

「え、いや……え? ちょっと、なんだこれ!!? うわ、なッ―――なんだこれは―――!!?」

 

 彼の絶叫の大きさで判断いただきたい。

 彼が見たモノが何なのか、少女が畏怖したものがいったいなんなのか。 それはまた次のお話で語られる物語でございます。

 

 本日今宵のお話は、ひとまずここでお開きとしましょう。

 

 

「立花さん……なわけないよな。 風鳴さん! コレはいったいなんなんですかぁあああッ!!」

 

 深町晶の非難の声を幕引きの合図としながら…………

 

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