強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第15話 泣いて、怒って

 

 深町晶16歳。 彼はごく普通の家庭に生まれ、人並みの幸福の元に順調に人の道を歩んでいた。 途中、母親との早すぎる死別があったものの、中学を卒業するころにはようやく昨日の事のように振り返ることが出来た。

 

 けれど、そんな彼はいま…………道端に倒れ、起き上がれないでいた。

 

「俺は……」

 

 気力なく吐き出された言葉はそれだけ。 続く単語もなく、視線は地面に投げ捨てるだけ。 上を向くことも叶わない彼は、そのまま目の奥から光を消していく。

 

「…………」

 

 遂に言葉を発せなくなった彼の背中に水滴が零れる。

 空を見上げることもできず、すぐさま次の水滴が彼に零れ落ちていく。 一滴、二滴……零れる間隔が徐々に狭まっていく頃だろうか。 彼の身体は大雨に打たれる。

 

 それでも、彼は動かない。

 

 もう、このまますべてが洗い流されるならばそうしてもらいたい。

 この雨に打たれて、己が罪が消えるのならば――――あの、視線が心から消えるのならばそれでもいいとさえ思ってしまう。

 

 だけど……だ。

 

「――――――――――た、たすけて……」

「…………?」

 

 ショウ年の耳に、豪雨以外の音が届く。

 耳を疑い、首を傾げるくらいに小さな声――にも関わらず少年の二の腕は一気に力を籠めようとしていた。

 もう、立てるとは思えなかった自身の体が、名も知らぬ人間の助ける声に確かに反応したのだ。

 

 誰かに、言われるまでもなく。

 

「どこだ……どこにいるんだ……」

 

 大雨のせいで声はとぎれとぎれ、視線は最悪と来たものだ。

 先ほどの声だって偶然聞こえた物だ、もしかしたら気のせいだという可能性だって捨てきれない。 けれど、少年は歩き出していく。

 

 数十、歩いた先に見えたのはちいさな公園だ。 ジャングルジムと滑り台、そして申し訳なさ気に鎮座している象のオブジェクト。 よく見かける中に人が入れるタイプなのだが、深町は視線を鋭くしてそれを見つめてみる。

 

「……ぁ」

 

 走り出した……小走りで。

 象の中に見つけたのはちいさな女の子だ。 なんとか小学校に通える程度に見える背丈と、おどけない顔つきは精神の未熟さを見た者に悟らせる。

 

「どうしたの?」

「……!」

「迷子かな?」

「……おつかい、してるの」

「おつかい?」

 

 少女の言葉を聞けば、視線をやや下に向ける。

 小さな両手にぶら下げているのは、不釣り合いなくらいに大きな買い物袋だ。 きっとこのまま歩けば振り子のように買い物袋に振り回されながら歩くのは目に見えている。

 ……少年が、放っておけなくなるのは無理もなかった。

 

「ちょっとまってて」

「え?」

 

 再び雨に打たれていく彼。 けれどどうしてだろう、彼の足取りは先ほどよりも強く速いのは。 公園を出て、歩道を走りきること100メートル程、目の前にあるコンビニの自動ドアを潜り抜けると物色もせずにカウンターで待ち受けていた店員に一言、声を投げかけるのであった。

 

 ……それから、すぐさま彼はまたも身体を雨に打たれていく。

 

「……お、お待たせ!」

「!?」

 

 再び足を運んだ公園のオブジェクト。 中にいる女の子に声をかけた深町の右手には、大きめのビニール袋が握られていた。

 少女が不思議そうな目で彼を見る。

 彼は、いったい何を持ってきたのかという無垢な視線を受けて、彼は優しく微笑んで見せた。

 

「傘、買ってきたから一緒に入ってお家に帰ろう」

「……あ!」

 

 少女の顔は一気に明るくなる。 想いもがけない迎えに、だけど少しだけ首を傾げている。 彼女は持っている大きな袋を握りしめると、彼に疑問を投げかける。

 

「どうして?」

「え? ……あぁ、そういえば最近は物騒だもんね、いきなり見ず知らずの――」

 

 男が、こんな少女にチョッカイを出したら面倒事になりかねない。 ……しかし、だ。 深町少年は十年以上も時を遡った世間体を持つ男だ。 所謂、団塊世代に属することも出来かねない彼に、そのような感覚は少しだけ遠いものの様で。

 ……だけど、だ。

 

「お兄ちゃん……ずぶ濡れ」

「え?」

「どうして傘使わなかったの?」

「…………あ」

 

 そんなことを心配していたわけではなかったようだ。

 またも向けられる無垢なる瞳。 どうして気が付かなかったと、自身を問いただす姿を見た少女は、ただ、おかしそうに微笑んでいた。 雨の中、ただ何の考えもなしに走っていた彼を称えるように……

 

「……どうしてだろうね」

「わかんないの?」

「うん……わかんないや」

「へんなの」

「はは……」

 

 返す言葉もない。

 ここまで、自身が向こう見ずだったとは思わなかったし、そこまで余裕がなかったとようやく実感してしまう。 襲いかかった過去のトラウマは、それほどまできつかったのか?

 

 違う。 彼は即座に首を横に振る。

 

 辛かったのは本当にトラウマだけなのか? もう一度、今一度、自身の踏み込みたくない領域へ歩くべきなのではないか? ……辛いことから、逃げているのではないのか――

 

「傘ありがとう!」

「え?」

「おかあさんとおとうさんにプレゼントするの。 これでなかなおりしてくれるよね?」

「…………ぁ」

 

 ――少女の言葉で一気に現実に引き戻されていく。

 あまりにも重い現実だ。 彼女の言葉を聞く限りでは、おそらく他人である深町少年がこれ以上介入は出来そうにないし、すれば様々な人物に迷惑をこうむりかねない。

 

 だけど、だ。

 

「……お家まで送っていくよ」

「あ、そっか! お兄ちゃんの傘なくなっちゃうもんね?」

「いやそうじゃなく……あ、うん、そうだね。 だから一緒にいこう」

 

 どうしても放っておけない。

 子は必ず親の元へ帰るべきだろう。 そう、心に念じる彼の面持ちはどんなふうであったろうか。 ずぶ濡れの前髪に隠れてしまい、少女には窺い知ることはできなかった。

 

 傘のグリップを握って、ボタンを親指で押す。 変哲もないビニール傘が展開すれば、彼等の頭上で雨露を凌ぐ犠牲となる。 そんな道具のことなどつゆ知らず、深町は小さく少女は大きく一歩を踏み出していた。

 不安は大きいし、問題は何も解決してはいない。 けど、今はとにかく少女を送り届けることに専念しよう。 そう、深町が顔を上げた時である。

 

「――――!」

「警報!?」

 

 雨の街中に甲高い警告音が駆け巡る。

 耳をつんざくそれを、聞きなれていない深町は身体を硬直させてしまう。 津波か、地震か? およそ考えられる災厄をあたまに並べるが、其れが当てはまることはなかった。

 

「お兄ちゃん! 早くシェルターに行かないと!」

「え、シェルター?」

「ノイズが来る音だよ! 早く!」

「……ノイズだって!?」

 

 触れれば塵となる最悪の害獣、ノイズ。 奴らの発生を知らせる報に、街の皆が雨の中を駆け回る。 我先にシェルターまでの階段を駆け下りる者、誰かを押しのけてでも生き残ろうとする者。 命を喰らう存在を前に、皆は只恐怖におびえるしかない。

 其れは、強殖装甲を持つ存在だとしても同じだ。

 

「立花さんに――」

 

 まだ、彼女はこの近くにいるはずだ。 迷うことはない、さっさと連絡を取って助力を請うべきだ。

 

 いままでも、同じことはあったはずであろう?

 

 

――――貴方が現れたから!!

 

 

「か、風鳴さん……に……」

 

 なぜ、その手は震えているのだ。

 あの程度の敵など、いつか出会った“最恐”を前にすればどうってことはないはずだ。 ……ちがうのか?

 深町少年が手に持った携帯電話を操作することなく、ただ、その場で立ち尽くしていると……遂に奴らが現れる。

 

【…………フゥ】

【ググゥ?】

「の、のいず!!?」

「しまった!? もうここまで――!」

 

 気づいた時には、奴等は駆け出していた。

 ほとんど目視で捕えられる位置だ、人間の足で逃げる余裕はないだろう。 いつもと違い相手は二体の少数だが、深町少年ではそれでも手に余る代物だ。 いいや、手に触れれば全てを失う怪物だ。

 そして、失われるのは自分の命だけではない。

 

「おかあさん……おとうさん……!」

「!!」

 

 少女がうずくまり、うわ言のように大切な存在をひたすらに呼ぶ。

 手に抱えていた両親へのプレゼントを、律儀にも必死の思いで握りしめて、体中を震えさせながら。

 だがそれに答えてくれる存在は今はどこか遠い地に居るはずだろう。 返事をすることなんて、誰もしないだろう。

 ……そんな少女を、見捨てるのか?

 

「……ッ」

 

 こんな武器の無い人間が、最後まで希望を捨てないで心だけは戦っているというのに、何をしているのだ?

 

「…………俺は、馬鹿野郎だ」

 

 深町少年が少女を見る。 だが彼女は少年の姿を見ることはなく、いつまでもプレゼントを抱えながらその目を涙で濡らしている。 ノイズと遭遇したことがどういう意味なのか、この年でわかってしまうほどに、彼女の中の世界は壮絶なのだろう。

 其れすらも、深町少年の拳を強く握らせる。

 

「うぉぉおおおおおおッ!!!」

 

 叫べ、世界を振るわせるほどに。

 

 “ヤツ”は己が気力を伺い、何時でも見えない背後で待ち受けている。

 例え、少年がどれほどに拒絶しようとも、其れは必ず背後で交わる瞬間を待っている。 己が主と、一つになるのを待ちわびている。

 

 禁じられた力だろうと、誰からも畏怖される姿だろうと――――それは、戦う力だ。

 

 力無き者を守るため、理不尽に涙を流すものを救うため……少年は世界に叫び声を轟かせる。

 

 

 

「来い! ガイバァァアアーーーー!!!!」

 

 

 

 背後に開く異空間。 轟く爆発音と共に現界せし甲冑を思わせる中身の無い人形が、主人を求めて身体を差し出す。

 

 腕が、足が、身体のすべてが甲冑に――否、怪物に食われれば、少年の細胞は一気に変色して変異して、狂わされていく。

 戦うためだけの生物兵器に、その身体を置き換えられていく。

 彼はいま、人を超えた怪物へとその身体を書き換えた。

 

「…………お、お兄ちゃん……?」

 

 先ほどまで居たノイズは、殖装時の衝撃波で跡形もなく消し飛んだか異次元の彼方に消えて行った。 それを、確認した彼はすぐさま姿勢を低くする。

 

「ケガはない?」

「あ、うん……」

 

 青い体色と、生物感に溢れた外骨格。 特撮のヒーローなんかとは別次元に存在する生々しい肉感は、正に人が人外になったと判断させるには十分な代物だろう。 だからこそ、少女が深町を見る目にも怯えがあるのだが……

 

「今は黙ってしがみついてて、ここから逃げよう!」

「―――!」

 

 少女を抱えた深町は……ガイバーⅠは空を飛ぶ。

 あっという間に遠い地へとたどり着いた彼は、そのまま少女を大地に降ろす。 ここで、お別れの時が来たようだ。

 

「家まで送ってあげられそうにないな、ごめんね」

「ううん。 お兄ちゃん助けてくれたよ?」

「……うん」

 

 何気ない、お礼の言葉。

 返事を返すまでの間は、どれほどに長かったか少年にはわからない。 別にお礼を言われるためだけに戦っているわけではない。 無いのだが、先ほどまでの嫌悪の視線を思い起こし、今の一言が全身に駆け巡ると……

 

「ありがとう」

「お兄ちゃん?」

 

 その一言が、どれほど少年を救っただろうか。

 分らぬ少女に今度はガイバーが礼を告げる。 しかしそんなときもすぐに消えてしまうのだろう。 不意に頭部のセンサーを蠢かせるガイバーⅠ。

 敵が、こちらに近づいてきているようだ。

 

「いつ空間転移で増援が来るかわからない。 ここから早く逃げるんだ、良いね?」

「うん!!」

「よし」

 

 ガイバーが青い体躯を起き上がらせると、そのまま背後を見据える。 見える景色は信用できない。 たとえ何もないからと言って、奴らの空間転移は場所を選ばない。 ならば、油断は即死につながる。

 だから、この場で自身が奴らと闘わなくてはならない。 目標をひとつに固定させるためにだ。

 

――――だが。

 

「……来ないのか? これ以上」

「?」

「キミはとにかくここから離れて。 お父さんやお母さんの所に帰るんだ」

 

 返れない、人間もいるのだから。

 言外に付け足した彼はそのまま少女を遠くへ突き放す。 少し冷たかったか? 先ほどのあたたかな笑顔を思い出して、若干の後悔。 ガイバーのバイブレイション・グロウヴが振るえる。

 同時、頭部センサーが異常を感知する。

 

「空間転移か!?」

「……え?」

 

 自身と、遠く離れた少女との間に発生した空間の歪。 それを感知した瞬間、ガイバーの全身の筋肉がバネのようにはじけ飛ぶ。 この身ではノイズに攻撃は出来ない、しかしその場で立ち尽くすという選択肢など存在するわけがなく、かれはただ、心の思ったままに駆けだしていた。

 

 

「…………ノイズ共め、いい加減にしろ!」

【――――フゥ……!】

「くらえ!!」

 

 

 腕の一本くらいはくれてやろうと思い、差し出した右。 少女を守るため、犠牲を厭わない彼は何ら迷いもせずに現れたノイズに突撃した。

 

【ギィッィ!!】

「…………な!?」

 

 だがどういうことだ、ガイバーの拳はそのままノイズを消し去っていく。

 触れることが叶わないどころか、下手に触れば身体を炭化させられるはずの害獣に、彼は確かに攻撃を通したのだ。 そのことが信じられず、ガイバーはその右手を何度か握っては開く。

 

「攻撃が……効いた?」

 

 信じられないことだ。 初遭遇より今までずっとこの身を苦しめてきたノイズの生態。 まさかここにきてガイバーがそれを克服したとでも……? 深まる疑問は、しかし次の瞬間晴れることになる。

 

「無事か! 深町!」

「風鳴さん!?」

 

 風を切り、疾風(かぜ)となって旋風を巻き起こす。

 青い刀を携えた長髪の彼女、風鳴翼がシンフォギアに身を包み、バイクに騎乗して現場に参上したのだ。 

 その凛とした佇まいは戦国の武士を思わせるが、流麗とした容姿は戦乙女を彷彿とさせる。 そんな彼女は多くのノイズを切り捨ててきたのだろう、刀に突いた黒炭を払い落とせばバイクごと深町の真横に着く。

 

「戦況は?」

「殖装時に二体撃破。 だけどあそこにいる女の子を何とか守らないといけないから、こちらから迂闊に責められないです」

「……貴方、つくづく子供の救出に因縁があるようね」

「そんなこと、ないとおもいます……」

 

 若干からかっているのだろうか? いつもの武士言葉を崩した翼は、背後にいる子供に視線を配るとまたも遠くを見据える。 その方向にあるのは何か? ガイバーがセンサーで覗けば数対のノイズが発見される。

 

「住宅地も近い、獅子奮迅の如く敵を蹴散らすべきだろう。 されどこの状況であの子を置いていくことも出来ないならば――」

「俺がシェルターまで届けます」

「それが一番の近道、ということだな」

「だと思います」

 

 再度、二手に分かれることを提案したのは両者からだ。

 だが、ここで翼は付け足しておく。 このまま、離れて戦うのは良いとして――

 

「歌が届く範囲からは出るな。 こちらも全力で行くが、それでも範囲に限界はある」

「気を付けます」

「もしも戦局が怪しかったら引き返せ。 お前の武装はどれも局地戦向きではないし、必要以上の攻撃力は街を崩壊させかねない。 重々心得ておけ」

「はい!」

 

 言うなりバイクのアクセルを吹かしていく翼。 彼女が深町との視線を切れば、バイクのチェーンが高速で回転を始める。 動力がタイヤに伝われば地面を蹴り上げ、一気にむこうの彼方へ消え――――ようと、した時だ。

 

【――――フゥ】

【プゥ……】

「の、ノイズ!?」

 

 離れかけた両者の横脇を突くように、ノイズが2体現れる。

 発進の最中だ、翼は完全に対応が遅れている。 ならば、この瞬間動けるのはガイバー以外ありえない。 彼は、脳に直結しているコントロールメタルの常軌を逸した反応速度と処理速度が巻き起こす指示系統で身体で少女をかばう。

 

「ぐぅぅうう!!?」

 

 背中が焼けただれたように熱い。

 槍上に形状を変化させたノイズが、身体ごとガイバーを貫こうと突進してきたのだ。 いくら炭化能力が無効になったと言っても、これはさすがに効いたのだろう、口元の排気口から湯気を出しつつ、片膝をついてうずくまる。

 

「深町!?」

「右、40度の方向! 何も考えないで振り抜くんだ!!」

「――――ッ!」

 

 構わず指示を飛ばす彼に、バイクを片手で操作しながらもう片方の手に持った刀を一閃。 空を切ったと思えば黒炭が飛び散る……どうやら、飛翔途中のノイズを叩き切ったらしい。

 

「――――痛ぅ……」

「深町! お前……」

「俺の事より――まだ何か来ます!」

「!?」

 

 彼の身を案じながら、しかしそこから飛んでくる声に周囲を警戒する。 彼は大丈夫だ、あの装甲の力は以前より見知っているだろう? 自身に問いかけ、それでもざわつく心を押さえながら翼の視線はとある一点を見据える。

 

「誰だ!」

「…………」

 

 悠然と、歩いて来るものが其処に居た。

 鋭いブーツの踵を、まるで聞かせるように鳴らしているその人物は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 その人物…………色は白。

 堅牢な甲冑に身を包み、その頭部をバイザーで覆った人物が赤い鞭を振るいながらこちらへ歩いてくる。

 

「会いたかったぜ……怪物の男!」

「ネフシュタンの……女!」

「…………!」

 

 グラマラスなボディを包む甲冑を見て、正に親の仇を見るような目をする翼。 彼女の、瞳孔が一気に開く。

 風が吹けばいまにも襲い掛かりそうなその気勢。 止められるものなど誰もいないであろう信念を、彼女は心に刻んでいるのだろう。 ……しかし、だ。

 

「貴様――」

「……………………………………もうすこしで、死ぬところだったんだぞ」

『――――!!?』

 

 甲冑も、刀も、互いに動けなくなる。

 硬質のゼリーに全身を包まれたかのような居心地の悪さ。 まるでこの空間を支配したその声は、バイブレイション・グロウヴから発せられた振動音だ。 ……アスファルトの表面が、微塵へと還る。

 

「キミはそれをわかっているのか…………?」

 

 空間の振動が収まることを知らない。

 まるで少年の心を映し出すかのような震えは、おそらく恐怖ではないだろう。 解りきっている心境に、翼は思わず固唾をのんでいた。 ……自らを剣として生きてきた存在に、二の足を踏ませた。

 

「はぁ? 殺すつもりでやっているんだぜ? 怪物――」

「黙れ!!」

 

 それを分らぬ人間がいた。

 空気も読めずに、今もなお深町という人間を怪物だと嘲ったそれは、本当に愚かだった。

 

「もういい加減うんざりだ! 人を殺して、殺されて――――なにが怪物退治だ! お前がやってる事は只の虐殺じゃないか! わかっているのか! お前が操るノイズが一体どれほどの涙をこぼさせているのか!!」

「……!?」

「深町、おまえ……っ!」

 

 コントロール・メタルが一気に輝く。 まるで深町の闘志に火を付けられたかのような発光は、それだけでガイバーの戦闘力を上昇させ得る要因になる。 彼の、右手に重力変が起こる。

 

「もしもお前がまだ、こんなことを繰り返すというのなら…………」

 

 深町の、あまりにも鋭い言葉を受けたせいだろう。 ネフシュタンの女は一歩、足を後ろに運んでいた。 あまりにも無意識にやったそれに気が付くことはなく、ただ、目の前の一本角の鬼を見ることしかできない。

 

「俺が……ガイバーが止める!」

「やれるもんなら――ッ!!」

 

 深町の発する怒気を受けながらも、どこからか取り出した謎の杖をかざす。 緑色に発光すれば、彼等の周囲に光が着弾する――そこには、無数のノイズが蔓延っていた。

 

「ノイズを召喚できるのか!?」

「やはり、お前が……!!」

 

 翼の声が重く、鋭いモノになる。 あまりにも急激な変化に、しかし深町が片手で止める。

 

「その子の事、お願いします」

「ならん! アレは私の――」

「アイツの狙いはこの俺だ! なら、オレ自身がケリを付けます!!」

「……!」

 

 あまりにも激しい説得に、さしもの翼もここで意見を通すことはできないようだ。 あの、白い鎧は今まで自身が追って来た物であり、過去の傷跡だ。 あれを克服しなければ己はこの先へと進めないだろう。

 それでも、だ。

 

「風鳴さん達には申し訳ないけどこの戦いはいま、俺の戦いなんだ」

「……深町、おまえ」

「此処で奴を倒さないと、また誰かが涙をこぼす……あの子も! 立花さんもだ!!」

「て、てめぇ……訳の分からねぇことを――!」

「それにあんなに多くの人間を……罪の無い人たちを巻き込んで、尚且つ嘲笑うこいつだけは……」

 

 地面を踏みしめる。 スタートダッシュの準備はいつでもできている。 もう、あとは発車の合図を待つだけの深町は、ここで拳を強く引き締める。

 

「この俺の手で叩き潰さないと気が済まないんだ!!」

「き、きえろ!」

 

 ネフシュタンの女の合図で、全てのノイズが動き出す。 数十、数百のノイズが一斉に襲い掛かり、青い強殖装甲を食い尽くす――筈だった。

 

「はッ! はああ!!」

【――!?】

【!?!?】

 

 しゃがみ込み、攻撃をかわすと同時に腕のソードを伸長させる。 超速で振動させればノイズを立ち上がり様にバターの様に切り裂き、黒炭へと変えていく。

 そのまま腹部の球体を光らせれば上空へ舞い、頭部のヘッドビーマ―から熱線を穿つ。 多数のノイズが一気に両断され、そのまま空気へ黒炭を舞い上がらせる。

 

「こ、これほどとは……」

 

 その姿を見ていた翼は、少女を守りながら深町の動きに見とれていた。 いつかの時とは違う、あまりにも戦闘に溶け込んだ姿はまさしく戦士のそれだ。 戦うためだけの舞に、剣は只その刃紋に青い装甲を映すことしかできずにいた。

 

「な、なんなんだよてめぇは……この間とは別人じゃねえか!?」

「俺は負けない! この身がひとを超えた力を抱えた危険なものだとしても――」

 

 10のノイズが襲い掛かる。 四方八方から、物量に任せての突進は喰らう物なら相応のダメージは免れないだろう。

 

「この身が例え怪物だと罵られようと!」

 

 右足での後ろ回し蹴り。 振り向きざまに行われたそれで5体をなぎ倒し、振るわれた足を地面に付ければ両手の平を相手に向ける。 腰の球体と、手の平、そしてノイズとが一直線になった時だ。

 

「この心だけは決して怪物になんかならない! 俺は人間だ! 深町晶だ!!!」

 

 重力変動の衝撃波がノイズを砕いていく。

 これで10体撃破、時間にして5秒も満たない。 ネフシュタンの女が忌々しげに口元を引きつらせれば、ガイバーの左肘部の突起が伸長する。

 

「ウォオオオオオッ!!」

【――――!!】

 

 腕を振りかぶり、一気に足腰を跳ねる。

 走り抜けるとノイズが一気に黒炭へと変わり果て、その姿を見るまでもなく今度は右側の突起を伸ばして同じことを繰り返す。

 まさに通り魔のように身体を切り裂いた彼は、これで30のノイズを撃破したことになる。 深町の、快進撃が始まった。

 

「ソニック・バスター!」

「なに?!」

 

 超音波を発し、ネフシュタンの女の周囲のアスファルトを塵芥に還す。 途端、足場の無くなった彼女は空中へ難を逃れようと、瓦礫を土台に足腰のバネをフル稼働。 一気に跳躍する。

 

「跳んだな……なら、あいつはやはり空を飛べないという事か」

 

 見届けたガイバーはそのまま右手を胸元へ持って行く。 指先で胸部装甲をこじ開けていき、中にあるレンズ体を外気に触れさせる。

 

「喰らえ!」

「ま、待て深町!?」

 

 それはあの必殺の光りだ。 しかし、相手はあくまでも人間。 それが意味することはつまり戦う相手を……風鳴翼は、ここでようやく深町の決意の重さを思い知る。

 彼は、そうだ……彼は今までこんな選択肢を取らざるを得なかったのだ。

 

「お、お前は――」

「原子の塵に還れ!!」

 

 それほどまでに、相手を殺めてしまうほどにこの世界の惨状は酷いモノなのだろう。

 だけど、其れは本当に正しい事なのだろうか。

 

「深町――!!」

 

 心のどこかでブレーキがかかり、必死にガイバーを止めようと叫ぶ翼。 しかし、だ。 それでも彼の胸部粒子砲の輝きが萎えることはなかった。

 

「メガスマッシャー!!」

「やめろぉおお!!」

 

 光が、全てを呑み込んでいく。

 アスファルトを削り大地を露出させ、周辺のノイズを跡形もなく黒炭ごと塵に変えてしまう死の光り。 高出力の粒子砲が、エネルギー保存の法則を完全に無視しながらヒトガタの身から放出されていく。

 百と居たはずのノイズを、完全に消滅させながら。

 

「―――――――な、なんなんだよ今のは」

「!?」

 

 同時、地面に着地し呟いたのはネフシュタンの女。 そうだ、彼女はなんと今の砲撃を生き延びていたのだ。 何があったのか? あの、圧倒的な隙を前にして生き残ったとでも言うのか?!

 困惑する翼を前に、ガイバーは開け放った胸部装甲をもとに戻し、そのまま拳を握り突貫する。

 

「はあ!!」

「ちっ!」

 

 まるで生きているのがわかっていたかのような速応力。 早すぎる対処に、翼はようやく理解した。

 

「まさか、今しがたのスマッシャーはノイズだけに的を絞ったのか!?」

 

 最初に放ったソニック・バスターも、ネフシュタンの女からは振動数がほど遠い音域を狙ったからこそ、アスファルトが消えてなくなった。 そして、そのあとに彼女はどういった行動を取る?

 

「先の攻撃で足場を失い、安全圏に退避をするのは必定。 ならば、その逃げ場に攻撃を置いておけば勝手に自滅をするのは当然のことだ。 ……だが、あえてそれをやらず逆にあのネフシュタンの奏者が逃げた跡を狙ってノイズを一層……あの一瞬でそこまでの攻撃を?!」

 

 あまりにも念密に、そして合理的に、さらに死傷者を出さない攻撃に翼は戦慄する。 あれほどまでの啖呵ですらおそらく囮……にしたのだろう。 感情の爆発の後に起こりうるミスすらもなく、あそこまでの攻撃をする彼をただ、翼は見ることしかできない。

 

「おまえはいったい……」

 

 どれほどの、修羅場を経験すればここまでの戦士に成るのだろうか。

 考えられる限りの苦痛を超えて、ようやく到達する境地に彼は今、足を踏み込んでいるのだ。 ……つい最近、数か月前までは只の一般人でしかなかったはずの彼が、だ。

 

 だからこそ、翼は戦慄するのだ。

 

「プレッシャーカノン!!」

「ぐっ?!」

 

 着地と同時にネフシュタンの女の足元が爆発する。 自身を中心に、扇形に炸裂した大地が土煙を上げる中、彼女は羽織っていたクリスタル状の鞭を構える。

 

「土煙を煙幕にして、死角からの攻撃だってんだろうが……」

 

 鞭を振り回す。 あの、強殖装甲を切り裂いたほどの鋭さが宙を舞う。 鞭という武器の特性上、その攻撃の範囲はやろうと思えば360度全てをカバーできるだろう。 これで、ガイバーが付ける隙は無くなった。

 そう、彼女は考えているのだろう。

 

「…………どこからく……な!?」

「深町が……消えた?」

 

 土煙が晴れようとも、その姿を確認できない。 焦る女は、しかし口元を歪めると上空へ視線を仰ぐ。

 

「だったら跳んだに決まってる――」

「―――ウォオオオオ!!」

「な、に!? ぐああああっ!!」

 

 勝ち誇るような声を、地の底からの唸り声がかき消していく。

 大地が割れ、青い拳がその“下”から這い上がってくればネフシュタンの鎧の、バイザーで覆われている顎下に向かって飛んでいく。 拳が顎にフィットすれば、勢いそのままに彼女は宙を舞っていく。

 

「グ!? ゲホっ……こいつ……地面から攻撃してきやがった」

「顎を殴って脳を揺さぶった、しばらくは足腰が言うことを聞かないはずだ。 お前は人間の筈だからな、俺とは違って」

「て、てめぇ……!」

 

 ありったけの皮肉を交えた挑発文句。 深町晶が、ガイバーが、倒れ伏せるネフシュタンの女を眼下に収め、勝利を確信する。

 その、傷ついた背中を見つめる翼も戦いの終結にほんの少しだけ刀を持つ手から力を抜いていく。

 

「ひとつ、お前に聞きたいことがある」

「……あ?」

 

 息も絶え絶えな彼女に、深町はバイブレーション・グロウヴを振るわせる。 いつでも攻撃が出来るという意思表示と受け取った彼女は、抵抗することもなく彼の話に耳を向ける。

 

「2年前のことだ。 あのコンサート会場襲撃事件の首謀者は誰だ」

「!!?」

「お前じゃないのは分っている」

「……ち」

「!!!?」

 

 確信を突いた深町に悪態を隠さない女。 それを只々驚愕で顔を染め上げることしかできないのは翼だけだ。 あの事件を、まさかこんな時に迫れるなどとは思っていなかった彼女は、誰よりも話しに喰い突くこととなる。

 

「だれだ! あのとき、ツヴァイウィングのコンサート会場にノイズを送り込んできたのは! 言え!」

「は! いまさら知ったところでどうなるってんだ」

「話がしたい」

「……あ?」

「そいつが何を思ってあんなことを起こし、なぜこんなことを続けるのかを知らなくてはならない。 ……俺が、この世界に居る間に」

「何言ってんだお前?」

 

 いつか消えるのが異邦人の定め。 そもそも、この世界の情勢をただしたところからが彼のスタート地点なのだ。 こんなところで足踏みしている場合じゃない。 ……ガイバーの威圧感が一気に増した。

 

「さぁ、答えてもらうぞ」

「…………ち。 しかたねぇなぁ」

 

 ネフシュタンの女がついに口を割る時が来た。

 いままでを振り返れば最悪な出来事ばかりだ。 殺し、殺されての現状は少年が望むものではない。 

 

「アタシは――」

「……」

 

 だから、ここでケリを急ぐのは仕方がない事であって……

 

「―――――ッ!」

「なに?!」

 

 その期待が最大の隙となった。

 いきなり上がる土煙。 ネフシュタンの女を取り囲むかのように立ち昇る粉塵が、翼の視覚を一気に奪う。 当然、ガイバーのそれをも奪うのだが彼が備えるセンサーはこのような事で機能を損なうほど低スペックではない。

 すぐに、彼女の足音を感覚で捕える。

 

【!】

【フゥ……】

【ウ!】

【…………!】

「な!?」

 

 だが、そのすぐ後に捉えた空間の揺らぎは、彼にとって大きな障害である。 すぐそばにいる少女をかばい、彼は両手を前に突き出す。

 

「みんな伏せろ!」

【―――――――!?】

 

 手の平の中身が歪み、その景色がノイズに飛んでいけば奴らは一斉に黒炭に変わり果てていく。 放ったプレッシャー・カノンの命中をセンサーで掴むと、ガイバーは口部の金属球を一気に振るわせる。

 舞い上がった粉塵が、その原子の振動を同調されて超振動を起こされ消滅していく。 一気に広がる視界に、しかしガイバーからは失態の声が上がる。

 

「あと少しだったのに……」

「……」

 

 もう、ガイバーのセンサーからは逃れてしまったあの女。 風鳴翼と、その友の運命を狂わせた蛇の鎧が、つい先ほどまで目の前にいたのに……数分前の啖呵切りもあって、深町が翼の方に顔を向けるのにはかなりの時間を要した。 ……はずだった。

 

「深町」

「はい!?」

「……その子を、両親の元へ帰そう。 おそらく心配しているだろうからな」

「……そう、ですね」

 

 歯切れの悪い返事をして、少女の方へ視線を向ける。 既にガイバーの姿を直視しても何らリアクションの無い彼女はなんとも気丈な子供であろう。 ……いいや、もしかしたら彼女が見ているのはガイバーではないのかもしれない。

 

 人間、深町晶をその目に映していたのかも……知れない。

 

 

 

 

 

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