強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第16話 知らない罪 知ることの罰

 

 

 

 其処は途轍もなく暗い場所だ。

 

 とある根城のとある部屋。 そこにソレは存在した。

 

「…………あの、ヤロウ」

 

 忌々しげに吐き出されたのは誰かを呪う言葉だ。 あまりにも悔しいのだろう、其の者の口からは薄く血が流れていく。

 

「……落ち着いた?」

「っ!?」

 

 そんな人物を見ていたモノが居た。

 美しく、けれど冷酷とも言える音域で駆けられた言葉に、先ほどまで悪態をついていた人物の顔が一気に晴れる。

 

「かわいそうに、そんなに傷ついて」

「……」

 

 いままでの悪態はどこへやら。 まるであやされた仔猫のように大人しくなれば、傷ついたその者は声のする方向へ顔を向ける。

 

「いいんだ、好きでやったことだし」

「そう、良い子ね」

 

 キズをやさしく包む……いいや、現れた人物が発する声はまるで舐めとるような妖艶さ醸し出している。

 あまりにも怪しく、妖しく、妖艶に……その人物はゆっくりと”傷だらけの少女”の鎧を脱がしていく。

 

「あの……さ」

「どうしたの?」

「わたし――」

 

 傷だらけの少女はそこで言葉を切る。 今自身はなにを言おうとした? 泳ぐ視線を目蓋を閉じることで誤魔化して、少女は眼の前の人物のされるがままに鎧を脱ぎ捨てる。

 

「こっちに来なさい。 “洗浄”を始めるわ」

「……うん」

 

 力無い身体を引きするように、少女はとある装置に身を委ねた。

 自身から手足を縛られ、まるで磔にされたかのような格好になると薄く笑う。

 

「ねぇ――」

「ふふっ」

「――――い゛ッ!?」

 

 瞬間、少女の身体が跳ねる。

 そこから続くおびただしいまでの叫び声、いいや、悲鳴と言っていいだろう。 悲観から来るものではなく、肉体を傷つけられたことによる苦痛の声をいま、傷だらけの少女は上げている。

 

 装置に磔にされた少女にはいま、全身に電気を流されているのだ。

 

 なぜ、どうして? 常人ならば混乱しか起きないこの仕打ちに、しかし少女の顔には憎しみの色がない。

 

 そうだ、なぜなら少女は自分の意思でこの苦痛を受けているのだから。

 この装置に足を踏み入れたのは彼女自身の判断だ。 促されはしたが強制はされていない。 それに彼女に自身、この行為に疑問を持ってはいない。

 

「そうよ、良い子ね」

「ああぁあぁあああああッ!!」

 

 目の前の……そう、少女の前に居る女は声も小さく語る。 これでいいのだ、こうすることが正しいのだと。

 その言葉に疑うという事すらしないで、ひたすらに従順さを見せる少女はどこまでも健気だ。 今起こっている行為が、どこまでも異常なのかもわからないで。

 

「いぎゃぁぁああああっ!!」

「そう、痛いわよね。 ……その痛みを忘れてはダメよ」

「あああああああああああ!!」

「人と人とが分かり合うために必要なのは……痛み。 苦痛を与えることでしか人は分かり合えない」

 

 その言葉はまるで黒い祝詞だ。 痛めつけられていく少女に投げかけられる呪いの言葉は、そのまま彼女の意思を食い尽くしていく。

 

「……はぁ、はぁ」

「かわいそうに、本当にかわいそうだわ……」

 

 電流から身体が解放される。 まるで数百にも及ぶ持久走を終えたと言わんばかりの荒い息使いを見て、女が憐れむ声で少女を包む。 磔にされた彼女に、文字通り身を重ねると呟く。

 

「けど貴方がいけないのよ」

「んぎッ!!」

 

 再び体中に走る電流。 先ほどよりも威力が上がっているのか、少女の声はさらに痛烈な者へと成っていく。

 

「いつまでもグズグズとあの男に手を焼いて、せっかく完全聖遺物をふたつも持たせたのに返り討ちにされるなんて」

「ああああああああ!!」

 

 激しい痛みに身体が暴れるが、キツイ拘束がそれを妨害し、少女の苦痛をどこまでも引き上げていく。 締まる拘束具と、あげられていく電圧。 それを一身に受けきる少女の口からは既に言葉さえ出てこない。

 

「あぐぅ……ぁぁっ……」

「ふふ……」

 

 再び身体から電流が消え、少女の身体はぐったりと崩れる。 それすらも拘束具が阻害し、かのじょを横たわらせることを許さない。

 

「な、なぁ」

「?」

「ほんとうにこれで……アタシ達がやってる事はこれで正しいんだよな……!」

 

 少女の疑問。 だがこれに対して女はむしろ口元が吊り上るようだった。

 何かを懇願し、自身に向かって希望を口にしながらすり寄ってくる姿が堪らないのだ。 だから女は少女を抱きしめて耳元に囁く。

 

「かわいい子」

 

 ふわりと髪をなでると、そのまま少女の胸に手を置く。 鼓動を確かめるように目を瞑ると、やはり囁きかけるようなトーンで言葉を漏らしていく。

 

「この世界から憎しみを生み出す武器すべてを消し去るには、私の言う通りにすればいいの」

「……うん」

「そうすれば世界から戦争も悲劇も無くなる」

「うん……」

 

 甘くて優しい言葉に身を委ね、少女はタダ夢の中へと意識を沈めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数時間が経つ。

 基地に帰り、在ったことをいろんな人に報告して、それから数時間の間ぼうっとしていた深町であったが、ゆっくりと風呂に入り寝床に着くといつの間にか意識を失っていた。 明らかに疲労が蓄積しているのは明白で、それが肉体的なものではないというのは誰もが見て取れていた――――本人を除いてだが。

 

 そんな彼はしばし睡眠をとるが、やはり数時間に一度目を覚ましては寝相を変えて無理矢理目を瞑るということを繰り返す。

 寝苦しい環境ではないはずなのだが、これから先を考えると安らかに眠るというのは無理な物だろう。

 

「はぁ……でも小日向さんに言われたことはあながち間違いって訳でもないからなぁ」

 

 貴方が現れてから――――この言葉がいつまでも少年の中に蠢く。

 深町少年に何ら悪いところはないはずだし、むしろこの世界の平和を守っているのはほかならぬ彼の方だ。 でも、そのすべてを知るわけがないあの少女にとって、自身の平穏をかきまわしたのは他ならぬガイバーであって。

 そこまで思考を進めると、深町は盛大なため息を吐く。

 

「……あ、いけない……もう朝か」

 

 気が付けば時計のアラームが鳴る5分前だ。

 もうそろそろ寝床から腰を上げ、着替える時間だと気が付いた彼。 ひと昔前ならば掛布団を被り直すのだが、今日はなんだか布団が恋しくはないようだ。

 素直に床に足を付け、そのままインナーを脱ぎだす。 服を着替えて顔を洗い、そのまま歯を磨けば思考が随分とクリアになる。

 

「よし! 今日も頑張ろう!」

 

 

 そこからは流れるような動きで朝食を作り、後片付けを終わらせ、日課のインターネットへのダイブを終わらせると時計は午前10時を指していた。

 

「行くか」

 

言って両腕を振りあげると彼は部屋の扉にあるカンヌキを上に持ち上げるのであった。

 

「あ、おはようございます」

「深町君、おはよう」

 

 すれ違いの関係者各員に挨拶を済ませながら廊下を歩いていく。 目的の場所はいつも上に行くために使う物資搬入エレベーター。 そこから外へ昇ると彼は周りをきょろきょろと見始める。 なんだかやましいお店に入る中高生にも思える一連の動作は、あの刀美人が見れば嫌疑の目線を刺されるのは必定だろう。

 

「よし、誰もいないな」

 

 わざわざ3度見した彼。 そもそも、朝の通勤ラッシュが終わった今の時間帯にそうそう人だかりが出来て堪るかと言うところだが。

 

「それじゃ、はじめますか」

 

 言うなり体をほぐしていく少年。

 下半身の柔軟から始まり徐々に上半身へと進んでいく。 その内、ラジオ体操などに見かける深呼吸を済ませると道路をゆっくりと走っていく。

 

 どうやら、ランニングを始めるようだ。

 それから30分休まることなく走り続け、当てもなく彷徨うかのような道順で到着したのはこの間の公園だ。 まだ誰もいないそこで少しだけ息を整えると、傍らにあるベンチに腰を落ち着ける。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 息が上がってから一向に落ち着かない。 まだ肩が動くし足も気怠く持ち上がってくれない。 背もたれにどっしりと身体を預けると黙って空を見上げていた。

 

「……運動不足だな」

 

 ガイバーとは瞬間改造システムでもある。 殖装の意思を見せれば身体を強靭な装甲に作り変え、戦う存在へと変えてしまう。

 けれどただ、それだけ。

 いざ殖装を解いてしまえば元の人間に一応は戻れる。 そう、元の状態にだ。

 

「ガイバーで跳んだり跳ねたりしても、もともとの人間の筋力が上がったりはしないんだよな……昔の火傷がそのままのように何の変化がない……身体が強くなることはないなら自分で鍛えようとは思ったけど……」

 

 いざ動いてみればご覧の在り様。 まだ部活動で身体を動かしている少年達の方がマシなくらいだろう。

 50メートル走らせても6秒もしくはギリギリ7秒、平均そのもの。 むしろSF研に所属していた我が身がある程度動かせるのは今までの逃亡生活によるところが大きい。 けどいまはそこでとどまるわけにはいかないのだ。

 

「ガイバーの力は強い。 昨日やって見せたように完全聖遺物をもった彼女にも十分対抗できる。 けど、それだけじゃいけないんだ」

 

 そう呟いて立ち上がる。

 

「まずは体力作りだな。 出来るだけ自分を追い詰めて……もしも身体がダメになってもガイバーの力を使えばいい」

 

 そう言って己の身体を痛めつける作業に入っていく深町晶。

 

「うおぉおおおおおお!!」

 

まずは腹筋背筋を100ずつ。

 

「このおおおお!!」

 

スクワットを200、そしてひたすら走りだす。 いろいろやった、結構頑張った。 それでも深町少年は……思う。

 

「これ、身体鍛えられてるんだろうか」

 

 何かが違う。 走り込みを始めたあたりからどうしても拭えない違和感に、遂に深町少年は止まってしまう。

 若者特有の勢いも大きな疑問の前にはなんら役には立たないようだ。

 

「まずったな、誰か武術か何かに精通した人にアドバイスを貰えばよかったか……」

 

 数時間が経過して太陽が真上にこんにちはしている中で考え込む彼。 いくら考えても仕方がなく、一端誰かに聞いてみようと思うもそんな知り合い以外ないという事で速却下。 彼の苦悩は解決しない。

 

「とりあえずひたすら筋トレするしかないのか……戦い方は実戦で覚えればいいのか……?」

 

 そう都合よく武道の達人が転がっているわけもなく、深町少年はおもむろに公園に突っ立っている時計に目をやる。 陽がかなり高くなったとは思ったが丁度正午を指していることを知ると、彼はかいた汗を腕で拭う。

 

「腹ごしらえが先だな」

 

 言うなり近くの水道に向かうと顔を洗う。 まだ春が抜けきったかどうかという季候の中で水道の水はまだまだ冷たい。 それでもこの火照った体には十分な冷たさだ。 少しだけ気分がクリアになっていく。

 そんな彼に、ひとつ声がかけられる。

 

「ふ、深町さん……」

「!!?」

 

 少年の呼吸が完全に止まった。

 心臓の音すら聞こえなくなったのではないかと言うくらいに微動だにしない彼。 その姿はどんな彫刻よりも冷たくて、硬い。 予想もしていなかった声に、深町はようやく落ち着きを取り戻して声を絞り出す。

 

「た、立花さん」

「…………」

 

 それは自身と共にこの世界の雑音と闘い続ける一人の少女で在った。

 

「…………ごめんなさい」

「立花さん……」

 

 

振り絞るような声だった。 制服のスカートに手を沿えてギュッと握った姿はまるで怒られた子供のよう。

その姿が居たたまれなくて、少年は先ほどまでの冷たさを忘れてしまい、すぐさま声をかけた。

 

「どうしたの? 立花さん」

「…………ぁ」

 

 いつもの声、いつもの雰囲気。

 彼が立花響にやってあげれるのはこのくらいの物だろうか。 でも知っているだろうか? 彼が今まで身を置いた逃亡劇において、こうした日常(いつも)こそが最大の安らぎであることを。

 

 彼は、それを本当に理解していたのだ。

 

「未来が深町さんに……でも、それは違うって…………わたしどうしていいかわからなくて……っ!」

「うん」

「深町さんの事キライになってほしくないし、未来の事も嫌ってほしくなくて……!」

「……うん」

「わたし、わたし……」

 

 上手く言葉がつながっていない彼女の目元は赤く腫れていた。 気の利く男ならばここで抱きしめたりできるのだろうが、生憎少年にそんな技能などない。 ただ、彼女を見守ることしかできない。

 

「大丈夫」

「…………ふかまちさん」

 

 優しく頭をなでる。

 そっと手を置き、小さく左右に揺さぶっただけの行為だが、その加減が少女の心を温める。

 乱暴でもなく、心細さを感じさせず、只包み込むかのような暖かさを響は少年から感じたのだ。

 

「ぅぅっ――――ぐしゅ……」

「ごめんね。 もう少し俺が上手くやれてたらこんなことにはならなかったのかもしれない」

 

 我が身の狭量さに落胆してしまいそうだ。 いままでこの少女がどのような気持ちで戦いに臨み、どんな犠牲を払って来たかなんて少年には想像もつかない。 十代女子、まだやりたいことがいっぱいあるはずだ。 それは自身も同じはず……同じだったはずなのだ。

 

「ぅぅ」

「キミに負担を押し付けてばかりで、本当にごめん」

 

 いつの間にかマヒしていた感覚。 動乱に揺さぶられていき、ガリガリと削られて行った平和を知る己が心。 そう、あんなに渇望していた平穏な暮らしさえも、いまでは戦いの合間程度しか思っていない。

 それほどまでに、少年の感覚は狂ってしまっていた。

 

 だから、そんな暗い場所に少女を連れ出したことを悔み。

 

「……ごめん」

「はい……」

 

 ただ謝る。

 

 

 

 

 少女が落ち着きを取り戻すまでしばらくの時間が必要だった。 公園のベンチに腰を落ち着け、先ほどまでの雰囲気が晴れるまで何もしゃべらずにただじっとしている少年と少女。

 少しだけ陽が傾いたころ、ようやく口を開いたのは少女の方だった。

 

「深町さんって、どうしてそんなに強いんですか……?」

「え?」

 

 意外な質問だ。 まさか彼女がそのような目線で自身を見ていたとは思わなかったからだ。

 

「俺はそんな大層な人間じゃないよ」

「そんなことないですよ。 わたし聞きましたよ? 深町さんってなんていうか、こことは違うところからたった一人で来たって」

「……うん」

「……心細くないんですか?」

「……」

 

 正直言えば寂しいに決まっているし、孤独に心を折られてしまいそうなのは言うまでもない。

 それを口に出すのは簡単だ、けれどそれを全て吐き出すことはしないだろう。 彼の、せめてもの強がりだとしても。 だから彼はそれを呑み込み、何とか言葉を考えていき、数回の呼吸の後、ようやく口を開くことが出来た。

 

「すこし、ね」

「本当ですか……?」

 

 じっとこっちを見来る。 まるで真偽を見定めているような……そう、こちらの強がりを見破っているような強い瞳。

 けどそれに打ち負けるわけにはいかないと、深町少年はさらにもう一言付けたす。

 

「いまじゃこっちにも心強い味方が出来たし、あのころに比べればだいぶましだよ」

「あの頃?」

「クロノスに追い回されていた頃かな」

「……」

 

 思い出すなら目を閉じるまでもない。 奴らの所業はいつだって胸の中にこびり付き、何度だってくりかえし思い出されていく。 非道、外道との対峙はいつだって痛烈な出来事しか生まない。

 だから、少年が奴らを忘れることなどありえなくて。

 

「あいつ等に色んなものを奪われた。 生活、恩人、帰る場所も」

「……え? 帰る……場所」

「奴らとの戦いが拡大していくうちにね、焼かれてしまったんだ……俺の家」

「そ、そんな……っ」

「うん、そうなんだ……そうなんだよな。 帰る場所を俺は焼き払われていたんだよな」

 

 いままでの蛮行を想いだし、改めて己が宿命を噛みしめる少年。 だがその顔に怨念の影は無く、どこまでも静かに澄み渡っていた。

 そんな彼が、立花響には堪らず不安になる。

 

「ふ、深町さん……」

「――あぁ、ちがうんだよ」

「え?」

「別に辛いとかじゃなくてさ、不思議に思っただけなんだ。 うん、帰る家が無くても、帰る場所があれば人は戦える。 自分の場所、ここが今俺がいていい場所なんだって思えるところがあれば、人間どうにでもなるんだなって」

「……ぁ」

 

 異邦人の彼だからこそ今の言葉には重みが感じられる。 似ている国、見たことある空、立っている大地が例え同じ組成をしていようとそこは自分が知っている場所ではない。 けれど、それでも今ここに自分が居る。

 揺るがない事実を前に、ようやく深町少年が全てを呑み込めた。 だから今度は彼女の番だ。

 

「俺さ、最近インターネットをよく利用するんだ」

「ふぇ……?」

「不思議なもんさ、ここが自分が居た場所じゃないって解ってるのに、どうしてもそれが違うんじゃないかって思えるときがあって。 それでこの間通ってた高校を調べてみたんだ」

「どうだったんですか……?」

「大きなお寺になってたよ。 ……いや、最初から学校なんてのは無かったらしい」

「……」

「今度さ、お参り行こうよ」

「え!?」

「いろいろと願掛けが必要だと思うからさ。 小日向さんと仲直りできるようにと、早くノイズ事件が解決できるようにと、あ! それから今度風鳴さんがコンサートをやるみたいだから成功するようにかな」

「随分多いんですね」

「自慢じゃないけど俺、運の無さには自信があるんだ……」

「あ、はは」

 

 ようやく彼女が笑いだす。

 小さな笑みだし苦笑いにも見える。 だけど暗い顔より断然ましだ、ならばこれでいいではないか。 深町少年はここでベンチから立ち上がる。

 

「俺、強くなるから」

 

 彼の心にはより一層の決意が込められる。 この世界の人々全てを救うことなどできはしないだろう、しかしそれでも彼は思うのだ。 いまこの時、この世界で自身が出来ることを懸命に果たそうと。

 自身とは何らつながりの無いこの世界で、彼が戦うということを再確認した瞬間である。

 

「ごめんね立花さん、変なことに付きあわせて」

「え? いえいえ! そんな別にわたし――」

「何かご飯でもごちそうするよ。 なにがいい?」

「深町さん、最近思ったんですけどわたしの事餌付けしてません?」

「そ、そんなことないよ」

「あー! 今顔を背けましたよね?!」

「あ、はは……ごめん」

 

 彼女が笑うと、自然と少年にも笑みがこぼれていく。 どちらが励ましたのかがわからなくなるこの雰囲気は決して悪い気はしない。

 助け合うことでようやく歩き出した彼らは、公園の敷地を後にするのであった。

 

 

 何かいつもと違い、それでもどこか軽快な足取りで基地に帰還した深町少年。 彼はいつもの物資搬入倉庫から基地内に入り込む。

 

「……あぁ言ったけど果たしてどうするか」

 

 立花響との会話は深町少年のやるべきことを定めた。 しかし依然としてどう進むべきかわからない道だ、何か、切っ掛けがあればと想い足早に戻ってきた彼は、ここでようやく一息つく。

 

「誰か、戦いに精通していてそれを教えてくれそうな人……」

 

 独り言を垂れ流しながら自室のドアを開ける。 無造作にベッドに座り、備え付けのテレビの電源を入れてしばし無言。 彼はため息をつきながらも画面の向こう側を見るだけだ。

 

「……あ、風鳴さんだ」

 

 そこに映っていたのは刀剣のように鋭い少女だ。 しかしその美しさは陶芸品を思わせる繊細さを思わせ、見る者を引き込んでいく。 其処にどのような輝きが隠されているかも知らず、彼女の周囲の人間はひたすらに美しさを褒めるだけ。

 そう、深町少年は知っている。 彼女の強さ、彼女の思い。 風鳴翼の心に広がる常在戦場の心構え(ありざま)を。

 

「そうか、風鳴さんアーティストだもんなぁ」

 

 うつつを抜かすような言葉に、我ながらしっかりしろよと言いたくなっている。 運動後の気怠さも手伝って彼の意識はロウソクのように揺れ動く

 

「風鳴さん、すごく強かったよなぁ」

 

 戦場を駆け、通り過ぎた跡には静かにノイズの黒炭が舞い落ちる。 青い一閃を放てば奴らが消し飛び。 揚句、巨大な剣を召喚する彼女を思い出せば感慨にふけっていく深町少年。

 あぁ、あのような戦いが出来ればガイバーの強力な兵装に振り回されることもないのだろう。

 

 心のどこかで呟いた言葉が、彼の中に半ゴンする。 そのときであった、彼はおもむろに立ち上がる。

 

「そうだ!」

 

 いきなり叫び声をあげると自室の内側に設けてあったカンヌキを持ち上げる。 急いでいるのだろう、焦っているのであろう、開錠にやたら時間がかかっている。

 

「あの刃物の使い方、さらに大技の繰り出し方と言いガイバーのコンセプトに似ているところがある! あのヒトにいろいろと教われば何かが見えるかもしれない!」

 

 思わず見つかった今後の方針。 ならばそこに駆けださない訳にはいかない。 今まで少年が培ってきた行動力は全開となり、そのまま基地内を疾走させる。

 

「――とと!?」

「あれ、深町君どうしたの? 走ったりして」

「あ、あの! 風鳴さんっていまここに居ますか?!」

「え? 翼ちゃんの方でいいのかしら?」

「はい!」

「それなら――」

「ありがとうございます!」

 

 目指すべき場所は風鳴翼がいると思われる一室だ。 通りすがりのオペレーター空情報を聞き出した彼はそのまま全力疾走だ。 走れ、走れ! このまま風となってしまっても構わない!

 彼はとにかく猛然と風鳴翼の居所へと向かった。

 

「ここか!」

 

 見つけた一室。 その自動ドアのセンサーを前に急ブレーキをかけた深町少年。 彼はそのまま一呼吸もおかずに、自動ドアの開閉スイッチに手を掛ける。

 

「失礼します!!」

 

 相手はあの風鳴翼だ、シツレイがあってはいけない。 深町少年はドアが開くと同時に声も大きく彼は頭を下げる。

 

「いきなりすみません! 俺、実は相談事があってここまで来ました!」

「…………」

 

 頭は依然と下げたままだ。 彼女の顔色も声色も判別つかぬまま、しばしの沈黙が流れる。 突然の事にいくら常在戦場の精神を持ち合わせている彼女でも対応に遅れが生じてしまったのだろうか。

 不安になり、おもむろに姿勢を正した少年の前にはなんとも言えない光景が広がっていた。

 

「―――――――――!!」

 

 声にならない息使い。 悲鳴を上げることも、沈黙することすら許されない状況とは一体どのような事なのであろう。

 

「あわ……あわわ……!」

「………………………」

 

 目と目が合う瞬間だ。

 お互い一言も言葉を交わす気などないが、それでも言わないといけないことがある……いいや、出来てしまった。 事ここにきてソレスラモ忘れてしまった深町少年。 彼は後悔も懺悔もできないまま、目の前の事態に身体を硬直させることしかできない。

 なぜこんなことに? どうして彼は言葉を出さない?

 

 それは、風鳴翼の状態が良くなかったからだ。

 

「………………………」

「あ、あ……ぁ」

 

 背は自身とタメを張るくらいに高く、女性の平均値をそれなりに超えた物だろう。 頭頂部を飾る神か在りは日本古来の戦士、武士を模倣するようでいて神聖。

 けれど、だ。

 それすらも霞んでしまうくらいの衝撃が其処にあった。

 

 

 …………彼女は、服を脱ぎかけていたのだ。

 

 

「そ、その俺!!」

 

 服のほとんどを脱ぎ白く透き通る柔肌を露出させた風鳴翼。 着替えか何かだったのだろう、近くに制服が乱雑に脱ぎ捨てられている。 あぁ、あんなに散らかしてしわになったらどうする? しかしそこに目を配らせることなく、深町はおろかにも目の前にある宝石のような肢体に視線を固定してしまっている。

 全裸とは言わないモノの、前掛けのように自身の体の前面を覆う布で何とか最悪の事態を避けている翼。 その手に持っているのは衣装か何かだろうか、深町少年にはどこかで見覚えが合ったりなかったりする。

 それでも美しい全体像は隠しきれはしない。 細い四肢にきめの細かい肌、さらにそこを流れる青い髪とが相まって、美しさを何倍にも高めている。 この世の物とは思えない煌びやかさに、深町は呼吸すら忘れていた。

 

 …………ここまで、おおよそ1秒にも満たない。

 

 

「あ、あぁぁぁあぁぁぁああ…………!!」

「………………」

 

 いつからか自分には力が付いてきたと思っていた。 しかしそれは時として傲慢さを生み、その傲慢は油断を生じさせ死を招く。 そうだ、今この瞬間、こんな最悪の事態に直面したのは己の慢心が生んだ油断だ。

 後先を考えず、只若さの力に任せて進んだ結果がこの始末。

 

 声を震わせ、雨に打たれた子犬のように震えはじめた深町少年。 彼はしばらくの間彼女の痴態をその目に焼き付けると、徐に口を動かした。

 

「……哲郎さん俺、帰れそうにないや」

 

 ここで死んでしまうから。

 彼はこの後の展開を完璧にまで先読みすると、そのまま運命に身を委ねてしまう。 もうここまでだ、俺の戦う理由も原動力も何もかもここで潰えてしまう。 少年が歯を食いしばり来たる衝撃に身構えているときである。 天啓が下る。

 

「…………深町、何時までそうしているつもりだ」

「え、え?」

 

 唸るように低く、それでいて氷柱(つらら)のように冷たく鋭い声だった。

 

「あ、そうか……そうですよね」

「?」

「風鳴さんが手を汚すのは良くない、オレのテでキエルベキダ」

「なにを言っている……! いいからさっさと後ろを向け!」

「――っ?!」

 

 言われてすぐに翼に背を向ける深町。 しかし緊張からか足が全く動けず、その場で立ちすくんでしまう。

 

「す、すみません俺――」

「火急の用なのであろう? しばらくそこで待っていろ、すぐ済む」

「…………へ?」

 

 今では自身の耳でしか状況を把握できない、が。 それが余計に不味かった。

 背中に響くのは布擦れの音。 おそらく衣服に身を包んでいるのだろうが、そのどれもが何をどうしているのかがわかってしまうくらいに、深町と翼の距離は近かった。

 あまりにも状況不明、説明不足。 意味が解らぬ自身の立ち位置を、深町はいつまでたっても理解することが出来なかった。

 

「待たせたな、もういいぞ」

「あ、いや……このままで」

「なに? まぁ、いいだろう。 それで? 私に何の頼みがある」

「い、命だけは助けてください……」

「は?」

「俺まだ死ぬわけにはいかないんです」

「貴方、いったい何を言っているの……?」

 

 たまに出る素というか、翼がどこか気品のある言動をする中で深町は誠心誠意の謝罪を繰り広げている。

 いつの間にか当初の予定をすっ飛ばした深町が立ち直るのにしばらくの時間が必要であった。

 

 

 

 そして、数分の時が過ぎて。

 

「粗茶だが、ゆっくり飲んでいけ」

「あ、いいえ……見事な技前で」

「ワザ? ……貴方、前々から思っていたのだけど私に対して奇妙な勘違いを抱いてない?」

「あ、いえ……そんなこと」

 

 口調と姿勢からそう思われても仕方がないのでは? 風鳴弦十郎が居れば突っ込まれそうな一言に、深町はただ謝るばかりだ。

 さて、そろそろ先ほどの騒動が抜けきった頃合いか。 静かな雰囲気を感じ取った深町はここでようやく彼女と視線を合わせる。

 

「俺、実は相談があってここに来たんです」

「珍しいな、私に相談だなんて」

「他に心当たりがなくて、どうしてもわからないことがあって」

「……なんだ?」

 

 あまりにも真剣な顔をするモノだから、翼の返事が一瞬だけ遅れる。 それでも深町の言葉が途切れることが無い。 彼は真摯な気持ちのままで翼へ願いを言い放つ。

 

「俺を鍛えてください」

「…………なに?」

「強くならないといけないんです。 この世界も、あっちの世界も平和にするには俺、もっと強くならないといけないんです!」

「……」

 

 しばし間が開く。 彼の言葉は確かにそうなのかもしれない。 けど、今以上を求める姿に翼は困惑を隠せない。

 

「なぜいまさら」

「この間の戦い、あの時俺は結局彼女を逃してしまった」

「あれは仕方がないだろう。 深町、お前が気に病むことではない」

「だけどもっと別にやりようが有ったはずなんだ。 たとえば、体術か何かで相手を抑え込んだり、もっとガイバーの武装に頼らない戦いが出来たはずなんです」

 

 この時の翼は初めて深町と出会った時のことを思い出していた。

 力……つまりガイバーを手に入れて半年足らずという彼。 それはそのまま戦場へ向かう心構えに未熟さを表すが、彼にはその影が見当たらなかった。

 よほどの事態が起きたのか、彼自身がもともと強い精神を構築できていたのかはたまたその両方か……分らぬ問いは彼の戦いを見て居る内に解消しきっていたはずだが、やはり何かあるのだろう。

 そして、こうまでして自身に頭を下げてくる深町を、無下に追い返す翼ではない。

 

 聞いてみよう、彼の思いを。 彼女は真摯な彼のめに、刀剣のような鋭さで切り返す。

 

「……それでか。 戦い方を知っている私に師事を」

「……はい」

「そうだな。 確かにガイバーは強く、戦局を変えるほどの力を携えているのは間違いないだろう。 しかしお前が言いたいのはガイバーの力ではなく“人間、深町晶”の力の事を指している。 違うか?」

「その通りです」

 

 戦いの中で迷えば誰かが命を落とす。 その迷いを断ち切るのはいつだって人間の心だ。 常に最善の判断が出来る強い精神力が無ければ、強大な力も危険な殺戮兵器へと変貌していってしまう。

 強い力を持つ深町晶はいつからかそんな考えを持つようになっていた。

 

 ……そう、あの怯えた目を見た時から、かれの心になにかがこびりついて離れない。

 

「この世界を全て救おうなんて思わない。 俺なんかにできることはほんの少しで、与えられた力には限界がある。 勝てない敵なんかわんさかいる」

「では、逃げるのか?」

「……チカラを手に入れたのなら、俺は戦わなければならないんでしょうね。 俺が初めてこの世界に来て、同時にたくさんの人の命を救えなかったあのとき、たった一人の男の子を救えた手の感触がいつまでも忘れられなくて。 ……戦いたいんです、力を持たない人の代わりに」

「苦難の道だとは思わないのか? いいや、この世界に来てしまった以上、元の世界に変えれる保証もないのに」

 

 言葉で揺さぶる翼はどこからしくなかった。 いつものような快刀乱麻が如くの質問ではなく、どこか包み込むような彼女の姿勢は剣というより鞘であろう。

 その、包み込んでくるような問いに、深町は視線を逸らすでもなくただ、言葉で返してやる。

 

「それでもです。 ここに俺がいて、周りに泣き叫ぶ誰かが居るのなら……その悲鳴を俺は止めたい」

「……」

「もう俺や立花さんのように理不尽に戦いに巻き込まれる人を作りたくない。 頼れる人も帰る家も、安らぎをくれた人を一辺に無くす想いは、それだけは誰にも味わわせたくないんです」

「……そう、か」

 

 彼の言葉は足りないことがあるのかもしれない。 思想、理念だけでは世界は動かないし、実績の少ない彼の口から出る言葉はどれも薄っぺらい戯言にもなるだろう。

 けれど、だ。 彼の目は見たことがある。 研ぎ澄まされていて、でも、ガラス細工のような繊細さを垣間見せるその光はきっと心のどこかに傷を抱えるモノの証しだ。

 ……自身と、同じ傷を抱えた光りをこの男から感じ取ってしまったのだ。

 

「……厳しいぞ」

「え?」

 

 自然、翼の口からはそんな言葉が出てきていた。

 

「私は何も戦いだけが生きがいではない。 常在戦場を心に刻んでいるとはいえ、歌で世界を満たすという誓いがある。 それを両立させる我が身に、お前の面倒を見る余裕などないのだ」

「……」

「しかし、だ。 私の戦いにお前が付いてくるというのなら、其の思い、決してむげにはしないだろう。 …………付いてこれるか?」

「――――!! は、はい!」

 

 返事は景気よく最大音声だ。 深町晶が盛大に立ち上がるとそれを見上げる翼が息を吐く。 まさかこんなことになるとはあの時思わなかったし、“あの頃”の自分を思い出せばありえないことであろう。

 自分の後を追う者を率い、先輩と、風を吹かせる彼女は少しだけ目尻を柔くさせたのであった。

 

 

 

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