強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第17話 言葉じゃ伝わらないモノ

 

 

 深町晶、高2。 逃避行と激闘が続く日常から一転、歌が活躍する世界へと迷い込んでしまった少年である。

 彼は状況判断もままならない内にこの世界を襲う怪異、ノイズという生物とも言えぬ怪物と対峙、片腕を切り落としながらも此れを撃破。 この世界の日本政府管轄機関、特異災害対策機動部2課に身柄を保護される形で住み込むことになる。

 

 

 そんな彼は様々な困難にぶち当たりながらも確実に前へ進んでいく。 立ち止まることを良しとしないその姿勢は様々な人物に影響を与え、自分自身でさえ驚くほどのペースで実力をつけていく。

 それは、長年この世界の怪異と対峙するために鍛えてきたものですら驚愕させるほどにだ。 しかし、そんな彼に最大の試練が訪れる。

 彼の正体、そう、深町晶が強殖装甲に食われた存在だと只の一般人である少女に知られてしまったのだ。

 

 数々の誤解とすれ違いが複雑に絡み合い、険悪になっていく彼と彼女たちは一体この先どうなってしまうのか…………それは、深町少年の努力次第である。

 

 

 

「……………………」

『……ひそひそ』

『なにあれ……?』

『女子高に男のヒト……ぁ』

 

 そう、努力をしているのである。

 場所は私立リディアンの敷地前。 正門で棒立ちとなっている彼は額から汗を流しながらそのときを待っていた。 例え背中に囁き声が流れてこようとも歯を食いしばり、耐え。 疑惑の視線を飛ばされようとも我慢を続行する。

 

『警察に電話した方が……』

「あ、いや! オレは決して怪しいモノじゃ――」

『ひそひそ……』

「まってくださいって!?」

 

 冗談ではない、こんな異世界で警察の世話になってしまえばややこしい事この上ない! 深町少年が何とか彼女たちの誤解を解こうと駆け寄った時だろう、彼の後ろから2、3ほど声がかけられる。

 

「あれ? もしかしてビッキーの彼氏さん?」

「何て人だっけ? ふか……?」

「校門前で待ち合わせって……アニメじゃないんだから」

「…………………」

「き、キミたちは……!」

 

 見知った顔を見て一つだけ安堵のため息を零す。 しかしその中“あの子”を確認すると深町少年の表情に緊張が走る。 誰だ? この少年にこんな顔をさせるのは……

 

「立花さんの友達……それに……小日向さん」

「………………」

 

 現在、不仲を絵にかいた間柄の少女その人であろう。

 名を小日向未来。 立花響の友人であり、おそらく一番の理解者であった。 しかしそれは現在少しばかりの行き違いにより揺れ動いている。 原因は、当然響が最近纏うことになったシンフォギアにある。

 あるのだが……

 

「こ、小日向さん。 あの――」

「…………」

「あ、あのぉ…………」

 

 ツカツカと歩いて行ってしまう少女。

 深町の決死を思わせる呼びかけすら聞き流し、通り過ぎて行ってしまう。 その光景に周りの人々は理解が出来ず、自然、深町に対して同情的な視線を送るのであった。

 

「……と、取りつく島もない」

『……なにしてるんだろう、この人』

 

 その姿は告白に失敗した青春男子その者。 しかし彼にそのような青臭い時間など用意されているわけがない。 彼はタダ、説得に来ていたのだ。

 

「小日向さん待ってくれ!!」

「…………」

 

 只無言。 そんな彼女をこばしりでおいかける深町。 まるで破局寸前のカップルを思わせる姿だが、彼等は断じてそんな関係ではない。 誤解されそうなシーンだがそれでも深町少年の迎撃は終わらない。

 

「話があるんだ、頼むからすこしだけ時間を――」

「…………さっきから何なんですか。 響の次は私をどうにかするつもりなんですか?」

「な?! 俺がそんなことするはずないだろ!」

「じゃあ、あの時はなんだったんですか? 詳しく教えてもらえるんですか?」

「……そ、それは」

「言えないこと、やってるんですね?」

「違う! 俺はただ……」

「………………はっきりしない人」

 

 蔑むかのような視線。 切り伏せられた言葉。

 深町少年が抱え込む事情は大きく、一般人の未来には離せない機密事項ばかりだ。 それを気にして戸惑ったのが彼女には不穏に見えたのだろう。 事態は益々最悪な道を辿る。

 

「…………ダメだ」

 

 ため息ひとつ、呟きひとつ。 自身の力の無さを痛感した彼はここで足踏みをする。

 どんなに強い力を手に入れて、強力な装甲で身を固めようとも心は弱いまま。 彼が少年でいるままでは、決してこの問題は解決しないだろう。

 時間が解決してくれるのを待つしかない…………

 

「あきらめきれない……よな」

 

 けど彼は戦うことを選ぶ。 誰かに言われたわけではない、それは自分で選んだ道だ。

 このまま彼女を放っておいて、自らの世界に没頭するのは簡単だ。 けど、それではきっと誰かがつらい思いをする。 それがとても“イヤ”なのだ。

 

「ま、待ってくれ!」

「……」

 

 少女を呼び止める。 彼にできる最大の手段を以って、少女との対話をもう少しだけ引き延ばす。

 

「……少し、話しがあるんだ」

「…………」

「全部、説明するから」

「……解りました」

 

 包み隠さず真正面から彼女に打ち明ける。 それが彼にできることだろう。

 ガイバーⅢ、巻島顎のような巧みさはないし風鳴弦十郎のような豪胆さもない彼の決意。 しかし、その真摯な瞳で射抜かれた少女はなにを思ったのだろう。 一呼吸の間を消費すると、自然、口からは了承の一言が出ていた。

 

 

 

「2年前のコンサート事件。 そこですべてが狂った」

「……はい」

 

 場所は近くの喫茶店。

午後の時間帯で込み合うかと思われたが、閑古鳥が鳴きそうなほどの空き具合を見るや入店。 当然のように禁煙席に案内された二人は席に座るなり渡された冷や水で喉をうるおわせる。 少しだけ視線を外して、やっとのことで深町が切りだしたのは立花響の現状であった。

 

「あそこで彼女が大変な目にあったのは知っているね?」

「……はい」

「ノイズの襲撃にあった彼女はそこで不幸にも重症の傷を負った」

「胸のあの傷……ですよね」

「そう、だと思う。 直接見たわけじゃないから何とも言えないけど――」

 

 一瞬だけ視線を迷わせた深町は備え付けのボタンに手を伸ばす。 すかさずやってくる店員。 それに合わせて会話を中断し、メニュー表に目を通す。 少しだけ小腹がすいた彼は未来に目配せをする。

 

「何か食べるかい?」

「……とくには」

「えっと、サンドイッチ2人前。 それとコーヒーを2つ」

「かしこまりました」

 

 適当な注文で店員を返すと、今度こそ会話を進めていく。

 

「俺も良くわからないけど、立花さんはつい最近その事故が元である力に目覚めたんだ」

「あの事故で……?」

「うん。 名前はシンフォギア。 彼女はそのちからでノイズと日々戦い続けている」

「響が……?!」

 

 深町は一から順に話した。

 立花響が偶然からギアを纏い、日々戦いに身を投じていること。 彼女の助けた女の子に、それ以外にも多くの人命をノイズから守り抜いたこと。 そして……

 

「あの子は頑張っているんだ」

「…………」

 

 立花響という少女が、どれほどに辛い目にあっているかを。

 戦い、学業、そして友情。 それらすべてを両立させることなど普通の女子高生にはまず無理だ。 どれかを極めれば必ず何かが欠落していくのは当然なのだ。 ヒトの手は二つしかないし、それを最大限に生かせたとしても結局は片手間だ。 完全にはこなせるわけがない。

 現に己を剣として生きる少女は友情を捨て去った生き方をしてきた。

 

 けど。

 

「だから理解しろっていうのは乱暴だと思うし、キミも納得いかないモノもあるはずだ。 ……でもこれだけはわかってほしい」

 

深呼吸をする少年は目を瞑る。 その姿はまるで万感の思いを込めるかのよう。 いくつもの不安を喉の奥で止めきり、彼はついに言葉を吐き出す。

 

「彼女は絶対に、いつまでもキミの友達だって言うことを」

「……っ」

「彼女の“居ていい場所”は、絶対に変わらないんだ」

「!?」

 

 深町少年の言葉に小日向未来の目は見ひらかれる。 なぜ、どうして? そんな表情を全面に押し出した彼女に少年は思わず怪訝そうな顔をする。

 

「なにか俺不味いことを言っちゃったかな……?」

 

 恐る恐るだ。 女の子特有の怖さを地肌で感じたのだろう、思わず及び腰と成った彼に、未来はゆっくりと口を開く。

 

「……響から、聞いたんですか?」

「…………え?」

 

 重苦しく、そして真剣な顔を深町は見た。 けど、その声はどこか震えを感じさせる。

 

「響の昔の事、知ってるんですか……!」

「え、あの子の? 何を言ってるんだ小日向さん」

「答えてください、知ってるんですか?!」

 

 徐々に大きくなる声に思わず気圧される形となる少年。 この少女の立花響に対する感情を測り知ることなど少年には出来ない。

 

「落ち着いて! いきなりまくし立てられちゃこっちだって何を言っていいかわからないよ」

「あ……ぁ……その」

 

 だから深町はそっと彼女をなだめると背もたれへと身体を再度落ち着ける。

 

「…………落ち着いて、ね?」

「……っ」

 

 少しだけ空気を流してやり、彼女の口が開くのを再度待つ。

 

「聞いたわけじゃ、ないんですね?」

「それって何のこと? 立花さんの昔の事なのかい?」

「知らないなら良いんです。 すみません、忘れてください」

「……わかった」

 

 聞きたいという思いはあったが少年はここで追撃の手は出さない。 誰だって聞いてもらいたくない、そう、踏み込んでほしくない領域はある。 心の傷、過去の痛手、それは人それぞれだ。 少年にもそれと同じことはある。 だから今回は彼女の言うことを素直に呑みこむ。

 

「とにかくさ、彼女が小日向さんに隠し事をしていたのはやむを得ない事情があった。 これだけはわかってほしい」

「……はい」

「」

 

「本当に頑張ってるんだよ……とても強い子だ」

「……はい」

 

 やっとうたれた相づち。 こと、立花響という少女を中心に、険悪だった少年と少女の間に話が通じる。 それを知ってか知らずか、深町少年はさらに胸の内を告白していく。

 

「でも頑張ってばかりの彼女を見ているととても心配になって来る時がある」

「……え?」

「頑張ることはいいことだよ? ノイズ戦では一人じゃ満足に戦えない俺を助けてくれたりするし。 でも心配なんだ。 いつも頑張る、転んでもめげないし、どんな時でも笑顔で乗り切ってやるっていう気迫に似た意思も見える。 だけど張りすぎた弦が切れるように、彼女もいつか……そんな不安を感じるんだ」

「…………っ」

 

 それは最近のガングニールの黒化を見たからでもある。 あの異常なギアを纏い、深刻なほどの変貌を遂げた彼女。 未だ対応策も打開策も見当たらない現状を未来に話すことは出来ないものの、それでも深町は自身の心配事を彼女に話さずにはいられなかった。

 立花響の、掛け替えのない友達だという彼女にだけは。

 

「俺ではきっとダメなんだ。 どんなに励ましの言葉を投げかけたとしてもそれは彼女を助けることに繋がらないだろう」

「……そんなことないと思いますけど」

「いいや、きっとそうさ。 俺はあくまでも戦いの先輩でしかない。 けど、彼女に本当に必要なのはそんなんじゃなくて……キミのような近しい人間なんだよ」

「なんでそんなことがわかるんですか……?」

「……そんなこと、本当は君自身が一番わかっているはずだろ? あの子の友達なんだからさ」

「…………」

 

 彼の言うことはそのまま真実であろう。 小日向未来は考えるまでもなく思う。

 あの子はいつも頑張って、ドジを踏んでも笑顔で立ち上がれる人間だ。 だけどその裏にある心の傷は一生をかけても塞がることはないだろう。 そのことを目の前の少年が指摘しているのかはわからない。 けどこの深町晶という人間は、きっと彼女のそんな一面を見抜いた上で自身にこんな説得まがいなことをしているのではないか?

 ……分らぬ答えに彼女自身、数分の自問自答を繰り返す。

 

「お待たせいたしました、サンドイッチをふたつとコーヒーをお持ちいたしました」

「あ、どうも」

「ごゆっくりどうぞ」

 

 遂には注文した料理が届いてしまい、少年がそれを促してくる。 既に険悪な雰囲気が取れつつあったのだろう。 未来は邪険に返さずに一切れだけサンドイッチを口に運んでいく。

 

「あの」

「え?」

 

 4回程の咀嚼を終えたのち、コーヒーでそれらを流し込んだ少女はここで初めて深町少年へと会話を切りだした。 今まで一方的だった会話の変化に、深町は光明を見たのだろう。 喜んで彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「あなたはどうして戦ってるんですか?」

「……うーん」

「あの?」

「あぁ、うん。 えっとね」

 

 しかし其れにはすぐ返すことが出来なかった。

 黙秘主義。 世界を超えた我が身の存在。 これらをよく理解しているから少年は言葉に詰まる。

 ここで少女に余計な知識を与えたら、のちのち問題になってしまうのではないか? 自分自身、クロノス最大の秘密を知ってしまったからあんな逃亡生活を繰り返したのだからこの迷いは当然の物だろう。

 けれど少年は今日、彼女に全てを離すと決め込んでこの店に入ったのだ。 ここで黙り込むのは彼女に対する不義理であろう。

 

 少年は、ゆっくりと語りだす。

 

「俺も実は立花さんと同じでね。 ちょっとした事故で戦いに投げ出されたんだ」

「…………」

「時期的には今くらいかな。 “俺からしたら数か月前”の学校帰り、部活の先輩で兄貴分のヒトと一緒に学校裏の沼に行ったんだ。 寄り道だった、特に目的の無い帰り道だったんだ」

 

 小日向未来は何も言わない。 彼の顔が年の近い少年とは思えないモノに見えたから。 少女はこんな顔を見たことが無かった。

 中学の頃の男子も、親も、周りにいるどんな男のヒトだってこのような顔はしない。 出来ない。 なんなのだ、この男が醸し出す雰囲気は? 分らぬ答えに少女が黙り込むと、深町が言葉を続ける。

 

「俺はそこでとんでもないモノを見つけてしまった。 偶然手に取り、何らかの不手際が重なったんだろうね。 気が付いたらこの間の青い身体の姿に変わっていたんだ」

「……あの姿に?」

「そうだ。 俺が手に入れたユニットG(ガイバー)通称ガイバーと呼ばれるそれは、肉体の瞬間改造システムだったんだ」

「かい、ぞう?」

 

 其処から基地で話したこと、今までどんな戦いがあったとかいろいろ話したり聞かれたりした。 つまらない話だろう? などと聞くと小日向未来がニガイ顔をするモノだから深町少年は対処に困る。

 

「じゃあ、あの。 今もあなたはそのクロノスという組織と?」

「いや、奴等は今はいない。 ……ちがうな、この世界にはいないんだ。 だから安心していい」

「??」

 

 すこしだけ深町の言い回しに疑問を感じた。 小日向未来は小首を傾げると自然、彼に視線を投げかけていた。

 

「いない、というのは?」

「え? あぁ、言ってなかったねごめん。 実は俺さ、この世界の人間じゃないんだよね」

「……は?」

「クロノスの首魁、奴との戦闘で全身を吹き飛ばされたと思ったらここに来ていたんだ。 この、ノイズに襲われている世界に」

「…………」

 

 何を言っているのか未来には理解が及ばなかった。 あまりにも簡略化された説明もさることながら、この男がそれほど重苦しい表情をしていないのも分らなかった。

 

「結構大事ですよね……それ」

「え? まぁ、そうだね」

 

 浮かない顔だ。 未来を見た深町はそう思うと自然、少しだけ朗らかな顔をする。 少しでも雰囲気を柔いものにしようと思ったのだろう、彼は少しだけ軽口を叩いてみた。

 

「うわ! また死んだー……っておもったらさ、この世界に転がり込んでてさ。 いやー、参っちゃうよねホント」

「……また、しんだ?」

「うぐ!?」

 

 しまったと声を上げなかったのは成長の証しだろう。 吐き出しそうになる言い訳をグッと堪えて呑み込んで、それでも出てしまう冷や汗をそっと拭う。 別段、ばれてしまっても構わないのかもしれないが、どうにも聞いて明るい話ではない。

 深町少年はここで無理矢理話題を変えることにする。

 

「とまぁ、いろいろあってさ。 俺はいまこの世界でノイズ撃退の手伝いっていうか。 みんなの仲間に入れてもらってるんだ」

「そう、なんですか」

「戦闘経験だとか、そう言うのがたまたま立花さんより上なのと、境遇が似てたの司令官のヒトが知ると、何となくチームみたいのを組ませてもらったりしてるんだ。 それでさ、この間も一緒に戦ったりしてね」

「偶然、ああなったと?」

「まぁ、そうかな」

 

 ……今日この店で深町は初めて嘘を吐いた。

 そう、あまりにも事態が事態だ。 あの変異については慎重にならなくてはいけないし、未来という少女に余計な心配をかけてもいけない。 だから彼はここで一つ、真実を伏せた。

 

「…………すみませんでした」

「え?」

「誤解だったとしてもあんなひどい事。 響にもあなたにもいろんな事情があったのにわたしだけ我が儘みたいに怒鳴ってしまって」

「そう言えばそんなこともあったよね」

「そんなことって……」

「俺は気になんかして無いよ。 けど、立花さんが大分困ってたみたいだからさ、もしも俺なんかに頭を下げるんなら先に彼女と仲直りしてほしい。 俺もそうなってくれればうれしいし」

「……はい」

 

 精神的ダメージは一度倒れてから立ち直った。 そう言わんばかりの明るい言葉に未来の表情が少し和らぐ。 申し訳なさそうにしているものの、その顔は以前見た警戒心の塊とは完全に別物だ。

 

「とにかくさ、悪いことしているわけでもましてやキミを嫌っているわけでもないんだ。 今まで通りってのは少し時間がかかるかもしれないけど、良くしていってよ」

「はい」

  

 これで小日向未来の案件は安泰だろう。 自分がここにきて崩してきたものを、いまようやく元に戻したのだ。 彼の安堵は大きい。

 

 しかし、そんな彼のため息を切り裂く悲鳴が木霊する!!

 

「きゃあーー!!」

「にげろ!!」

「な、なに?!」

 

 未来が立ち上がり周囲を見る。 途端、耳をつんざく警報が鳴り響きあたりを支配する。

 

「この音、まさかノイズ!」

 

 一瞬で理解した深町は座席をひっくりかえす。 すぐさま未来の手を引くと、急ぎこの場から走り出す。

 

「ここに居たら危険だ、今すぐ離れよう」

「あ、その――」

 

 捕まれている少女は顔を俯け、それ以上しゃべらない。 恐怖で言葉を発せないのだろう。 その姿を見た深町の中に言い知れぬ感情が湧き上がる。

 

「……こんなに怯えて。 奴らめ、これ以上好きにはさせないぞ!」

 

 それは闘志だ。 怒りだ。

 弱きものを挫く凶悪な刃に、深町少年の血液は一気に沸騰する。 心が激しく燃え上がり、心臓の音が高らかに鳴る。

 

「小日向さん、少しだけ離れているんだ」

「は、はい!」

 

 彼女と距離を取り、その場で拳を強く握る。 硬く、強く、奴らを打ち砕かんと決意と共に彼は叫ぶ。

 

 

 

「来い!! ガイバァァーー!!」

 

 

 

 叫ぶ彼の背後に、中身の無い怪物が現れる。

 強殖装甲の現界と共に周囲の地形が一瞬で崩れる。 異空間からの力に流入に耐えきれなかったのだろう、アスファルトもコンクリートも関係なしに消え去っていく。

 その間に深町少年の身体は瞬時に戦闘のそれに切り替わっていく。

 腕が、脚が、そのすべてを瞬間的に改造され、ここに戦闘兵器と変わった人間が現出する。

 

【ぽぅ?】

【……】

【!!】

 

 居た。 あたりをすり抜けながら罪の無い人々を蹂躙しようとするケダモノ達。 数は大体30と小規模だが、今現在戦えるのはガイバーだけという状態だ、油断はできない。

 

「あのネフシュタンの女は居ないのか。 しかしいつ増援が来るかもわからない。 小日向さん!」

「は、はい!」

 

 力強く少女に声をかける。 緊張しているからか上ずった声が帰って来るがそんなことを気にする深町ではない。 彼は、すぐさま彼女の腕をとる。

 

「ここから逃げるぞ!!」

「はい! …………はい?」

「今の戦力じゃ話にならない、立花さんが来るのを逃げながら待つ!」

「ちょ、ちょっと!!?」

 

 軟弱だとか格好付かないだとか、様々な視線を投げ飛ばす未来を前にして、青い殖装体深町晶は毅然とした態度を一向に崩さない。

 

「胸、張って言える状況なんですか……?」

「命あっての物種だしね。 ノイズを相手に俺だけじゃ勝てないのはさっき説明したろ?」

「確かにそうですけど」

「じゃあ逃げる!」

「……はい」

 

 未来を引き寄せ、一気に抱き上げるとそのまま腹部を光らせる。 重力コントロールだ、彼は一気に空へ舞い上げる。

 

「ソニック・バスター!」

【!!?】

 

 音波兵器をアスファルトにぶつけ、土煙を上げる。 奴らが視界に頼って行動するのが大多数なのはいままでの戦闘経験で学んでいる。 深町はそのまま追っての来ない空を翔けぬける。

 

「避難状況……確認。 よし、大方この地域から人は避難してるな」

「わかるんですか……?」

「まぁ、そう言う機能もいろいろあってさ。 ん?」

 

 頭部に掘られた溝、そこに添えられた金属球が蠢く。

 

「この生体反応と空気を伝わる固有振動数は……」

「無事か深町!」

「風鳴さん! 来てくれたんですね!」

 

 戦場を駆けぬける一振りの剣。 風鳴翼が蒼きシンフォギアを纏い、単車に騎乗し高速のライディングを見せつける。

 クラッチを切りギアを上げ、アクセルを吹かす。 速度を乗せれば片手を離し自身の武器……アームドギアを展開。 片刃の剣を作り出すとノイズを次々と屠っていく。

 

「す、すごい……でもあのひとって……!」

「風鳴翼……キミたちが良く知るあの人だよ。 彼女もまたノイズを此の世界から一掃するために日夜闘っているんだ」

「あの翼さんも……」

 

 蒼い旋風がノイズを消し去る。 それを見届けた深町は地上に舞い戻る。

 

「ありがとうございます、助かりました」

「ノイズ相手では仕方があるまい……深町、お前その子は?」

「……全てを聞いてもらいました」

「そうか」

「責めないんですか?」

「……お前が話していいと思ったのなら大丈夫だろう」

「すみません」

 

 鋭い刀剣を持ちながらかけられる言葉は優しく、包まれるかのようだった。 それを聞いた未来は目を見開くように見えて、驚きを隠せない。

 

「どうしたの?」

「あ、あの。 いつも学院で見る翼さんとはイメージが違ってて」

「そうなの?」

「なんかこう、近寄りがたいイメージというか」

「ぬ? そう見られてしまったか」

「ははは、風鳴さん初めて会ったときは大分張りつめてたからなぁ」

「そうか? ……いや、そうであろうな」

 

 既にノイズが居なくなったからであろう、翼が刀を下げて原子分解させる。 物質の再再構成を行うと柄だけになったアームドギアを脚部の収納部に差し入れる。 それを見て戦いが終わったのだと安堵する未来と深町であった……

 

 

 

 

 日が暮れて、皆が帰り路に付いた深町。 彼は長距離エレベーターを降りると自室へと足を向ける。

 ひたすらに長い廊下を歩きながら今日の出来事を思い出し、深呼吸。

 

「よかった」

 

 いままでいろんなことがあったが、ここまで清々しい気持ちになったのはそれだけ今回の案件が重く特異な物であったからだ。 戦いならガイバーで出来るだろうが、こと人間関係に至ってはユニットの力など無意味だ。 力だけじゃどうにもならない事柄をいまさらに理解した彼は気分よく自室へ戻っていく。

 はずだった。

 

「晶君」

「風鳴司令?」

 

 重たい声が彼に覆いかぶさる。 ここまで緊張感に満ちた声はこの世界に来て初めてだったかもしれない。 深町少年が何事かと表情を固めると、弦十郎が視線だけで彼を連れ出す。

 

「俺の、部屋?」

「……」

 

 音もなくうなずくと、彼等はそのまま部屋の中に入っていく。

 

「すまないな、脅迫じみたことをして」

「いえ、別にそんなこと。 ところでどうしたんですか? 司令が一人でここに来るなんて珍しいですね」

「……まぁな」

 

 深町は部屋に入るなり小さな冷蔵庫から麦茶を取り出す。 コップをふたつ用意して、氷を2個ほど入れてやると中身を満たす。

 

「キミに少し頼みがあってな」

「俺にですか? 別にいいですけど」

「いや、こればかりは話を聞いてもらいたい。 重要事項だ、心して聞いてくれ」

「?」

 

 いつになく厳格な態度だ。 今までいろんな顔を見てきたが、ここまで厳かな雰囲気を見せつけられるのは初めてだ。 深町は背筋を伸ばした。

 

「先日、国のお偉いさんたちの重要な会議が行われた。 国会などとは違い公にされない陰湿なものと言ってもいい」

「……ノイズがらみですか」

「察しが良いな。 そうだ、キミの言う通り我々2課を中心にとある作戦を通してもらう会議だ」

「作戦? ノイズを一掃する作戦か何かですか?」

「それならいいのだがな。 ……完全聖遺物のことは覚えているか?」

「前に見たネフシュタン。 アレの事ですよね」

「そうだ。 奏者が纏うシンフォギアを欠片とするのなら完全な形で現代に残った物、それが完全聖遺物なのだが、実はそれはな、日本にもう一個だけ存在するんだ」

「!?」

「ある場所に保管されているのだが、今回それをこの基地に輸送することになった。 これから先、激化するであろうノイズ戦闘の助けになるよう、更なるシンフォギアの解明を目的としてな」

「…………」

 

 このお題目、深町少年には何とも嫌な予感を持たせるものであった。 渋い顔を隠すことなく、弦十郎へと見せつける。

 

「本気ですか?」

「らしいな。 ……俺も正直今回の作戦は気乗りがしない」

 

 苦い顔は弦十郎も同じらしい。 思い出されるのは何時ぞやの災厄だ。 あのコンサート会場を蹂躙したノイズたち。 様々な人間の運命を狂わせたそこには、やはり今回と同じ代物が実験に使われていた。

 

「完全聖遺物にかかわるとロクなことが起きない。 これはキミも同じ見解に思える」

「そりゃ……あんなことが起きて、それで警戒するなと言う方が無理でしょう。 もう、悲劇は沢山だ」

「……あぁ」

 

 お互いに思うことは同じらしい。 気づけば空になっていたコップを深町はもう一度満たし、もう少しだけ会話を継続する。

 

「これは既に決定事項だ。 俺でさえ覆すことは出来ん」

「……それはそうでしょうけど」

「しかしだ、今回はあの時とは違う。 翼がいて響君もいる、そして……」

「俺の、いいや。 ガイバーの力がある」

「そうだ。 それに起動実験とは違い無関係な人間は極力関わらない作戦だ。 あのときのような事にはなるまいて」

「だと良いですけど」

 

 少しだけ息を呑む。

 否定的とはいえこの件で更なる戦力が手に入るのならもっと多くの人が救えるかもしれない。 以前、己の力の無さで多くの人に犠牲を出した彼は、しばし考え込む。

 思い起こされるのは様々な人の犠牲だ。

 名も知らぬ街の人々。

 見知った顔の友人、恩師。

 返しきれない恩をくれた地下研究所の人たち。

 

 もっと力があればあんな悲劇は起こらなかった。 それは、何時だって彼の脳裏に焼きついたことである。

 

 これを乗り切れば力が手に入る? チカラ……そう、力が手に入るのだ。

 

 だったら己がやる事はひとつだろう。

 

「俺、手伝います」

「……すまないな。 キミにはいつも重石を背負わせてしまって」

「平気です。 俺、こんなんで根を上げるほどひ弱じゃないですよ」

「……そうか」

 

 どこか強気になっていく自分。 いつもと違った心持に若干の不安を抱えつつ、彼はこの作戦の参加を決めたのだ。

 

 力が欲しい。 ……例えその力が危険なものだと知りながら。

 

 そう、そんな心の中に広がる音に自然、身体が動かされていたのだ。

 

「作戦決行は三日後の午後13時だ。 晶君にはあらかじめ殖装してもらい、例の生態センサーであたりを張ってほしい」

「反応が有ったらそこに向かうんですか?」

「いいや、まずは翼に出てもらう。 先遣隊とは言わないが、地上戦での速度ならあいつの方が分がある。 それにキミに動いてもらうとその後の動向を追えなくなる」

「なるほど……立花さんは?」

「彼女は輸送班に張り付いてもらう。 最悪、敵に接近された場合彼女に戦ってもらうことになるだろう」

「……そう、ですか」

 

 いまさらながらに索敵能力を持たないシンフォギア。 その弱点をカバーできる自身はこんな作戦におあつらえなのだろう。 弦十郎の構想に頷き、納得するとまたもコップを空にする。

 

「……結構時間が経ったな。 今日はここまでにしよう」

「え? いいんですか?」

「まぁな。 それと晶君」

「はい?」

「いま言った作戦、キミが参加するというのは誰にも報告していない。 響君はもちろんのこと、翼もだ」

「なんでそんなこと」

「……すこし、思うことがあってな」

「?」

 

 この時の弦十郎の顔を、深町少年はいつまでも忘れることが無かっただろう。 それほどに、彼の顔が少年には理解が及ばない代物だったからだ。

 

「ほんの、すこしだけ……な」

 

 弱々しく、見たこともない声で彼は呟いていたのだ。

 

「よし。 作戦会議はここまででいいだろう」

「あ、はぁ……ですけどなんで俺にだけ? むしろこの基地内では一番日が浅いし信用ならないって言ったら俺の筈じゃ?」

「……それは違うぞ、晶君。 むしろ君のようなもとは部外者だったからこそ、こういった案件を言いだせるんだ」

「どういうことですか?」

「キミが拾ったというガイバーの力は恐ろしい。 世界を変える力すらあると見える。 けど、それを正しきことに使える心は君自身の力だ。 拾いモノでも、ましてやもらい物の力ではない。 それに余計な知識がない分思ったことを素直に呑みこめるし、考えられる。 だからこそ、信頼できる」

 

 風鳴弦十郎は語る。 けど、それが意味することはただ一つだ。 深町は少しだけ思案すると、ためらいがちにそっと呟く。

 

「……裏切り者が居るんですか……もしかして」

「…………どうだろうな」

 

 答えが返って来るのに数秒の時間がかかった。

 これが意味することはそう言う事なのであろう。 そして、それを裏付ける案件は2年前に提示されている。

 

「コンサート会場の悲劇。 ……あの実験会場の実態を知っていたのは貴方たち2課と、国の上層部の何人か。 それであのタイミングで騒ぎを起こせて、尚且つネフシュタンを強奪出来る人物……」

「…………そうだな。 まず詳細を伏せられていた国の上層部にはできんだろうさ。 なら、考えられるのは2課(ウチ)の人間の犯行。 ……数々の偶然が重なった悲劇というには、あの事件はあまりにも上手くいきすぎた」

「そう、でしょうね」

 

 コンサートと称した実験会場。 そこには完全聖遺物があり、それを守れるものはたったの二人だけ。 けれど彼女たちは歌と戦いで手が離せず。 それどころか会場の出入り口は崩壊し、全ての人間が閉じ込められて、作られた出口に向かって走り出した人たちはあわてふためき足元を崩し、ドミノ倒しになり死傷者すら出した。

 

「…………それにあの事故の前から実験の妨害にならないように薬を摂取しなかったから■■■は力を発揮できなかったし……な」

「――晶、クン?」

「え? な、なんですか?!」

 

 一瞬だけ深町の様子がおかしかったと思ったがおそらく気のせいだろう。 いいや、もしかしたらあの事故に対して並々ならぬ思いがあるのであろう。

 数多くの悲劇を見てきた彼だ。 その思いは測り知れないだろう。

 

「……いや、なんでもない」

 

そう判断して弦十郎はそっとふたを閉じた。

 

「とにかくあの事件は決して偶然なんかではない。 誰かの作為的な犯行だ。 ネフシュタンが無くなったことから見てそれは明らかだ」

「それが誰か……なんてのはもう解り切ってますよね。 あの、ネフシュタンの女。 彼女のバックにはきっとそれなりに力を持った存在が居るはずなんだ」

「……その心は?」

「まず、あいつが持っていた杖のような物。 あれは恐らく完全聖遺物だと思います。 ガイバーの超感覚から見た予想ですけど」

「……なるほど。 だがそれだけじゃないのだろう?」

「はい。 もう一つは、奴が俺を的にしてきたこと。 俺の力がどれほどの物かわかってなけりゃ、普通狙うのは聖遺物を持った風鳴さん達の筈だ。 ノイズ一体に手こずる存在なんて価値はないでしょうし」

「……」

 

 それに関して弦十郎に文句はない。 むしろ賛成だ。

 彼の持つガイバーは対ノイズ戦を想定していない。 単体では力を発揮できず、あっという間に黒炭へと還られるのは初戦をみて明らかだ。

 そして、奴らがガイバーの存在を知っているのならば、当然ノイズだけをぶつけてくるはずだ。 その方が効率がいいし、何より倒すだけならそれで事が済んでしまう。

 

「……なのに俺を狙って来た。 それは恐らく奴らが聖遺物にはあらかた興味がなくなり、新たな可能性として俺を見出した。 そんなところでしょう」

「ガイバーという存在を知っていなければそんなことはできないだろう。 国への報告はしていない、つまりキミの存在と境遇を知っているのはこの施設にいる人間全員だな」

「――――ちがいます」

「なに?」

 

 弦十郎の推理。 それは正しくもあり間違っていた。 そうだ、正確にはもう少し範囲を狭められる。

 

「俺が初めてここにきて、パーティー会場でぼろを出したあの場に居た10数名だけです。 アレ以降猛省して、ボロを出さないように努めてきましたし。 まぁ、誰かがウッカリ話してしまったのなら別ですけど」

「……翼、響君はその対象から除いていいだろうな。 だから残るは…………」

「……」

 

 そう言い残し、その場の空気が重くなるのを深町は感じた。 疑心が暗鬼を呼び、それが心の中で蹂躙を始めようかというところ、部屋の向こうから何やら声が聞こえてくる。

 

「ショウくぅ~~ん! あっそびっましょーー!!」

『…………また、か』

「ショウくんったらぁ~~!」

 

 久々の誘い文句……と言っていいのだろうか。 女研究者の誘惑声に少年の心が揺れて身体が動く。

 

「もう少し待っててくださいね」

「あぁ! いまカンヌキ下ろしたでしょ!? なんで施錠を厳重にしちゃうかなぁ!?」

「それはご自身の心の中で相談してください。 俺としては理由なんて手の平だけじゃ足りませんよ?」

「ヒドイ! 酷過ぎるわショウくん!!」

 

 騒がしいドアを押さえながらため息ひとつ。 安穏とした空気を取っ払ってくれたことに感謝しつつ、それでも彼が簡単にカンヌキを上げることはなかった。

 

「まぁ、なんだ。 いろいろと懐疑心を与えておいてなんだが次の作戦では頼んだ。 ガイバーの探知能力が全てを握っているからな」

「はい、分りました。 もしもの時は任せておいてください!」

「なになに? おねえさんには内緒の話? あー! もしかしてショウくんのコイバナかしらぁ?」

『……はぁ』

「なぁにつまらない溜息なんかしてぇーもう、おねえさん拗ねちゃうぞぉ?」

「勝手にどうぞ……あとで付きあいますから、しばらく大人しくしててください!」

「……ちぇ~~つまんなぁい」

 

 科学者のおんな、もとい桜井了子を大人しくさせた深町はそのままコップを片付ける。 大きく、頼りになる大人の男と騒がしくも空気を盛り上げる大人の女。 そんな人たちに囲まれながら彼の今日は幕を閉ざしていく。

 三日後の重大任務を前に、少年はしばしの安息に身体を預けていく。

 

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