あれから三日目。 深町晶が聞いた話が本当ならば、この日は基地全体が緊張に包まれる日である。
完全聖遺物輸送任務。 そう、この難題をこなすために弦十郎から半部外者である深町少年までもが、複雑な面持ちでこの時を迎えたのだ。
2課のある施設のとある一室。 其処では現在、ブリーフィングが行われていた。
「我々は今回、完全聖遺物輸送任務を――――」
「……遂にこの時が来たのか。 俺、きちんとやれるだろうか」
重要な会議の中、深町晶は取りあえず形だけ参加していた。 司令である風鳴弦十郎と、技術的な説明を行うために横に佇む桜井了子が厳かに作戦内容を皆に説明していく。
「――それでだが、今回は立花響君を護衛に……」
『…………』
「みんな、緊張してるな。 ……なんだか遺跡宇宙船の頃を思い出してきた」
まだ決戦の時ではないのだが、肌にまとわりつくこの空気はまさしくあの時と同じだ。 クロノス遺跡基地最下層で行われた決起。 それを思い出した少年の背筋が伸びる。
「なぁに晶くん。 緊張しちゃってるの?」
「……そりゃあ」
「まったくもぉ。 なんとかなるわよ、なんとか」
「は、はは」
「ん?」
桜井了子が背後から抱きついてくるも、深町の表情は硬いままだ。 驚愕や羞恥よりも過去の出来事への悔いが心を多く締めているのだろう、彼のリアクションは低い。 そんな深町の姿が気に食わなかったのだろう、了子は抱きついたまま深町の耳に吐息を吹きかける。
「――――今日、何か起こると思う?」
「……そりゃ、思わないわけないでしょう」
「どうして?」
「2年前のコンサートだって狙われたんだ。 今回だって同じことが起こらない保証はないですよ」
「そうよねぇ、何しろ完全聖遺物だもの。 いわく付どころか実績があるものねぇ」
「……いやな実績ですけどね」
深刻過ぎて相手にしてられないという雰囲気。 深町が普段のやり取りすら忘れて風鳴弦十郎の作戦説明を聞き、今後の行動を思い描く。
「……もう、そんなに真剣になっちゃって。 今日はお留守番なんでしょ?」
「そうですけど。 でも何かが有ったら俺だって」
「そうならないように響ちゃんが頑張るんじゃない。 最近あの子もやるようになってきたし、大丈夫だとおもうわよぉ」
「……だと思うんですけど」
彼の懸念を消すかのような説明だが、それでも深町には心配事がある。 少しだけ俯くと思い浮かばれるのは白い甲冑。 赤い鞭を自在に操る少女を脳内に思い浮かべる。
「……もしもヤツが現れたら、立花さんだけでは」
「やつ?」
「あのネフシュタンの女の事です。 アイツは来る。 必ず今回の作戦に現れるはずなんだ」
「…………そうね」
自身はともかく、響は最近やっとノイズ戦に適応し始めたばかりだ。 そんな中に対人戦闘に陥ろうものならば……深町は“右手”を睨みつけるとそっと強く握っていた。
「それだけはダメだ。 奴と立花さんをぶつけるのは絶対に良くない」
「彼女じゃ負けるって事?」
「……勝ち負け以前の問題です。 彼女は、きっと戦えない」
低くつぶやかれた言葉。 どこか確信めいた深町の言葉に、了子は少しだけ眉を寄せる。 今まで見たことの無い、真剣を超えた表情をする少年。 そう、いうなれば鬼気迫る貌をする少年を、了子はいままで見たことが無かった。
何かあるのだろう。 そう考えると自然、彼女はこの話題を切る。
「そう言えば晶くん。 この間弦十郎ちゃんと内緒話してたみたいだけど、どうしちゃったのかしらん?」
「え? あぁそれは――」
「それは?」
不意に話題が変わって一気に表情が引き戻されていく。 さらにこの間の話を思い出すと、深町は何でもなさそうな顔で答えた。
「ガイバーのセンサーがどこまで使えるかってお話を」
「センサー? あぁ、あの頭部の溝にある球体の事よね? あれはわたしも気になっていたところなのよねぇ」
「そうなんですか? まぁ、シンフォギアには付いてない機能ですしね」
「そうねぇ。 ノイズだとかの出現だったり、位置情報だったりは基地からのバックアップが必要だから、結構後手に回ったりするのよ。 その点、晶くんのガイバーはそれらの工程を一気にすっ飛ばしちゃうからずるいわよね?」
嘘は言っていない。 只、言葉が足りないだけで。
聞かれたのはガイバーが作戦に加わってくれるかの同意と、その役割分担と、彼が持つ能力の質問だった。 だから、その内のひとつを答えた深町は嘘を言っていない。 だからだろう、了子は訝しげな顔をしていないし、深町も涼しい顔をしている。
そんな彼等は、少しの間を開けると話を続ける。
「今日の作戦で運ぶ完全聖遺物ってどんなものなんですか?」
「え? いまさら質問なの? いい? 完全聖遺物ってのは――」
「あ、いや。 そうじゃなくって。 どんな感じの聖遺物なのかなって」
「あぁ、そう言う事。 今回、ウチにやってくる聖遺物はかの有名な“デュランダル” ローランの歌とかに出てくる、天使からシャルル王に渡すように授けられたって言うアレね。 様々な逸話のある聖剣であり、別名、不滅の剣と称されるわ」
「随分と物騒な。 ……この世界ではそんなものまで現存するんですか」
「なに言ってるのよぉ。 現存も何も晶くんの世界だって外宇宙からの落し物が超古代から残ってるじゃない」
「それはまぁ、そうですけど」
正確に言えばこの星が出来てすぐあたりなのだろう。 どうにもそこら辺を深く思い出せない深町少年は、しばし考えたがやはりそれをとりやめた。 今は、其処が話の論点ではないからだ。
「で、そのデュランダルで何がわかるんですか?」
「それをこれから調べるんじゃない。 でも、もしも聖遺物の秘密に今以上迫れれば、翼ちゃん達のギアを根本からパワーアップできるかもね」
「それは心強いな。 嫌でも人数が少ないから、戦力的な補強はありがたいですね」
「えぇ、それに晶くんが居ると言っても彼女たちはまだ学生、負担も大きいでしょうし」
「はい」
中々考えているんだなと、深町はえらく感心する。 普段のオチャラケた態度とは比べ物にならない程の真剣な瞳に思わず呑まれてしまう。 だが、それもすぐになくなると、やはりいつもの了子に戻ってしまう。
「それじゃあがんばりましょうねん!」
「え、あっはい! まぁ、俺は留守番ですけど」
「あら? そうなの? てっきり今回の作戦には付いてくると思ったんだけど。 まだ、説明無いわよね?」
「え!? あ、あぁっと、事前に司令から相談があったんですよ。 警備に人員を裂いて本部の守りを手薄にしたくないだとかで」
「そうねぇ、敵はノイズだけじゃないものねぇ」
「え?」
「日本国内外にシンフォギアの存在を秘匿していると言っても、出るところには出てる情報はあるのよ。 で、それを見たお偉いさん方はなにを考えるでしょう~~」
「……兵器運用でもするんですか」
「まぁ、ね」
すこし、深町の顔が険しくなった気がする。
いつも弱腰……というより、優しく、強さという物を見せない男の子であるが、事戦いに対してある種の嫌悪感に近いナニカを持っている節がある。 少なくとも了子にはそう見えた。
どうしてそのようなことになったのか、少しだけ興味はある。
あのような強大な力を持つのならばそれを振るいたくはならないのか? この年頃ならば血気盛んになってもおかしくないし、好戦的な性格を見せてもいいはずだ。 だが、彼からはそれがまったく感じ取れない。
いままでの戦闘もそうだ。 彼が、積極的に殖装をしたことがあったか? いつだって誰かに求められ、状況に求められ、後手に回り、嘆きの声を祓うために奔走しただけではないのか? そして、それはあのネフシュタンの奏者を前にした時に顕著となった。
「………………苦労、してきたのね」
「どうかしましたか?」
「なんでもないわぁ。 さて、と。 そろそろ長いお話も終わる頃だろうし、ちゃっちゃと移送を終わらせちゃいましょう!」
「はい。 頑張ってください」
「まかせてねん! っと」
気持ちいいくらいのサムズアップを見ると、彼は了子に背を向ける。 そのまま出口を潜り抜けると自室へと向かうのだろう、特に迷いの無い歩を進めると、視界から消えて行ってしまう。
「…………頑張らないと、ね」
視線を下に動かした了子は、小さく呟きその場を去っていく。
しばらくして、深町が自室で待機している頃だろう。 別の場所で出発の準備をしているシンフォギア奏者たちは緊張を胸に戦前の空気に身を染めていた。
「…………」
その中でも、やはり立花響の緊張は多大な物であった。 無理もない、彼女は未だ素人だ、翼のように幼少のころからの訓練も無ければ、深町のような大きな覚悟もない。 まだ、巻き込まれて皆の手伝いをしているにすぎないのは自身にだってわかっているのだ。
心の中にあるのはこの任務を成功させること。 しかし、その裏にあるのは――
「あ、足を引っ張らないようにしなくちゃ……」
とても卑屈な考えだ。 彼女らしくない、深町が見たらそう言うだろう。 何にだってとりあえず突っ込んでいって、力がなくとも頑張って見せたのは彼女自身の心の力だ。 それは、誰にだってあるものじゃない。 それをわかっていたのだろう、一振りの剣が彼女に声をかける。
「立花」
「はい!?」
「……そう肩に力を入れるな、まだ始まってもいないのだぞ」
「で、ですがですね!? じょ、“じょうざいせんじょうのこころがまえ”というやつをででで――」
「なんだ、深町に聞いたのか? 確かに常日頃からその心に戦場に生きる覚悟を忘れぬ事は必要だろう。 されど用法を誤れば足枷にしかならない。 わかるな?」
「ど、どどど――」
「今は肩から力を抜け。 必要な時にいつでも全力を出せるようにしていればいい」
「あ、はい!」
休めと言われただけじゃこうはならなかっただろう、いま響の身体から力が抜けていくは、目の前の剣に咲いた“華”というものが心を安らかにしたからだ。 そう、目の前に見える小さな笑みは、響の心に少しの余裕を与えるに至る。
「そ、その」
「どうした?」
「ありがとうございます、翼さん」
「いや、礼を言われることなどしていない。 だがもしも本当にそれを言いたければ、この後の戦を生き抜いてからにしろ、立花」
「はい!」
小さな笑みのお返しに満面の笑みをする響。 彼女がいつもの調子を取り戻せば翼が表情を引き締める。 それを見て、もうすぐこの時間が終わると直感したのは言うまでもない。 ガングニールをもつ少女は戦前の空気を思いっきり吸い込んだ。
「……絶対、成功させて見せます」
「あぁ、そうだな」
青と橙色が並んで立ち上がると、彼女たちは歌を口ずさんだ――――
「そろそろ、俺も準備したほうがいいんだろうな」
ある場所、とあるビルの最上階でそのものはたたずんでいた。 遠くで始まろうとしている騒動を肌で感じ取り、それでも彼女たちのもとへと駆けつけないのは深町晶だ。 彼は今、風鳴弦十郎の依頼のもとに極秘裏で行動を起こしていたのだ。
「でも、俺はこういうのはいやだな。 保険とはいえ仲間を疑うだなんて」
そう出るのは仕方がないだろう。 前にいた世界、いや、彼自身の世界では常に仲間たちが一致団結してクロノスとしのぎを削っていた。 たとえその裏に黒い意志が見え隠れしていたとしてもだ。
運命を共同し、互いに命を懸けるからこそ強い団結力を生む。 そこには当然として強固な信頼関係が築き上げられているはず……なのに。
「俺を狙うネフシュタンの女。 奴がそれを裏付けている……そう考えていいのか? 俺たちの勘違いなんじゃないのか」
深町はここにきて迷っていた。 彼は異邦人であり、そんな自信を助けてくれた上に仲間だと言ってくれる源十郎達。 彼らの中に裏切者がいるだなんてどうしても思えない。 聞くものがいれば甘いと断じるだろう、それでも少年は思わずにはいられなかった。
「俺は、あの人たちを信じたい。 きっと何かの間違いだ、偶然だと……思いたい」
語尾は弱い。 あまりにもわかりやすい自信のなさに、我ながら嫌気がさしてきそうだ。 それをごまかすかのように少年は拳を握る。
「もう、時間か。 とにかくやろう、いまできることに俺の全力を注ぐ……いままでやって来た通りじゃないか」
無理やりにでも自身を納得させると志向を切り替える。 今やるべきことは完全聖遺物を無事に2課へ届けること。 そして来るであろう妨害をはねのけることだ。 それを完遂するにはどうすればいい? 答えは少年の背中にあるはずだ。
「行くぞ! 来い、ガイバー―!!」
深町の背後に光があふれるとそのまま彼の体は青い装甲に覆われていく。
全身を戦う体に作り替えた殖装体は、着地と同時に頭部の金属球を細かく動かしていく。
「風鳴さんたちはすでに移動したな。 ここから南西に2キロほどに立花さんが、南東には風鳴さんがいるのか。 挟み込んで護送するというのはわかるけど、輸送車の近くにいなくていいのだろうか?」
本来ならば奏者の誰かを護送直近に置くべきところなのだろうが、あえて二人とも話して行動させている。 その意図がいまいち掴み兼ねた深町だが、よくよく考えてみればすぐにわかることである。
「…………俺の能力頼りってことなのか。 責任重大だな」
ガイバーの超感覚による広域探知を、風鳴弦十郎が織り込まないわけがなかった。
輸送車からあえて護衛を遠ざけることにより敵を誘い出し、その目論見を外して奇襲をけしかけたとしても今度は2人の奏者が左右から襲ってくる。 それに、もう一つの戦力がどこかに潜んでいる。
そう簡単に手を出せないし、仮に突破されるようなことがあってもガイバーの飛行能力が敵を逃がさない。 まさに2年前の事故を念頭に置いた作戦であるが、この作戦は一つだけ穴がある。
「……な、なんだ!? 周囲に空間のゆがみが!」
そうだ、例え護送任務だとしても……
「この反応は……まさか!!」
【……フゥ】
【ぷぅ?……】
【……】
【……】
――――――――――――――――――――――【…………………】
ガイバーを一人にするべきではなかった。
振り向く深町の背後には無数のノイズがはびこっていた。 大きさにして180センチの人型が20体と、それを優に超える中型が10体。 さらにその背後、ビルの下から鈍い色の頭部がこちらを見上げていた。
……高さが30メートルを超えるビルの屋上に、顔をのぞかせているのだ。
「多い、それにでかい!?」
【!】
【!!】
「くそ! まさか最優先で俺を狙ってくるなんて!!」
ここには歌もないし聖遺物もない。 太古の遺産はあれどやつらに対抗するために作られたものではない。 今まで、さんざんノイズを撃退してきた深町だが、それは響たちの力を借りたからこそ。
今現在、ガイバーにここを打破する力はない。 ……そして――
「こ、これは!?」
【――――!!】
「くそ、邪魔をするな!! ……遠くのほうでも空間のゆがみが……この数、ここよりもさらにひどいぞ。 立花さんたちが危ない!!」
彼女たちとの連携は完全に崩れた。 本来ならば作戦の舵を取るべき存在があっという間にいなくなったのだ。 状況はすでにめちゃくちゃ、舵の取れない船は迷い、沈むだけだ。
それを深町は一番よく分かっている。 だからこそ、誰よりも焦る。
「どけ! どいてくれ!! お前たちと遊んでいる時間はないんだ――」
【―――っ!】
「ぐっ!?」
一匹のノイズを合図に、まるでマシンガンがごとく襲い掛かって来るやつら。 身をひるがえし、腹部の重力制御球をフル稼働させた深町は人体ではありえない軌道でよけきって見せる。 一発でも当たれば即座に炭化が進む現状、ガイバーに反撃はあり得ない。 彼はひたすらに避ける。
「くそ、焦るな……一瞬だ、一瞬だけ隙を見て一気にここを離脱するんだ」
苛立ちが積み重なっていく中、深町は奴らに向かいあうように立ち尽くす。 狙いを定め、口元に意識を集中させると金属球を揺さぶる。
「ソニック・バスター!!」
【……?】
だが、それが奴らに届くことはない。
調律のされていないノイズにガイバーの攻撃は効かない。 そんなことはこの世界にきて最初の日に嫌というほど味わわされている。 だから、彼が狙うのはノイズではない。
……ビルそのものだ。
【!!?】
「足場を崩した、飛べない貴様らはしばらくそうしてろ!」
空に浮遊して眼下に奴らを収める。 幸いと飛行型がおらず、今の自分を追いかけられる存在はいない。 ここで殲滅しておかなければ二次被害が出るかもしれないが、事は急を要する。
「まずはみんなと合流しなくちゃ。 風鳴さんは順調に数を減らしてるな、だったら俺は――」
深町はまず立花響のいる方向を見て、叫ぶ。
「―――――――――ぐぁぁあああああ!!?」
絶叫だ。 ガイバーのバイブレイション・グロウヴが激しく振動する。 その激痛の正体は自身の左側からだ、彼はすぐに視線を送る……そこには、何もなかった。
「……腕が……ノイズに食われた……のか!?」
ひじから向こう側が何もない。 それを確認すると即座に右の高周波ソードを伸長させて、左側の二の腕を叩き落す。
「ぐぅぅ!? ……こ、これで炭化能力が広がることはないはずだ。 だが……」
頭部の金属球がうごめく。 たった今襲い掛かった存在をこのままにしておくわけにはいかない。 そう、警戒したのだがガイバーのセンサーをもってしてもその存在を見つけることができない。
目視による索敵も、先ほど目の前に蔓延っていたノイズ以外の存在を確認できずにいた。
「……見失ったか。 俺を襲った存在は気になるけど、立花さんが劣勢だ。 急いで合流しなくちゃ」
言うなり即座に空の向こうへ跳んでいくガイバー。 彼の判断は正しく、そして迅速であった。
「行ったみたいね……」
深町晶の判断は正しかったはずなのだ。 仲間の危機を悟り、自身の状況とを重ねればこの行動は間違いなかったのだ。 だが。
「これが、ガイバーの腕」
先ほど半壊したビルの上に、何者かの声がこだまする。 だがおかしい、人がそこにいるのなら有象無象の雑音どもが食らわないはずがないのだ。 なら、この者は人ではない……のか?
しかし、それは確かに人の形をしているし、誰が見ても人間そのものだ。 それでも、ノイズたちがその者を襲うことはついになかった。 それどころか、ソレに道すら譲っている。
そんな怪異の存在は、ビルに落ちた青い腕を拾い上げると表情をひきつらせる。
「これ、まだ生命活動をしている……いいえ、主を失ってようやく自分で動き出したかのよう。 なるほど、ネフシュタンに似ている」
忌々しくも興味深く、そして……妖し気に。 黒い笑みを浮かべたその者は、傍らに置いてあったアタッシュケースを開くと、青い腕をその中にしまい込む。 カシュン……という音が聞こえると、ケースの中身が急速に温度を下げていく。
「生命というのなら対処方法もある。 さぁ、いまはゆっくりお休み……」
そう言うとその者は忽然とビルの上から消えていった。
「急げ! 立花さんが危ない!!」
高速で空をかけるガイバーⅠ、深町晶。 彼は負傷したとは思えないほどの気迫を胸に、立花響が交戦中の現場へと急ぐ。 道中の静けさや、自信を妨害してくるノイズが存在しないことに違和感を覚えながらも、彼は流星のように空を走る。
「――――どこだ!!」
「……ふぅ……ぐぅ!?」
「居た!!」
ガイバーの超感覚を頼りに細かい道順をたどると、そこには拳を握る少女が一人、多数のノイズに囲まれていた。
深町が駆け付けるまでおおよそ10分という短い時間だが、戦闘中のものから見れば永遠にも等しい時間だ。 彼女は、そんな絶望の中でまだ心を折られていなかった。
「立花さん!!」
「……え?」
見つけたと同時に深町は自身の胸元に手を差し出していた。 鳩尾を指でさすり、つかみ、広げていく。 展開された装甲の下に眠るレンズ体が外気に触れると何処からか膨大なエネルギーが収束されていく。
響はそれを見たとき、とっさに空へ舞い上がる。
「くらえっ!
まるで逃げるように飛びのいた響の後に通過する素粒子砲。 あまりにも莫大な威力を持つそれは、今まで響が相手取っていた大多数のノイズはこの粒子砲に耐えられず原子の塵に還っていった。
「ふ、深町さんどうして?! 作戦には参加しないはずじゃ――それに左腕が!!?」
「こ、これはいいんだ。 それよりも大変だ立花さん! 敵に裏をかかれてしまった」
「どういうことですか……?」
「巧妙に隠れていたつもりだったけど、敵に位置を知られた挙句攻撃を受けた。 しかもみんなとの連絡を断った上でだ」
「そ、それって……」
「作戦が敵に筒抜けだったんだろう。 おそらくだけど、内通者がいるんだと思う」
「!?」
今回ばかりは深町は断言する。 いくらなんでも風鳴弦十郎と自分だけの内緒話ですら見抜かれたのだ、それなりに深いところで探りを入れられているのだろう。 戦闘のさなかにおいて聞かされた信じられない言葉に、響は困惑する。
「で、でも! どうしてわたしたちの邪魔をするんですか! ノイズからみんなを守るために戦ってるのに」
「それが気に食わない連中がいるのか、はたまた俺達には想像もできない思惑で動いているのか……」
「……」
兎に角今はこの事態を片付けないと。 深町が響を制している間にもうごめくノイズたち。 それに向かってガングニールが吠えようとする。 だが。
「ソニック・バスター!!」
「!!?」
【…………!?!?】
響がこぶしを握った瞬間にはケリがついていた。 触れれば自身が消えてしまうノイズたち。 だがガングニールと合流したことで通るようになった攻撃は、奴らの固有振動数を完璧に捕らえた深町により奴らを消し去る威力を持たされる。 容赦のない攻撃がノイズを一掃した。
「深町さん手慣れてきましたね……」
「そうかな? いや、立花さんがいなけりゃこんなことはできないよ」
「そんなわたしなんか……あはは!」
謙虚に答える響に微笑み一つ……といってもガイバーは表情が変わらないため、なんとなく雰囲気を出して見せる深町。 少しだけ和らいだ空気に浸ることなく、彼らは即座に足を動かした。
「とにかく急ごう、風鳴さん――はもうケリが付きそうだな。 輸送車のほうへ走ろう」
「はい!」
人気のない路地を走り抜ける青い殖装体。 その後ろを同じく駆け抜ける響はふと思うのだ。
「……そういえばどうしてノイズの味方をする人がいるんだろう」
その疑問はおかしなものではある。 自然現象と銘打った奴らに味方がいるとは思いにくい。 響は頭を紺がらせると志向を切り上げ、ただ兎に角深町の背中を追うことに集中する。
走り抜け、川が横切っているところは深町に抱えられながら空を飛ぶ。 すると20メートル前方だろうか、大きな黒塗りのワゴン車が彼らの前を走っている。
「あれだ! なかの状態は……平気そうだな」
「ここからでもわかるんですか……?」
「うん、とりあえず大丈夫そうだ」
ガイバーの超感覚で透視まがいをしてみせると響を下して先に車へと接近して見せる。 時速50キロに対して飛行能力で追いついて見せた深町は中の運転手に声を“当てる”
『大丈夫ですか?』
「が、ガイバーだったか! どうかしたのか?」
相手の声は超感覚で捉え、こちらの声はソニック・バスターのちょっとした応用で届けてやる。 深町は火急のようだと伝えると、うなずいた運転手とそのまま並走して翔け抜けていく。
『敵の追っ手があるかもしれないですが、かまわず進んでいってください』
「いいのか? そんなこと」
『それしかないです。 この積み荷は置いていくことも敵に渡すこともできないですから』
「わかった、そうしよう」
迷いがとれたのか、男はハンドルから左手を離すとアクセルと一瞬だけ踏み込む。 突然のアクセルワークにうなりを上げるエンジン。 それを聞いた瞬間に男は左足を踏み込んで左手でシフトを上げる。
足を離しクラッチがつながると一気に車が加速する。 スピードメーターが跳ねた輸送車は法定速度を超えようとしていた。
「よし、車はこれでいい。 あとは空間転移に気を付けながら……!」
奴らの十八番に用心しながら深町は強殖装甲越しに不吉なものを感じてならない。 ノイズには絶対にあるはずのないものを感じるのだ。 そう、これは前に彼が雨の日で受けたものと同質の物。
感情が渦巻き、それがナイフのような切れ味を持った憎悪に他ならない。
「危ない!!」
「うわ!?」
ふいに輸送車へ飛んできた凶刃に、深町は体を盾にする。 空いた右腕で頭部を隠しながら背中に刃を充てることで何とか攻撃をしのいだのだ。 接触した個所を反らして受け流したが多少の傷が装甲に走る。
その時の切れ具合と感触に、深町は少なからずデジャヴを感じ取る。
「今の切れ味……また、アイツか!」
「…………」
青い装甲に、白い甲冑が立ちふさがる。
輸送車はいまの衝撃で速度が落ちたが、深町はそれどころではない。 何度も対峙してきた白き甲冑だ、対処もわかってきてはいる。 だが、今日に限っては深町の警戒心は最初から振り切れていた。
「……コロス」
「様子が変だ、なにかおかしい!」
すかさず車を止めさせる深町はその前に立ち甲冑と輸送車を断つ壁となる。 左腕の負傷をものともしない気迫は甲冑の女にも届いているはずなのに、それでも気後れせずに殺意だけをガイバーに飛ばしてくる。
やはりこの女、今日は様子がおかしい。 深町は右手を強く握った。
「もうやめろ! 今日は俺だけじゃない、ほかにも仲間がいるんだ、お前じゃ勝ち目はない!!」
「……オマエ、だけは……」
「聞こえているのか! もうあきらめろ!」
「コロシテ……ヤル……」
「こんなことはもうやめるんだ!!」
「ガイ、バー……!!」
女が赤いクリスタル鞭を深町に襲い掛からせる。 縦横無尽360度の攻撃範囲は五日の戦闘で身をもって体感している。 襲われないよう距離を取り、鞭の範囲外から射撃をするのが正解だろう。
「うぉぉおおおおお!!」
だが、ここで深町がとった行動は驚くことに正反対の突撃であった。
「貴様の攻撃は軌道ごと見切った!」
「―――ッ!」
鞭がしなれば輪を作り、そこに小さな空間が出来上がる。 何とか身一つが入りそうなそこにグラビティ・コントローラーを作動させたガイバーが突っ込んでいったのだ。 あまりにも打算も何もない戦法に、ネフシュタンの女は驚愕に顔を染める。
「くらえ!!」
「――なんて思ったのかよ!?」
「なに!」
だが彼女も何も考えていないわけではなかった。
数度にわたるガイバーとの戦闘は彼女にも成長のチャンスを与えていたのだ。 しならせた鞭を巧みに操り、腕を特殊なひねりで引っ張り上げると空間が一気に狭まっていく。
当然、そこをくぐるガイバーの体を引き裂きながらだ。
「グゥゥ!?」
「どうしたガイバー! この前の勢いはッ! どこに行ったよ!?」
鞭に絡められたガイバーは無様にも大地に倒れ伏してしまう。 簀巻きのように鞭が絡められている中、ネフシュタンの女がゆっくりと近づいてくるのを超感覚で捉えることしかできない。
死が、近づこうとしている。
「さんざん手間ぁかけさせやがって。 この間のようにはいかねぇ、そのまま切り刻んでやる」
「くそ……片腕さえなくなっていなければ……」
「ハン! そんな言い訳が通じるとでも思ってんのかよ!」
言うなりぎりぎりと締め上げられるガイバーの体。 銃弾さえ防ぎ、ダンプカーの突進さえ物ともしない彼の体が引き裂かれていく。
「もう終わりだ、ここで――」
グチグチと音を立て、細胞をずたずたに切られていくのを聞きながらネフシュタンの女の口元は歪にねじ曲がっていく。 だが深町は見逃さなかった、勝利が近いからか薄らいでいく彼女の緊張感を。
「いまだ!!」
「なに!?」
右腕の高周波ソードを展開、そのときの衝撃と、もともと触れていた腕に密着していた鞭が刃に触れて勝手に切断。 この間わずかコンマ以下の出来事だ。
これで身が軽くなった彼は一気に飛翔、眼下に女を収めると頭部のビーマーを赤く光らせる。
「これで――」
「な!」
「どうだ!!」
「!?」
彼女が持っていた鞭の、その手元をビームが横切れば切断して見せる。 手元から武器が無力になり、それが道路に向かって自由落下を始める。 茫然自失になりかけるも何とかそれを視線だけで追っていくネフシュタンの女だが、追うべきはそこではない。 彼だ。
「はぁぁぁあああああああ!!」
「くっ!? そう何度も不意打ちを食らうかよ!!」
クリスタルが地面に落下する。 同時、ガイバーとネフシュタンが交錯すると両者は互いに膝をつく。 青い拳と、白い脚とが互いの正中線を捉えたのだ。 女は当然として、装甲に包まれたガイバーですら呼吸を荒げて体を揺らしている。
「前よりも断然手ごわい……」
「この間よりもめんどくせぇ――」
悪態を取る白い女だが、見た目よりもダメージは大きい。 決着を急ぎたいが、この男に対して焦りは敗北に直結することを女は理解していた。 下唇を少しだけカム。
「お前がいなけりゃこんなことにはならなかったんだがなぁ」
「そんな自分勝手。 そっちこそ一体どれほどの被害を生んできた! いくつの涙を流させてきたんだ!」
「うるせえ! それでもやらなくちゃいけねえことだってあんだよ。 それをてめぇは……てめぇさえ、お前なんかが居なけりゃ今頃――」
顔をひきつらせて、まるで痛みを押さえつけるような女はここで恐るべき行動に打って出た。
「――くそ! でてくんじゃねえ!!」
「な、なんだ……アイツは何をやってるんだ……?」
負傷した自身の腹部を、なんと手に残っていた鞭のかけらで引き裂いていくのだ。 ガシガシと忌々しそうに己の腹を裂いていく彼女は、いいや、よく見ると違う。
「自分で甲冑を……削っている?」
「クソ、クソ!!」
「何がどうなっているんだ……いや、まてよ」
ガイバーの超感覚が彼女を“観る”
白を基調とした彼女の甲冑だが、ガイバーにはそれがいま黒く見え始めていた。 むしろ、白いところはすでに末端部、つまり手足の部分にしか確認できない。 これは、黒が白を蝕んでいるということにほかならず……
「た、立花さんの時と一緒だ……お、おい!」
「うるせぇ! こっちにくるんじゃねえ!! ……こいつ、おとなしく……ぐっ!!?」
「まずい、彼女はいまネフシュタンに取り込まれてるんだ……あの時のガイバーⅡと同じようにこのままじゃ……」
「ぐあああああ!!?」
「!?」
返って来る声は尋常ならざるものだった。 姿勢から低いそれはまるで獣の唸り声のようだ。 飢えと渇きとが混ぜ合わさり、人外なるものだという印象を深町に与える。
確実に様子がおかしい。
「オマエサエ、イナケレバ……コォォォガ、アァ」
「自我がはっきりしていない……まさか聖遺物に操られているのか?!」
「ギィィィイイイイイイイッッ!!」
「くそ、彼女の意思がない! ならどうすればいい!!」
襲い掛かる獣に対してガイバーは一旦姿勢を低くとる。 背中に強烈な風を感じると上空に跳ねて大地を眼下に収める。 白い甲冑に“着こまされた”彼女も同時にガイバーを目で追っていた。 視線が、瞬間的にあってしまう。
「ガアアアアア!!」
「どうすればいい……どうすればいい!?」
解決方法ならあるではないか。 いつものように胸部粒子砲で焼き殺せばいい……獣化兵のようにコロスなら一瞬だ――――
まだ、救う手立てがあるかもしれない存在を? そんなことできるわけないだろう!
深町少年の脳内では、まるで渦巻くように二つの思考がぶつかっていた。 コントロールメタルからの的確な指示を、そうじゃないと振り払って別の道を模索する彼。
「シャアアア!!」
「くっ?!」
乱れる思考のなかでも甲冑からの攻撃を回避し、的確な位置にこぶしをヒットさせていく。 成人男性の数十倍の腕力を持つ怪物ですらいとも簡単にねじ伏せるガイバーのこぶしを受け、遠くへ吹き飛ばされていくネフシュタンの女。 それを見て少しだけ動きが止まる深町は見る……彼女の、瞳から色が消え去っているのを。
「もう、だめなのか……?」
「ガァアアアア!! ウアァアアア!!」
吠える彼女に深町の意思は揺れ動く。 見え隠れする最悪な決意に、白き甲冑が青い装甲に襲い掛かる。
先ほどの戦闘からすでに5分以上が過ぎ、強殖装甲のエネルギーも存分に回復した……
「キミはすでに人ではなくなってしまったのか……?」
少年は戸惑い、彼女は意識を失いながらも憎悪のままに襲い掛かる。 最悪な事態を前に、深町は自然と胸部装甲に指を添えていた。
「キシャアアア!!」
「だめだ……だめだ!!」
温まっている装甲内。 襲い掛かる彼女との絶妙な距離。 ちょうどよく開けた周囲との空間。 すべてが整ったこのときを逃せば、いつまたチャンスが巡ってくるかわからない。 ……迷うことを許されない瞬間に、ガイバーはつかんだ装甲を確かに開いた。
「くそォォオオオオ!!」
獣が襲い掛かり、懐に潜りこんだ瞬間……少年の咆哮が轟いた。