強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第19話 なぜ、手を伸ばしてくれないの

 襲い掛かる毒蛇に対し、深町は反撃に打って出る。 胸元まで接近を許したが反撃できない間合いでもない。 

 ソニックバスター……それは聖遺物が出す特殊な力場が阻害してうまくいかない。 ならば圧倒的な威力をもって処理すればいい。 ガイバーのコントロールメタルが激しく発光した。

 

「メガ――――」

 

 まるで同期するように激しい熱量を発する胸部装甲内。 切断を免れた右腕を鳩尾に添えると一気にこじ開ける。 狙いを定める、そう思考が決まった瞬間にコントロール・メタルからの指示が体を、否、脳を動かして狙いを反射的にネフシュタンの女に定める。

 

 ずれることがない照準。 あとは、少年の号令を待つだけだ…………

 

「うおぉぉぉぉおおおおおッ!!」

 

 その咆哮は、まるで布を裂くような音を奏でていた。

 ――――だが。

 

「だめだぁああーー!!」

「なに?!」

 

 横槍が蛇を吹き飛ばす。 入れ替わったのはオレンジの装甲を身にまとう少女……立花響だ。 彼女は体ごとぶち当てるとネフシュタンを吹き飛ばし、深町の正面に立ちふさがる。 

 今にも放とうとしていた粒子砲を、無理やりにかき消した深町は掴んだ胸部装甲を力なく閉じた。

 

「やめて、ください……深町さん」

「立花さん……俺は……」

 

 またも彼女に助けられた。 助けに来たはずなのに、結局は少女に救われた深町。 危うく同じ罪を塗りなおすところであった。 それを自覚する前に彼は膝から崩れ落ちる。

 

「はぁ……はぁ……!」

「ふ、深町……さん?」

 

 あまりにも挙動が不審な彼に、”そのこと”を知らない立花は手を差し出そうとする。

 

「ギィィィイイイイイイ!!」

「!?」

 

 だがその手は届かない。

 吹き飛ばしたネフシュタンの女が、さらなる鋭さで深町を狙うのだ。 とびかかり、遅いかかる彼女を前に深町は……動けない。

 

「や、やめて!!」

「シャアアアア!!」

「どうしてこんなことするの!? おなじ……同じ人間同士なのに!!」

「よ、よせ……その子は、もう……」

 

 悟っている少年だが、それでも少女はあきらめない。 怪異の攻撃をすんでのところで躱すとその攻撃を、その腕を、身体を使って掴み、とどめる。

 

「話を聞いて、ねえ!」

「無理だ立花さん……その子にもう意識はない、もう……だめなんだ」

 

 立ちふさがる響に対し、理性が残っていないのだろう、ネフシュタンの女は……蛇は無防備に体をさらす響に牙を立てる。

 

「キャア!?」

「た、立花さん!!?」

「う、うぅぅ……けほ、ごほ……」

「ガングニールの装甲がひしゃげている……なんて威力だ」

 

 

 自身がそうであったように、彼女にもついに悲劇が訪れてしまった。 深町の声に諦めの色が塗られていく、だが、その奥に微かだが存在するのは確かな怒りだった。

 ネフシュタンでも、ましてやまだ粘る響にではない。 ……この事態を考えておきながら防げなかった己の無力をだ。 

 

「き、キミは下がっているんだ……あとは……俺がケリを付ける」

 

 だから、この体を立ち上がらせることができる。

 深みに嵌まっただけの物ならば救い上げることができる。 だが、落ちてしまったものを救うすべをガイバーは持たない。 彼のその力は戦うものだから、人とのつながりを断ち切ってしまうものだから。 だから、彼はその力を落ちてしまったものに行使する。

 これ以上、あの蛇を苦しませないように。

 

「ケリってなんですか……?」

「え?」

「深町さんは……深町さんは覚悟を決めたんじゃない! あきらめてるんです!」

「だけど彼女はどう考えても手遅れだ。 なら、これ以上罪を重ねる前にこの手で――」

「それがあきらめてるって言ってるんです! 今日の深町さんおかしいですよ! いつだってあきらめないで、わたしを引っ張ってくれたいつもの深町さんはどうしたんですか!!」

 

 それを違うと、間違っていると己の思いを突き進む槍がある。

 ガングニールを纏う少女の一喝に、だけど深町の心は奮えない。 ……むしろ、事態は最悪まで落ちていく。

 

「キミに……」

「え?」

「キミに俺の何がわかるっていうんだ!!?」

「――ッ?!」

 

 ついに、ついに……こんなところで深町の限界は超えてしまった。

 

 襲い掛かる蛇の攻撃をいなし、ガイバーのパワーアンクから増幅された攻撃を叩き込むと、蛇をしばらく沈黙させる。

 

「この世にはできないことのほうが多い。 だけど、その中でも何とかしないといけないときは必ずある、それはわかるさ。 だけどだめなものはダメなんだ、無理なことはできない。 救いたいと思っても手が届かなけりゃ意味ないし、届かせても相手が握ってくれなけりゃ無意味なんだ! ……俺には、できなかったんだ……」

 

 あの逃避行のかなたで、ようやく見えた光を一瞬で奪った出来事。

 父が子を、子が父を殺しあう状況などだれも望んじゃいなかった。 それを強要されたとき、子は親に殺され、親は息子が消し去った。 この世に、生きた痕跡すら残らないように。

 頑張った、何とかしようとした。

 けどガイバーになった深町の手でさえ、何かを守るには何かを見捨てる選択をしなければならなかった。

 

 そう、そんな悲痛な出来事があったからこそ、彼はつらい現実を知ることができたのだ。

 だから、多かれ少なかれ”不幸”を経験しただけの少女の説得はただの傲慢にしか聞こえない。

 

 だけど、だ。

 

「キシャアア!!」

「うおぉぉおおお!!」

「あ、あ……」

 

 蛇が襲い掛かる。

 その事実を前にガイバーはすでに鬼となった。 右腕の高周波ソードを伸ばし、相手の鞭を一刀両断。 苦しみあがく蛇の周囲を超音波で砕いて身動きを封じる。

 

「もう、迷わないぞ……」

 

 だけど……だ。

 

「ネフシュタン! 再生するといっても跡形もなくなってしまえばそうもいかないだろ……」

 

 動けない奴を前に温まったレンズ体をさらすガイバー。 呪詛のように言葉を漏らすと、言葉のない叫び声をあげて胸部を激しく発行させた。

 

「原子の塵に還れ!! メガスマッシ……………」

「やめてぇえええええッ!!」

「!!?」

 

 ガイバーの下半身が大きく揺さぶられ、射線を盛大にずらしてしまう。 打ち上げられる特大の砲撃は、さしもの蛇ですら直感的に身を引く威力だ。

 数瞬の後、粒子砲の放出が終わり、胸部装甲を閉じ切ったガイバーは自身の足元にしがみつく少女をその眼で捉える。 ……腹の底から、黒い感情が込み上げてきた。

 

「なぜだ、なんで俺の邪魔をしたんだ!!」

「だって……だって……」

「その子はもう助からない! さっきの攻撃でそれがわかっただろう!? だったら、引導を渡してやるべきなんだ! それは……早いほうがいい」

「でも……こんなことって……ないですよ……」

 

 覚悟を決めたと、自身で思っていた。

 だけどそれは分別をわきまえたということではないのか? 深町の心にわずかばかりの疑問が生まれる。

 

「ふ、深町さんが今までどうして来たかなんて……わたしにはわかりません……きっと、とってもつらかったとしか言えないです……」

 

 少女が、ガイバーの足をつかんだまま離さない。 それどころかつかむ力は先ほどの比ではなく、力強い。

 

「でも、だからって今をあきらめないで!! わかるんです……聞こえるんです! あの子はいま苦しんでる……救ってあげたいんです!」

「そんなことあるわけが……もう、彼女の意識は聖遺物に――」

「理屈なんかじゃない!! 聞こえたんです! あの子の声が!! ……だから、あきらめないで……」

「!?」

 

 彼女の言葉はどこかで聞いた覚えがある。 けど、深町の記憶のどこを探ってもそんな声など見つからない。 聞いたことのない声、知らない詩。 けど、確かに彼の体の芯に響いてくるそれは……

 

「手を伸ばすことをあきらめないで!!」

「――――――ッ!!?」

 

 たった一つの歌だった。

 力強く、決して曲がらない心を持った”あのひと”のココロのありざま。 あのひと? 誰の事? わからぬ答えに、だけどガイバーは深い詮索をやめた。

 

「……ごめん」

「え?」

「俺、無理していたんだと思う」

「深町さん……?」

 

 その声に鬼は住んでいなかった。

 消え去った心の荒波に、ガイバーは否、深町晶は響の頭に手を載せた。

 

「ごめんね。 俺がまだまだだったからいらない心配させちゃって」

「……ぁ」

 

 いつもの声だ、いつもの感じだ。

 響がガイバーの手から、深町という名の少年が持つ暖かさを感じると、遠くから声がやって来る。

 

「深町! 立花!!」

「翼さん!!」

「風鳴……さん」

 

 否、声ではなく剣であった。

 槍と剣、そして守るための装甲がそろったときだ、深町のコントロールメタルが激しい輝きを発する。

 

「な、なんだ?!」

「深町……おまえそれは……」

 

 それは今までにも見たことのない輝きだ。 機械的ではなくて、どこか聖遺物にも似た輝きはどうしてだろう、深町は不安どころか安堵すら覚える。

 

「立花さん、手を」

「え? え!?」

 

 座り込む響を立ち上がらせると、その身がまばゆい光に包まれていく。 

 

「なにこれ、光が温かい……それに身体が軽い! ガングニールも治ってく!」

「……あの人が、ほんの少しだけ応援してくれたみたいだ」

「あのひと? 深町、お前は何を言って――」

 

 何かを悟ったのか、翼の問いに深町は視線だけでなだめていく。 それだけで、たった無言の圧力で言葉を引いたのは彼に何かを感じたからなのか。 押し黙ってしまった翼を背にして、深町は蛇に向き直る。

 

「行こう。 俺はあきらめちゃいけなかったんだ。 失敗したし、間違いだって犯した。 けどそれでも立ち止まることだけはしなかったはずだ。 いつだって俺は前に進んでいったはずだ……」

「キシャアアアアア!!」

 

 激しく動揺するネフシュタン。 ガイバーの何がそんなに怖いのか奴自身にさえわかっていないはずだ。 それでも奴の中にあるナニカが激しく警告してくる。 今のやつは、このままでは勝てないと。

 

 あんな人間ただ一人に、古代からの遺産が負けるとでもいいのか? 唸るように叫ぶネフシュタンは、あたりに赤いクリスタルをばらまいた。

 

「避けろ!」

「――!?」

「この攻撃は……私たちを狙ったものじゃない!?」

 

 その様はクレイモア。 だが、真の目的は攻撃などではなかった。 一瞬で見抜いた翼はここで刀を一閃、振り抜いた。 

 

【プウ!?】

【―――?】

【!?】

【――――!!】

「ギィィッィィィィィィィイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――!!!!」

 

 翼の攻撃もむなしく通り過ぎていく。

 叫ぶ怪異がノイズにクリスタルをぶち当てていく。 雨のように大量に、竜巻のように激しく行われるソレ。 赤い色と相まって血染めの雨を想起させる景色に、響は背筋に汗を流してしまう。

 

「アイツ……周囲のノイズを食らっているのか?! ネフシュタンの生命反応が爆発的に増えていってる!?」

「そんなことが……」

「さすが完全聖遺物。 その内に眠る獣は、すでに人の手に負えるものではなかったか」

 

 数十のノイズに打ち込んだクリスタルが激しく発行すると奴のもとへ吸い込まれていく。 

 ――腕が極太になり大地をえぐる。 そのまま足が足元から赤い液体がほとばしれば鞭状に固まり、生物のような挙動で彼女を持ち上げる。 その異様さ、その異常さ。 見るものを竦ませ怯ませる頂上の生物を見た深町はただ、こうつぶやいた。

 

「大蛇……?」

 

 毒蛇のようでいて、しかし、白く透き通った装甲は生物の皮膚のようなきめ細かさを持っている。 

 今まで相手取っていたノイズの形状がどこかファンタジーというかコミカルだったのに対して、これはあまりにも生物然とした、そうクリーチャーである。

 ガイバーの伸長が174と少し。 それが見上げて頭頂部が見えるのだから奴の大きさはかなりの物だろうか。

 

「全高、18メートルといったところか」

「体重80トン、コブシ一発で岩をも砕く……ですね!」

「立花さん。 せっかく風鳴さんが戦力解析してるんだから邪魔しないで……ね?」

「……う」

 

 かなりの大きさ、とてつもない威力を見たはずなのに彼らにはなぜか余裕があった。

 

「前の……10分前の俺だったら完全にあきらめていたんだろうけど」

 

 そう。 彼は前の……この世界に来る前はおろか、先ほど立花響と仲たがいをしていた時のそれとは大きく違う。

 

「風鳴さんがいて、立花さんがいる。 一緒に戦う仲間たちが、俺を間違った道から引き揚げてくれる」

 

 それだけで、まるで今までの重荷が消え去ったよう。

 苦心も傷心も消えた彼に、気負いなどという文字はどこにも見当たらない。

 

「深町、お前どうかしたのか?」

「え?」

「いや。 ……雰囲気がずいぶんと変わった気がする」

「それは……」

 

 尋ねられた深町はそっと視線を背けると……

 

「ほぇ?」

「”みんな”がいてくれるから、でしょうかね?」

「……そうか」

 

 響に視線を向け、すぐさま敵に意識を向けていく。

 今までも味方はいた。 心強い、一緒に戦ってくれる存在が。 だけど彼らは皆深町よりも強い存在だった。 心が、完成していた存在だったのだ。

 

 だけど彼女は……少女は違った。

 深町晶よりも未熟だったはずの心は、戦いを通じ、何より深町の背中を見て何かを感じ、強く育っていたのだ。

 多少の迷いはある。 先ほどのように言いくるめられることもある。 だけど、元来持っている人間的な強さが、深町をもとの道に引き戻したのだ。

 その、小さな勇気と強い心を見せつけられた深町は、思ったのだ――――

 

「行こう。 彼女はきっと待っている……そうだろ?」

「はい! 深町さん!」

「……あぁ」

 

 立花響から借り受けた言葉を胸に、巨大な蛇へと立ち向かう。

 

「来るぞ!」

『はい!』

 

 大蛇が尾を振り回す。 あまりにも強大なそれは振るうだけで真空を生み出す。 風が吹き込んでいきたい気が乱れると暴風を呼んだ。

 

「すごい攻撃だ!? 何とかしないと!」

「こんなものが町中へ向かえば壊滅は必須。 深町!」

「はい!」

 

 翼に声だけ投げかけられると深町は駆ける。 翼はアームドギアを構えると、それを体験のサイズにまで再構成。 すかさず宙に飛ぶとその横合いから深町が彼女をかっさらう。

 

「ウォオオオ!!」

 

 彼女の腕をつかみ大きくスイング。 ガイバーの重力制御級をも利用した回転の力が翼に力を与えるのだ。

 

「我が剣は最速の旋風也……行くぞ!」

「そぉぉれ!!」

 

 手に持った剣がさらなる巨大な変化を遂げると、彼女は一つの刃となる。

 一閃……奴の右肩を切り落とせばその眼が鮮血に染まる。 相当腹に据えたようだ。

 

「深町さんから渡されたこの力……今一瞬だけでいい。 あの子に―――」

 

 立花響。 彼女が身に纏うガングニールに、そして歌にわずかな変化が起こる。

 

「”あのひと”のように――」

 

 メロディーはどこか悲壮感を持ちつつも、そこに悲しみは存在しない。 どこか終わりを見ていた”彼女”の歌と相反するように、響の歌には何かが内包されていた。 天羽奏には見いだせなかった、別の何かが。

 彼女に武器はない。 それは翼のように剣が出せなかったり、深町のように必殺の兵装がないという意味だけではない。

 初代のガングニール使いは何をもって戦場にはせ参じたか? それを思えば、彼女の未熟さは手に取るようにわかるだろう。 

 

「――――だけど、そうじゃない! わたしだけの!!」

 

 だけど、だ。

 

「ヒールが邪魔だ、足を踏ん張れない」

 

 人にそれぞれの生き方があるように、彼女には彼女の闘い方があるのだ。

 立花響が足元を鳴らすと、いままで自身を支えていたブーツのヒール部分がどこかへすッ転がっていく。  それと同時に本来”槍”となるべきガントレット部分が盛大な変化を見せる。

 

「わたしは武器を扱えない。 戦いが、嫌いだから」

 

 人を傷つける彼女は、本能的に恐れていたのだ。

 戦って誰かを助けることも結局はほかの何かを傷つけること。 それだけで済ませるなんて彼女にはできない。 立花響は、痛みというものを知っているから。

 ならばどうすればいい? 自身は何をもって戦えばいい。 それは、最初から答えがあったのだ。

 

「声が聞こえない、話が通じない……でも! だったらわかるまで向き合う! こっちを向いてくれないならその手を握ってあげるから!! だから……こっちを見て!!」

 

 

 歌う彼女にガングニールが答える。 その願いを叶えるように聖遺物の破片が、彼女の肉体にさらなる軌跡を起こして見せる。

 ”拳”を握る、彼女は。

 武器としての使い方だけじゃない。 誰かと分かり合うためのその手のひらを今はただ硬く握り絞める。 それと同時、彼女のガントレットが大きく伸長していく――――後ろに。

 その様は旧時代的な杭打ち機に見えなくもない。 そう、これは彼女の拳を打ち出す支えなのだ。

 

「うぉぉぉおおおおお響け! 届け! わたしの――――」

 

 思いっきり駆けだす。 彼女のガングニールの、その腰部からフレアが巻き上がると彼女を一直線に大蛇へと飛ばしていく。 飛行ではない、これはただの突撃だ。

 

 そう、思いっきり一直線で、最短で最速な右こぶしだ。

 

「歌をッ!!」

「キシャアアアア!!??」

「……立花さん……すごい」

 

 

 大蛇のどてっぱらに盛大な炸裂音が響き――――同時、彼女の”支え”がこぶしへ激突する。

 

「思いをぉぉおおお!!」

「ギィィアアアアアアアアッ!??」

「ついに見つけたな立花……お前の戦いを」

「…………」

 

 ガントレットはパイルバンカーとなっていたのだ。

 その手のひらでは払えない、壁を砕くための彼女の支えとして、今ガングニールはようやく立花響の物となったのだ。 その威力、その衝撃は数多くの兵装を身に持つガイバーⅠ深町晶すら黙らせた。

 

「ギ……ギィィィ!!」

「まだ来るのか!? 立花さん! そこからいったん引くんだ!」

「え? か、身体がおもくて――」

「まったく仕方がない子ね」

「風鳴さん!?」

 

 天羽々斬のアームドギア。 つまり剣が彼女の手のひらを転がる。

 柄だけのそれが宙を舞い、翼が投擲すると空をかける。 一振りの剣がまばゆい輝きを発すると、2本、4本……数百の剣が空を駆け上がっていく。

 

「――――千の落涙」

「?!」

 

 弾丸のように大蛇を射抜けば響から注意がそれていく。

 すかさずその場から離脱する響は……見た。 自身と入れ違いに青い流星が白き大蛇に突貫する瞬間を。

 

「はぁああああっ!!」

 

 深町晶だ。 ガイバーの右肘部に備わるソードで奴をひたすらに切り裂いていく。

 

「深町さん、いまのでわかりました! あの子は――」

「――あぁ、今までわからなかったけど奴の中心部に生命反応が。 立花さんが衝撃を与えた向こう側にアイツはいる。 歌は、確かに届いていたんだ!」

 

 切り裂きつつも進んでいく深町は、突然ソードをもとの長さに戻してしまう。 不調? などと一瞬不安になった響だが、そんな心配を振り払う返答が彼から聞こえて来る。

 

「いた! 彼女を見つけた―――うぉ?!」

「キシャァァァアアア!!」

『深町(さん)?!』

 

 振り払い、薙ぎ払おうともがく大蛇。 なんとか食らいつこうとしがみつく彼に、大きな影が落ちてきた。

 

「深町さん避けて!」

「!!?」

 

 体をひねり、足を放り出して遠心力を全開。 鉄棒の要領で攻撃を避けた深町が見たのは奴の長大なしっぽであった。

 

「奴め。 よほどあの者を取り返されるのが嫌に見える……」

「せっかくアイツが見えたのに、腹の傷が消えた……なんて回復力だ!」

「深町! 次が来るぞ!!」

 

 もう一度奴の攻撃が迫る。 今度こそと必殺を込めた一撃はさすがのガイバーの装甲も耐えられないだろう。 ならば回避するしかないが、ここを離れるということはチャンスを失うということだ。 一瞬の迷いが、深町の体を硬直させる。

 それは圧倒的な隙だ。 ……ならば、それをフォローしてやるのが先人の務めではないのか?

 

「深町! そこを動くな!」

「え?」

 

 天に輝くは青い剣。 先ほど投げ込んだ千の落涙の一振りが、いまだ消滅せずに空を舞っていたのだ。 剣たる翼の指示を受け、それが戦場に帰ってくれば質量を大幅に増幅させていく。

 

「グィィィイイッ!!?」

「――天の逆鱗」

 

 大質量の剣が大蛇の尻尾を大地に縫い付ける。

 たまらず叫びを上げる奴に向かい今度は響が大地を蹴った。

 

「もう一発!!」

「!?!?」

 

 大蛇の左頭部に右こぶしをフィットさせると、そのままあおむけに倒れさせる。 大威力のアッパーカットに怪異はのたうち舞うことも忘れて大地にひれ伏した。 ……今が、最大のチャンスだ。

 

「ソニック・バスター! クソ、やはり至近距離からでも聖遺物には効果が薄いか……ごめん、少し我慢してて」

 

 腹をまさぐる深町だが、相も変わらず効果の薄い攻撃をひっこめると、右手を開いた掌底の構えを作る。 そうだ、この構えはいつぞやネフシュタンを追い詰めた技、その変形版。 手のひらに重力変を起こし、極小のワームホールを生成。 その時の歪みを利用して蛇の中を掘削していこうというのだ。

 かなり手荒だが、尋常ではない回復能力を持つ相手には一番有効な手段だろう。

 そうして掘り進んでいくと、またも彼女の姿を見つける。

 

「見えた! ……おい! 聞こえるか!!」

「…………」

 

 ようやく見えた彼女に、だけど声が届かない。

 手を伸ばせばすぐそこに彼女がいる。 手を伸ばすだけでいいのだ。 たったそれだけで悲劇が回避できるというのに……

 

「ギィィアアアア!!」

「深町、尾の拘束が解けた! いったん引け!!」

「深町さん!!?」

 

 もう少しだというのに……

 

「引けるか! 一度はあきらめてしまったけど……」

 

 あと、少しだというのに……

 奏者二人の思いとは裏腹に、深町はついに尾につかまってしまう。 腹部を蛇に巻き付かれ、機能の少ない内臓をものすごい力で圧迫されていく。

 普通ならば両断されてもおかしくない力。 それはシンフォギアを纏う彼女たちですら例外ではない。 それでも体を保っているのは強殖装甲の尋常ならざるシステムのおかげである。 しかし、それすらすでに限界に近い。

 深町の背骨に違和感が走る。

 

「例えこの身がどうなっても……」

 

 ……けれど、だ。

 

「もう逃げないと誓った彼女のために……俺自身のために――」

 

 それでも深町には、成し遂げなければいけないわけがある。

 

「手を……伸ばすんだ……」

 

 締め付けをさらに強める大蛇に対して、ガイバーの口部金属球からは驚くことに優しい声が聞こえてきた。 あまりにも朗らかで、戦いとは無関係なのでないかとさえ錯覚してしまうほどの音程に、響も翼も一瞬だけ体が固まり動けない。

 

「こっちに……おいで……」

 

 まるで迷子をあやすように、まるで……雨の中、誰かの救いを求める少女に手を伸ばしたあの時のように……

 深町晶は伸ばしたのだ、その手を。

 たとえどれほどに血に汚れてしまったとしても、それは誰かを救いたいと思った優しい手だ。 彼の、この世界で知ったもう一つの戦い方なのだ。

 そうだ、彼は今も戦っている。 ……そして、きっと”彼女”も――

 

「キシャアア!! ギィッィァァアアアア!!」

 

 大蛇が叫びを上げる。

 まるで最後の抵抗と言わんばかりの清涼に、さしものガイバーも苦悶の声を上げた。 そろそろ装甲が現界で、中身のない内臓がきしめば背骨に亀裂が走っていく。

 

「手を……のばせ……」

「シャアア!!」

「おまえ……じゃない! キミに言ったんだ! 早く手を伸ばせ!!」

「     」

「はやく……ぐ!? ぐぁぁあああああ!!?」

「深町さん!!」

「深町!!?」

 

 大蛇の最後のあがきに、強殖装甲に取り返しのつかないダメージが走る。

 

「あきらめるな!」

「    」

 

 コントロールメタルは無事だ、それは彼が巧妙に守っていたから。 

 

「キミは……まだ、そこにいるんだろう!?」

「        」

 

 だが、ほかの個所はもう限界だ。 ガイバーを構成しているのはコントロール・メタルで、そこさえ無事ならば平気といっても限界がある。 受けるダメージが許容範囲を超えれば、最悪深町自身の意識が消えてしまうのだ。

 だが、まだ意識が飛ぶほどではない。 あまりの激痛に意識が飛びそうにはなるが、コントロール・メタルがそれを許さない。 脳に直接かぶさった鉄の塊が、深町の体を強制的に覚醒状態に持っていく。 それを知ってか知らずか、彼は限界以上のダメージを受けてもまだ手を伸ばす。

 

「は、はやく――」

「           」

 

 右わきを食い破られる。 これくらいならばまだ平気だ。 幸いと重力制御球が無事ならば飛行に支障はない。

 

「いそげ……!」

「           」

 

 大蛇の尾が変化した。 刀剣をも思わせるそれは、翼の天の逆鱗に勝るとも劣らない影を深町に落とす。 センサーで確認した深町は、何とか身をひねることで躱そうとするも……

 

「が――――――!!?」

「       」

「深町さんっ!?」

「深町!!」

 

 ……ガイバーの左足が消えてなくなる。

 切断されたそれを見ることもなく、彼の視線はひたすら彼女に行く。

 あまりの事態に翼が深町のもとへととびかかろうとするが、それを許さない者たちがいた。

 

【――――ぷぅ?】

【……】

【??】

「なぜ今になってノイズが?! ……深町のところへ行けん!!」

「助けに行きたいのに――深町さん!!」

 

 彼女たちに、新たに出現したノイズが立ちふさがる。 強さでは大したことのない通常サイズだとしても、数がそろえば邪魔立てされてしまう。 しかも、先ほどから大技の連発で響はおろか翼でさえ息が切れかかっている。

 助けのない状況で、それでも深町はその手を伸ばし続けた。

 

「邪魔だ! お前の相手をしている余裕なんて――ソニック・バスター!」

「            」

 

 何とか応戦するも、それは簡単に躱されてしまうし、そもそも聖遺物に対して音波攻撃は今のところ有効ではない。 そうこうしている合間に、大蛇の尾が青白く光り輝く。

 

「まずい! 奴め、私の技を盗んだのか!?」

「くっ――」

「させるか!!」

 

 大蛇の尾から放たれる数百の弾丸……否、鱗であろうか。 それが鋭利な刃となってガイバーへ降り注いだ。 それ青、見過ごす翼ではなく、彼女は遅れながらに千の落涙を放つ。 だが、狙いの甘い攻撃は幾ばくかの粗を生む。

 

「しまった! 打ち損じが……」

「避けて深町さん!」

「無茶を言わないで……くれ、ぐぅぅッ!?」 

 

 数十の鱗がガイバーに命中してしまう。 剥がされていく装甲に、突き刺さる鱗。 だが、ただ突き刺さるだけならばかわいいものだが、そこは完全聖遺物、恐ろしいことにガイバーの体内に潜り込もうとしてきたのだ。

 

「こいつ! 俺ごと取り込もうとしているのか―――やめろぉぉーー!!」

「グァァ――――!!?」

 

 深町の拒絶の声とともに聞こえてくる大蛇の悲鳴。 一気にガイバーへの攻撃を緩めると、まるで苦しむようにしっぽを地面へたたきつけた。

 

「なんだ……大蛇の様子が……」

「深町さんの……ガイバーの額が光ってる!」

「ぐ!? ぅぅ……よし……」

 

 まるで体内に直接電撃でも放たれたような反応に、好機を見出した深町は思いっきり大蛇を殴りつける。 奴が、さらなる悲鳴を上げる。 

 

「よくわからないけど今がチャンスだ……」

 

 一気に右腕を体内に突き刺し、中にいる彼女を救い上げる。 自身のボロボロの胸元まで抱え込むと、彼は重力制御球をフルに稼働させて見せる。

 

「掴んだぞ! このまま一気に……」

「ギャァアアアア!!」

「そうはいかないか―――ぐぉおおッ?!」

 

 救い上げたのもつかの間、深町目がけて鱗が飛んでくる。

 それを何とか躱し、ソニック・バスターでかき消し、ヘッド・ビームで撃ち落とすもとにかく数が多く対処が届かない。 打ち損じを生んでいくつかが深町の体をえぐる。

 

「はぁ、はぁ……こ、このままじゃもろとも死ぬ……せっかく救えたというのに」

「    」

 

 気を失っている彼女に対し、一瞬だけ視線を落とすと、深町は意を決したように空を駆け抜ける。

 

「このまま死んでたまるか!」

「グォォォオオ!」

 

 主を失い、狂いもがく大蛇の反撃。 尾による斬撃に深町の右腰部は一気に切り裂かれる。

 

「く!? ……あぁぁっ……はぁ、はぁ……」

「深町!! 天の――」

【!!】

「ちぃ! 邪魔建てするなあッ!!」

「深町さん!!」

 

 人ひとり抱え上げ、四肢をほとんど失いながらもなお深町は飛んでいく。 もう墜落してもおかしくない、痛みに悲鳴を上げても仕方がない。 だけど彼は決してあきらめることはしなかった。

 

「せっかく、ようやく……この手で救ったんだ……!」

 

 それは彼女のことだけではないのだろう。 彼が言っているのは、きっと別の事柄も関係していて。

 

「俺があきらめるわけには……行かないんだ……立花さんと、約束したんだ……!」

 

 胴を突かれ、動きが止まったところに大蛇の鱗が弾丸のように飛んでくる。 いくつか躱したがそれでもいくらか受けてしまい、ついに彼は……下半身を喪失した。

 

「俺は――」

 

 身を裂かれ、左の肩口がえぐられていく。 もうこれ以上は無いと思っていた痛覚を体が思い出して口から叫び声が飛び出してくる。

 

「オレ……はぁ……」

 

 すでに速度はなく、ヨロヨロと飛行している深町に皆が救いの手を差し出すことができずにいた。

 小さいながらも数の多いノイズに足を止められ、彼のもとへ駆けつけることができない。 歯ぎしりしながらもこぶしを握り、血の涙を流しながら剣を振るう彼女たちを前に、大蛇はついに深町へ食って掛かる。

 

「キシャアアア!!」

「来るなら来い……俺が……叩き潰してやる……」

「ギャァァアア!!」

「く、このおッ!!」

 

 右手で少女を抱えたまま、無防備なガイバーに大蛇がぶち当たる。

 高速で吹き飛んでいく両者、戦いの場を変えんとばかりの弾道飛行のさなか、鋭い牙が彼をかみ砕こうとする。 だがここ一番で集中を研ぎ澄ませた深町による、範囲を極端に狭めたソニック・バスターが奴の牙を砕いて防ぐ。 小さな抵抗に大蛇が怒りをあらわにすると、今度は深町の反撃だ。

 

「……もう、限界だ……」

 

 ……なのに、彼の意識はすでに限界を迎えようとしていた。

 全身を襲う激しい痛みに、精神力が追い付いていない。 

 

「け、ど……」

 

 薄れゆく全身の感覚に、ここがすでに陸地でないと確認した彼はとっさに彼女を自身の背に担いだ。

 

「だ、けど……まだだ……」

 

 決して”まえ”に出さぬよう。 自身の胸部装甲に彼女が見えぬよう……彼の最後の攻撃は始まる。

 

「ひらけ……」

「キシャアアアア!!」

「……ひらけ」

 

 呪文のように紡がれていく彼の言の葉。 それはいつかの死闘を再現するかのようでいて鮮烈。

 

「開け……スマッシャー!!」

「!!?」

「うぉぉぉおおおおお!!」

 

 彼の雄たけびとともに突如として空いた胸部装甲。 すでにレンズ体は臨界にまで達しており、いつだってソレを放つ準備が出来上がっている。 見るまでもなく、コントロール・メタルからくる信号を頼りに狙いを定めた深町は、さらなる進化を見せつける。

 

「狙いを、定めてぇ……」

 

 この大蛇はネフシュタンの鎧がノイズを寄せ集めて作ったものだ。 そのほとんどの構成をノイズに任せている。 ならば、鎧はどこに消えたのか? 深町はこの戦闘の中ずっとそれを疑問に思っていた。

 

 だから、見つけることができたのだ。

 

「コンパクト…に…」

 

 彼が今まで抵抗らしい抵抗を見せなかったのは彼女がとらわれていたことと、もう一つだけ理由があった。 それが、今、彼の手により――――

 

「メガ……スマッシャァァアア――――!!」

「ギィィィアアアアアーーーーッ!!」

 

 焼き払われる。

 ネフシュタンの鎧が100メガワットの素粒子に包まれる。 構成をばらされ、自慢の回復能力を見せつけることなく原子の塵に還っていくそれを、見届けた深町はついに全神経から意識を手放した。

 

 

 誰に言われるでもなく、ただ、救い上げた彼女を力強く握ったまま、彼は荒れ狂う海に落ちていった。

 

 

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