嵐が襲う夜のことだ。 風は大地を削り取るかのように吹き乱れ、降りかかる雨は滝のように恐ろしい勢いであった。 すべての生物が静まりかえり、そっと荒波をやり過ごそうとおびえている。
ここは、本土から遠く離れた地図にも載せることのない小さな島。
本当に、ほんの少ししか無い大地の上でいま、一人の少女がひっそりと息を吹き返した。
「……痛ぅ」
ただ目を開けただけ、それ以外の動作は一切できやしない。 それを確認した彼女は次に周りを見てみる。
あたりを囲むのは岩ばかり、申し訳程度に自身の周りに茂る緑以外に碌なものがあったものじゃない。 あまりいい状況ではないと見た彼女は一つ、ため息をこぼした。
「洞窟、か。 面倒だ……」
悪態をつきつつも全く動かない体をなんとか揺さぶってみる。 身じろぐことを試し、腕を上げようと歯を食いしばり、それでも動かない体にあきらめの声を上げる。
「なんだってんだコレ……ホントに動きやしねえ」
ここから移動することはおろか、自身の状況すら不明な状況はかなりのストレスをもたらす。 それは彼女も例外ではない。 なんとか打開しようともがきつつも、次第にその力は弱くなっていく。
「――てか、どうしてあたしはこんなことになっちまったんだ」
気分は二日酔いに倒れたサラリーマンだろうか。 身動きのとれない彼女はとりあえず今まで起こったことを整理し始めた。
戦って、戦って、その手を血で濡らして来た毎日。 ただそれしか思い出せない彼女の頭の中に一つ、青い陰が横切る。
「そうか、あのガイバーとやり合って……そうだ、奴はどこだ!?」
苛立つような声とともに周囲を見渡すと、即座に体に力を入れていく。 ジタバタともがく事しか出来ないその身でも、動かない訳にはいかない。 彼女はその場であがいていた。
だがやはり何もできない。 全身から運動神経を抜き取られてしまったのではないかとさえ思えてしまうその状態で、いったい何をしようというのか? 悟った彼女はもがくことをやめ、そっと耳を澄ませる。 なにか、聞こえてきた。
「足音? いや、にしちゃあ重すぎる」
そう、例えるなら何か引きずるような音。 だがそれだけで今は十分だ、今この瞬間確かにここには自分以外の誰かがいる。 それだけで彼女に警戒心を呼び起こすには十分であった。
「だんだん近づいてくる……アイツか、それとも……ハっ! いいぜ、来いよ」
今まで散々と暴れ回った自分だ、それ相応の報いをいつかは受けるのはわかりきっていた。 だが、目的も果たせず、自身の思いを成就させずに潰えてしまうのは彼女の心に深い後悔をもたらす。
覚悟を秘めた眼をしながら、そっと下唇をかんだ。
数秒か、それとも数分か、兎角ながい時間が過ぎた気がした。
じっとすることしかできない彼女の精神が削られていく中、ついに“それ”は姿を現した。
「■■■■」
「――っ!」
まだ、すべてが見えるわけではない。 だがそれでもわかるのは現れたのが普通ではないということ。 なにが? どこか? いうとすればまず人の形ではない。 脚というものが無く、こちらに向かって伸ばされる腕らしきものは、どう見たって人のものでは無い。
生物然としていながらも、あまりにも生き物と認識できないそれに、彼女はついに本能的恐怖心を口から吐き出した。
「来るな」
「■■■■」
「く、来るなよ――っ!」
気味の悪いものは怖い、正体のわからないものは怖い、他人が怖い、何もかもが怖い。 自身に、痛みを与える存在が怖い。
恐怖というものが心を埋め尽くすと、彼女の口からガチガチとみっともない音が聞こえ始めてきた。 無防備と無抵抗と、自由のきかない体、さらに正体のわからない者への恐怖は彼女をここまで追い詰めた。
あの、ネフシュタンの女をここまで追い詰めた。
だからもう、いいのでは無いか?
「――――――あの」
「……え?」
「大丈夫ですか?」
「あ、あ?」
その声を聞いて、彼女はとてつもなくあっけない声を出してしまった。 少年と彼女は、ついに邂逅を果たす。
とてつもない荒波が俺たちを取り巻く。
ガイバーとなったこの身体ならば抜け出せないわけでも無い。 だが今まで蓄積したダメージは見た目以上に俺をむしばんでいた。 もう、重力制御球に意識を集中させる事さえ困難だ。
「だが、せめて彼女だけでも」
そう思った俺はとにかく最優先に担いだ彼女を、海水につける事だけを避ける。 身体全体は無理でも、顔を空にさらすだけならできるはずだ。 ガイバーの残った身体でなんとか支えにしながら荒波を乗り越えていく。
だが、それもきっと長くは続かないだろう。 このまま俺自身の体力が消耗されてしまえばこの人をきっと取り落としてしまう。 俺自身はガイバーの力で呼吸ができなくても生き残れるし、失った身体はそのうち復元される。 でも、彼女はそうもいかない。
「早く、できるだけ安全なところにいかないと」
安全、か。
まずはこの海から脱出しないことにはどうしようも無い。 そう考えてすぐ、朦朧とする意識の中でガイバーのセンサーをソナーのように使ってみる。 鋭く、遠いものを見る感覚で集中すると脳内に周辺の地図ができあがっていく。
「近くに島があるな。 生命反応は薄いからきっと助けは期待できないだろうけど――」
こうなっている現状に比べれば断然マシだ。 ほんの少し、たった数百メートル我慢して泳ぎ切ればこの人を救うことができるのだ。 基本的に出来ないが前提だった今までに比べればどうって事は無い、簡単だ。
だから、もう少しだけ頑張ってくれ、俺の身体。
結構な時間、海を漂うように泳ぎ、荒波に逆らい続けた俺のちぎれた身体に大地の感触が伝わる。 そっと、安堵のため息。 ぐっとガッツポーズして、長旅を終えた自分にささやかな賛美を送る。
「さぁ、ここからだぞ。 まずは安静にできる場所を探すんだ」
凶暴な、そう、生命反応の強い場所をよけつつ、移動しなければならない。
こちらは先の戦闘で両足と左腕を失っていて移動速度は絶望的だ。 それに気がつかなかったけど、脚をやられたときに重力制御球の一部をやられたみたいで、浮遊もままならない。 ここは、這って移動するしか無いようだ。
「――いくぞ、深町晶。 弱音はさっき山ほど吐いたはずだろ?」
そうやって自分を励ますしか、今の俺にはできなかった。
後はひたすら彼女を背負って地面を這いずるのみ。 ひたすらに安全な場所を探して迷い、惑う。 その姿は一昔前の、逃避行にあった時と同じだった。 ひたすら、心細い。
数十分かかって、ようやくそれっぽいところを見つけたんだ。
横穴のあいた洞窟。 中には少しの雑草と、小さな微生物しか反応が確認されない。 よかった、どうやら熊だとかの巣穴にはなってないようだ。 今日はここを間借りしよう。 彼女を背中に乗っけたまま、岩肌をひたすら這いずっていく。 ガイバーの身体ならこんな荒れ地でも問題なく進める。 安堵した俺は、そのままひたすら洞窟の内部へ進んでいく。
「はぁ、はぁ」
そろそろ限界だ。 強化された身体も、逃避行で鍛えられた心もこの連戦で蓄積した疲労に押しつぶされようとしている。 景色は霞むし、意識が一瞬だけ遠のきそうにもなる。 ――って、そもそも普通の人間やってたら下半身が無い状態で死亡確定だよな。 ほんと、ガイバーの能力に助けられたな今回は。
少しだけ軽口をたたくと、広まったところにたどり着く。
ここら辺でいいか。 背中の彼女を地面に下ろすと、少しだけ出口に後退。 いや、いきなりこんなナリの生物が居たんじゃ心臓に悪いだろうしね、俺は距離をとって休もう。
「――たぶん、意識を失うことも無いんだろうな。 しばらくゆっくりしていよう」
殖装者が意識を失えば過剰防衛モードが発動してしまう。 だから俺はガイバーになった状態で睡眠をとることは許されない。 眠気はあるが、眠ろうとすると意識が覚醒していくあたりこの辺は大丈夫なのだろう。
彼女もそうだけど、俺もしばらく動けない。 ゆっくりと、しばらく休んでいよう。
「う、うぅ」
「起きそう、か?」
「すぅ、すぅ」
「なんだ、寝言か」
もぞりと動いた気がしたが、そんなことも無く彼女はただ深い眠りに落ちたままだ。 どうやらしばらく起きそうも無いし、そっとしておこう。
数時間が経過した。 相変わらず救援が来る気配は無く、それどころか外の天候は悪くなっていくばかりだ。 台風が来るなんて予報は無かったけど、もしかしたらさっきの戦闘でずいぶん遠くに飛ばされたのかもしれない。
不安を隠すように右手を握った俺は、不意にわき出た違和感に思わず左を向いた。
「あ、左腕の再生が終わってる」
なんとなく右手を握っただけだったが、ついでに左手も握っていたらしい。 生え替わった手、なんて言うととてつもなく奇っ怪何だろうけど、悲しいかな激戦続きで感覚が破壊されてしまって気にすらならない。
「なんて、冗談抜かしている場合じゃ無いよな」
感覚が麻痺しているともいえるのだろう。 しばらく大変なこと続きだったし、こうやって何も無いところに身を隠すのも、きっと久しぶりだろうし。
そうだ、こういう洞窟に来ると思い出すのは――
「あのときの、アプトムとの戦い。 ひどく昔に感じるよ」
ようやく何かを守る戦いが出来た。 そうだ、あの時初めて本当の意味で誰かのために力を振るったんだ、俺は。 自分の身を守るのでは無く、誰かのために戦うんだ、そう心に決めてガイバーを呼んだのはあのときが初めてだったかもしれない。
そして、この世界に来てその思いは日に日に大きくなっていった。
守れてる。 誰かをこの手で救う事が出来ている。 それがただうれしかったんだ。 うれしかったのに。
「そんな思いすら押し殺して、いいや忘れていたんだろうな。 俺はこの人を、ガイバーの力で殺そうとしたんだ、間違いなく」
無理だとあきらめて、出来ないと断じたあのとき、俺はすでに人殺しになろうとした。
いいや、前科はすでにあるし、俺自身の手が血で汚れていないだなんて言うつもりは無い。 けど、あのときと今度の状況は明らかに違ったんだ。 救う余地が、あったはずなのに俺は見放そうと――――
「う、ぅぅ」
「――――!? 目が覚めたのか?」
「うぅぅん」
うなされているようだ。 とても苦しそうに表情を歪めて、もがくように身体を動かそうとして、出来ない。 どうやらあのときのダメージが引きずっているらしい、動かないながらも何かから抗うように揺さぶられている。
「こういうとき、どうしてあげればいいんだ」
「はぁ、はぁ――」
「呼吸が荒いけど熱は無い。 というか衰弱が進んでいるのか体温が下がりつつある。 た、たき火を起こしてこの中の温度を上げてやるべきだ、急げ」
そうして腹ばいになりながらも俺はたき火の準備に取りかかる。
幸いそこら辺に燃えそうな物は転がっているだろうし、無ければ木々から拝借すればいい。 手早く集め、雨で湿気っている物はソニック・バスターで水分だけ消してやり、出力を絞ったヘッドビームで点火して洞窟内を暖めていく。
「室温はいいな、次は栄養なんだけど」
これはさすがに準備は難しい。 いくらガイバーのセンサーでも野草だとかの毒性の有無までは調べきれない。 というより、俺自身に詳しい知識が無いから何が駄目なのかが理解できない。
残念だけど、彼女が早くに目を覚ますことを祈るしか無い。
「はぁ、はぁ――うぅ」
「顔に精気が戻りつつある、持ち直してきたか?」
「はぁ、――はぁ」
「苦しそうだ、呼吸しやすい体勢に……っ!」
すぐに近づいて彼女の肩に触れたとき、ようやく気がついた。
流れるような銀髪は煌びやかで、透き通るような肌は触れてしまうと壊してしまいそう。 少し前に似たようなものを見た気がしたが、どうにも思い出せない。 とにかくこの身体で触れてしまっていいのか躊躇してしまう位に彼女は綺麗で、華奢に見えた。
「――って、今更何言ってるんだ。 さっきまで担いできて、それどころか数時間前には戦闘だってやってたじゃ無いか。 落ち着けよ深町晶」
まるで言い訳のように思考を切り替えると彼女に向き直る。 両腕で彼女に寝相を変えてもらい横向きに寝てもらう。 コレで楽になるのだろうか? 医学的な知識が無い俺は、ただ、ガイバーのセンサーで彼女の生命反応を探ることでしか対処が出来ない。
「……」
「落ち着いてきたか? よかった」
「……」
「ん? なんだ、寝言?」
女の人のこういうのってあまり盗み聞きするもんじゃ無いんだろうな。 後で櫻井さんに聞かれたら何を言われるかわかったもんじゃ無い。 センサーの感度を落とそう。
そう思って逆に意識を集中してしまったのがいけなかった。 不本意ながら、俺はそのとき彼女の声を鮮明に聞いてしまった。
「……っ」
「え?」
「パパ……ママ……」
「…………この、子……」
あまりにも悲しそうで、途轍もない孤独を彼女から感じてしまった。
そうだ、俺はこの声を知っている。
昔、俺がまだ小学生になったばかりの頃に、俺自身がつぶやいた声と全く一緒なんだ。 会えないとわかっているのに、その思いを止められずに泣きながらつぶやいたあの声と、今のは同じに思えたんだ。
「そう、なのか?」
「すぅ、すぅ」
「君は……君も……」
気がついたら彼女の頭をなでていた。 こんな物で彼女の状態が直るとは到底思えない。 だけど今このときだけ、どうしても何かしてあげたくなったんだ。
どんなに強靱な力を持っていたとしても、どれほどに屈強な身体を持っていたとしても、今このときだけ、ガイバーという力が出来ることなどこれだけで……とても、もどかしい気持ちになってしまって。
彼女が何でこんな事を始め、どうして戦いに身を堕としているのかはわからない。 だけどこのときだけ、今この瞬間だけ、俺は彼女の力になってあげようと思い、ただ、髪を指で梳いてあげた。
「な、なんでてめえが!」
「あ、いや、落ち着いてください……」
邂逅した彼ら。 方や何の武装も無く、ほとんど丸裸に近い状態で寝込むことしか出来ず。 方や下半身を失ってはいるものの、必殺の兵器をいくつもそろえた強靱な装甲。 どちらの立場が上で、どっちが従わなければならぬのかは一目瞭然だ。
それなのに――
「くっ!? 身体がまったく動きやしねぇ」
「当然だよ、少し前まであんなことがあったんだ、まだ無理しない方が……」
「うるせえんだよてめえは! そんなことあたしがよくわかってんだ! てか、なになれなれしくしてんだ、こっちくんじゃねえ!!」
「あ、その」
さて、どっちが有利な立場だろうか?
言葉を聞く限り少年の方に一切の余裕は無く、ひたすら彼女がわめき散らしている絵が完成されてしまっている。
いや、むしろなんら武器の持たぬ相手故に、深町晶はその扱いに困ってしまうのかもしれない。
「お願いだから静かにしててくれ、具合が悪くなったらどうするんだ」
「あ? どうしててめえが心配なんかするんだ」
「何でもいいだろ? 助けた手前、放っておくことなんて出来ないし」
「いやだからそうじゃねえだろ。 アタシとおまえは敵同士で、さっきまで戦ってた、そうだろ!?」
「そ、そうだけど」
「なら普通とどめを刺すのが常識って奴だろうが! 何でだ!?」
「なんでって……」
吠える少女に深町は何も返すことが出来ない。 申し訳なさそうに後頭部をかいてみて、視線を外すとうつむいてしまった。 そんな姿にますます苛つき、彼女の歯から軋み音が鈍く響く。
そんな音をかき消すように、深町は心静かに訴えた。
「俺は”人間”を殺す気は無い――」
「な……?」
「――からかな?」
「…………は?」
あまり強い口調ではないものの、少女にもその心情が伝わってくる。 この男は決して軽い気持ちで言っているわけでは無い。
仮面(ガイバー)で隠れて見えないが、その表情はきっと真剣そのものだろうし、嘘のひとかけらも無いのだろう。 だから、彼女には余計にわからなかった。
「なに、言ってるんだおまえ」
「確かに俺たちは敵同士だ、でもそれは何もわからなかったからじゃ無いのか?」
「…………」
「お互いに何かをしなくちゃいけない、だから意見もぶつかるし、相違から争いも起きる。 今までの事はきっとそういうことだったんじゃ無いのか?」
「…………」
「今やるべき事は争うことなんかじゃ無いんだ。 こうやって話が出来て、目を見て意思を交わすことが出来る。 ならそこからわかり合うことだって出来るはずなんだ!」
徐々に深町に押されていく彼女。 何かが、彼の中に火をつけてしまったのは間違いない。 しかしそれは何だ? なぜ、人との会話にこれほどに熱意を持って望める? 言葉など、結局は何ら力も持たぬのに。
どうしてこの者は――彼女は一気に歯ぎしりを響かせた。
「無理なんだよ」
「え?」
「どんなに言葉を並べたってな、人がわかり合うだなんてできっこねぇ!」
「そんなこと――」
「――――アタシは言った! 嫌だ、痛いのはもうヤダって! でも大人たちはそんなこと聞いてくれなくて……アタシは……っ! そんな連中相手に話し合いしようだなんてお前はいえるのかよ!! どうなんだ!!?」
「!?」
その顔は見たこともないくらいに悲しみに染まっていて。 それをすぐさま振り払った彼女はすぐに憤怒が塗りつぶされていく。
この世界のつらい現実と、平和の裏にある痛みを知っていると彼女は言う。 綺麗だけがすべてじゃないと、彼女は確かに叫んだのだ。
「そう、だね」
「……」
肯定するほか無い。 深町少年自身、経験が無いわけがない。 いいや、この世界を含んでも世界の理不尽という物を理解しているのは彼ぐらいなのだろう。
どうにもならない現実。 力を持ち、尚抗おうとした末の悲劇。 彼はそれをよく知っている。 だから、この歌で守られた世界に光を見たこともある。 だけど、やはり根底はどの世界も変わらない。 争いは絶えず続いている。
彼女に何があったかはわからない。 深町少年とは別方面での悲劇があったかもしれないし、それ以上があるのかもしれない。
「それでも、助けたいんだ」
「あ?」
けど、それでも少年は言わなくてはいけない。
「あ、いや。 知らない誰かみんなとわかり合えるだなんて思っちゃ居ないよ? 俺だってそんなたいそうな人間じゃないし。 だけど、今目の前に居る人間は……きみの事なら少しは知っているつもりだ」
「はあ?!」
「君、今まで街をノイズが無差別に襲っている事、知ってる?」
「なに――を、言って……え? 街?」
それは確認であった。
今まで数多くの戦闘を彼女と交えてきた。 だが、その中に僅かだけ残っている疑問点をかき集めていくと、不可解な事がわき上がってくるのだ。 だから今、彼は腹を割って問答を開始する。
「今思えばこの間の雨の日、君が呼び出したノイズはどれも俺を襲うばかりで周囲の破壊活動はしなかった。 それどころか、そばに居る女の子に触手の一本だって向かいはしなかったはずだ。 冷静に考えてみれば、あの軌道ではどうやっても女の子には当たらない」
沈黙する彼女をよそに、頭の中に次々と組み上がっていく答えを口にしていく深町。 そうだ、今にして思えばすべてがうまくいき過ぎていた。
「それ以前に現れたノイズと、君が現れた場所ではいろいろと不自然な点が多い。 袋小路を狙うにしても、召喚してから追ってくる感じではなかった。 なら、あれはきみがけしかけた物じゃない。 別の誰かの物だ」
「……な、なに言ってるんだよ、おまえ?」
言いたいことは否定ではなく疑問。 種を明かされた事による焦りではなく、自身の知らぬ影を指摘された事による驚愕だ。
「なんでノイズが街を襲うんだよ……? アレはアタシが完全に制御して――」
「そうだね、キミが出したノイズは完全に制御していただろう。 だけど、キミがあずかり知らぬところで奴らは確かに平和を踏みにじっていた」
「う、嘘だ……フィーネは……だって……」
「それを踏まえて言おう。 キミは決して悪人などでは無いと。 ただ言われたんだろう? 誰かに”怪物ガイバーを倒してこい”だなんて」
「……………………」
彼女は答えない。 いいや、言葉を発する事すら拒絶している。
思考が混濁しているのだろう、呼吸音がひたすらに荒くなり、不規則なそれは心音すらも乱れていると錯覚させる。
あまりにも激変した彼女の感情に、深町は会話を一時中断する。
「ご、ごめん。 困らせるつもりはなくて――」
「ちがう、アタシは本当に世界を変えたくて!」
「え?」
「アタシは――アタシは!!」
「お、落ち着いてくれ!」
動かぬ身体の絶叫に深町はからごと押さえつけてなだめる。 大丈夫だ、まだ、踏み外してはいないはずだと懸命になだめていく。 そのかいあって徐々に呼吸が戻っていく彼女に安堵する深町は、そっと手を身体から離してやる。
だが、その離れ際についに見せてしまった。 今まで、彼女が知り得なかった自身の状態を。
「お、おまえ……それ」
「え? どれ?」
「な、なんだよその身体! お前脚は……!?」
「あ、その……」
言いよどみ、妙に縮こまる彼に若干不思議に思った彼女。 だが少し考えてみればわかることだった、数秒もたたない時間でその表情は一気に憤怒へと変わっていった。
「アタシだな、アタシのせいなんだろ!?」
「……ごめん」
ただひたすらに静かな声に少年は平謝り。 すぐさま身体を離すと、少しだけうつむいてしまう。 そんな彼に眼をそらすことなく、鋭い視線を飛ばす彼女の声は只、荒かった。
「どうしててめえが謝るんだよ……! 悪いのは……あーくそ!!」
「いや、でも俺は」
「いや? でも? なんなんだよはっきりしねえな! どうせ哀れに思ったアタシを救おうと考えなしに突っ込んでそのざまなんだろ?」
「ごめん」
「まったく、どうしてこいつは」
「俺はキミを見捨てようとしたんだ」
「あぁあぁそうだよ、お前はそう言う甘ったれた…………は?」
彼女の視線が、一気に弱い物になった。
さて、この男は今なんと申したか? 先ほどまで助けたいだの何だのとのたまっていたにもかかわらず、その実見殺しにしようとしていた……? 思わず耳を疑った彼女に、深町は追加攻撃に出る。
「いや、俺はもうダメだと思ってさ」
「……」
「助けてって立花さんに説得されなくちゃ、今頃メガ・ガスマッシャーで焼き払っていたかもしれない。 だから、俺はそんなに大きな顔は出来なくてさ」
「……」
しかし、それでも負った傷はたしかに存在するではないか? 頭の中をかき混ぜてしまってか、彼女が難しい顔をする中、強殖装甲越しに汗をかき、ひたすら謝罪モードな深町。 この温度差はしばらく埋まることなく、それなりの時間を要することになった。
そして、ひたすらに時間を浪費した頃だろう、おもむろに深町が沈黙を切り開いた。
「あのさ」
「…………なんだよ」
「やめよう? ノイズで悪い事するの」
「…………」
偉い直球にむしろ彼女は脱力した。 どことなく保母が児童をたしなめている絵に近い物を感じたが、この際無視だ。 彼女には、言ってやらなければならないことが出来てしまった。
「…………別に悪さをしたかったわけじゃねえよ」
「そう、なの?」
「決まってんだろ、こっちだって目標ってのがあったんだ! ただ、その手段が強引すぎたんだってのは自覚もしてる」
「なら――」
「けどそうしなけりゃ世界は変わらないんだよ! 優しい言葉をホイホイ投げかけてどうにかなるってんなら”あんな事”は起きなかった! 必要なのはそんな柔なもんじゃねえ、劇薬がほしいんだ!」
「げ、劇薬」
「そうさ、あぁそうだよ。 人同士がわかり合うには痛みが必要なんだ。 思いやるなんてホントは詭弁で、その実誰も他人の身を案じてなんかねえ。 だから踏みにじられた弱者と同じ痛みを世界にばらまいてやるんだ。 そうすればみんな気がつく。 いま、本当に必要な物が!」
「そ、それは――」
「――間違い、だってんだろ」
「…………ぁ」
彼女は理解していた。 いつからかはわからないが、きっと心のどこかで矛盾に気がついていたのだ。 戦いを止めるための戦い、犠牲をなくすための犠牲、それをいくつもくり返した先にはいったい何が待っているのだろうか?
わからぬ答え、知り得ない未来。 だがきっと暗闇の向こうには光があると信じて這いつくばってでも進んできた。 けど、その後ろにあるのは血に濡れた道だけ。 そんな物いったい誰が望んで進もうか? きっと、誰も望んじゃいないはずだ。
「どうすりゃよかったんだ」
「それは……」
「アタシはどうすりゃよかったんだよ!? 突然刈り取られて、望まぬ相手に拾われて、気がついたら手を汚してばかりの毎日だ! けど、それ以外の生き方なんて知らなかった! そんなアタシはどうすりゃよかったんだよ!」
「……」
「今更、何をしろって言うんだよ」
彼女は迷い、ついに投げ捨ててしまう。
そっぽを向いた視線を追うように深町は彼女に近づいた。
「そんなこと俺にもわからないよ」
「……」
「だから、探してみたらどうかな」
「……見つかる分けねえだろ」
「そんな初めても見ないのにあきらめないでよ。 大丈夫、きっとなんとかなるから」
「どうだかな」
「か、かたくなだなこりゃ」
近づいた分だけ離れていく気がしてならない。 強固に築き上げられた心の壁は、深町の想像を大きく越えていた。
当然だろう、彼は思う。 今まで敵同士で、考え方も全く違う物同士だ、ならばこうなってしまうのは当然で、むしろ話が出来ているこの状況が特殊すぎるのだ。 普通ならあきらめている、ここで切り捨てるのが最善だろう。
だが、彼はすでに普通ではない人生を送っているのだ、こんなところでは終わらない。
「仕方が無い、まずは身体の回復を優先しよう。 俺もキミもしばらく休養が必要だ」
「……」
「聞いてる?」
「わかってるよそれくらい。 てめえこそ気にせず休んでろ、話はその後だ」
「あ、うん。 おやすみ」
どうすればいいかなんてわからない。 でも、放っておくことが正解だなんて少年には思えなかった。
知っているつもりだ、自分の行いが裏目に出て様々な人物に悪影響を及ぼす事のつらさが。 わかるはずなんだ、彼女の心の痛みが。 だから構うし、彼女のそばを離れなかった。
そう、離れることは非常にまずい。
彼は一つ、致命的なミスを犯した。
下半身を喪失した彼は、己の取り返しのつかない失態を早々に気がつくべきであった。
彼の感覚から数ヶ月前の激闘。 腕を喪失するほどのダメージを負うも辛くも勝利した彼に待っていた苦難は何だったか。 そして、今回の事件において途轍もない忘れ物をしていることに深町はまだ気がついていなかった。
【GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――――――――――――――】
強殖装甲、最大級のデメリットが今、この世界に出現しようとしていた。