強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第21話 命の定義

 

 

 

 あれから、二課の動きは慌ただしくなった。

 完全聖遺物『デュランダル』の回収と奏者達のケア、そして消えた深町晶の探索。 シンフォギアを着けた響達ならばレーダーで追えるが深町のガイバーはそうは行かない。 彼はこの世界の技術で作られた物ではないし、そもそも大部分が生命体で構成された彼を追える技術はまだ確立されていないのだ。

 だから、広大な海に消えた彼を探すことは困難を極めた。

 

 数日、彼等は時間を手放してしまうこととなる。

 

 

 

 

 そのなかで立花響はどうにか元の生活へと復帰し、今は学院の教室で休み時間を過ごしていた。

 その目に映るのはいつもの光景、聞こえてくる音は普段と変わりない穏やかな物。 だけど彼女の心の内はあの日の海のように荒れ狂う物である。 詰まりそうな息を無理矢理吐き出すと、彼女の背中に声がかけられた。

 

「響」

「……未来」

 

 響にとっての日常の象徴、小日向未来だ。 彼女の顔を見て、今まで詰まらせていた『なにか』が少しだけ薄れる気がした響だが、表情は未だ硬い。

 

「大丈夫……?」

「ご、ごめん。 最近おかしいよね……あはは」

「響……」

 

 元気も、無い。

 彼女の象徴的なハツラツさも見れた物ではなく、あまりの痛々しさに未来の顔をも曇らせる。

 そんな彼女たちを遠巻きに見つめる友人達も、今度ばかりは気軽に声をかけられない。 そっと時間が経つのを待ち、どうにか自分たちが元気づけられる機会をうかがうしか出来ない。

 けど、そんな彼女たちの気遣いすら事態はすべて無駄にする。

 

「立花! 立花は居るか!!」

『!?』

 

 教室の戸がいきなり大きな音を立てた。 開き、その向こうからは青い刀が、いや、剣が鋭く響を見る。 皆が驚愕を隠せず、だけど言葉を出すことが出来ないまま彼女は響に近寄り、腕をとる。

 

「皆、すまないが火急の事態だ。 しばらく立花を借りていくぞ」

「つ、翼さん!?」

「……市内に敵が現れた。至急向かうよう司令からの緊急連絡だ」

「て、敵……」

 

 皆に聞こえないよう最小限の音量での会話。 怪訝そうな周囲を余所に彼女を外に促す翼は腕の力を強めた。

 瞬間、勢いよく立ち上がった響だがその視線はどこか向こうを見ている。 ソレをわからぬ翼ではない、自身にも覚えはある。だけど今は彼女に立ち上がってもらうしかないのだ。

 

「いけるな?」

「……はい!」

 

 なんとか口から吐き出した言葉に翼の表情は硬い。 いかにもムリをしてますよという人間にこれからの戦場を駆け抜ける事が出来るのだろうか。 尽きぬ不安はあれど、これ以外の名案はないのだ、だから後は走るしかない。

 教室を出て、エントランスで履き物を替えると校門まで駆け抜ける。 そこには青い単車が彼女たちを待ち受けていた。 ヘルメットを渡されて翼の後ろに乗るとそのままエンジンが爆音を鳴り響かせる。

 

「しっかり捕まってろ」

「はい!」

 

 クラッチを蹴るように切り替えると彼女たちの姿は学院から見えなくなっていく。 向かうのは市街地、この間戦闘があった場所に近く響の心に動揺を生む可能性のある場所だ。 何もこんなところで……そう思う翼の懸念を余所に、彼女たちは戦場へと入り込んでいく。

 

 街は静かだった。

 数日前の騒動が収まり切れていないせいで、道路は舗装されず荒れたまま。 中には明らかに通常兵器ではあり得ない破壊痕が見られる。 そんなところに人を入れられるわけもなく、ここはまだ一般人の立ち入りが禁じられているのだ。

 そんなところに響達はやってきた。 そう、ここに居るという『敵』という物を排除しにだ。

 

「ノイズ、いませんね」

「……そうだな」

 

 あまりにも静かすぎる街は逆に不気味である。 雑踏どころか雑音すらないここはまるで居るだけで警戒心が強まるかのよう。 立花響は歯をかみしめ、風鳴翼はその目を鋭くする。

 しばらく歩こうと言い出したのは翼。 司令達が見つけたという反応があまりにも気がかりであると言い、ソレが新手のノイズだと響が聞くと彼女は何も答えなかった。 その時の間がとても居心地が悪くて、響の中に小さな違和感がよぎる。

 

 数分街を見て、結局成果を得られなかった。

 

 ノイズというのは発生後数十分程度で自然消滅をするという報告がある。 その数十分で多くの被害を出すからやっかいなのだが、こうも人気が無い場所で出現したのは幸運であった。 今回、奴らは何ら被害も出さずに消えてくれたのだ。

 安堵した響は胸をなで下ろし――――そのとき翼が後ろを振り向いた。

 

「何者だ!!」

「え!?」

 

 振り向いた先は廃墟のビル。

 側面を虫食いのよう大きな穴に穿たれた、6階建てのビルだ。 その足下に向かって吼えた剣は見たのだ。 小さく、しかし決して薄くない影を。 翼は即座に走り出した。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 まばゆく輝いた彼女の身体。 心からあふれ出る音が調べとなって歌に聞こえれば、彼女の首にかけられた聖遺物のペンダントが励起し、展開。 再構成を経て彼女の身体に装甲を形作る。

 青い剣、天羽々斬を纏った風鳴翼は跳躍するだけで50メートルほどの距離を一瞬で縮めてみせた。 だが、さきほど居た影はどこにも見当たらない。

 

「翼さん、どうしたんですか」

「いや、確かに今何者かの視線を感じた」

「だれかって……でもここ」

「そうだ、この周辺は立ち入り禁止区域に指定されている。 復興どころか整地すらされていないこの場に一般人など居るわけがない。 ならば、ここに居るのはどんな存在なのだろうな」

「……」

 

 視線という言い方から、おそらくノイズではないのだろう。 だが正体がわかっている風でもない翼。 警戒する心、研ぎ澄まされていくアームドギア、その両方が最高の高まりを見せたとき、翼の視線が『敵』を射貫く。

 

「そこか!!」

「――――ッ!?」

 

 投げつけられたアームドギアが敵の真横を通り過ぎた。 思わぬ仕損じに翼は右足の装甲内から新たな柄を取り出して右手に構える。 その姿を見て、ようやく事態を掴めた響は胸に手をやると呼吸を整える。

 歌……心に流れる詩を音に乗せるのが彼女達の戦い方ならば精神を整えるのは必須なのだろう。 だから、翼の影に隠れながら響は呼吸を整えるのは仕方が無いことであった。

 

「……タチ、ばナ……サん」

「え?」

 

 集中したからこそ、その声が聞こえたのも仕方が無いことだった。

 

「翼さん待って!」

「どうした?」

「声、向こうから聞こえてきたんです! わたしを呼んでる声が!」

「……チバナ……sんn」

 

 かすかに聞こえたのは、まるで地を這うような物であった。 立ち上がることも進むことも出来ない弱々しい音に、響は過敏に反応する。 いいや、そうではない、彼女が聞き取れたのには理由がある。

 聞き覚えがあるのだ、この声に。

 

「タチバナさん……たすけて」

「深町さん!!」

 

 ビルの影から顔を出したのは見覚えのある男の顔。 数日前、海の向こうへ消えてしまったはずの彼はいま、仲間達の元へ戻ってきたのだ。

 ぼろぼろの衣服、ほとんど裸に近いその姿に激戦の後を覗かせながら彼は二人の元へ歩いて行く。

 

「ひどい傷……い、いま基地で治療をしてもらいますからね深町さん!」

「……タス……ケテ」

 

 “身体がボロボロになっている”彼を介抱しようと駆けつける響だが、その後ろで翼はギアを手の中でもてあそぶ。 すこし、思考の片隅で何かが引っかかるのだ。

 ……けど確証がない、見つからない。 何かがおかしいのに、目の前に居る彼の姿が思考を妨げる。

 

「タス、ケテ……」

「深町さん、すぐになんとかしますから」

「う、む……」

 

 思い出せ、思い出せ。 何かが彼女の中でひっかかる。

 そもそもこの男がこんなにボロボロになっている姿は初めてだ。 身体から血を流し、足を引きずりながら今にも倒れそうにしている姿など初めて見るのだ、焦るのは仕方が無い。 けど、冷静にならなければならない。

 

 そう、ギアを左手に持ち替えた翼は目を見開いた。

 

「立花」

「ど、どうしたんですか翼さん」

「タスケテ……タス、ケテ……」

 

 翼の制止の声も聞かず、彼はひたすらに助けを求める。 彼女の名前も呼び返さず、聞く耳持たず、ひたすらに自信の助けを請う……やはり、何かがおかしい。

 

「深町」

「タス、ケテ……」

「あぁ、いま助けてやるぞ」

「タスケテ…………」

 

 右手を差し出す翼。 その手が見えていないのか、全く動かずひたすらに助けをつぶやく彼。 そんな姿を見て、ついに響すら事の異変を感じ取る。 その、時だ。

 

―――――――翼は、彼の首を刎ねた。

 

「翼さん!!?」

「…………お前が本当に深町だったなら救ってやれるのだがな」

「え?」

「いい加減正体を現せ、お前は深町ではない」

 

 胴体から首が離れず、喉元からうっすら見えた食道から細い細胞があふれ出る。 まるでマグマのように噴火すれば翼と響を狙い飛びかかる。

 

「立花、ここから離れろ!」

「え、え!?」

「ヤツは深町ではない! おそらく前に聞いたガイバーの致命的欠陥という物だ」

「が、ガイバーの?」

 

 アームドギアから青い斬撃を放つと響を抱えて一気に後退。 急ぎ状況を説明する翼はかつて“深町晶”と師弟関係を結んだときのことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

「ガイバーの弱点?」

「えぇ、いつまでも隠し事をしておくのもアレだと思って」

「隠し事って……ホント律儀なのね」

 

 あの日、私との修練の間際に確かに話してくれた。

 自身の身体、自身の弱み。 それらを打ち明けてくれた時、初めてあの子との壁がなくなったと思えた。

 そう、思えたのだ。 だけど、本当に実感するのはもう少し後のことだ。

 

「まず額にある金属球、コントロール・メタル」

「確かガイバーの武装を統括している物だったな」

「はい、そしてガイバー最大の急所です」

「なるほど、機能不全というわけか」

「いや、そんな簡単な物ではなく。 実はあそこを破壊されると俺は死ぬんです」

「…………なん、だと?」

 

 どうやら私は想像以上に信頼を置かれているらしい。 しかしこの内容はいきなりすぎだ、整理が付かない。

 そんな私を見てどう思ったのだろうか、少しだけ視線をそらした深町は苦笑いをする。

 

「逆に言えばコントロール・メタルさえ無事なら、この間のように再生することが出来る。 もちろんガイバーで全快すれば生身も元通り」

「そうか。 つまりそこさえ守れば後は基本的にどうとでもなると言うことだな」

「はい、大雑把に言えば」

 

 だからといって自分から傷つくような真似などさせられない。 この子、いままでよほどの事があったようで危険を自分一人で背負う癖がある。 ……だれもそんなこと頼んでいないのに。

 いや、私も人のことは言えないな。 あの頃の私を見たら深町はなんと言ってくれるのだろうか……

 

「……」

「それで、コントロール・メタルはガイバーをというより、正確には強殖細胞を操っていると言えるんです」

「操る?」

「強殖細胞はもともと強い生命力を持った一個の生物と言えます。 そしてソレは周囲の生物を手当たり次第に取り込みます、そして遺伝情報を元に強化、進化する」

「その生態を機械的制御で武装に転化したのがガイバー……」

「そう。 だけどそこがガイバー最大の難点であったんだ」

「なに?」

「実は…………」

 

 

 そう、言われたのだ。 …………だから、わたしは…………

 

 

 

 

 

 冷たい洞窟の中。

 もう、何十時間この中にいるのだろうか。 かなりの時間を費やしお互いの身体が回復するのを待った。 少女はようやく起きれるようになり、ガイバーⅠの身体は完全に修復が完了している。

 だが深町は急いでこの島から脱出しようとは思わなかった。 助けが来る、そういった考えがないわけではなかったが、思うところがあったのだ。

 

「……彼女が回復したとして、この後どうすればいいのだろうか」

「あ? なんだよ」

「いや! 何でも無いんだ」

「そうかよ」

 

 自分は異邦人だ、ソレは今更なことだし彼女に直接の関係はない。 けれど今まさにそれ自体が問題になっていて。

 もしも無事に彼女を迎え入れたとして、果たしてその後の処遇はどうなるのだろうか? 罰則があるのではないか? 自身が匿うことが最良な答えなのか? ソレを思うととてもじゃないが手放しで喜べない。

 しかし、事態は彼に考える時間を与えてくれないようだ。 深町は唐突に壁面を睨む。

 

「ん?」

「どうかしたのかよ」

「いや、なんだ今の」

 

 

 ガイバーⅠのセンサーが何かを捕らえる。

 ここではないどこか。 でも、そう遠くないはずのそこに見え隠れする怪物ではない方のノイズを、彼は今見たのだ。

 今までに見たことのないソレは、深町の警戒心を引き上げるのには十分で、復元の終わってない身体を起こすに足る理由である。

 

「おい?」

「少し外を見てくる。 キミはまだ身体が本調子じゃないだろうし、ここで待っててくれ」

「あ? あぁ」

 

 少しだけ首をかしげた彼女だが、深町が言うことはすべて正しい。 それに大した用事ではないというのだ、ならば自身が連れ立っていくこともないのだろう。 そのまま寝床に身体を預ける。

 なんてことは無い、ほんの少しだけ外を見るだけだと彼は言った。 ソレを鵜呑みにしてしまった自分の変化に気づかぬまま、彼女はそっと目を閉じた。

 

「……どうしていままで気がつかなかったんだ」

 

 だが深町晶は気がついていた。

 この世界の変化、自身の身体の一部喪失とを考えれば答えはすぐに出てきたのだ。 そう、戦いはまだ終わっていない。

 

「ここから遠くの場所に見たことある反応が……というか、これってどう見ても……」

 

 最悪な想定が今まさに現実となる。

 この世界ではそれなりに気を払っていたはずだ。 相手がノイズで、その能力が炭化という事も手伝って”処理”も楽だった、だがそれが今回の失態を手伝ってしまったのだ。

 

 そう、いま深町が見ている物は、おそらく自身の――――

 

「もしもそうなら早く手を打たなければ。 風鳴さん、見破ってくれ……!」

 

 特に少女を救った一番の功労者、ガングニールの彼女には絶対に見せられないだろう。

 しかし、深町晶はまだ動けない。

 

 

 

 

 深町晶が大海に消えてから数日。 二課の捜索は続くが、未だ彼を見つけることがかなわなかった。

 あれほどの傷を負い、あまつさえ最後には下半身が吹き飛んだ彼の生存は絶望的だ。 でも、それでも探す事をあきらめないのは、ここの人間の上司が風鳴弦十郎だからだ。

 

 彼は、決してあきらめなかった。

 

「晶君のガイバーはあの程度でどうにかなる代物ではないはずだ。 いまだ手がかりのない状況だが、皆、全力を持って彼を探してくれ」

 

 その声がなければ皆はあきらめていたかもしれない。

 この言葉がなければ、立花響は悲観に暮れていたかもしれない。 でも、今一番つらいのはやはり弦十郎であった。

 皆を率いるという重責と、彼にすべてを背負わせたという後悔が重くのしかかるのだ。 それでも、弦十郎は決して逃げず、立ち向かう。

 

 少年が最後に見せた輝きを、その目に焼き付けてしまったから。

 

「司令!」

「――どうした!!」

 

 そんな彼等の頑張りはついに実を結ぶ。

 

「数日前の戦闘区域に未知の反応が!」

「なに!?」

「この反応に類似するデータがあります。 ガイバーとネフシュタンです!」

「まだ、戦っているとでも言うのか……!」

 

 最悪の形で、彼等の前に現れた。

 あれからもうそれなりの日数が経っている。 ソレなのにまだ互いを傷つけるとでも言うのか。 オペレーターの声に苛立ちと無念をかみ殺し、弦十郎は拳を握りしめた。

 

「そ、それが司令」

「どうした、まだ何かあるのか」

「反応が、一つだけなんです」

「どういうことだ!?」

 

 一つから複数の反応が出る。 この時点で彼等の常識は瓦解した。 深町晶が居なければだが。

 

「まさか」

 

 弦十郎には一つだけ心覚えがあった。

 

「晶君が言っていたことが、まさか!」

 

 かつて深町晶が、この世界でガイバーを知られるのはまずいと言っていたその意味を、彼等はようやく理解することになる。

 

 

 

「深町、ここまで姿形が酷似するとは聞いていなかったぞ……!」

「タスケテ……タスケテェェェェ!!!!!」

「くっ!?」

 

 翼が空を舞う。 ヤツの全身が次々に変化し多種多様な武器へとなり奏者を襲う。 彼を形作る怪物……そう、強殖細胞のなれの果て。 しかしその声、その顔は深町晶の物としか思えないほどに精巧。 

 

「翼さん、さっきの話は本当なんですよね!」

「そうだ、そのはずなんだ」

「本当に……本当に深町さんじゃないんですよねあれ!」

「タスケテェッ!!」

「くっ!」

 

翼、そして響は苦い顔をしながら戦闘を継続していた。

 

 右手は原型をとどめておらず、ただ強殖細胞が鞭状になって獲物に迫るのみ。 身体のいたるところは白く変色し、爬虫類にも似たしなやかな細胞に変化する。

 

「アレは……まさか!」

「き、気のせいですよね翼さん。 あの姿つい最近どこかで見たことがある気がするのですが」

「あぁ、同感だ。 アレは忘れもしない、ネフシュタンであろう」

「タスケ……タスケテェェェェ!!!!!」

「来るぞ立花! 構えろ!!」

「はい!」

 

 うねる、しなる、食らいつく。 ついに牙を見せた暴走細胞は悲痛な叫びとは裏腹に怒濤な攻撃を仕掛けてきた。

 翼はアームドギアでたたき落とし、はじき返し、切り返す。

 響はステップを刻み、先を読み、紙一重でよけていく。

 

「立花、ヤツの攻撃は決して受けるな! アレは触れる物を取り込む強殖細胞そのもの、いくらギアのバリアフィールドがあると言っても取り込まれる危険性はある。 お前の戦闘スタイルにとって天敵以外何者でも無い」

「それじゃ今回は完全にお荷物!?」

「そうは言ってない、ただやれることが今回は別と言うことだ」

 

 次々と放たれる強殖生物の触手はまるで嵐のように彼女達を襲う。 分断され二手に分かれてしまった彼女達の間にすでに連携は無く、斬撃を飛ばせる翼が中距離から攻撃を展開。 よけることしか出来ない響をフォローし、隙あらば斬撃を飛ばす翼。 どう見てもジリビンだ、彼女の劣勢は明らかである。

 

「蒼ノ一閃!」

「ァァァアアアア!!」

 

 翼の斬撃が怪異の身体を袈裟切りする。 鈍い叫びを上げるヤツの姿を苦虫を噛みしめるように睨み付ける翼。 剣を振るうたびに上がる声はどう聞いても深町少年の物なのだ、その反応は当然である。

 だから、その剣に一瞬の揺らぎが生まれるのは仕方が無いことだった。 彼女の警戒をくぐり抜けて、強殖生物の触手が足下に迫る。

 

「翼さん!!」

「くっ!?」

 

 切り刻み、切り捨て、切り払う。 アームドギアを大剣に変形させた状態で振り乱し、怪異からの浸食をうまく凌いでいく。 しかしそれでも彼女の劣勢は変わらない。

 おびただしい量に増えていく触手。 それらに包囲された翼をただ見守る事しか出来ない響はこぶしをきつく握る。 もう一度蒼ノ一閃が飛んで行くとき、彼女の堪えは限界を超えた。

 黒いブーツを前に踏み込む。

 

「来るな立花!」

「え!?」

 

 ソレを風鳴翼は許さない。 瞬間、響の背後から風を切る音が迫り、反射神経が許すままに身体をのけぞらせる。

 沿った胸元の真上を醜い触手達が通り過ぎる。

 

「私の事はいい!」

「で、でも!」

「気遣い無用! 今は身を守ることだけに集中しなさい」

 

 この有象無象達を見るたび、我が手に掴むアームドギアの重さを実感するたびに翼の脳裏には2年前の光景がよぎる。 あの、コンサート会場最後の戦いだ。 何も出来ず見ることしか出来なかったあのときと、今度は立場が逆。

 それに気がついたとき、翼はようやく“彼女”の思いを知ることが出来た。

 

 そうだ、彼女はあのときの立花響の命だけではない。 自身さえも守ろうとして……

 彼女の思いをようやく知った。 天羽奏の強さを今一度思い知った。

 

 激化する触手の攻撃はついに翼の手からアームドギアを零れさせ、遠くビルの壁にたたきつけられた。 振り返ることなく、翼は大地に手をつくと逆立ち。 両足を開いて足首から先の刃を展開し旋回する。

 

「逆羅刹」

 

 同時、切り落とされていく触手の波をかいくぐるように両腕にて跳躍。 空に身を翻した彼女は左足の収納からもう一振りのアームドギアを取り出した。

 

「蒼ノ一閃」

 

 迫る怪異に斬撃が被さり、大地に強くたたきつける。 恨めしそうに、呪うように空を見上げた怪異の身体に大きな影が落ちた。

 

「天ノ逆鱗!!」

「キシャアア!!?」

「やった!!」

 

 大質量の剣がヤツを両断いや、押しつぶした。 同時、舞い上がる粉塵の量は周囲を覆い尽くして視界をゼロにしてしまう。 若干の舌打ち、ここまで派手に攻撃を拡大するつもりはなかったのだろう、攻勢に居ながらも翼は焦りを禁じ得ない。

 そうだ、ここまで攻撃の手を出させられたのだ。 この強殖生物に。

 

「進化する細胞とはよく言った物だ。 剣でいくら切りつけようともソレを気に止めない回復速度と強い生命力。 深町ならば粒子砲で消し去ることも出来るがこちらは……アレをやるしか、ないか」

 

 風鳴翼は現在無手。 剣の再生成にもう一呼吸時間がかかるし、その隙をヤツは逃さないだろう。 何より、アレを倒すのに今現状切ったり殴ったりでは拉致があかない。

 響の能力は未だ上昇傾向にある、何よりこの間の一撃は絶大な破壊力がある。 しかし、もう一度同じ物が出せるかは不明。 彼女の未熟もそうだが深町の形をしているという時点で必ずメンタルが異常を訴える。 彼女に、とどめは刺せないだろう。

 ならば、やれることは一つしか無い。

 

「ふぅ……はぁ」

 

 深く、呼吸を行う。

 一つ空気を吸えば肺を膨らませ、二つ吸えば全身に酸素を運び終える。

 三つ目には身体の細胞を奮わせて、四度行えば心に一つの歌詞が浮かび上がる。 彼女の、翼のギアが力を増幅させていく。 小さな流れ、だが、ソレが次第に速度を上げていき翼の身体を駆け巡っていく。

 

 彼女は動かない。 その場で“唄”を紡いでいるから。

 言葉のない唄が全身を包むアームドギアに必要以上の力を要求する。 それを、天羽々斬はみごと答えて見せた。

 

「キシャアア!!」

「――――」

 

 五度、呼吸を行う。

 鋭い視線の中に入り込んだ怪異を、どこか他人事のような目で見る彼女にはすでに全身が唄で満たされていた。 そこに全神経を集中し、己のすべてを捧げていた彼女にはもはや敵さえもこのひとときを邪魔立てする存在に過ぎない。

 

 だから。

 

 恐ろしいまでのエネルギーで紡がれた彼女の唄を怪異は特等席で聞いてもらうこととなった。

 

 

「…………」

「ギ!?」

「■■■■■■■■」

「――!!?」

 

 衝撃波、次に激しいまでの突風。

 風鳴翼がその口から、その身体から、身に纏うシンフォギアから莫大なエネルギーが発せられたのだ。

 視覚では捕らえきれぬエネルギーの波、つまり波動が強殖細胞の怪物を飲み込み、一片残らず塵へと還していく。

 途轍もない技。 今まで見たこともないシンフォギアの運用に響は思わず言葉を忘れる。

 

「…………う……っ」

「つ、翼さん!!?」

 

 ……彼女の姿を見て、ようやく現実に引き戻される。

 身に纏っていたギアが次々に崩れていき、彼女の身体は弱々しく震えが回る。 足腰によこす力すら残っていないのだろう、泥壁のように崩れていけば地面に伏して動かなくなる。

 

「し、しっかりしてください!!」

「す、すまない……」

 

 弱々しく謝る翼を抱きかかえる響。 膝を地面に付けて彼女をゆっくりと確認すると、その顔を悲痛に染める。

 

「そんな声をだすな……」

「で、でも……」

「ヤツは、倒せたか? 眼が見えん、教えてくれ」

「大丈夫です……だからもう休んでください!」

「そう、か……よかった……守れたのだな……」

 

 奏が守り抜いた彼女を、今度は自身が守り抜いた。 それだけで眼から熱い物がこぼれ落ち、口元からは弱い吐息が出される。 ここまで弱り切った彼女を見たことがない響は狼狽寸前、抱きかかえる力は弱くなる一方だ。

 

「司令に連絡……救助を呼んでくれ」

「は、はい!!」

 

 ついには助ける対象に指示を出される始末だ。 だけど、そんな中でもどこか翼の顔は穏やかで、動かないからだを響に預ける姿は満足げにも見えた。

 

「深町……お前の心残りはぬぐった……あとはお前次第だぞ」

「翼さん?」

「…………」

 

 彼の帰還を待つ風鳴翼は、ここで少しだけ羽を休めることとなる。 力を使い切り、剣を振るえなくなった我が身だが“彼女”同様心残りはない。 なぜなら少女が居て、少年が支えてくれるのだから。

 

 風鳴翼はソレさえ思い出すと、ゆっくりまぶたを下ろしたのだった。

 

 

 

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