強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第22話 歌は嫌い、でも……

 

 

 

「……反応が消えた」

 

 日本から少し離れた孤島のどこか、強殖装甲を身に付けた少年が小さくつぶやいた。 ソレはいつか見た強殖細胞のなれの果てと同じ生体反応、そして……

 

「風鳴さんの……天羽々斬の反応も同時に消えたぞ。 ど、どうなっているんだ」

 

 彼女のギアから来る独特の反応すら見失ったことに少年の焦りは募るばかり。 強く拳を握り、今にも重力制御球に意識をたたき込んでこの場から飛んで行きたい衝動に駆られる。 だが、彼には出来ない。

 

「あの人を、なんとかするまでは……耐えるんだ、今は」

 

 それに風鳴翼ならばどうにかしてくれる。 彼と彼女の間にある信頼関係が、深町をこの場にとどまらせる最後のブレーキとなったのだ。

 少しだけの師事ではあったが、その時間の中で感じた彼女の強さは誰よりも理解したつもりだ。 戦いに赴く覚悟と、長い時間をかけて培われた戦場への心構え。 そのどれもが自身にはないものだとわかる深町は、最後の一歩を踏みとどまることが出来た。

 

 今自分がやらなければならないことは……そう考え直すことが出来るのだ。

 

 怪我の方はもう良い。 あれから7日は過ごし、強殖装甲は全身の修復を完了している。 ただ、食料問題で殖装を解けないで居るがそこは大きな問題ではない。 目下深町が抱える問題点と言えば少女をどうやって無事に日本の地に足を踏み入れてもらうかだが。

 思い詰めるような沈黙の後、出てきたのは頼りないため息であった。

 

「もうすぐ日が暮れる。 洞窟に戻ろう」

 

 言うなり踵を返し、彼は遠い地に背中を向ける。 きっと大丈夫だ、今の彼女達ならば力を合わせて困難を切り抜けてくれると信じながら。

 

「ただいま」

「お、おう……」

 

 洞窟内に戻ってきた深町を迎え入れたのは裸に近い格好の女だ。 長い銀髪を後ろで二房に結った彼女は、視線を少しだけ向けたかと思うとそっぽを向いた。 まだ、彼に対して警戒心があるのかと思うと深町はどこかやりきれない気持ちになる。

 人間二人が入るにはほんの少しだけ広い洞窟内、その中央を陣取っていた女は壁際に居場所をずらした。

 二日たった頃には起き上がれるようになり、今では体育座りで壁を睨みながら言葉を発せず体力の回復に専念している。

 心に隙を見せつけない姿に深町は若干呼吸を整えながら手に持った荷物を地面に置いた。

 

「おなかすいただろう? いま、用意するから待っててくれ」

「……」

 

 返答はない。 ただ、視線がさっきとは逆に深町に突き刺さっている……正確には彼の手元にだ。

 

「……何もしやしないよ」

「あぁ」

 

 その意味することを理解したのは3日目最初の食事の時であった。 ようやく起らきれるようになり、頭が回るようになった彼女はまず深町の格好をいぶかしげな目で見た。 この人物が“馬鹿”な考えを持った人間だというのはわかったのだが、その発言とは裏腹にいつまで経っても武装を解除しようとしない事を疑問に思ったのだ。

 メシを用意するときも、しゃべるときも。 寝るところなんて見たことないし、あまつさえ食事を一度もとっていない。 そんな人間に不信を持つのは仕方が無い。 そのことに深町が気づいたのは4日目の就寝時であった。

 

 彼女が、いつまで経っても眠りにつこうとしなかったから、疑問に思った彼はこう聞いたのだ。

 

――別にいかがわしいことをしようなんか思ってないって。

――ちげぇよ! てめえがんなこと出来ねえのは大体察してんだよ! じゃなくて……あぁ、もう!

――え? ……どういうこと?

 

 などという問答が起こったのは深町が気を配りすぎた結果なのだろうし、強殖装甲に暗い影が差したのは彼の尊厳にひびが入ったからなのだろう。

 両手を挙げて降参という意思を見せたにもかかわらず、女が自身を警戒する理由は、5日目朝になってようやく理解した。

こんなに遅かったのは、彼が強殖装甲を身に纏い続け、身体の違和感が消えてしまったせいでもあると弁護しておきたい。

 

 そこからは事情を説明して、それでも気を許さない彼女を見て少しだけ距離を置き、彼女が自身を監視するかのように一挙手一投足を睨み付けるときは好きにさせるようにした。

 そうすることで良好な関係が築けるのなら安い物だし、互いに殺し合っていたあの頃に比べればだいぶ大きな前進でもある。

 

 だから、彼は短い返事をしながらも警戒心を解かない彼女に対して、特に文句を言うことはなかった。

 

「あのさ」

「なんだよ」

「あ、食べながらで良いから聞いてほしいんだ」

「…………ずずず」

 

 彼女が今現在使っている木彫りのカップは深町がガイバーの腕力で無理矢理作った物だ。 以前、間借りの部屋に設置したかんぬきをガイバーで日曜大工したときの経験が生きたらしい。 そこに海水を丁寧にろ過して作った水を用意したのだ。

 ソレを飲んでもらうのに数時間ほどの説得を要したのだが、ガイバーの無表情と水を交互に見た女はゆっくり、少しずつ口に含みながらのどを鳴らす。

 

 一連の動作を見送ると、深町は頭部のセンサーを動かしながら話を進める。

 

「身体の方は大体良くなったかい?」

「……まぁ」

「それはよかった。 実は明日にはここを出ようかと思うんだ」

「…………」

 

 沈黙は肯定? 視線は手に持ったカップに固定されてしまい、いまいち彼女の心境を把握しかねる。 それでも続きを言うしかない、彼は彼女が合意できるように説得材料を差し出していく。

 

「まず、ここら周辺に漂っていたノイズの反応がすべて消えたこと。 おそらく奴らが自然消滅したんだろう。 そして、ガイバーのセンサー範囲内における天候が安定してきたこと。 コレならばキミを抱えながら空を飛ぶことも出来る。 そしてなにより、キミの身体が十分に快復した。 もう、ここにとどまる事も無いだろうと思うんだ」

「あぁ」

「二課にたどり着くことが出来れば、きっと保護を受けることも出来るはずだ。 俺がそうだったように、キミもきっと受け入れてもらえるはずだ」

「……」

「た、たぶん……」

 

 だから……その続きを言おうとして、深町の言葉は停まってしまう。 もしもこの者が保護されたとして、その後にいったい何が待って居るのだろうか。 誤解と、別の思惑があったとしてもこの子がノイズを先導したという事実は変わらないし消えない。 そんな状況でこの子を、日本政府に引き渡したりしても良いのだろうか。

 弦十郎ならばきっと打開のために動いてくれるという確信はある。 だが、もしも手違いが起きてしまったら?

 彼女を快く思わない場所に引き渡されてしまったら?

 

 脳裏に浮かぶのは、深町が経験した中でも最も痛烈な事態だ。

 

「……さすがにクロノスのようにはされないだろうけど」

「?」

「と、とにかくキミのことをちゃんと考えて、正しい方向に持って行ってくれるヒトを紹介する。 大丈夫、あの人なら間違いなく安全だから」

「そうかよ……」

 

 その言葉のウラには赤い髪の人物が見え隠れする。 そうだ、あのガタイのよい司令官ならばきっと事態を好転してくれるだろう。

 しかし……

 彼女の相変わらずな心の隙のなさ。 深町が力なく肩を落とすと、女はそのままコップを地面に置く。 背中を見せてゆっくりと地面に身体を預けると、その呼吸を小さく落ち着ける。

 

「もう寝る。 明日は忙しいんだろ?」

「え?」

「ここから連れ出してくれるんだろ? さっさと寝心地の良いところで寝かせてもらいたいもんだ」

「……あ、あぁ。 枕を高くして寝れるところを紹介するよ」

「ソレは何よりだ、おやすみ」

「うん」

 

 そう言うと明かり代わりのたき火に土をかけて、ガイバーのセンサーを極力弱めながら壁にもたれかかる。 ゆっくりと心を落ち着かせて、起きながら何も思考を行わない。 そうすることで睡眠せずに休むことが出来る、ここ数日で学んだことだ。

 煙の揺れる洞窟内の空気が元に戻るのを感じながら、彼は朝日をじっと待った。

 

 

 

 朝日が昇り、ソレと同時に洞窟を出た深町。

 センサーの範囲を全開に広げて周囲50キロに以上がないことを確認した彼は、この数日でたたき込んだ星の配置を思い出しながら方角を定める。 クロノスからの逃避中のサバイバル経験は伊達では無い。彼はゆっくりと“北西”を向いた。

 

「そう、あっちに向かって飛ぶんだ。 只まっすぐ、速すぎず遅すぎないように」

 

 何度も反復する言葉。 そう、重力制御球を全開にした飛行は生身の人間に耐えれるものではないのだ。 だから、飛行速度は原付の法定速度より少し速いくらいで行うしかない。

 何かにしがみつくことも、風を遮るものも無い海上を飛行するのだ、すこし手こずるのは仕方が無い。 自身の中で方針を決めると洞窟内に再び戻っていく。 すると彼の気配を感じたのか女が上半身を起こして身支度を調えていた。

 

「あ、おはよう」

「……もう行くのか」

「うん。 出来るだけ日が出ているうちがいい、そっちの準備が整ったら教えてくれ」

「あたしはもう大丈夫だ」

「そうか、じゃあ行こう!」

「…………」

 

 言うと深町は彼女に手をさしのべる。 その意味をわからない女ではないが、きつく睨んだまま一向に握る気配がない。 コレにはさすがに空気が保たない深町は、困り、考えた。

 

「よし、キミが選んでくれ」

「あ?」

「おんぶと抱っこ」

「…………マジかよ、お前その顔で……」

 

 目に見えて不機嫌な彼女だが、深町は結構真剣で。 ガイバーの無表情とが相まって非常にシュールなのが女をより一層困惑させる。 しかもこちらから選べと来たものだからひとしおだ。

 どうする……彼女はしばし考えた。

 

 

 結果。

 

 

「抱っこで良いんだね?」

「言うんじゃねえよ! そこは静かに持ち上げれば良いだろうが!」

「……ごめん」

 

 ただ持ち上げられる方が楽だろうという安直さで前に抱えられる方を選んだ。 ゆっくりと、ガラス細工を障るような繊細さで彼女を持ち上げたガイバーは心なしか不安げな表情に見える。

 いや、実際落ち込んでは居るのだが。

 

「飛ぶよ」

「はいはい、せいぜい落とさないようにしっかりしてくれよな」

「あぁ、絶対に離さない」

「…………まかせた」

 

 抱かれた感触は存外きつくなく、生物独特の暖かさが全身を包むようだし、それでいて男性特有の力強さはなんとも言えない感情を彼女に与えた。

 

 こんな風に誰かが接してきたのは久しぶりだ…………こぼれた独り言は、運良くガイバーのセンサーの隙間を転がっていた。

 

 そこからしばらくの飛行。 深町が細心の注意で飛行速度を40キロあたりでとどめ、海の上を飛んでいる。 何もない空、時々みえる大きな雲で太陽が隠れたりする以外本当に変化がない。

 むしろなんら目印がない状態は不安すら覚えてしまう。

 普通の神経、状況ならば立ち止まるべきなのだが、ガイバーの生態センサーで海流と気流を読み、さらに日の傾きで位置情報を整理させている深町はなんら迷い無く突き進んでいく。 その姿はいつかの道に迷っていた少年とはだいぶかけ離れた力強い者だ。

 強く、たくましい。 そんな迷いのないものに抱きかかえられたせいなのだろう。 そう自分に言い聞かせて、彼女はようやく深町に言葉を投げかけた。

 

「お前、どうしてこんな風に飛べるんだよ」

「え? あぁ、ガイバーのセンサーは赤外線とか――」

「そんなんじゃなくて、いや、その……」

「どうしたの?」

「…………迷うだろ、ふつう。 あたしなんかを連れて行って、本当に平気だとかさ。 なのに絶対大丈夫だなんて格好でこうやって飛んじまってさ。 不安とかねえのかよ」

 

 無いわけがない。 言い切る少女に、だけど深町は声色を変えずに切り返す。

 

「深町晶、17歳」

「な、なんだよいきなり」

「198X年生まれの今年で高校二年になった生徒会書記。 父子家庭で、母親は小さい頃に病気で他界。 ちょっと男臭い家庭でそんな不自由なく育った只の一般人だった」

「…………」

 

 切り返したのはなんと自己紹介。 誰の受け売りか、悠長に語る少年は、だけどどこか寂しげに思えた。

 

「そこからいろいろあって、家とかいろんなものを失ってさ。 でも、いつも一緒にいる仲間が俺を支えてくれた。 うん、支えてくれる仲間が居るから俺は戦えた」

 

 少しだけ、彼女を持つ手に力が入ってしまった。 慌てて緩めた深町だが、彼女がこのときの痛みを忘れることはなかっただろう。 そう、この後の言葉を聞いてしまったからには。

 

「だから■■■■■■■に負けて、知らぬうちにこの世界に迷い込んだ当初はどうにかなってしまいそうだった」

「……え?」

「頼れる人間も、守りたいヒトも居ない世界で俺は一人ぼっちで。 本当に辛かった、助けてほしいのはこっちだった。 情けないなって、今でも思う」

 

 日差しが雲に遮られ、少しだけ暗くなった空。 深町の、ガイバーの表情に影が差すと一拍だけ呼吸を置く。

 何を言ってやれば彼女の問いに答えられるのか、真剣に考えている。 女にだってわかってしまう時間の経過に、少年はやっと声を出した。

 

「俺は、弱い。 一人じゃ何も出来ないんだ」

 

 身体は強くても、恐ろしい武器を持っていてもそれを使いこなせていない自分が居る。 だから、きっと我が身は戦いには向かないのだろう。 そんな自嘲めいた言葉だが、反して少年の声は力強くこう言った。

 

「でも、そんな俺を支えてくれるヒト達がこの世界にも居てくれたんだ。 なにもわからない俺を、間違えそうだった俺を、キミを手にかけそうだった俺を違うと引っ張ってくれた人たちが」

「…………」

「そんな人たちが居るから俺は戦える。 一人じゃない、俺はみんなに守られながら戦っているんだって思ったら、身体から震えが消えたんだ。 迷いが、無くなったんだ」

 

 かつての過ち。 そんなこと少女にはわからない。 だけど、この男の言葉からはなにか秘めた物を感じてならない。

 

「歌で世界をつなごうとしている人が居る。 その手の平を握りあうことで世界を結ぼうとしている人が居る。 そんな人たちを手伝おうとする人たちが居る。 この世界の人たちは、まだ、希望を捨てちゃ居ないんだ。 なら――」

「……あたしはキライだ」

「え?」

「歌は嫌いだ。 なんの力も無い、誰の耳にも届きやしない」

 

 だったらこの男は……

 

「手を伸ばしても誰かが掴んでくれることもなかった。 ふりほどかれて、逆に腕を掴んだのは汚え鉄の鎖だった」

 

 きっと、この男なら……

 

「それでもお前は世界をつなぐだとかなんだの言えるのかよ。 こんな、痛みに溢れた世界をさ」

 

 もしかしたら……この男なら……

 

「わからない」

「…………」

「俺は戦うことしか出来ない。 だから、戦って彼女達を支えるんだ。 それが俺に出来るみんなへの恩返しだと思うから」

「そうかよ」

「それに俺はノイズの騒動が終われば帰らなくちゃいけない。 まだ元の世界ではクロノスにみんなが抵抗しているはずだからさ。 だから俺に出来るのは手伝いだけだよ」

「あぁ、……あ?」

「え?」

「いや、元の世界って?」

「知らなかったのか。 俺は――」

 

 いつか見たやりとりの再現と言わんばかりに深町が彼女に事情を説明する。 ……しようとしたときだ、ガイバーの頭部の金属球、生態センサーが一斉に反応を示した。

 

「なんだ、海の中に何かが居る」

「魚か?」

「それにしては速い。 後方800メートルからどんどんこちらに近づいてくる」

 

 ガイバーが即座に反応したと言うことは、間違いなくこちらに敵対の意思、もしくは危害を加えるであろうと観測したはずだ。 そのことを踏まえて、深町は少女を握る手に力を込める。

 

「もう少しで陸地のはずなのに……キミ、しっかり捕まっているんだ」

「戦うのかよ!?」

「たぶん。 しかも今回は結構やっかいかもしれないな」

 

 だんだんと、そう、遠くの物が近づいてきたことによる視界確保に近いだろう。 鮮明になる反応を見た深町は、ゆっくりと息を呑んだ。

 

「たぶん左足だろうな……」

「は?」

「左足の強殖細胞が俺たちを追っているんだと思う」

「ど、どういうことだよ……」

 

 冷静に考えてソレしかない。 ノイズからは生体反応が出ない以上、今目の前に迫る強大な生体反応は間違いなく深町の知る世界の存在である。 クロノスが存在しない以上、獣化兵という可能性は完全にない。

 ならば、これは自身が持ち込んだ災厄に他ならない。

 

 少しだけ、本当に少しだけ彼は速度を上げる。

 

 それでもヤツには追付かれるだろう。 かといってこのまま速度を上げることは困難だ。 そして、このまま逃げ続けてしまえば日本にヤツの上陸を許すこととなる。 ソレは絶対に避けなければならない。

 ガイバーは海上に水しぶきを上げながら旋回すると、振り向きざまに口元の金属球を揺さぶった。

 

「ソニック・バスター!」

 

 大きな水柱が上がる物の、やはり水中の敵には効果が薄いのだろう、特に速度が落ちることなくこちらを追いかけてくる。 今現状、両手をふさがれたガイバーの最大攻撃力は今の音波兵器が精一杯だ。 これ以上はない。

 だから、ガイバーはもう一度振り返り逃げる選択をとる。

 

 振り返り制御球に意識を流した深町の背に、白い牙が飛翔する。

 

「おい、よけろ馬鹿!」

「ぐ!?」

 

 すんでの所で身をよじり、抱えた彼女に傷を負わせることを回避した。 だが、その代償に深町の右肩の感覚が消えている。 痛みを把握する前に目視で確認すると、白い刃が肩から突き出ていた。

 敵の攻撃をよけ損なったのだ。

 

「また……あたしをかばって……」

「気にしないでいい。 というか、ほとんど俺のせいだし」

「なにいってんだよ! あたしを抱えてるから反撃も逃げることも出来ないんだろ!?」

「そう、なんだけどさ……」

 

 元はといえばあの強殖生物を解き放ったのが自分の失態だから……そんな事を言っても彼女は納得しないだろう。 だから、今はまず自分たちが生き残ることを優先する。

 深町は空中で停まり、無駄な動きをせずに次の攻撃に備える。

 ガイバーのセンサーを周囲500メートルにまで狭め、逆にその精度を上げる。 先ほどまではわからなかった海流の向き、海水の中にいる微生物の分布、海の成分まで手に取るように見えてくる。

 あまりにも鋭い精神集中にガイバーが答えた結果、彼はいま、海の流れをつかみ取ったのだ。

 

 そのとき、左後方で波が立つ。

 

「ソニック・バスター!」

「キシャアアア!!」

「うげ……!」

 

 大怪獣、否、大海獣が深町の真横を通り過ぎた。

 固有振動の合わさっていない、破壊力の落ちた深い音波に海の生物が過剰反応を示したのだろう。 いいや、“海洋生物の特性を喰らった強殖生物”が拒絶反応を示したのだ。

 それを見送り、高いしぶきが上がる中、深町はそっと彼女を背中に移動させ、おんぶの体勢に。 左腕で彼女の身体を持ち上げつつ右腕はヤツと重力制御球の射線上に置く。

 

 その手のひらに極小のワームホールが作られた。

 

「プレッシャー・カノン……行け!!」

 

 チャージは控え目、生成速度に比重を置いた速射砲。 いかに他の生物を喰らい、肥大化した強殖生物でも、この攻撃は相当答えるらしく、悲鳴とも金切り音ともつかない絶叫を上げながら海底に逃げていく。

 

 追撃の手を伸ばそうとする深町だが、左手にかかる彼女の体重を思い出すとその場でとどまる。

 

「速く逃げよう。 いつまた襲いかかってくるかわかったもんじゃない」

「そうだな。 あたしもいつまでもお荷物ってのは気に入らねえしな」

「そ、そう言う意味じゃないってば」

「…………」

 

 彼女は押し黙る。 口を紡ぎ、視線が下を向いてしまったその姿は、まるで何かを迷っているようにも思えた。 その姿が、どうにも引っかかる深町は思う。 まさかと……

 

「絶対に見捨てたりしない。 じゃなきゃみんなの思いも、キミ自身も裏切ることになる……そんなこと、俺は嫌だ」

「……わかったよ」

「“帰る”んだ……絶対にみんなのところに帰るんだ!」

 

 “あのとき”とは違う。 今度こそと決めた深町は背後に向けてプレッシャー・カノンを打ち出した。

 

「キシャアアア!?」

「お前への対処はもうわかっているんだ! 同じ強殖生物だというのなら!!」

 

 襲いかかってきた怪物を右足で蹴りつけ海に叩きつけ、右腕のプレッシャー・カノンの連射。 さらにヘッド・ビームを打ち出して今できる最大火力でヤツを迎撃する。

 体中を穴だらけにされていく怪物。 力なく海面に浮いているそれに深町はゆっくりと近づき両手をついた。

 

「お、おい!」

「大丈夫、見ててくれ」

「だけどお前……」

 

 彼女は少年が何をしようとしているのかが理解できなかった。 いくら沈黙したと言ってもあまりにも無防備、しかも自身という荷物を抱えた状態では接近戦などやりようもない。

 困惑する彼女を背に、ガイバーのコントロール・メタルが強く発光する。

 

 怪物の身体が身悶え、萎縮、収縮、いや、ガイバーが触れた箇所から次々と吸い込まれて行くのだ。 まるで元がそうであったかのように、ごく自然な流れでガイバーⅠの体細胞と同化していく。

 

「よし、うまくいった」

「お、おまえコレなんだよ」

「……状況は帰ったら説明する。 必ず」

「ソレは良いけど……大丈夫なのか?」

「まあ、ね」

 

 心境的にはかなり複雑ではある。 付け足した深町を見て、それなりに余裕があると感じた彼女は一気に脱力。 怪物をその身に戻しているガイバーの背中で一息つき、ゆっくりと身体を預け……

 

「……う!?」

「お、おい?」

「グアアアアアッ!?」

「どうしたんだよお前!」

 

 ガイバーが突如苦しみ、もがく。 いきなりの事で振り落とされそうになるのを必死に堪え、彼の状態をどうにか確認する。 怪物は依然として動かないし、彼に襲いかかったわけじゃない。 しかし、確かに襲われていたのだ。

 

「なんだ、その……右肩のヤツ!」

「さ、さっきの攻撃の……ぐぅぅ」

 

 激しい痛みと共に彼の右肩、腕の関節までをも浸食していく。 糸状に、まるで新しい血管を通していくかのようなそれに、深町は頭部のセンサーを使いどうにか解析を試みた。 結果、ソレはかなり最悪な物であった。

 

「ね、ネフシュタン……なのか!?」

「ばかな!」

 

 この間のもう一つの怪物が、深町の腕に入り込んだのだ。 だが、少しだけおかしい。 この間、同じように浸食されていたがコントロール・メタルが弾いたはずだ、なぜソレが起きない。

 一瞬で思考をまとめた深町は己の意思力でコントロール・メタルに排除の働きを促す。

 

 光るメタル。 ガイバーの腕に食い込む遺物が荒れ狂うと、そのまま彼の身体を…………食いつぶしていく。

 

「が!? がぁああああ!!」

「馬鹿! なにやってんだよ!!」

「お、おかしい……腕が言うことを利かない……」

「……くっ!」

 

 怪物がとったようにもがき、苦しむガイバーを見て今度は女が宙を舞う。 深町の背中を蹴り、その身を空へ預けたのだ。

 

「ば、馬鹿…………」

「それはこっちの台詞だ…………このあたしに」

 

 胸元に手を伸ばし、そっと目をつむった彼女はゆっくり口を動かしていく。

 

 …………あたしに歌わせやがって。

 

 そうつぶやいた彼女は、己が心を歌に変えた。

 

「Killter Ichival tron」

「な、なに!?」

 

 彼女の衣服が消えていく。 爆発するように、散失したソレを補うように別の素材が身体を覆っていく。 その光景、その姿、どれをとっても深町に見覚えのある物である。 そうだ、コレはあの白い鎧などではなく、立花響達が使うかけらの方の…………

 

「し、シンフォギア……!」

「はぁ!」

 

 赤い装甲が彼女の肌を覆うと、手には二振りのアームドギアが。 しかしソレは風鳴翼のような剣では無く、むしろ正反対の……銃器。 そう、両手に銃を携えた彼女が、深町の前に居る、生物の死骸に降り立ったのだ。

 

「おい!」

「ぐぅぅ」

「くそ、すこし荒療治だが“今の”お前なら問題ねえな!」

 

 手に持った銃……ボウガンのような形をしたそれだが、おそらく見た目通りの物ではない。 ソレを証明するかのように左右に振り上げられると、シンフォギア特有の物質再構成が始まる。

 だが、その再構成はあまりにも物騒すぎだ。

 次々に切り替わるソレは、大型の三連マシンガンへと変形、換装。 両手に携えた内、右手の側だけ深町に向ける。

 

「絶対に動くんじゃねえぞ」

「……あぁ頼む」

「ちっ……すんなり受け入れやがって」

 

 これから何をされるのかも、こちらの意図をすべて見透かされた気がして女は気分の悪そうに舌打ち。 だけど、今は気分をこじらせている場合ではない。 やるべきは脅威の排除、方法は……そのままヤツを打ち抜くこと。

 彼女の照準は正確にガイバーの右肩を狙い……

 

「気に入らねえ!!」

 

 撃ち抜く。 強殖装甲に巣喰う白い怪物を、彼の身体から追い出していく。

 

「があああああああッ!!」

 

 ガイバーの身体を削りながらだが。

 弾丸の嵐をその肩に受け無事で居られるわけがない。 乗っ取られかけた右腕はもちろんのこと、狙いが大雑把なせいか右肺胞……つまりスマッシャーの砲門を少しえぐり取っていく。

 このせいでメガ・スマッシャーは片側使用不能。 右腕にいたっては完全に消失してしまっている。

 

「……あ、ありがとう……助かったよ」

「…………本当に平気かよ、おまえ」

「な、なんとでもなるさこれくらい。 ……問題はネフシュタンだ」

 

 問題はまだ片づいては居ない。 言わんばかりに振り返ったガイバーは左手で胸部装甲を開く。

 

「……なに!?」

「どこにもいねえ!」

 

 撃ち抜いたはずの残骸がこの場から消えていた。 即座にガイバーの頭部がうごめき、ソナーのように生体反応を探る。 欠片と言ってもあのネフシュタンだ、なにかあるはず……深町は開けていた装甲を戻しながら、今度は高周波の刃を展開、次に備える。

 同時、彼女の足下が大きく揺れる。

 

「こっちに来るんだ!」

「クソ! なんなんだよいったい!」

 

 足場にしていた怪物から一気に深町の元へ飛翔。 手を握り、宙に浮く彼にぶら下がり眼下を眺めると、怖気が走る。

 

「おいおい、コレってまずいんじゃねえのか」

「あぁ、これで完全に真っ向からやり合わないといけなくなった」

 

 先ほどの怪物の中に点在する白い影。 ソレがなんなのかは二人が確認することはなかった。

 

「今思うとさ」

「どうしたの?」

「あたし、よくもまぁあんなもん身に付けて平然としてたなぁ……って」

「確かにそうだ。 いやまぁ、俺もヒトのことは言えないんだけどさ」

 

 目の前で行われる禍々しい……共食い。 強殖生物と、完全聖遺物の慣れの果てが互いの肉を喰らい、血をすすり合っている姿に、ソレを身に纏った者達は大体同じ反応。 そう、お互いに顔を見ると即座に武器を展開したのだ。

 

「悪いけど隙は逃さない」

「ちゃっちゃか片付けて、寝心地いいベッドで寝かせてもらうぜ!」

 

 赤い彼女が、深町の腕にぶら下がったまま空中ブランコ。

反動を付けながら飛び上がると彼の肩の上に立ち上がる。 コレで、片手の開いた深町はようやく胸部装甲を開く事が出来る。

同時、ガトリングを構える彼女。 赤いシンフォギアを纏う彼女の腰、そこを覆う半円状の物体が質量を変えて物騒な変形を遂げる。 どこにどう入っていたのか、その中から覗くのは無数のミサイル。

 弾頭をヤツに向けると両手のガトリングが火を噴いた。 ヤツの動く間を与えない手数の中で、彼女は狙っているのだ……必殺の瞬間を。

 お互いに補食し合いながらも、両者にとっての敵を認識したのだろう。 色合いがごちゃ混ぜの触手を彼女目がけて飛ばしてくる……刹那。

 拳よりも一回り大きいミサイルを、怪物目がけて打ち出した。

 

「消えちまいな!!」

 

 爆炎がヤツを襲う。

 上がる悲鳴は怪物の物。 明らかな手応えだが、ここで妥協する少年ではない。

 

 その胸に光るは灼熱の太陽。 エネルギー保存の法則から外れ、ビッグバンのミニチュアとさえ賞された彼の武器が今、怪物を照らし出す。

 

 

「原子の塵に還れ…………!!」

 

 

「キシャアアア!!」

「なっ!?」

 

 深町が砲門を展開した、本当にその瞬間であった。

 まるで“そのとき”をわかっていたかのタイミングで最後のあがきを見せた怪物。 ヤツは唸る触手をひとまとめにすると螺旋を描き、束ね、ガイバーの左胸へと飛び込んできたのだ。

 姿勢の悪い深町に回避の手段など無い。 そのまま、胸部装甲を開いた状態で怪物の攻撃を許す。

 

「ぐあああああ!!」

「おい!?」

「く、はぁっ!?」

 

 口元の排気口から鮮血がほとばしる。

 胸部粒子砲のレンズ体に直撃を喰らい、身体の向こう側にヤツの触手が突き抜ける。 一回からだが引きつけを起こしたが、無理矢理痛みを押さえ込み、叫ぶ。

 

「離れろ……!」

「く!」

 

 辛い発言。

 ソレが自身への警告だと悟った彼女は即座に飛び上がる。 浮いている彼の下に広がる赤い海面、どれほどの出血を許せばあそこまでこの海を濁らせることが出来るのだろう。 いらないことを考えている刹那、シンフォギアで作り出した無限とも言える弾丸の雨を降らせる。

 深町を貫く触手を切断し、彼に近づこうとする怪物を足止めし、その頃には自身は海水に落下して深町を引っ張りながら急速潜行。 太陽の光が届かないほどの深海に身を隠す。

 

 呼吸の出来ぬ水の中でも、お互いが身に纏うギアと装甲の特異性が彼等の命をひたすらに守る。 特に深町のガイバーは今このとき、その機能を十全に発揮しながら殖装者を生きながらせる。

 

(大丈夫なのかよ……?)

(な、なんとか……急所を打たれはしたが、まだ生きている)

(……急所やられて平気って、もうわけわかんねぇんだけど)

 

 海底に横たわる深町を片手で制すると、彼女はもう片方の手でガトリングを上に向ける……が、すぐさま狙いを外し、武器を仕舞う。 もう一度深町を見て、そっと目をつむる。 すると持った武器を分解収納、開いた手で彼の身体を抱き上げる。

 海底を歩くように泳ぎ、ゆっくりその場から離れていく。

 彼の化け物を相手取ることは簡単だが、それより腕の中に居る阿呆を持ち直させるのが優先だと彼女は考えたのだ。 だから、勝負を捨ててこの戦場から背を向ける。

 

(……まったく、足を引っ張るなよな)

(ご、ごめん……)

(あ? あぁ……クソ、やりにくいな)

 

 無表情なガイバーから漏れてくる、正反対な弱い声。 あまりのギャップに今度は彼女の方が縮こまる勢いであった。 だが、そんなことばかりしていられない、すぐさま彼等はこの後のことを考える。

 いま怪物をほっぽり出して、そのあとはどうなる? ヤツは、いったい何をしでかすのだろうか。

 

(速くヤツを叩かなくては大変なことになる……だというのに)

(とにかく一回引く。 いいな?)

(しかし…………)

(い い な ?)

(……わかり、ました)

 

 風穴の開いた胸部装甲を睨み付け、すぐさま深町に鋭く言い放った彼女はゆっくりとこの近海から消えていった。

 今回は、彼の負けだ…………

 

 

 

 

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