あれから三日が経った。
立花響と、風鳴翼が強殖生物を退けたその日からだ。
この戦闘の時、追い詰められた翼が放った技は、彼女の身体に多大な負担をかけ、しばらくメディカルルーム行きを余儀なくされたのだ。
深町晶が……ガイバーという強力な戦力が居ない今、この状態は途轍もなく苦しい。 コレを重く見た風鳴弦十郎は状況の打開を願い、深町少年の捜索にさらなる力を入れることとした。
ソレが、翼が緊急搬送されて15時間後のことだった。
しかしそれでも彼等が見つかることはなく、状況は一向に打開の兆しさえ見せない。
そんな、途轍もなく重苦しい事態の中で、やはり彼女は顔を上げることをやめなかった。 彼女とは? ソレは、ガングニールを身に宿す少女のことである。
「……」
ガングニールの少女、立花響は今現在深呼吸をしている。
別にこれから歌うわけでも戦場に立っているわけでもなく。 ただ、いまから足を踏み入れる場所に向けて途轍もない気を張り詰めているだけで。
目の前のドア。 ソレを一枚は立てた向こうには自信の命の恩人が居る。
足手まといとなり、尚且つ、自身があそこまで追い詰めてしまった彼女がすぐ目の前に居るのだ。 この間の戦闘を、その最後を思い出すだけで手が震えてしまう。 何も出来なかった自分を、絶対に守ると決めた剣がついに折れたそのときを、彼女は決して忘れることが出来なかったのだ。
ナニカできないか。 そう考えていたら自然。 足がここに向かっていたのだ。
だけど、どんなに気を張ろうが、やらなくてはならない事があるように、彼女がここから先に進まない訳にはいかなかった。 だから、彼女は深く呼吸を繰り返して、自動ドアのセンサーにその身体をゆっくりと踏み入れたのだ。
「し、しつれいしまふっ!!」
「……ん?」
「…………噛んだぁ」
「ふふ」
重苦しい雰囲気を自ら粉砕していくのが彼女のスタイルらしい。
口を押さえている響を、柔らかい視線で見つめるのは病院服に身を包む風鳴翼だ。 彼女はベッドに座りながら窓の外を見ていたようで、横流しの視線で響を見つけると、そっと息を吹くように表情を崩した。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ。 お見舞いをと思いまして」
「……そうか。 いや、ここは病院なのだから当然だな」
その声にいつもの鋭さはない。 少なくとも響にはそう思えてしまう。 なにか、らしくないその姿は違和感すら覚えてしまう。
「こ、これ! つまらないものですけど!!」
「本? ……『THE 日本刀~鋼の真実 知っていますか~』 立花これは?」
「え、や! そのお気に召しませんでしたか!?」
「深町といい、あなたといい。 どうにも私の事を勘違いしている節があるのだが」
「そ、そんなことは――!!」
「本業はアーティスト……あぁ、まぁ、いい。 検査待ちのときに読ませてもらおう」
「え?」
というか、普通病人見舞いなどフルーツだったりなにか気が利いた物がありそうだが。 彼女の行き詰まった感を読みとったのだろう。 翼はひっそりと枕の下に差し入れると、ようやく響の方に身体を向けた。
「街の様子はどうだ? あれから、敵襲はあったか?」
「大丈夫です。 ただ、深町さんが見つからなくて」
「そうか……まだ、見つからないか」
自身が眠りについてからのこと。 ソレを響の口から聞いていく翼の表情は次第に硬くなっていく。
「あ、あの! そういえばこの間のニセ深町さんの事なんですけど!」
「あぁ、強殖生物の擬態のことか。 ソレがどうした?」
「わたし、あんまり説明受けて無くて。 あれって結局何だったんですか? ……だれか、私たちを狙っているヒトが、深町さんに成り代わらせた……とか?」
「そうだな、どれから説明するべきか」
聞いてばかりの翼に今度はしゃべらせてみる。 などという狙いは無かったものの、響の行動は功を奏したようだ。 口が動くせいか、硬かった表情は少しだけ凝りがほぐれつつある。
そんな翼の説明は、響には難解な物であった。
強殖細胞
制御装置
ユニット
規格外品
様々な単語が出てきて、ソレが次第に繋がっては行くのだが、どうにも所々穴が空いているような。
翼の説明に理解が追付かない響だが。 一つだけわかったことがある。
「ガイバーって、すごいんですねぇ」
「……そ、そうだな」
ただ、それだけらしい。
あまりにもあんまりな彼女に翼は目元を覆い隠し若干の深呼吸。 どうやら自分があんまりにも堅苦しい事ばかり考えていたんじゃないか? などと反省しているようだ。 相手に強いるのではなく、己から折れる術を学んだのは良い傾向かもしれないと、マネージャーが見たら感涙物だろうか。
けれど、だ。
わからないからこそ、見えてくる物があるのであって。
「深町さん、そんなもの付けて大丈夫なんですかね」
「平気だろうとは思う。 制御装置で強殖装甲を保っている限り、細胞の異常行動はないらしいからな」
「じゃ、じゃあそのコントロール・メタルが無くなったら……深町さんどうなっちゃうんですか……?」
「なに?」
「こ、この間の……」
素朴な、疑問だった。
でも、そこが一番重要でもある。
ガイバー=コントロール・メタル。 そんな見方をするならば、ガイバーがメタルを失ったら何が残るのか。
聖遺物の欠片を加工したのがシンフォギアだ。 そして翼はソレを用いてギアを再構成、纏う。 だからもしも聖遺物の欠片を奪われればおそらく只の無力な一般人となるのだろう。 だが、強殖装甲はどうなのか?
気になどしたことなかった。
気づこうとすらしなかった。
彼はいままで異次元の彼方に飛んでいった強殖装甲を、その意思力を叫び声で表わす事により殖装を行ってきた。 けど、彼はそのときコントロール・メタルを持ってなど居ない。 ならば……殖装中にソレがなくなると言うことは……?
深町は只の人間になるのか? …………それとも。
「あはは! わたし難しく考えすぎですよね! こんなどうでも良いことで悩んじゃって」
「あ、あぁ」
「いま、やらなくちゃいけないのは深町さんを見つけ出して、あの子と仲良くなることですから!」
「……そうだな」
「では、立花響はコレより捜索任務に入ります!」
「なにか編成されたのか?」
「あぁ、いえ。 個人的なものでして」
「そうか。 頑張ってくれ」
「はい!」
そう言って病室からかけだしていった響。 後に残されたのは、やや微妙に思考を曇らせた剣だけだ。
「あまり暗い雰囲気はいかんな。 もう、あの頃とは違うのだから」
そう言って先ほどもらった雑誌に目を通し始めた
少しだけ気分を変えたくて。 思い込んでしまった暗い思考を一瞬でも忘れてしまいたくて。
「…………そうか、やはり最初のアレはそう言うことなのか。 ……深町、お前は」
忘れられるはずが、無くて。
斬馬刀のページから視線を遠くに向けた翼は、一人昔の光景を思い出していた。
「いよし! 今日も頑張るぞ!!」
立花響が両腕を上げて空にまでのばす。 大きな伸びは身体から緊張を逃がすためなのだが、ソレが無意識で出てしまったのは、それほど疲れが蓄積しているからだ。
この数日で様々なことが起きた。 だから彼女の疲れは仕方が無いだろう。
彼女の捜索コースは、やはりこの間の現場付近である。
理由が“関係者は現場に戻ってくる”などという単純そのものだが、ほかに手がかりがあるわけでもなく、海上などは弦十郎達が調べてくれているのだ、だから自分に出来るのはこれくらいだ。
それに、自分にもやりたいこと、やらなくてはならないことがある。
「もしもノイズが現れたら、翼さんや深町さんたちの代わりにわたしが頑張らないと……だもんね」
またもやってきた、この間の決戦場。
少しずつ快復に向かう街並み。 えぐられたアスファルトは舗装され、真っ白のラインを塗られている途中だ。
でも倒壊したビルは一部そのままになっていて、この間の戦闘の激しさを物語る。
そして、あのとき最後まで戦った深町の姿を、嫌でも思い出してしまう。
「平気、ヘッチャラ……!」
ぐっと呑み込んだのはきっと弱音だろう。 響は悲観に暮れるよりも先に、己がやらないといけないことを理解している。 だからここで腐ることも、立ち止まることもしない。 そうだ、あの少年だって言っていたのだ。
立ち止まることだけは、しなかったと。
しばらく歩いているとポケットに振動が走る。
ソレが弦十郎から渡された通信機だとわかると、急いで取り出して、通話口に耳を押し当てた。
[響君、聞こえるか?]
「し、司令。 どうしたんですか? まさか深町さんが見つかったんですか!?」
[いや、残念ながら違う。 ノイズが発生した。 すぐに向かってほしい]
「ノイズ……わかりました、すぐに向かいます!」
[頼んだぞ、響君]
通信を終えるとすぐさま走り出す。
歌を口ずさみ、身体が光るとその身は一本の槍へと変わっていく。 着地と同時に一気に飛翔。 只真っ直ぐに空を駆け抜けて目的地へと走り出していく。
「やるんだ。 翼さんと深町さんの分まで、わたしが頑張るんだ!」
戦えずに歯を食い縛る者、きっと今も戦っている者を思うと自然、立花響の歌は力強い者となる。 自分だけしかいない、だけど、そうじゃない。 ソレさえわかれば彼女が恐れるものなど何も無かった。
彼女は、戦場へと走る。
【ぷぅ】
【…………ぅぅ?】
【っ!】
有象無象が蔓延る陸と海の狭間。 そこに雑音がのたまっていた。
周りに人は無く、海岸と言うこともあり建造物もない。 つまり、被害もないのだ。
そんなところに出来たこれらは、何が目的でうろついているのか。 弦十郎達は警戒を強く敷きながらも、唯一の戦力であるガングニール=立花響を向かわせた。
「でぃぃぃや!!」
【!!】
到着と同時に右拳を打ち付ける。
衝撃がヤツの身体を駆け抜けて、そのまま黒炭へと還していく。 消えたノイズ一体を確認したら、続けてもう2体に突進した。
今の戦闘の中で、立花響は少しだけ己の手のひらを見ていた。
深町がくれた“光”を浴びたときの力を扱うことが出来ないのだ。 腕に付けたガントレットも、形状を変形させることはついに叶わなかった。 コレが己の中に何かが足りないのか、それともあのときだけの偶然だったのかはわからない。
けれど、これから先、戦いを続けるというのなら、あの力は必ず必要になってくるはずだ。
いつまでも二人に甘えていることは出来ない。
いいや。 たった一人で戦う今だからこそあの力が必要なのだ。
「ノイズだけなら、まだなんとかなるんだけど。 だ、大丈夫だよね。 またこの間のは出てこないよね」
その懸念が響にはあった。
だが、そんな彼女に深い考えをさせる余裕など、この雑音達が与えることなど無かった。
「くっ! また、ノイズが!?」
【!!】
【ぅ!!】
響を囲うように空間が揺らぎ、その中から50のノイズが姿を現す。
以前ならば弱音を見せる彼女だが、今まで培ってきた者が彼女を支え、突き動かす。
「はあああ!!」
一つ、打ち込めば粉砕し。
二つ、振り上げれば粉塵に還し。
三つ、たたき込めば消失させる。
ガングニールの槍を使えずとも、その拳だけで今現状を打開していく彼女には何ら迷いは見受けられない。
そうだ、こんなところで停まるわけにはいかないのだ。 彼女には、やらなくてはならない事があるのだ。 ならばどうしてここで迷っていられよう。
少女は一切の躊躇無く、人々に害成す雑音を沈めていく。
そうして、打ち込んだ拳が100を切った頃、あたりは静寂に包まれていった。
「はぁ、はぁ」
ただ、少女の吐息を除いて、だが。
「よ、し。 一人で……戦える」
再確認した彼女はゆっくりと身体から力を抜く。 もう、ノイズが現れることもないだろうと思い、戦闘態勢を解く。 ……その、時だ。
「ま、またなの!?」
【ぽう】
【ぅぅ!】
【!!】
【っ】
「し、しつこい!!」
さらなる増援。 ソレを目の当たりにして、響はまたも拳をギュッと握りしめた。
打ち込んで、蹴り上げて、投げ飛ばす。
技というものが無い、只の肉弾戦。 それ自体に問題は無いが、何せ多勢に無勢だ、このスタイルではスタミナが持たない。
派手な技で相手をかき消すことも、巧みな技で体力を使わないということも出来ない少女に、持久戦はとても相性が悪い。 徐々に、息が上がり始めた。
同時、立花響の眼前を光が駆け抜ける。
目の前居ただけのノイズが、まるで存在自体を消されたように焼き払われていた。
黒炭の一つすら残さない、容赦ない攻撃。 コレには見覚えがある、ずっと前に見た記憶がある。
青い影が脳裏を駆け巡ると、立花響は攻撃の主に振り向いた。
「深町さ――」
「…………」
青い鬼がそこに居た。
只静かに、恐ろしいまでに冷たい眼光を響に向けてそこに佇んでいる。 その姿、その形、どう見ても“彼”にしか見えない。
だけど、その頭部は“空っぽ”だった。
「………………グゥゥ」
「あ、え?」
頭部がないのではない。 角はある、センサーだってある。 ならどこを見て空っぽだと思ったのか。
響は先ほどの翼との会話を思い出した。 ガイバーからコントロール・メタルが消えてしまったらどうなるのかを。 そして今、ソレが現実の形となって現れてしまった。
そう、彼には額の金属球がなかったのだ。
「ふ、深町さん……?」
「ギィィッィッッッッッ!!」
「違う!! 深町さんじゃない!!」
襲いかかる、ヤツ。 只それだけで彼ではないと読み取った響は即座にバックステップ。 ヤツとの距離をとる。 だが青い鬼は問答無用で彼女に向かって走り出すと、その腕からは長い突起物が伸び出した。
「こ、高周波――!?」
「グォォオオオ!!」
「あ、うぐ?!」
よける、躱す、飛び退く。
考えられるあらゆる方法でヤツのソードを回避する響は、見る。 砂浜に佇む巨大な岩が、ヤツのソードに触れただけで両断されてしまう様を。
「あれはだめだ。 触っただけでやられちゃう」
シンフォギアには一種のバリアフィールドがある。 ある程度のダメージを緩和してくれるし、ソニックバスター程度ならばまず大きなダメージとはならないだろう。
だが、彼女達が物理的接触が可能である以上、そこには僅かな隙がある。
その隙を縫うように、もしもあの鬼が高周波ソードを振るえばどうなるか。 ソレは先ほどの岩が説明してくれた。
だがあのソードにも弱点はある。 取り回しの悪さだ。
腕の、それも肘部から伸びる関係上、届く範囲は翼のもつギアの半分にも満たないだろう。 そこを知ってさえいれば対処は楽である。 その範囲に、入らなければ良いのだから。
「距離をとって……」
「!」
「…………距離をとって、どうすれば良いの!?」
問題は、そこである。
風鳴翼、そしてあのネフシュタン……いいや、赤いシンフォギアの女とは違い、響の武器はその拳だ。 接近戦に持ち込まなければ話にならない。
しかも、相手がもしもガイバーを模しているというのならば。
「キャシャァァアアア!」
「プ、プレッシャー・カノン!? え、あ、ちがう!?」
「グゥゥ!!」
見たことのある射撃体勢をとったから、即座に身構えるが様子がおかしい。
どうやら彼女の知っている攻撃を出す前に、何らかの変化があったようだ。
「あ、ァァああああああああ!!」
「う、ぐ……!」
シンフォギアに包まれたその身体さえ震わせるような咆哮。 同時、鬼の両腕が異様な変態を遂げる。
腕の組織ごとばらけ、鞭状になったかと思うと一気に螺旋状に形成を変えると一気に長物へと変わり、次第にソレは響が見たことのある物体へと変貌を終える。
「そ、ソレ……翼さんの……」
「………………」
ゆっくりと、歩み寄るのは鬼の方だ。
まるで立花響と同じ舞台で戦うと言わんばかりの接近に、彼女はむしろ恐怖さえ感じた。
一気に射撃体勢に入ってくれれば、きっとやつの隙を狙おうと躍起になれたかもしれない。 けど、ヤツはそうしなかった……響の得意なレンジを、ヤツは平然と選択してきたのだ。
ゆっくり、ゆっくり。 手に作り出したソードの切っ先が、彼女を両断できる位置まで。
「う、動かなきゃ……」
「…………!!」
「うぐ!」
ここに来て彼女の足がすくむ。 ソレは、彼女が恐怖を抱いたからだ。
初めてのことだ。 彼女が、心の奥底から戦いを拒絶し、倒すべき【敵】に拳を向けられないのは。
ヤツがヒト型をしているから……それだけではここまでにいたらないだろう。
ヤツが深町と同じ背格好だから……それならばもう振り切れたはずだ。
でも、あの姿を前にして確かに拳を震えなくなってしまったのだ。 畏怖、恐怖。 すべてのマイナスの感情が彼女を押さえつけてしまう。
「は、はっ……あぐ!」
「…………っ!」
無様に逃げ惑う響。 その姿にこの間の強さなど無く、今彼女は完全に刈られる側へと墜ちていく。
強殖生物が、剣に変えた腕を振り上げると、立花響に向かって振り落とす。
…………刹那、一発の弾丸がヤツを貫いた。
「…………え?」
「グゥゥゥ……?」
「あーぁ、やれやれ。 まったく何やってるんだかなぁ!」
赤、そして白い女がそこに居た。
その身体を水で濡らしつつも、手に持った銃口は途轍もなく熱く、硝煙のにおいがきつい。 大威力の弾丸を見舞ったその、3連装ガトリングを軽々しく響に向けると、彼女に鋭い眼光を向けた。
「何ぼさっとやってんだ! さっさと立てってんだよ!」
「は、はい!!」
「シュラアアアア!!」
「ちぃ……ジャマだあッ!」
銃口が吠え、響は即座に回避する。 そこに遅れてやってきた鬼は銃撃の嵐に撃たれ、身動きがとれなくなる。
ガトリングを高速で唸らせる中、赤い彼女の腰部分、その装甲が展開、内部からミサイルの弾頭が顔を出す。 瞬間、ミサイルが二つ彼女から撃ち出された。
「持ってけダブルだ!!」
「ジェラアアアア!!?」
爆炎がヤツを包む。
ソレを見た響のすぐ横に着地音。 ゆっくりと首を動かした彼女が見たのは、銀髪をふたつに結った、赤いシンフォギアの女であった。 ぼんやりと彼女を見ている響だが、唐突に視界内に何かの影が入ってきて、彼女を襲う。
「どきな!」
「あう!?」
足だ。 女の足が響を蹴飛ばしたのである。
その後に飛んでくる斬撃に冷や汗を出したのは響。 どうやらまたも助けられたらしい。
「こちとら海水浴で疲れてんだ。 これ以上余計な手間掛けさせるんだったら、そこでじっと指でもくわえてろ!」
「わ、わたしも戦う!」
「……足、ひっぱんじゃねえぞ」
「だ、大丈夫!」
イライラしながらもこちらのフォローをしてくれる彼女に感謝をしつつ、響はようやく立ち上がり、拳を握る。
誰かが居てくれる。 ただそれだけで彼女は拳を握ることが出来る。 先ほどまでの恐怖心が綺麗になくなれば、ガングニールのガントレットが一気に展開する。
「こ、これ……この間の時と一緒!?」
「やるんなら速くしな。 向こうさん、待ちくたびれてるみたいだからよ」
「あ、うん!」
腰を落とし、今ある力をその右拳に込めていく。
どうしてあのときと同じ事が出来るようになったのか、そんなこと響にはわからない。 だけど、このとき確かに彼女は何かを掴んだのだ。
「うおぉぉおおおおお!!」
叫ぶ、ガングニール。
あのときと同じ挙動で、腰のスラスターをふかせば、彼女を一本の槍へと変えてみせる。
「グォオオ!!」
「いっけぇええ!!」
鬼が刃を振るうその瞬間、響の拳がヤツの剣戟の隙間を縫う。
一瞬の隙を突いた突撃の先、ヤツの胸部に響の拳が触れた。 その、瞬間。
「でりゃあああああ!!」
「!?!?」
気合一声。
叫び声と共に、ガングニールのバンカーがうなり声を上げた。 衝撃がヤツの背中を突き抜けると、今度は左腕のガントレットが吠える。
右ストレートからの、左フックが炸裂した。
「っ! ッ!?」
「……なんつぅ馬鹿力」
「はぁ、はぁ……!」
独楽のように回転しながら飛んでいく鬼。 それについつい息を呑んでいた女は、だが、唐突に海を見た。
敵は浜辺を転がっているというのに、そんなところを見てどうするのだ? 響が困惑する中、彼女はついに答えを提示する。
「おい! やれるんだろうな!」
「…………任せてくれ」
「……え?」
ここに来て、第3者が現れるなんて誰が予想できたことか。
いや、しかしこの声を聞いたとき、響の頭にはそんな考えなど思いも浮かばなくて。 ただ、海の中から悠然と歩いてくる一人の男に、その視線を奪われるだけだった。
胸には灼熱の太陽。
一本角の青き強殖装甲が、鬼に向けて静かに死を宣告する。
「強殖生物の悪夢よ、原子の塵に還れ!
素粒子の激流が鬼を呑み込む。
莫大な威力で砂浜を削り取っていくその攻撃。 コレこそ間違いなくあの少年の力だ。 先ほどの、ノイズを倒した物とは比べものにならない力を前に、鬼はなすすべもなくその身を消し去っていく。
響の苦戦した敵を、絶大な一撃で葬った少年は、ゆっくりと少女の元へと歩いて行く。
「…………大丈夫だった? 怪我はしてない?」
「ふ、深町さん…………ッ!!」
「あっ……とと」
飛び込み、抱きついた響に思わずガイバーがよろける。
左手で彼女の背中に手をやりたいところだが、その寸前に赤い女のガトリングが響の頭をはたいた。
「痛ぁ!?」
「感動の再会はもう良いだろ? あたしも、そいつも、長距離水泳で疲れてんだ。 いい加減休ませてもらいたいんだけどな」
「あ、その……ごめんなさい。 ……あれ?」
「どうかしたの? 立花さん」
「深町さん!? う、腕! 右腕が!!」
「あぁ、まぁ。 これは後で説明するよ」
「……大丈夫なんですか?」
「平気だよ。 こんな傷、すぐ治っちゃうから」
「そ、そうですよね」
「……………………たく、さっさと気がついてやれってんだ」
ぼやく彼女の小言は、ガイバーを身に付けた深町にしか聞こえなかった。
海岸から移動しつつ、立花響のガングニール越しに通信をする深町晶。 今までの事、海で取り逃がした強殖生物と、先ほどの鬼が別の個体だという事を確認すると、赤い女と顔を見合わせる。
あの、ネフシュタンに食われたのか、それとも逆か。 わからぬ敵を放置するのはかなり問題がある。
体勢を立て直して、すぐさま迎撃に向かいたいのだが、彼等にはやらなければならないことがある。
[その海洋生物に進化した強殖生物は我々2課の方でも捜索をしよう。 だが、まず君たちには休養が必要だ。 すぐに帰ってきてくれ]
「わかりました。 ……それと、彼女の事なのですが」
[わかっている。 ……いつもの搬入口で帰ってきてくれ。 直接話がある]
「……はい」
通信が終わると、そのまま響と共に2課を目指す。 人気のあるところはガイバーのセンサーで避けつつ、3人ともギアと装甲を纏ったまま本部へと戻ることが出来た。
入り口で足踏みしたのは赤いシンフォギアの彼女。 つい先日まで敵対していた者達の、しかも本部に足を踏み入れるのだ、その心境は複雑だろう。 そんな彼女の、腕が引っ張られる。
不意の事態に困惑し、だけどその先にある満面の笑顔を見てしまうと、抵抗が出来なくなってしまう。 視線を合わせないよう、ややうつむき加減な彼女を引っ張り出したのは、立花響だった。
先ほどの戦闘で、ついに協力することが出来た彼女とは、すでに……いいや、初めから敵対の意思など持っていなかった響に、女を警戒する理由がなかった。 まるで友達を家に連れ込むような感覚で、赤い女をエレベーターまで引っ張り込んだ。
「…………こういうところはさすが立花さんだ。 心強い」
食事をとってもらうのに丸一日の説得を要した深町の心境も複雑である。
久しぶりのエレベーターに、深町の緊張がやっとほぐれた頃。
ネフシュタンに始まり。
知らない女との無人島生活。
長距離遊泳。
強殖生物との死闘。
いつまでもとけない殖装。
心身ともに緊張の連続だった彼だが、見知った景色にため息一つ。 自身に余裕が戻ると、とたんに気になるのは、彼女の事である。
「…………むぅ」
「だ、大丈夫かな」
ムッスとこちらを睨んでくる彼女。 何か言いたげな視線でこちらを刺して、深町を盛大に困らせる。
なにか、そう。 なにか話題はないのかと思い、17年という月日を思い返して面白い話を検索する。 …………結果、悲痛で痛烈な過去話しかない事が発覚、心の中で膝を折った。
そうこうして居る間に、エレベーターが到着してしまう。 ギスギスとした空間の中、それでも、只一人だけニッコリと笑っていられる猛者が居た。
「うふふ……えへへ」
どうにもこうにも機嫌が良い彼女に、怖気を走らせるのは仕方がないものだ。 その証拠に赤い彼女は深町に向かって質問ありげな視線を送りつつ、口元を苦く閉じていた。
『さっさと触れてやれよ?』などという彼女の視線を前に、深町は装甲越しに汗をかきつつ、ようやく響に顔を向ける。
「…………ど、どうしちゃったの。 立花さん?」
「うれしいんですよ。 こうやって、みんなで一緒に居られるんですから」
「あ……うん、そうだね」
「…………」
コレには納得せざるを得ない。 この光景を一番望んでいたのも、そこにいたるまで人一倍頑張ったのも彼女だ。 だから、ソレが実ったことは喜ばしくて、あんな風に漏れ出すくらいにはしゃいでも仕方が無いのだろう。
けれど、そんな彼女に対して、赤い女はやはり、難しい顔をしている。
ソレをみた響は少しだけ曇り顔。 だけど、すぐに明るさを取り戻していく。
「深町さん! この子のこと、紹介してください!!」
「え、え?」
「は?」
「わたし、立花響15才!! 身長157センチ、体重は……もっと仲良くなったら教えてあげる! 私立リディアン在学中の寮暮らし! 好きな物はゴハン&ごはん! 彼氏居ない歴は年齢と同じ! それから最近お風呂に入った後は――」
「おいおいまてって! 何だいきなり? トチッてんのかコイツは!?」
「げ、元気だなぁ」
紹介してくださいと言いつつ、自分からしゃべりまくっている事については何も言うまい。
ひたすらしゃべり続けた彼女。 やがて息が切れてしまったのか、深呼吸を繰り返すと、ようやく口を閉じてくれた。
そして、その後にうれしそうに微笑む。 その顔が語るのはどう見たって『さぁ、次はソッチの番だからね?』という言葉だけだ。 でも、そんな顔にも少しだけ複雑そうな顔をしているのは、やはり過去の過ちが足を引っ張っているのか。
このまま、コイツの手を取っても良いのだろうか?
目の前の日だまりに足を踏み入れることを躊躇してしまう女に、深町は少しだけ考えて……答えを得る前に、後ろから剛胆な声が聞こえてきた。
「良く来てくれたね…………雪音クリス君」
『!?』
「よく、来てくれた」
「……………………」
風鳴弦十郎のその声に、深町は驚愕した。
自身と響を迎え入れたときの冗談半分な馬鹿騒ぎもなければ、朗らかさもない、まさに真剣そのもの。 しかし、コレは仕方が無いのだろう。 元は敵対していた謎の勢力の尖兵。 そして、今はしっぽ切りにあった只の女。 そんな微妙な立場の存在に、どう接していれば良いのか自身だって迷ったのだ。
だから、こうやって弦十郎が気を難しくするのも仕方が無いのだろう。
だけど、だ。
「そう、そうか……」
「深町さん?」
「あん? どうしたんだよお前。 そんなにこの野郎が面倒なのか?」
「キミ、クリスっていうのか…………!」
『……おいおい』
今更な驚愕に全員が疲れた顔をする。
アンタ、この人と数日間サバイバルしてたよね? だというのにソレはないのではなかろうか。
深町の珍しいおとぼけに響も苦笑い。 しかし、ソレもひとときのことだ、弦十郎は彼等を基地のメディカルルームに案内する。
深町晶、ガイバーⅠの傷は深い。 だがソレもシステムによりいつかは快復する。 問題は赤い女……雪音クリスと呼ばれた彼女の事だ。
ネフシュタンに取り込まれ、あんな形で救助されたが、それで彼女の身体に異変はないのだろうか? 深町が椅子に座り快復を待つ横で、クリスは一人CTスキャンの装置に入ることとなった。
ところが、そんな彼女だが、ここで一つ問題が発生する。
「…………な、なぁ」
「え? なぁに?」
白衣を身につけた女性。 つまり櫻井了子に対して何か思うことがあるようで。 首をひねり、いぶかしげに染めた目線で彼女を見ると、後ろから声をかけられる。
「櫻井さんは悪い人じゃないから、安心して良いよ」
「あん? なんだよいきなり」
「その装置だって何の危険も無い。 俺も
「いや、別にこの機械が怖いだとかじゃねえよ」
「そうか。 まぁ、そうだよな」
さっきまでの視線はどこへやら。 深町のいらぬ心配に毒気を抜かれたのか緊張をほぐされたのかは知らぬが、彼女の表情に少し余裕が出てきた。 良い兆候だと、深町が内心で拳を握ると、クリスはそのまま装置の中に入っていった。
「おとなしくしてるんだよ?」
「はいはい」
「何も怖くないからね?」
「わかってんよ」
「暴れちゃだめだからね?」
「……」
「あとそれから……」
「だぁぁ! もう、わかったからおとなしくしてろ!! てめぇはアタシの母親か!!? 暴れもしねぇし、検査はきちんと受ける。 そんで終わったらお前と話を付ければ良いんだろう!?」
「あ、うん」
「言うこと聞いてやるからそこで待ってろ! すぐ追付く」
「あぁ」
人差し指を向けてきた彼女は深呼吸をするなり全身を光らせる。 ソレがシンフォギアの再構成だとわかったときには、その衣服は洞窟の時と同じ質素な物へと変わり果てる。
ゆっくりと装置に身を預ける彼女……雪音クリスの行動を見届けた深町の表情はまだ硬い。
そんな彼を見て、一人思うことがあったのだろう。
「気になる?」
「え、あの……」
「そうよねぇ、ずっと一緒だったのなら確かに気になるわよねえ」
「……」
「彼女……心配よね」
「はい、とても……」
声をかけたのはこれから彼女を診ることになる研究員、櫻井了子だ。
鋭い眼光を持つガイバーに対して、むしろ微笑んで見せた彼女は、ゆっくりと、息をするように彼へと言葉をかけてやった。
「彼女、おっぱい大きいわよね」
「はい……とっても……えっ!?」
ガイバーの背中から汗が噴き出すかのようだった。 いきなりの誘導尋問もどきに、さすがの深町のリアクションを隠せなかった。 いいや、伏せられなかったのはそれだけじゃなくて。
その慌てぶりを見た櫻井は満足そうに、そして途轍もないにやけた顔を披露した。
「おやおや?」
「な、何言ってるんですか?!」
「やーいやーい! 引っかかったー!」
「やめてくださいこんな時に! あぁ、もう、せっかくヒトが真剣に悩んでるってのに」
「…………ごめんごめん」
心身ともに堅いガイバーの身体を軽く叩くと、彼女はそのまま雪音クリスの入った機械へと向き直り、ゆっくりと作業を開始していく。 深町晶の不安と期待を一身に背負った研究者は、いったいどんな診断結果を下すのであろうか…