雪音クリスという女を救い出した深町晶。
彼は傷ついた強殖装甲と失った右腕の修復を待ちつつ、とある昔話を聞いていた。
ソレは、あのコンサート会場の事件よりもずっと昔。 ある国で起きた紛争中に起きた悲劇であった。
とある一家が居た。 父と母、そして子供が一人の三人家族だ。
夫婦共に音楽という世界で高名な人物であり、その志は気高く“心に傷を負ったヒトを、自分たちの音楽で癒やす”その目的でわざわざ危険な内線地域へと足を運び、尚且つ救助活動にまで手を伸ばしていたのだ。
世間から見て、その二人のかつやくはとても尊かった。 そして、そんな両親のことを子は、とても誇らしく、うれしくもあった。
……だが、そんな二人はやはり、途轍もない危険な場所にいたわけで。
「―――戦火が広がってきているな」
「ここもそろそろ危険だわ。 早く移動しましょう」
「行くよ■■■」
「うん。 パパ、ママ」
その機器をいち早く察知できたのは行幸だった。 実際、その後に民家は空爆され消えて無くなり、近隣は激しい銃撃戦を繰り広げるに至る。
こんなことばかりだ。 いくら美しい声と音を奏でようとも、人々の心から怨嗟と憎悪は消えず、争いは広がるばかりだ。 もう無駄ではないのか? 思わないときはなかった、でも、ソレすら乗り越えて彼等は自信の未知を歩み続けた。
…………ソレが、破滅の道だとも知らないで。
「次は南下して港町に行こう」
「そうね、きっと逃げ延びて疲れ果てた人たちが居るはずだわ」
それでもと、この二人は決してあきらめずに前を向いて……
「少し向こうが騒がしいな……様子を見てこよう」
「私も行くわ。 ■■■、すこし待っててね?」
「うん。 パパ、ママ」
――ほんの少しだけ離れるだけだ。
……少しだけ嫌な予感がした。
――大丈夫、すぐに戻れるさ。
……なにか、引き裂かれるような胸騒ぎがする。
夫婦が初めて子供を残し、少し先を歩いて行った。
たった少し。 本当に僅かな距離を離れただけだった……ソレが、彼等の命運を分けたのだ。
「――――――ッ!?」
「え?」
幼子の耳をつんざく、爆音。
肌を焼く熱は、とても現実の物だとは思えない衝撃と共にやってきて、彼女を遠くへ吹き飛ばした。
一瞬で焼け野原になった周囲一帯に、幼子は思わず両親を呼び、叫んだ。
もう、二度と帰ってくることのない両親を、延々と呼び続けた。
戦闘に巻き込まれたのか、それとも地雷にかかったのか。 とにかく、彼等はそこで終わったのだ。
とんでもなく、あっけなく。 何も残さずに、彼等は子供の前から永遠に消え失せた。
幼子がソレを理解するまでもなく、彼女にさらなる悲劇が襲いかかる。
「おい、子供が居るぞ」
「え、え……?」
「連れて行け。 飯代くらいの稼ぎになるだろ」
「や、イヤ!」
「ちぃ、暴れるんじゃねぇ!」
「あぐ!?」
頬を叩かれ、足を持ち上げられて引っ張られる。
自由になる両腕で地面をひっかき、ひたすらその場にとどまろうとする。 両親が居たはずの、この場に残ろうとする。
ソレを彼等は引きはがす。
すべてを知っている大人達は、何も知らない子供を金に換え、労働力に変えていく。
そのまま子供の心がすり減るまで、使えなくなるまで………………
「――――NGOの活動中に雪音夫婦が行方不明になり、その子供も死体が発見されないだけで、消息不明。 誰もが生存をあきらめていた」
「…………」
「しかし、日本政府の尽力の末、ようやく南米のとある強制労働施設から救出。 なんとか日本へと帰国させた……」
「……はずだった」
「あぁ、そうだ。 そこでまた事件が起った。 彼女が、日本へ護送中に誘拐された。 いや、護送メンバー自体が消えた」
「メンバーが? まさか、そいつ等」
「あぁ、おそらく計画的犯行だろうと、当時の俺たちは読んでいた。 だが結局見つけることは出来なかった。 ……当時の力のなさを嘆いたさ。 意味の無い遠吠えだ」
「…………」
10年以上も昔の話だ。 だが、その結末が今ようやく日の目を見たことを、深町少年は理解した。
雪音夫妻の子。 すなわち“雪音クリス”という赤いシンフォギアを身に纏い、ネフシュタンを纏わされ続けていた彼女こそ、いま話に上がった誘拐された子だ。 だとしたら……次々と浮かぶ憶測は、過酷な経験を積んだ深町の中でいま確信へと変わっていく。
「完全聖遺物……ソレの起動には大量のフォニックゲインが必要なはず。 音楽の才能を多くもつ人物は聖遺物への適正を持つ可能性がある。 まさか……」
「そうだ。 おそらくだが、彼女は聖遺物起動のために目を付けられ、いままで囚われていたとしか考えられない。 しかも、子供の頃の経験をそのまま利用され、戦闘にまで駆り出された」
「……ッ」
戦いに利用されていた。 その単語を口にしたとき、弦十郎は思わぬ光景を見てしまう。
目の前の強殖装甲は何も変化がないはずなのに、それが纏う雰囲気が一気に鋭い物になったのだ。
視線も、表情も、声色すら変わらぬ彼だがそれが逆にどれほど感情を煮えたぎらせているかを悟らせる。 深町晶というニンゲンは、いま、確かに怒りに震えていたのだ。
彼の境遇はよく理解しているし、今の話を聞かせればこうなることもわかっていた。 だが、その反応は弦十郎が思っていた以上に強いものであった。
「晶君」
「……はい」
ガイバーの無表情が弦十郎に向く。 後に出た声も若干重いものである。 ソレを見て、聞いた上で弦十郎はある案件を彼に言い渡さなければならない。 検査機に収まっている雪音クリスを見ると、静かに口を開く。
「彼女のことなのだが」
「彼女……雪音さんのことですか?」
「雪音クリスはしばらく監視付きでウチ預かりになるだろう。 シンフォギアを纏うことが出来、しかも彼女は……ふっ」
「ど、どうしたんですか急に笑って?」
「いや、何でも無い。 まぁ、あくまで未定の予定に過ぎない。 詳しい内容は追って報告する」
「わかりました。 じゃあ、俺はこのままおとなしくしてますね。 怪我、直しておかないと」
「あぁ、そうだな」
静かに振り返りその場から去って行く弦十郎。 その背中を目で追っていきながら、小さな違和感を払拭できない深町はしばし考えたのだが、どうして彼があのタイミングで吹き出したのかは、結局わからなかった。
深町晶、いや、ガイバーⅠが失った右腕が手首付近まで再生が終わった。 胸部装甲内のレンズ体は表層を残し快復し、後は戦闘後に失った装甲さえ復元できれば元通りだ。 その回復具合を確認すると小さくため息、彼は残った左手を握りしめた。
「…………足りない、全然」
「なにが足りないんだ?」
「え……あ、キミは」
「約束通り追付いてやったぜ? で、どうすんだよ」
「どうするって? 話は、しようよ」
「…………出来る雰囲気じゃなかっただろうが」
「ん?」
「何でもねえ“やれる”ってんならやってやるよ」
検査結果待ちだという彼女を近くの長椅子にまで誘導する。
病院などでよく見る大人が4人ほど座っても余裕のある、背もたれのないそれに座らせる。 怪我人のようなものならばベッドで寝かせるべきなのだが、彼女はうなずかなかったのだ。
ニンゲン一人分の間を開けて同じ椅子に座ると、視線を合わせないままに会話をはじめた。
「とりあえず何から話すかい?」
「…………」
「雪音さん?」
「――うげ!」
「ん?」
口を開かない彼女だったが、いきなり表情を張り詰めると背中をビクつかせた。 どこか痛めているのかと、
もう一度、どうしたのと聞いてみたが、結局彼女が答えてくれることはなかった。
それから、20分くらいの時間をかけた。
彼女から話題を振ってくる事は無く、ただ、ガイバーの口部金属球が揺さぶられていくだけ。
仲間とはぐれ。
自身は2回目の死。
残ったのは闘う力だけ。
帰る場所など今はどうなっているかわからない。 一緒に闘った仲間達と合流する手段もわからない。 あぁ、そうだ。 実のところこの少年は、今後の自身の運命すらわかっていないのだ。
どんなに強力な力を持ったとしても、それが状況を打開する鍵にすらならない。
彼女に自身を説明するつもりが、今現状を自分に叩きつける羽目となる。 彼は、少しだけ顔を背けた。
その姿を話の終わりだと受け取ったのか、雪音クリスはようやく口を開いた
「……お前さ、全部自分のせいだとか思ってんじゃねえだろうな」
「――――!!」
「やめとけ、やめとけ。 いつか自滅するぞそれ」
「うん。 このあいだ、それでキミを……」
「あ……あぁ~そういやそうだったな……えっと、そうじゃなくってよ」
少し、自分が言いたいことと逸れてしまった感があるのだろう。 右手で頭をボリボリかく。
「いや、だからな?」
「うん」
後ろで結った二振りのテールが迷うように揺れる。
「お前、案外よわっちいんだから、何でもかんでも背負い込むんじゃねえってことだ」
「よ、よわ?」
「そうだろ? 戦ってるときは鬼神のように敵を散らしてったが今はどうだ? あたしに気の利いた言葉もかけらんねえほど勝手に追い込まれちまってる」
「……う。 それは、ごめん」
「だから前にも言ってんだろ。 いちいち謝んな」
「……はい」
「あ~…………やりずれぇし、めんどくせぇなあ」
どんどん意気消沈していく深町から眼を背けるとあさっての方向に声を出す。
「あー、何だかノドがかわいたー」
「え? あぁ、何かもらってくるよ」
「長旅で疲れてるから甘いモンがいいなー!」
「はいはい」
席から立ち上がらせると、わざとらしく給仕室に走らせたクリスは彼の背中を追いながらつぶやく。
「……直球過ぎたか」
少しの後悔が、彼女の胸を走り抜けた。
あのでかい図体のガイバーⅠがどうにかこうにか飲み物を用意している最中。 未だ帰ってこない検査結果を待つクリスに、今度はオレンジ色の衝撃が突進をぶちかます。
「クリスちゃん!」
「……あーあ、出会っちまったかぁ」
「どうかしたの?」
「………………」
猛烈な挨拶に席ごと実をひいたクリス。 そうとも知らずに、ズカズカと彼女のパーソナルスペースに進入していくのはさすがの一言だろう。 彼女のやかましさに若干の辟易、それでも、この明るさは今は助かると、あまり邪険にもしない。
ソレを好意的に受け取ったのだろう。 響のニッコリは止まりそうにない。
「わたしね、ここの上にある学校に通っててね――」
「……」
「それで、放課後にフラワーっていうお好み焼き屋さんで――」
「…………」
「それでそれで、学校の寮で――」
「………………」
止まらないおしゃべりに、口を開く余裕もないのはクリスである。 彼女は響の顔を見るようで居てその後ろの自動ドアに視線を向けていた。
まるで留守番を任された飼い猫のよう。 いつまでも終わらない質問攻めという名のマシンガントークに、いい加減、
席を離れようかとしたときだ。
「お、お待たせ」
「あ、深町さ……」
「――おっせーぞお前! 待ちくたびれただろうが」
「ごめんごめん。 えっと、カフェオレとオレンジどっちがいい?」
「……ぁーカフェオレ。 ってかお前わざわざ二つ用意するって気の遣いすぎだろうが」
「いや、残った方は俺がいただくしね」
「深町さん、その口じゃ飲めないと思いますよ……」
「……あ」
響とクリスの指摘に間の抜けた声を出すガイバー。 いや、深町少年。
口元のバイブレーション・グロウヴを指で触れると小さく苦笑い……をしたような雰囲気を醸しだし、そっとジュースを響の方に差し出した。
いいんですか? と言う声を優しく抑えてそっとカップを持たせた深町は彼女達から少し離れて座る。
「あー……」
「どうしたの?」
女子二人。 そこに割って入ることはないだろうという気の配り方はさすがの一言だろう。 けれど、その気配りは“彼女”にとって都合が悪かった。
「おまえ、こっち座れよ」
「え、俺?」
「そうそう。 こう、真ん中によ」
「な、なんで?」
「いいだろう別に。 それとも女子ふたりに囲まれちゃあ照れるのかよ?」
「……そんなことないけど」
「はいはい、うぶな男子は大変だねぇ」
「…………わかった。 よくわからないけど、座るよ」
「……………………よし、壁役確保だ」
「え?」
「なんでもねえよ、気にすんな」
「あ、はぁ」
華奢な身体の女子二人。 その間に割って入るガイバーのなんと似合わぬ光景だろうか。 その様子を遠くから見ている弦十郎は笑いを堪えきれず、近くに居た響はほんの少し苦笑いだ。
いや、彼女の場合、クリスに言い含められているガイバーの姿に笑いを禁じ得ないのだろう。
少し、して。
検査結果自体は白と言う判定だった。
なにが白か。 それは、彼女の身体に何かしらの変容がないかと言うことだ。 ソレを聞いた深町の安堵は大きく、ゆっくりと肩の力を抜き、背もたれに寄りかかった。
「…………ほんとうに、よかった」
「人ごとだろうにそんなリアクション取っちまって。 別に平気だろ? あれくら――」
「いい訳あるか! 自分がどんな姿になったのか、もう少し自覚を持つんだ!」
「あ、あぁ……おいおい、いきり立つなよ」
「あ、いや……ごめん。 強く言いすぎた」
「別に構わねえけど……」
「深町さん……?」
そのときの深町の反応は、周りの人間にとって想像以上の物であったのは言うまでも無いだろう。
確かにあのときの変容は人知を超え、取り返しが付かない物だったろう。 だが、こうしてまた話が出来、穏やかに日常を迎える身体となっているのだ、そこの何を心配しているのだろうか。 深町以外の誰もがそう思っていたのだ。
そう、この男が肉体の“変容による後遺症”をどれほどに恐れ居ているかなど、誰も理解できなかったのだ。
またしばらくして。
彼女の検査結果を聞き届けた深町は、己の全身をもう一度確認した。
はがされた胸部装甲は元に戻り、腕の再生も終わっている。 細部に小さな傷は散見されるも、別段重要な物でもない。 修復は無事に終わったと見ていい。
ゆっくりと呼吸を整えた彼は、その身体を生身の物へとイメージする……刹那。
「あ、まずい」
「ど、どうしたんですか深町さん?」
「いや、この間の戦闘でほぼ全身を無くしてるから、このまま殖装を解く訳にはいかないんだよ」
「はいはい、その節は本当に申し訳ございませんでした」
「いやいや、そう言うことじゃなくて。 ガイバーで戻せるのは躯だけで、衣服とかはダメなんだ……あ、もらった電話もこの調子じゃダメそうだな」
「そ、そうなんですか? てっきりわたしたちみたいに、パー! って、直ったりするものかと思ってました」
「まぁ、無理な物は無理ってコトで。 じゃあ俺、行くよ」
危うく淫行容疑で制裁を喰らうところだったと小さくため息。 彼女達から離れ、深町少年は自室へと歩いて行った。
部屋に入るなり盛大にため息。 緊張を全身から逃がしてやると、そっと背後が光り輝く。 纏う強殖装甲が分解し、中身のない姿を晒せば異空間の彼方に消えていく。
残った我が身はと言うと、ひたすらに裸。 一糸まとわぬ姿に思わず苦笑いすると、彼は備え付けのクローゼットと収納から着替えを一組見繕う。 Tシャツとジャージを着こなした彼は、そのまま響達のところへとんぼ返りしていこうとしたのだが……そこで彼は、少しだけ立ち止まってしまう。
……今回もなんとか生き残ることが出来た。
あのネフシュタンの、いや。 雪音さんを助けることも出来た。 何度あきらめたかわからない。 ついに、俺も覚悟を決めないといけないと勝手に追い込まれてもいた。
だけど、そんな俺を彼女達は違うと言ってくれて……
この世界の助けになろうと思っていたけど、実際に助けられたのは俺の方だった。 もしも俺一人で戦っていたらどうなっていたか、想像するだけで背筋が震えてしまう。 きっと俺は彼女を救うどころか……
殖装を解いた“右手”を睨み付け、意識的に握って見ればもうわかってしまう。 俺の手は、今、確かに震えていたのだ。
怖いんだ。 恐ろしいんだ。 あのときと同じようになってしまうのが。
彼女と一緒に洞窟に避難したときもだった。 俺が俺でなくなって“ガイバーが彼女を敵と認識したとき”が何よりも――――
そうならないように必死だっただけだ。
彼女との対話なんて嘘っぱちで、ただ、話をしていないと意識がなくなり強殖装甲システムが彼女を……そうならないように俺は、ただ、奮い立たせるように行動だけ繰り返しただけだ。
本当に。
ただ。
怖かったんだ。
俺がまた……誰かを…………
「――――っ!」
そこから先を考える寸前、台所の蛇口を一気に開ける。 手ですくい、腰を曲げると冷水を顔にかける。 まんべんなく。 頭が冷え切るまで何度でも。 ひたすら冷水をかけ続ける。
何度も、何度も…………
……
…………
……………………
どれほどの時間が経った? 5分、10分?
しばらく台所で立ち尽くしていたようだ。 流しっぱなしの水道を止めると、タオルを求めてベッドに向かう。
冷水で顔を引き締めて、服も着替えて準備万端だ。 さぁ、立花さん達のところに戻らないと。 どれほど待たせてしまっただろう。 たしか備え付けの時計がこの部屋に……
「……え?」
結構、いや……もう数時間が経過しているぞ……?
い、いつの間に。 どうしよう、立花さんたちあのままにしちゃったけど。 一応、様子を見に行かないと。 立花さんは大丈夫、きっと許してもらえるはずだろうけど……
「雪音さん……」
彼女になんて言われるかわかったもんじゃない。 急いでドアの方へ走り、かんぬきを持ち上げて外へ出る。 急げ、できる限り迅速に。 でも曲がり角でぶつからないように慎重に――
「あら晶くん。 こんなところでどーしたの?」
「え、あ!」
声をかけられただけなのに、まるで後ろから引っ張られた感覚。 飄々としていて悪ふざけの塊みたいなその声は、当然櫻井さんの物だった。
いつもの白衣を翻しながら、そっと俺に向けて人差し指を向けた。
「あ! もしかしてデートの約束ぅ?」
「……違います」
「でもでもなんだか焦ってるって感じ。 ……約束すっぽかしちゃった?」
「うぐっ!」
「やーい! ずぼしー!」
そのあと散々からかわれた後、急いでその場を後にする。 背中に「がんばれ-」なんて言葉が投げかけられるけど、その声に応えられる言い訳を俺なんかが用意出来るのだろうか……無理だろうな。
「ご、ごめん――」
「この野郎! バカヤロウ!!」
「うっ?!」
同じ場所、同じ椅子で頬を膨らませながら待って居た彼女は俺が来るなり胸ぐらを掴んできた。 恐ろしいほどの眼光はガイバーⅢに匹敵するソレだった。 ……怖いです、謝るから許してほしい。
「どうして着替えでこんな時間がかかるんだ? おまえはどこぞのお城のお姫様か? ぁあん?」
「いや、俺としてもどう言ったらいいのかわからないんだけど。 殖装を解いてから少しだけ呆けていたというか、気が抜けていたというか」
「……え? ……あぁ、じゃあ、いい」
「ご、ごめんなさい何でもしますから許してください! こ、殺さないで――」
「いいって言ってんだろう?!」
「え、え?」
意外だ。 こんなに一瞬で沈静するなんて。 てっきりシンフォギアを纏って日本刀を振り回したり、よくわからない理論で斬撃を飛ばしてきたりする物かと思った。
雪音さんが俺から手を離すと、どさっと椅子に背中を預けた。 両手を頭の後ろに組むとそのままどこか遠くに視線を漂わせていく。 ……彼女はどこを見ているんだろう。
おれにはまだわからない。
「あの、さ」
「え? どうかしたの?」
「いや、その……」
ときどき出来てしまう視線が交わらない会話。 ひどく長い会話の間は、そのまま俺と彼女の距離感を表わすかのようだった。
まだお互い知り合ったばかり……いや、この前まで殺し合いさえした仲だ、この程度で済んでいるのが奇蹟のようだろう。 …………でも、さ。 きっとこれが長く続くのは良くないんだ。
例えソレがこの間まで殺し合いをしていた間柄だとしても、こうやって同じ方向を見ることが出来たのならば……こうやって、理解し合うことが出来たのならば、それはやっぱり大きなチャンスのはずだから。
「雪音さん」
「な、なんだよ」
「頑張ろう、これから」
「……っ」
その言葉が俺に出来る精一杯だ。
巻島さんあたりだったら、もっと良いことが言えたりするんだろうけど、俺にはこんな言葉しか浮かんでこない。
でも、言わないより良い。 何も伝えられ伝えられずにいたら絶対に後悔するから。
俺が精一杯の励ましを言い終えると彼女はまたも視線を外す。 ……失敗したか? 少し、図々しいと思われただろうか――
「……悪かったよ」
「雪音さん?」
「ナシクズシで共闘しただけできちんと言ってなかっただろ、だから、その……だな。 いままで散々迷惑かけて悪かった。 なんて言うか……あーそんだけだ」
「……うん」
頬をかきながらそう言うと、彼女はそのまま立ち上がる。
「……あれ?」
「お、おい!」
不意に景色がゆがむ。
耳鳴りが響き、頭の奥が鈍く痛む。 力が入らず、崩れそうになる身体を壁に寄りかかることで支え、消えそうな意識をたたき起こすように歯を食い縛る。
「どうしたんだよおまえ」
「いや……っう」
「バカ、無理すんなって言ったばっかだろうが」
顔を右手で覆い隠し呼吸を整える。 ゆっくり息を吸い、しばらく吐き出さずに今度は天を仰ぐ。
ここのところは連戦に次ぐ連戦でゆっくり休む暇が無かった。 だから、殖装を解いた途端に疲れが出たのだろう。 いや、身体じゃなくて心の方に。 休養が必要なのは俺の方かもしれない、今度……ゆっくり休んだ方が良いのだろう。
…………そう、こんど……みんなで……………………みんな?
おれがえがいたみんなは、“どっちの”みんなのことなんだろうか
みんなは、いまもやすむことなくケモノとたたかいつづけているんだぞ……
みんなは、いまもきょうふにまけず、ザツオンとたいじしつづけているんだぞ……
みんな……みんな? おれは、どっちのせかいのみんなを…………オモッテ……
おれのせかいは……どっちのことをいうのだ………………
おれは……
「――――――おい、おい!」
「……っ!」
「いきなり放心しやがって……本当に大丈夫かよお前」
「あ、いや……平気だと思う」
「おもう?」
「へ、へいき……ヘッチャラ!」
「ったく。 どっかで聞いたような事言いやがって」
俺はどうしてしまったんだ……“いま、何を考えていたんだ”
雪音さんと話して、それで……なんだったっけ。 何をしようとしていたんだ俺は。 何か考え事をしていたんだ。 なにか想い悩んでいたはずなんだ。 ……思い出せない。
おれは、いま何を悩んでいたんだ。
いま俺の胸の中にあるこの引っかかりはいったい何なんだ……
わからない……
「……全く。 なにかあったら言えよ? 借りぐらいは返す」
「あ、あぁ。 いや、気にしないで良いのに」
「よくねえんだよ! おまえ、手前ぇがやったことわかるよな?」
「あ、え?」
「…………もういい。 とにかく今日はここまでだ。 またな」
「う、うん」
時計を探し、既に夕方を過ぎているコトを確認すると、俺もそのまま立ち上がる。 そろそろ夕飯の準備をしておかないといけない。 いけないんだけど、もう一つやっておかないといけないことがある。
風鳴さんの見舞いに行かなければならない。
弦十郎さんから聞いた話によると、強殖細胞の擬態との戦闘で深手を負っているらしい。 ……そのことに付いてよく話を聞かないといけない。
「もしも、その強殖細胞が俺の知っている通りの物だったら……」
この世界に来て、まっとうな強殖細胞が出てきたとしたら……それはきっと…………
最悪の事態を頭の中で描きながら、俺は風鳴さんのいる病室へと急いだのだった。