深町がその身に纏う強殖装甲……通称ガイバー。
遥か古の時代。 まだ、生命のない惑星に降り立った存在が残していった兵器だ。 それは身に纏った物の身体情報を分析し、その数値に合わせて的確な装備へと変異していくバイオスーツとも呼べる代物だ。
ただ、それは私たちの使うシンフォギアとは違い、戦闘用の代物ではないらしい。
言うなれば宇宙服のような物だ。 それも多少の損壊を気にする必要の無いメンテナンスフリーな装備だ。
そのただの装備でどうしてガイバーはあのような力が出せるのか。
“彼等”にとってあの強力な装備の数々は武器ですらないと言うことなのか……一瞬の戦慄は、しかし彼の言葉でさらなる驚愕で塗り替えられる。
……俺たちの世界の人類は、元々は戦闘用の兵隊……その素体だったらしいです。
だから捕食対象の性質が戦闘寄りならば、そのまま戦闘に即した身体を作ると言う。
その事実に気がどうにかなりそうだった。
いや、平然と今の言葉を口にする深町に対して、私はある種の恐怖を感じていたのかもしれない。
ヒトは、いや、その世界の生命が起こし歩んできた歴史は奇蹟の連続だったはずだ。 海洋生物が陸に上がり、やがて空へ飛び立つ鳥が生まれたのもその一つのはずだ。 誰かの策謀の上で、成り立ってはいけないはずだ。
でも、彼の世界の事実はとても冷酷で、残忍だ。
星に生きるすべてが何者かの“道具”でしかないとしたら、そこに住むモノの命とはいったい何なのだ。 もしも自分が生まれた理由が只便利な道具がほしかったからと言われたら……?
私はきっと、正気を保てないはずだ。
だから、それでも立ち上がる深町はやはり異常なのかもしれない。 いや、もしかしたら“その程度の事実は既にどうでも良いくらいに追い込まれているのかもしれない”
あのヒトは、あの少年は……あの子は、そこまで精神を消耗させられてしまったのかもしれない。
「んー、手土産を持ってくれば良かっただろうか」
風鳴さんのいる病室にたどり着いて、少しだけ呼吸を整えようと立ち往生する。 世間ではトップアーティストで通っていると言っても、俺から見れば戦闘の先生で、この世界での戦う戦士だ。 そう、師匠と言ってもいい。
そんなヒトに会うのだから、少しくらい緊張してしまうのは決しておかしいコトではない。 ……断じて、彼女との接し方が未だに掴み切れていないわけじゃない。
「よし、覚悟完了。 行くぞ」
気合を入れて自動ドアを開ける。
病室だからか少しだけ薬品のにおいがする、いや、気のせいかもしれない。 窓際にベッドがあるオーソドックなタイプの部屋だ。 あ、少しだけ散らかっている。 全く、仕方が無いな風鳴さんは。
うん、ベッドには居ない……? それじゃどこに。
あまり広くない病室だ。 少し見渡せばすぐそこに居るかもしれない。……そう思い左を向いた先には……
「……………………っ!」
「……………………………………」
つい最近どこかで見たような恰好になっている女性が、俺のすぐ横で顔を真っ赤にしていた。
眼をつむり、肩を小さくふるわせている姿はいつもの堅苦しい性格を忘れさせるほどのインパクトを俺に与えた。 その威力足るや、俺はしばらく動くことを忘れてしまうほどだ。
当然視線はそのまま彼女に固定されることになるのだが、いかんせんすごい衝撃だったモノでそこに何があったかなど覚えていない。
そう、あまりにもすごい衝撃だったから――――
「深町、貴様ぁぁ……」
「ちょ、ま! 言い訳があるんです今回は!! ていうかなんで毎回部屋で裸に……」
「覚悟――――ッ!!!」
「ぽきょっ!?」
そのときの光景は、決して思い出せない。 決して……
「……はっ!」
「目が覚めたか深町。 気分はどうだ?」
「え?」
目が覚めたら病室のベッドの上だった。 いや、正確には風鳴さんの個室のはずなのだが、なぜだか俺はそこでゆったりと寝かされていたのだ。 おかしい、俺は今日ここに見舞いに来たはずなのに、どうして風鳴さんに見舞われているのだろうか。 ……不思議だ。
奇妙な感覚を持て余しながら暫し混乱する俺。 こういうときは第一発見者に事情を聞くのが早そうなんだけど。 でも、アレは無理だよ。 風鳴さんがなんとも言えない冷めた目で見てくる。 あのヒトにはどうしても聞こうとは思えない。 きっと、なにか良くない不幸があったんだ。 だから、今回のこの研は特に追求しない方向で済まそう。
俺が一人で状況判断を済ませると、風鳴さんは近場に置いてあった椅子に腰をかける。 どうやら彼女も俺と目的は同じらしく、すんなりと情報の交換に映ることが出来た。
俺が居なくなってからのここの状況。
雪音さんと過ごした時間と彼女の境遇。
風鳴さんが遭遇した“敵”
そのときに使った力の反動でしばらく動くことすら叶わなかったと言うこと。
そして、俺たちが遭遇した敵の共通点。
「……かなりまずいことになった」
「あぁ。 ノイズとの戦闘もさることながら、強殖細胞と完全聖遺物のなれの果て、さらにその融合体を相手取らなければならない。 立花が目撃した情報によれば強殖細胞の変異体はノイズを消し去ったらしいが……やはりアレを取り込むことは出来ないか」
「えぇ。 たぶん俺というニンゲンの細胞を取り込んでいるから、ノイズの炭化対象に入ってるのでしょう。 だから、アレはノイズを敵として排除する。 決して取り込もうとしない」
「……その程度の知性は備えているというのか」
自分で言うのもアレだけど、基本的に凡人の俺を喰らっただけである程度の行動を起こせるようにはなっている。 いや、ニンゲンの知性を得たからこそあそこまでの行動を起こせるようになった。
考える脳を得た。 なら次に求めるのは――
「……より強い個体……か」
「風鳴さん?」
「いや、入院中で見たニュースなのだが……む、新聞はどこに行った」
「あぁ、もう、そんなに周りをかき回したら見つかりませんよ。 ほら、入り口に全部まとめてあるじゃないですか」
「緒川さんがやってくれたのか。 相変わらずこういうところは助かる」
「……いや、女の子なんだからもう少し繊細に生きてくださいよ」
風鳴さんの住んでいるところは、なぜかあっという間にモノが散乱する。 それは例え他人の部屋だろうが病室だろうが関係ないみたいで、その兆候がここにも現れ始めていた。 ……うむ、もって8日の命と言ったところか。
俺が回収用にまとめられた数日分の新聞紙を持ってくると風鳴さんはソレを無造作に握り、3枚ほど適当に引っ張り出した。
「この小さな記事なのだが」
「マーカーがされてる……えっとなになに? “アライグマ、わたあめを洗い流す”“ジャイアントパンダの子供、職員と遊ぶ”“ライオン生え替わりの時期到来”……?」
「…………いや、その」
「あの、風鳴さん? これ、どうしたんですか?」
「すまん、間違えた。 ……渡せ深町」
「いや、これ……」
「渡せ」
「でも……これ」
「いいから」
「だって……風鳴さんなんですよ!」
「だからなんだというのだ!!」
「くふふ……」
「くっ! 何がおかしい! 良いだろう動物くらい!!」
「そ、そうですね」
羞恥に顔を染め上げてしまった彼女はそのままそっぽを向いてしまう。 すこしからかいすぎてしまったようだ。 でも風鳴さん、こういうのに興味があるのは意外だなぁ、なんて言うか、黙って生け花でもやってそうな感じだったし。 どこかこう、お嬢様って感じの。
うん。 やっぱりこういうところを見られるのは良いことだ。
ただ鉄の塊のような堅苦しい生活をしてたんじゃ、人間とは呼べないだろうし。
ただ戦って、敵を切り捨てるなんて“機械”にだって出来ることだ。
意外なヒトの意外な行動を見れたところで話を少しだけ戻す。
風鳴さんは何も少女趣味的な行動に駆られて新聞を眺めていたわけではない……たぶん。 あのヒトは司令からの報告を待つだけじゃなくて、やっぱり探っていたんだ。 世間に起るであろう新たな災いを。
強殖細胞だなんて異物がこの社会に潜伏し続けることは不可能に近い。 理性をほとんど無くし、本能に従い行動するヤツは必ず何らかの情報を残すのは眼に見えていた。
だから風鳴さんはある程度の場所に目を付けていたのだ。
「深町、お前から聞かせてもらっていたあの細胞の行動は大体把握している。 自身とは異なる遺伝子、細胞を取り込み、その形質を上位のモノへと強化、進化して強大になっていく」
「はい、現にアレはネフシュタンと喰い合ってはいた、ですがさすがに聖遺物の力には押されて、乗っ取られていました」
「そうだ。 海上に漂っていた残骸から蘇ったネフシュタンに負けている。 だが、本土の方はお前の尽力により残骸は残っていない。 ならば、ヤツは次に何を求めてさまよい歩くか」
「人間……ここには調整された獣化兵はもちろんその
「あぁ。 人間以外の肉を持つ獣をヤツは求めるだろう。 ソレもより強固で、力を持った生命が望ましい」
「様々な生き物が居る場所。 ジャングルとか?」
「ここは日本だ、そんなところはない。 だが……」
「え?」
「それに似通ったところなら近辺にある」
この世界の日本に、そんなところが!?
やはり10年以上の月日は科学力を大きく進歩させていたんだ。 いったいどんなところなんだろう……
想像も付かない場所に手に汗握りながら、俺は風鳴さんの次の言葉を待ち続けた……待っていたんだけど。
「…………なのだが」
「え……そんなまさか!!?」
そこはやはり、俺が想像も付かないところであった。
あれから1週間が過ぎた。
俺と風鳴さんに雪音さんの3人は順調に回復していき今は戦闘行為に及ぶことも出来る。 ただ、そんな機会が訪れることはなく、ひたすらに“その日”が訪れるまで時間を消費し続けていく。
もう、強殖細胞は残存していないのか? 募る不安を解決しようと今日俺は風鳴さんに言われた例のめぼしい場所へと訪れて…………4人分のチケットを購入していた。
「…………すみません、大人1枚と学生4枚」
なぜ、チケット。
これから遊園地にでも行くのかと思う状況だが少しだけ答えが違う。
「ここに来るの久しぶりー」
「響に連れられてきたけど、わたしも来て良かったんですか……?」
「なんでアタシまでこんなとこに来させられてんだ? つーか学生って」
「日本国籍自体は残っているからな。 司令が気を利かせているのだろう」
おれはいま、動物園で身分を偽りながら入場ゲートをくぐろうとしている。 しかも、女の子を4人とだ。
なにか変だ、おかしい。 俺はいま何をしているんだ? どうしてこんなところで油を売っていないといけないんだ? いや、まぁ、決して悪い気はしないけれど……でも。
「みんな知ってる? 俺、実は17歳なんだ。 どうして大人用チケット……身分証はどうやって作ったの?」
「雪音と違いお前は籍自体がない。 が、一応こちらは国家に属する機関だ、その程度……はな?」
「お、恐るべし……風鳴機関」
「えっと、実はわたしもなにか特別なコトが……?」
「小日向は立花と深町、双方に関わりがある人物であり事情を把握している。 だから特別隊員という立場がもうけられたはずだが」
「え、響……?」
「でへへー、説明忘れてた!」
「もう!」
すごいなこの世界。 確かノイズに関する情報って結構厳重なはずだけど……箝口令ではなくて懐柔する方向で話を付けたのか。 ……クロノスもこれくらい穏便だったらどれほど良かっただろうか。 ……いや、やめよう。
「それに学生だらけでは問題が起ると面倒だと言うことで櫻井さんが司令に――」
「――あのヒト絶対面白半分で放り投げた!! いや、確かに生年月日だけ見れば30代らしいですけど!!」
「あはは、さすがにその背格好で30はないですよ深町さん」
「……ふふ」
「いやー似合ってるぜ、保護者さま?」
……はは、女3人でかしましいっていうけど、4人も集まれば男なんてどうやったって適うわけがない。 肩を落としてうなだれながら、俺は彼女達に引っ張られて入場ゲートをくぐっていく…………
どうして動物園なのか。 それは風鳴さんが毎日目を通していた新聞の記事が原因だ。
近頃、動物の脱走事件が相次いでいるらしく、しかもその現場はどうやってもその動物が逃げ出せないような施設だったり檻のはずなのだが強引に壊した形跡もないと言う、いわば密室トリックに近い状態となっていたのだ。
ツキノワグマ、ライオン、ゾウなど、様々な動物が何ら法則性もなく消えていくのだ。
これには各地のマスコミも少しずつだが騒ぎを見せ始めていた。 なにか怪現象的な……そう、オカルト現象だともする話も上がるほど……でも、これはそんな生やさしい物ではない。
「……乱獲はダメだろ、しかもグルメときたもんだ」
「あぁ。 確実に捕食されていると見ていいだろうな」
「強殖細胞にかかればダクトの一つあれば進入可能でしょうし」
「恐ろしいモノだな、相変わらず」
「えぇ」
何もない檻を見つめながら、俺と風鳴さんはつぶやくように話し合い今後の方針を定めていく。
まず問題は三つある。
この間の戦闘で強殖細胞だけならばコントロール・メタルによる抑制が効くが、ネフシュタンを喰らう、もしくは喰われている場合は制御不能。
いったいどれほどまでの怪物に変異してしまってるのか。
…………どれほどまで数を増やしているのか。 それによる戦力の分散はどこまでやって良いのか。
こればかりはもう出たとこ勝負になるしかない。
「ヤツラがお互いに食い合ってひとまとめになっているコトを祈るしかないな」
「あぁ、だが逆に細胞分裂の如くその個体数を増やしでもしたらどうなるか。 深町、確か前に似たようなことがあったと言っていたがそのときはどうだった?」
「……エンザイムという獣化兵と戦ったときに失った左腕分だけが、俺の姿で学校に現れてそれきりでした」
「…………エンザイム、か」
「…………はい」
いろいろと因縁のある相手だ。 “そのこと”については風鳴さんにも少しだけ話してしまってある。 ガイバーという力を、深町晶という“ニンゲン”が今までどんな風に戦ってきたかを知ってもらうには避けては通れない話題だと想ったからだ。
だから……俺は彼女に話した。
風鳴さんの過去は弦十郎さんからそれとなく聞いてしまっているというのも理由の一つだが、何より、前に師弟関係を結んでからここ数日、彼女の人となり見てきた俺は自然とその話を漏らしてしまったのかもしれない。 ……誰かに、俺のコトを聞いていてもらいたかったのかもしれない。
「すみません」
「…………いや、いい」
勝手にそんな言葉が出ていた。
きっと今、俺はひどく辛い顔をしているかもしれない。 それでも彼女は何も聞かずに只、無言で俺の隣にいてくれる。 ……なにも、聞かないで。
「風鳴さん、俺――」
「――――深町さん! こんなところで何してるんですか!」
「うわっと!? あ、立花さん?」
「せっかく遊びに来たんですから、もっといろんなところ回りましょうよ!」
うつむきそうだった俺を後ろからの衝撃が背筋ごと正してきた。 元気いっぱいの笑顔で俺の腕を引っ張るのは立花さんだ。 彼女はあぁ言っているが、実際は強殖細胞の調査という名目なのは知っているはず……気を遣わせてしまったのだろうか。
「もう、響ったらはしゃぎすぎだよ。 大丈夫ですか深町さん?」
「え、いや困りはしないけど」
「疲れますよね」
「……まぁ、ノーコメントで」
つい苦笑いが出てしまうのはあまりこういう経験が無いからだと思う。
……そういや俺、女の子と一緒に出かけたなんてこと中々無いもんな。 せいぜいが子供の頃に哲朗さんと瑞紀で近所に出かけたくらい。 普段から戦闘ばかりだったから気にすることもなかったけど、俺の周りって女子が多い気がする。
前に居たところとは全く逆。 いったいどうしてこうなったのか。
「おーい、保護者ー」
「あ、雪音さん。 どうかしたの?」
「いつまでそこに居るつもりだ、そろそろ別のとこに回るぞ」
「うん、そうだね。 えっと、何が見たい? ゾウ、それともキリンかな?」
「あーヒポポタマスってのを一度見てみたい…………ってちげえよ! アタシが見たいとこ回ってどうすんだ! 調査だ調・査!!」
少しだけ焦るように俺に巻くし立てた雪音さんだが、あぁ、まぁなんだ。 たまにはそんな時間があってもいいとは俺も思う。 そもそも彼女にはこういう時間が必要だと思うし……それに。
……彼女の後ろでどう考えてもその時間が欲しくて堪らないニンゲンがしっぽを振っているから。
「雪音さん」
「な、なんだよいきなり改まって」
「……頑張ってください」
「はぁ? おまえいきなり何言って――」
「――クリスちゃん! あっち行こ! あっち!」
「あ、おまっ! 腕掴んで引っ張るんじゃ――おい、こいつどうにかしろよ保護者!!」
「俺は反対方向に行くから、ソッチの見回りお願いします。 小日向さん、立花さんのことお願い」
「あ、はは……頑張ります」
なんとなくうまい具合に右腕の関節を極められている雪音さんは、そのまま立花・小日向グループの真ん中に固定されて引きずられていく。 ……なんだ今の技のキレ。 立花さん、あんな格闘技どこで覚えたんだ……
「……おそらく司令だな」
「え? なぜそこで弦十郎さんが!」
「お前が居ない間にどうやら、おじさまの道場に足を運んだようでな。 ……いろいろ教わっていた」
「短期間であんな風になるって……一体全体どういった教育を受けたんだ……」
後にソレが映画見て昼寝してたら身についたと聞いた時の俺の心情はとても複雑だった。 ……意味がわからない? うん、俺もわからない。
その後、1時間ほど風鳴さんと共に動物園を回ることになった。
なんというか、今まで気がつかなかったけど今日の風鳴さんは……とても地味な気がする。 いや、言葉は悪いけどどうにも人目に付かないようにっていうか、影が薄い。
服装からして女の子らしくないというか、全体的に肌を出さず穏やかな色合いでコーディネートされていて、既に夏手前なのに長袖のロングスカートというのはどうにも……不自然な気がする。 ……まさか風鳴さんっていわゆる女の子力、通称女子力というのが――
「……私はな、これでも一応トップアーティストだ」
「は、え?」
「ライブもする、テレビにだって出ている。 考えてみろ、そんな人物が何も考えずに衆目に晒されればどうなるかなど、深く考察するまでもなかろう。 騒然必至。 調査など出来まい」
「そ、そうか! そりゃそうですよね」
「わかればいい。 ……つまらん勘違いなどするモノじゃない、いいな?」
「は、はい師匠」
「……まったく」
顔に出さなかったつもりだけど雰囲気を読まれたらしい。 さすが殺気のない攻撃を背後から受けても平然と躱せる風鳴さん。 俺の思惑など読まれてしまったのだろう。
「深町」
「はい?」
「今日は、平和だな」
「…………はい」
「いつか何も考えず、こうやって平和を享受することが出来るだろうか」
「出来ますよ。 そのためにみんなは頑張ってるんでしょう? 俺も協力します、だから大丈夫ですよ」
この世界を襲うノイズは、確かに恐ろしい怪物だ。 空間転移に物質透過……正確には位相をずらすことによる存在の不定化らしいけど……さらに炭化能力という凶悪な生態も持ち合わせている。
でも、それに対抗できる力をこの世界は持ち合わせている。 そして、戦う意志を持つモノ達がここには居る。 ソレを手助け出来る人たちもだ。
「きっと大丈夫。 すべてのヒトが手を取り合うことが出来ればこの世界は……」
「そうだな」
「はい」
「……この世界は大丈夫だ。 …………だがお前の世界はどうするんだ」
「え?」
「お前の力を借りることで、きっとこの世界の騒乱は今まで以上早く解決に向かうかもしれん。 だが、その後はどうする……」
「それは……」
「私たちにはお前を帰す手立てなど無い。 だから、お前に力を借りていたとしても、何も返すことが出来ないのだ。 ……私はな、ソレが怖いのだ。 迷い無く私たちに貴重な時間をくれたお前に、何も返せないと言う事が」
「…………」
風鳴さんの顔が、その視線が、刃となって俺に向けられる。
真剣に。 とても大切な話だから反らさないで聞いて欲しい。 そんな意志を感じ取り、俺は思わず息を呑んでしまった。
蒼い髪がゆらりと流れる。 風が吹いたのだと思ったらそのまま俺たちの間を駆け抜け、遠くの空へと消えてしまう。 ……それでも彼女は、俺をずっと見続けていた。
あぁ、そうか。 彼女が病室からここまで、なんとなく覇気が無かったのはそう言うことだったのか。
“そんなこと”を気にしていたのか。
「大丈夫です。 きっと、なんとかなる」
「なに?」
「いや、確証はないですけどきっとなんとかなるって思ってます」
「……だがお前は」
「ガイバーには次元を渡る機能があるのは、俺自身が既に証明してる。 来れたんだ、なら、その逆もきっと出来るはずだ」
きっと偶然で、可能性の低い奇蹟のようなモノだったのかもしれない。 あの反転されたスマッシャーの中で、最後のあがきとして俺が何を思って、どう行動したかも思い出せない。 だけど、だ。 それでも俺は決めたんだ。
「いま俺に出来ることをする。 いままで通りです」
「そうか。 お前がそう決めたのならそれでいい」
「はい」
それからしばらくして動物園の半分を回った頃。 少しだけ空腹感を覚え、近くの時計を確認するとお昼を過ぎていた。 ここに入ったのが10時過ぎだったからかなり時間が経っているなと思い、横にいる風鳴さんと話し合って近場のベンチで休憩を取ることにした。 さすがに二人だけで食事を取る訳にはいかないだろう。 立花さん達に連絡を入れ、暫し待つことにした。
「電話してもらってすみません風鳴さん。 俺、いまちょっと電話がなくて」
「ん? 深町、支給されたスマホはどうした」
「いや、この間の戦闘で下半身ごと持って行かれてしまって。 ほら、ガイバーは装飾品とかまでは融通効かないから」
「そうだったか……余計なことを聞いてしまったな」
「いえいえ――――っ!?」
「――ふかまっ……っぅ」
会話を遮り深町が翼に覆い被さる。
突然の奇行に目を丸くし、声にならない叫びを上げる翼。 いくら戦い慣れした彼女でも男性に押し倒された経験は皆無なのだろう、無抵抗で彼の下で丸くなる。
特に意識などしていない。 ただの師弟関係のはずな彼と彼女だが、もしも彼が強引に踏み込んできたら果たして彼女は振り払うことが出来るのだろうか……それは、今現状の彼女の体勢がすべてを物語る。
「ふ、深町……その……」
などと、そんな状況で一人頭をパニクらせている翼など置いておき、深町晶はその場で飛び上がる。
「来たな強殖生物!」
「…………え?」
「来い! 俺が相手だ!!」
空中で輝く彼の背後。 衝撃波があたりを襲い、彼の身体に装甲が覆い被さっていく。
風鳴翼の無駄な葛藤を振り払うように、ガイバーは空高く飛翔する。
「…………私は、何を」
「風鳴さん、シンフォギアを!!」
「あ、ああ!」
……風鳴翼の独り言は、決してガイバーのセンサーに拾われることはなかったらしい。
聖詠の後、天羽々斬を身に纏う彼女は一気に剣を展開、大剣へと形を変え切っ先を“ヤツ”に向ける。
「…………キシャアア!!」
「まだヒト型を保っているが、コレは……」
「何匹か喰らった後だな、どこかで見たような形を」
身体の半分近くが鱗で覆われた異形の生命体は、まるでおとぎ話に出てくるような翼を備え、獰猛さを隠すことない牙をガイバーに向けてひたすらに唸る。
パワーと機動力の両方を手に入れた身体を頑強な鎧を覆っているのだ、おおよその“完成”が近いのだろう。 近くに居る動物に目もくれず、ヤツは己が宿敵を見据えて咆える。
「ガアアアア!!」
「来るぞ深町!!」
「狙いは俺か!?」
ヤツがガイバーに飛び込んだ。
センサーで警戒をしていたはずなのに、ソレすらも追い越したヤツの機動力、突進力がガイバーの懐に炸裂した。
「う!?」
「深町!?」
「グッゥウウウウ!」
ヤツの牙がガイバーを抉るがただやられる深町ではない、彼はすんでの所で左腕を盾にやつの攻撃をなんとか防いで見せたのだ。 しかしそれは腕を一本ヤツにくれてやったと言うコトに他ならない。 彼の左腕に激痛が走る。
普通ならば叫び出すところだが、生憎とガイバーの口は叫ぶだけのお飾りではなかった。
「ソニックバスター!!」
「グゥゥゥウウ!!?」
「はぁああああ!!」
二人の攻撃を受け遠くに吹き飛ばされる獣。 林を突き抜けて近くの沼地へと逃げこんでいく。
「俺は追撃を」
「立花達への連絡は済ませた。 もうすぐ一課が避難誘導に来るはずだ」
「わかりました」
駆けだしたガイバーは腹部の重力球を光らせる。 両腕を正面に添えて発射台を形成、重力変を引き起こすと衝撃波がヤツを襲う、プレッシャー・カノンだ。 翼がソレを確認するとそのまま口ずさむ歌の声量を上げていく。
剣に光が集まり、歌が激しさを増せば彼女の攻撃は空を絶つ。
蒼い光が強殖生物を通り過ぎると、ヤツの右半身が血しぶきを上げる。
「……蒼ノ一閃」
強殖生物がうなり声を上げ、牙をむき出して翼を忌々しげに睨み付けた。 明確な敵意に一瞬だが深町は硬直する。
「あいつ……!」
「なにをやっている深町、仕上げるぞ」
「は、はい!」
すくみ上げたのか?
翼が檄を飛ばすが、深町は決して後ずさりしたわけではない、疑問に思っただけなのだ。 あの強殖生物はいま確かに“翼に対して憎悪を向けた” のだ。 その目に黒い光を宿らせたのだ。
「……普通、そんなことが起きるのか? 俺がそうなったときとは訳が違うんだぞ」
「グゥゥゥ!! ウォォォオオオ!!」
「来るぞ深町!」
少年の疑問にヤツが答えるはずもなく、その牙を、爪を、鋭く突き立てる為に二人の方へ走り出す。 その姿は激昂した野生動物そのもの。 ただ目の前にある標的に向かって走り出すだけだ。 狙いは蒼い剣の女。 先ほど自身をなぎ払ったそれに対して、全身ごと攻撃を仕掛ける
「はぁあああ!!」
「ギアアアア!!」
「くっ!? 刃が通らない、先ほどは通じたのになぜだ!」
動きを合わせたカウンターを入れたはずなのに、攻撃自体がヤツに弾かれてしまう。
真横へ飛び退き、剣の形状を大幅に変えていく。 シンフォギアの再構成で大剣へと作り替えたソレを大きく振りかぶるとまたも蒼い斬撃を走らせる。
「…………!」
「な!? 攻撃が――」
「弾かれた!!」
今度こそと決めた斬撃だったはずだ。 ソレを防御も取らずに、ただ身体の硬度だけで対応されれば流石の翼も驚愕を隠せない。
「何か妙だ。 いくら強殖生物が進化を続ける細胞だとしてもこう簡単に、それもこんな速度で対応できるモノなのか」
「私も前に戦ったことはあるが、ここまでのモノではなかったはずだ」
「俺たちの予想以上に食い散らかしたのか、それとも何らかの手を加えられているのか」
深町がヤツを睨み付けた瞬間だ、ガイバーの頭部センサーがうごめく。 彼の意志を受け取り、目の前の敵を調べはじめたのだ。
外殻の形成具合、組成、さらに奥まで透視していき内蔵の配置までをだ。
「ん? なんだこれ」
くまなく調べ上げていき、一つだけ奇妙な感触を掴む。
それはヤツの脊髄から微量に検知されてくるモノだ。 ほんの僅か、ここまで相対し、狙いを絞って感度を上げたセンサーでなければわからぬ物だった。 電磁波のような、なにかの“波”を感じ取った深町はそこで翼の方へと振り向いた。
「風鳴さん」
「なにかわかったのか」
「はい、ヤツの背中あたりです。 そこから気になる反応が」
「背中……私の攻撃は弾かれてダメだ。 天の逆鱗は隙が多いうえに、逃げ遅れた者が居ないとも言い切れない今は使えない」
「俺のメガスマッシャーもそうだ、撃てばきっとタタじゃ済まない。 ……なら、方法は一つだけ」
「……まさか」
深町が言い切る前に翼は彼の真意を測り終えた。
なにせ彼は足を踏ん張り、腕を前に突き出してしまったのだから。
「来い! もう逃げも隠れもしないぞ!」
「グゥゥゥ……」
「お、おい深町!!」
ここに来てステゴロ。 高周波ソードすら展開しない深町に翼は慌てて声をかけた。
いや、声をかけようとしたのだが、出来ない。
「はぁぁああああああああああ……」
「重力制御球が……!」
ガイバーの周囲が歪み、その身体が少しずつ地面へと沈没していく。 体重の疑似増加だ、おそらくその身体は既に5倍以上に重さを増しているはず。 突然の増加に舗装されているコンクリート床が耐え切れて無いのだ。
準備は出来た、後は迎え撃つだけ。
ガイバーが力を込めると同時、コントロール・メタルが激しく輝き出す。
「グゥゥゥ…………オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
その光が、その、機械の信号をどう受け取ったのか、本能だけでこちらに仕掛けてきたヤツを前に、ガイバーは両手を前に広げ……構える。
……爆発音が周囲に轟く。
あまりに激しい衝突音は、大型自動車が高速道路で事故を起こした破壊音と同一のものだ。 恐ろしく勢いの付いた鉄の塊に近い物体が激突したのだ、いくらガイバーといえどただでは済まない……武器を構えながら、翼は段々と開けてくる視界に意識を集中させた。
そこには――――
「う、受け止めただと!?」
「うぉぉぉおおお!!」
「グォ……グッゥゥ!?」
怪物を受け止める鬼の姿が居た。 あぁそうだ、今このとき、確かに翼はガイバーの恐ろしさを垣間見たのだ。 ……いいや、垣間見ることになるのだ。
「ソニックバスター!!」
「――――!」
怪物の全身に不快音波を当て、動きを鈍らせる。 そこから音域を調節して、ヤツの固有振動数に近づけて行く。
うめき声を上げはじめ、その身体を震わせたヤツを確認したとき、ガイバーの頭部が赤く光る。 ヘッドビームだ、小さいながらもヤツの身体に線状の焼き跡を残す。
「は!」
ヤツを掴みながら重力球を反転。 飛び上がるとそのまま左腕の高周波ソードを展開、肘ごと背中に叩きつける。
「キシャアアア!」
「ウオォォォオオオ!!」
交差させるように二連撃。 なんとか外殻のような箇所に亀裂が走ると、重力球から右腕にエネルギーが流れ込んでいく。 あの空を飛べるほどの重力を操る事が出来るエネルギーが腕一本に集中させられる。
その腕力は足腰、背中の反動、そして堅く握った拳とが相まって莫大なまでの破壊力を内包し、一瞬の間、ヤツがこちらに振り向こうとしたその刹那に、ガイバーは持てる渾身の一撃を背中の亀裂へ解き放った――――
叫び声が木霊する。
あまりにもおぞましいソレは生物の断末魔の叫び。
だが、その叫び声のウラで一つだけ小さな声が漏れていた。 決して声を出さないよう、口をつぐんでいたはずの翼から一言だけ漏れていたのだ。 ……それは最後までなんだったのかはわからない。 だが、理解できることならある。
怪物の背中にガイバーの腕が突き刺さっている。
突き抜けた先には白い物体が握られて。
そのまま引き抜けば脊髄ごとヤツの中身が地面にばらまかれる。
辺り一面は真っ赤に染まり、地獄にある血の池地獄を思わせる鮮烈さは、その身を震わせるのに十分であった。
「…………これが、奴の戦場」
そこまで見て、ようやく出てきた続き。 先ほどの声とは形を変えて、現状をなんとか整理しようとしている理性的な呟きだ。 あぁそうだ、ここまで意図しながら声を出さないと、目の前の惨劇を呑み込むことが出来なかった。
「はぁ、はぁ……コイツだ」
「なに?」
肩で息をする深町が言う。 その手に掴んだ白い物体、ソレが今回の文字通りキモなのだと。
「コイツから妙な波を感じる。 そうだ、コレはまるでガイバー同士の交信のときのソレに近いんだ」
「ガイバー同士……だと?」
「はい」
血しぶきを浴びた胸部装甲を片手でぬぐいながら手に掴んだ物体を翼に見せる。 白いとは言ったものの、先ほどまで臓物に埋もれていた物品だ、滴れる液体は生理的嫌悪感を翼に叩きつけた。
「こ、これは……」
すんでの所で表情を引き締め、その物品を確認する。
「硬質な箱状だな……そこから無数の糸? いや、鉄製だな。 ワイヤーのような……」
「……コントロール・メタルに性質が似ている気がする」
「…………!?」
深町の言葉に翼は一瞬だけ凍り付いた。
この世界にそんなものある、なぜ? だれが、どのような経緯で……
考えられる事は多く、そのどれもが最悪だ。 いままで散々この世界について調べてきた、ミナカミヤマには遺跡しかないし、宇宙船なんて転がっていない、ならこんなモノはこの世界に存在するはずがない。 ガイバーでの探知を既に終えていた深町は、構造を理解し、その制作過程までも読み切ると……
手に持った機械を破壊する。
「誰かが作り上げたんだ」
「そんな……まさか」
「つい最近、大体1ヶ月は経っていないはずだ」
「そこまでわかる物なのか……?」
ガイバーのセンサーで劣化具合でも確認したのか、深町は詳しく状況を確認していく。 冷静に、声も荒げずに。 ……その心がどれほどに燃え上がっていたとしても。
「誰だ、こんな事をしたのは」
「深町?」
「この悪魔のようなシステムを再現しようなんて馬鹿げている……こんなもの、在ってはいけないというのに」
「……深町」
このシステムがどれほどに周囲を狂わせていくかなど、いまさら思い返すまでもない。
帰る家を失い。
仲間を失い。
そして、自身はその命さえ……
コレはあってはならないモノだ。 ソレが例えどんなに正しい力の使い方をしていてもだ。 現に自身を模倣して、こんな
もし、さっきの怪物が市街地で暴れ回ったら?
もし、何かの間違いで自身の手に負えない怪物に成り果てたら……?
もし、ソレが悪意によってコントロールされてしまったら?
「これを司令に持って行ってください」
「お前はどうするんだ……?」
「あの残骸を“処理”してきます。 ……一人で平気なんで、ミンナと一緒に先に行っていてください」
「…………」
「それと――――――――――――――――――――――お願いします」
「なに? ……あぁ、わかった」
そう言うと握りつぶした機械を翼に預けると、自身は転がっている怪物に向かって超音波を叩きつけていく。
周りの音をかき消すように乱雑に、ゆっくりと、なにも残さないように…………
リディアン女学院 地下数キロ
ガイバーⅠ深町晶が動物園から帰還すると、施設の医療メンバーが彼を囲んできた。 戦闘の後、しかもなぜか殖装を解かない彼に弦十郎が違和感を覚えた為の指示である。
「深町君、怪我でもしたのかい?」
「いえ、そう言うわけでは」
「ならどうしてガイバーを?」
「……」
彼が教えてくれないモノだから、医療班はこれと言った処置が出来ず困惑する。 そもそもガイバーには治療は必要が無い、在るとすればシンフォギアを纏う装者であり、この対応は最初から間違えている。
けど……そう思えてしまうくらいに深町晶は深刻であった。
「晶君」
「弦十郎さん」
そんな彼を迎えたのはこの基地の司令、弦十郎だ。
表情の無いガイバー、その雰囲気だけで彼の心情を把握する弦十郎は流石の一言。 ただ、名前を呼ばれただけなのに自身を気遣っているのがよくわかる。 だけど……そんな司令官にすら言えない事がつい数時間前に出来てしまった。
「すみません、しばらく考えさせてください……」
「……そうか」
そんな彼に無用な探りは入れない。 それは彼が異邦人だからでは無く、年相応の少年だからこその対応だ。 戦士になって戦い抜き、手の中を血みどろにしながらもがいてきたと言っても彼はまだ子供だ。 迷い、つまずく事もあるだろう。
だから、今回は詮索しない。
すぐ近く、彼自身からこちらに打ち明けてくれるのを信じているからだ。
大人と子供、二人が無言の信頼関係を構築していたところだ。 空気の読めない横槍が入る。
「深町さん! コントロール・メタルのコピーが出てきたって本当ですか!!」
「……立花さん!?」
「なん、だと……ッ!」
自動ドアを蹴破る勢いで入ってきた女子の一言に基地が揺れ動く。
「ど、どうするんですか! このままじゃ大変なことに!」
「…………っ」
「響君……」
ガイバーの全身が強ばる。 そんなことわかっていると言わんばかりの沈黙にさしもの響も思わず硬直し、気がついた。 自身がとんでもなく不必要な事をしでかしてしまったことを。
「晶君、今の話は」
「……俺がいけないんです」
「なに?」
「ふ、深町さん……!」
重く、苦しい声だった。
強靱な肉体を持つガイバーからは決して想像できないくらいの弱い発言。
「ガイバーを迂闊に使うべきでは無かったんだ。 今までの戦闘で、きっと誰かにデータを取られていたに違いない。 しかも、強殖細胞のサンプルまで取られて」
「それは仕方が無いだろう、相手はノイズだ、普通の戦闘力じゃ効かない相手にむしろよくやってくれている」
「でも、きっと俺さえいなけりゃこんな事にはならなかったんだ」
こんな深刻な事態にはならなかったと、深町少年は下を向く。
自身の力はこんなにも世界に悪影響を与える。 皆を救おうともがくほど、周りに迷惑を被ってしまう。 現に自身の身体の一部が牙を剥き、翼と響を襲いだしたのだ。 ソレを言われてしまえば、二人が返せる答えは無い。
ただ、沈黙が続いていく。
しかし……
「――それで、お前は何もせずに戦場から消えるというのか?」
「……」
「翼……お前」
「あ、……あぁ」
弱気のガイバーに天羽々斬が切っ先を向けた。 いや、比喩では無く実際に剣は深町に向いているのだ。 シンフォギアを纏った翼が手に持ったアームドギアを彼に向け、問う。 お前は、ここまでなのかと。 周囲に緊張が走る。
「…………俺は、もうダメです」
「……っ!!」
言うなり翼の刃が走る。
ガイバーの首を捕らえた斬撃は、しかしソレが届くことは無かった。 赤い二丁拳銃が剣を受け止めたからだ。
「……おいおい、お前等こんなとこでチャンバラなんてどうしたんだよ」
「く、クリスちゃん! ふ、二人が!」
「あぁ見りゃわかるそんくらい。 で、どっちが悪いんだ?」
「……」
「おい保護者! 何か言えよこの――」
「――邪魔立てするな雪音、今は深町の真意を測る途中だ、関係の無いお前は下がっていろ」
「…………ぁあ?」
翼の発した“他愛の無い発言”に一瞬でクリスは沸点にまで達してしまった。
疎外、それとも自身への不義理かもしくは……ともかく今の翼の発言が気にくわないと言った彼女は、深町を背にして翼へと銃口を向けた。
今にも爆発しそうな二人に響はただうろたえるだけだ。
弦十郎は静かに目を閉じ、息を吸う。 どうやら、ここが正念場らしい。
彼は衣を決すると、三人の仲に割って――
「雪音さん、ジャマです」
「な!? おい、晶君!」
なんとガイバーがクリスを突き飛ばしたのだ。 コレには流石に弦十郎は意表を突かれ、出鼻をくじかれてしまう。 だが、一番驚愕したのはほかでもないクリスであり、コレに衣を唱えたのも彼女である。
苛立ちが募ったのだろう、目をつり上げるとガイバーを睨む。
「おい、テメェなにしやがるんだ!」
「今は風鳴さんと話しているんだ、ジャマしないでくれ」
「はぁ!? おまえこそなに言ってくれてんだ! こっちはお前の味方しようって言ってんだぞ!?」
「そんなもの欲しいだなんて一言も言ってないですよ、俺は」
「……本気で言ってんのか……それ……!」
「ふ、深町さん……クリスちゃん……!」
もう何がなにやらわからない。 なぜこうまで皆が険悪になるのかが響にはわからなかった。 三人がにらみ合い、お互いの存在を否定するかのようなさっきを飛ばし合うなか、彼女は我慢できず叫ぶ。
「やめてください! みんな、少し変ですよ!!」
なんとか発せられた叫び声だ。 ……しかし、そんな彼女の声など、誰も耳に届いて居らず……
「そういえば最初、言ってましたよね? 俺がここに居るのは気にくわないって」
「そうだったか? いや、そうなのだろうな、お前達のような異邦人、最初から信用にあたいなどしなかったのだとなぜ今まで気がつかなかったのだろうな」
「おい、なんだその言い方……!」
「みんな落ち着いてください!」
険悪な雰囲気が払拭されることはない。
イヤでもわかる最悪の事態に、しかし弦十郎は決して彼等に割って入ろうとしなかった。 ただひたすら深町に視線を向けるだけでそれ以上のリアクションがないのだ。
……なにを、考えているのだろうか。
弦十郎がとめない以上、彼等の罵倒に歯止めなどきこうモノが無い、事態は最悪にまで降下していく。
「それは違いますよ風鳴さん、ここの人たちこそ信用できないんだ」
「……なんだと?」
「前に居た遺跡宇宙船の人たちとは違って、裏切り者がいるみたいですしね」
「おい、そりゃあアタシの事を言ってんのか? いつアタシがお前らを裏切ったよ!!」
「どうだろうな、本当は雪音、お前がガイバーの情報を流したのではないのか?」
「んだとこの……!」
銃を、剣を、装甲を。
お互いの武器をそれぞれに向け合う姿はもう仲間のソレでは無い。 完全ないがみ合いに周囲は戦慄した。 なぜ、ここまでの事態になってしまったのかと。 どうして、こんな風になってしまったのかと。
いつ爆発するかわからぬ状況に皆が口を出せずにいた……そのときだ。
「もういい、こんなところいつまでも居られない」
「……ちっ、所詮烏合の衆かよ。 ここまでだな」
「あぁそうだな、さっさと消えるがいい」
「み、みんな……!」
ついに三人が別の方向へ歩き出した。 交える武器どころか視線すらないのだろう、無言で立ち去る三人はこの基地から消えていく。 ソレをただ、見ていることしか出来ない響は震えながら嗚咽を漏らしていた