強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第27話 握った拳でなにを掴もうと言うのか

 

 

 

 

 

 

 

 風鳴翼、雪音クリス、そして深町晶が二課を去ってからすぐのこと。 ただ一人残されたシンフォギア装者の立花響は、施設内の一室で顔を曇らせていた。

 

「わたし、どうしたら良いのかわからない」

「…………響」

 

 そんな彼女に対してかける言葉が見つからないのが悔しい。 未来が噛みしめたのは悔しさであり、彼女の助けになれない自信への怒りだ。 だがソレを見せるわけにはいかない、優しい声を絞り上げて響の話を聞いていく。

 

 仲間が、離れて行ってしまった。

 自分は止める事が出来なくて。

 必至に探しても誰一人見つからない。

 

 追いかけて、掴まえて、話さえ出来ればなんとかなるはずだと思っていたのに。 相手が居なければ説得なんてしようが無いのだ。 ソレがただただ苦しくて、悔しくて。 ……何より怖い。

 失うという事を彼女は何よりも恐れていた。

 彼女は、その手に掴んだモノを離すことを何よりも………………

 

 どうして良いのかわからない。 どんな顔をして、なんて話せば“彼”が還ってくるのかわからない。

 

「…………いけないのに」

「響?」

「そばに居ないといけないのに。 わたしが居ないとガイバーはノイズに勝てないんだ、わたしが……シンフォギアが無いと強殖装甲はノイズを打ち倒せない…………」

「ひ、響? ねぇ、急にどうしたの?」

 

 声だけでわかるほどに異常な彼女。 熱に浮かされるような呟きの大半は聞こえなかったモノの、「ガイバーは勝てない」「シンフォギアが居ないといけない」などと彼女らしくない言葉に未来が疑問に思うのは十分であった。

 だから、もう一度声をだす。 さっきよりも強く、はっきりとした口調で響の名を口にする。

 

「……あれ? わたし」

「もう、急に話が切れたから心配したんだよ」

「ご、ごめん」

 

 その声はいつもの立花響だ、だから彼女は元に戻ったのだろう。 でも、ソレを確認できたとしても未来の不安は募るばかりだ。 ここ最近の彼女は不安定で、ソレでなくても嗤いながら平然と無茶をするきらいが彼女にはある。

 それが堪らなく恐ろしい。

 恐怖、ではなく。 不安でならないのだ。 いつだって無理をする彼女が。

 

 ……そしてソレは、あの少年にも言えることであった。

 

「お願いだよ響、絶対に無茶しないでね」

「わかってる、わたしが倒れたらみんなを守れないからね!!」

「……うん」

 

 そうじゃなくて……言おうとした口がうまく動かない。 言ってやりたいのはそんなくだらないことではないのに、響の強がりだけの笑い声が未来のジャマをする。

 なんとか持ち直したように見えたが、その声は震えを隠せていない。

 

「響は頑張ってるよ、だから、すこし休んでいいんだよ?」

「そうも言ってられないよ未来。 深町さん達が留守にしてるんだ、かえって来るまでわたしが代わりに頑張らないと」

「気をつけてね響……みんな、響のこと心配してるから」

「うん」

「後でみんなとフラワーに行こ? みんな待ってるから」

「え、ほんと! ……よっし! 行ってくる」

 

埃の付いたスカートを手で払い、ゆっくりと部屋を後にする。

 未来に出来ることはただ案ずるだけ、悔しさのあまり流れそうになる涙を堪えると、彼女はポケットからスマホを取り出し、どこかへと連絡を入れていく。

 

 

 

 

響は立ち上がった。 弱音は吐き出し、もうこの口から出るモノなど強がり以外あり得ない。 だけどそんな虚勢も背中を支えてくれる人が居れば本物に変わってしまう。 彼女はそうやって闘い、生きてきたのだから。

力強い足音を立てながら、彼女が廊下を歩き始めた…………まさにその瞬間だ、地下の空間に強烈な爆発音が行き渡る。

 

「え、なに!?」

 

 激しさのあまり壁に寄りかかると髪の毛に埃が降りかかる。 首を振りながら払うと次に見えたのは真っ暗な通路だ、そう、施設の電気が落ちたのだ。 急な出来事に目を見開くも、事態は次々と悪化の一途を辿っていく。

 ……響の持つ通信機に、緊急の連絡が入ったのだ。

 

「はい! 立花響です!!」

「無事か響君!」

「し、司令!? わ、わたしは大丈夫ですけど。 いったいどうしたんですか!」

「いまこの施設は何者かの襲撃を受けているらしい。 電力供給の配管その他をいくつか持って行かれた、いま復旧に動いている」

 

 壊されたと言うコトはソレを行ったものがいると言うこと。 まさかノイズがここに攻めてきたのか? 響は胸に手を置き、心の中の詠を声に乗せてその身を輝かせた。 聖詠を紡いだ彼女はシンフォギアを身に纏う。

 数ヶ月前では考えられない適応力の高さに自信でも驚きを隠せない、しかしそれ以上に――

 

「監視モニターが捕らえた映像には爆弾の類いは確認できなかった。 ……おそらく外から高エネルギーの攻撃を打ち込まれたのだろう」

「高エネルギーって……そ、ソレってまさか!?」

 

 “彼”と同じ攻撃をこの施設が受けたことに驚きを隠せなかった。 アレは、あの装備をこの世界は知らない、在るはずがない。 あの“強殖装甲は自分たちでは再現できない”はずなのだ。

 仕組みだとか、技術だとか、そんな些細な事ではなくて。 もっと根本的な問題がある。

 それを響の脳裏によぎる刹那のことだ、すべての思考を遮り脳内に警報が鳴り響く。

 

「――ッ!?」

「…………」

 

 咄嗟に身を反らせば、上半身があった場所を通り過ぎる刃が一つ。 すべてを両断する超振動の刃が彼女の胸元をかすめる。 何者だと体勢を整える響は見た。

 

「………………」

 

 青い鬼をだ。

 腕から突き出る高周波の刃はいまだ鋭く、額に収まるコントロール・メタルの輝きはいつか見たときのように眩しく、ソレが本物だと響に悟らせる。 見て、知って、ついに体感した存在に彼女は一歩後ずさる。

 気負いだとか、警戒ではない未知の感覚に響は縛られる。

 

 こんな空気を纏うモノが“彼”のはずがない。

 あの少年の持つのはもっと朗らかで、優しいモノのはずだから。

 

 故に彼女は愚かにも口にする。

 

「な、何者なんですか」

「…………」

 

 しかし機械は答えない。

 目の前に立つ少女に、自身を証明する理由がないし、そもそもコレにそんな機能など存在しない。

 だって今の強殖装甲は……

 ただ、目の前の脅威を排除するだけで良いのだから。

 

 装甲が動く。 ただ単純な前進を前にしてしかし響の躯が一瞬反応がおくれる。 青い拳が響の腹部を打つ。 見えていた、対処が出来たはずなのに吸い込まれるように攻撃が自身にぶち当たる。 理解と同時にせり上がってくる嘔吐感、同時、彼女は壁に激突する。

 

「が、はぁ――!!」

 

 呼吸もなにもあった物じゃない。

 得意の気迫はガイバーを見た瞬間に削がれ、歌などこの呼吸じゃ紡げない。 そもそも彼女達の歌は単純な発声などではない、心に描かれた景色を世界に鳴り響かせる事こそが聖詠であり、それを力に変えるのがシンフォギアだ。 ならば、心も声もつぶされたならば……彼女に勝ちはない。

 

「痛い……いたいよ……」

 

 今までに感じたことのない危機感。 ソレが彼女をさらに追い詰める。

 しかもガイバーは決して止まらない、追い打ちをかけようとゆっくりと彼女に接近する。

 

「…………」

「ふか、まち……さん」

 

 こんなときいつも助けてくれる彼は、今自身を追い詰めている敵。

 

「ふかまち……さん……」

 

 ソレがどうしても信じられず、目の前に居るガイバーからついに視線をそらした立花響。 彼女は震え、怯えながらも無理矢理立ち上がらされる。

 

「はっ……」

 

 締め付けられる気道、音だけの呼吸に比例して響の目から光が消えていく。

 右手で胸元をつかまれ、もう片方の手には重力変。 おそらくシンフォギアに超音波とビームが有効では無いと記憶されての行動だろう。 このまま重力の塊を腹か顔面に宛がえばいくら装者で在ろうとも無事ではない。 だが……奴は少し時間をかけすぎた。

 

「うぉぉぉぉおおおッ!!」

「――!?」

 

 ガイバーの顔面に蹴りが飛び込む。

 あまりの唐突さは疾風を超えて雷のごとし。 その衝撃で響を取り落としたのだろう、床に転がる彼女は目の前に居る人物を見る。 戦士の背中がそこにあった。

 

「大丈夫か響君」

「し、司令……?」

「胸騒ぎがしてな、来てみれば案の定最悪の状況だ。 おい、キミなんだろう晶君、なぜこんなことをする!」

「………………」

 

 場違いなほどの一般人。 装甲も、歌も、遺物さえもないただ拳を握り締める弦十郎は目の前の仲間に対して声を張り上げた。 ――その衝撃で壁が崩れる。

 

「…………っ!」

「――!」

 

 先に仕掛けたのはガイバーの方だ。 頭部が光ると赤いビームが弦十郎を貫く。

 

「し、司令!!」

「馬鹿野郎!」

「!?」

 

 当たった。 シンフォギアを装着し、身体能力が格段に上がった響きの目にさえそう映ったはずだ。 なのにどうしてあのヒトは動けるのか?

 

「仲間に武器を向けるモノがあるかッ!!」

「し、司令……いま」

「ふっ、残像さ」

「う、うそ……」

「…………」

 

 どこか現実離れした理由で攻撃を回避した彼はそのまま拳を握りステップをふむ。 呼吸を一つだけ済ませると、その場から弦十郎が消える。 衝撃音。 すぐ横で物騒な破壊音が発するとガイバーと弦十郎が拳をつきあわせていた。

 

「ガイバーと互角!?」

「うぉぉぉおおお!!」

「――――っ!」

 

 すかさず右腕の一本を取りに来た弦十郎。 いかに厚い装甲を持っていたとしても所詮はヒト型、必ず関節は存在する。 相手の手首を掴み、左手を支点に時計回りで関節破壊を試みる。

 しかし……その回転は途中で止められる。

 

「……なんて腕力だ」

「司令! 右!!」

「ぐッ!?」

 

 ガイバーの左足刀が走る。

 弦十郎は掴んだガイバーの腕をそのままに逆立ちを慣行、そのまま振り子のように蹴りのお返しをするも躱され、弾かれるように両者は離れる。

 

「大丈夫ですか!?」

「初めて相対したがここまでとはな。 俺も相当腕が立つと思ったが……まだまだだ」

 

 ガイバーの腕力はヒトの数十倍程度。 拳はコンクリートを容易く粉砕し、腕力だけで獣化兵を倒すことも可能だ。 ソレをいなしているとは言え、ただのニンゲンが相対していること自体異常である。 まだまだと言う弦十郎に、しかしガイバーは、否、コントロール・メタルは激しく発光し始めた。

 

「ふっ、どうやら俺のコトをようやく脅威とみたようだな」

「どういうことですか!」

「アレはいま俺の躯を徹底的に分析しはじめたのさ。 組成から骨格の並びに筋肉量いろいろな」

「……勝つための分析」

「障害が出たから打開策を模索する……機械的にな」

 

 だが、と弦十郎が続ける。 いかに体組織からヒトの癖を見抜いていったとしても、ソレを元に効果的な戦術を練り上げようとも、所詮機械的思考だ、そこにこそつけいる隙がある。

 

「奴の情報が組み上がるまでに倒してしまえば同じ事だ!」

「相手は深町さんですよ!?」

「かといってこのままにしておく訳にもいくまい! 理由はわからないが彼が目覚めるまで無力化するしかあるまいて!」

「――――ッ!!」

 

 大地を踏みしめその反動で一気に駆け出す。 俊足の進撃は既にニンゲンの領域を超えていた。 強く握った右拳が風を切り裂く轟音と共にガイバーへと突き刺さる。 吹き飛ぶガイバーはすかさず着地、両掌を展開しながらワームホールを生成する。

 

「させるか!」

「――ッ」

 

 最接近。 生成途中のワームホールを即刻無視で腕ごと蹴り飛ばし、さらにもう一歩接近。 奴に武装を使わせた時点で人間の負け。 台風の目こそ最大の安全地帯、故の近接戦闘。

 ガイバーの凶器が弦十郎を突き放そうと刃を向ける。 しかし……圧倒的に、遅い。

 

 弦十郎の掌が、ガイバーの腹部に触れた。

 

「覇ッ!!」

「――ッ!!」

 

 瞬間、衝撃が奴の背中まで走り抜ける。

 中国武術由来の“発勁”と言うモノだろう。 鎧通しのように装甲をすり抜けた攻撃は相手が強固な装甲を持つほどに良く効く代物だ。 最速で、究極の一点に絞られた弦十郎の一撃にガイバーが膝を付く。

 

「倒した……!」

「来るんじゃない! ……まだ、終わっていない」

「え!?」

 

 普通の生物ならばそこで終わりだった。 だが、相手は規格外の化け物。 いくら人外じみた人間だとしても、所詮は生物の延長線、限界は来る。 だが奴は……ガイバーに限界など在るわけがない。

 10、20の浸透勁を徹し、奴に致命の一撃を与えたりもした。 だが、破壊の跡にすぐさま再生を施し、何事も無かったかのように立ち上がる。 無言で無音、同じ動作で弦十郎の前に立ちふさがる姿は恐怖以外の何物でも無い。

 そして、そこまでガイバーに同じ攻撃を繰り返すと言うことがどういうことか、彼等は忘れていた。

 

「…………」

「ぬ!?」

「司令!?」

 

 初めて弦十郎が膝を付いた。 しかし相手はなにもしていない、ソレは響も見て居たので間違いない。 謎の攻撃に慌てるそぶりも見せず、耳から来る違和感に弦十郎は舌を打つ。

 

「司令! 耳から血が!」

「鼓膜を揺さぶられたのか……まさかソニック・バスター!?」

「…………」

 

 飛んでくる攻撃も切り裂く凶器もすべて警戒したうえでの接近戦だが、そこまで近付けば音も聞こえやすかっただろう。 調律のとれてない不快音波も、戦闘中に浴びせ続ければダメージは蓄積する。 ソレが人間ならばなおのことだ。

 立ち上がろうと力を込めるも、脳に激痛が走り景色が歪む。 躯のダメージは思った以上の物だ。 このままでは……歯がみしか出来ない弦十郎にガイバーの胸部装甲が展開される。

 

「……」

「晶、君……」

「あ、あぁ……」

 

 いつもは皆を救ってくれた光でも今はすべてを奪う絶望の輝き。 ただ残酷に、無抵抗となった敵を消し去るだけ。 今この場で、こんな地下にあの攻撃を撃たれれば間違いなく施設ごと消え去るだろう。 自分も弦十郎も、そして――

 

「だ、めだ……」

「ひ、響君」

 

 自身の後ろには何がある? 施設、仲間、……友だろう。 守るべきものがいるのだろう。 大切な存在が、自身の帰りを待っているのだ。 ソレを守りたいから、傷つけられたくないから闘ってきたはずだろう?

 だったらいまこうやって尻込みしていること自体間違っている。

 

「立つんだ……みんなを、守るんだ」

「…………」

「ぐぁ!?」

「響君!?」

 

 いまだに心は恐怖心に包まれている。

 深町……否“ガイバーを敵に回す”と言う事実が彼女に枷となって締め付ける。 それでも、自身は逃げるわけに行かない。 自分の為だけじゃない……そう、いままで支えてくれたみんなのために。

 

「負けるわけには、行かないんだ!!」

「…………」

「く、このっ……うぉぉッ!!」

 

 装甲を展開し、発射態勢となったガイバーに走り出す。 当然ヤツは攻撃を中止、ソードを展開して迎え撃つ姿勢となる。

 

「戦い方は……司令が教えてくれた!」

「…………ッ!?」

 

 刃をかいくぐり、拳を打ち付けて行く彼女はいまだ迷っている。 でも、その胸には流れはじめていた。 心を現わす熱き歌が。

 

「ソニックバスターはシンフォギアに効かない!!」

「……!」

 

 腕部のパイルバンカーを起動、力を込めて握りしめると光が集中していく。

 

「ソレを撃つのに時間がかかることは深町さんが教えてくれた! 翼さんには心意気を! クリスちゃんには気迫を!」

「…………っ」

「深町さんに撃たせない! みんなを……未来をッ!!」

「……………………」

 

 ソレは相手すら思いやる拳だ。 彼はきっと自身より強い、けれどソレは悲劇を繰り返したうえでの成長だ。 そんなこと、言われなくても察することは出来る。 ……出来るようになった。

 自身を止めてくれたときも、クリスを撃とうとしたときも、見知らぬ人間を救えなかったときも。 彼の顔は見えなくて、正確には掴めなくとも、その思いはいつだってつぶされそうな苦しみを抱き続けてきたはずだ。

 彼は強くて優しいから。

 彼は、戦いに向かないはずなのに力を手に入れてしまったから。

 戦いに引きずり込まれてしまったから。

 

 だから、そんな彼が自分を、仲間を撃ってしまったらきっと戻って来れなくなる。 そんなことはさせない。

 

「助けてくれたんだ! あのときも。 あの……巨人の姿のときもわたしを、私達を助けてくれたんだ! だから今度はわたしが助けるんだ!」

「……!?」

「深町さんにひどいことをさせるな! 深町さんを返せッ!!」

 

 踏み込む脚は力強く、もはや迷いはない。 ギュッと握った拳が、光を熱に変える。 力の限り叫んだのだ、あとはもうソレをぶつけるほかないだろう。 弦十郎が見守るなか、彼女の絶唱が炸裂する。

 

「でりゃああああ!!」

「――――!?」

 

 腹部を突き抜けるようなダメージ。 ソレは先ほどの浸透勁ではない、ごく単純な物理ダメージに他ならない。 心が、歌が力となって突き抜けたのだ、極大のダメージにコントロール・メタルは沈黙する。

 立花響は肩で息をしながら、彼の様子をうかがう。 立ち上がるな、もう、あの人を返しておとなしく引っ込んでくれと心から願う。

 

 確かに目の前のガイバーは沈黙した。 だが……

 

「あぐッ?!」

「なに?! 別方向からの攻撃だとッ!!?」

 

 目の前のガイバーとは違う、だが同質の攻撃に弦十郎があたりを見渡す。 瓦礫が障害物となって視界が悪く、すべてを確認できないが、一つだけ人影を確認できた。 ソレは、どこか見たことのあるシルエットである。

 

「まさか……ガイバーだと!?」

「ふ、深町さんじゃないガイバー……ガイバーⅢ!?」

「いいや、違うな」

 

 その声に二人が震えた。 聞き覚えがある口調ではないものの、なじみのある音程だ。 どこかで、そう探すよりも先に弦十郎の口が開いた。 ……了子君なのか、と。

 

「櫻井了子、貴様たちの前ではそう名乗っていたのだな」

「なん、だと?」

「フィーネ、終わりを告げる者とでも言っておこうか」

「……どういうことだ」

 

 いまいち理解が追付かないのは怪我による思考低下もあるだろうが、心がどこか否定しているのだろう。

 

「さ、櫻井さんなんですよね!? な、なんでこんなこと……!」

「フフ、かわいいほど愚かな娘。 まだ状況が理解できないというのか」

「え、ぇ?」

 

 機能不全で立ち尽くすガイバーを通り過ぎる女ガイバー櫻井、いや、フィーネは響の前で嘲笑する。 この少女の今までを、そして、これからの運命を確かにあざけった。

 

「おまえはよく頑張った」

「……え」

「聖遺物と人体の融合症例第一号。 その力は凄まじく、なんら才能の無かった人間が訓練を施した人間に追付かせるほどの力を獲得させていった。 だが、それには身体に著しい毒を残すモノ。 危険性が大きすぎた」

「そ、れ……わたしのことですか? なにを……」

「その点ガイバーはどうだ? 殖装の間ならば老化すら止まり、肉体は無尽蔵に復活をする。 永遠を生きることすら可能なのだ!! この技術に今まで手に入れた知識を掛け合わせれば誰も止める事は出来まい! 天羽奏、風鳴翼、雪音クリス……お前達は本当にいい働きをしてくれた!」

 

 笑い声が木霊する。 可笑しくて、嬉しくて、滑稽で。 なにがそんなに可笑しくて笑えるのだろうか。 周囲を、周りを、仲間をこんな風にしておきながらどうして笑うことが出来るのか。

 弦十郎はもちろん、響にすら理不尽な嘲笑を浴びせる。

 

「ゆ、ゆるさない……」

「なに?」

 

 ふつふつとわき上がるモノがある。

 

「わたしはいい、こんなのどうって事無いから」

「ほう」

「でも翼さんやクリスちゃん……“あのひと”を利用したのは絶対に許せない」

「ならばどうするというのだ?」

「ここで倒します! そしてみんなに謝ってもらうッ!!」

「……甘いな」

 

 女ガイバーとシンフォギアがぶつかり合う。 響は両腕のバンカーを起動させるとそのまま突貫。 対ガイバー戦は先ほど予行演習が終わったところだ、ゼロ距離での戦闘を相手に強いる。

 一瞬の舌打ち。 スマッシャーはおろかプレッシャ-カノンすら封じられた超接近戦はさしものフィーネも対処に困惑したのだろう。 防戦一方で響の拳を凌ぐばかりで攻撃に移れない。

 

「負けない! 貴方のような卑劣なヒトに!!」

「く、調子に乗るな!」

「今まで調子に乗ってたのはソッチだ! 深町さんは返してもらうッ!!」

 

 気合一声。

 拳がフィーネの腹部にめり込む。 ガイバーの躯と言えどシンフォギアで超強化された一撃の前に“く”の字に曲がる。 顎がこちらに近付いた、響は右腕のバンカーを起動させると上体をかがめて大地を踏みしめる。

 

「ウォォオオオオオオッ!!!」

「――――ギ!?」

 

 放たれた砲弾のような一撃。

 遠くに吹き飛ぶ女ガイバーに神速の槍が迫る。 立花響の攻撃はまだ終わっていない。

 

「これは! 翼さんの分ッ!!」

「ぐぁぁあああッ!?」

 

 空中でローリングソバット。 脚部のバンカーが起動し、ヤツを壁にぶち込む。

 

「これは……ずっと騙されたクリスちゃんの分!!」

「かはッ!?」

 

 廊下に亀裂が走るほどの衝撃で放たれる正拳突き。 ヤツが一瞬だけ意識を手放すも、激痛で引き戻される。

 

「命をすくってくれた……奏さんの分!!」

「――――ッ!!」

 

 発勁からの……

 

「たった一人だった深町さんをこんな目に遭わせた分ッ!!!!」

 

 鉄山靠――!!

 

 いまできるすべてをたたき込んだ。 だが相手があいてだ、立花響の顔に達成感はおろか勝利の余韻すらない。 ただ、苦悶に表情を歪めるだけだ。 拳を打ちつけるたびに思い起こされるのは彼女との思い出。

 からかわれたし、悲鳴を上げたこともあったが……どれも楽しい思い出ばかり。 そんな思いを踏みにじったのは許せない、でもだからこそ、彼女をホンキで倒すことに躊躇が生まれる。 

 

「相変わらず……甘い」

「……ッ」

「な、え」

「響君ッ!」

 

 横合いから不可視の衝撃波が叩きつけられた。 勢いに乗った彼女に対して、絶望的なまでのタイミングで当てられたのは重力波。 それを当てたモノは、機械のように響に近付いていく。

 

「…………」

「深町さん」

 

 なんとか防御が間に合ったのだろう、ひびの入ったガントレットを押さえながら立ち上がると即座に拳を作り出す。 迫るのは人間だった存在、強殖装甲システムそのもの。 すべての挙動に一切の無駄がなく、最大効率でこちらを排除にかかろうとする。

 その姿は、もう、ニンゲン深町晶の面影などどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 なんとか立てた、手も握れるし脚は踏ん張れる。 まだ戦える。

 翼さんもクリスちゃんも居ないんだ、いま、この状況で戦えるのはわたししか居ない。 踏みこたえろ、ここが最後の防衛ラインだ立花響! 自分に言い聞かせるけど流石に連戦は辛い。 歌声は震えてギアのチカラが引き出せていない、さっきのパンチだってクリスちゃんを助けたときの半分も出てない。

 どうして? 深町さんを前にすると前進からチカラが逃げていく。

 

「隙だらけだ!」

「ぐはッ」

 

 あの白いガイバーに腹部を蹴られ壁にぶつかる。 立ち上がらないと、早くしないと櫻井さんを止められない、深町さんを助けることが出来ない! 拳を握る、残った気力で詠を練り上げる。 あのときのように、深町さんがクリスちゃんを救い出したときのように。

 

「わたし、だってッ!」

 

 立ち上がることは出来た、歌声を響かせるとそのまま走り出す。 走り出そうとしたのに、深町さんの目を、ちがう、ガイバーに見られた途端シンフォギアから光が消えていく。 どうして、心はこんなに燃えているのに、身体が追付いていかない。

 

「ほう、これは面白いことになった」

「どういう、意味ですか」

「フフ」

 

 わかったとあのヒトは言う。 櫻井さんとは思えないほどの冷徹さで……

 

「お前がそのガングニールを纏えるのは2年前の事件が原因だ。 天羽奏の仕損じの結果、立花響、貴様の心臓直近には聖遺物の欠片が埋め込まれたのだよ」

「それが、どうしたっていうんですかっ」

「ガイバーⅠ、深町晶がこの世界に漂着したのは数ヶ月前……ではなく、2年前だと言ったらどうだ?」

「え……?」

「なん、だとッ!?」

 

 わたしが、わたしたちのすべてが狂いだしたコンサート会場の事件。 そこに深町さんが? でも、あのヒトはそんなこと一言も教えてくれなかった! 初めてあったときも、この世界に来たばかりだと戸惑って、困惑して、わたしと苦労話なんかして。

 あの態度にウソはなかった! 

 

「居たんだよ、あのコンサート会場で天羽奏がその身を賭した絶唱を繰り出す寸前、“敵”に跳ね返されたと言う胸部粒子砲と共に! それは数多く居たノイズすべてを焼き払い、大地を焦がし、この世界に激変の狼煙を上げさせた!」

「まさか……“アレ”の事を言っているのかッ!!」

 

 司令の顔が青ざめてく。 その視線はなぜかわたしに向かってきて、あの、どうしてそんな顔をするの? その話と、わたしと、深町さんとになんの関係があると言うんですか!

 

「ニンゲンとしての機能を失い、直前に植え付けられた情報をもとに彼は動き出した。 そう、たとえば何でもいい身体が欲しい……とか」

「あ、え……? でもわたしは――」

「――強い身体を持った人間、いえ、少女なら一人居たはずよ。 戦場で死力を尽くしたヒト、とか」

『!!?』

 

 強殖細胞は、他を食いつぶして自分の身体を作り出すのは今まで散々相手にしてきた怪物を見て思い知っている。 ……でも、深町さんがそんな。 だって、そんな“自分の身体がないから他人の身体を奪い取る”だなんて出来るわけがない。 

 たどり着いた答えを首を振って否定する。 こんなことはあり得ないよ、あのヒトがそんな選択をするわけがないんだから!!

 

「あのボウヤはわからないけど、果たして今目の前に居る“ガイバー”という装置はそんな温情で動くだろうか」

「……それは」

「喰ったんだ、この化け物は! そして得た!! ……お前は随分とあのボウヤにご執心だったな」

「そ、ソレがなんだって言うんですか!!?」

「あぁ、ソレは仕方が無いだろうな、あんなに強い信号を出されれば誰だって従わざるを得ないだろうしな」

「…………え?」

「聞こえなかったのか? いや、理解できなかったか。 お前はな、決して善意で深町晶を手助けしていたわけでも、好意から来る青臭い感情で走り抜けた訳でもない」

 

 ……この人は、なにを言っているの?

 わたしはいままで自分が思った通りに、それこそ誰かに言われたからじゃ無くて、使命感だとかでもなくて。 胸の鼓動がわたしを……わたしを――強く突き動かしたから、だからここまで来た! ソレは決して誰かの思惑の上なんかじゃない!!

 だから言う、叫ぶ。 お前は見当違いをしているんだと。 科学に詳しいし頭も良いんだろうけど、貴方は人の心がわからないのだと!

 

「わたしは――」

「そう、胸の鼓動に従って今まで歩いてきた」

「えっ」

「天羽奏をガングニールごと喰らった強殖装甲は学習したのさ! 2年の月日をかけて、この世界の人間のこと、そしてシンフォギアというシステムのことを」

「まさか晶君はッ!」

「あぁ、そうだ弦十郎。 このガイバーは理解していたのさ、“シンフォギア・ガングニール”というシステムを。 それと一体化した立花響をだ! だからこの娘の危機に陥ったあの場に現れた、そして無理矢理にでも胸の欠片を励起させたのさ! この世界の端末になるであろう存在を、そう簡単に失うのは不都合だったから!」

「う、うそだ、そんなこと」

「ひ、響君!」

 

やめて、ダメ、そこから先を言わないで。 わたしに突き出さないで。

 

「善意? 好意? あははははははははっ! そんなものこのシステムが考慮するわけがない! すべてはコントロール・メタルが提示した演算の結果だ! お前が殖装者の意に反する行動を取らないよう、胸の欠片から脳に送られてくる信号にお前は従い続けてたに過ぎない! 降臨者の落とし物に見事踊らされたんだよッ!!」

「あ、あぁぁ……」

 

 いままでのことが頭の中に流れていく。

 最初に出会ったときも、深町さんに助けられたときも、すべて仕組まれていたことなのか。 わたしの心も、意志も、すべて、なにもかも……

 

 わたしは、なんだったのか。

 

 いままで、頑張ってきたわたしは……わたしはいったいだれなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガングニールの脚に絡みつく赤い宝石。 鞭のように変幻自在で意志が在るかのような動きは蛇のよう。 それが躯ごと引っ張り彼女を転倒させる。 一瞬だけ天井を眺め呆ける、あれ? なぜ自身はこんな景色を見ているのかと。 すぐさま立ち上がろうと力を込めた瞬間、彼女の頭部に激痛が走る。 ……青いガイバーがつかみ上げたのだ。

 

「…………」

「あ、うぐ……」

「響君!!」

 

 髪を持ち上げられ、宙吊りにされると目線が“彼”と重なる。

 生物然とした体躯なはずなのにその目は機械的。 ソレがどんな痛みよりも苦痛でならず、響の心を深く抉る。 ……そんな目で、わたしを見ないで、と。

 

「そうだガイバー! そのまま立花響を塵に還せ!!」

「馬鹿な真似はよせ!! ……晶ッ!!」

「…………」

 

 ふりほどけと弦十郎が叫び、ここで消えよとフィーネが嘲る。

 だが、あぁ、そうだ。 こんな瀬戸際においてそのような声など彼女にはどうでも良いのだ。 ただ一点だけ、ほんの一つだけ……

 

「……やだ」

「…………」

「できない……」

「――――――」

「ふかまちさんと……たたかえない……たたかいたくないよ」

 

 拳はとっくに開かれ、闘志は失せ、その目から光が消えていく。

 痛みなら耐えられたし、非道な行為ならば激昂の後に奮起しただろう。 だが、どうしてもダメなのだ。 “彼”を前にしたとき“彼を相手にした瞬間”に立花響は無力となったのだ。

 ガイバーの胸部装甲が開く。 燃える太陽と化したレンズ体は響を照準に合わせ、素粒子のチャージに入っている。 その光が響の目を焼いたのだろうか。

 

「ふか、まち……さん」

「――――」

「…………かえってきてよ」

「――――」

「こんなのいやだ……こころが、さむいよ……」

 

 響の目に、大粒の涙がこぼれる。

 完全なる戦意喪失。 あの、いかなる時も踏みとどまり、苦難を乗り越えた少女の限界がここだった。 その心に浮かぶ(うた)は無く、鼓動は鈍り、身体は冷たい鉄となった。 歌の途絶えたシンフォギアに力など無く、彼女は“ただの少女”となった。

 そう、ただの少女に――

 

「――――っ」

「なに? 貴様、なぜ離すのだ」

「晶、君……?」

 

 ただの少女に自身を脅かす力は無い。 故の放棄、当然の選択だ。

 そこに感情はない、ただ、プログラムに則った動きをしたまでだ。 その計算外が気にくわなかったのだろう。 どうしても彼に彼女を討たせたかったフィーネは舌打ちをする。 億劫そうに片腕を振り上げると立花響の首に目がけて手刀を振り下ろした。

 

 

 白い手刀に蒼い剣が火花を散らした。

 

 

「おまえは」

「…………よく持ちこたえたな」

「あ、…………あぁ」

 

 混迷と化した戦場に舞い降りた一振りの剣。 ソレは崩れ落ちた“槍”を抱き上げると大きく“装甲”達と距離を開ける。

 

 彼女の放心した姿を見ると、僅かに眉が動いた。

 

「なにをした、などとは言うまい。 そこまで言われないとわからぬほど、鈍感でもないからな」

「いいのか? 聞きたいことは山ほど在ると思ったが」

「……そうだな、どうしてもと言うのなら、一つだけ質問を投げかけてやる」

「ほう? 言ってみろ」

 

 

 

「――――辞世の句は詠まなくていいのか?」

 

 

 その言葉を言い切るや否や、風鳴翼は戦場で振るわれる剣と相成った。

 過去を断ち切る、一振りの剣に。

 

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