強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第2話 巨人は眠り、『ショウ』年の目が開く

「……………………」

 

 それは重戦闘形態と呼ばれる代物である。

 

「……………………」

 

 そもそも『彼』が纏うあの異形は、とある者たちにとっては標準装備の防護服程度のモノ。 そう、戦うという目的ではなく着込み、身を守るだけに過ぎないのだ。 故に、だからこそ、さらなる成長の余地があったともいえるのだが。

 

「シュゥゥゥゥ……」

 

 いま現在、その“成長の余地”というものを開花させた『彼』は、目の前に蔓延る有象無象を眼下に収めて息を吐く。

 タダの吐息だ、何も怖いモノではない。

 排熱処理の一環なのだ、攻撃の余地もない。

 だからなぜ、そのように後ずさりするのだ……ヒトを喰らうケダモノどもよ……

 

「す、すごい。 ノイズが怯えてる……?」

「……ふぁ」

 

 少女二人が感嘆し、思わず『彼』を見上げてしまう。

 異質なほどに人外で、果てがないほどに巨躯で頑強。 人間で言うところの皮膚、それを覆う外殻とも呼べる代物は……

 

【……フゥウ!】

「……………………っ」

【      】

「え!?」

「さ、触っただけなのに……あんな大きいの」

 

 不意に襲い掛かったノイズを、払った腕で迎撃する。

 あまりにも簡単で、途轍もなくあっけない。 その光景を見た響は、どういうわけか朝自分の部屋で喚き散らす目覚ましを止めるときの光景を思い出す。

 鼓膜を突き破り、自身の安眠を妨げるものに対するイラダチを……思い出したのだ。

 

「そっか、このヒトまだ……眠ってるんだ」

 

 だから、こんな言葉が出るのは仕方なく。

 しかし……しかしだ、実のところその通りなのかもしれない。 動きは亀よりも遅く、反応はナマケモノのように気怠さを感じさせる。 それに先ほど“蛹”から出たばかりだ、もしこれが昆虫に属する怪異だとするならば、まだ起床間もないはず……少なくとも立花響はそう考えたのである。

 

「…………ッ!」

 

 そのときだ、響きの前に現れた巨人に変化が起きる。

 まるで準備体操を終えたと言わんばかりに、ゆったりとその身を動かす。 起こすのではない、巨人はもう立っているのだから。 目覚めるわけではない。 『彼』はまだ“起動”していないのだから。

 

「ッ!」

「ひう?!」

「きゃあ!?」

 

 轟!!

 

 巨人がおもむろに腕を凪ぐ。

 旋風ともいえる風が響の真上を通りすぎ、それと同時にうめき声の音量が半減。 ……そう、たったの一回の轟音で、かなりの数の――

 

「の、ノイズが一瞬で消えた……!?」

 

 有象共が消えていく。

 残った無像を眺める響。 彼女の口は気付けば半開きとなり、その原因の腕を見上げる。 いちいち首を曲げなくては見えないことに若干の窮屈感、しかしそんなもの、すぐに吹き飛んでしまう光景が展開されていた。

 

「……剣だ。 肘から剣が伸びてる……」

 

 そう、巨人の腕。 その肘から伸びる短剣の様な突起が、なんと8メートル大の長さにまで伸長しているのだ。 輝く剣、その煌びやかさに呆気を取られ、聞こえてくる“振動音”に気を取られる。

 

 その正体など判らない響は。

 

「すごい……光の剣」

 

 ただ、そんな幼稚な言葉でコレを解決してしまう。

 

「――――ッ」

「うぉ!? ……もどった」

 

 一瞬の巻き戻しはまるで今の剣がなかったように思えてしまう。 なんだか手品のようだと心を静かに佇む響きを余所に、巨人は更なる行動に打って出る。

 

「…………」

「く、口……ひらいた?」

 

 響が見ても口部にしか見えない部分。 そこに埋め込まれているよう縦に2個配置された金属球があるのだが、その部分を起点として。

口部が開放。

内部からまるで2個あるうちの上側を起点に、T字に配置されるようにもう二つがならぶ。

 

そして重低音が周囲に鳴り――――

 

「え、え……わたしたちもいるのに! こ、こっちにむかって――ッ!!」

 

 響く……

 

「こうげ……き? あれ、ノイズが……」

 

 巨人の目線の先。 そのすぐ前には響が、さらには女の子も一緒だった。 そしてもう一つ向こう側に居る無像たち。 彼らに向け、響たちごと打ったはずの振動波は、彼女たちを素通りしてはノイズの身体を打ち、震わせていったのである。

 

「いま、わたし達ごと攻撃したはずなのに……ノイズだけ消えた」

 

 既に理解の範疇である巨人の攻撃方法。 まるで魔法かなにかを想像させるそれは幻想などではない。 現実である。

 

 そうだ、さっきまでひしめいていた200以上のノイズの軍勢が、10秒を待たずしてあたりは只の道路と相成っていく。 成り止む重低音、そのあとに残る生物を思わせる収納音は今の金属球を元の位置に戻した音と思われる。

 あっという間に戦闘態勢を解く巨人。 その姿に、今やっと戦いが終わったと周囲を見る響は、おもむろに巨人の足元へと翔け寄って行く。

 

 いま起きたこと、思ったこと。 その一つ一つを言葉に固めて相手に伝えたいから。 ……この巨人を、自分を守ってくれた彼を知りたいから。

 

 

 

 

 

「あ、あの!」

 

 知りたい。

 このとんでもなくおっきくて、信じられない強い……ヒト? 静かで、落ち着いていて。 どんな状況でも声の一つも出さないで“機械のように”ノイズを倒していったこのヒトを。

 

 それにさっきの、その……あはは、えっと、変な感じの正体もそれとなく知っておきたいし。 あ、ついでにこの服のこともわかればいいかな。 ……うぅ、思いっきり声を上げたのに見向きもしない。 こ、こうなれば突撃あるのみ! いけ、立花響、今こそさっきのお礼を言う時だ!!

 

「た、助けていただきましてありまふうほふぁいあう?!」

 

 噛んだぁ~~

 肝心なところで思いっきり舌かんじゃったぁ。 いあいお~~

 

「…………」

「あ、あの~~?」

 

 どうしよう。 このヒト全然反応しないんですけど。 今のをとっても、笑うなり困ったりしてもいいはずなんだけどな。 ……感情がない? いやいや、それはさすがに……

 

「否定できないかも」

「………………シュゥゥゥゥ」

「ひう!?」

 

 わ、わ! びっくりしたぁ。 もう、さっきから口みたいなところから出てくる排気音てなんなの? 排気音……あぁ、何かが口から廃棄されてるんだよね、これ。 いったい何が出てきてるんだろう。

 

「さ、触ったりしても大丈夫なのかな」

 

すこし触ってみたいかも。

そう思うと止められないのが好奇心の悪いところだよね。 見た感じ固そうだけど、なんだかプニプニしてるかもしれない。 うむむ、これは確かめずにはいられません!

 

「い、いいよね? 触っても」

 

 右手、すこし汗ばんでる。

 

「だって気になるんだもん」

 

 さっきから心臓がバクバクしてる。 わたし今、すっごい興奮してるんだ……なんで?

 

「でもそんなことどうでもいい。 今は」

 

 今は。

 

「このヒトの事が……気になるんだから」

 

 命の恩人? 人じゃない格好? ノイズを一瞬で倒したから……? どれもそうなんだけど、どれもが違う気がする。

 このヒトに近寄ると体が熱くなる。 このヒトを見ると心臓の鼓動が早くなる。 どうして? なんで? 理屈なんかわからない。 でも、気になるのは本当なんだ。 だから……確かめてみないと気が済まない。

 

「シュゥゥゥゥ…………っ!」

「へう?!」

 

 なに!? ななな、急に動き出した!?

 

 だめ、待って! まだ触ってないよ、コレじゃ気になる感覚の正体がわからない……わからないよっ!

 

「…………」

「あ、え……うそぉ!」

 

 ちょ、ちょっと待って。

 それはさすがに……あ!? え、お、あ、い゛あぁ――きゃあああ!!

 

 

 

 正直、いま言ったことを思い出すと我ながらボキャブラリーがないなぁと。 でもこればっかりは仕方がないと思います。 いくら元気が爆発してるわたくしめもですね、精一杯の全力戦闘のあとのひと時で、いきなりあんなもの……あんな……もの……うぅ。

 

 細かいことはこの後に、うん、落ち着いたら思い出したいっていつまでも思う。 あぁ、これは一生ものだよ。

 だって、この後が一番の問題だったんだから…………

 

 

 

 

「こちら風鳴翼。 もうすぐ現場に到着します」

 移動速度は時速50キロ。 愛用の単車に跨り、排気音を轟かせること7分強。 今まで走っていた細道とは違い完全に舗装された道に出たことにより速度が大きく上がる。

 

 ここまで来ると風が涼しい。 いくらもうすぐ夏だからと言っても、この時間帯は冬の様な寒気が身を襲う。 歌い手としては避けて通りたい疾風(かぜ)ではあるな。 いちいちアクセルを握る手が悴んでしまいそうだ。

 ……そう言うことを考えている場合ではなかったな。 今の私は戦場(いくさば)に身を置く戦士。 そんな身体の事を気遣う時ですら時間の無駄だ……らしくないな、全く。

 

「…………む」

 

 しかしそれにも増してらしくないと言えばこの空気だろう。 既にノイズ出現エリアに入るというのに、なんだこの静けさは。

 まるで“あらかじめ誰かが一掃した”かのようにノイズの影も形も見つからない。 ……新手の出現方法なのか、だとしたらさらに手ごわくなる恐れがあるやもしれん。

 嫌でも人手が足りないという時に……これ以上は私一人で全てを守れなく――

 

「違うな、そんなことを思うな風鳴翼」

 

 守れないじゃないだろう。 まもる……だったな。 誓ったんだ、あの泣き虫だった私を見限ったあの時から。

 

 ……奏が救うはずだった人も、この私が救うのだと。

 

「もうすぐノイズ出現の信号が在った場所か。 気を、引き締めていかなければ」

 

 左手を軽く握り、同じ側の足を軽くスナップ。 ギヤが入れ替わり、一段上へと可変したのを確認する前に。

 バイクのアクセルを……強く握る。 

 

「―――――」

 

 最高速度に乗り、一気に道を駆け抜ける。 このままいけばもう15秒ともかからず奴らの大群と対面だ。 一番槍は謎の反応の人物だろうが、弐の太刀は私が引き受けよう。

……などと、申し渡せる人物ならどれほどいいか。

 あの反応、あの文字。 どれを見ても奏の……だがそれはありえないことなのだ。 彼女は、もう。

 

「いない者は居ない、割り切れ、翼ッ」

 

 誰にとは言わない。 ただ、自分にきつく言い聞かせるためだけの言葉を胸に刻み、私はヘッドライトを“ハイ”に変える。 もうすぐそこだ、この光に気が付いて、少しでもこっちにおびき寄せられればいいのだが……

 

 

そう、思っていたこの時は、きっとかなり緊張していたんだろう。

 

「そこをどけ!! ……ど、け……え、――――!!?」

 

 だから“あんなもの”をみたとき、私はわたしになってしまった……いまはそう、思いたい。

 

「ひ、い……嫌っ……イヤァァァァアアアア!!」

 

 そして私の、目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

「んで? 錯乱した翼ちゃんは、その……なんだっけ?」

「お、~~~……その」

「ん~~聞こえないなぁ」

「う、うぅ」

 

 風鳴翼が、バイクの上で絶叫したその数時間後の事だ。 とある組織とある部屋、そこに担架と共に運び込まれる人物は2名。 気を失い、泡を吹いてる生者が独りと……

 

「男の人の……うぅ」

「き、こ、え、ませ~~ん」

「全裸の男の子に切り掛かろうとして! バイクから転げ落ちました!!」

「は~~い、よくできましたぁ」

 

 あたまに包帯を巻いた風鳴翼を、今現在表現するならば完熟トマト。 熟れに、愁いた、その真っ赤な頬は、矛盾という形のもとで一人の女性にもてあそばれていた。

 

「了子君、少しばかりお遊びが過ぎるぞ」

「えへ! ダメだったかしらん?」

「……まったくキミは」

 

 後頭部をごしごし。 ガタイの良すぎる男が、了子の肩を掴むと自分へ振り向かせる。 目を見て、その動向を探り、彼女の心意を掴むぞと意気込んで見せると……

 

「……どうやらホントに本気らしいな」

「もちのロンよ!」

 

 元気ハツラツのサムズアップ。

 

 そして落ち込む翼の絵が出来たとさ。

 そうこうしてる間に、担架の上で幸せな顔をし始めた彼女。 ……立花響が、鼻から風船をだし、声を高らかに晩飯!! ……と、唱え。 気が狂いそうになるほどに莫大な音声の腹の音を鳴り響かせる。

 聞いたことがあるだろうか?

 激戦の試合を終えた後のボクサーがイビキをかきながら熟睡している光景は医者が真っ青になるのを……

 

「あ、杏仁豆腐がそらとんでるぅ……うふふ」

 

まぁ、いまは関係ないが。

 

「とまぁ、冗談はさておき」

「ぐぐぅ……」

 

 鳴り。

 

「なんだかんだで被害が最小限で済んでよかったわよねぇ」

「むにゃむにゃ……」

 

 響き。

 

「キミはすこーし、おとなしくしようか?」

「はぎゅ!?」

 

 失踪する。

 

 音が消えて数秒。 桜井了子が響の首元から手をどかすと、彼女は微笑んだ表情そのままに、近場にあるコンソールをいじ繰り出す。 適当に操作して、これまた敵当に選択して、そして写した画面の先には……なにもない部屋があった。

 

「な……これは!?」

 

 それを見て、一番の衝撃を受けたのは誰か……それはあえて言うまい。

 

「了子さん、これはどういう事ですか!?」

「……説明すると長くなるわよ?」

「長丁場結構。 いまの私に必要なのは、この部屋にいたはずの墓石の行方です!」

 

 青い髪が大きく揺れる。 それは当然だ、彼女の憑代……頼みの綱、違う。 心の在り処がいまここに、忽然と失われてしまっているのだから。

 

「どうして奏が居ないのです! それにあの部屋の損害状況は一体……ここで何が――」

「翼くん」

「……指令」

 

 感情が爆発するのは必然。 しかしそれすらも丸め込める男が居るからこそ、この組織は成り立つ。 おそらく最高権力者であるガタイのいい男……弦十郎が、騒ぐ少女の肩を抑える。 ……両手で。

 

「キミにはとても辛い思いをさせる結果になってしまったことは謝る」

「……し、指令?!」

「だが、事態はそれよりも混沌とした状況になっているんだ」

「……どういう事ですか?」

「…………」

 

 手を離し、コンソールに追加指示をタップする。 変わる画面は酷く荒く、不鮮明に過ぎる記録映像。

 その中で音だけが異様に鮮明で、確かな情報をこの場の全員に送り届ける。

 

「これはさっきの戦闘を、偶然設置されてた防犯カメラから見た映像だ。 市販用という事でかなり画質が荒いが……ここだ」

「こ、これは!?」

 

 その絵は先ほどの巨人がノイズを殲滅しているところ。 しかし当の巨人は足元だけしか映らない。 ただ、ノイズの大群が次々に灰となり、チリにされていくところが流れていく。

 

 幾何のノイズに光が走ったかと思うと、分子結合を解かれて一斉に散って行き。

 有象無象が蔓延るものなら、重低音と高音の反響が彼らを原子の塵にまで風化させていた。 ……その光景に、戦慄を覚えない翼ではない。

 

「この子……おそらくガングニールのチカラだけじゃこうはならない。 何よりこの子は戦闘に関しては素人、ここまで動けるわけがない」

「……では誰が」

「それは……」

 

 そうして指された最後のピース。

 今現在この場に居なくて、独り別室にて意識を奥深くに沈めた……青年。 髪は黒、整った顔立ち……というより、特に挙げられる箇所の無い凡庸ささえ覚える彼。

 

 この人物が何なのか。

 どうしてあの現場にいたのか。

 

 なぜ、私物も持たず、衣服もなしであの現場にいたのか。

 弦十郎の眉が、わずかに動く。 ……彼は今、確かに大人の貌をするようになった。 少なくとも翼にはそう見えてしまった。

 

 

 

 

「う、……ん」

 

 い、たい……。 なんだか身体のあちこちが引きちぎられそうだ。 そんな痛みを突然感じて、飛び起きない訳がない。 俺はいい加減張り付きそうな目蓋を触って、擦り、あくびをする。

 目覚めは……まぁ、良いとは言えない。 なんだか長い時間眠ってたみたいに、関節のあちこちがカクカクする……はは、あたまが右に傾いてる、こりゃ寝違えたかな。

 

「……ん」

 

 にしても、また知らないベッドかぁ。 最近、目を覚ますとこういうところで今までの事を思いだす展開が多い気がする……いや、まさにその通りなのか。

 

「最初はたしか、クロノスの日本支部でだったっけ」

 

 あのときは不慣れな戦闘と、あの怪物の執念に敗れて無残な結果になったはずだ。 覚えてる限りはそう。

 けど、そのあとに『復活』することが出来た俺は、そのまま日本支部をあの人に助けられながら壊滅させた……ほとんどついでみたいだったけど。

 

「あの時はまさか、巻島さんが――だったなんて思いもしなかったな」

 

 そのあとにいろいろあって、覚悟をするようになって……いろんな人に助けられて。

 

「だめだ、なんだか頭がはっきりしない。 どこかちゃんとしたところですっきりさせないと」

 

 なにか大事なことを忘れてる気がするんだ。

 とても重大な何かが欠落してる。

 というより……俺は今、どうしてこんなところにいるんだ?

 

「そして気になるのは……」

 

 眠っていたんだ、当然布団をかけているという事なんだけど。 その下が何だか涼しいというかなんというか……やけに薄着な感じがする。

 掴んで、めくって、覗き込んでみる。 ……あぁ、何となく予想してたけど。

 

「病院服?」

 

 白くて、無駄なところが極力削られていて……着たことはないけどもしかしたらそうだと思う。 こんなデザインの服、他にないだろうし。

 

「でも困ったぞこれは。 仮にここが病院だとして、もしも身体を調べられたりしたら……」

 

 まずいことになる。

 別に病気だとかそんなんじゃない。 けど、この身体には深く調べられると困るものが……事情がある。

 

「へぇ、それってどんなのかしら?」

「あんまり人には言えないんですけど……」

「うんうん?」

「…………」

 

 心臓が……飛び出るかと思った。

 なんとか声を押し殺して、その場でふとんをかき集める。 後ずさって、今聞こえてきた声の方に視線を向けると……白衣の女の人が居た。

 年齢は多分20代後半から……この先はまずいかな。 なんだか心を読まれたみたいに、目の前の人の眉毛がぴくぴく動いているみたいだし。 触らぬ神に祟りなしっと。

 

「そんなに怯えなくてもいいのよ? ほぉら、おねぇさんに身体をあずけて、ご、ら、ん」

「いえ、結構です」

 

 こういうことを言うのはなんだけど、このヒトとっても胡散臭い。 なんだか接し方が前に見た敵の――――リスカー、という名前だっけ。 その人とどことなく似ている気がする。

 こう、人をうまく欺いているっていうか……

 

「もう、イケズさんねぇ。 『ここ』はこんなに期待してるのに」

「……な、何のことかはわかりませんが! 俺は期待とかそう言うのはわかりません!!」

「あらそう? なかなかいい身体してるとは思うんだけどなぁ」

「……」

 

 このヒトはどこまでが本気なんだ? なんだか面を喰らったってかんじだ、最初の印象も気のせいだったのだろうか。 ……そう思えるほどに砕けてる人だ。

 

「とまぁ、第一次接触は好感触だったかしら?」

「そうですね、胡散臭さを植え付けるという意味でなら大成功ですよ」

「それはよかったわぁ。 わたしの強烈なキャラを理解できてもらえて何よりなにより」

 

 正直掴みどころが無さ過ぎて辛いです。 うわぁ! 変なところを触らないでください、耳に息を吹きかけないで!

 

「ふむふむ、性感帯は人並み……と」

「なにを調べてるんですか!?」

「気にしない気にしない」

 

 へ、変な人に絡まれてしまった。 しかもこっちは逃げる場所がない――いや、有るのかもしれないけど、土地勘とかと同じように施設の内容が頭に入っていない時点でもう駄目だ。 たとえ逃げたとしてもあっさり捕まるだろう。

 どうする、猶予はないかもしれない……俺が――

 

「さぁて、次はどこ“逝き”ましょうか?」

「どこに行くんでしょうね……」

 

 このヒトに様々な意味で食われるって意味でだ。

 

「……そろそろいいかな?」

「あん、もう。 空気が読めないんだから」

「……?」

 

 不意にかけられた声。 聞いただけでわかる。 いま、ここに、俺以外の成人男性が入ってきたことを。

 そのことを意識した時、俺の心に激しい変化が訪れた。

 

「よかった、やっとまともそうな人に逢えた。 本当によかった……」

「……了子君、キミは一体いままでなにをしていたんだ」

「なにって……」

 

 まともそうな男の人。 腕まくりをした赤いシャツの人は……

 

「保険体育の実習?」

「キミは一回この部屋から出て行ってくれるかな」

「え~~?」

 

 間違いなく真面目な人らしい。

 

「自己紹介が遅れてすまない。 俺はこの施設の責任者である風鳴弦十郎だ、こちらは研究員の桜井了子君だ、よろしく」

「あ、どうも」

 

 そう言って手を差し出してきた男の人……風鳴さんは、まるで近所のお兄さんのように笑いかけてきた。

 この笑顔を見た時だ、なんだか、とっても心が落ち着いた気がして。 ……いままでがいままでだったから、『頼れる』というのは俺に確かな安心感を与えるみたいだ。

 

「……その、だね」

「はい?」

 

 どうしたんだろう。 そう考えようとする前に俺は答えにたどり着く。 そりゃそうだ、相手が名乗って、そのあとにこちらがどうするかなんて“奴ら”でさえ出来ることなんだ。 だったら同じ人間同士、仲良く出来ないわけないよな。

 それに下手に疑ってこちらの正体を隠して、俺の身体をじっくり調べようとかされたら――――こちらも手段を選べなくなりそうで。

 

「俺は」

 

 そんなのは、当然嫌だ。

 

「俺は深町。 深町晶(ふかまちしょう)です」

「ふかまち……しょう」

「ショウ。 変わった名まえねぇ」

「そ、そうでしょうか?」

 

 そうかな? いや、でも俺が居た街にも滅多にない苗字だし、言われればそうなのかも。

 

「ところで深町晶くん」

「は、はい」

「キミに少しだけ聴きたいことがあるんだけど、いいかな」

 

 き、来た。 いままで考えていた一番緊張しなきゃいけないときだ。 もしもこの人たちが一般人なら“奴ら”に対する情報は極力隠さなくちゃいけない。 逆に特殊な部隊とかのひとたちでも、今度はこっちの正体を下手に教えないでおくべきだ。

 

 俺が背負っているもの。 それはあまりにも周囲の人間の運命を狂わせるから。

 

「俺が聞きたいのは…………」

「歳は16歳。 198X年生まれで、最近高校生の生活とSF研の活動に慣れてきた……ところです」

「…………16か。 歳の割には随分と礼儀正しいんだね、キミは。 最近の若いモンたちに見習ってもらいたいくらいだよ」

「そ、そうですか?」

 

 無理矢理だったか? けど、こちらの思惑をわかったうえで、風鳴さんが両手を叩いてこちらに笑顔を向けてくる。 

 

「うちの親戚に、キミぐらいの年頃の女の子がいるが、あの子は真面目を通り越して別の道を歩き出していてな。 その柔軟さは見習ってもらいたいところだよ」

「は、はぁすみません」

「ん? 何を謝ってるんだ」

「いえ、なんだかいつまでも警戒してるのが悪い気がして」

「警戒……させてしまったか」

「……はい」

 

 主にそこにいる『リョウコ』と呼ばれた人のせいですけど……

 

「…………おや?」

「了子君?」

「どうかしましたか?」

「ん、ん~~今晶くんがとってもおかしなことを言ったなぁとおもって」

「え? 何か言いましたか」

 

 特に差し当たりない事しか言ってない、よな。 生年月日、高校生であることぐらいしか言ってないはずだ。 それなのにどうしてそんな怪訝な顔をするんですか。

 

「晶くん、ちなみに今が何年何月か知ってるかしら?」

「……はい?」

「!?」

 

 風鳴さんが、とっても驚いた顔をする。

 

 それがどうしたというんだろう。 今が何年? ……いや、まさかそんなこと。

 

「変なことを聞くんですね」

「……いいから言ってみなさい」

「……!」

 

 違う、明らかにさっきまでの妖しい女の人の顔じゃない。 なにか、そう、まるで学校生活とクロノス関係での2重生活をしていたらしい“巻島さん”のような激変ぶりだ。 冗談なんか一切許さず、少しのウソも瞬間的に見透かす……冷たい目。

 そんな目をされたら。

 

「せ、199X年なんじゃ……」

「なに?」

「…………」

 

 答えるしかないじゃないですか。

 けど妙だ。 答えた割には二人の様子がなんというか、暗い。 妖しい顔をし出した桜井さんはともかく、逞しが第一印象だった風鳴さんですら、俺の事をこう、怪訝そうに見始めた。

 いったいなにがどうしたんですか。 日付を間違えた? 何日? もしかして数か月くらい気を失ってたんじゃ――――でも、そんな俺の心配はいらなかったらしい。

 

「201X年、6月の18日。 それが今日の日付なんだけど……今晶君が言ってた日付とのズレが10年以上あるというのはどういうことかしら?」

「は、はは…………」

「お、おい。 大丈夫か晶君?」

 

 どういうことですか……それ。

 なんの冗談かは知りませんが、あの日から……10年? 馬鹿げてる、ある訳がない――だって、それじゃあいったいクロノスから誰が瑞紀や哲郎さん達を守るんだ。 巻島さんが居るけど、“あんな奴”を相手に一人で戦うだなんて不可能――――ッ!!!

 

「そうだ、忘れてた!! アイツは――それに巻島さんや瑞紀、哲郎さんは!!」

「しょ、晶君! 落ち着きたまえ」

「落ち居てられるわけないじゃないですか! 10年、10年なんでしょ!? もしもそんな時間が経ってたとして、その間にクロノスの奴らが大人しくしているわけが―――」

『落ち着けッッ!!!!』

「!?」

 

 こ、鼓膜が!? このヒトなんて声量を出すんだ。 尋常じゃない怒鳴り声はそのまま俺の鼓膜をマヒさせ、言いたいことを言えないでいた頭を機能停止にまで追い込もうとする。 ――だ、ダメだ、まだ意識は失えない!!

 

「く、いきなり……なにを」

「いまのを耐えるか。 ……優男だと思いきやかなりのタフネスだな」

「は、はい?」

 

 試された……のか? 

 腰に手を当て、静かに微笑む風鳴さんの心意はわからない。 だけど今のでわかったことがある。 このヒト、見た目以上に……強いぞ。

 

「君に何があったかは知らないが、こっちは丁度いいことに人助けのための組織だ、意識混濁者の手当てくらいはできる」

「…………」

「だから、しばらく大人しくしていてもらいたい。 そして、出来ればでいい、キミの事情を話してもらいたいんだ」

「強制じゃないんですか……?」

「そこらへんは自由意思に任せようと思う。 話せるようになったら、あとでこっそりここに記録されてる部屋に来てくれ。 俺がいつも居るところだ、ここなら盗み聞きの心配もないからな」

「は、はぁ……」

 

 そう言って手渡してきたのは……四角い箱みたいなもの。

縦に7センチ、横で大体5センチ程度なんだろうけど……なんだコレ?

 

「あの?」

「なんだ、質問か?」

「は、はい……コレ、なんですか? 携帯にしちゃ小さいし、画面みたいなところしかないですし……あ、コレ側面にボタンがある。 ラジオかなんかですか?」

『…………こ、これは困ったぞ』

「?」

 

 何をそんなにこまって……まさか、これが原因だとか。 コレっていったい……

 

「それが、君がさっき言った携帯電話なんだ」

「……え? いや、そんなわけないですよ。 だって叩くところがないんですよ? 画面しかない電話なんて電話じゃないですよ」

「…………ふぅ、コイツは一筋縄じゃいかなくなったな」

「そうねぇ。 晶君、生年月日を逆算すればおそらく、わたし達の時代では3、40代のオジサマだものねぇ」

 

 お、おじ!? いや、そんなことよりも、携帯電話よりも大切な話があるんだ。 ……正直、迷っていられないんだ今は。 もしも話を取り合ってもらえるなら早い方がいい。 迷うな、こうして俺が足踏みしてる間にクロノスの連中がみんなをどうにかしてしまう。

 なにがあっても、ここを切り抜けられる力が俺にはあるはずだ。 ……迷うな。

 

「ここでいいです。 俺、急いでますから」

「そうかい? ……なら、是非お願いしたい。 キミが、何者なのかを教えてくれるのを……ね」

「わかりました」

 

 話は出来るだけ簡潔に。 もしも信じられないというなら、決定的証拠を叩きつけてやればいい。 俺の、この戦いが始まった原因を……だ。

 

「俺が一介の高校生だというのは言いましたよね。 それは、ある日突然崩れました。 “ユニット”と呼ばれる物体と、それを保有するクロノスという組織によって」

「ユニット……クロノス?」

「クロノス――Kronosが農耕の神で、Khronosが時間の神。 発音が同じの異義語なのだけど……どちらの事かしら?」

「え? えっと」

「いまはそれは置いておこう。 それで晶君、そのクロノスがどうしたのかね」

 

 いけない、また話が逸れてしまった。

 桜井さんはわざとやってるのか判らないけど、重要な話を横にズラす妙な話の持って行き方をする時がある。 このまま変に逸らされないように、簡潔に済ませないと……

 

「奴らは秘密結社を名乗り、人間を調整……所謂改造を施し、怪物へ変貌させた隊員をもっていて、秘密を知った俺の兄貴分でもある、瀬川哲郎……哲郎さんをその怪物が襲いました」

「……怪物」

「どうにか、げ、撃退出来たんですけど、そのあともクロノスの追撃は収まらず、何とかいままで戦い抜いてきましたが……クロノスの首魁であろうあの“超存在”を前に敗れ、俺と仲間は散り散りに……」

「うむ……」

 

 ガイバーとか、そのほかの細かいことは今は言わなくてもいいだろう。

 仮に聞かれたのなら正直に言えばいい。 巧みに嘘を言うとかは苦手だし、腹の探り合いなんてもってのほかだ。 俺は、そう言うのは出来ない。

 それに今のでわかったことがある。

彼らがクロノスの人間ではないという事だ。 もしも手先の人間だとしても、最初に名乗った時、ましてや顔を見られた時点で保護や事情を聴くなどの事は必要ないからだ。

 だから彼らはクロノスとは関係がない組織の人間。 ……俺はそう思っていたんだ。

 

「質問は山ほどだが、わかる範囲でまとめるとつまりキミは、そのクロノスという組織との戦いの最中、いま言った“超存在”なるものに敗北。 そのまま逃げ落ちたと?」

「……悔しいですけど、その通りです」

「そうか……」

 

 風鳴さんの表情が硬い。 何かを深く考えているのか、それともこちらの心境を汲んでくれているのか、後者だとしたら好感が持てるのだけど、果たしてこのヒトはなにを思っているんだろう。

 

「知らないのは覚悟であえて聞こう。 晶君、キミは“ノイズ”という言葉をしっているかな?」

雑音(ノイズ)……ですか?」

「いや、怪物(ノイズ)だ」

「??」

 

 何が言いたいんだろう。 もしかして抽象的な事なのだろうか。 ソレなりに考えたけど、答えは出ない。 どうしよう、こうしてる間にも時間が経っていく……俺は、思わず下唇をかみしめる。

 

「ん、すまない。 どうやらやはり知らないらしい」

「なんですかさっきから。 こっちに質問ばかり……答えたと思ったらさっぱりわからない質問をまたしてきて――」

「そこは本当に謝らせてもらいたい。 だが、こちらとしても重要な事なんだ……世界の、命運をかけたね」

「せかい……?!」

 

 嘘を言っている雰囲気ではなさそうだ。 でも、そのノイズというのはなんなんだ? ま、まさか――

 

「ノイズって言うのはクロノスの調整体の事!?」

「……おそらく、違うとは思う」

「どうして言い切れるんですか」

「…………」

 

 さっきから様子がおかしい。 黙ったり、こちらのいう事を違うと断言できたり……なにかわかっていることがあるのか? どうしてこうなったのか、これからどうするべきなのか!

 いや、最後のはおかしい。 それは俺がこれから見つけて実行するべきことだ。 誰かに、それも名前しか知らない人に決めてもらう事じゃない。

 

 ……そう、強く思っていたのに。

 

「俺は、というより俺たちが所属している“特異災害対策機動部”というのは、第二次大戦時から続く“風鳴機関”を前身とした、それなりに歴史のある特務国家機関だ。 だからこそ、その情報収集能力は普通じゃないし、立派なものだと自負している。 ……だけどな晶君、そんな俺たちでもわからないんだよ、そのクロノスという組織は」

「そ、それは奴らが巧妙に存在を隠しているから……」

「かもしれない。 だが、我々だって人類を守護するべく立ち上がった者たちだ。 そんな組織があればまず、我々が先だって戦ったはずだろう。 ……だが、近年の世界情勢はEUが経済破綻した以外には精々小さな紛争と、いま言ったノイズ被害に観測されてないんだ」

「……そ、そんな」

 

 クロノスが……存在していない? もしかして10年以上の時の流れの間に、巻島さんが何らかの方法で奴らを倒した……とか。

 もしそうなら後で連絡を取ればいいだけだけど、どうやら風鳴さんはそう言うことを言いたいようではないみたいだ。

 

「とりあえず、分りました。 すこしだけ落ち着いて事態を受け入れようと思います。 さっきの携帯と言い、時代が完全に俺を置き去りに……いいえ、俺が時間を飛び越えてしまったのは間違いなさそうですし」

「随分とあっさり言うな。 下手をするとキミの想像以上の事態なのかもしれんのだぞ?」

「こんなことでいちいち驚いていたんじゃ、奴らとの戦いでは生き残れませんでした。 こっちは生き死にを超えて戦ってたんですから」

「……生き死に」

「あ、そ、そっちの方はまたあとで……もう少しお互いをわかりあえたらってことでお願いしたいです」

「わかった、そこらへんはそちらに任せよう」

 

 どうやら本当にこちらに判断を任せるようだ。 ようなんだけど、どうにも腑に落ちない。 こっちの言うことを信用してくれるのは良い事なんだけど、どうしてこんなにあっさり飲み下すんだろう。

 こんな、身分を証明するモノすら持たない一回の学生を相手に、国家機関を名乗る人がどうして信用するのか……なにか、この話を信用せざる得ない事態があるんじゃないのか。 ノイズとか、小さな紛争じゃないナニカ。

 そう、例えば獣化兵を初めて見た俺たちが、クロノスの存在を初めて知った時の様な状況証拠のようなものが。

 

 そう言えば今の俺は身分を証明するモノ……それどころか衣服すらさっきまで着込んでいたものではない。 これは、ケガをしていたから、代わりの服として病院服を着せさせられたかもだけど……もしかしたら。 俺は不安を隠しきれずに額から汗が吹きだしてくる。

 

「風鳴さん」

「どうした?」

 

 そっけない顔だ、本当に、何でもないという顔。

 

「もしかして居たんですか? ……俺が言う、怪物みたいな“生命体”が」

「…………心当たりがあるのかな」

「……っ」

 

 それが、一気に強張ったような気がしてならない。

 

 やはりというかなんというか。 そうだ、前にも俺はこんな状況を経験したって、さっきも思い出していたじゃないか。 数週間前にあった死闘と、クロノス日本支部の崩壊。 そのときに、俺はなにをされてどうなったのかを。

 

 そして、意識を失う前に、俺はどうなってしまったのかを。

 

「それ、きっと俺です」

『!!?』

 

 風鳴さんと桜井さんのふたりは、俺の事を見て、部屋の隅を見て、またもう一度俺を見る。 それが素早く2回繰り返されると、今度は俺の身体をじっくり見渡す。 つま先から、目線眼交わるまでを……ざっと10秒ほどだ。

 

「前に同じ経験をしたことがあるんです。 今回もそれに似ていて」

「意識を失い、気が付いたら……」

「全裸だった?」

「了子君、全裸は関係ないだろう、全裸――」

「はい、その通り全裸でした」

「なん……だと!?」

 

 やはり、発見された俺は全裸だったらしい。 これではっきりした、どうやら俺はあの超存在に負け、こちらが放ったアレを“反転照射”された後に身体が原子分解。 ただ、運よく制御装置(コントロール・メタル)が無傷だったためにこうして『再生』されてこの時代に蘇ることが出来た。 ……はずだ。

 

「けど、腑に落ちない。 いくらなんでも“それが起こって、終わるまで”10年の歳月がかかるとは思えないんです。 なにか、俺の想像を超えた何かが起こっているとしか思えない……桜井さん、研究者だと言う貴方だったらどう思いますか?」

「あら、見ず知らずの研究者に聞くのかしらそれを」

「SF映画頼りの素人知識よりは断然マシです。 ……いまは、一刻も早く事態を把握したいですから」

「……なかなか割り切ってるのね」

「まだまだです。 俺よりもざっくりと割り切れる人は、もっとすごいことをやりますよ」

 

 知らず知らずのうちに獣化兵へと調整された一般市民を、それを知りながら殲滅したあの人よりは……

 

「わたしの私見なのだけど、晶君、あなたが居たところは、おそらくだけど過去の世界だけでは説明がつかないわ」

「……はい」

「それは貴方の身元を確認した時に、各機関にデータがなかったことと、さっき言っていたクロノス……その存在がわたし達が知りもしないことが第一ね」

「……」

「かみ合わない時間、知り得ない情報。 そして、2年前のあの事件と、そのときに観測された未知の物体に現象。 そのすべてをかき混ぜてごちゃ混ぜにしてぇ~~考え出したのが。 まぁ、最近ゲームだとかでよくある『パラレルワールドへの跳躍』といったとこかしら?」

「ぱ、ぱられる……異世界ってことですか」

「ご名答――まぁ、あくまで私見だけどね」

 

 驚きは……正直少なかった。 根拠はないけど、俺が魅奈神山の遺跡宇宙船で見たあの映像や、例の存在など、数多くの非常識を思えば、……いや、あの“力”を思えばもしかしたらこのくらいの事態、あるのかもしれない。

 それよりも心を占めるのは、残したであろう瑞紀や哲郎さん達の安否だ。 奴らに何かされてないか、無事に生き延びてくれているだろうか……そのことに尽きる。 出来ることならばすぐにでも駆けつけたい、無事だと教えたい……無事を、伝えたい。

 

「……」

「晶君」

「ショック、よねぇ」

 

 合いたい。 会って話をしたい。 こんなわけのわからない世界、時代、周囲の環境で暮らしていくなんて心細いに決まってる。 ……今までだってみんなが居たから、みんなが励ましてくれたから何とか立ち上がってこれたんだ。

 

 でも。

 

「…………」

「晶君?」

「ちょっと?」

 

 ここには、もう、守ってくれる者も、守るべきものも何もない。 俺が、これからどうするべきかを教えてくれる人間もいない。

 

 ……心臓が締め付けられそう……鼓動が不安定になって、全身が宙に浮いたようだ。 これが、不安だという感覚だと気付くのに、どれくらい経ったか。 それまで何を話しかけられたのかもわからない。

 何を見ていたのかも忘れてしまった。

 ただ、かけられた白い布団を握り締めながら、口から弱音が出るのを精一杯我慢するので……俺は今残された力を使い切ってしまいそうで。

 

「おれ……おれ……っ」

「晶君」

「さすがのわたしたちも、コレばっかりはねぇ」

 

 崩れ落ちたい……………………だめだ、こんなところで。

 泣いてしまいたい………………あきらめるというのか。

 ふさぎ込んで、しまいたい……それじゃ今まで何のために――――

 

 様々な思いだ、俺の中にあるのは。 どうにもできそうになくて、出来ることの方が少なくて。 俺みたいな戦うことが出来るだけの学生じゃ、こんなことが限界なんだろう。

 

 ……でも。

 

「おれ……俺、あきらめたくないです」

「晶、君」

「いままで頑張ったんです、死ぬ気でみんなと戦ったんです。 なのにこんなわけのわからない理由で、しかも自分だけクロノスの戦いから逃げるように……納得できるわけがない!」

「…………でも、それは」

「俺のせいで犠牲になった人が居るんです。 俺のために命がけで敵と戦って、散った人もいるんです」

「!?」

「帰らないと……いけないんです」

 

 まだまだ未熟なんだろう。 巻島さんに比べたら甘くて、弱い人間だろう。 だけど、それでも俺はあいつ等が……クロノスのせいでみんなが傷つくのは我慢できない。

 

「俺は!」

「――――ッ!?」

 

 な、なんだ行き成り。 部屋中が赤く染まって、甲高いサイレンが耳を痛いくらいに打つようだ。 ……まるで学校の非常ベルみたいだ、五月蠅くてたまらない。

 

「まさか日に2度も襲撃があるなんて」

「襲撃!?」

「さっき言っただろう。 我々の敵、……ノイズだ」

「雑音……?」

「怪物だ」

 

 そう言えばさっきも言っていたような。 けど、クロノスの刺客でもない。 というより、もしもそんな人類の敵だという存在が居るのなら『奴』が真っ先に手を打つはずだ。 ……自分の目的を阻害するものを確実に。

 

 だから、もしもそんなノイズだなんてものが蔓延っているのなら、ここは間違いなく、俺が居た世界とは違うことを証明する。 ……してしまう。

 

「……」

 

 迷う。 ここで俺がその襲撃に対応するべきか。 襲われていることを許さないと、あの力を振るうべきなのか……と。

 

 でも、ダメだったんだ。 そう考えているんだけど、やっぱり俺、アレに“捕殖”されたときに、危険に巻き込まれる体質に変えられたみたいでさ。

 

「晶君!?」

「俺、そのノイズというのを何とかします! 襲われてるんでしょ? この世界の人たちが」

「しかし君は――」

「大丈夫です! 俺にだって戦う力はありますから!」

 

 ……ちがうな、気が付いたら身体が動いていたんだ。

 そいつらがどういうモノかを思い出したら、身体の中にある何かが騒ぐようで……まるで知らない誰かが叫びだすようだ。 ……戦え、救えって。

 

 飛び出した先、そこからは知らない道だ。 けど“どうしてか俺はここの道を走り抜けることが出来る”

 まるで、ここを昔から知っているように内から聞こえてくる声に従う

 

「右、次が左。 ……まっすぐ行って、突き当りでエレベーターに。 ……暗証番号は――」

 

 医務室の位置から、トイレ、司令室、実験場から仮眠室、各員の個室まで……隅々と。

 

「この声が何なのかよくわからないけど、とにかく行かなくちゃ」

 

 走りながら、思わず叫ぶ。 声を出すたびに体が熱くなって、握る手の熱が上がっていく様だ。 振りながら腕、駆けながら脚……すべてがまるで、たった今かみ合ったように自分のモノになったようだ。

 さっきまでの弱々しい自分じゃない。 おれは……俺は――――――

 

 

 

 

 

 

「行ってしまった……か」

「しまったか……じゃないでしょ、弦十郎ちゃん。 あの子、なんだかここの施設の事がわかってるみたいに出口のエレベーターに向かって行ったけど」

「……そうみたいだな」

「ん??」

 

 不思議な子だ。 ……いや、まるで戦場に駆り出された少年兵の様な走り方をする。 目も、声も、姿勢も仕草もそこらにいる高校生とは変わらないというのに。 いや、10年以上も前の文明世界の人間なのだから若干違うだろうが。

 

「そうでもなくとも、何となく似ている気がする」

 

 理由なんてない、理屈なんか必要ない。 ただ、俺が目で見て考えて、パッと思いついたのがそれだった。 彼と話をするたびに思い出すオレンジ頭の彼女。 自身の宿命を呪い、憎み、最後には……乗り越えたと思った矢先に消えてしまったあの……

 

「奏君」

「弦十郎ちゃん?」

 

 だが、聞く限りでは彼はどうもあの子とは正反対だ。 大人しいし、人の発言に左右もされやすそうで……なにより噛みついてくる様子もない。 不安だ、彼自身、自分に“ちから”があるとは言っていたが、“彼女たち”のように『ギア』も持たずに行くなど……いや、もしやあの怪物……正体不明の攻撃の持ち主こそが――彼なのだろうか。

 

「だが心配だ……聞こえるか藤尭! 翼に連絡、今すぐに――」

[し、指令! 良かったつながった……実は翼さんが、今の警報を聞いて「司令からの指示を仰いでいられるか。 刀持たぬものが傷つくのを、噛みしめながら待つ刀ではない」と、叫んで予備のバイクを――]

「出撃した!? ……ガングニールの出現あたりから様子がおかしいとは思っていたが……くそ、こっちに気を取られ過ぎたか!」

[どうしますか!]

「俺も出る。 妙な胸騒ぎがして収まりがつかん! それと、立花響君は絶対に安静だ、外に出してやるなよ!」

[……それなんですが]

 

 おい、なんだその申し訳なさそうな声は。 まさか藤尭、おまえこんな時に――

 

[翼さんの後を追うように、ガングールを纏って走って消えてしまいました……す、すみません]

「あ、謝ってる場合か! 早く二人をモニターするんだ、急げ」

[はい!]

 

 こうも連続で悪いことが起こると、逆に血が騒いでしまうのは映画の見すぎか? だが、さっきの彼の発言じゃないが、戦えるのが子供たちだけというのなら、俺たち大人はそれを命を賭けて背中を支える。

 そうだ、何をしてでもだ――――それが俺たちの、負けられない戦いなのだからな。

 

 

 

 

「とても長いエレベーターには驚いたけど、なんとか外には出れた……パネルの番号を押す時に指が勝手に動いたように思えたのはさらに驚いたけど」

 

 でも、これで何も気にせず“なれる”

 戦う力……俺が、日常から転げ落ちた最大の要因。

 

 こんな異世界でも、まさかコイツの名前を言う羽目になるなんて。 ……クロノス以外にも、これを使わなければいかないときが来るなんて。

 

「想像もできなかったけど……けど、迷うな――俺ッ」

 

 走れ……どこまでも走れ。

 さっき言っていたノイズというのがどこにいるのかはわからない。 けど、そいつらが居るというのなら、見つけられない訳がない。 集中しろ、そして……思うんだ、戦う力が欲しいと。

 

 そうすれば来る。

 

 アレが……あの、力が。

 

「来い……」

 

 息を吸え、右手を硬く握るんだ。 アレは、ユニットは俺の感情に反応して異空間から姿を現す。

 だから俺が戦うという意思さえ見せれば……それはやって来る。

 

 心は決めた、戦うんだと。

 身体は万全だ、いままで休んでいたんだ。

 目的はある。 いま、この世界を脅かそうとするものだ。

 

 

 心と頭に刻み込み。 全てを混ぜ合わせて身体で受け止める。 そうして混ぜ合わせた意思をいま、声に乗せて一気に叫びだす。 ……やつを、呼び出すそのキーワードを――

 

 

「ガイバーッ!!」

 

 そうして俺は、この世界で初めてその名を叫んだ。

 

 

 

 

 叫ぶ深町晶の背は光り、夜の闇を激しく照らす。

 

 背後に現れる気配は、実は生物のモノ。 生きていて、蠢こうとして、それを高度な科学力によって抑制された“生きる鎧”

 

 腕に巻きつき、足を取り込み、体中の組織を変貌させていく。 自分が、自分じゃない別のものに置き変わっていく感覚はいつも通りだ。 そして頭部を覆い、目元を隠すとすべてが闇に堕ち、同時、彼の中枢を別の生物が支配する。

 

 呼吸、食物摂取に必要な内臓器官の退化。

 頭蓋の消失、脳髄に触れる機械の触手。

 瞬時に切り替わっていく感覚神経。

 

 頭部には角。

 身体は青い体細胞。

 口部はやはり退化し、パチンコ玉大の金属球が縦に2個並んでいる。 その横で排気口の様な吹き抜けが左右にあり、白い息を吐き出している。

 

 

 どこまでも人間の身体の感覚から離れていく彼は、そのまま全身を自分の意思でコントロールする。

 手を握り、足を地面につけ、景色を、目から捉えて脳髄へと信号を伝達えうる。

 

「すうぅぅぅ……はぁぁぁ」

 

 彼の呼吸器官は退化している。 肺は無く、その空っぽになった場所は既に別のものに挿げ替えられている。 でも、彼は確かに呼吸をした。 それが、人が人としてやる自然な現象だと言い張るように。

 

「久々……なんだろうな」

 

 脚を動かすと、何やら柔い奇妙な音が響き渡る。 だが、それを聞く者は居ない。 自由だ、今この場で、彼の行動を阻害する余計な茶々は無い。

 耳もない彼は、そのまま夜空を眺める。 

 綺麗な空だ、雲の一つもなく、明るい銀星が眼下の強殖細胞を身に付けし者を鮮明に照らす。 そのときだ、光を浴びた彼の身体……頭部に配置された3つの金属球が蠢き、周囲を探す。

 

「……ここから数キロ先に空間の歪みを感じる。 ……いままで感じたことがない感覚だ。 これが、ノイズ?」

 

 それは彼が纏う……“ガイバー”の超感覚。

 それが異変を感じると、深町晶は神経を腹部に集中する。

 

 まるでベルトのバックルのように存在する腹部の玉……“重力制御球(グラビティ・コントローラー)”が唸り、淡く輝くと。

 

「この世界の事はわからない。 けどこんなところでウジウジ悩んで、助けられる人を見過ごすくらいなら……俺は戦うことを選ぶ、選びたい!!」

 

 

 

 青い体色をもつ殖装体が……規格外品(ガイバー)が、明るい大空を高速で飛び去っていく。

 強い意志を、段々と拳のチカラに変えていきながら…………

 

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