強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第32話 悪夢を駆け抜ける

 

 

 

 

 

 

 

 フィーネを斃し、この世界のノイズを呼び込む杖も原子の塵に還った。

 この世界はもう大丈夫なのだろう。 その気の緩みが、空いてしまった少年の必至さが、元の世界を思い出させるその余裕が、彼に不穏な影を忍ばせる。

 

 暗い夜。 月が頭上から墜ちていく刻。 皆が目を閉じ夢の世界に閉じこもっている最中、少年は一人声を漏らしていた。

 

 

 

 声が、聞こえる。

 

 遺跡基地が炎に包まれ、数多くのニンゲンが焼かれ溶けていく。

 逃げ道を塞がれ、獣に蹂躙され、一人、またひとりと命を散らせ、人だったモノが地面に転がっていく。

 

 

 熱で焼かれる。

 牙にかかる。 

 爪で引き裂かれる。

 高圧電流で感電する。

 超重力に押しつぶされる。

 

 数多の声はやがて悲鳴になり、それが鼓膜を引き裂かんと木霊する。

 

 もうやめてくれ、これ以上皆の声を聞くことはできないんだ。

 必至になって耳を塞いでも、悲鳴は頭の中へと入り込み、自身を追い立て責め立てる。

 

 なぜ、お前だけが……

 

 そんな怨嗟の声が少年の身体を縛り付け、心にくさびを打ち込んでいく。

 

 なぜ、なぜお前だけが……

 

 おまえが居なくなったから。

 

 お前がそこに居続けるから――

 

 

 

 

オマエノセイデ!!!!

 ミンナ、シンデシマッタンダ!!!!

  ナゼ、ソンナトコロニイツヅケル!!!!

   ソコハオマエノイルバショデハナイ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うあぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

 

 深夜、2時半。

 静まりかえった一室で、深町晶は自身の悲鳴で目が覚めた。

 

 全身に汗を掻き、衣服が肌に張り付き気味が悪い。 額の汗を拭おうにも、全身が発汗しており、拭いても拭いても汗だらけになる。

 そんなに熱くはないはずなのに、少年の汗は止まらない。

 そこまでの悪夢を、少年は見てしまったのだから。

 

「……夢、なんだよな」

 

 胸元がいまだに締め付けられている。

 いままで必至にノイズ被害を食い止めてきたが、フィーネ=櫻井了子の消失と共に、それも解消した。 もう、この世界は大丈夫だろう。 ならば……しかし……

 

「夢、なんだよな……」

 

 どうすればいい?

 

「もしも向こう側で皆が捕まってしまったら……もしも巻島さんが負けてしまったら……」

 

 どうすれば元の世界に帰ることが出来る? この世界での自身の役目はきっと終えたはずだ。 なら、次は自身の世界を取り戻さなければならない。

 

「行かなくちゃ……!」

 

 少年は布団をどかし、すぐに立ち上がる。

 しかし、身体中の水分を失っているせいか、不意に景色が歪み、虚脱感が彼を襲う。

 

 今日はもう立てない。 しばらくの間、少年はまどろみの中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「ガッ!? うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 今日も、悲鳴で目が覚める。

 瀬川兄妹がこちらを観て居たところまでは思い出せるが、その後は記憶が欠落していて思い出せない……思い出すことを、身体が必死に拒絶している。

 

 

 まだ、立てない。

 この世界に縛り付ける力が、少年を離そうとしない。 もう行かなければならないのに、自身を待つモノがいるのに。 手に入れた、強大な力を持ち帰らなければならないのに。

 

 少年は、今日も……

 

 明日も……

 

 月の満ち欠けが一周しようとも。

 

 帰る事が、出来ずにいた。

 

 

 

 

「………………………………うっ……!」

 

 

 

 仲間が、無残に消されたところで目が覚めた。

 

 床に手を着き、歯を噛みしめる彼はようやく自身の置かれている状況を理解した。

 

「みんなが待って居る……俺の帰りを、ガイバーの力を! 俺はなにをやっているんだ!!」

 

 幾たびの夜を悪夢で迎え、絶叫と共に超えてきた少年の心は既に限界が近い。 月夜の虚空に叫び声が木霊する。

 

「俺は……俺は……ッ!」

「……ショウ」

 

 その木霊に一人、返す声があったとは知らずに………………

 

 

 

 

 

 ショウとアタシは、よく同じ夢を見る。

 

 奪われて奪われて奪われて……最後にはなにもなくなる、真っ暗になる夢。

 

 そんなモノを見せられたとき、アタシはこっそりと月夜で汗を引かせる。 こんな姿、あいつらには見せられないし、ショウに余計な心配をかけるのは、なんかいやだった。

 

 だけど、本当にいやなのは。

 

「――――俺はどうすれば良いんだ!!」

「……ショウ」

 

 力になりたいって決めた相手に、手を貸すことすら出来ないときである。

 

 アイツには大きな借りがある。 翼も、アタシも、あのコンサート会場から生き残れたのはショウがこの世界に来たからだ。 

 自分の事でいっぱいなのに、それでもアタシの叫び声を聞いて答えてくれた……アタシの歌が、アイツを呼び込んだのだ。 だからアイツが苦しんでいる事の一端はアタシにある。 ショウを苦しめているのはアタシのせいだ。

 

「……どうすりゃ、いいんだよ」

 

 この世界を救ってくれた人間に恩を返すことも出来ないなんて。 こんなことってないじゃないか……

 誰でも良い、なんだっていい。 いままで一番頑張ってきたアイツを、どうにか救ってあげて欲しい。 もうあいつ一人が苦痛に耐える夜を越えるのはイヤなんだ、だから――――

 

「なんとかしてくれよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明け、今日もまたこの世界で朝を迎える。

 

 目元の隈をごまかして、少年は今日もこの世界で生きていく。

 

 この世界で、踏みとどまることを享受している。

 

 雪音クリスが話しかけてきた。 なにを言っているのか内容が頭に入ってこない。 怒られた気がしたが、今はその怒声がむしろ救いである。 慰められでもしたら、きっと崩れてしまうから。

 

「……」

「――ってなわけで、来月には某県のフィーネが居たって言う研究施設が見つかりそう……って、おい?」

「…………え?」

「え、じゃないだろおまえ……待ってろ、いま誰か呼んでくる」

「あ、雪音さん」

「いいか? そこから動くんじゃねえぞ!!」

 

 動くなと言われ、素直にその場で立ち尽くす。 視線はどこに向かうでもなく、ただ虚空を流れるだけで、少年の行く末を現わすかのよう。

 

 もう、限界だった。

 

 これ以上の悪夢は少年には耐えきれる物ではなかった。

 

 だから、ここで“復讐”は終わりとしよう。

 

 自身を目覚めさせた少年に対する、ささやかな仕返しを、“彼女”はやめることにした。

 

 

 

 

「…………はっ!?」

「よかった、目が覚めたのか」

「ゆきね、さん……」

 

 ベッドの上、医務室で少年が目を醒すと見慣れた顔がいくつか。 皆、彼が倒れたと聞いて職務を放棄して見舞いに来たのだ。

 申し訳なさそうに視線を落とすと、いきなり視線が持ち上がる。 胸が苦しい、胸ぐらを捕まれたのだと理解したとき、彼の鼻先にはクリスの吐息がかかっていた。

 

「ゆ、ゆきねさん……?」

「アタシは言ったよな!?」

「え、え……?」

 

 その声は憤怒。 しかし、表情は悲しげで、痛々しい。

 そんなアンバランスな彼女はどうしても許せなかったのだ。

 

「お前は案外よわっちいんだから! 困ったらすぐに言えッ!!」

「あ、あの……」

「深町、雪音は怒っているんじゃないぞ。 心配しているのだ」

「え? おれ……」

「深町さん、うなされてました。 “みんなを救うんだ”って」

「……ぁ」

 

 隠していた訳じゃなかった。 ただ、心配をかけたくなかっただけで。

 だがそれは少年の独りよがりだ。 自分だけで何とかしようとするなんて、らしくない事をしたツケがこれだ。 皆が困り果て、自身はボロボロになって、だれが喜ぶというのだろうか。

 

 だから、クリスは怒った。

 

 故に翼は静かに佇み。

 

 響はもう助けになる準備を終えている。

 

 深町の手を取ると、自身の胸元へ引き寄せ、深町と視線を合わせる。

 

「立花さん?!」

「2年前、奏さんに命を助けられました!」

「え、うん」

「半年前、深町さんのギガンティックに命を救われました!」

「……うん」

「今度はわたしが助ける番!! じゃなきゃ今までの深町さんの頑張りがウソですよ!!」

「ごめん……」

「違います!! ぷりーずあふたみぃ!!」

「あ、うん。 ……ありがとう」

「はい!!」

「それと、たぶん英語間違えてるよ」

「……そこは突っ込まないでくださいよ」

『はははは!!』

 

 数日ぶりに笑った気がする。

 身体がフッと軽くなったようで、少年は小さく深呼吸をする。 自身は言った、振り返ることをするけれど前に進む事をやめない、と。

 

「……だが実際どうする?」

「深町さんが向こう側に行ってクロノスをどうにかしないといけないんですよね」

「そうなのだが、その方法がない。 我々に次元移動の手段はないし、その心当たりになるであろう人物は既に……」

 

 フィーネ=櫻井了子は既に深町が引導を渡した。

 一瞬だけ深町の顔に影がかかるものの、すぐに切り替えてクリスに向き直る。

 

「雪音さん、なにか心当たりはないかい?」

「フィーネの、研究所か?」

「あぁ。 ガイバーに完全聖遺物、そして雪音さんの誘拐の手際といい、あれほど用意周到に行動を起こせる人が、ひとどころに根城を置くとは思えない。 在るはずなんだ、何かあったときのための保険が―――」

「―――おまえ、本当に人のはなし聞いてなかったんだな」

「……え?」

「深町さん、私達来月には了子さんが居たって言う研究所に行くんですよ?」

「え? え!?」

「まだお前から採取したと思われる強殖細胞が隠されているかもしれないからな。 調査とその駆除に向かうと、先週の会議で決まっていただろう」

「……面目ない」

『全くだ』

 

 行き先は決まったようだ。 そっと布団から出て、靴を履き、深町晶は周りを見る。

 

 救うのだと、彼は決めている。

 

 そこにどんな困難が待ち受けようとも、もう“手だけを掴むことにならないように”彼は決意を新たに立ち上がる。 ……と、同時に部屋のドアが開き、深町の腹部に衝撃が走る。

 

「無事かショウ!!?」

「あ、あもう……さん……うぐっ?!」

「アタシがメディカルチェック中にばったり倒れやがって!! いろいろ堪ってんならアタシでもいいからさっさと発散しろよもう!!」

「……すみません」

「…………下ネタだぞ、少しは狼狽えろよ……」

「………………心配かけました」

「……ショウが元気なら、いい」

 

 腹部に頭をすりつけるように抱きついてくる奏をそっとなだめて、少年はやっといつも通り。 あぁ、こんな騒がしいのがもう、自身にとっては日常なのだと彼は気がつかされたのだ。

 

 この一件以来、悪夢の内容が少し変わっていくこととなる。

 

 仲間は窮地なのは変わりないが、そこに駆けつける自身が追加されていった。 それは、深町の深層意識の変化、彼が強い意志で仲間の元へ行く決意が固まった証拠である。

 

 

 たった一人、巨人があのロードに立ち向かうところで彼は目を醒し、その手を握りしめながら朝日を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 数日が経過した。

 

 仮設基地はテントから幾分立派な施設へと場所を移し、その一室に装者と殖装者が集められ、弦十郎からの情報を今か今かと待ちわびていた。

 

「今回集まってもらったのはほかでもない。 了子君が使っていたと診られる研究施設の件についてだ」

『!!』

 

 皆の顔が引き締まる。

 場所はなんとアメリカ。 とある製薬工場に、櫻井了子が脚を踏み入れた痕跡を見つけたのが始まりだった。 最初は、奏が使っていたLiNKERがらみなのではないかと、裏切り前は軽く流していたのだが……

 

「今にして思えば、この国では出来ないコトをやっていたのだと思う」

「……え?」

「人体実験、ですか」

「あぁ」

「!!?」

 

 日本国には風鳴機関があるため、派手な実験は出来ない。 ならその目が届かない場所ならば? すこし考えれば簡単なことだった、そして、その手の話は深町が一番早く思い至るジャンルである。

 

「俺が居た日本よりも、こちらの方が遥かに監視の目は強いし、人道に反した実験は見つかりやすい。 だから、多少のリスクを承知で国外に拠点を置いたんだ」

「リスク? 何があるんですか深町さん」

「国から国に移動するにはどうしても時間がかかる。 片方に居ればどうしても開けている方の監視が緩むことになるんだ」

「??」

「……監視が緩むと言うことは造反の可能性を上げるんだ」

「へぇ……」

 

 試作獣神将の村上のような例がある。 だが、櫻井了子はそのような失態を起こさなかったらしい。

 だけど、だ。 深町はすぐに最悪の事態を想定する。 もしも、了子亡き研究施設が今でも稼働しているとしたら?

 

「……櫻井さんの意志を継ぐモノ、もしくは研究成果をかすめ取った存在が居ないとも限らない」

「それは……まさか!」

「だが晶君の言うことも一理ある。 どうやらその研究所はまだ稼働状態にあるらしく、ライフラインが死にきっていないんだ」

「……おいおい。冗談きついぜおっさん」

 

 雪音クリスにとって、その情報は芳しくない物である。 彼女の実験の過酷さは身をもって知り尽くしているし、それがフィーネ以外に正確に出来るとも限らない。 もしも、あの実験の数々をどこぞのバカが再現しようとしているのならば――

 

「おい、晶! こりゃあもたもたしてらんねえぞ!!」

「……あぁ、一刻も早くそこに居る人を解放しないと」

「悪魔の研究は全部ぶっ飛ばしちゃいます!!」

「我が剣に断てぬモノはない、それを今一度お前に見せてやろう、深町」

「アタシはショウが行くところならどこへでもだ。 ねーご主人様―♪」

「あ、はは。 ありがとうございます」

 

 新しい目的地は定まった。 

 向かうはアメリカにあるという櫻井了子が出入りしていたと言いう研究施設。 そこに在るであろう被害者を救い、加害者を成敗することだ。

 

 立花響がぐっと拳を握るなか、ソレを横目に深町晶は少しだけ影を落としていた……

 

 

 

 

 会議が終わり皆が解散。 2週間という準備期間を待って、各々がその準備に入る。 その帰り道に、深町の背中に声をかけるモノが居た。

 

「……風鳴さん」

「すこし、いいか?」

「はい、いいですけど……?」

 

 二人は帰り道の公園のベンチに腰をかける。 しばらくの沈黙の後、翼が先にその空気を断ち切った。

 

「もう半年になるのだな」

「俺たちが会ってからですか?」

「あぁ。 随分濃密な6ヶ月であったな」

「……いろいろありましたから」

 

 遠い目をして語る翼に、いよいよ彼女がなにを言おうとしているのかがわからなくなった深町。 あの会議の後、なぜいきなり昔話に花を咲かせようというのだろうか。

 

 わからないと、油断していた少年に刀美人が一気に踏み込む。

 

「またお前はムリをしようとしているな?」

「え? いきなりどうしたんですか」

「立花のことだ」

「参ったな、風鳴さんには隠し事出来そうにないや」

「一応おまえの師だからな。 視線を察する程度造作にない」

「ほんと、まいった」

 

 彼女が聞き出してくれる。 自身がつまずいた課題、その問題点を。

 

 立花響は強くなった。 だが、その力は決して人間に向いたためしがない、ひとならざるモノに向く力だ。 だけど……

 

「ここからは、もしかしたらニンゲンが相手になるかもしれない。 そう考えたら、このまま立花さんを戦いに巻き込んでいいのかと……」

「答えなどない。 それは、お前もわかっているのだろう?」

「はい」

「俺は人間を殺したことはないと、打ち倒してきたのは皆悪魔だけだ……そう割り切って戦ってきました」

「……お父様以外は、か?」

「…………はい」

「お前は本当に……優し過ぎる」

「え? でも俺」

「普通ならここまで来てしまった人間に選択肢など与えられない。 ソレを、お前はなんとか巻き込むまいと奮闘している。 違うか?」

「……」

 

 立花響という少女は、深町と境遇が似ていた。 だから、彼女に肩入れをしてしまうし、出来る事なら戦いのない世界で笑っていてほしい。 それがどんなに自分勝手な願いだとしても。

 

 でも、彼女はきっと戦いを選ぶのだろう。

 

 その手に救えるモノがあると信じて、手を伸ばし続けている限り。

 

「どうあれ立花が選んだ道だ」

「……」

「なら、我らに出来ることと言えばソレを手助けすることに他ならない」

「……それは――」

「そしてこれはお前にも言えることだ」

「え?」

「お前と立花は本当に似ているな……同じような事を、奴からも相談されたよ」

「あ、え?」

「よほど深町には戦いが似合っていないらしくてな。 どうすればお前を戦いの道から救い上げることが出来るか、真剣に相談されたよ」

「あ、……あぁ」

 

 なんだ、と。 どうして、こう……彼女は、自分の事を二の次にしてしまうのだろう。 深町は思わずうつむいてしまう。

 

 その疑問が自身にも当てはまるのだと、翼に指摘されたとしても、そう思わずには居られなかった。

 

「参っちゃったな」

「そうだな、アレはおまえの上を行くお人好しだ」

「そうですね。 俺だったら自分の事だけで手一杯ですから」

 

 だから……少年はその思いを噛みしめる。

 その道がどんなに困難なのかを覚悟して、強大な力を持った者の義務を改めて自覚して。

 

 

 

 

 悪夢と戦いながらも、その心に戦乙女達がついている深町晶はもう悲鳴を上げることがなかった。

 2週間という覚悟の時間を持って、彼らはいま新大陸へと旅立っていくのであった

 

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