強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第36話 潜入

 

 古ぼけた洋館、深夜の静まりかえった時刻に彼女達は居た。

 

 やけに年季の入った外壁に、そこそこの敷地。 10人そこらが暮らすにも苦労しないで済む広さは、所帯が大きくなりつつある彼女達にとっては救いである…………ただ、立ち入り禁止の立て看板がなければの話だが。

 

「お嬢さん方、静かにね。 ここは、空き家という事になってるから」

「……はい」

「はいデス!」

「ここが小田切主任が遺してくれた……」

「あのヒトはもともと資産家の出らしくてね、遺してくれた物の中で、君達にいま一番必要そうなモノを集めておいたんだ」

「それは助かる。 あぁも手狭な部屋で男女が雑魚寝ってのもそろそろ限界だったからな」

「……主に俺がな」

 

 朝起きると着崩したアイドルが寝ぼけ眼でトイレに歩いて行き、夜寝る前にはバスタオル一枚で風呂場から出てくる。 いろいろ、そう、いろんなモノが限界を訪れていた。 誰のせいで、誰が不味いのかは明記しないが。

 

「……晶、頼むからホンキで早く帰ってこい」

「そうだ瀬川哲朗。 ガイバーⅠ=深町晶にはさっさと戻ってもらわんと困る」

「…………あ、あぁそうだな」

 

 渇望と待望。 やせ細りながらうつろな目をする横で、目に見えて闘志を燃え上がらせている男二人。 グラサン男、アプトムとの温度差がひどい。

 

「あの、めがねのヒト」

「え、おれ?」

「はい、その“ショウ”って言うヒトは誰デスか?」

「え?」

 

 女史中学生ほどの幼い彼女からの真摯な質問。 その、輝かんばかりの澄み切った瞳で見つめられた哲朗は、しかしなんら臆することなく言い切る。

 

「俺たちの仲間だ」

「頼もしいデスか?」

「あぁ」

「そしてアタシのご主人様だ」

「ご、ご主人!? そ、そそそれってあの――」

「おい……!」

「もちろん、イヤラシイ意味だ」

「こらこらッ!!」

「わ、わっ! 奏さんは大人なヒトだったですか!!!」

「ふっふっふ……アイツとはもう身も心も一心同体になった仲だ」

 

 切歌の肩を抱き、そっと耳元で昔話を繰り広げ彼女の顔を羞恥に染め上げる。 そんな自称深町晶の所有物さんは、それはもう楽しそうに笑っている。 その姿に一抹の不安を覚えたのは他でもない瀬川兄。

 そんな彼に、やはり不吉な影は訪れた。

 

「て、哲朗さん!!」

「一応聞いておくが、どうしたんだ……?」

 

 切歌の大声に哲朗の警戒心は振り切れている。 それは切歌にではない、直前にあの少女へ要らんことを吹き込んだ奏に対してだ。

 

「晶さんは奏さんと不埒な関係デスか!」

「そこは知らん。 帰ってきてからアイツに聞こうか」

「晶さんはド変態デスか!?」

「……極めて常識的な男だが、一応本人確認をな」

「か、奏さんのご主人さまで、所有者で、好き勝手してもいい人な晶さんはなんなんデスかッ!!」

「…………俺たちの、頼もしい仲間だ」

 

 また一人、犠牲者が増えた。

 冷めた目で切歌を見下ろし、いい加減にしろと憤りの感情を奏に向ける。 あの純情派たる頑張り屋をあまり困らせるなと、兄貴分はいたずら好きな彼女にいよいよ拳骨を喰らわせようか迷いはじめていたりもした。

 

 さて、騒がしくなってきたがそれを速見が窘める。 いい加減、声のボリュームを落とさないと獣化兵に改造された警察が見回りに来かねないと、真剣なトーン。 これには奏も頭を下げ、そっと部屋のソファーに腰を落ち着けてくれた。

 

「…………でだ、家財道具は元々無かったし、私物もほとんど無いアタシらが引っ越しを終えたわけだが」

「あぁ、そろそろ今後について話した方が良いかもな」

「深町さんの事もですよ」

「ワタシたちのこともお願いしたいデス」

「……課題が結構あるが、いろいろ皆の意見をまとめよう」

 

 両方の世界で起った事、それを本格的にまとめていく。

 その中でガイバーの新たな躯のところでアプトムが眉を動かしたが、奏はあえて見逃し、哲朗は少年の強さに新たな希望を見いだす。 それに…………

 

「その、櫻井了子さんというヒトは……」

「…………ショウが引導を渡したよ」

「あのあと、深町さん相当堪えていたみたいです。 たまに独り言で名前を呟いてましたし……」

「アイツが、出会ったばかりだとは言え味方だった人間に武器を向けられるだけでも相当に凄いと思う。 むしろ、俺はその櫻井ってヒトに晶が気圧されて負けちまうんじゃないかと」

「アイツがそこまで決断するほど、リョーコさんはやらかしてたからな」

「……天羽の両親に、件のコンサート会場、そんで晶のガイバーをコントロールしての同士討ちか」

 

 ガイバーをコントロールなど、出来るモノなのだろうか。

 ここに居る誰よりも、強殖装甲については理解している哲朗は思わず疑問に思う。 だがあのクロノスですらコピー出来なかった降臨者の遺産を、さらに上回る機能を付随して強化した櫻井了子のチカラは、この世界の科学技術を大幅に超えていたと言える。

 

「そのサクライリョーコと言うのは、フィーネのことデスか?」

「え? あぁ、確かクリスちゃんがそんなこと言ってたっけ」

「それって了子さんの偽名じゃ……?」

「違うデス! フィーネというのは終わりを告げるモノ。 先史文明を生きた巫女の一人とマムは言ってたデスよ」

「というと?」

「フィーネは先史文明から魂だけで生き続けてきたのデス。 他人の身体に憑依し続けて、ずっと歴史の裏で暗躍してきたのデス」

「……おい、そりゃあかなりスケールがデカくなってきたぞ」

 

 曰く、リザレクションというらしい。

 

 切歌が言うには、あの施設に集められた女子供全員が、フィーネが用意した次の身体、その候補だということ。 あの櫻井了子は、もともと唯の一般人ではあるが、その身体にフィーネの因子があり、尚且つ一定の条件を満たしてしまったが為にフィーネに憑依されてしまったとのこと。

 

 そう、彼女は長い歴史を魂だけで渡り歩いてきたのだ。

 

「……そうか、歴史を動かし続けるほどの知識と技術。 さらに先史文明時代に身に付けた力を駆使して、晶のガイバーを操ったわけか」

「コントロールメタルの量産も、その女が有ってこそと言う訳か。 なるほど、つまり向こうの世界とやらでは深町晶以外のガイバーはもう存在しないというわけだな」

「…………だといいがな」

「ぬ?」

 

 アプトムの呟きに、否定的な瀬川哲朗。 あのシンフォギアというシステムを完成させた科学者、さらにそれを受け入れた世界があると言うだけでも驚きなのだ。 そして、そんなチカラを持つ世界がそれだけで終わるとは到底思えない。

 あの世界は必ず、もう一度動乱に晒される。 いま、自身の世界が動乱の渦中にあるからこそ、確信を持って言えるのだ。 シンフォギアの世界には、まだ、火種が残っているのだと。

 

「とにかくまずは晶だ。 アイツが帰ってこないことには始まらないし、アプトムも踏ん切りが付かないだろう?」

「なに? 貴様、なにをわかった風に言っている。 俺は――」

「そんな難しい顔しないでくださいよアプトムさん。 わたしはちゃんとわかってますから。 ほら、肩に力入れっぱなしで疲れたはずです、ごはん食べましょう! ひと休みひと休み」

「構うなタチバナヒビキ!! 貴様、この間から馴れ馴れしいぞ!」

「知ってますもん! アプトムさんが悪い人じゃないって事。 クロノスのいいなりでも、獣神将の操り人形でもなくて、きちんと自分の意思で戦ってるって!」

「…………ええい、やりづらい」

「“あの”アプトムが押されてる」

 

 無理矢理ソファーに座らされて、響に肩をもまれるアプトム。 その姿に遠い昔を思い出した瑞紀は驚愕を隠せない。 あの恐ろしい怪物の姿はどこへやら、女子高生にペースを完全に掌握された男は、盛大にため息をついていた。

 

「はーい、響特製のお好み焼きですよー。 熱いからキチンとふーふーするんですよー」

「自分で食える! ……獣化兵を捕食すれば事済むとなんど言えば良いのだ」

「ごはんは身体の栄養! そして食事の団らんは心の栄養です!! ゲテモノばかり食べてると、心がひん曲がっちゃいますよ?」

「…………はぁ」

「アプトムの事は立花に任せるとして」

「なに!? おい、貴様――」

「速見さん、俺たちをここに呼んだのは、なにも遺産相続が目的だった訳じゃないでしょう?」

「……やはり見破られたか。 この2年で随分成長したようだね、哲朗君」

「まぁ、いろいろと。 それで、俺たちに頼みたい事とは……?」

「…………実は、切歌さんの事なのだが」

 

 暁切歌14才。 彼女は2週間前に速見と出会い、その際彼に襲いかかっていた獣化兵を、そうと知らずに撃退したのが不運の始まりだった。 彼女は、そう、暁切歌には致命的欠点がある。

 

「……彼女は、シンフォギアを使うのにとある制限がある」

「そうか、そいつも不適合者。 しかもLiNKERを使って居るんだな?」

「……そうデス」

「リンカー? なんだ、それ」

「生前のアタシが使ってた適合系数を上げるための薬さ。 摂取すれば一定時間ギアを纏えるまでに身体をなじませることが出来るけど、時間が来ればギアからのバックファイアで身体に多大な負担がかかる。 最悪、死ぬ」

「なんだと!? この子は、そんな危険を冒してまで戦うって言うのか!!」

「わ、ワタシが使ってるLiNKERは奏さんが使ってたモノより大分改良されたので死ぬことはないのデスよ。 でも、数に限りが有って。 ここに来る直前、瓦礫の下敷きにされた新人さんを助けようとマムにもらったのが一個だけ、それを誤魔化しで複数回使えるようにハヤミに助けてもらったのデスが……」

「私の技術ではもうこれ以上の量産は限界だ。 施設も、材料もない状況下ではこれ以上彼女を助けてやることが出来ない」

「……けど、それは」

「それに彼女の身体に残留している“毒”を浄化してやらないといけない。 今はまだ獣化兵の技術で騙し欺しでやっているが、それももう限界だ」

「どういうことですか?」

「君達に合流するまでに3回、切歌さんはシンフォギアを使って居る。 そして次シンフォギアを使えば反動で……」

「どうなるんですか」

「無理矢理創り出した、疑似LiNKERの反動で身体は組織崩壊を起こしつつある、このままでは最悪……」

「なんだって!?」

 

 切歌の、低い背を見て哲朗は思う。 ここにはギアを纏える人間が2人居る。 あの様子ならばアプトムだってチカラを貸してくれるだろう、かなりナシクズシ的だが。 それなら良いではないか。 なぜ、こんな幼い少女が危険な薬に頼りながら戦いに赴かなければならないのか。

 困惑し、どうにかやめさせようとする哲朗は見てしまった。

 

 彼女の瞳に宿る、決して揺るがない決意の炎を。

 

「ワタシには仲間が居ます」

「え?」

「フィーネの研究所で、いつ自分が自分じゃなくなる恐怖と戦いながら、同じ施設で苦しい実験に耐えてきた仲間が居るデス!! きっとマリアも調もこっちに飛ばされているデスよ! ワタシはこうやってみなさんに拾ってもらいましたが、二人がどうなったかは想像も出来ないデス! 早く、見つけ出さないと!!」

「けど、だからってキミが戦うなんて」

 

 子供が、あの地獄を味わう必要は無い。 断言したいが、チカラを持たぬ自分たちが果たしてそんな大きな事を言って良いのだろうか。

 

 ……哲朗は、迷う。

 

 こんなとき、深町ならばやはりダメだと言うのだろう。

 自分がやる。 ガイバーで蒔いた厄災は、ガイバーで刈り取ると拳を握ってくれるのだろう。 だが、自身はどうだ。 彼女を押しとどめ、チカラを温存してもらうこと以外なにも出来やしないではないか。

 そんな自分がどうして彼女を止める事が出来るのだろうか……少女に、なにも返すことが出来ない自身がどうして――――

 

「……やらせてやれ」

「…………え?」

 

 アプトムだ。 響を片手でどかすと、彼はそっと立ち上がる。 

 その瞳はサングラスに隠されて見えないが、確かに少女を射貫き、その真意を探る。

 

 やれるのか?

 やってやるデス!!

 

 そんな言葉を交わすと、彼はすぐさま少女を睨む。

 

「その年でこんな眼が出来る、気骨のあるいいガキじゃないか」

「おい、アプトム!?」

「やれるんだろ? ガキ」

「切歌デス!」

「…………どうしても、譲れないんだなキリカ?」

「はい!!」

「おい瀬川哲朗。 コイツを戦わせてやれ」

「だが!」

「面倒なら俺が見ると言っているんだ! それで文句はないだろう!!」

「え、おまえ……」

 

 言うなりアプトムは再び座り込む。 それ以上言うことは無い、後は勝手にしろと、突進してくる響を片手で押さえつけながら。

 

「…………………………まさか、“こんな”ガキに出会うとはな」

 

 その顔は、どこか清々しいモノを感じさせて、アプトムを見た響はにんまりと満足そうであった。

 

 

「まったくみんなそろって誰に感化されたのか……」

「さぁてな、ここに居ないニンゲンだと思うぞ?」

「わかってるそんなことくらい! アイツ、帰ってきたらラーメン奢ってもらうからな……それで速見さん、いったいどうすれば良いんですか?」

「あぁ、まず……」

 

 速見が言うには、LiNKERに使われている特殊溶液はクロノスが扱う物と酷似しているらしい、これの調達が第一優先。 それともう一つ、切歌の中に残留している“毒”の浄化用に機材が必要だということ。 以上を考慮して、今それらがそろっているのは一つしか無い。

 

「クロノスの拠点の一つ、新宿のクラウド・ゲートを攻め込むのか?! 無茶だ!!」

「そうだ、これはもう博打に近い作戦だ」

「そんなところにたった二人……いや、アプトムが居て三人だとしても、日本の本拠地に攻めるなんてアニキ! もっと他にないの!?」

「……有れば速見さんがこんな苦労してない」

「響……」

 

 こんなもの、地獄に行ってくれと言っている物だ。 そんなこと、あの少女に頼むなんて出来やしない。 瑞紀は響へ振り向くが、そこにはただ、眩しいまでの笑顔があった。

 

 

 

「やった、お好み焼き完食だー!」

「ちょうど腹ごしらえが必要になっただけだ、勘違いするな」

「…………ちょっと、響」

 

 

 

 圧倒的に足りない、緊張感が。 あの脳天気は空になった皿を持ち上げながら狂喜乱舞している。

 いったい誰のことを思い悩んでいるのかわかっているのだろうか。 雄叫びを上げそうになって居る少女はそのまま瑞紀を見る。

 

「大丈夫、わたしには力強い味方が居るんだから」

「……え?」

「瑞紀に哲朗さんになつきさん、奏さんにアプトムさん。 それに速見さんに切歌ちゃん、これだけ居れば負けないよ!」

「でも……私達は」

「帰る場所を守ってくれてるよ!」

「……響」

 

 彼女の言葉が瑞紀を励ました。 本当は立場は逆なのに、それでも少女は帰る場所を守ってくれと自身を奮い立たせてくる。 なぜ、どうして……彼女はここまで頑張れるのか、瑞紀にはわからなかった。

 知らなかったのだ、彼女が誰のせいでここまで強くなったのか。

 

「なんだよ瑞紀冷たいなぁ、アタシの心配はー?」

「あ、そのごめん奏……」

「へへっ、その顔が見れれば十分。 元気もらったよ瑞紀、サンキュな」

「……うん」

 

 少女達の強さを改めて思い知った瑞紀にはもう不安の影は見当たらなかった。 彼女達にあるのは希望、それは力があるからではないのだ。 戦うだけなら凶人、戦って守るのだから戦士なのだ。 故に瑞紀は彼女達にすべてを任せる。

 少女達の後ろ姿が、あの少年と同じ物だったから…………

 

「さぁて、速見の旦那、いつ行く?」

「明日の夜更けにしよう。 いくらか警備は薄くなるだろうし、一般市民からの通報も少ないだろうからね」

「んじゃ決まりだな」

 

 今後の行き先を定めた彼女達は、今宵、各々決意を秘めながら就寝をする。 明日、敵の本丸に攻め込むと言うプレッシャーは壮絶な物だろう。 哲朗は寝ずに出来るだけ周辺の地形とビルの構造を探り出し、瑞紀は無理に眼を閉じる。 そして……

 

「ぐごごごご……」

「スピー、すやぁ……」

「おい速見、こいつ等なんて顔して寝てやがる」

「……とても深町君には見せられない、なんというか…………」

「アホづら」

「……あぁ、そうだね」

 

 ソファで雑魚寝している響と奏に、とんでもない大物感を見いだした大人達は、そろって床で眠りについた。

 

 

 

 

――――――――――翌日。

 

 

 日が落ち、暗闇が押し寄せた世界で4人の戦士が立ち上がる。

 

 目的は雲にまで届くと言われた高層ビル、クラウド・ゲート。 その摩天楼に彼等は今から命を燃やしに駆け抜ける。 

 風が吹き、奏の長い髪が乱れる。 それに意を介さずに立ち尽くす姿は華奢な少女ではなく修羅の者であった。

 

「さぁ、行こう皆」

 

 速見の声が合図だった。 それぞれが身体を戦いの者へと変貌させると、一斉に走り出す。 目的地まで空を翔け、地を走り、風を切って駆け抜ける。 途中に邪魔者は何一つない、あるのはただ、夜の闇に溶け込んだ街並みだけで有った。

 クラウド・ゲート付近にまで接近した彼等はここで身を隠す。 ガイバーの居ない今、中を透視する事も出来ないのだからここからは慎重に事を起こさないといけないからだ。

 

「正面ゲートはまず無理だ」

「なら、この間ショウが使ってたトイレからの侵入方法で」

「そうだね。 アプトム、キミはたしかゼクトール達5人衆の能力が使えたはずだ」

「地中を掘り進むのか? いいだろう、付いてこい」

 

 地下へ潜行するアプトムに続き、ギアを纏った少女と研究員が一人駆け抜けていく。

 

 地面を掘り進み岩盤を削岩していくと、やがて広い空間に落ちる。

 

「…………ついたか」

「ここは第二調整槽だな、主に獣化兵の回復に用いる施設だろう。 ここには探している機材はないか……」

「上と下。 どっちに行くよ」

「地下だろう。 まずはLiNKER作成に必要な材料集めからだ」

 

 そこからの対応は早かった。 周囲の索敵はアプトムがもつ電磁波をセンサー代わりに使い、途中の警備員は響が気絶させ、獣化兵は奏が最速で貫き徹す。  その後ろで速見が手記で地図作成をしていけば、あっという間に目的地へ着いてしまう。

 

「第一調整槽。 ここだ、ここに必要な資材が」

「速見と立花響は先に行っていろ。 俺と天羽奏ではここで待機」

「直ぐ戻る」

「行きましょう速見さん」

 

 部屋の扉をアプトムの電氣操作で開き、それを即座に内側からロック。 “もしも”が有るときのための保険とする。 最悪、この程度の施設、響の絶唱を喰らわせれば壁に穴などすぐだろうし。

 そうして奏とアプトムは残ることにした。

 

 そうやって二人は対面する。

 

 

 

「…………おや、ドブネズミかとおもったら片割れは随分とかわいらしい」

 

 

 

 その男に。

 

 その、クロノスにすべてを狂わされた男に。

 

 

「あ、あんた……!」

「どうした天羽、知り合いか?」

「フフフ……」

 

 仲間達の為、己が命を燃やし尽くした男が居た。

 それはもう、存在しないはずだった重力使い。 …………村上征樹が、奏とアプトムに鋭い殺意を向けて、悠然と歩いてくる。

 

「あんたなんで生きてる!? ショウ達をかばってギュオーってやろうに殺されたはずだ!!」

「なに?! あのギュオーに!?」

「簡単なことだよ。 私は救われたのさ、崇高なるクロノスの手によって」

「…………あんた」

 

 その言葉で理解した。

 この男はまともじゃないと。 正気を失い、クロノスの傀儡と化したのだと。

 

「あんた、命を救われたと言ったな」

「そうだ、あの御方の手によってね。 おかげで今はこんなにも充足感を得られている」

「……あぁそうかい。 わかったよ、アンタ命を救われたと言ったけどそりゃ間違いだ」

「なに?」

 

 奏が静かに脚を曲げる。

 前傾姿勢のそれは、今にも突撃を繰り出そうという姿勢に他ならず。

 

 この男を、奏が敵だと認めた瞬間であった。

 

「村上征樹、あんた命を救われたんじゃない。 悪魔に魂を握られたのさ!!」

「フン、戯れ言を」

「行くぞおっさん! ここでコイツはなんとしても叩き潰すッ!!」

「待て天羽ッ! ――くっ、やらざるを得ないか」

 

 いきなり沸点に達したの奏はアームドギアを投げつける。 同時、ヒールが地面を叩き、村上へと急速接近。 彼の眉間に向かって拳を炸裂させる。

 しかし、それが届くことはなく、村上の右手一つで奏の渾身を防がれた。

 

 

 防がれた拳を支点に奏は逆立ち。 不意に姿が見えなくなったかと思えば、鼻先には先ほど投擲された槍が村上に迫る。 左手を使い弾くが、これで胸元ががら空きになった。

 

「おっさん!!」

「どうなっても知らんぞッ!」

「こいつら……!」

 

 アプトムの全身が開き、底から無数のミサイルが顔を出す。 同時、頭部が輝き閃光が迸る。 全身の火薬庫から出せるありったけの爆撃だ。 いくら強かろうとも流石に防げまい。

 

 口元をつり上げた奏は、しかしこの狙いの浅はかさを思い知ることになる。

 

「実に素早い攻撃だった。 これならあのネオ・ゼクトールもやられてしまうのは仕方ないだろう」

「……こいつ!」

「バリアー……だとッ!?」

 

 空間を歪曲し、物理的な干渉をもってアプトムの全火力を無効化する。 まさに鉄壁、故の強敵。

 知らない。 こんな能力など村上征樹は使えたはずがない。

 

「この俺の事を知っているようだが、キミは一つ見落としをしている」

「ぐあッ!?」

 

 右手を乱雑に振り回され壁に叩きつけられる。 腕の拘束がなくなったと見るや、空間を歪めていたエネルギーの放出をやめ、彼はそのまま右手の重力をねじ曲げる。

 

「村上征樹という男は、やはりキミの言うとおり死んだ。 ここに居るのはあの御方により新たな命を与えられた存在 イマカラム・ミラービリスだ!!」

「イマカラム……けっ、つまらねえ名前だ」

「クロノスに忠誠を誓う狗という訳か。 ……天羽、もしかするとこの男」

「あぁ、おそらく哲朗が言っていた獣神将の一人に違いないだろうな。 けど……」

 

 そこで奏は言葉を切る。

 気合を込め、ヒールをヤツの眉間に攻め込ませた。

 

 むなしく空を切り、そのままヤツの背後に着地した奏は髪をなびかせると槍を手に取り咆える。

 

「へっ! アナグラムでカッケーってやってる間抜けに、この天羽奏ちゃんが負ける分けねーだろう!」

「なに……!」

 

 腕を交差し……中指を立てるッ!!!

 

「かかってきな! グラサン2号ッ!!」

「ちっ……まて天羽!!」

「…………」

 

 そのまま背中を向けて全力疾走。 彼女はこの場から一気に遠ざかる。

 

 それを見て、少しばかりの間。

 

 だがすぐさま彼女の姿を確認すると、周囲の壁が破裂する。

 

「…………フフ、いいだろう、そんなに直ぐに死にたいというのなら、せめてこの世の地獄を味わわせてからにしてやる」

 

 浮遊すると一気に駆け出す。 あの生意気な子供に、獣神将が全力で襲いかかろうとしていた。

 

 …………それがすべて、天羽奏の術中だとも知らずに。

 

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