「おい天羽奏! 貴様どういう神経をしている!?」
「仕方ないだろう、あぁでもしないとアイツ、あそこでおっぱじめる気だったし」
ぼやくアプトムに併走する奏。 甲虫の骨格と、それに電氣ウナギの高圧電流、恐竜を模した筋力に、そのほか雑多な特製のいいとこ取りなバトルクリーチャーに併走できるのはシンフォギアの恩恵だ。
その強化された身体能力を持ってすら、先ほどの村上征禧にはバトルモードへの変異すらさせられなかった。 明らかに手加減されていた、それは奏に苦戦を予測させるのに十分な材料である。
「……こんなとき、限定解除さえできりゃあよ」
「なんだそれは」
「シンフォギアってのは、装者の実力に応じて拡張するシステムがあるんだ。 ほら、アタシと響は同じガングニールを使ってはいるけど姿が違うだろ?」
「得物も違っては居たな」
「そうだ。 で、ある特定の条件でシンフォギアはその拡張をフルに発揮する事が出来る、それが限定解除」
「どうすれば出来る」
「大量のエネルギー……フォニックゲインを集めるか、ショウがホンキ出すしかない」
「深町晶!? そこでもヤツの名が出るのか」
深町晶の手に入れた巨人殖装。 それはおそらく彼が想定してないだろう機能が付随されている。 それが天羽奏の再製時に惹き起こされたイレギュラーなのか、それとも彼等の祈りが届いた結果なのかは誰にもわからないが。
フォニックゲインを集め、凝縮し、それを装者へと送り出すというシステムは、この世界でも深町しか出来ない芸当である。
だから、深町が居ない現状、シンフォギアが空を翔る事は無いし、巨獣を打ち破ったチカラを引き出すことは出来ない。 つまり……
「いま現状、あの逆文字野郎に勝てる確率は少ない」
「……同感だ」
アプトムにも生物としてのプライドはある。 だがその生物としてのプライドが、勘となって訴えうるのだ。 あのイマカラムという獣神将は、間違いなく普通じゃないと。
「あの野郎から漂う雰囲気、アレは前にも感じたことがある。 下手に手を出さなかったのは正解だ」
「え、アタシかなりやらかしたんだけど……」
「…………」
「え!? まさかおっさんここでアタシを見捨てようだなんて……しないですよね?」
「…………ふっ」
「あー!! このおっさんヤル気だ! ここでアタシを捨てて切歌ちゃんに乗り換える気だーー!!」
「奇妙なことを言うな! 誰があのチビを!」
「小さい子好きそうな風貌だったし!! 実はサングラスのしたでゲヘゲヘ笑ってたんじゃないのー?」
「テメェぶっ殺すぞッ!?」
バトルクリーチャー、アプトムがそのような理由で動くはずがない。 彼が動くとき、それは心が動いたときだけなのだから。
それを知ってか知らずか、奏が笑顔ながらに減らず口をたたくと一階に到着。 堅く閉ざされた扉にヒールをたたき込み、そのまま屋外に躍り出る。
「さぁて、ここまで来たらあとは暴れるだけかなぁー!」
「暴れると言ってもあの獣神将に勝算はないぞ」
「……追いかけっこはここで終わりか?」
『!?』
空に影。 暗闇に溶け込みヤツが奏に追付く。 その顔は静かながら確かな殺意が読み取れ、イマカラム・ミラービリスは薄く嗤いながら奏を見下ろしていた。
「貴様は……“あの方”ではないな」
「あぁ? なんだよ、アタシのそっくりさんでも居るのかよ?」
「――――なら殺すまでだ!!!」
「来たぞ天羽!」
「こうなったら出たとこ勝負だ!!」
歌う。 血潮が騒ぎ、心が震えるままに。
「………………ッ」
「でりゃあああ!!」
「ちっ」
「あいつ、いま……?」
一瞬の隙。 好機と判断した奏は槍を一閃。 喉元をかすめたそれを睨むイマカラムは、忌々しげに奏から距離を取る。
そのときの反応、仕草、何より今まで感じていた殺気。 それらが僅かに変調したのをアプトムは見逃さなかった。
「あいつ、今天羽の歌に……なにがどうなっている」
「おいおいどうしたッ! 女子供にゃ手ぇ出せないかよ村上サンッ!!」
「愚かな、騒がしくするなら猿でも出来る」
「なにおう!?」
奏の渾身の一振り。 激しい歌詞と共に繰り出される一閃に、イマカラムは片腕で防御。 烈火のような猛攻を涼風の如くあしらうのだから、奏の焦燥は激しい。
「天羽、さがれ!」
すかさずアプトムが援護射撃。 視線も躱さず、その攻撃を絶妙なタイミングで避け、そのままイマカラムに誘導する。 しかし、それでもヤツには届かない。
「グラビティ・ブレッド」
「ぐッ!?」
「撃ち落とされだと!」
重力操作による指弾はそのまま奏の身体に直撃する。 爆発と共に地面に倒れる奏、それをすかさず拾い上げ、アプトムは背中の翅を広げ空へ待避する。
「すまねえ、おっさん」
「だから言っただろう、アイツに挑むには
「けどさぁ、悔しいじゃんかよ」
「……天羽?」
奏の表情が歪む。 それは、決して痛みからではない。
「アタシはさ、実際に一緒に居たわけじゃないよ。 だけど、ショウを通じてあのヒトの事は知ってたさ。 凄い人だった、強い男だった。 自身の命を他人のために捨てられる壮絶な最期だった」
「……天羽」
「そんな人が敵に回って、しかもヤツラに操られているんだぞ!? ……そんなヤツ、ショウに会わせてやれないだろ……だから、ここでアタシがさ」
「おまえという者は」
奏が歯がみする。 ヤツを上回ることは、シンフォギアには可能性があるけど今は出来ない。 そして現状その手段はないときた。 自身のチカラで未来を切り開くこともできないなんて。
そんな自分が悔しくて。 村上をあんな悪魔に仕立てたクロノスが許せなくて。
「アタシが、ここでやらなきゃいけない!」
「だが無理だ。 今の俺たちにはチカラが足りなさすぎる」
「だからって引けるか!! アタシは、二人に任されたんだからよッ!! ショウが居ない今、アタシがヤツに引導を渡さなけりゃならない!!」
奏が再度歌う。
その歌詞は壮絶な戦人の気迫を思わせる、魂の咆哮。
それがギアを動かせば、槍の先端が輝き出す。
「貴様――!?」
「あの野郎に一泡吹かせてやる。 おっさん、合図したら……いいな!」
「……どうなっても知らんぞ」
アプトムが飛び、それに捕まる奏が槍を構える。
槍の光りは神々しく、夜の闇を切り裂きながらそのチカラを集約していく。
その光りになにを想うか、イマカラムは暫し動かず彼女を見る。
「…………貴様がその光りを発するか、ならば……」
「奏でるッ、この歌が尽きるまでッッ!!!」
光りが交錯する。 奏の閃光はイマカラムを突き、光りが爆発したのだ。
爆風は周囲を破壊し、アプトムは奏を掴んだまま地上に落下する。 なんとか体勢を整えようと背中に意識するが高度が保てない。 どうやら翅をやられたようだ、思うように羽ばたけない。
自身の頑丈さは熟知しているのだろう、奏を胸に抱きかかえながら、もう使えなくなった背中で地面を受け止め、そのまま大地を抉っていく。
「…………ぐぅぅ!!」
「お、おっさん……すまない、無事か」
「甘く見るな小娘、俺はそう簡単に死にはせん」
「へ、そうかよ」
槍は砕け、全身のギアは機能不全を起こしている。 ほぼ連日で絶唱を繰り出したツケが彼女に回り始めてきたのだ。 その身体は鉛のように重く、いままで支えてきたシンフォギアの身体能力向上がまるで役に立っていない。
「……ショウとの一件がなかったら、バックファイアでお陀仏だったかもな」
口元にナニカがせり上がってくるが、鉄の味がしたから無理矢理飲み戻した。 ここで余計な者を減らす余裕はない。 少しでも身体に戻して、回復してくれれば重畳。 奏は滲む切り傷を手でこすると、上空を睨む。
「……」
…………ヤツが、いた。
だが先ほどの手応えは間違いなく会心の一撃だった。 仕留めるには及ばずも、何かしらダメージがあると見ていい。
…………普通ならば、そうなるのだが。
「あ、アイツ……」
「ここにきてようやくバトルモードか。 ……舐められたもんだ、ホンキで手加減してくれていたとはな」
その身体をバケモノに変えたイマカラムは、冷徹な眼差しでボロボロになった奏を見下ろす。
天羽奏の攻撃は強力だった、それは間違いない。 だがそれ以上に身体の硬度自体が格段に上がったのだ。 それが単純に槍を砕き、光りを弾いたに過ぎない。
「さて、準備運動はここまでで良いだろうか?」
「……馬鹿にしやがる」
「こっちは満身創痍だ……」
奏は既に体力の限界、アプトムの攻撃は基本的にヤツには通じない。 万策尽きた彼等にはもう、戦う手段が残されていない。
だからアプトムは狙う。 ここ一番、ヤツが油断する絶好のタイミングを。
「まずはまだ元気な方を摘むか」
「ぐぁあああああッ!?」
「おっさんッ!?」
アプトムの左腕が消し飛ぶ。
空間を操作し、アプトムの身体をねじりきったのだ。 鮮血が大地を染めるとアプトムの左足が消失する。
「ぐぉおおおおお!!」
「やめろ! やめてくれ!!」
「“トルソ”を知っているかい? イタリア語で彫像の胴体だけのものを言うのだが……いまそれを見せてやろう!!」
「この野郎……!!」
アプトムが残った身体で奏から離れる。 イマカラムに飛びかかるとその胴体を開き、中身を露出させる。
「喰らえ!」
「アプトム!?」
「…………」
アプトムの頭部が光り、閃光がイマカラムを襲う。 満身創痍の状態で攻撃を放つとは誰も思わなかった。 だから奴はこの攻撃を素の状態で受けてしまう。
そう、受けては居たのだ。
「………………それで、終わりか?」
「ばかな……!」
「心残りはないだろう、ならば……死ね!!」
「アプトム!!」
莫大なエネルギーを纏った拳が、アプトムの胴体に迫る。
奏は動けず、アプトムはもうエネルギー切れ。 もしもこのまま胴体ごと吹き飛ばされれば、再生すら出来ずに終わるだろう。
こんなところで。
心残りをおいたまま。
まだ、あの青い背中に手さえ届かないのに。
後悔しかない。 まだ、やらなければならないことは多くある。
仲間の無念を晴らすのだと。 あの、地獄のような実験の日々を、お互い同じ存在だと言うだけで励まし合った数少ない同士達。 彼等の無念を払うためだけに生きてきた。
その覚悟、その信念に一点の揺らぎも曇りもないはずなのだ。 だが、彼の中によぎるのは……仲間の顔だけではなかった。
「…………あぁ、くそ。 あいつの仲間を、助け出してやりたかった」
仲間を救うと、決意を秘めた少女を思い起こせば――
「なに勝手やってるデスかぁぁああ!!」
「何者だ……」
幻聴がアプトムの頭を揺さぶる。
その声は本来ならば聞こえないものだ。 なら、それは自身の走馬燈に他ならず、彼は直ぐにその可能性を切り捨てた。 だが……
「ここからはワタシが相手してやるデスよ!」
「おい、よせ……切歌……」
「なん……だと……あの小娘が」
幻聴ではない。 自身の勘違いなどでは決してない。
居るのだ、ここに。 強い瞳を持つ少女が、自身を見ても一歩も引かなかった人間の幼子が。
もうギアを纏えないはずの唯の少女。 それがこうやって、戦闘生物をかばい、あの獣神将を前に見えない傷を隠しながら立ち上がっているのだ。 もう、その身体はギアのバックファイアで限界を迎えようというのに。
少女が詠う。
その身体を、弱い力を、強き者へと切り替えようと奮い立たせる。
「――かふっ」
「!!?」
限界だった。
少女は膝をつき、その口から鮮血がほとばしる。 駆け寄る奏は彼女の顔色を見て、静かに目をつむる。 この顔は、ずっと以前に鏡で見たことがある。 未完成のLiNKERを使い続けてきた代償を払っていた頃の自身と、何ら変わらないその姿。
それでも少女は戦うと言った。
だからアプトムは…………
「…………おい、そこの色男!」
「む? 貴様、まだ――」
「これでも喰らえ!!」
声を張り上げた先に、アプトムの身体中が励起する。 体組織を激変させ、体液を特殊な薬剤に変換。 それぞれを絶妙な配合で組み合わせると、アプトムの全身がミサイルの発射台へと組変わる。
10や20などではない。 それこそ、あの赤いシンフォギアが使うようなガトリングにも似た総数がいま、一斉にイマカラムへと襲いかかる。
「こざかしい!」
「まだだ……奴を倒すには……」
その身は既に半分を失っている。 故にこれ以上の酷使は自身の消滅を意味する。 だけど、それを承知でアプトムは攻撃の手を緩めない。 あの獣神将に生半可な攻撃が徹るはずがない、ならば、こちらも賭けなければならない。
――――――――命を。
「うぉおおおおおおおおッ!!」
「こいつ!」
「おい、アプトム!?」
「おじさん……」
大地を抉り、景色をかき消し、イマカラムの自由を封じていく。
鳴り止むことのない怒濤の嵐は、いま、確かに獣神将の脚を止めているのだ。
「か、身体が! おい、もういいから――」
「ガキどもが! 血反吐を吐きながら戦いやがって……」
おかげで逃げるタイミングを失ったではないか。
アプトムがその身を削る中、建物の中に若干の変化。 その姿を奏が確認すると、そっと切歌を横たわらせる。
拳を握り、残された力を意志力で引き出す。 気合を入れろ、ラストに詠いきれない程度ならばアーティストなどやっていない。 奏の右手に光りが集まると、手の中に短い槍が生成される。
「うぉおぉおおおおおおおおおお!!」
走り出す、駆け抜ける、奴に向かって死力を尽くす。 天羽奏のシンフォギアが、その輝きを高めていく。 粉塵舞い上がる死地の中、イマカラムがその光りを見つけたとき、この戦場で初めて息を呑む。
アプトムの攻撃が効いている……些細なことだ、防御するまでもない。
この場で立ち上がる姿勢……そんな単純な物に動かされない。
輝く光に目が眩んだ……その程度の輝きで獣神将の目を焼くことは不可能。
彼がなにに驚愕しているかなど、この場にいる誰もがわかりもしない。
己がすべてを奏でた歌声を前に、驚愕で顔を染め上げたイマカラム以外に…………
「はあああああ!!」
「くっ!?」
奏が大地を蹴り、その槍を最高速で突き出す。 最速で、最短で、一直線の攻撃は、イマカラムの反応速度を僅かに上回ることに成功したのだ。
一瞬の後、イマカラムが両腕を交差する。
この姿で初めて両腕を使った彼は、しかし既にバリアーを張ることすら出来ず、少女の攻撃を懐にまで侵入を許す。 槍が腕に接触した刹那、周囲の重力が一気に歪み、あたりを押しつぶす。
「ぐっ!? 止められた……!」
「いい攻撃だったが、それもここまで――」
「誰がここで終わりだって言ったよ!? 出番だおっさんッ!!」
「…………人使いが荒いぜ」
周囲の温度が急激に下がる。
いや、その温度変化は今この瞬間に始まった訳では無かった。 アプトムが勝負を賭けたその瞬間に、この現象は始まっていたのだ。
アプトムの翅が輝く。
周囲の熱を徐々に奪い、その翅に蓄積して体内を循環させ、その回転を急激に上げると腹部へと収束していく。 光りが、輝きが膨張し、やがて臨界を迎えるとき、彼は霞む視界を痛みで晴らすと、イマカラムに向かって咆える。
「喰らえッ! ブラスター・テンペストッ!!!」
「なにッ!?」
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」
奏が寸前の切り返し。 力を緩めその場を離脱した瞬間だった。
光りが世界を呑み込んだ。
イマカラムの身体が激流の彼方へと消え去り、その光りは空を走り海へと届いていく。
あの獣神将を確かに撃退したのだ。 もはやこの戦果は奇蹟にも等しい。 だから、だろう。
「あ、ぷとむ……さん……?」
「……ッ!」
切歌にはわからなかった。 その身体を燃やし尽くしてまで戦い、勝ったものの末路など。
奏には覚えがあった。 魂を燃やしてでも戦わなければならない刻が有ることを。
それが今で、そんなことをすればどうなるかだなんて、想像するまでもない。
…………アプトムは、この場にはもう居なかった。
「奏さん、アプトムさんはどこデスか……」
「……」
「奏さん……ッ!」
切歌の問いに奏が答える術はない。
ただコンクリート壁を拳で粉砕すると、そのまま切歌を担ぎ上げてその場を離れていく。
「だめデスよ! まだアプトムさんが!」
「……」
「奏さん! とまるデスよ!!」
「…………」
奏は止まらない。 切歌の静止の声が響くたびにその速度を上げていき、クラウド・ゲートから遠ざかっていく。 一刻も早く、あの光りに報いるために。
背中で切歌が喚く。 まだ、あそこにはアプトムが居るのだと、少女が現実を受け入れようとしない。 ―――――もう、あの場にバトルクリーチャーは居ないのに。
随分と遠くまで来た。 目的の屋敷を通り過ぎ、人目の付かない丘まで逃げ終えて、ようやく奏は切歌を地面に下ろした。
その姿は糸の切れた人形のよう。
彼女を見てしまえば、イヤでもわかってしまった。
……自分たちがいま、なにを代価に払って生き延びたかを。
「…………ワタシのせい、デス」
「違う」
「ワタシが、弱いから……」
「そうじゃない」
「皆さんに助けを求めたから――」
切歌の声が振るえ、奏は咄嗟に彼女を抱きしめた。
頭を抱きかかえ、それ以上言葉を出せないようにギュッと、すこしきつく。 でも、そんな抱きしめ方じゃ傷ついた心は埋まらない。 なにも出来なかったモノに、なんら救いにはなりはしない。
「っ……うぇっ……うぇぇぇぇ」
「…………」
奏の胸の中で、悲しい慟哭が響く。
少女が、すべてを思い知ったときにはなにもかも手遅れだった。
自分に出来る事など無く。
戦場に行くなとなだめた哲朗の真意を測れず。
それでも飛び出した愚かさをようやく嘆いた。
この世界の恐ろしさをようやく思い知った。 歌が届かない、冷たく悲しい世界に自身は来てしまったのだと。
昨日まで巫山戯、笑い合っていた存在が居なくなる。
深町から知識だけなら教えてもらっていた奏すらも、ようやくその身体で体験し、思い知ることが出来たのだ、切歌のショックは想像を絶する。
―――――――――だから、もう良いのでは無いか。
「…………ふふっ」
「奏さん?」
「ふふっ……ははははッ!!」
「あ、あ……」
笑う。
天羽奏が大空に向けて笑い放つ。 その様子に身体を震わせる切歌は、事ここに至って思い知る。 ……ショックを受けたのは、自身だけでは無かったのだと。 天羽奏という人間のことはおおよそ知っていたつもりだったし、彼女が明るい人間で、仲間思いなのは知っていた。
ならその仲間を自分の力の無さで失うことがあれば……?
「かなで……さん」
「あははははははは!!!」
「かなでさ――――」
切歌は、突然背中に怖気を走らせる。
「おいおい、貴様いくら何でも笑いすぎだろう」
「……え?」
……だってその背中には、見たこともないモノが這いずっていたのだから。
「わ、わっ!?」
「なにもそんなに驚くことはないだろう、キリカ」
「……え?」
「おい天羽、貴様随分と無茶をさせてくれる。 この間の捕食が無ければ、体組織を使い切ってお陀仏だったのだからな」
「わるいわるい、でもアイツの目眩ましにはちょうど良かったろ?」
「……まったく、悪知恵だけは働く女だ」
虫のような、それでいて動物のようなそれはまるでキメラ。 あらゆる動植物を混ぜ込んだようなナニカが、切歌の背中から奏に向かって声を張り上げていたのだ。 だがその声には覚えがある。 切歌は僅かな望みをもって、思いついた名前を言い放つ。
「アプトム……さん?」
「あぁ、俺だ」
「え、え!? だってさっきの――」
「あの身体はすべて使い切ら無ければ勝てない、そう踏んだ俺はすかさず身体の一部を生態ミサイルに偽装して射出し、不発弾として地面に転がしておいたのだ」
「……あ、さっきアタシが地面に」
「そうだ、寝かされたときに張り付いていた」
「…………あ、はは」
もう、この人物の無茶苦茶にはついて行けない。 全身から力がぬけて座り込んだ切歌は、このバトルクリーチャーと、自称メイドさんに向かって盛大なため息を吐き出した。
この先、この二人の無茶に付き合う自身の災難に一抹の不安を覚えて…………
――――その光景を大空から見下ろす男が居た。
ソレは僅かに口元を歪めると、そっと空間をねじ曲げてこの街から消えていく。
いまはまだ、生かしておくと言葉を残して…………