強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第3話 風、鳴り響かせて翼が羽ばたく

 ガイバー……それは遥か太古の時代、いまだ太陽系第三惑星に生命の息吹が咲き誇ることがなかった時、とある船団が未開の星にて戦争か、それともただ単に研究のためかわからないが、降り立った者たちが置いて行った『装備品』である。

 

「ど、どこにいるんだ……」

 

 故に、古代遺産などという枠組に入らないこれは、天羽奏と風鳴翼が持つ“聖遺物”とは一線を期するものである。

 

「さっきまでは確かに居たんだ。 ……なのにどうしてガイバーのセンサーに反応がない!」

 

 人が作りし奇跡の業と、人を作りし者の忘れ物。 ……規模も扱いもちがえど、これらに共通するものが少しばかりある……それは、それは――――

 

 

 

 

 くそッ、間に合わなかったのか。

 

「勢いよくあそこを出て行ったくせに、結局何も手が打てなかったというのか俺は」

 

 グラビティ・コントローラーで空を飛ぶ。ノイズというモノから逃げるためだろうか、発生していた火の手の中をショートカットまでしたのに手遅れだった。 ……いま、半径数百メートルには人っ子一人反応がない。

 

 そもそも、俺が今身に纏う、いや“殖装”しているこのガイバーは、額にある金属球……コントロール・メタルを中心にしてあらゆる力を俺に与えるんだ。 まず、筋力が常人の15倍あるというグレゴールという獣化兵を易々と倒すことが出来る。

 次に隔たれた場所でも、そこにいる者の動向を探れるヘッド・センサー。

 さらに体中に装備された固定武装がいくつかある……あるのに――

 

「それなのに……誰も守れないなんて!!」

 

 そうだ、こんな力を持っていながら、誰一人救えないなんて……ガイバーになったら口部の器官は退化する、だから歯噛みをすることが出来ない俺は……

 

「くそう!!」

 

 地面を、一回だけ強くたたく。

 

 割れたアスファルトは今の威力の大きさを映し出して、そのままこの身体の力を見せつける。 ちから……チカラだけなんだ、俺にあるものなんて。

 

「さっきまでは居たんだ」

 

 数多くの生命反応。 ……およそ80人くらいの人たちがついさっきまでここに居たんだ。 普通に生活をして、時間が時間だからきっと放課後を満喫した学生もいたはずだ。 また明日も……そうやって毎日を過ごそうとしていた人たちが居た。

 

「居たはずなのに……っ」

 

 跡形もなく……消えている。

 

 そしてあるのは、風に吹き飛ばされていく黒い粉。 ……ナニカが炭化したという情報が脳内に流れる。 ……こういう時、ガイバーの“超感覚”を恨みたくなる。 こう、人が知りもしたくない情報を逐一教えてくれるんだから。

 

 ギリギリ残された灰の成り損ないから読み取れる組成成分は、ある生命体と酷く酷似している。 ……数多くの水分、少しのミネラルに鉄分その他諸々……それをある一定に保たれた数字に該当するのは……に――――

 

「…………そんなこと、わざわざ確認するまでもないんだ」

 

 かき消していく脳内の文字。

 今までもこんな手遅れなことはいくらでもあったけど……こうまでタッチの差で、大勢の人が居なくなるのは、辛い。

 

「――――ッ」

 

 落ち込む俺の脳髄に。 いや、コントロールメタルを介して、ガイバーの生態センサーが何かを捉える。 微弱な音声と、熱量。 さらにわずかな振動はなんだ……いや、さらに生命反応が出てきた。 ま、まさか……

 

「まさか!」

 

 ガイバーの足で3歩分。 その先にある瓦礫は、今の俺の腰半分と言ったところだろう。 そんな高さにまで築かれた山の中に、いま消えようとしている命があるなんて……

 

「消えるな」

 

 思う前に行動していた。

 両手で岩塊となったどこかの民家の壁をどかし、邪魔な鉄骨は――

 

「消えないでくれ……っく」

 

 額のコントロール・メタル上部にある発振器より“ヘッドビーム”と呼ばれる赤外線レーザーで焼き落とし、それが危険と思う箇所は腕力に任せて引きちぎる。 早く……はやくしないと。

 焦るけど、慎重に。 急ぎたいけどゆっくりと。 誰かに言われてるわけじゃないのに急かされる感覚を背に、俺はついに、邪魔だった瓦礫の山を――

 

「これで最後」

 

 綺麗にどかしたんだ。 そして。

 

「……うぅ、えぐっ」

「…………よかった……」

 

 小さな、男の子。

 幼稚園に通うくらいに小さくて、幼くて……あどけない。 そんな子が、こんなところに取り残されて暗い闇の中で泣いていた。 どうして、こんなところに一人。 俺はそう考えようとして。

 

「……辛かった、ね」

「~~っ」

「え、あ。 顔が怖いって? ごめんごめん、お兄ちゃんね、いま変身してるからこんな顔でさ。 本当だよ、だから泣きそうにならないで、ね?」

「……うん」

 

 この子を抱き上げ、優しく背中を叩くことを選んだ。

 いまは細かいことは気にしない方がよさそうだ。 余計なことを考えて、この子をさらに不安にさせてはいけない。 せめて、親元に帰すまではなんとか俺が守り抜くんだ。

 

 そうだ、俺が……俺が守り抜くんだ。 だから……

 

「どうやって現れたかは気にしない。 ……必ずお前たちを倒しきって見せるぞ――――ノイズ!!」

【…………フゥ】

 

 この不定形な奇妙な存在を、俺は一匹残らず掃討することを心に決めたんだ。

 

 しかしなんて数なんだ。 いままで様々な敵とは戦ってきた……怪力、熱線、電撃、擬態。 それこそ自分の実力以上の奴だって相手にはしたけど、さすがに数の暴力までは受けたことはない。

 総数にしておおよそ150体程度。 実力も、戦力もわからないまま、ただ闇雲に突っ込むには危険が多すぎる。 落ち着け晶、ここは怒りにまかせて突撃する場合じゃない。 ……いくら悔しくてもだ。

 

「しっかり掴まってるんだよ」

「うん! …………ぐぅぅ?!」

 

 腹部のグラビティ・コントローラーに意識を集中。 飛びたい……高く飛んでいきたいと強く念じると、身体の体重が急激になくなり、その身を大空へ飛翔させる。

 眼下に見える様々な色。 その、カラフルな蛍光カラーは、夜の闇を不気味に暴き、静寂を阻害する。

 

「まずは牽制」

「?」

「頭をうずめて、絶対にこっち見ちゃダメだよ」

 

 優しく語りかけると、今度は頭部……額に意識を集める。 身体中の血流が戦闘による激しい筋力増幅により高温を発しようとしている。 それを、額にあるコントロール・メタルのさらに上部にある“発振器”へと集めていく。

 

 狙いは俺の意思で、照準はコントロール・メタルが行い、やはり発射のタイミングは……

 

「行け!」

「――ッ!?」

 

 この俺の意思だ。

 ガイバーの武装の中で、一番の速射性と狙いやすさを誇る“ヘッドビーム”を下にいるノイズへ無造作に発射する。 この数だ、狙いなんてつけなくても当るはず。

 

 そう、思っていたはずなんだけど。

 

 ヘッドビームは静かに当たったものを削り取っていく。

 硬く、脆いアスファルトの道路。 2車線のそれを、交差するようにビームの照射が行われ、道に新たな表示を作っていく。

 

【…………プゥ?】

「な、なんだって!? び、ビームがすり抜けていくぞ?!」

 

 それを見渡した時には、今起きた現象を理解しきれずに、それでも即座にセンサーにて周囲を探る俺が居た。

 

「どういうことだ。 まさかこれが幻だなんてこと……いや、ガイバーは確かに目の前の存在を確認してるし、実際奴らが歩く時の音も、センサーが掴んでる。 違和感があるとすれば、あいつ等が放ってる謎の空間の歪み程度……だけど」

 

 それだけじゃわからない。

 しかもまるでこちらの存在そのものを無視して、目の前の国道をゆっくり歩いていく。 ……なんだコイツら、いったいどこへ向かうというんだ。

 

「この先……っく、周りがこうも暗くちゃ……はっ!?」

 

 ここからジャスト600メートル先、その地下数十メートルのあたりにかなりの数の生命反応がある。 ……まさか、地下施設?

 どうしてそんなものが……デパートだとかそんなものも、駅だってないのに。

 

「…………わかったぞ、こう、怪物の襲撃があるんだ。 だったら地下に避難所……そう、シェルターのようなものがあってもおかしくない」

 

 そうか、だからそれに向かってあいつ等はひたすら……

 

「…………」

 

 歩いて、何をする気だ。

 

「考えるまでもない、よな」

「怪物の兄ちゃん……」

「……大丈夫だから」

 

 男の子の頭を2、3なでると、そのまま俺は奴らが向かう先の正反対へ向かう。 その先にある高層ビル。 風が強く吹き付けるそこに着地して、抱えていた男の子を地面に降ろす。

 手をやさしく引き、少しだけ早歩き。

 出入り口のドアにまで近づくと、足を軽く振るう。

 

「びくッ」

「あ、ごめん」

「う、うん……すこしびっくりしちゃった」

「……そっか」

 

 振った脚はドアを吹き飛ばし、正面にあったであろう壁から轟音が鳴る。

 それに驚いて、背を伸ばした男の子に、今できる精一杯の無表情で笑顔っぽく見せると、俺はそのまま男の子を階下へ続く階段に座らせる。

 

「ここにはノイズが居るときみたいな空間の歪は確認されないな。 ……いいかい、絶対にこの段差から下にも上にも行っちゃいけないよ。 あとで、お兄ちゃんが助けに来るから……ね?」

「……うん」

「いいこだ。 ……それじゃ、行ってくるから」

「はい!」

 

 背を向けると、腹部へと意識を集中して空を飛ぶ。

 最初の時よりも早く。 いま、ここに近づく者たちよりも何よりも速く――――俺はノイズのいる場所にまで引き返す。

 あんな子にまでも無差別に襲い、人をなんとも思わないで命を刈り取り。 その人がそこにいたという事すら消し去ろうとする存在……ノイズ。 俺はそのことを思うと腹の底に煮えたぎる何かを感じる。 知らない、知っているはずがないのにどうしてか湧く激情に、俺はそのまま拳を握る力を強くする。

 

「……まだ、だ」

 

 腹部のグラビティ・コントローラーがわずかに光る。 同時に増していく自重は、重力操作により浮かんでいた自身を地へ降り立たせることとなり……

 

「いまだ!」

 

俺は、上空という安全地帯から、ノイズが蔓延る戦地へ着地する。

 

「はぁぁぁぁ」

 

 低く唸り。 目の前にある地面を軽く踏む。 それにもかかわらず沈んでいくアスファルトは、それだけ俺の体重が増したという事。

 

「ぁぁぁあああああ」

 

 先ほどのヘッドビームが躱されたのは、もしかしたらコイツらにビームへと耐性があったからかもしれない。 ……なら、今度は物理攻撃だ。

 

「ウオオオオッ」

 

 振りかぶり、即座に撃ち出した右腕はノイズを完全に捉える。

 

 ……そうだ、今この攻撃は俺が完全に決めたはずだったんだ。

 

【ポゥ】

「………………っ」

 

 なのに、なぜ――

 

「ぐっ」

 

 俺の腕が…………無くなっていくんだ……?

 

 まずい、危険だ……これ以上腕を伸ばしちゃいけない。 危険……危険、危険危険危険危険――――――ダメだ!

 

 原理は良くわからないし、何が起こっているのかも説明は出来ない。 けどいま確かに俺の……ガイバーの腕が“黒炭”へと変えられて行こうとしている。 ジワジワと無くなっていく痛覚、感覚、触感。 ……それが、自身の消滅を意味することなど、理解するのに一瞬もいらなかった。

 

「こうも短いスパンで殺されて堪るか! ……けど、腕の灰化……いや、炭化か! とにかく止まらない」

 

 さっきの被害者もこうやって炭に変えられていったのか。

 何かしらタネがあるとは思っていたけど、まさかノイズの攻撃ではなくて“生態”だったなんて想像もつかなかった。

 てっきり前に見た超獣化兵のように液体か何かを吹きつけているモノかとばかり……失敗だ、もう、腕の感覚がひじから先が消えてしまっている。 このままいけば、全身の炭化は逃れないだろう。

 

「…………だったら」

 

 やれることはひとつしかない。

 かなり痛いぞ、コレは。 覚悟を決めろ、これはどう考えても自分が招いた失態だ。 勝手に出ていき、勝手に怒り、勝手に挑んだ、いわば因果応報な出来事と言ってもいい。

 

 ……帰ることが出来たら、風鳴さんに謝っておこう。 なにか好きなものが判れば手土産にするのもいいかな。

 

 余計なことはここまで。 “自分への時間稼ぎ”は一瞬だったろう。 侵食が肘から先へと行こうとしたそのときだ。

 

「ふっ」

 

 俺は、左ひじから伸びる“突起”を伸長させる。 即座に震え、振動し、空気を静かに揺さぶっていく。

 超高速の微細動は、それ自体が最高の武器と足らしめる。 振動する武器、肘から伸びるその剣の名前は――

 

「はあ!」

 

――高周波ソード。

 

 高速振動により、触れた物体を分子の結合事体から緩め、切断する必殺の兵装。 それを今、俺は自身の腕を切断するために使用した。

 

「…………ッ!?」

 

 ひじの関節を思いっきり叩いたところまでは噛み殺せた声だったが……だめだ、マズイ、幾らガイバーを付けていると言っても自分の腕を切り落としたんだ……当然――

 

「うぅぅぅぅあああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 痛いに決まってる。

 

 熱い、まるで焼けただれていくかのように全身に火の手が廻る。 苦しい、もがきたい。 今すぐにでも川に飛び込んで、身体の熱を冷ましたい。

 

 けど、それを今するわけにはいかない……まだ、戦いは……

 

「おまえ、達に……なに、も……」

 

 向こうは攻撃すらしてないのに、こちらは片腕を失ったことで主兵装の半分を失ったも同然だ。

 逃げる……ダメだ、もう奴らとシェルターの距離は目と鼻の先だ。 こんな、物体をすり抜けたり灰にしたりするような奴らに物理的な障壁なんて何の意味があるか知れたことじゃないんだ。

 きっと、この国の人間が何とか考えた苦肉の策の可能性が高い。 ……だとすれば、こんな特殊な生命体を完全に防ぎ切れる保証は……まず無い! だったらダメだ、奴らをここから通すのは。

 

「でも、すり抜けるんじゃ手の施しようが――――」

 

 1歩さがる。

 

 これで俺とシェルターとの距離は403メートル。 あと500歩もしないうちに、こいつらがわんさか非難した人たちへ襲い掛かるのか。

 

 2歩さがる。

 

 だ、ダメだ。 ガイバーのどんな武器でもこいつらに通用するとは思えない。 ヘッドビームがすり抜けるなら、同じビーム系の兵装は無意味。 物理干渉も炭化現象のまえに敢え無く散り、片手がないから残り兵装は使用不可。

 ……完全に詰んでしまった。

 

 なんだよコレ。 俺は、こんなところで殺されてしまうのか。 こんな、誰一人救えず、やっとの思いで見つけた者は俺の帰りを待ったままに……俺が、俺であることも知らないままに取り残されてしまう。

 

 

 取り残されるのは辛いんだ。 知らない間に居なくなって、その人とは一生会えないと言われたときはなによりも苦しいんだ。

 

 

「そんな思い、あんな子にまでさせる気なのか……」

 

 無力だ、ガイバーを持っているにもかかわらずこのざまだなんて……くそ、クソ!! どうしてだれも救えない。 なんで誰もかれも周りのみんなを傷つける……許せない、奴らも、無力な自分も……ちくしょう。

 

「うおぉォォオオオオオッ!!」

 

 ただ、がむしゃらに。 何の考えも持たずに気が付いたら走り出していた。 こんなところで散れないとか、まだやるべきことがあるだとか。 そんな後先の事ではなくて、今、見てしまった悲惨さに腹が立ったから。 俺は、気が付けば走っていたんだ。

 

 

 この時の俺が、あの人にはどう映っていたんだろうな。

 

 きっと酷く異質だったかもしれないし、複雑だったかもしれない。

 なにせ自分たちが怪物と呼んでいる敵に、もう一匹、見たこともなかった怪物が叫びをあげて走り出していたんだからね。

 

 

 

 

 

「今度は逃がさない」

 

 単車に股がり、ギアを入れ替えること5回目。 やっと出た一本道にため息をひとつ入れていた。 当然だろう、なにせ来る道来る道すべてが炎に囲まれ行く道を塞がれ、したくもない遠回りを強要させられたのだからな。

 

 出動が遅れたとは思わないが、そのあとの移動に不満が残るのはいつものことだ。 だが、今日はやはりいつもと違う空気が身を掴んで離そうとしない。

 

「胸騒ぎすらするのはどうしてだ。 奏の事が気がかりだから……?」

 

 いまさら迷いなど……

 守らねばならぬ人のため、人ならざる者へと自身を鍛え上げたのだ。 なまくらだった力量に火をくべ、焼き鏝のように熱し。 無骨とも言えぬ自身の不甲斐なさを、冷水に浸けるが如く甘さを捨て去った……はずなのだ。

 

「なら、この胸騒ぎはなんだというのだ。 ……なにか、大切な何かが」

 

 思考はここまでだ。 そう言わんばかりに私の右手はスロットルを急激に廻す。 強く捻り、原動機の回転数を悲鳴と勘違いするほど乱雑に引き上げ、後輪の回転数が車体を押し上げるほどに強くなると、前輪を浮かしたまま一気に加速をしていく。

 既に道路交通法を無碍にするほどの速度。 平時でなければ警察沙汰も止む無しな我が身を、捕えようとする者がいないからこそできる芸当だ。 ……職権乱用、こう言うのも当てはまるのだろうか。

 

「いや、今はそんなことはどうでもいい。 確かこの先は非難シェルターのあるエリアの筈だ。 もしもそんなところにノイズが押し迫れば――――急がなければ」

 

 視線のすぐ下にある各種メーターをレッドゾーンへ突入させる。 原動機も既に臨界。 これが私の最高速度だと、唸りあげるソレをも気に留めず、私は遠くの群集をついに目視でとらえる。

 

「見つけた」

 

 けど、何かがおかしい。

 

「なんだ。 ノイズの進行が妙に停滞している」

 

 ノロノロ歩きはいつものことだが、それにしても進行方向から後ろの連中が立ち往生している気がする。 ……!?

 

「いま、なにか叫び声の様な……なにが起きてる」

 

 男。 そう取れる声なのだが、いかんせんエコーの様なものが掛かってるために特定が難しい。 しかもなにやらこの叫び声、気合や気迫とは違う……そう、決死めいた覚悟に聞こえてくる。

 

「まさか」

 

 そうだ。 こんな声はまるであの時……あの、コンサート会場で幼子を救うべく、最後の力を振り絞ってしまった奏そっくりではないか。 まさか、まさかまさか――――

 

「誰か、死ぬつもりなのか……!」

 

 いかん。 そのような事……赦すわけにはいかない。 その命を賭けようとしているモノのためにも、……なによりも――

 

「っく、贖罪……そのつもりはないのだがな、だが!」

 

 今はただ、何も考えず走り抜けるのみ。

 そしてたどり着く現場を、ひと目見た瞬間に私はバイクのステップに力を込める。 両手を離し、シートから腰を上げるとそのまま目をつむる。

 危険極まりない? いや、このような非常事態ではこのような事――――

 

[Imyuteus amenohabakiri tron]

 

 ――――日常茶飯事だ。

 

 胸にかけたペンダント……いや、“聖遺物”たる『天羽々斬』その欠片が眩く私を照らす。 身に付けた衣服が分解し、素肌を見せるもそれは一瞬。 同じく散った聖遺物が、再構成と再構築を実行し、我が身に(ツルギ)と鎧を授ける。

 

「は!」

 

 飛び、捻り、上空を滑空する。 短時間での制空権は、それだけでも戦場を把握するに十分事足りるモノ。

 

「どこだ、先ほどの叫び声の主は」

 

 眼下のノイズ、数はざっと200と言ったところか。 ……いつもより多い、やはり今回は何かがおかしいのだろう。

 それにも増して疑問なのはさっきの叫び声の主。 おそらくノイズの群集の眼前に立ちふさがるアレなのだろうが、しかしどうにも出で立ちが……いや、ここで迷って後悔など――

 

「出来るモノではなかろう――――ッ」

 

 範囲攻撃、と行きたいところだが、いまはあそこに突っ込もうとする奴を止めるが先決。両足の装甲に収納してある“柄”を取り出す。 そこから先ほどの原理と同じく質量を増し、その形を日本刀のように作り変え。

 

 その質量をさらに増幅させる。

 

 そうして、刃渡り16尺もの大剣が作り出され、私はただ、柄の部分へ足を向け……

 

「そこの鞘走り者! 命が惜しければ避けなさい――」

「――え!!?」

 

 自身の蹴りを、大剣の落下速度にプラスさせる。 周囲は、衝撃のために粉塵が巻き起こる。 そしてついに私は……あの男と……すべての元凶たる男との邂逅を果たすのであった。

 

 

 

 

 

「ぐっ?! な、なんだ行き成り」

 

 迫りくるノイズとの接触により、俺の身体が炭化現象で死滅するかと思われたそのときだった。 上空から高速で接近する物体……大きさが大体5メートルほどの何かが飛来し、察知した俺はカラダを半歩後ろにズラス。

 

「あ、あぶない……もうすこしで……」

 

 当たるところだった。 つま先三寸なんて造語を作ってもいいくらいに、俺の足さき数センチ前で、白く輝くナニカが大地に突き刺さっている。

 目の前には自分の姿。 それが鏡の様なものに映ったものだと理解した時、俺は眼の前の物体を指して思わず。

 

「盾……」

 

 こうつぶやいていたんだ……けど。

 

「ちがう、剣だ」

「え?」

 

 その答えはどうやら間違いだったらしい。 鋭い、それこそ本物の日本刀を思わせる冷たい声が振り掛かる。 その声、その音程、どれをとっても普通じゃない……あぁ、そうだ。 こんな戦いの最中に――

 

「――――ッ! ……っ」

「え、な、なんで……」

 

 ――――武装をした女の人が、急に歌を歌い始めたのだから。

 

 

 まるで日本神話を思い起こさせる歌詞に、近年の音楽を融合させたというかなんというか。 そっちの方面がさっぱりな俺にも、この歌がとてもすごいことが判る……わかるんだけど。

 

「なぜ歌!?」

「…………っ!!」

 

 けど、その問いに答えてくれる気配はない。 巨大な剣の上で、眼下のノイズをひたすら見る……いや、睨みつける彼女。 その姿にすら疑問を持ったそのときだ、彼女を中心に、ガイバーの超感覚……センサーがある変化を見つける。

 

「さっきまで感知されてた空間の歪みが、消えた?」

 

 ノイズを中心に広がっていた不特定領域……と、言っていいのかはわからないけど、さっきのヘッドビームを透過されたときに観測された現象が急速に消えていく。 しかも、状況の変化はそれだけじゃなかった。

 

「アイツらの姿が……いや、色が完全に変わった!?」

 

 ノイズたちの気味が悪いくらいの蛍光色が、どことなく落ち着いた色彩に変貌していく。 この変化がどういった物なのか、気になるには気になるけど……またか、右側頭部のセンサーが何かを捉えたみたいだ。

 

【……ポゥ】

「の、ノイズ?!」

 

 しまった! 彼女に気を取られ過ぎて完全に反応が……しかもコイツら、身体を自在に変形させられるみたいで、液状になったかと思ったら槍の先端みたいな鋭さで襲い掛かってきた。

 早い。 このままじゃ完全に俺はコイツに当たってしまうだろ。 そして触れたら先ほどの右腕と同じ運命を辿るかも知れない。 黒い消し炭……そう思うだけで背筋に寒気が走るけど。

 

「完全に殺されるくらいなら――」

「な!? 避けろ馬鹿者!!」

【――――】

 

 俺はとっさに腰を沈め、ばねのように跳ねると左足を差し出す。 体育の授業でやったサッカーの“トラップ”という名前だったっけ。 足の裏をノイズ目がけて確かに突き出したんだ。

 

 そう、どうせやられるのなら、高周波ソードがある左腕は残しておきたい……そう思ったから。

 

 …………けど。

 

【ぽ――    】

「な、なんだ……!」

「な、に……」

 

 呆気にとられたのは俺と、彼女。 そして一番驚くべき存在は既に居ない。 いや、正確にはいま消し去ったんだ。

 俺が、ガイバーが差し出したタダのケリによって……

 

「どうなってるんだ、さっきは確かに灰にされたはずなのに……」

「どうなってる。 いくらギアのシステムで調律されたと言っても“位相差障壁”や“炭化能力”を無効化したなど」

 

 驚く声はほとんど同時だ。 という事はいま起こった現象は、彼女にですら未知の事だったらしい。 それはそうかもしれない、なんせガイバーを扱う俺自身も、腕の負傷を忘れてしまうくらいなんだから。

 

「でも、とにかくこれでアイツらと戦える……戦えるんだ」

 

 わかっていることはそれだけ、でも十分すぎるはずだ。 さっきまでの一方的な展開じゃない、こっちにも対等な攻撃が出来る権利が生まれた今なら――よし、まずはコイツだ。

 

「ヘッドビームで牽制」

 

 頭部のヘッドビーマーから、赤い光がノイズを襲う。

 一直線に伸びたと思うと、そのまま一体に直撃。 当たった箇所を中心にしてまるで障子の紙を突き破ったみたいに貫通すると、その後ろにいる数体をまとめて消し去る。

 

「当たる……攻撃が効いてる!」

「――――ッ! ……、……!」

 

 女の人の歌が、おそらくだけどそろそろ終わりそうだ。 よく歌詞カードで見るCメロの部分に突入したと思うと、そのまま彼女は大剣から飛び降りる。 ……え!? まさかそのまま戦うんですか!

 

「無茶だ!」

「――――! ……ッ、ッ」

「そ、そんな……」

「…………っ――――ッッ!!」

「うた、うたいながら……なんて…………」

 

 正直に言おう。 今俺の目の前で展開されている光景は、異質だ。 いままでいろんな戦いを経験してきたけど、このヒトの戦いかたは何というか……舞を見ているようだった。

 

 その歌詞もさることながら、手に持った片刃のソードを振るう姿が本当に……キレイだった。

 気づけば目を奪われていた。 俺は、今初めて戦いながら、戦いというモノを忘れたんだ。

 

「でも」

「――――ッッ」

「やっぱりそれなりに集中力を持って行かれてる……みたいだ!」

「!?」

 

 センサーに反応アリ。 即座にコントロール・メタルが反応。 電気ショックのように体中の筋肉が反応し、メタルの指示を即座に敢行……目標を迎撃する。

 

 この間およそコンマ以下。

 歌う彼女を背後から襲う複数のノイズに向けて、ヘッドビームを半ば無意識で放った流れだ。

 けど、それはどうやら余計なお世話の様で。 なぜなら彼女は、ヘッドビームが発射されたと同時に、しゃがみ込んで奴らの足と言える部分を横払いに薙いでいたから。

 

「よ、余計なお世話だった――でしょうか……」

「…………ふん」

 

 なんだか不機嫌? よく分からないけど、まるでこっちと視線が合わないのはどういうことなのだろうか。

 また巨大な剣が上空から飛来して、それに乗ると多数のノイズを葬る彼女に……ついつい敬語を使ってしまっていた。

 

「しかしいくら攻撃が効くと言ってもこう、ウジャウジャ来られちゃ……外はガイバーでも内側は只の高校生に補正が掛かった程度の体力。 ハッキリ言って長期戦は――」

「~~~~ッ!!」

 

 な、なんだか声が一瞬強く音程を外した気がした。 もしかして俺に何とかしろって言ってるのか……?

 

「…………っ!」

「腕を、伸ばして……」

「ッ!!」

「横に払った……そ、そうか」

 

 唐突に行われるジェスチャー。 あくまでも俺の判断だけど、きっと最初に伸ばした腕は“奴らを”と言って、次に払った腕は“殲滅しろ”なんて言っているんだ……きっと。

 どうして会って初めての俺に、こう、指示を飛ばしてくるかはわからない。 おそらく言い知れない事象というものがあるはずだ。 ……いまは、それを汲もう。

 

「わかりました! あとは俺が一掃します」

「!??」

「貴方はそのまま――」

「――――ッ! ……!?」

 

 奴らの数はおおよそ130までに減ったはず。 そして、この場は幅が広い道路の真ん中。 遮蔽物も、巻き込む可能性のある民家もない。 タダ一直線、気に掛ける存在は何一つない!

 

「巻き込まれないようにじっとしててください!」

「??」

 

 先ほどの炭化現象から数分。 右腕は“まだ”使い物にはならないな。 けど、まだ左腕が元気だ。 ならアレが使える。 危険で、威力が高すぎて、何よりチャージに時間がかかるけど――

 

【ポゥ……】

【ププゥ……】

「こんなに隙だらけの奴等なら」

 

 しかも先ほど彼女が打ち出したと思われる大剣が、いい具合に奴らの進行を邪魔して、そのまま誘導柵へと完成されてる。 とっても都合がいい武器だ、この世界にはこんな器用で合理的な戦いが出来る人が居るのか……今度、戦いかたを教わってみたい。

 

 そう考えながら、聞こえてくる歌声を背中に受けて、俺は左手を胸元に伸ばす。 大体、胸筋が左右でぶつかり合う……そう、鳩尾の少し上側の溝部分に指を沿えると、力を込める。

 

「…………」

 

 食いこませて、剥ぎ取り、広げていく。

 ブチブチと肉が引きちぎれる音がするけど、決して痛みはないし、そもそも気が狂った訳でもない。 コレは、そう言う武装なんだ。

 ガイバーには食物摂取の必要がない、だからこそ内臓器官が退化し、その代わりに様々な機能が詰められている。 それは、当然口の無い呼吸器官にも該当される。

 よって、今の俺の肺には、空気袋ではない別のものが敷き詰められている。

 人間の内臓と同じく、脆いそれは強固な胸部装甲に守られたガイバー最強の兵器。

 

「………………」

 

 急速に胸元が輝きを作り出す。 エネルギーのわずかな垂れ零しが、音を立てながら電光を迸らせ、力の強さを周囲へ予感させる。

 

 チャージを開始して5秒と言ったところか。 片肺とはいえ、ここまでため込めばそれ相応の効果があるはず。 確信した俺は、胸部装甲に隠れていた兵装を―――胸部粒子砲(メガスマッシャー)を解き放つ。

 

 

 光りが全てを呑み込み…………世界から、(おと)雑音(ノイズ)が消える。

 

 

「………な、なんて…」

「…………相変わらずすごい威力だ」

 

 思ったのはそれだけ。 仕損じ、打ち漏らし、その他諸々の感想を全て吹っ飛ばして出たのがこれだ。

 道路のアスファルトは数百メートル先まで半円状に抉れ、粒子砲の照射後は赤熱し、軽く溶かしたバター見たく、アスファルトが液状になっている箇所さえある。

 だけど、いや。 当然ながらそのあとに敵は居ない。

 雑音と言われたあの敵。 こちらの攻撃が何も効かず、やってきた女性のおかげでどうにか倒せた……ノイズ。

 

「強敵だった。 俺ひとりじゃまた死んでしまうところだった」

「…………なんて――」

 

 件の女性はというと、こちらを見下ろしながら眺めてくる……まるで睨みつけるように、ね。 若干だけど殺気がこもっている風なのは、きっと勘違いじゃない。 この空気は何度も味わってきたんだ、間違いないだろうけど。

 

「俺、何か不味い事でもしたのかな」

「くっ……」

 

 たぶん、なんだろうけど。 もしかして今度はこっちを相手にとか思っているんじゃ。 ……そりゃあ、ガイバーの姿はどうにも怪物然としているし、よく見る特撮の正義のヒーローっぽくないのはわかる。

 けど……けどさ。

 

「お、俺は敵じゃ――」

「とぉぉぉりゃあああ!」

「ぐへ!?」

 

 い、いきなり背後から衝撃が!?

 正確に言うと、右の側頭部付近。 あ、危ない。 もう少しでコントロール・メタルを狙い撃ちにされるところだった。 ……だ、だれだ今のは。

 

「彼女……は、あそこに突っ立ったままだし……って」

 

 大剣、俺、そして謎の襲撃者。 挟まれるような構図で俺が立つ中、今撃ち出された衝撃の正体は、着地の衝撃を殺せず地面にクレーターを作っていた。 ……俺を下敷きにしながら。

 

「…………あ、あはは……」

 

 そんな“彼女”を、俺は恨めしそうな雰囲気を醸し出しながら見上げる。

 年にして俺と同じか一個下。 茶髪っぽい色の、広がりのある髪質をした女の子。 その子が、俺の背中で尻餅をついている。

 

「…………ん」

 

 ついさっき助けてくれた女性と同じような装備。 ……色は黄色と白、そして黒という違いはあるものの、センサーで見たそれは“大体”同じ反応を調べ上げた。 という事は彼女は味方だと思っていいのだろうけど。

 

 …………これは、笑いを返してあげるべきなのだろうか。

 

「えっと、も、もしやつかぬことをお聞きするのですが……」

「は、はぁ」

「翼さんの味方の人……なんでしょうか?」

「…………」

 

 どう返すべきなんだろうな、これは。 どうして俺はこんな質問をされているのだろう。 ツバサ……おそらくあの女性の名前だろうけど、その人の味方といちいち聞いて来るってことは、つまりこの子は彼女とそれほど近い関係じゃない……?

 分らない。 今この状況がよくわからない。 ……けど。

 

「…………ッ」

「あ、え?」

 

 あの女の人、今きたこの子の事をどうにも気に入っていないみたいだ。 目が、笑ってないよ。

 

「……あ、ぁぁ…………!!」

「ん?」

 

 大剣の女性を見上げる中、いまだに俺の背中で尻餅をついてる女の子が叫びだす。 途端、身体に掛かっていた荷重が消えて、少し遠くの方で着地音。 上に乗ってたその子が勢いよく、俺に頭を下げてきた。

 

「す、すみません……わ、わたし!」

「……えっと」

 

 みるみる青ざめていく彼女は、なんだか俺の右腕の方に視線を集中してきているようだ。 右腕……特にこれと言って手持ちは無いし、何か注目されるような事なんて――あ。

 

「あぁ、これは」

「わ、わたしの考えなしの蹴りがま、まままさかそんな重傷を負わせるなんて……あ、あ、そのどうしていいのかわたし――」

「落ち着いて」

「でも!」

「これは自分で切り落としたんだ。 だから君のせいなんかじゃない、だから……」

「あ、はぁ……え!? 切り落とした!? 自分でですか!」

「まぁ、成行き上しかたないというか……」

 

 視線が近いと感じ、半歩後ずさり。 少しだけ左腕を右わきに回して片腕だけで腕を組む。

 こうやって体制を変えて、冷静に頭を切り替えて思えば、最初から行き当たりばったりだったかもしれない。

 ノイズの第一次接触はとても驚かされたけど、それでも右腕一本で済んだのは不幸中の幸いだ。 もしも額のコントロール・メタルをやられていたと思うと背筋が凍るよ、ほんと。

 

「あ、でも……その」

「どうしたの?」

「痛い……ですよね」

「ん」

 

 この子は、どうやら他の人の痛みを敏感に感じ取る子の様だ。 俺がさっきから右腕を隠すように組んだ腕をじっと見て、益々表情が青ざめていくみたいだ。 いや、まぁ、普通の神経してたら片腕の無い光景はかなりホラーで痛々しいだろう。

 小さく息をする女の子は、怪物然とした俺に対して精一杯の気を使ってくれてるようだ。

 

「大丈夫」

「ふぇ?」

 

 だから俺は、何事もなく振る舞うことを選んで……

 

「この身体は……ガイバーは途轍もない回復力があるんだ。 あれ? 自己再生能力っていうのかな」

「じこ、さいせい?」

「そう。 自己再生」

「はぁ……?」

 

 あまりピンとこないようだけど、今はこれでいいや。 どうせ後々わかってもらえるはずだし。 ……さて、ここまで何となくで行動してきたけど、さっきのやり直しだ。

 大剣の上でまだ俺を……いや、俺と女の子を睨みつける女性。 青い長髪、スラリとしたボディラインと、刀身を思わせる戦闘服の様な武装。 先ほどの戦闘ではその力の一端も見せなかったであろうその人は。

 

「……ッ」

「ど、どうも」

「あはは……は」

 

 剣から飛び降り、俺の前に着地する。

 もう、腕を伸ばせば届くかもしれない距離だ。 そう、腕を伸ばさなければ届かない距離、彼女は俺との間合いをきちんととっているんだ。 警戒、されてるよなどう見ても。

 

「貴様、何者だ」

「……」

「答えられないのか」

 

 そりゃいきなり日本刀みたいなブレードの切っ先を向けられれば黙りたくもなります。 どうして……あ、さっきのメガスマッシャーのせい……なのか?

 

「どうなんだ!」

 

 女の人の非難の声。 どうしてこんな声を出すんだこのヒトは。 後で思えば、そう思うくらいには彼女は追い詰められていたんだと思う。

 

 けど、そんなことを思ってやれるほど、今の俺には余裕がなかったんだ。 だからだろうな、少しだけ気に障ったように……

 

「どうって言われても、いきなり人に武器を構える人に言いたくなるわけないでしょうが!」

「……ッ」

 

 怒鳴り声をあげていた。

 あ、なんか身を引いた気がする。 ガイバーのセンサーでも、今の動きが後退だって判断が来たし間違いないかも。 少し悪いことをしてしまっただろうか。 戦える、歳がかなり上に見える。 だからと言ってもこのヒトはまだ女の子の筈だ。

 それにこのヒト、なんだか目元が似てるんだ。

 

 ガイバーを手に入れたばかりの頃、いろんな重圧と恐怖心に押し潰れそうだったあの頃の俺と、本当に少しだけ似ている気がするんだ。 だからだろうか。

 

「す、すみません」

「……なぜ謝る。 どうして武器を構えた者に対して先ほどの気概がない!」

「……あなたが、辛そうだったから」

「なに……?」

「それに年上とはいえ女の子を怒鳴るのはあんまりよろしくないと思って」

「――――ッ!!」

 

 つい、そんな一言を口走ってしまっていた。

 

 それにしてもこの人、近くで見ると本当にきりっとした眼差しだな。 こう、どこか生徒会での巻島さんの様な真面目さを……いや、それどころか――

 

「生真面目を通り越した鋭い眼差しというか……」

「……な、なんだ?」

「通り越し……なんかどっかで――――あ!!」

「!?」

 

 もしかしてあの人の!? い、いや、幾らなんでも姿かたちが違いすぎる。 ……別にあの人を馬鹿にしているわけじゃないんだけど、見た目からしておかしい。 まるでノーマルの人間と獣化兵くらいの違いがあるんだ。 そんなわけないよ……な。

 

「すみません、何でもありません」

「そう……?」

「はい」

 

 今ので毒気とまでは行かないけど、どうにか緊張というモノが消えたのか目の前の人……ツバサと言われた女の人が刀を下ろしてくれた。

 

「…………フン」

「あ、あぁ~」

 

 相変わらず、こちらを見る目は冷たいけど。

 

 ん? いま、ガイバーのセンサーに反応が。 何かが高速で接近してくるぞ……小さい、車じゃないなら単車か? いや、それにしては金属反応が無さすぎる――って!?

 

「おーい! 無事かーー!」

「え、あ! 風鳴さん?!」

 

 赤いシャツにピンクのネクタイ。 ひと目見たら忘れられない、たなびいた髪型は……あの風鳴さんだった。 しかしおかしい、今のは明らかに時速80キロは出ていたぞ。 それを人間の足でまさか……ないな。

 

「……む?」

「え?」

 

 どうしてそんな目をするんですか、風鳴さん。 俺がなにを――あ、そうか。

 

「お、俺です風鳴さん! 深町晶です」

「なに?! 晶……君なのか」

「そうです」

 

 ガイバーになっていて、誰かと判別できなかったのか。 声を出して、名前を言ったらあっさり納得してもらえたみたいだ。 よかった、ずっと知らない人、しかも女の子に囲まれるのは複雑な気分だったから。

 

「晶君! その腕!」

「あ、はは。 何も知らないで出て行ったツケってやつですかね」

「ツケ? ……そんなもんで済むケガじゃないだろう」

「まぁ、普通ならそうなんですけど」

「ふつう、じゃないのか?」

「えぇ、あとでわかりますから……いまは――」

 

 責任者も来た、事件は大体収束しつつある。 そう、あとはやり残しを……あの子を……

 

「俺、こっちに来る前に男の子を一人避難させてるんです。 さっきの施設に戻るのは構わないですけど、その前に寄って行きたいんですが」

「生存者がいるのか!? そうか……守ったんだな、キミは」

「はい……たった一人の、生存者です」

 

 たった一人だ。 親とはぐれたのかそれとも……できれば前者であってほしいその事実は、今はまだわからない。 とにかく俺はそこから急いでビルに行き、体育座りで待っていた男の子を……あぁ、片腕がないのを見られて大泣きしていたのはここだけの内緒。

 すこし、ほんの少しだけ待って、自分で泣き止むのを促す。 むかし、父さんにも同じ方法で慰められたときがあるのを、この時思い出した気がした。

 

 そうしてあとは風鳴さんが身を置く組織の人たちが、この後の手続きやら、身元の確認やらをするって言って、あの子を車に乗せてどこかへ行ってしまった。

 

 最後にこっちに手を振って、あいさつしてくれたあの子……俺は、あの顔を一生忘れることがないだろう。

 この手で救うことが出来た、この世界に来て初めての人だから……

 

 

「で、二課に帰ってきてくれたのはいいけど晶くん。 キミ、いつまでその恰好で居る気なのかな?」

「え?」

 

 先ほどの施設。 そこに帰ってきた俺にかけられたのは、桜井さんの朗らかと鋭さを混ぜ合わせた質問だった。

 正直、俺だってガイバーを……“殖装”を解きたいという気持ちは大きい。 背は違うし体重も増えて、さっき乗ったエレベーターは軽くパニックだったし。 ……デカいんだよ、ガイバーって。 縦じゃなく横に。

 そろそろ誤解が生まれそうだし、訳を話したほうがよさそうだ。その、青い髪の女の人がいつまでもこっちを睨みつけて来るし。

 

「俺、さっきの戦闘でノイズの炭化能力でしたっけ。 それにやられた腕を切り落としたんですよ」

「それは見れば判る。 しかし……いや、だからこそその鎧を解いて傷の具合を」

「そうですね、普通ならそうなんでしょうけど。 ガイバーは違うんです」

「どういうことだ」

 

 言うなり“前腕”部分を軽くさすり、今いる人たちに見せつける。

 

 ここに居るのは、風鳴さん、桜井さん、さっき助けてもらった女の人に、俺を踏んづけた女の子。 四人は腕を見るなりうなずき、だけど青い女性だけがすぐさま違う反応をする。 ……もう、気が付いたんだ。

 

「お前……肘から先がなかったと思ったが」

「えぇ、確かにそうです。 けどもうすでに強殖細胞が増幅と復元を行なってるみたいで……だからこうやって――――」

 

 聞いたことがある単語だけ持ってきた、拙い説明。 わかるだろうか? 通じるだろうか。 そんな懸念は、実はあんまり……

 

「晶くんのその鎧。 ……まさか生命活動をしているの?」

「はい、簡単に言うとそう言う事です。 さらに言うと、有機的に俺自身と融合……俺たちは“捕殖”って呼んでるんですけど、そうやって身体と一体化してるんですよ。 ガイバーは」

「有機的……」

「捕食……補殖?」

 

 必要なかったみたいだ。

 たったのこれだけの説明で、おそらく大体を理解したような桜井さんの表情。 ……今までで一番頼もしい顔つきだ、いや、初めてこのヒトを頼もしいと思ってしまった。

 

「失礼ねぇ。 わたしにだって、そう言う顔はあるのよ」

「え?」

「言わなくても顔に書いてあるわよ。 頼りになるわーー!! ……っていう晶くんの表情ぐらい」

「……ガイバーになってもですか」

「なってても、よ」

 

 桜井さんは不思議な人……うん、ホントにつかみどころが無いヒトだ。

 けど、そのおかげで、心配いらないってことが伝わったんだからまぁ、いいや。 周りの空気、あったかくなってきたな。 こういう空気はなんか安心できるっていうか……いままで、俺が守りたかった雰囲気なんだと、知らず知らずの内に残ってる腕の力を込めていた。

 

 これから先どうなるのかは予想もつかない。 もとの世界と時代、その両方へ戻ることが俺にできるのか……いや、そもそもなぜ俺は“ここ”に来てしまったのか。 今はわからない、けど、きっと全てを解き明かして見せる。

 だから……だけど。

 

「…………その間、ここの人たちを助けていても、良いですよね。 ……哲郎さん」

 

 

――――焦っていたって仕方がない。 今できる全力を尽くすんだ。

 

 

 哲郎さんや巻島さんならこういうだろう。

 それに、俺を欠いた状態で、みんなが下手な騒ぎを起こすとも思えない。 ……頼む、俺が戻るまでなんとしても無事でいてくれ。

 

 俺が、戻れるようになるまで。

 

 

 

 

「ふぇ。 ……うで、本当に治っちゃいましたね」

「うん? うん、そうみたいだね」

 

 さっきわたしが蹴って、それどころかお尻に敷いてしまったこのヒト。 ……初対面でいきなり腕がもぎ取れていたのはすごく驚いたけど、何より一番驚いたのはそのあと。 こうやって自分が大怪我したのになんでもないよって言って、それを本当にしちゃうんだもん。

 

 さっきまで、本当に痛そうだったのに。 もう、傷口すら塞がってる。

 

「すごいんですねぇ……」

「そうだね。 ガイバーの、いや、ユニットのちからは驚異的だと思うよ。 身に付けてる俺からしてもね」

「ユニット……?」

 

 それが何かはわからないけど、とにかくとてもすごいモノなのはわかる。

 わたしがさっき身に付けた服もそうだし、このヒトの……フカマチショウって呼ばれてた人も含めて、今日はいろんなものが目まぐるしく変わってる気がする。

 

 なんだか、少しだけ不安だ。

 

「右腕の復元……完全に終わったみたいだ」

「はぁ~録画した映像を巻き戻したみたいでしたねぇ」

「そうかな」

「そうですよぉ」

 

 思わず近づいて、触れて、持ってみる。 あ、さわり心地がグニグニしてて気持ちいいかも。 けど、奥の方は硬質? なのかな。 こう、ぎっしり詰まってるよぉ~な感じで、押したらもどってくる弾力がある。 不思議な感覚だぁ。

 

「あの」

「へ?」

 

 急にあの人が話しかけてきた。 どうしたんだろう、わたしに用? でもそんな会っていきなり何を――

 

「殖装を解きたいから、そろそろ手を離してもらえると助かるんですが……」

「え? しょくそう?」

「あ、その。 ガイバーを外したいんです。 だから危ないから離れていてほしいんだ」

「え? あ、おぉ! そう言えば手を掴んだままでした! ごめんなさいっ」

 

 なんだか今日はボーっとしてることが多いなぁ。 こんなつもりじゃないのに、いつの間にかこのヒトの腕をつかんで離さなかったよ。 ……迷惑、だったよね。

 

「………………っ」

『!?』

 

 わ、わ!? いきなりあの人が輝き始めた!

 背中の方によくわかんない光が出てくると……うおぉ! 今度は全身の鎧が取れていく。 身体に融合なんて言ってたからもっと怖い絵になると思ってたけど、案外【お主とな(読めません)】感じで助かったよ。

 でも、でもですよ?

 

「……ふぅ。 すみません、今までお待たせしてしまって」

「こういう風にとれるのか、ガイバーというのは」

「シンフォギアシステムが分解再構成をするなら、こちらは侵食、共生……いえ、強制でもあるのかしら。 それに覆っていた外殻もどこかに消えた、どこに……?」

『…………』

 

 みなさんがきっと、いろんな思いであの人を見ていたとは思うんです。 ですけど、あのですね。 わたしは、というよりなぜか向こう側でこっちを見ていたはずの翼さんですら、“ふかまちさん”の中身を見た瞬間…………

 

「あ、あなたは――」

「貴様は!!」

 

 わたしは右手の指先を。

 翼さんは……どこから出したのか日本刀を掲げだして――

 

「あの時いた裸の巨人さん!!」

「あ、あぁぁあぁぁあああの時の、へへ――ッ……変質者ッ!!」

 

 顔面を、瞬間湯沸かし器のみたく真っ赤に仕上げていました……

 

 今思えばアレは無かったよね。 あそこまでの罵詈雑言、幾らなんでもかわいそうだった。 あとでショウさんには謝らないといけないなぁ……と、立花響は数時間後に自室で想い更けるのでした……マル!

 

「え、え!? 俺なんですか? その変質者って……わぁ!? ちょ、やめてください! 今は生身の人間なんだから……風鳴さん!」

『なんだ――』

「どうしてあなたも返事をするんですか!? お、俺はそこにいる男の人に用があって……な、なんだ! いきなり身体が動かない――何をされたんだッ!!」

「これは天誅に非ず。 己が恥ず過去を拭い去るための懺悔(ざんかい)の太刀である……」

「くるな……来ないでください……ぐあああああああああああ――――――ッ!!!!」

 

 床になにかが突き刺さったような音の後、大きな声に、大きな『ショウ』撃音。 今日、この日ここに居た部屋は、しばらくのあいだ使用禁止になったそうです。 でも、あんな風に人外技が使える翼さんってどういう人なんだろう。

 本日最後のなんだろうで、今日は締めくくられるみたいです。

 

「煩悩者死すべし、慈悲はない――――」

「いま死ねって言った、言いましたよね!? ……くっ、が、ガイバー!」

 

 あの人の、決死の正当防衛を見守りながら……

 

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