強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

41 / 54
第40話 クロノス激震の足音

 

 

 

 

 

 

 

 すこし、前の話である

 

 それは、男が経験した中でも過去最大級の屈辱であった。

 

 二度と忘れられぬ出会いであった。

 

 自身の野望に現れた一点の陰りは、巨大な壁となって立ちふさがる…………

 

 

 

 

 

 男と女、黒い装いで並び立つ者達が新月の夜を駆け抜ける。

 暗闇に紛れ、音もなく疾走する彼等が目指すのは、この大陸の中心……クロノスアメリカ支部である。

 

 前を行くのは装甲、後ろを追うのは槍。

 いずれも人類の限界を遥か先の機動で、クロノスの監視をくぐり抜けて施設に侵入していく。

 

「ついてこられるか、ガデンツァヴナ」

「えぇ、このくらいなんともないわ、アギト」

「日本の連絡員からの情報だと、いま日本では瀬川兄妹の仲間達がクラウドゲートで騒動を起こしている。 その隙にアメリカ支部にある“アレ”を奪う」

「……出来るの? この戦力であの大群を」

「戦力が少ない戦いはずっと昔から繰り返してきた。 俺と深町、二人のガイバーでな」

 

 胸部装甲の縁をなぞり上げると視線をマリアに向ける。 幾人、幾万と葬り去ってきた装甲内の凶器は強力無比なのは彼女も承知のはずだ。 それでも、巻島だけではこの状況をひっくり返せるとは思えなかった。

 この、歌声さえ響かない世界を……

 

「必要だわ、もう一人のガイバーが」

「あぁ、貴重な戦力をいつまでも腐らせておく訳にはいかない。 それに、そちらの話が本当ならば、今の深町はより強力な戦力を握っているはずだ」

 

 ガイバーⅢ=巻島顎の表情に影が差す。

 見過ごさず、それでもなにも言わないマリアが思い返すのは、あの、施設で出会った屈強な巨人。 ヒトとしての姿は知らないけれど、その心は身体とは正反対に優しく、暖かさのある存在だった。

 

「……間違ってもこの男とは違う」

「どうかしたか?」

「いいえ、なんでもないわ。 さぁ、早く潜入しましょう、彼が待っているわ」

「…………そうだな」

 

 監視カメラの一つをガイバーのレーザーで焼き、落とし、無効化する。 当然監視室には既に異変を気取られるだろうが、自分たちの存在に気づくにはもう少し時間がかかるはずだ。 もって10分、いや、5分と言ったところだろうか。

 だがそんな制限時間など、この男には関係が無かった。

 

「構造把握、探知した。 奴の反応は25階上、ここの中層だ、急ぐぞ」

「ここに彼が……!」

 

 施設内に侵入、同時にけたたましいサイレンが彼等を迎える。 意に返さず駆け抜ける巻島は手の平に重力変を引き起こす。

 

「ショートカットだ、つかまれ!!」

「えぇ!」

 

 天井に向けて掘削作業を開始した巻島の手を掴み、そのまま重力反転。 空中を駆け上がる彼等は一気に10階まで登り詰める。 もう半分、内心焦りを見せたマリアに巻島が叫ぶ。

 

「一旦離すぞ!」

「くっ――」

「ここがどこだかわかっているのか貴様等……」

 

 目の前にはスーツ姿の男が佇み、彼等を睨み言葉を吐き捨てる。

 ただのニンゲンのはずなのだが、この基地内でのあまりにも場違いな出で立ちはそれだけで異様、巻島はそっと手の平に意識を集中させる。 ソレを見逃さなかったスーツの男は全身の細胞を励起、その形を作り替える。

 

「ぐぉぉぉおおおおッ!!」

「コイツ、幹部級か」

「………くっ」

 

 マリアの表情が歪む。 敵、ソレはいい、ここに潜入すると決まった瞬間から戦いの覚悟は出来ている。 だがそれでも手元は若干の揺れを引き起こす。

 

「超獣化兵、ゼルブブス……改。 貴様等、ここから生きて帰れると思うなよ」

「こいつ、日本支部のデータにあった奴の改良型か!?」

「コイツも、獣化兵……!!」

 

 彼等の前に現れたオレンジ色の体色を持つ怪物。 思わず見上げるほどの巨体に、地面が食い込むほどの重量。 右腕のクローと左腕のハンマー、背中には無数の突起が突き刺さり、巻島が記憶しているデータからかなりの改良が成されている。 

 息を吐き、細胞生成時に起った熱を排出すると、ゼルブブスは戦闘態勢に入る。

 

――――瞬間、巻島が仕掛ける。

 

「プレッシャー・カノン!!」

「……!」

 

 相手が構えを取ろうかというタイミングでの先制攻撃、ガイバーの武装の中でも中位にある威力を持つこれは超獣化兵5人衆ですら退けてきたほどだ。 並の獣化兵ならば一撃必殺の攻撃をほぼだまし討ちに近い形で放った巻島は、なんと既に次のカノンを生成していた。 6個もの重力弾が襲いかかる。

 

「……相変わらず容赦が無い」

「俺を誰だと思っている。 ゼウスの雷、巻島顎だ。 深町のようにはいかない」

 

 そう言い切った巻島に一応の納得を示すマリア。 方法はどうあれ、いまは脚を止めている場合ではない。 ……そんな場合ではないのだ。

 彼女の身体に、衝撃が走る。

 

「ぐぅッ!?」

「……戦闘の途中で背中を見せるとは、随分と平和ぼけした連中だ」

「貴様! 何故生きている!?」

「今更この俺にガイバーの武装が効く訳がなかろう! あれから2年経っているのだぞ? 対ガイバー武装は順当な進化を遂げているのだよ!」

「武装の無力化……? まさかそんなことが」

 

 地面に横たわるマリアをそのままに、巻島は高周波の刃を展開し一気に駆け出す。

 

 高周波ソードと銘打たれた刃は、細胞の結合を緩めることで切断する武装だ。 数多くの獣化兵を両断してきたソレは、多少の取り回しの悪さに目をつむれば聖遺物の刀剣にすら勝る代物だろう。

 故にこれに耐えられるのは一握りの存在であり――

 

「くっくっく……」

「なんだと……!」

 

 今回はどうやら、その一握りの存在が相手のようだ。

 

 ゼルブブスが右腕のクローで高周波ソードを受け止めた。

 

「アギト!!」

「構うな! コイツは俺が引きつけておく、ソッチは早く先に行け!」

「別の目的? ……貴様等、まさかあの“蛹”が目的か!?」

「知ってしまったのならなおのこと生かしておけないな。 貴様にはここで消えてもらおう」

 

 高周波ソードを受け止められたというのに巻島の勢いは止まらず、黒いガイバーの目が赤く染まった。 空中に飛ぶと蹴りを見舞い、退かせると口部金属球を高速振動。

 

「――ソニック・バスター」

「ソレも対策済みだ!」

「背中の突起が同周波数を……!? 相殺されたか」

「くっ」

「なにを戸惑っている! 貴様の目的は俺を助けることか?! 違うはずだろ、急げ!!」

「わかったわ……ここは任せる!」

 

 巻島の檄にマリアが駆け出す。 その姿を背中で見送ると、巻島は奴から距離を取る。

 

「貴様、まさか一人でこの俺に敵うと思っていないか?」

「この俺も随分と下に観られたモノだ。 日本支部での戦闘データを当てにしているのだろうが、そんな深町晶(軟弱者)の資料が役に立たないと今すぐ教えてやろう」

 

 巻島が仕掛ける。 ガイバーの武装、そのほとんどが意味を成さないと知るやいなや、奴に対して行うのは接近戦、拳打による物理干渉だ。 しかし相手は高周波と強固な外殻を備えた超獣化兵、その方法は困難を極める。

 そう、ゼルブブスは考えていた。

 

 一瞬、巻島の姿がゼルブブスの視界から消える。

 意識外へと移動した巻島。 別に彼は何ら特別な武装を使ったのではなく、ただ単純にしゃがみ込み、高速の接近を行ったに過ぎない。 そのまま気づかれることなく水面蹴り、奴の両足を宙に浮かせると、右拳を奴のアゴに炸裂させる。

 

「―――――!!?」

「ふん、所詮特殊能力に偏った個体。 貴様のような規格品に、俺達ガイバーがやられる道理がない」

「き、貴様ぁ……」

 

 規格外品な力を見せつける巻島は、あろう事かここで両腕を前に差し出す。 プレッシャー・カノンは奴には通じないはずだ、そんなこと、敵であるゼルブブスにもわかる事だ。 一瞬、首をかしげてしまうゼルブブスだが、巻島顎は次の瞬間、とんでもない言葉を投げかける。

 

「そろそろクロノスがガイバーに対する次なる手を打つと考えていたところだ。 ちょうど良い、性能テストをしてやろう」

「舐めやがって……ラッキーパンチが決まっただけで調子に乗るなよ青二才!!」

 

 通じないプレッシャー・カノンを連射しながら、巻島顎のゼルブブス性能テストは今ここに幕を開けたのであった。

 

 ………………その胸の中に仕込まれた、素粒子砲を静かに暖めながら。

 

 

 

 

 

 後を託された歌姫が階段を駆け上がる。 エレベーターは既に止められて、通路のあちこちはシャッターで締められた。 しかし、この身に纏うシンフォギア=ガングニールはそんな些細な壁など意に返さない突進力を彼女に与えている。

 迫り来る雑兵を蹴散らし、閉じた扉にヒールをたたき込むと強引にこじ開ける。

 その姿は歌姫ではなく、戦乙女であろうか。

 

 だが、だが――そんな彼女のガングニールは、いまだ的を撃ち貫くことがなかった。

 

「……こ、この女、いったいなんなんだ……」

「こちら第13ゲート、侵入者は――」

「早く調整槽に運べ! この程度の傷なら再生が……!!」

 

 どの敵も、どんな相手もまだ息の根は止まっていない。

 

 いいや……

 

「…………怯えてはダメ、いくら彼等がニンゲンでも……しかし……!!」

 

 彼女は、ニンゲンを斬ることが出来ないだけだ。

 

 精神を高揚させ、一種のトリガーを緩めるガイバーでもなければ、人殺しでもない只人だった実験体。 ソレが向こうの世界での彼女の役割だった、ソレしか、彼女は知らなかった。

 そう、知る必要が無かったのだ。 この世界に蔓延る、有象無象の悪鬼羅刹達。 剥き出しの憎悪など、知りたくもなかったのだ。

 

―――――――俺の仲間を!!

―――――――アイツはこの間入ってきた新人だったのに……!!

-―――――――許さない、あの女!!

 

 その姿を、いくら怪物に変えても元はニンゲンだった彼等達。 それは当然、彼等にも心があり、仲間意識があると言うことに他ならない。

 そしてそんな存在から出てくる罵詈雑言は、似たような境遇のニンゲンにはとても深く突き刺さるのだ。 マリアの持つガングニールは段々と輝きを鈍らせていく。

 

「わたしは……わたしは――!!」

 

 走る。

 これ以上的に遭遇しないように、最速で最短で。 でも、その足取りはまるで泥沼に囚われたかのように重い。 階段の一段一段が遠く果てのないものに見えてきて、彼女の脚を止めようと立ちはだかる。

 

 黒いガングニールは、いまだ迷い、波紋を曇らせていた。

 

 そんな彼女に、この世界は容赦が無かった。

 

「居たぞ! 階段を律儀に上ってやがる」

「ガイバー達と違って飛べないと言う報告は間違いなかったか! 全員で一気に取り囲め! コイツは生け捕りにする!!」

「うおぉおおおお!!」

「……くっ、もう追付いてきた」

 

 鈍った槍に怪物達が追いすがり、取り囲む。 怪力で彼女を持ち上げる者が居れば槍で切り裂き、その腕を使えなくする。

 

「ぐぉぉおおお!!?」

「うっ――!」

「グレゴールがやられた! えぇい怯むな! ヴァモア隊、一斉発射だ!」

「生態レーザーかッ!?」

 

 苦い顔のマリアに休ませる時間など無い。 両肩を展開した5匹の獣化兵が閃光を浴びせてくる。 近くの壁を破壊して緊急回避、23階の案内表示を見て内心で舌を打つ。

 

「まだ届かない……」

「バイオブラスター部隊! 一斉射!!」

「お前達の相手をしている場合ではない――!!」

 

 槍を回転させてレーザーを凌ぐ。 だが、いくらシンフォギアの力でもこの数に囲まれれば疲弊していき、装者の息を切らせていく。

 槍は刃こぼれを起こし、シンフォギアから歌が途切れていく。 だがそれ以上にマリア自身の限界が近い。 

 

 否。

 

「怯んだぞ! 筋力増強部隊、一斉に取り囲め!」

「……させるな」

「グレゴールとラモチスは奴を押さえ込め! もうすぐ超獣化兵部隊が到着する!」

「私に……させるな……」

 

彼女自身の、心にはもう余裕がないのだ。

 

初めて踏み込んだ異界、そこで起った数々の困難は彼女を知らず知らずのうちに追い詰めていた。 悲鳴を上げるように、マリアが叫ぶ。

 

「私にこれ以上人殺しをさせるなぁぁああああああああああああああああ!!」

 

 もう限界だった。 もとより只人だった彼女は“バケモノとはいえ元はニンゲンだった存在を断ち斬る”ことなど出来やしなかったのだ。 そんな鬼神になど、彼女はなりきれなかったのだ。

 

 黒い装甲が闇色に墜ちる。

 ソレは、彼女と同じガングニールを使う、立花響を想起させる異常事態。 黒金に染まった槍を、グレゴールの一体に突き刺す。

 

「ぐげぇ!?」

「キサマラ……ガァ」

「なんだこの女、様子がおかしいぞ」

「ウオォオオオオオ!!」

 

 咆哮と共に彼女の目に映る景色が真っ赤に染まる。 自身か、怪物の血か、全身に鮮血を浴びればこうなるのも仕方が無いだろう。 ただ目の前に居る邪魔者さえ倒せればそれでいい、自身の心を脅かす敵さえ居なくなれば、もう、何でもいい。

 

 そんな身勝手すぎる心とは裏腹に、彼女を囲い込むようにギアは拡張していく。 中身が弱い貝殻のように、ただ、周りだけを堅牢にしていく。

 

「熱線が弾かれた!?」

「なんだあの黒い装甲は! ブラスタータイプが通用せんとは」

「ガァァアアアアアアアッッ!!!!」

 

 獣の咆哮が轟く。 鱗状に変貌したギアは、そのまま鋭利な刃となって獣化兵達を屠っていく。 筋力増強タイプが、あの、戦車ですら投げ飛ばすことが出来る怪物達が一瞬で切り裂かれ、辺り一面に血の海を作っていく。

 その光景にブラスタータイプが後ずさりすれば、床下に激震が走る。

 

「なんだ!?」

「こ、この振動は――!?」

『ぐあああああああああああああ!!』

 

 床が隆起すると衝撃があふれ出す。 

 突然の崩壊に建物が揺れ動き、倒壊する瓦礫達に獣化兵が押しつぶされていく。 その光景を尻目に、いいや、眼下に納めることなく、今起った凶行の主犯が悠然と舞い上がってくる。

 

「鬱陶しい奴だったが、いい実験にはなったな」

「…………」

「ん? この反応は……ガデンツァヴナか……貴様、その武装はいったい――」

「グガァアアアアアアアアア!!!!」

「な、なんだッ?!」

 

 漆黒のシンフォギアが、黒い強殖装甲を切り裂く。 胸元を袈裟に斬られかかった巻島は即座に後退し、奴の射程圏から遠ざかる。 おおよそ5メートル、その位置から外は安全圏らしい。

 

「……身体中の組織が、未知の細胞に犯されつつある。 奴め、纏った装備に喰われたとでも言うのか」

「――――!!」

「っと、少し近付いただけでこれとは。 ……潮時だな」

 

 ――――最悪の場合は“アレ”だけでも。 そう付け足した巻島は、高周波ソードを展開すると、重力球を変動、高速で接近する。

 

「ガァアアア!!」

「近寄る者に対してほぼ自動で迎撃する。 だが、オート故にその動きはひどく単調だ」

 

 高速の切り返し。 次々と迫る刃を、それ以上の手数で切り落としていく巻島は、その距離を2メートルにまで縮めていく。 ありとあらゆるモノを切り裂いてきた高周波の刃が火花を散らす。 

 

「高周波ソードと拮抗するだとッ!?」

「ギィィッ!!」

「侵食の度合いが増す度に攻撃の精度が上がっていくのか、長期間の戦闘は不味いな」

 

 頭部のセンサーが機敏に動く。 その都度に組み上がる攻撃の軌跡、ソレを辿っていく巻島は一歩だけ深く踏み込む。

 

「……あと、3手」

 

 装甲の表面が傷つく。 逆に言えばそれだけの被害で済ませていると言うこと。 皮を斬らせてゆっくりと脚を進める。

 

「…………2手」

 

 斬撃からの刺突へのフェイント。 だが巻島はソニックバスターを極狭範囲で絞り照射、音をそのまま衝撃に変換したソレは、一瞬だけだが攻撃を反らした。

 

「………………1手」

 

 プレッシャー・カノンを数発奴目がけて放つ。 当然のように弾かれ、周囲の壁と窓ガラスは粉砕し、奴に届くことはなかった。 しかし巻島はその瓦礫に向かってヘッド・ビームを照射、意識的に絞られたレーザーは、思いも寄らない角度で反射を繰り返す。 ダメージはなくとも撹乱には十分。

そしてガイバー相手にほんの数秒時間を与えると言うことが、どういうことか、黒いガングニールは理解できていなかった。

 

「―――――王手(チェックメイト)だ!!」

 

 両手でこじ開けられた装甲内には、燃えたぎる太陽が収まっていた。

 先ほどの戦闘ですら使用を控えていた必殺の一撃を、あろう事か仲間であるマリアに向けるガイバーⅢは、ほんの一欠片の迷いすらなく言い放つ。

 

「消えろ、メガスマッシャーッ!!」

 

 素粒子の激流が暴走したマリアを襲う。

 漆黒の装甲が盾となって立ちふさがるが、そんな代物ではガイバーには通用しない。 もろくも崩れ去り、素粒子砲はマリアに直撃しようとした。

 …………その瞬間である、彼女の直ぐ近くの壁が崩れる。

 

「そこまでだッッ!!!」

「なに!?」

「……っ??」

 

 影だ、ヒトだ、いいやもっと別のとんでもない存在だ。

 正体を掴みかねるガイバーⅢは頭部センサーをフル稼働。 胸部粒子砲の放出さえも中断して、即座に戦闘態勢を整えようと構える。  いいや、整えようと脳が判断したときには、すでに事は終わっていた。

 

「……覇ッ!!」

「――ッ!?」

 

 ガイバーⅢの腹部から背中にかけて衝撃が走る。

 ガイバーの装甲を傷つけることなく与えられるダメージは、巻島顎が殖装して初めて受ける未知の攻撃だ。 どんな……いったいどのような超獣化兵が攻撃を……

 

 まさか、ギュオー以外に11人いると聞く獣神将という存在がついに現れたのか。

 

 最悪の事態を想定して静まりかえった空間を探るガイバーⅢのセンサーに、信じられない光景が立ちふさがる。

 

「……ふぅ、なかなかうまくいくモノだな」

「…………人間、だと……ッ?!」

 

 どう見ても、どう探ってもただの一般人という結果だけが、巻島の頭部に埋め込まれたコントロール・メタルから送られてくる。

 しばしの自問自答。

 そんなことはあり得ないと、常識という物差しが、巻島の現状把握を邪魔立てする。

 

 今目の前に、どんだけ非常識な拳法家が居るとも知らないで。

 

「あ、……ぐ……」

「キミ、しっかりするんだ!」

「奴は何だ? いま、ガデンツァヴナに一撃入れたと思ったが……聖詠を解いたのか」

 

 分析できるのはマリアのことばかり。

 欲しいのはそんな情報じゃない。 いま、一番知りたいのは目の前の一般人のことである。

 

「貴様、いったい何者だ?」

「……」

 

 巻島の問いかけに、しかし男は答えない。

 そもそも自身が眼中に入っていないのだ。 あの男が声をかけるのはマリアばかり、大して自分には視線すらよこさずに放置と来たモノだ。 ……巻島自身、ガイバーの治癒力で傷を治しては居るが。

 それでもだ、腑に落ちない。

 

「おい、貴様はなんだ」

「……よし、なんとか落ち着いたな」

「…………コイツ、この巻島顎を前にして……!」

 

 自身をここまでコケにしてくれる人間が、そう、只人の分際で殖装者に対してあまりあるその余裕が、何より気にくわなかった。

 

「貴様――」

「キミの事は良く聞いているよガイバーⅢ……いや、巻島顎君」

「なに? この俺のことを。 やはりクロノス幹部」

「ちがうな、俺は特異災害対策機動部二課、司令……」

「――!?」

 

 巻島顎の身体が弧を描き浮いた。 それは、ガイバーが持つ重力球の作用ではなく、人為的な力による結果だった。 そう、今目の前にいる男が、ただの体術によってガイバーⅢの200キロある重量を投げ飛ばしたのだ。

 

「ぐぁ!?」

「…………風鳴、弦十郎だ」

「貴様ぁ……」

 

 地面に伏せながら見上げると、背中が彼の視界を埋めた。

 いいや、それは既にあまりにも大きく、巻島顎の前に立ちふさがる壁で有ろうか。 どんな超生物よりも屈強な赤い背中は、巻島の眼を、脳髄を強く焼き尽くした。

 

「やはり、晶君から聞いていた話通りとは行かない人物であったか」

「なに……!?」

「彼の先輩で学生会の会長であり、クロノスとつながりがあり、とある街では意図せず調整された人間をそう知っていながらスマッシャーで葬り去った……だが、そういう決断力がある頼りになる人物、ソレがキミだと聞いた」

「貴様は深町を――」

「一縷の希望に賭けてみたが、結果は今の通りだったな。 お前、いまそこの装者を敵ごと撃とうとしたな?」

「だから、何だというのだ……!」

 

 なんだこれは。

 何だというのだこの人間もどきは。

 組成を、細胞を、内包する情報をいくら読み取っても“人間”でしかない存在が、何故こうも殖装者である巻島顎に立ちふさがるのか。

 

「馬鹿野郎ッ!!」

「!?」

「仲間を手にかけて掴み取る勝利があってたまるモノかよ!!」

「ぐ……っ」

 

 ただの怒声がガイバーの装甲に亀裂を入れるというのか。

 

 弦十郎がマリアを担ぎ上げると壁を殴り風穴を開ける。

 

「彼女をこのままにはしておけない、悪いが保護させてもらう」

「勝手なことをいうな……そいつはまだ」

「利用価値がある、か?」

「…………」

「やはりキミは最低だ」

「なに?」

「同じ殖装者の深町晶にはなにもかも敵わないと言っているんだ」

「……………………なんだと!!」

 

 立ち上がる。 脇目も振らず、強殖装甲越しに怒気を発した巻島はそのまま弦十郎へ掴みかかる。

 

「足下がお留守番だな」

「ぐぉ!?」

 

 ただの足払い。 それだけで無残に地に転がるガイバーの姿は異様である。

 普段の巻島顎ならば重力球での姿勢制御で難なくカウンターに持ち込んだはずだ。 いつも通り冷徹なまでの状況判断で戦況を覆せるだろう。 しかし、つい先ほど弦十郎から吐き捨てられた言動の数々が彼の熱を上げていく。

 

 だが。

 

「見つけたぞ侵入者!」

 

心も体も打ち倒されかけたそのとき、階段を大勢の足音が昇る。

 

「ガイバーⅢ!? やはり生きていたのか」

「ん? なんだこのおっさん」

「むっ!」

 

 大量の獣化兵が押し寄せる。 既に疲労困憊のガイバーⅢをひと睨みした弦十郎は、担ぎ上げたはずのマリアを床に置く。

 構えを取り、腰を沈める。

 ただそれだけの動作で、目の前を覆う獣たちが一歩だけ後ずさるのだった。

 

「な、なんだこの威圧感」

「“あの方達”とは違う、別のなにかを奴から感じる……」

「この男、何者なんだ」

 

 構えを取る生身の人間を相手に、獣化兵の背中がざわつく。

 上位種からの命令とは違う、今まで味わったことのない感覚……恐怖。 彼等は今、獣の身体を持ちながらも只人である弦十郎に対して確かな畏れを抱き、後ずさったのだ。

 

 巻島顎は、信じられないと呟き。 その言葉が赤い嵐を巻き起こす合図となった。

 

「破ッ!!」

「な、に!?」

「馬鹿な! グレゴールの身体が吹き飛んだだとッ!? 150キロの重量を人間の身体でどうやって!?!?」

 

 ガイバーのセンサーを持ってしても捕らえきれない弦十郎の猛攻。 それは、先ほど自身に向けられたモノとは比べものにならない激しさで有象無象を蹴散らしていく。

 

 完全に舐めてかかっていた人間がこれだ。 流石の獣化兵達も大混乱、一気に指揮系統を乱してでかい図体が右往左往する。 それは、弦十郎が思い描いたとおりの光景であった。

 

「うぉおおおおお!!」

「!!?」

 

 脚を床へ盛大に叩きつける。 震脚による衝撃は建物を揺らし、その振動で敵の動きが一瞬止まる。 だが雑兵とは言え人間からかけ離れた身体構造を持つ獣化兵だ、直ぐに姿勢を戻すだろう。

 戻す隙を、弦十郎が与えてくれるのならば、だが。

 

「ずぉぉおりやあああ!!!」

「げぇぇ――ッ!!?」

 

 拳と蹴りが乱舞すると、数多の獣化兵が宙を舞う。 

 ソレを受けながら獣たちは思い知った。 これはヒトであっても人間ではない、ヒトの形をした規格外品=ガイバーなのだと。 だがおそい、なにもかも遅すぎる、彼等はその考えに至るのが遅すぎた。

 かつて、あのガイバーⅠを、否、強殖装甲を最高効率で動かす過剰防衛モードを相手に幾度となく致命の一撃を与えた漢だ、並大抵の相手では敵うどころか相対することさえ困難なのだ。

 

 獣化兵では相手に足りない。 少なく見積もっても上位の超獣化兵、否、ソレを超えたロストナンバー級の存在であろうか。

 

 間近で見て、実際に体験した巻島顎は以上を持って、この人間のような者を、まとめ上げる。

 

 ――――本物の、怪物。

 

「……あぁ、それ以外に何がある。 獣化兵を一撃で仕留めていくどころかガイバーに立ち向かう胆力と連戦だと言うのにあの軽快さ」

 

 伏せている巻島の眼前で起こされている夢物語はいまだ続いている。 おそらくこの施設の戦力を総動員したとしても、きっと敵わないのだろうとどこかあきらめの境地に達している。

 だが、それでは困るのだ。

 巻島顎には計画がある。 彼女の言う“深町の創り出した力”をその手にするには、まだマリアの協力が必要なのだ。 しかも、もしもこのまま深町と合流できたとしても、例の力を果たして手に入れることが出来るのだろうか。

 

「…………俺の計画を進めるには、この男とガデンツァヴナを接触させるわけには」

 

 弦十郎からうけたダメージの大半は、この短時間で回復しきっている。 ガイバーの再生力か、それとも手加減されていたからか。 あえて深く考えず、ガイバーⅢはもう一度胸部装甲をこじ開ける。

 

 だが撃てない、出来るはずがない。

 その身は既に一度胸部装甲を解き放ったばかりだ。 それが出来るはずがない、まだ、時間が必要だ。

 

 しかし、いまやらなくてはならない。

 でなければ、今まで積み上げたものが、たった一人の人外魔境のせいで、音を立てて崩されるのだから。

 

「風鳴弦十郎…………と言ったな!」

「なに……?」

 

 渾身を込めて立ち上がる。

 いま、ただの人間に対して自身は撤退の意を見せている。 それは許される行為であるはずがない、憎悪にも似た黒い感情が巻島の腹の底に渦巻くと、コントロール・メタルがまばゆく輝く。

 このような黒い感情さえも叶えようというのか。 殖装者の危機を払おうと、ありとあらゆる可能性を模索し、やがて発見する。 いまだこの殖装体が会得し得ない未知なる力。 ソレにアクセスを試みようと、その光りをさらに強くする。

 

 ソレと同時、巻島は最後の力を振り絞る。

 

「この場は貴様に譲る……だが!!」

「巻島顎! お前――」

 

 胸の太陽を見ると弦十郎の表情が一変する。

 あれをいま撃たれると言うことは、この場に居るすべてが原子分解されると言うこと。 それは、いくら強靱な肉体を持つ弦十郎といえども例外ではない。 瞬時に射線を見切り、壁をぶちこわして外へ飛び出す。

 20階からのダイブは、しかしこの男からしてみれば軽い運動のようなもの。 瓦礫を空中で蹴りつけると立体機動的な挙動で見事地面に着地するのであった。

 

 その瞬間、建物を極光が貫く。

 

「……奴め、あのタイミングでスマッシャーを撃つとは」

 

 撃つだろうとは思ってはいた、“撃てるモノならば”

 そもそも、アレ事態ガイバーが即座に撃てる代物ではない。 チャージに時間はかかるし、一度撃ったあとにはそれなりの時間を置かなければならない。 ソレこそ、もう一度撃つことを見越してセーブしていなければ無理な話だ。

 用心深い奴だ。 弦十郎が心で舌を鳴らすが、あれほどまで建物が崩壊すれば、奴も下りてこなければならないだろう。 おおよその着地地点に走りだす弦十郎は、しかし事態はあらぬ方向に転がる。

 

建物の最上階の空間が、歪む。

 

「なんだ、アレは!?」

 

 歪んだ空間は建物を中心に波紋のように広がる。 水面を走る波紋のようと言えば優しげだが、実際は周囲を巻き込む破壊の波。 ソレが建物を巻き込まんとする刻だった、並の中心に3つの影が放り込まれる。

 

「……あれは!」

 

 ガイバーⅢ=巻島顎とガデンツァヴナという装者が一人。 そして――そして―――――

 

「…………晶」

 

 固く閉ざされた甲殻の連なり。 卵と呼ぶには物騒すぎて、墓石と言うには生命力に溢れすぎている物体、それをあの少年はこう呼んだ“サナギ”……と。

それは、その“ショウ年”はようやく見つかったのだ。

 

「…………晶君、キミはそんな状態でも彼をも救うというのか」

 

 ガイバーⅢ、そして装者と共に歪みへ消えゆく蛹を、ただ、見送る。

 

 再び眠りについた少年が彼方へと消えていけば、弦十郎にはもうここへの未練は無い。 居るはずもない追ってに気を払いながら、彼は夜の闇に消えていった。

 

 

 

 そうして、巻島顎が気がつくとつい最近、根城にしていた廃墟の中であった。

 以前、魅奈神山の遺跡宇宙船から脱出したときと同じ体験だ、つまり、それと一体化した深町が同じことをしたという事に他ならない。

 

 …………またも、深町に窮地を救われた。

 

 それだけなら良かったのかも知れない。

 

「……俺が、あの深町に……?」

 

だが、今回はそれだけで済まなかったのだ。

 

「深町……!」

 

 あの蛹体が引き起こした現象を目の当たりにした彼は、その力を強く心に刻みつけ……

 

「風鳴、弦十郎……ッ!!」

 

 “それを持たぬ自身を弱いと断じた”弦十郎を、脳に焼き付けたのであった。

 

 いつまでも消えない、屈辱という形で……

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。