強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第41話 燃える街 落ちる雷

「なんか、やばいな」

 

 天羽奏に迫る危機。

 食後の昼下がり。 のどかな陽気を浴びる彼女はたまらず欠伸をする。 背中、脚、そして両腕へと震えが伝わると、大きく伸びのポーズ。

 彼女は、たしかにつかの間の休暇を満喫していた……はずだったのに。

 

「奏さん、どうしたんですか?」

「んー、響かぁ」

「んー……って、奏さん随分ふやけちゃってまぁ」

「仕方ないだろ、だって足りないんだもん……」

「??」

 

 むくれてゴロゴロと転がる奏。 そこに道ばたに転がってる“サイキョーのカイジュウ”を思い出した響は、どこから取り出したのかネコじゃらしを奏の頭にポムポムする。

 

「よせやい……!」

「あはは、すみませんつい」

「あたしゃネコじゃねーんだぞ」

「そうでした、肉食系メイドさんですよね」

「そうそう。 ……はぁ」

 

 奏の声がまた沈む。 どうにも最近彼女のやる気スイッチがONになりきれていない。 

原因は……立花響に、そしてこの集まりの中心人物にも知れ渡っているものである。

 

「おーい、自堕落アイドルの天羽―」

「あー、なんだい最近体重が2キロ増えた兄さんや」

「晶の情報が出てきたんだが来るかー?」

「行くッッ!!!!」

 

 すぐさま立ち上がるその姿は、先ほどの野良猫とは思えないやる気の満ちあふれた者だ。 ストーブにガソリンでも入れたかのような燃え上がり方に響が苦笑いすると、奏は地下室に駆け込んでいくのであった。

 

「速見さん、おっすおっす!」

「やぁ、奏さん、ご機嫌だね」

「ついにウチんとこのご主人様の行方を掴んだんだって?」

「あぁ、ようやくだ」

 

 勢いよく現れた奏に対し、一切の動揺も驚きもない速見は流石の一言、その後ろでやれ「ご主人様……?」だとか「深町サンはドヘンタイなのデス」とか風評被害がハリケーンなのだがそんなことなど気にしないのが奏だ。 

 周囲の騒動をかき分けるように、速見はモニターに一つの写真を映し出す。

 

「この間の黒い影……いや、ちがう!」

「あのときは人型が二つだったけどこれはどう見ても君達が言っていた“蛹”と見て間違いないだろう」

「これが、晶?」

「あいつ、こんなことになっちまいやがって」

 

 瀬川兄妹の表情が沈むと同時、彼等の肩を叩いたのは奏。 満面の笑みで「大丈夫」だと言ってのける。

 

「場所は、どこだ?」

「旧クロノス遺跡基地、ミナカミ山付近だ。 マスコミの情報網を漁っていたら運良くみつかったんだが……」

「だが?」

「その後の行方が、だね」

 

 言いよどむ速見に対して、奏はただ真っ直ぐな視線を向ける。

 ソレを見てしまっては、もう、速見に抵抗する術はない。 彼はすべてを白状する。

 

「どうやらどこかへ移送されてくらしい」

「移送……移送される!? ってことは晶はヤツラに捕まったのか!?」

「まだわからない、だが何かしらの動きが有ったのは間違いないだろう」

「…………晶」

 

 幸いなのがクロノスにあの蛹がガイバー=深町晶だと言うことが気づかれていないところだろうか。 もしもバレてしまえばそこまで、解体されるか消滅させられるか……

 最悪の光景が駆け抜けると、一階から大声が鳴り響く。

 

「み、みんな!」

「響? どうした、そんな声荒げて」

「た、大変! 街が襲われてる!!」

『!!?』

「こっちきて! て、テレビが!!」

 

 立ち上がり、駆け上がる。

 こんな真っ昼間から街を襲う怪物が、この、クロノスが統治した世界に居るとは到底思えない。 最近入り込んだ異物達……装者達すら理解できるその現状を、打ち破る者、それは――

 

「おい、なんだよアレ……」

「こんな獣化兵は見たことがない、いや、あれは本当に……!」

「兄貴……」

「いったいなにがどうなってんだよ」

 

居たのだ。

 怪物は確かにそこに存在した。 雑音でもなければ獣でもない、たった一体の怪異が街を紅蓮に染め上げる。

 ニュース番組が悲鳴を喚き散らせ、部屋中を木霊する。 凄惨な映像が流れ響が眼を反らすと同時、哲朗が切歌と調の前に踏み出し視線を遮る。 街は、地獄へと変わり果てていた。

 

「実験の失敗で脱走だとかならばクロノスが情報規制をするはずだ」

「ソレがないって事は……?」

「あれは、クロノスの手から離れた事件だ」

「ならいったい何なんですか速見さん!!」

「……わからない。 だが、それならばより一層慎重に動かなければならない……もしもあの怪物とクロノス、いや、12神将の誰かと板挟みにでもなれば」

 

 出て行くなと速見は言う。 ソレに歯ぎしりをしたのは誰だったか、握った拳が地面に向くと、大きな音をたてて玄関が開かれる。

 

「っ――!!」

「おい響!!」

「わたし、行かなくちゃ! これ以上はもう放っておけない!!」

「馬鹿言ってんじゃねー!」

 

 駆け出す響、とどめる奏。 あまりの形相はそれだけショックが大きかったから。 合わさった二人の視線、その先にある瞳の中に込められた憤怒の炎は、ゆらりと、確かに燃えていて……

 

「……このアタシを、置いてこうとするんじゃねえよ」

「奏さん!!」

「待つんだ二人とも!」

「いいや待てないね」

「わたし達、行きます! ここがどんなに変わっても、例えクロノスに支配されていても、ここは深町さん達が居て、帰ってくる場所だから」

「それにあんなの見て、縮こまってるなんてアタシらには出来ねえよ……!」

「……くっ」

 

 出て行った二人を、連れ戻す術を果たして自身には有っただろうか。

 駆けだした二振りの撃槍に手を伸ばすが、掴んだのは中空だけ。 視線が床に落ちれば残ったのは後悔と無念だけだった。

 

「…………すまない、“みんな” 私にもっと力があれば……」

「そんなことないです、速見さん」

 

 やせ細った男の肩に手を置いたのは、瀬川哲朗だ。 彼は眼鏡越しに少女達を見送ると、ただ、呟くのだった。

 

「あなたが強いのは、みんな知ってますから」

「…………っ」

「天羽も立花も、それにここに居る俺達もみんな、知ってますから」

「すまない……!」

 

 手で顔を覆うと、声がくぐもる。 漏れてくる嗚咽は贖罪か、それとも…………

 

 

 

 

 燃える炎、街に広がり獣が吠える。

 

 逃げ惑う人々、その流れに逆らうように走る影は獣の形をした兵隊。

 彼等は常人の数倍という常軌を逸した身体構造を持つ獣化兵、その中でもエリートとされる超獣化兵10体が、この騒動の元凶へ走り抜ける。

 

「どこの馬鹿だ、ロストナンバーの脱走を許す阿呆は」

「後で処罰だな。 だがまずは目の前の怪物退治からだろう」

「……あんな獣化兵の試作品、報告にも上がってなかった気がするが、なんなんだアレは」

 

 獣たちから見ても目の前の怪物は異質な存在に写る。 脚は4本、そのどれもが歪な進化を果たしたかのように骨格はデタラメ、頭部はあるようだが眼が見当たらず、あるのは爬虫類のような口だけ。

 生物としても、獣化兵としても未知を外れたその姿は、まさしく怪物といって間違いなかった。

 

 そう、ヤツは本当の怪物であった。

 

 

 

 怪物を包囲した10の超獣化兵たち。 彼等は己が武器を剥き出しにすると、うなり声を上げる。

 まだ、走らない。

 形容するならスタートラインに立ったランナーのよう。 この街をここまで崩壊させて見せた仇敵では有るが、同時に、そんなことが出来るほどの力を持つ存在である証明だ。 故に、馬鹿げた突撃など使うはずもない。 慎重に、彼等は気を伺う。

 燃えさかる建物が、侍従を刺させ切れなくなって倒壊する。 ソレが開始の合図となった。一人、怪物へと襲いかかる。

 

「シャアア!!」

「……」

「この高周波の爪で切り裂いてやる――」

 

 オオカミのような風貌の超獣化兵、ソレが持つのは強靱な爪と脚力である。 怪物へ一直線に駆けると同時、その姿が霞のように消える。

 

 否、さらに速度を上げ視界から消えたのだ。

 

「ォォオオオオオオオオオオ!!」

「仕掛けるぞ」

「ヤツの攻撃で少なからず被害が出るはずだ、すかさず畳みかけるぞ」

『おう!!』

 

 影が怪物に襲いかかる刹那、9つの超獣化兵が武装を解放する。

 

 ……しようと、したのだ。

 

「………………ギヒッ」

「…………なん、だと」

 

 オオカミの獣化兵、その上半身がかき消える。 一瞬だ、襲いかかろうと間合いを詰めた瞬間に下半身から血しぶきを上げてオオカミが倒れ伏す。

 その姿を見下しながら巨大な口を動かし、食い残しを咀嚼していく。

ゴリゴリと肉を骨ごとかみ砕き、即座に飲み干してしまう。

 

「……………………………ギヒヒッ!!!」

「う、うわああああああああ!!」

 

 怪物が嗤う。

 

 能面のような頭部がいま、確かに歪んで見えた。 先ほどまで仲間だった肉塊が牙の隙間からこぼれ落ちると、獣化兵達の背筋に悪寒が駆け抜ける。

 

 怯え、竦み、わなわなと震える身体を、しかしたった一つだけの声で御する者が居た。

 

「お前達、ここは一度引け」

「あ、貴方様は!!」

「……」

 

 マントを羽織り、その身体を鋼鉄のプロテクターに包んだ長身の男性、だが一目見ただけで只者ではない覇気を纏うこの男に、獣たちは跪き、頭を垂れる。

「行け」

「仰せのままに、プルクシュタール様」

 

 そんな彼等を睨むと、獣たちはその場から撤退する。

 疑問だとか、質問だとかが一切無い、彼等のやりとりは異常であり、しかし当然のことでもある。

 なぜなら、この男は人でもなければ獣でもない、神に連なる存在なのだから。

 故に従うのは当然。 だからこそ獣たちは何ら確認をする事無く“この男が思った通りに動いた”ただそれだけだ。

 

「貴様……」

「ぅぅぅ」

 

 怪物を前にして、男……プルクシュタールと呼ばれた者が視線をぶつける。 殺気にも近いそれは只人で有れば即座にひれ伏さんばかりの迫力であり、獣たちならば意思を喪失するほどの強制力を持つものだ。

 だが、それがこの怪物には一切の効力を示さない。

 

 この時点でプルクシュタールは、この存在が自分たちの常識外の存在だと切り替え、今度はゆっくりと観察する。

 

「……貴様、目的はなんだ?」

「ぅうぅ……?」

 

 首をかしげた。 それはこちらの意図を把握した上での疑問符か、それとも。

 だが直ぐに怪物の仕草を、言葉すらわからぬ下等な行動だと彼は直感し、一歩踏み出す。

 

「……そうか、貴様には言葉は不要か」

「…………ぅぅぅぅ」

 

 ただ襲い、ただ奪うだけの破壊者でしかない。 そんなこと、周りの状況と、無残に転がる部下のなれの果てを見れば一目瞭然だった。 だから、彼は自身の行動を、その方針を一点に定める。

 

「何者かは知らぬが、貴様はここで消えろ」

「――――ッ!?」

 

 男の拳が怪物を捕らえる。

 離れていた距離を一瞬で詰めた彼は、そのまま怪物の側頭部へと右腕を打ち付けたのだ。

 

 怪物が吹き飛び、その間に男の身体が膨張する。

 

 あの存在との、たった一合の接触で、いまの自身では対処が困難だと悟ったからだ。

 

「はぁぁあああああ!!」

 

 一声の後、男の姿が人を超え、神に連なる者へと変異した。

 全身の細胞を励起させ、高質化したソレは鋼の刃すら徹さない堅牢の肉体。 一目でわかる屈強な身体は、だが、男の真価はそこではない。

 

 怪物に対し距離を取り、指先を天空に向ける。

 

 上空の空気が流動し、大気の構成が激動し、大空はすぐさまその姿を隠していく。 天を覆い隠すその姿を見ることなく、プルクシュタールは上げた指をヤツに向けて全身の覇気ごと振り下ろす。

 

「―――――――ッッ!!??」

 

 空がわななくと、雷が轟く。

 怪物が一瞬の発光を行うとその場で倒れ伏す。 無理もない、自然界で最高の出力を誇る分類の一種、雷電を、一瞬でもその身にうけたのだから。 

 

「やはりこれで終わりというわけには行かぬか」

「ギヒッ、ギヒヒ――」

 

普通ならそれで事は済んだはずなのだ。

 怪物が嗤う。 その身に雷電をうけて尚、いいや、これほどまで絶大な攻撃を受けて、ようやく怪物の食指が動いた。

 

「ガイバーどもとも、あの少女達とも違う存在」

「ぎひっ、ぎひひ!!」

「此奴、身体を!?」

 

 雷で焦がされた全身、その皮を袈裟のように剥ぎ、切り捨てると、内側からは真新しい細胞がプルクシュタールを覗く。

 こんな機能は例え無理な調整を施した超獣化兵でも不可能。 ならば身内から出た裏切り者という線はいま、完全に消え去った。

 

 雷鳴を轟かせる。

 ただの落雷では怪物には効力を示さない。 ならばと上空に停滞している積乱雲から、膨大な量のエネルギーをプルクシュタールがその身にうけたのだ。 胸部に輝く結晶体に集積されていく雷の力は、そのまま全身へと循環し、彼の力へと変換されていく。

 

 怪物が大口を開けてプルクシュタールを見る。 その姿はまるで“次”を催促している空腹の獣を思わせる。

 

――――先ほどまで同胞を喰らい続けていただろうに。

 

 彼が小さく吐き捨てると、稲妻が纏った指先を怪物に向ける。

 

「ぎぃぃぃいいいッ!!?」

「落雷のエネルギーを体内で廻し、加速させて撃ち出す。 落ちてきただけの雷とは威力も桁違いだ、どうだ……!」

 

 全身から煙を出す怪物。 徐々に視界がクリアになっていくと、直撃したであろう右半身が見事に撃ち抜かれ、消失している。

 初めて見せた負傷に、プルクシュタールが手応えを感じる。 

 

「流石の再生能力も、高威力の雷撃には」

「ギィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 一瞬の手応えがスリ落ちていく。

 怪物が街を木霊するほどの叫びを上げると同時、その躯から無数の刃が突き出す。

 

「此奴、いったいなにを」

「ギィィィイ!!」

「なに……!?」

 

 刃が励起し、輝いたかと思えばプルクシュタールの頬を光りがかすめる。

 まさか……血がこぼれ落ちる頬を拭うと同時、彼は両拳を胸の前で突き合わせる。

 

 空間が歪むと同時、ソレが大きくわななく。 特大の衝撃音があたりを打ち鳴らし街の炎をかき消していく。

 

「高周波ブレードだと!? 彼奴め、まさか取り込んだというのか? 超獣化兵の細胞を喰らって」

「ギィィイ!!」

 

 ヤツの腕と思わしき箇所が鞭のようにしなると、風を切るかのようにプルクシュタールに迫る。

 

「ぐっ!?」

「ぎぃぃ!!」

 

 弾く。

 

「くぅぅ!!?」

「ぎひ、ギヒッ!!」

 

 弾き続ける。

 バリアを展開したまま、高周波の剣を防ぎきる。

 

 否、防がざるを得ないのだ。

 

「反撃の隙が無い……!」

「ギヒヒヒヒッ!!」

 

 プルクシュタールの劣勢を知ってか知らずか獣が不気味に口をひん曲げる。

 

 ――――先ほどの雷撃はどうした?

 

 そう言わんとばかりの連続射出に、バリアを解くことが出来ないで居る。 だがいつまでもこのままでいるわけにも行かない、バリアだって使えばそれだけエネルギーを消費するし、先ほどの雷撃で相応のエネルギーを消耗している。

 もってあと2分の連続運用。 それ以上はエネルギーのチャージが必要になる。

 ……あの怪物が、エネルギーをチャージさせてくれればの話だが。

 

「こうなれば……」

「ギヒ――」

「はぁあああああ!!」

 

 彼の躯が急速に輝く。

 体内に残されたエネルギーを高回転で廻しはじめたのだ。 それは、放出ではなく変換。 雷を身に纏い身体能力の爆発的な増加を試みる。

 

「ぐっ……!?」

 

 だが、それは本来想定されていない使われかた。

 肉弾戦などおまけ程度の、その雷に頼った性能の彼に、この能力の使い方は負荷が大きすぎる。

 それでもやらなければならないのだ。

 ほんの少し、怪物が高周波ソードの再生成時に出来るほんの僅かな隙を縫うように、プルクシュタールはバリアを解いた。

 迫る刃は獣神将の表皮をいとも容易く切り裂く凶器。 それが眉間に突き刺さる寸前、彼の躯を回るエネルギーがついに臨界を超える。

 

「はぁあああああああ!!!!」

「…………ギッ!!?」

 

 燃える街を背負う獣神将は、その身体を一瞬の閃光へと変えたのだ。

 

 胴に大穴を穿たれた怪物。 首をかしげたその姿は、いまだ自身になにが起ったかを理解し切れていないようだ。

 その姿に、しかし獣神将は追撃が出来なかった。

 

「…………ぐぅぅぅ!?」

 

 片膝をつく。

 慣れない接近戦と、キャパシティを超えた雷撃の連続運用はプルクシュタールの躯を急速に蝕んでいく。 だが……

 

「ギィィ、ギィィイイイイイイイイイイイイイイ!!」

「化け物め、その躯すら元に戻そうというのか」

 

 空いた躯を埋めるように、細胞の一つ一つが暴れ狂い、躯の構造すら変化させていく怪物に、プルクシュタールは戦慄する。

 

「まさか、ガイバー共以外にもこのようなヤツが存在するとは……規格外品め」

 

 吐き捨てるかのように、あきらめるかのように、その言葉は彼の口からこぼれ落ちた。

 既に自身を動かすエネルギーは残って居ない。 揺れる視界が自身の行く末を暗示していく最中、プルクシュタールにとって最悪な出来事が転がり込む。

 

 …………人の声が、聞こえたのだ。

 

 まさか!

 はっ、と振り返る彼の目に映るのは男と娘の二人。 報告に上がった存在でもなければ、クロノスの息のかかった人間でもない。 しかも男の方は未調整なのだろう、自身の思念波が届いていないのだ。

 あぁ、逃げ遅れがこのタイミングで現れるとは。

 

 怪物が嗤う。

 その躯を再構成するのに、きっと“莫大なエネルギー”を必要とするのだろう。

 なら、今この瞬間、敵以外の栄養と言えば……答えは、プルクシュタールの視界の中で震えていた。

 

 怪物の躯から一振り、高周波の刃が伸び、たったいま現れた餌にソレを向かわせる。

 

 

自身の不幸を呪いながらも、獣神将は、いまここで最後の力を振り絞る。

 

「ッ!?」

「あ、あぁ……」

 

 怯えるように、縋るように。

 

 震える声を出したのは男か、娘か。 もはやプルクシュタールの耳には判別が付かない。

 体温が急速に下がっていく。 自身の体内から熱を供給する体液が失われていくから。 その姿を、その光景を焼き付けた男と娘は嗚咽を漏らして……だが、ソレを許す獣神将ではなかった。

 

「……行け」

「あ、え……」

「向こうに、超獣化兵が避難誘導をしている……行け」

「は、……はい!!」

 

 最後のやり残しを遂げるとそっと微笑む。 

 

「ギヒィ!!」

「ぐぅぅおおおッッ!!?」

 

 抉る、こぼれ落ちる。

 

 背中から胴体に向けて刃が突き出たその姿を、一度だけ確認したプルクシュタールの意識は急速に遠のく。

 

 ここで、終わりなのだろう。

 プルクシュタールが全存在を賭けて、己が額のクリスタルを空の彼方へ飛ばそうと、最後のあがきを見せた。 

 

 その耳に、心に、魂に、震えを起こさせる“詠”を聴くその瞬間まで――――

 

 

「でりゃあああああッ!!!!」

「――――――――?!?!」

「おいアンタ! しっかりしろよ! おいったら!」

 

 崩れ落ちた自身が、柔らかな腕に抱きかかえられる。 

 遠のく意識を引き上がるかのような満ちあふれた声に、プルクシュタールは少しだけ声を漏らす。 誰だ……? そんな間の抜けた質問に、だけど答える余裕がなかったのだろう、その少女は苦い表情を浮かべながら腹部の傷をやや強く押さえつける。 止血のつもりなのだろう、だが、もう手遅れなのだ。

 

「もうよい、手遅れだ」

「うるさい……」

「ソレよりも貴様――」

「なに辛気くさい顔してんだ! まだ腹刺されただけだろうが!! そんなんでな……」

 

 ――――生きることをあきらめるな!!

 

 少女の叱咤激励に、プルクシュタールの瞳が今度こそ丸くなる。

 この者は、この、自身を抱きかかえる柔く細い腕の少女はいま、この獣神将を励ましたというのか。 この傷を“その程度”と言い切ったのか。 

 

 あぁ、なんと力強い言葉だろうか。 

 

 朦朧としていた意識が鮮明さを取り戻していく。

 腹部の痛みはそのままだが、自然と躯の奥深くから力が湧き出るようだ。 血液と共にこぼれ落ちたはずのエネルギーが、額の“ゾア・クリスタル”によって湯水の如くあふれ出てくる。

 

「か、奏さん!」

「わるい響! もうすこし踏ん張ってくれ!」

「はい!」

「……ぬ?」

 

 少女がもう一人居ることに、今ようやく気がつく。 その瞬間、その少女を見た瞬間に彼の動向が一気に開く。

 

「あ、貴方様は――」

「おいおっさん、腹に穴空いてんだから!」

「うぐぅぅ」

「おい響、知り合いか? えらく興奮してんだけど」

「え、え? わたし?」

 

 怪物に向かって拳を打ち付けつつも、高周波の刃を回避している立花響に対して、ジト眼ながらに重傷者を看護する奏。 その手すら払いのけようかというプルクシュタールに、奏はついに手刀を首に入れる。

 

「少女よ、いきなり一撃入れるとはどういうことだ」

「え、いまケッコウ強くいったんだけど……なんで気を失わないのこの人」

「もう! 奏さん遊んでないで早くその人を連れてってくださいよ!!」

「言うけどこのおっさんさぁ!」

「響殿、後ろだっ!」

「え、うわぁ!!?」

 

 振り向きざまに高周波の剣が響の頬をかすめる。

 あの手の攻撃がシンフォギアにも有効なのはガイバーⅠとの死闘でよく理解できている彼女は、拳を握るとステップを踏む。

 

「高周波の剣を使いはするが、遠距離に飛ばす芸当もする……だから――」

「だったら、躱しながら……」

「ギィィ!!」

「一撃をたたき込むッ!!」

「おぉぉ!!」

 

 剣戟をすんでの所で躱し、ヤツの足下へ踏み込むとそのまま拳を打ち付けていく。 あまりの衝撃に空間が揺れ、衝撃がプルクシュタールにまで届いていく。

 だが、彼が感嘆の声を上げたのはその攻撃ではない。

 

「この場で、この炎の街に赴いて尚“あの詠”を紡ぎ、戦う事が出来るとは」

「ん? おっさんって響のファンなの? なんなの?」

「私ではない、だが、我が事のように思えてしまう人物……とだけしか言えぬ」

「え? 照れ隠しなの? おっさんのツンデレはやばいって」

「……貴様、もしや私の事を馬鹿にしているのではないか?」

「へへっ」

「…………おい」

 

 気づけばプルクシュタールが起き上がれるようになって居た。 いくら額のゾア・クリスタルの加護があるとしても、ガイバーのような再生力は獣神将には存在しない。 だがそれでも彼は立ち上がって見せたのだ。

 

「すまぬな少女よ。 ……もう、よい」

「いや、でもあんた」

「ソレよりあの怪物が優先だ。 其方等は力があるが決め手をだすには少々時間がかかる。 そうだな?」

「あ、あぁ」

「響殿! 準備を!」

「え、えぇ!?」

 

 プルクシュタールが駆けだした。 いくら回復したと言っても所詮焼け石に水、体力は限界だしエネルギーの残量はエンプティを下回っている。 それでも、いいや、だからこそ今ここで自身が出来るのはこれしかないのだ。

 

「はぁぁぁああああ」

「ギィィッィイイイイ」

 

 ヤツの腕が剣の形を取る。 相変わらずの高周波、だがそんなものと吐き捨てたプルクシュタールは剣戟をあえて受け取る。 ガキンという硬質の音が聞こえたのは響達の気のせいではない。

 腕のみに部分展開したバリアーが、高周波ブレードを見事受け止めたのだ。

上、左右からの3連撃をいなし、蹴りを見舞うと同時に頭上へ飛び上がる。 

 

 その姿を、歌を紡ぎながら見守る奏と響は、互いの手を握りしめるとギアの出力を急速に高めていく。

 

「響け!」

「奏でろ!!」

 

 フォニックゲインの高まりが一瞬で最高潮へと上り詰めていく。 あとはソレを槍として撃ち出すだけ。 全身が脈打ち、加速する血流が少女達を責め立てる。

 

「ぐっ……この世界に……」

「あの……空の向こうへ――」

 

 一刻の猶予もない全身を貫くエネルギーのバックファイヤ。 二人のギアが光り輝く刹那、怪物が彼女達をついに見つける。

 なんだ、あの力は。

 

 ……アレは、途轍もなく危険だ。

 

 怪物が腕を伸ばそうかという刻だ、頭上で両腕を広げたプルクシュタールの気合一声。 天上から怒号が降臨する。

 

「ギィィッィイイイイ!?」

「ハラの傷の礼は返したぞ……」

 

 最後の力を振り絞った雷撃。 自然現象すら利用し、少女達に気を引かれたところにこの一撃は、流石の怪物にも致命的だろう。 ヤツの攻撃が途切れる。

 

『歌を! 想いをぉぉおおおおッッ!!』

「――――――――――ッ!!?」

 

 莫大なフォニックゲインが槍となって撃ち出される。

 貫く、とは言えないだろう強大な一撃がヤツの全身を呑み込む。

 

「いけぇぇええええ!!」

「でりゃあああああ!!」

 

 細胞の一欠片すら残さない少女達の光り。 その輝きが空の彼方へ消えていくと、彼女達の背後で小さな物音が聞こえてくる。

 

「……おい、おっさん?」

「あ……あぁぁ!」

「心配するな、すこし立ちくらみがしただけだ」

 

 駆け寄る少女達を片手で抑え、プルクシュタールは仰向けになる。

 輝きの消えていった空はようやく穏やかさを取り戻し、焼かれた街は部下達が鎮火作業に尽力している。 これ以上被害が出ることはないだろうと、その胸をなで下ろした。

 

「……あの」

 

 声を漏らしたのは立花響だ。

 傷つき、倒れ伏した“敵”であろう獣神将にやや複雑そうな表情をするのは、彼から投げかけられる言葉の一つ一つが、自身を案ずるものだと想ったから。

 なぜ、どうして?

 響とプルクシュタールは今日初めて顔を合わせたと言うのに。 本当に思い当たる節がない彼女に対して、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「…………其方には、恩があるのだ」

「え?」

「いまはそれだけしか言えぬ。 それ以上は、直接あの方から聞かれるといい」

「あの方? なぁ響、だれか思い当たる節は?」

「うーん……この間のおじいちゃん? 迷い猫の飼い主さん? もしかしてお昼寝してた人?」

「よく見かけないと想ったら、お前、結構いろんなところに首だしてるのな」

「…………ははっ、聞いていたとおりのお嬢さんであったか。 人助けが趣味とは、難しい性分だ」

「そんなことないですけど……」

 

 ソレよりも……

 プルクシュタールは装者達を見据える。 その視線はなにか、彼女達を試すような怪訝さでいて、鋭い物であった。

 何事かと奏が少しだけ警戒心を抱くと、彼はそっと彼女達に問いを投げかける。

 

「なぜ、助けた」

「え?」

「……?」

「……いや、そんな顔をされるな響殿。 だが、イマカラムからの報告に寄れば、其方等はガイバーⅠ、深町晶とつながりがあると言うではないか。 つまり、私達は敵同士だったのだぞ?」

 

 いままで不思議で堪らなかった。 たしかにあの怪物を前にして敵だ味方だのと言っている場合ではなかった、だが共闘と言うには彼女達の態度は親身に過ぎたのも事実。 ソレが、プルクシュタールにはわからなかったのだ。

 

 だが、その答えは案外簡単な物であった。

 

「だって貴方は助けてたから」

「なに?」

「あんた、関係ない一般人を守って大怪我したんだろ? 聞いたよ、ここに来る途中で親子からさ」

 

 だから、手を貸したというのか?

 呆ける顔に少女達がとびっきりの笑顔で返す。

 

 ……負けた。

 

 損得だとかを超えた彼女達の献身。

 

 あぁ、こんなにも真っ直ぐにこちらの胸を打つ、それのなんと心地よいものだろうか。 その極上の音色を前に、これ以上の問答は無粋だろう。 静かに引き下がると、彼はそっとクラウドゲートを見る。

 

「…………これは、独り言だ」

「え?」

「あの……?」

「だから、聞き流してくれて構わない。 ……最近、奇妙な電磁波が観測され、その原因だと思われる物体を発見した」

「あんた、まさか」

「それは堅牢な甲殻に覆われた、卵のような物質。 だが、その材質に使われている組成は限りなく地球上には生息していないもの。 おそらく降臨者がらみのものだと“バルカス翁”は判断された」

 

 強殖細胞に酷似しているが、限りなく違う物質。 そんなもの、奏と響には心当たりが一つしか無い。

 

「ソレをどうにか解析したい連中が、今度日本にやってくる」

「え!?」

「……というと、まさか」

「私と同じ獣神将の3人。 ラグナク・ド・クルメグニク、ジャービル・ブン・ハイヤーン、カブラール・ハーン。 ヤツラは、その謎の物質を観たいと言うが……私はそうとは思えん」

 

 ――――奴らの目には、明らかに野望の炎が揺らいでいた。

 

 あの目を、つい2年前にプルクシュタールは観て居る。

 恐れ多くもクロノス総帥に楯突いた、一番若い獣神将が、死ぬ前に同じ眼をしていたのを彼は覚えていたのだ。

 

 きっと、ヤツラはこの世界に波紋を起こす。

 

 その予感は日増しに強くなり、それは先日決まった日本への来日で確信に変わる。

 

「間違いなく、ほかに目的を持ってこの国へやってくるだろう。 そして、ソレは決して響殿には……其方達には無関係ではないはずだ」

「あぁ……」

「……1ヶ月だ」

「え?」

「1ヶ月後には、この日本に、イマカラムと入れ替えでその三人がやってくる。 ソレまでに、傷を癒やさなければならない」

 

 それは自身の事? それとも……

 装者達が拳を握ると、プルクシュタールは徐に立ち上がる。 ゆっくりと、おぼつかない足取りで彼女達に背を向けると、そのまま空へと浮き上がる。

 

「クラウドゲートの地下施設で“1週間私は傷を癒やしている”その間、なにが起ろうとも私は眼を醒すことはないだろう」

『!!?』

「さらばだ…………次会うときは、今日のようには行かぬと心せよ」

『はいッ!!』

 

 彼の視線が彼女達に向く事は無かったけれど、その声は確かに少女達を気遣うものだった。 だから、それ以上は要らない。

 プルクシュタールを見送った彼女達は炎が消えつつある街から走り去っていくのであった。

 

 

 

 走り去り、静寂が支配する夜の街…………そこに這いずる獣が神の血をすすってまで生き延びているとも知らずに

 

 

 

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