あの日から、3日が過ぎた。
「急げ、さっさと片付けるぞ」
「はい!」
あの燃える街の再興が続く中、彼女達は摩天楼を駆け上がっていく。
天にも届くとばかりの、超高層ビル“クラウド・ゲート”
クロノス日本支部の象徴であり、獣神将の重要拠点でもある。 そんな敵陣の隅っこを駆け抜けるネズミが二人。
「ま、待つデスよ!」
「わたしたち、ここに来るの初めてで土地勘が」
いや、4人――
プルクシュタールからの“独り言”を深刻に捉えた深町晶の仲間達。 最初に罠の可能性を上げたのはもちろん彼等のストッパーの瀬川哲朗だ。 当然、ソレは考えた、だがあの武人然とした男が、一般人の為に身を捧げることが出来た存在がそんなことをするとは到底思えない。
それに、例の蛹がクロノスの手に落ちたのは相当不味い。
アレには間違いなくいるからだ。 自分たちの世界を救った立役者であるガイバーⅠ=深町晶が。
イマカラム・ミラービリスは先の戦闘から日本を離れ、プルクシュタールの言葉を信じるならば、今あのビルは超獣化兵止まりの防衛力となって居る。 攻めるのなら、今しかない。
「奏さん、どうして上なんですか?」
「ん? あぁ、あのプルクシュタールっておっさんが言ってたろ。 地下で寝てる、その間はなにも関与できないって。 ありゃつまり地面には俺が居るから近付くんじゃねーよって隠喩なんだよ」
「え、そうなんですか?」
「……たぶん」
「奏さん!?」
「前途多難デス」
「大丈夫。 いざとなったらわたし達も闘える」
「あぁ、そのときが来たら任せる」
現状、融合症例となっている響と奏が先陣を切り、LiNKERを使う時限式の二人は、私服姿でインジェクターを片手に彼女達の後ろをついて行く。
本当ならばアプトムにも増援を願う場面なのだが、時間的猶予までに連絡が取れずにそのまま突入することになった。
「……おっさん、電話くらい持っとけよな」
「というけどわたしたちもそんな物はない」
「デスデス、仕方がないのデス」
「おっさんの探知はえらい便利だったからなぁ」
あとはガングニールの特製を呑み込んだガイバーが、彼女達に呼応してくれるの祈るしかない。
しばらく階段を上がっていくと奏が手を上げ、隊列を止める。
ジェスチャーで上を指すと、そこには黒服の隊員がこちらへ向かって歩いてきている。 まだ気がつかれていない。 確認すると、調を指さし、そっと眼を細める。
「おい聞いたか? プルクシュタール様、どうにも正体不明のクリーチャーと交戦して深手を負ったらしい」
「今、調整槽で傷を癒やしておいでらしいが、その話、深手を負ったのはどうも何者かをかばったかららしい」
「さすがプルクシュタール様、市民を身を挺して守ったのか。 俺達も頑張らないとな」
「だな」
夜勤、だからだろうか。
少々雑談が過ぎる彼等は、かなり集中力を欠いた状態だった。 それを観た奏と調はうなずき合い、行動を開始する。
「きゃっ……!」
「おい!」
「誰だっ!!」
「あ、あうぅぅ」
「女……の子?」
「なんでこんなところに。 正面ゲートは封鎖されている時間帯だぞ」
調が男達の前ですっころぶ。
その姿はもう完全ないたいけな幼女……もとい、少女。 不安げに肩をふるわせる姿に隊員達の警戒心は2段階下がる。
「……ご、めんなさい」
「いや、こっちも怒鳴ったりして悪かったね。 お嬢ちゃん、こんなところでどうしたんだ」
「おい、いくら何でも怪しすぎるだろ。 情報局に連れて行くべきじゃないのか?」
「なに言ってんだ、こんな小さな子、なにもしやしないだろ。 プルクシュタール様だって身体張って頑張ったんだ、迷子の補導くらい俺達だけでやってやろうぜ」
「う、む……」
上司の武勇伝を出されてしまえば反論が出せない。 少々堅物気味な隊員は少しだけ二人から離れると様子を見る。 もし、そうだ、もしもこの少女が不審な行動を問おう者ならばすぐに対応できるようにだ。
この判断は正しい。
だが、彼女達の方が一枚上手だったのだ。
「―――御免」
「う゛ッ?!」
「んぁ? おいどうした――」
「ごめんなさい」
「ぐっ!?」
響と奏が最速で最短に彼等の背後から手刀を喰らわせる。
いくら肉体を改造……調整を施された超人でも、獣化していなければスペックを発揮できない。 その弱点を突いたこの作戦、今回はものの見事にうまくいったというわけだ。
「よし、この作戦であと3回はいけるな」
「えぇ……奏さん」
「さすが調デス、あの人達スッカリ迷子と思ってたデスよ。」
「……複雑」
隊員達を手近な倉庫にぶち込み先へ進んでいく。
そうやって本当に3回ほど同じ作戦で切り抜けてきた彼女達。 クラウドゲートの中層まで辿り着くと階段から離れ廊下に出る。
「奏さん?」
「どうかしたの?」
「なんか、聞こえた気がする」
「わたしも! ……なにか、声みたいなのが」
彼女達が足を止めた瞬間、聞こえてきたのは……サイレン。 切歌と調があたりを見渡す中、奏と響は廊下の先を見続けている。 鼓膜を揺らすほどの音量だというのに、それを意に返さない集中力。
彼女達に、いったいなにが聞こえていると言うのか。
「見つけたぞ!」
「侵入者め! 貴様ら、報告にあったレジスタンスの片割れだな!!」
「わわっ! 人がいっぱい来たですよ!」
「気をつけて切ちゃん。 あの人達、全員が獣化する」
「…………はいデス」
20ほどの隊員が彼女達に迫ると、同時、二人は手に持ったインジェクターを首に押さえつけて……その手を、奏が止めた。
「え?」
「悪い、少しだけ呆けちまった」
「まかせて二人とも。 ここは、わたしと奏さんが行くから!」
言うと隊員達が一斉に獣化。 筋骨隆々なバトルフォームへと切り替わると、それぞれが固有の能力を披露していく。
火炎放射に液体炸薬、さらには電撃を飛ばす固体などが居るが、それらを前にして響達は静かに近づき、即座に攻撃を開始した。
「なんだこいつ等!?」
「速い――攻撃が当たらんぞ!」
他の獣化兵が加勢に行こうにも、自身の上位種達が翻弄されている姿に尻込みしている。 狭い空間が、逆に彼等の行動を制限する枷となっているのだ。
戦闘力ならばガイバー。
数の多さならノイズ。
策略ならばフィーネ。
そもそも、多くの激闘を乗り越えてきた戦士達が、只の獣に後れを取ること自体があり得ない。
2本の槍は戦場を駆け抜け、彼女達の道を切り開いていく。
「響! ふたりと先に!」
「え、はい! ここはお願いします!」
「行かせると思うのか侵入者! 高周波スピアー!!」
「アンタも槍使い…………かよッ!!」
走り去る響たちを背に奏はガントレットを再構成。 一振りの槍を回転させると嵐を生み出す。
暴風が獣たちを包むと、切っ先を彼等に向けてアップテンポに歌を紡ぐ。
「悪いな、このステージは途中退場禁止なんだ。 閉園まで付き合いな」
「戯け。 一人で超獣化兵5人に敵うとでも思うのか」
「そりゃあんたら次第だろ?」
「はっ……舐めるなよ小娘が!!」
スピアーの獣化兵が突進。 ステップで横に躱すと、彼女の視界に閃光が迫る。
「ブラスタータイプ……!」
「オレは全身を光学兵器へと換えることが出来る。 接近戦の貴様に勝ちの目はない!!」
「どうだかなッ!!」
狭い通路を跳躍。 通路、壁、天上と次々に場所を変えると、奏は手に持った槍を投擲。 歌を紡ぎながら手を横に払うと、槍が無数に分裂していく。
2体の超獣化兵に襲いかかる槍の雨は、しかし届く前に空中で霧散していく。
その光景、シンフォギアのバリアフィールドに伝わる振動は、奏にも覚えがある代物である。
「ショウのソニックバスターッ!?」
「ガイバーⅡの武装を研究して作られた我が音波兵器、その程度の槍など1秒もかからずに消し去ってくれるわ」
「おいおい、ガイバーの武装全部使えるってのか……!」
正確にはその類似品、だろうか。 奏が視線鋭くブラスタータイプを観る。
「まぁ、少しばかり劣化品が混ざっちゃ居るみてえだけどな」
「なに?」
「ショウのメガスマッシャーを見ちまうと、さっきのレーザーなんて豆鉄砲みたいな……ん?」
「ふふふ……!」
「レーザー……?」
「ぐはははっ! どうした小娘! 急に顔色が悪くなったようだな!」
高周波、超音波、レーザーと来て、あとガイバーの武装はどれくらい残っているのだろうか。
そして、超獣化兵はいったいどれほど残っているのだろうか……?
一瞬、よぎった疑問に奏は即座に回避運動を取る。
「見えない攻撃……衝撃砲ッ!?」
「この俺に蓄積された高エネルギーで空間を歪める……どうした? ガイバーⅠの武装に対して、我々がなんだって?」
「もしかして、最後の一体は……!」
彼等の後方、見えたのは明らかにパワータイプの獣化兵が一体。 しかしヤツは躯を隆起させると、まるで剥がされた鱗のように展開していく。
目を見開き、瞳孔が広がる。
奏が最後の超獣化兵を確かめたとき、その両眼に太陽が焼き付く。
「死ィィィネエエエエエ!!」
「こいつ、スマッシャーを…………!!?」
通路すべてを照らす極光は、天羽奏のガングニールを呑み込んでいった。
「……奏さん、大丈夫デスかね」
「大丈夫、あのひとは強いから」
「…………」
立花響を先頭に、通路を進んでいく少女達3人。 敵は今のところ現れては居ないものの、ソレがかえって彼女達の足を止める枷となる。
残してきた奏に敵が集まっているのではないか? 募る不安を振り切るように響は歌を紡いでいく。
「ほう、やはり詠うのだな、この小娘は」
『――ッ!』
紡いだ歌が止まる。
何故気がつかなかったのか。 目の前から聞こえてくる言葉、声。 そのすべてが響に訴えかけてくる。
「二人とも、下がって」
「響……さん?」
「急にどうしたの?」
二人には聞こえていないようだった。 だが確かに響きにだけ届く声、それがなんなのか解き明かしたいところではあるが、あいにくと時間がない。 彼女はこぶしを握り、腰を深く据える。
「どうした? そっちには誰も居りゃせんぞ」
「後ろッ!?」
「デス!?」
「え!!」
一斉に振り向くが、そこには誰もいない。 だが確かに後ろから声が聞こえてきたのだ。 すでに敵の術中、調と切歌が目配せすると、インジェクターを首に当て、トリガーを引く。
「Various shul shagana tron」
「Zeios igalima raizen tron」
聖詠が世界に波及すると、彼女達の身体が光り輝く。
その手にある鎌は夜の闇を切り裂き、その純心は信念を突き立てる牙となる。 二人がシンフォギアを再構成すると、3人で背中合わせとなり周囲を見渡す。 警戒し、すぐに攻撃へ移れるように構える。 一呼吸、誰かが空気を震わせたときだった……世界が、悲鳴を上げる。
「な、なに!?」
「この揺れ……ヤバすぎデスよ!!」
「この揺れ方……まさかッ!?」
立花響には覚えがあった。 かつて、2課の地下施設で起った決戦。 その序盤で放たれた大威力の破壊の波、つまり――
「メガ、スマッシャー……」
「何デスか、それ!」
「敵の攻撃?」
「…………」
二人の質問に、響はすぐに返せなかった。
この世界で胸部粒子砲を撃てるのは二人しか心当たりがない。 一人はこの国に居るはずがなく、もう一人は……
「深町、さん……けどまさか」
「え!? でもその人はたしか」
「だって、これからその人のところに行くんじゃ……」
響の苦い顔が切歌たちの声を遮る。 わかるはずもない、理解できるはずもない。 まさか彼女が、2度にわたってガイバーの脅威にさらされていたなどと。
わかりようがないだろう。 ガイバー自体は敵に回るリスクを孕んだ只の兵器でしかないと言うコトを。
「どうした小娘よ、手が震えて居るぞ?」
「そんなこと――どこだ、声はするのに……気配も探れないなんて」
「ふははははは!!」
大声すら聞こえてくる。 だがソレは周囲を反響して彼女達に居場所を誤認させる囮となる。
声の方を振り向き、拳を握り直す響の手甲が切り裂かれる。
「うぐっ!」
「響さん!?」
「そんな、どこから攻撃が…………っ!?」
調が周囲を見渡すも、相変わらず闇ばかり。 なんとか体勢を立て直そうとするも、その矢先に切歌の背中に向けてなにかが駆け抜ける。
「ぎゃんっ……」
「切ちゃん!」
「切歌ちゃん……? 切歌ちゃんッ!!」
3本の爪痕が彼女の背中を走り抜けていた。 幸い、シンフォギアのバリアフィ-ルドに守られたため深い傷ではないモノの、ゆっくりと滴れる血に、調は徐々にだが焦りを滲ませていく。
「このままじゃ……だめだ」
倒れた切歌を調に任せ、響は再度拳を握る。 こんなとき、まず一番にしないといけないこととはなにか?
敵の分析。
戦力の把握。
戦況打開。
………………そんな高度なこと、彼女が出来る訳がない。
まず彼女がやらなければならないこと、それはなにかを推し量ったり、見切ったりすることではない。
だから彼女はまず――――
「そぉぉぉおおおおいッ!!!!」
『―――!!?』
…………床に向けて盛大に頭突きをかました。
揺れた。 盛大に建物が揺れた。 さっきのスマッシャーらしき衝撃に負けないくらいに揺らした。
当然、敵味方も大きく揺れた。 心も、身体もだ。
中でも一番揺れたのは少女達の……いいや、姿の見えない怪物の冷静さであった。
「なにを、している?」
「ふぅー、ふぅぅぅ」
いきなり地面に頭をこすりつけた少女に戸惑いを隠せない。 少し言葉が震えているのは信じられない者を見たからか。
だが、そんな敵の内情など知ったことではない響は、ゆっくりと立ち上がる。
「……あー、スッキリした」
「ぬ?」
「震えが止まった。 これで闘えるッ!!」
先ほどからの“動揺”が消えると同時、彼女は再び詠を紡ぎ出す。
その手に輝く光りが世界を照らすと、ほんの僅かに出来る影。 それを、響が見逃すはずもなかった。
「そこだぁぁあああああッ!!!」
「ぐぅぅぅうううッッ!!??」
響の拳が空間を叩いた。
衝撃音、感触ともに最高の数値をたたき出した今の拳は、怪物の叫びと共に通路の向こうに激突させた。 崩壊する通路の壁面、衝撃に負けたガラス達が一斉に破裂する中、立花響はガントレットを変形させた。
「次ッ!!」
「す、姿形に見合わぬ馬鹿力め……」
響から発せられる光り、ソレは彼女の心に呼応するかのように光度を上げていく。 すべてを照らし出すように、コソコソと隠れた邪悪を陽ノ下へと引きずり出すように。 彼女の光りは、詠は、その輝きを増していく。
「こんなところで立ち止まれない……切歌ちゃんが怪我をしてるんだ!!」
「そんな大振りが当たるとおもうかっ!? そぉれ、隙だらけじゃ」
「――深町さんが待ってるんだッッ!!!」
「ぬぉ!?」
響の拳、それを支えるガントレットが動作する。
溜め込んだ光りを撃ち出すと、それは通路全体を貫く槍となる。 隠れながらも攻撃を仕掛けていた刹那からの面攻撃に、さしもの超獣化兵は避けきれず直撃する。
「た、倒しちゃったデス」
「すごい……」
「はぁ、はぁ……」
気配が消えて、一同はようやく一息。 だが切歌の傷は深くはないモノの、出血もしている、早めに屋敷に帰って速見に見てもらいたいところだ。
撤退の2文字が彼女達の脳裏によぎるが、それを許してくれるほどクロノスは甘くなかった。
「ほぅ、配下越しよりもやはり実際に観てみるモノじゃわい、おなごがこうも戦えるとは不思議なものよ」
「誰だ!!」
「だれ、とは異な事をいうのう。 ここはクロノス日本支部のクラウド・ゲート。 ならば、その上層にいるのは限られて居るだろう」
「……クロノス、幹部」
現れたのは小柄な人影。 徐々に姿が鮮明になると、その背格好に響は戸惑う。
……どう見ても只の老人なのだ。 あの、雷を操るプルクシュタールに比べればいささか迫力不足な全体像。 だが……
「響さん、このおじいさん――」
「調ちゃん、切歌ちゃんを連れて速く逃げて」
「……え?」
「急いで! この人は、まずい」
立花響の全身が警告を促す。
目の前の老人から発せられる空気は、いままで味わってきたどの敵とも違う異質なものを含んでいた。
「額のクリスタル、あれがあるって事は間違いなく獣神将のひとり」
「ぞ、獣神将!? あのヒトが……!」
「で、でも相手は一人デス……三人で行けば」
「ほうほう、中々に威勢の良い嬢ちゃん達だ」
――――――――――――いい実験材料になる。
老人が薄く嗤うと、三人の身体に怖気が走る。
一回だ。 いま、間違いなく一回殺されていた。 立花響は2人を背にゆっくりと拳を握る。
先ほどのフォニックゲインの放出で、体力はもうほとんど残っていない。
1人は手負い、1人は護衛。 ならば、自身がもう一度戦うしかない。 意を決した響は、老人に向き直るともう一度ガントレットを展開する。
「立花響、行きますッ!!」
「自己紹介とは丁寧な娘じゃ。 良いだろう、ならばこちらも返しておいてやるかのう」
ふらりと浮き上がった老人は額のクリスタルを輝かせると、不敵に笑う。
「獣神将が一席 “カブラール・ハーン” どれ、せっかく下見に来てやったのだ、成果を収穫させてもらうかのう」
『――!!?』
雷が鳴り止んだクラウドゲートに、巨大な影が蠢く。 それは、獣か、怪物か、それとも…………