悪魔に魅入られた戦闘生物。 そのカブラール・ハーンの策略により、少女達の救援に駆けつけたバトルクリーチャー=アプトムは、その身体を異形に改造させられ、ついに装者達に牙を剥いたのだ。
「ウォオオオオオオオオオオオオ!!」
「おっさん! 正気に戻れよ!!」
「かかかっ! これは予想以上の効果じゃわい」
「あんのヤロウ!!」
いままで、このクラウドゲートを守っていた数多の獣化兵とその上位種である超獣化兵を文字通り喰らってきたアプトム。 それには、やはり敵の狡猾な罠が仕掛けられていたのだ。 悪魔となったアプトムの攻撃を、槍で捌きつつ段々と状況が読めてきた奏は歯がみする。
「くそっ! あの5人衆もどきも策略の内か!」
「まぁ、そうじゃな。 あれで倒れても構わんし、そうでなくともさらなる余興が待って居ただけの事よ」
「趣味わりぃぜ、じじぃよ!!」
「かかかっ! せいぜい咆えるんじゃな」
奏が詠を紡ぎはじめる。 輝く槍を振り回すと円を描き、それをアプトムに向かって投射する。 身体を拘束するかのように、彼を締め付ける光の輪。 これでなんとか……呟いた先に嫌な手応えが槍に伝う。
「ダメか!?」
「ウォオオオオオオオ!!?」
「無駄じゃ。 その欠損品はもはやタガの外れた戦闘生物に他ならない。 ガイバーⅠの過剰防衛モードを参考にした、対アプトム用のウィルスを大量に融合吸収したいま、止める事も叶わんじゃて」
「こ、のぉ!!」
光輪が崩される。 同時、その身体を無数の法大に形成したイヴィル・アプトムは咆える。 輝く同時、奏は皆に向かって叫ぶ――
「避けろ!!」
「わ!?」
「切ちゃん!!」
「ぐぅぅ……」
背中を負傷している切歌を守るように、皆が身体を丸めて砲撃をやり過ごす。 なんとか躱しきったのだが、いまのがもしも追尾が可能な生体ミサイルだったと思うと……奏の背中に汗が流れる。
「さて、わしはここで退散とするかのう」
「な!? 逃げるのかよジジィ!!」
「ほほっ! まだそんな元気があるのかお嬢ちゃん。 しかし、まぁ、ここはアレじゃな。 あとは若いモン同士仲良く……と言うヤツじゃな」
「ふっ!? 巫山戯んな!!!!」
仲間を傀儡にしておいて、どの口がそのようなことを吐き出すのか。 槍を振り回す奏を響が必死に押さえ込んでなんとかなだめる。
確かに、アプトムにやった仕打ちは許しがたい。 だが、ここはあの獣神将とイヴィル・アプトムを同時に相手取るなんて最悪な事態は絶対に避けなければならない。 だから響は必死に抑え、奏は歯を軋ませながらソレに答える。
その姿はカブラールの予想通り。 ここまでは全部自身のシナリオ通り。 だが、だが……これでは何だか味気ない。 ここで彼は、さらなる揺さぶりをかけることとなる。
「さて。 これで邪魔者は全員足止めかのう」
「……」
「これでようやくワシも対面できようて。 あの、魅奈神山に現れたという遺物と言う奴に」
『!!!!?』
「…………ほう、小娘共、なにをそのように慌てておる」
「てめえ……まさか……」
「くかかかかかかかかかかか!!!!」
奏は確信した。 このカブラールという男、すべてを知っているのだと。
「いや、いいや。 ソレは違うぞ小娘よ」
「何だと……?」
「わしは今日まであの遺物にはさして興味は無かった。 だがの、今日、ここに来た
「…………」
「奏さん……!」
押し黙る奏と、動揺が隠せない響。
いつも、そうだ。
クロノスという存在は、常に“彼”を脅かし続ける。
彼がなにをしたというのか。
いつだって、一所懸命に走り続けて、誰かの為に傷ついてきた彼にこれ以上なにをしようというのか。
「ほほっ! このままアレをどうしてやろうか」
「……」
「あの外殻を切り刻んでやろうか、それともレーザーで焼くか、おぉ、超重量でおしつぶすのもよかろうて」
その言葉を聞いたとき、あの、老人のキミが悪い嘲笑をのぞき込んだときだ。
「…………やってみろよ」
「……ぬ?」
「できるもんならやってろって言ったんだ!! だがな、てめぇ如きに潰されるショウじゃねえぞ!!!」
「くかかかかかかかかか!! そうか、そうか! そりゃあいい啖呵じゃわい」
奏の堪えが限界を超える。
これが自分の事だったらいくらでも耐えられただろう。 自身は、既に救われた存在なのだから。 だが彼は違う。 彼はまだ戦い続けている。 目に見えない束縛と、巨大な宿命という壁に。 彼はまだ、立ち向かっているのだ。
そんな彼を嘲った。
そんな少年の願いを踏みにじった。
だから許さない、故に奴はここで消える。
奏は一呼吸置くと、響たちにとんでもない作戦を提示する。
「響、切歌、調、すまねえな、アタシはもう限界だ」
「奏さん……?」
「あのジイさんにこの槍をぶち込んでやらねえと、もう気が済まねえ! 悪いがアプトムの相手は頼んだかんな!」
『え!?』
つまり、奏ひとりで獣神将を相手取ると言うコトだ。
いくら何でも無謀に過ぎる。 あの、村上征禧が変異したイマカラム相手ですら善戦出来ずに撤退したというのに。 そもそも、限定解除の成されていないシンフォギアでは、せいぜいガイバーを少し上回るスペックしか発揮できない。 そんな無謀を、彼女達は許すわけには行かなかった。
「ダメです!」
「けどあのままアイツを逃がしちゃ、ショウがやられる」
「だけど……だけど、獣神将を相手にひとりでは無理ですよ!」
「それでもやらなきゃならない時があんだろう!?」
「奏さんッ!!」
消えていこうとするカブラールを、ひとり走って追いかけようとする。 だがその手を掴んで離さない響は、必死に叫ぶ。 いまは、堪えてくださいと。
憤怒に染まった奏の顔だが、響の悲痛な叫びを聞いてしまえばすぐに熱が下がっていく。
「…………悪かったよ」
「すみません、奏さん」
「いや、いいんだ。 辛いのは、おまえも一緒だもんな」
そのまま槍を構えると、奏と響が横並びになる。 後ろで切歌の介抱をしている調が、シンフォギアのコンテナを展開すると、内部から鋸を生成、発射の態勢に移ると同時、切歌はそっと息を整える。
「――――と言うわけだオッサン! 時間がねえ、加減なんか出来ねえから、文句は後で言ってくれ!!」
「アプトムさん、行きます!!」
「はぁぁああ!!」
「デェェス!!」
4人が一斉にアプトムに向かう。 怪物となった彼に対して、真っ向な正攻法など通じないのは、先のフィーネ戦でいやでも思い知っている響はここで腕のギアに集まった光を撃ち出す。
「おりゃあ!!」
閃光と共に走り抜ける衝撃波を、アプトムが甘んじて受ける。
しかし、元々から持っていた驚異的な回復能力で即座に修繕されていき、何事もなかったかのように奏に襲いかかる。
「ヴァアアア!!」
「高周波の……槍! 当たるかよそんなモン!!」
奏がバックステップで躱すとそのまま後退。 同時、背後から赤い鋸が飛来する。 調のギアによる攻撃は、アプトムの身体をそのまま削っていく。
「ギァアアアアアア!!」
「あ、ご、ごめんなさい――」
「馬鹿! フラフラ近付かない!」
「きゃあ!?」
調の右横から飛来するアプトムの尾。 慌てて調を引っ張ったのは奏だ。 彼女はそのまま一気に飛翔すると、手に持った槍を輝かせ、投擲する。 それをたたき落とされるのを確認すると、奏は即座にもう一本の槍を生成した。
「やっぱりオッサン相手に長期戦は辛いか! 響、アレやるぞ!!」
「はい! 只今!!」
『はぁぁぁあああああああ!!』
二つのガングニールが発光する。 音叉の如く鳴り響き、クラウドゲートにまで届く詠を奏でる彼女たちは手を握り、槍に力を収束していく。 いつか見せた、現状最高の攻撃だが、その攻撃はいささかチャージに時間がかかり過ぎる。 アプトムの尾が、高速で撃ち出される。
「グゥゥゥウウウウ!!?」
「させないデスよ!!」
ならばその隙は埋めるべきだ。
鎌を高速回転させ、尾を弾くとそのまま彼女達に道を譲る。 その後ろ、切歌からまるで後光のように刺す輝きはいま、奏と響が作り出した詠の光り。 アームドギアに収束し、奏の叫びと共に撃ち出されるソレを、彼女達の世界ではこう言うのだ
「いっけぇぇぇええええ!!」
「これがアタシ達の!!」
『絶唱だぁああああああああああああッ!!』
「――――ッ!!?」
最速で、一直線に放たれた極光。
2つのガングニールから放たれた高威力のフォニックゲインが、イヴィル・アプトムへ迫る。 だが……
「ウォオオオオオオオオオオオオ」
唸る。 いや、咆えた。
アプトムが全身を励起させると、中身を露出させ、周囲から温度を奪っていく。
急速な温度変化に凍り付く室内はまるで、生気を吸い取るかのような光景。 それはいままでのアプトムがなしえなかった力の使い方である。 一瞬のエネルギーチャージが完了すると、アプトムの腹が開く。
刹那、二人の絶唱が漆黒の熱線に止められる。
「馬鹿な!? アタシらの全力だぞ!!」
「これ、アプトムさんのブラスターテンペスト!?」
「ヴォオオオオオオオオオ!! ガァアアアアア!!」
「ヤバい! このままじゃ力が……!」
数多の獣化兵を吸収した際に発生するはずの莫大な熱エネルギーさえも撃ち出しているのだ。 命だった者を撃ち出しているのだ。 それが、たった二人の輝きを飲み込めないはずがない。 ゆっくりと押し返されていく光りに、奏は即座に響を見る。
「…………後は頼んだ」
「え……きゃあ!?」
蹴った。
先ほどまで手を繋ぎ、同じ絶唱を放っていた響を蹴り飛ばしたのだ。 出来るだけ遠くに、切歌と調を巻き込めるように遠くへと。
「奏さん! そんな……ダメだ!!」
「そうデス!!」
「させない!!」
『え?!』
跳んで、駆ける。 響を受け止めた二人、調と切歌は奏の前に飛び込んだ。
息を吸い込むのも、整えることすら間に合わない刹那の時間で、二人はギアを最大出力にまで持って行く。
詠え。
この、僅かな瞬間だけでいい、この悪夢に終止符を打たなければならない。
「……………………ra ――――」
誰が紡いだか。
始まりは、まるでひとりの人間が出したかのように、同時に行われる。
鋸が、鎌が、一斉に輝き出すと、彼女達の前に展開し、漆黒の光りをせき止める盾となる。
輝く武器、共振を起こすシンフォギア。 その、どれもが奏と響にも負けない威力を持つ光りを放ち続けていた。
「調……切歌……お前達」
「いつまでも足手まといじゃないデスよ!」
「わたし達だって!!」
「キシャアアアア!!」
『負けないんだからぁぁアアアアッ!!』
光りが霧散し、アプトムのブラスターテンペストはその威力を無効化させられる。 だが、鋭い牙から覗く、血のような吐息は彼女達に決して安堵を許さなかった。
「次くるよキリちゃん!」
「わかってるデスよ! チャージなどさせるものかデス!!」
足が止まったアプトムに、高速の接近戦を開始する切歌。 振り落とすように斬りかかった鎌は、彼の肩口を抉り、床に鮮血をまき散らす。
「ウォオオオオ!! ぐぉぉおおおおお!!」
「おじさん……!」
「ガァアアアアアアアアア!!」
「おじさん――」
「ダァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「……ごめんなさい、おじさん」
「ぐぅぅぅぅ……」
「でも、アタシたちもここで止まるわけには行かないのデス!!」
アプトムが腕を変化させ、2振りの高周波スピアーを生成する。 振りかぶり、貫かんと切歌へ撃ち抜くと、そのまま高速で彼女に迫る。
アレは、不味い。
奏が撃ち落とそうと槍を投げるが、そんな物、当然間に合うはずもない。 だが、既にそこには一刀の鋸が駆けていた。
「キシャアアア!!」
「キリちゃん、いま!!」
「DEェェェェェェAエエエエエエエエエTH!!!!」
右のスピアーが撃ち落とされ、左の槍をかいくぐる。 その生半可ではない勇気を振り絞った切歌の一撃は見事、アプトムの心臓を刺し貫いた。
「これで…………終わりデスッ!!」
貫いた槍を、一気に引き抜く。
引き抜いたのは、見たこともない臓器だ。 心臓のようで居て、まるで脳髄のように神経が集まったソレは、人目見ただけでわかる。 ナニカの重要器官に、別のナニカが侵食しているのだと。
それを地面に振り落とすと、侵食する部分を奏がヒールで撃ち抜く。
同時、イヴィル・アプトムが断末魔を上げる。 核を失い、取り込んだ獣化兵の力を制御しきれなくなっているのだ。
「ギアアアアアアアアアア」
「……」
「ぐぅぅぅぅ、おの、れぇぇ」
『!!?』
悲鳴のような断末魔が、段々と意思を持ちはじめる。
だがこの声はアプトムの物ではない。 耳障りなものへと変わりゆく音に、奏は一気に槍を差し向ける。
「おいおい、まさかアンタが操っていたのかよ……じじいッ!!」
「な!? まさかカブラール!」
「あのヒトがアプトさんを!?」
「……そうか、哲朗さんが言ってた獣神将の精神支配! でもアプトムさん、ロストナンバーには効かないって」
「それを効かせるためのトリックがアタシが踏んづけてるコレだろ? おおかた、ゆっくりと生成していったコイツが、形になったところでアプトムのオッサンを狂わせていったわけだ」
「き、キサマらぁぁあああああ!!」
翁が叫び声を上げる。
先ほどまでの余裕が打って変わっての態度に、若干、奏が口元をつり上げる。
「へいへい、随分と辛そうじゃないかジイサン」
「くっ……楽しみに没頭しすぎたわい。 感覚がフィードバックでかえってきよる」
「アプトムさんを散々利用してきたから!」
「もう絶対許さないデスよ!」
「攻守逆転」
悪魔が怪物に墜ちる。 リンクしすぎたアプトムの身体から逆流する痛覚に、平静さを失った翁はいま、少女達に憎悪の感情を向ける。 だが、ソレが一体何だというのか。
彼女達が居た世界で、幾千の年月を超えた巫女、フィーネから与えられた憎悪に比べればこのような者はなんてことはない。 響は、ゆっくりと立ち上がり拳を握る。
「返してもらう! 貴方が奪ったものすべて!!」
「煩わしい小娘が! 舐め腐りおって、その顔を今すぐに歪めてやろう!」
「なにをする気なの……?」
アプトムの身体が宙を舞う。 悪魔のような翼で空に向かうと、そのまま暗闇の夜空へ消えていく。 上に行ったのか? 切歌が窓をぶち破り確認すると、その顔が白く染まる。
「奏さん……」
「どうしたのキリちゃん?」
「あれ……町中の人がコッチに来るですよ!!」
「なんだって?!」
皆が眼下を納める。 同時、言葉を失う光景が広がっていた。
どう見ても正気を失った人間が、成人男性達が、不気味にも不揃いな列を組んでクラウドゲートに入り込んでくるのだ。 その姿はどう見たって操られた傀儡であり、奏にとっては鮮烈な姿であった。
「カブラールのヤロウ、まさかショウの時と同じ事をする気か!?」
「え、深町さんの……?」
「…………あぁ、しかも最悪な方法を選びやがった」
一瞬、切歌達を見た奏はあえて言葉を隠した。 深町家の惨劇は、自身が勝手に語って良い物ではないから。
「…………融合捕食だ」
「え?!」
「おそらくアレは既に調整をされた一般人だ。 クロノスとは、何ら関係の無い、それどころか戦いとは無縁のヒト達だ。 奴はそれを喰らうつもりなんだ」
『……っ』
少女達の手がわなわなと震える。 確かに自分たちの世界にはノイズに消されていく人達は数多く居たかも知れない、でも、戦う為の道具として利用されたあげく、養分として喰われていくなんてあまりにも惨い。
思わず手で口元を覆い隠す調と切歌に、響はそっと背中をさする。
「あんまりデス……こんなのってないデスよ!!」
「どうにかならないの……?」
「……無理だ」
「そんな!!」
「ダメ、なんだ。 一度調整されたニンゲンは、その生殺与奪をクロノスに握られる」
「だからって」
改めて思い知るこの世界の悲惨さに、しかし、嘆いている時間など与えてくれない。
彼等が居るクラウドゲートに、特大の激震が走ったのだ。
「なに!?」
「この揺れ……一体何が起こってるんだ!」
足下から来る物ではない、どう見積もっても頭上から発せられる振動だ。 ならば、答えを出すのに時間はかからない。
「カブラール」
「あのヒト、まだ……」
「今度は一体なにをする気デスか、あのおじいさんは!」
「まさか、下の人達を操ってるのって」
瞬間、彼女達の居る階層が崩落する。
一斉にとびあがり、瓦礫を足場に上階へ待避する。 だが飛び上がる最中に響は見た、この世のものとは思えない、まさに地獄と形容できる光景を。
「ヒトが……喰われていく」
「おい、いまのは何なんだよ!?」
巨大な触手に数多くのヒトだった者が呑み込まれていく。 まるで無理矢理獣化させられたのか、半分ほど骨格が剥き出しになってる者も居る。 まさに阿鼻叫喚が繰り広げられている世界に、皆が怒りを噛みしめる。
「あ、あいつ……ヒトの命をなんだと思ってんだ……消耗品じゃないんだぞ、お前に使われるために生きてるんじゃないんだぞ!?」
「いったい何千のヒトがここに集められて……ここで、いったい……ぐっ!!」
「狂ってる」
「絶対、許せないデス……!」
クラウドゲートを侵食するかのように、いいや、既にその形をとりとめていない建物を、食い散らかすように触手が蔓延る。 それが伸びる度に聞こえてくる断末魔は、一般市民だけの者じゃない。
そうだ、ヤツラに忠誠を誓ったはずのクロノス隊員ですら、この騒動の被害者である。 仲間すら食い物にしていく暴挙の果て、何千と言う命を奪い去った悪夢の底に、ついに奴は姿を現わす。
「…………くかかかかッ! ようやっと終わったわい」
『…………』
その声はまるで衝撃波のように巨大で、威力を持った音だった。
だが、ソレがなんだというのか。
「お前、お前という奴は……」
「どうした小娘ども! この儂……この
「馬鹿言ってんじゃねえよ……何処をどう見ればそんな風に見えるよ?」
「ほう?」
奏が槍を持ち上げる。
敵は、50メートルを超える巨体。 あの、フィーネ巨獣体をも超える質量を前に、しかし、彼女達の闘志は一瞬の揺らぎもない。
「お前は、いま……ここで倒す!!」
「くかかかかかかかかかかかッ!!!!」
笑いが木霊する。 その嘲笑はカブラールの自信の証。 そうだ、普通に考えるならば、2メートルにも満たないニンゲンが、あの巨体を倒すことなど出来ようはずがない。 それを可能にするならば、奇跡起こさなければならないだろう。
「汝はここで終わりだ、消えろ!!」
「ぐぁぁああ!!?」
「きゃあ!」
「尾を振り回しただけなのに……」
「か、身体が、もう……!」
しかし起きないから奇跡というのだ。
圧倒的な質量を持つドラグロードを前に、響達シンフォギアの力は些細な物でしかない。 数千という獣化兵の吸収体を己が肉体にしたカブラールに、彼女達に勝ちの目はない。
「汝らもよくやった。 儂にここまでやらせたのだからな」
「ダメ……からだが言うこと聞かない」
「アタシも調も、そろそろ時間デスよ……どうにかしないと」
「くっ……連戦が響いてやがる」
「みんな……!」
度重なる激戦。 超獣化兵5人組と、カブラールの配下、イヴィルアプトムと戦いを繰り広げてきた彼女達の気力も、体力も既に限界だ。 ソレにもかかわらず、敵の力は増すばかり、これだけ見れば確かにカブラールの言うとおりなのだ。
だが、だが―――
「負けられない!」
「プルクシュタールさんの仲間とは思えない……」
「おじさんの恨み!!」
「お前ら! やるぞ……奇跡を起こすのはアタシ等の専売特許だろ! もう一回、やってやろうぜ!!」
『はい!!』
奇跡なら、既にこの身が起こしてきたのだ。
奏が復活したのも、深町があの世界に漂流したのも、そして、いまこの場に皆が居ること自体が奇跡なのだ。
こんな短期間で既に3回も起こした奇跡。 ならば、もう1回くらい起こせない訳がない。
奏が、響が、切歌が、調が、皆が手を繋ぐと、4人のギアは一斉に輝き出す。
「みんな、響に力を送れ!」
「はい!」
「やってヤルデス!!」
「ウォオオオオオオオオオ!!」
既に一回ずつ使っている絶唱。 それをもう一度再演しようというのだ。 残されたフォニックゲインのすべてを響に廻し、その力を幾重にも束ね、増幅し、高め合ってスパークさせる。
変形させたガントレットに稲妻のような閃光が迸ると、それを掴み取り、立花響のシンフォギアが白く染まる。
「なに……? キサマラ、なにをしようというのだ」
「へへ……本邦初公開、あくまで急場しのぎだけど、たった一人にありったけの力を込めれば限定解除に持ってこれるって寸法さ」
「で、でもこれ……かなり辛い」
「ヤバいデス……ちから、全部持ってかれちゃうのデスよ」
「ぐ……ぅぅぅうううう!!」
唸る響に声を震わせる3人。 無理もない、本来ならばあり得ない現象を、二人の融合症例の力で底上げしたといっても、この規模で行うのだ。 しかも、かなり分の悪い賭けになる。 既に一度行った絶唱と、いままでの戦闘によるダメージの蓄積。 しかも、4人の内2人は不適合者であり、制限時間が迫っている。 故にコレは一回きりの、まさに切り札と呼べる代物なのだ。
「響、後は頼んだぞ」
「…………はい!」
彼女達から力を受け取った響は、その手の平に極光を集める。
「ぐははははははははは!! 今更そのような光で何が出来る!!」
「何でも出来るよ! 奇跡だって起こせる!!」
「そうだ! アンタ程度倒せないようなら、世界なんて救えっこなかったんだからな!」
「響さん……!!」
「お願いッ!!」
4色の詠が一つに束ねられるとき、立花響のガングニールに今一度、翼が授けられる。 天を征く事を許された乙女は空を翔け、カブラールへと一気に接近する。
「負けられない……貴方のようなヒトには絶対に!!」
「かかか!! 矮小過ぎるその身体でなにが出来るか! 小娘!!!」
「うぉぉおおおおおおおッッ!!」
振り回された尾を回避する。 高速の飛翔はさしものドラグロードも反応しきれないのだろう、響の接近を許してしまう。
「でりゃあああ!!」
「――――」
渾身の右ストレート。 ガントレットにあるバンカーを利用した威力の増幅は、今までの比ではない。 あの、白蛇をも撃退した以上の輝きがカブラールに直撃した。
「……ソレが、どうかしたのか?」
「あ、え……?」
渾身の一撃を穿ったで在ろうはずが、涼しい声。 ソレに呆けてしまった響に奏が叫ぶ。
「響! 後ろだ!!」
「―――ぎゃん!?」
いきなり背後から衝撃が走る。 おかしい、カブラールは確かに目の前に居るはずなのに、何故この角度で攻撃を受けたのか。 空中を転がりながら響は今起った事を確かめるべく、拳から衝撃波を打ち出した。
「――――!!」
「アレは、ビルの中に居た触手!?」
「ほう、一撃で巨顔触手を屠るか。 なかなかどうして油断何らない娘じゃ」
「なんてグロテクス」
「……趣味悪いのデス」
「アイツ、遊んでやがる……!」
先端が人面になったとしか形容出来ない触手が、巨獣神の身体のいたるところから伸びている。 アレも、取り込んだ獣化兵の肉片で作り出したものなのだろうか。 ヒトの身体を優に超えた大質量が、群れを成すかのように響を追いかける。
「ダメだ、ドンドン離される」
「逃げろ逃げろ小娘! ほうれ、もう袋のネズミじゃ」
「こなくそ!!」
「おぉ、2本まとめて消し飛ばしたか」
衝撃だけで触手を消し飛ばしていく。 だが、消しても消しても続々と沸いてくる巨顔触手は、ついに響を捉える。
右肩への体当たりのあと、左足に巻き付き彼女を3度振り回す。
「ぐぅぅっぅう!!?」
猛烈なGが身体に加わると、彼女の視界がブラックアウトする。
暗い視界のなか、左足にまとわりつく感覚だけを狙い、左拳から衝撃波を撃ちだし、なんとかちぎり取る。 一瞬だ、たった一瞬で自身は既に肩で息をし始めている。 この限定解除の力を持ってしても、こうまで力の差が付いている。
「どうした!」
「ぐあ!?」
「どうしたと聞いている!!」
「ぐっぅぅ!!?」
あっという間に嬲られ、羽根を散らしていく。
獣化兵数十体分の質量を鞭のようにしならせぶつけていく。 振るわれた触手はそれだけで大質量な武器となり、響のガングニールを容赦なく損壊させていく。 あの、白い装甲があっけなく砕け散っていく様は、あの奏すら言葉を失ってしまう程の衝撃だった。
奇跡は起きた、だがたった一つの小さな灯火など、この世界ではあまりにも弱く、儚い。
無駄だと咆えたカブラールの口が、3つに裂かれ、展開する。
その姿はまるでレーザーの発射砲台。 だが、その巨大さはもはやメガスマッシャーとは比較にならないほどの威力を持つことなど見ただけで明らかだ。
奏が叫ぶ。 逃げろと、今すぐ自分たちを捨ててここから離れろと、響に最後の願いを託す。
だが、彼女は逃げない。
ソレがどういう意味かを知っていながら、彼女はついに、灼熱を発するカブラールの目の前で、両手を広げた。
「…………来い、絶対に……ここは徹さない!」
「死を覚悟したか! 良かろう、ならば喰らうがいい!!」
「おい、響……おまえなにやってんだよ……!」
「響さん! もういい! 速く逃げて!!」
「まずいデス! このままじゃ……このままじゃ!!」
アレをあのまま撃たせれば、言うまでも無く仲間達は皆灼熱の地獄へ落ちるだろう。 皮膚を焼かれ、肉を溶かされ、骨すら蒸発して消え去る死の熱線。 ソレが、あの巨獣神が持つ超弩級の生体熱線――
防がなければならない。 ここを通す訳にはいかない。
守るんだ。 例え万難を喫しても、ここで自分が、なんとしても守るのだ。
例え、ここですべてを失っても―――――
「―――――――違うだろ!!」
「……えっ」
「お前は、響はそういうのは似合わないんだよ! そう言って身体張るのはな……昔から“あいつ”の専売特許なんだかんな!!!」
「かなで……さん……?」
「かかかっ! ついに気が触れたか小娘。 なにを言うかと思えば、また、訳のわからんことを――」
「お前にわからなくても響にはわかる!! そうだろ、なぁ、おい! 答えろよ!!」
「……でも、いまは……あのヒトは……」
「居るだろ! ここに、この世界にアイツは居る! 居るんだよ!! だって、ここはアイツが――――」
ショウが、生きる世界なのだから。
「アタシはまだ死ぬつもりはない! そんで響もだろ!! だってまだ、ショウに会ってないんだ!」
「う、ぐ……」
響が再度拳を握る。
だがその間に無情にも終わる煉獄砲のチャージ。 その死へ誘う輝きを前にして、響はただ握った拳を前に掲げることしか出来ない。
だが、それでいいのだ。
先ほどまで漂っていた、生の放棄が、彼女から完全に消えた。 例えソレがひとつかみの儚い光りだったとしても、確かに彼女の中に、心に、一つの詠が流れはじめたのだ。 そうだ、シンフォギアを纏う少女に、今一度うたが、流れはじめたのだ。
だから、後はその詩を……紡ぐだけ。
「あきらめるな! まだ、その身体に詠が流れている限り……………………生きることをあきらめるなぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!」
止まぬ願いが詠となって天地を揺るがすとき、業火が、放たれる。
「………………ばかな」
『……!?』
「あ、え……」
誰が、零したのか。
否定の言葉は今現状を認めたくないから。
だってそうではないか? 必殺を込めてはなたれた煉獄の炎が、どうして少女の周りを避けるように通り過ぎ、霧散したのか。
まさか、ここに来て新たな力が?
いいや、少女にこれ以上の力は無いはず。 在れば既に状況を打開しているからだ。 巨獣神となったカブラールを持ってしてもわからぬ答えは、しかし、爆炎が晴れた瞬間にすべてが解決した。
「なんじゃ、ソレは!!?」
「なんデスか、あれ……?」
「響さんを、守った?」
そう、解決したのだ。 この、まだ知り得ぬ三人を置いていくように。 たった二人の少女達にはいま、ようやくわかったのだ。
「………………さ、蛹」
「深町……さん……?」
立花響の前に顕現せし、遺跡宇宙船のなれの果て。 ソレがあの業火を切り裂き、少女達を守る楯となったのだ。
異次元から流入するちからの濁流で煉獄砲の力をかき乱し、そのまま威力をかき消して見せたのだろう。 全くの無傷で佇むソレに、響はついに堪えきれず、顔をくしゃくしゃに歪める。
「――――――深町さんッ!!!」
蛹に身を寄せ、顔を埋めると嗚咽を漏らす。 いままで、気丈に振る舞っていても、やはり不安はあったのだ。 だが、ソレも、ここまで。
「かか! なんだその小さき援軍は! 只の細胞の塊に何が出来るのだ!」
先ほどの偉業を忘れ、巨獣神が一人咆える。 その巨体に任せた自信過剰が、どれほどに愚かで、矮小か知りもしないで。
「ぬ?」
開く。 今まで固く閉ざされていた蛹が、その、外殻を一枚、また一枚とゆっくり剥がし、開いていく。 中に隠された真の力を解放すべく、少女達を救うべく、殖装者の願いを、最大限に叶える為に、その躯を解き放つ。
「な!? き、貴様ハ……何者だ! ガイバーではない、その躯は何だ!? 一体、何だというのだ!!」
だから言う、だから叫ぶ。 この、非道を歩んできた愚か者に、巨人の鉄槌を下すために。
ショウ年は、ついにこの世界へ帰還する。
「ガイバァァアアアアアアアアアアアアアアアアギガンティックッッ!!!!」
一度は死に退去した世界に、巨人殖装となってようやく彼は帰還したのだ。
「カブラール・ハーン!! お前は、今ここで消えるんだ!!」
「死に損ないの若造が、その大口、今に後悔させてやる」
巨獣神となったカブラールにすら、まったく怖じ気づくことなく、それどころか、悪逆の限りを尽くす奴を前に、ついにガイバーの、いや、ギガンティックの……否、深町晶の真のチカラが、いま、解き放たれようとした。
「俺達のチカラを、思い知れ!!」
戦いはいま、新たなステージへと駈け上がっていく。