―――――――――光り。
意識を、自覚を、いま自分を認識した瞬間。 襲いかかってきたのは途轍もない光りの塊だった。
ソレが只の光源では無く、破壊を伴う閃光だと気がついたときには、既に躯はその輝きに飲まれている最中である。
腕が、手足が、おのれの躯すべてが“原子分解されていくその刹那”
“それ”が思うのは痛みでも、肉体を喪失する恐怖でも、おいていくことになる仲間の事でも無かった。
………………あぁ、こうやって“アイツ”は殺されたんだな。
ただ、ただ、自身の死が他人事のように思えてしまうのは、これが今、自分自身を襲う死ではなくあの少年の身に起こった過去だから。
原子の塵に還らされ、己が存在を抹消されていくそのとき、彼女の意識は水面から引き上げられるかのように覚醒を強制させられた。
「――――っ!?」
飛び起きる。
全身がまるで病魔に冒された後のように汗を流し、呼吸が乱れ瞳孔が開いている。 明らかに尋常では無い自身の状況に、彼女は……天羽奏はゆっくりと目を瞑り、息を整えた。
汗が引くのを待たず、彼女は不安に駆られるままに部屋を出る。 向かうのは今夢で殺された少年の眠るはずの部屋だ。 辿り着き、ノックもせずにドアノブを捻ると中身を見て愕然とする。
「……やっぱり、居ない」
もぬけの殻と言うには、まるで部屋に最初から居なかったと言えようか。
ソレはつまり、少年が自分と別れてから後、この部屋に帰る間もなく飛び出したからだ。
「この悪寒……ショウ、おまえいまなにやってんだよ」
わかるのだ、天羽奏には。
それはこの躯が蛹から再製されたからか、それともガイバーというシステムに縛られた故か。 少年が尋常で無い事態に身を置いた事を、彼女だけが理解出来たのだ。
けど、いま奏に出来るのはここまで。
少年の危機に駆けつける術は無く、ただ、不意にいなくなってしまった彼を待つことしか出来ずにいた。
そうして、深夜が通り過ぎて日が昇る頃になって、ドアがゆっくりと、音も立てずに開かれた。
「た、ただいま……」
「おい、ショウ」
「――え?」
変わり果てたカブラールとの決着を付け、帰ってきた深町を出迎えたのは、一人この異変を肌で感じ取っていた奏だ。 彼女はヒトの姿でこっそりと帰ってきたショウ年に掴みかかるようにぶつかって来たのだ。
「おまえ一晩何処に行ってたんだよ……!」
「……ごめん」
「……何も言わずに謝んな、責められなくなるだろ」
「…………ごめん」
重なる謝罪に、ちいさく文句を零した奏はそこで落ち着きを取り戻したのだろう、そっと離れると彼に背中を向けた。
一瞬、彼女の腕が顔を行き交う。 目元を拭ったのだと気づいたときには、既に奏はいつもの調子に戻って、少年に指を向ける。
「次勝手に飛び出したら罰ゲーム!」
「え、え……?」
「なにがいいかなぁ? アレがいいなぁ、これがいいかなぁ」
「俺になにさせようって言うんですか」
「へへ、それはやられてからのお楽しみ」
「あ、はは」
これはいよいよ単独行動が出来なくなったと冷や汗が流れる深町少年。 自身に対してやたらスキンシップがアグレッシブな奏が罰ゲームと嬉々としている姿は、ただそれだけで不安を抱かせるのには十分であった。
「んで?」
「え?」
「いままでなにやってたんだよ? いまさら特訓に行っただなんて言わないよな」
「……カブラールに、ここを見られた」
「は? …………なんだって!?」
「斥候だと思ってすぐに倒そうと追いかけたんだ。 でも、実際は奴がアプトムの力で化けていた姿だった」
「それで奴は?」
「倒した……はずだ」
「…………そうか」
深町の声に覇気はない。 獣神将と戦闘生物とのハイブリッドは、いつかのフィーネガイバー態をも上回るしぶとさなのは、想像に安いからだ。 そもそもガイバーのメガスマッシャーを受けても生き残る存在を、深町は決して侮らない。 ソレは記憶を共有した奏も同感である。
しばらくの沈黙。 だけど、日が昇るにつれて徐々に他の人達が目を醒しはじめたのだろう、物音が聞こえはじめると、深町は奏を真っ直ぐ見つめる。
「……そんな顔すんな」
「けど、俺が仕留め切れていれば」
「んなもん言ってたって仕方がねえよ。 それに、もしもここがバレたってんなら今更大騒ぎだ。 そうだろ?」
「……はい」
などと希望的観測を述べる奏も、実際には大きな不安を抱える状況なのは変わりない。 それでも、この少年の前では決して明るい雰囲気を崩さないのは、彼女が持つ強さだ。
ここで何処かの部屋のドアが開く音がする。 大きさからして瑞紀だろう。 二人がここで目配せすると、そっと、彼等は自分たちの部屋へと帰るのであった。 彼女に、余計な心配をさせないために。
「んー! おなかいっぱい!!」
「お粗末様でした」
立花響が朝食をすべて平らげた頃。
食器を下げ、台所まで運んでいく深町少年を切歌と調が複雑な視線で見送っていると、横から哲朗が声をかける。
「どうしたんだ? 二人して晶の背中追っかけて」
「え? あ、その」
「フカマチさんってホントにあの巨人のひとデスかなー? って思ってたところデスよ」
「ふぇ? 深町さん?」
二人の意見に、響は疑問符を。 しかし哲朗は違っていた。
「……そうだな、確かにあんな姿を見ちゃったら、ガイバーとかギガンティックの姿には繋がりようが無いってもんだよな」
「隣でおなかをさすってる誰かさんに比べて……」
「女子力……主夫力が爆発しすぎてるデスよ」
「うぐっ!? そ、それはもしやわたしの事をおっしゃって……?」
『えぇ、まぁ』
「冷ややかな眼差し!?」
年下二人からの評価が氷点下なのだが、もう手遅れなので挽回のしようが無い響さん。 彼女は今更ながらに背筋を伸ばす。 相当堪えたようだ。
そんな彼女の危機など知らず、深町は洗い終わった食器の水切りを済ませて居たりする。 ……手際が、良すぎである。
「はぁ、どうしてこうなっちゃうのかなぁ」
「まぁまぁ、落ち着けって立花。 もともとお前にそういった方面なんて出会い頭にハラ鳴らしてぶっ倒れていた時から期待しちゃ居ないんだからさ」
「うぐ!?」
「哲朗さん、言い方」
「いや、別に馬鹿にしてるわけじゃないんだぞ月読。 俺はだな――」
オンナとしての決して高くない矜恃を砕かれた響に情けの言葉をかけるそのときであった。 地下からの扉が開かれる。
「みんな……!」
「速見さん?」
「どうしたんですか血相変えて」
「まさかクロノスが新たな動きを!?」
ずっと地下で研究に没頭していた速見が、場の空気を一変させる。 洗い物を終えて何も知らずに帰ってきた深町を見ると、彼は慎重に言葉を選び、彼等に伝える。
「……警察の無線を偶然傍受した」
「は、速見さんそんなこともやってたんですね」
「いや、研究のテストでほとんど偶然だった。 いや、そうじゃ無く、ヤツラが、クロノスが正体不明のナニカに次々と襲われているらしいんだ」
「え?」
「クロノスを襲う敵……まさか巻島か!?」
哲朗が立ち上がる。 いままで音信不明だった仲間の情報が上がれば興奮もするだろうが、残念ながら今回はあの黒いガイバーの話では無いようだ。 速見が、そっと首を横に振る。
「いろいろと情報が交錯していて、正確な正体は掴めないが、どうやら人間では無い事は間違いない」
「と言うコトは……?」
「マリアじゃないデス?」
「そのマリアさんと言うのがどんな方なのかは分からないけど、次々と獣化兵を襲い、食い散らかしていると言うのは間違いないようだ」
「……それってまさか!?」
「…………あまり、考えたくはないが」
シンフォギア、ガイバー共に獣を喰らう機能などありはしない。 だが同じ獣ならば心当たりが最近できあがった装者達は、そっと深町の方を見やる。 皆、考えついた答えは同じようで、少年は険しい顔をしている。
「…………アプトム」
「あ、あの深町さん!」
「もしかしたらカブラールかも知れない……!」
「そうだ、その可能性も残っているんだ、なら―――」
「おい晶、おまえまた妙なことを考えてないだろうな」
「……え? あ……………いや大丈夫ですよ哲朗さん。 ……いつかの時のような考え無しはもうこりごりです」
「だといいがな」
そのやりとりで響はそっと胸をなで下ろす。
この少年はもともと頑張りすぎるきらいがあった。 少女達だけではどうしてもと言うとき、彼はやっぱり無茶をする。 そんな彼を、あの表情をした少年を今こうやって言葉だけで止められたのは他でもない瀬川哲朗だ。
……深町少年が歩んできた苦難を、初めから共に歩き続けてきた彼だからこそ、今駆け出そうとした深町を押しとどめることが出来たのだ。
「まだアプトムだとは決めつけられない。 しかし、その可能性は決して低くないはずだ」
「もしも洗脳状態が続いているというのなら……」
「――助けましょう! 今度こそ絶対に!!」
「……うん、そうだね立花さん」
そうと決まればあとは行動だ。 言わんばかりの素早い身支度の中、奥のドアがそっと開かれる。 そこから顔を出したのはさっきまで眠りこけていた天羽奏。 彼女は、朝一から一変している空気に頭を揺さぶられたのか、いまだ寝ぼけ眼をこすると深町に向かって声を漏らす。
「ねぇごしゅじんさま、なにごと……?」
「正体不明の怪物が出たらしいんだ、もしかしたらアプトムかも知れないし、下手をしたら一般人が襲われる可能性もある。 行かないと」
「むゃ……おう、アタシも行くぞ…………」
「あ、ちょっと抱きつかない――天羽さん!?」
「きのう、ごしゅじんさまの“せい”でねぶそくなんだ……あと30秒だけチャージさせろぉ」
そう言って深町の腰にしがみついた奏はもぞもぞと覚醒の準備を整え、その後ろで装者達がただならぬ空気を感知して深町を目だけで射貫く。
「昨日?」
「深町さんと奏さんが二人……?」
「もちろん、なにも起こらないはずも無く」
「晶……?」
「そうか、おまえ遂に」
「何にも無いですって!」
「そうだぞ……? むにゃ、ごしゅじんさまの“せい”でまったく寝付けなかったんだ」
『――――!?』
「誤解を生む事をポロリと零さないでください!! ちょっと、天羽さん!?」
チャージの真っ最中の妨害は深町では出来ないらしい。
どうしようも無いどうにも締まらない空気のなか、深町と装者達は速見が傍受した無線の現場に駆けつけることにしたのだった。
「なんだあの化け物は!」
「くっ! こんな町中で報告にあった例のやつか!?」
「避難誘導を最優先だ! なんとしてもプルクシュタール様がお守りした市民を死守せよ!!」
新宿近辺。 復興中の街ではあるが、まだ都会の色を強く残した底を暴れ回る獣が一匹。
全身を黒で染め上げて、生体装甲が鱗のように身体から突き出し覆っているその姿は甲虫のようであり、魚類のようでもある。 しかし最大の特筆すべき項目は甲殻でも装甲でも無くその頭部にある。
「ぐっ!? なんだ、奴の額にある結晶体を見ると」
「ちからが抜けていく……」
「なぜあのような怪物から“あの方達”と同じ威圧感を覚えるんだ……!?」
水晶のように透き通っていて、雷光のように輝くその結晶体は、駆けつけた増援すらも足を止めさせる。
アレに手を上げると言うことは、天に向かい矢を放つと同義。 まだ威嚇すら始まっていないのに、彼等は既に手足を固められ、背筋に悪寒が駆け抜けてしまい動けない。 遺伝子にまで刻み込まれた恐怖に、彼等は確かに怯えすくみ上がる。
「は、超獣化兵部隊に応援を要請しろ! 急げ! 手遅れになるぞ!!」
「ダメです! 本部から出動してもあと5分はかかります!!」
「あ、ぐ……このままでは」
獣化兵の隊員が膝を付く。 まだ戦闘にすらなって居ないのに最早抵抗すら出来ない自身の不甲斐なさを呪う。 そんな彼等の状態を知っていたかのように、ようやく怪物が動き出す。
その動きは罠にはまった得物を、今か今かと空腹を抑え、待ち続けた狩人のよう。
一瞬、隊員の視界に影が映り込むと、隣からけたたましい咆哮が駈け上がる。
「ひぎゃああああああああああああああああああ!!?」
「あ、あぁぁ……」
「いやだ! 死にたくない! 死にたくない!! あ、あぁぁ――――」
「や、やめろ! くそ、どうして動かないんだ!?」
「――――――――グワッ!!!」
「ぎゃぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「くっ……」
ハラを突き破られ、持ち上げられ、そのまま怪物の巨大な口が開くと“身体が半分持って行かれる”
まだ生きている。 まだ悲鳴を上げられる。 そのけたたましい音を確認すると、怪物はもうひと噛み、獣の身体を砕いていく。
「かひゅ――」
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「あ、あぁぁ……あいつ、楽しんでやがる。 俺達を喰っているんじゃ無い……食い殺して楽しんでいるんだ」
己が状況をようやく理解した隊員は、ここで自身の運命を悟る。 何も守れず、仲間を見殺しにして、あげくその犯人の栄養にされるという惨い死に様。
もう一度、自身の視界に同じ影が映り込んだ瞬間、男はそこですべてを投げ出した……
「せいやああああ!!」
「グゥウ?」
「…………はっ?!」
鋭い閃光のようなモノが果物の動きを止める。 槍が、否、たった一つの掌が彼を救い上げたのだ。
怪物の触手を掴み取り、そのままスイングをはじめた乱入者。
「うぉりゃああ……………あり?」
「…………グゥ?」
「お、重い……持ち上がらない……!」
どう見たって2メートルも無い怪物の体重などせいぜい200キロ前後。 その程度の重量など強化された身体能力で放り投げられるはずだ。 なのに、ソレすらも通用しない圧倒的な質量を、奴はその身に内包しているというのだ。
「き、貴様はたしかクラウドゲートの侵入者か!」
「え、あ! わたし、ここには貴方たちと戦いに来たわけじゃ無くて……」
「あぁ、すべてプルクシュタール様の思念波で報告を受けている。 我々ではダメだ、みんなを頼む」
「…………はいっ!」
「奴の触手に気をつけろ! 仲間がそれでやられてる」
「了解です!!」
まさかの反応に、だからこそ立花響の戦意は高揚する。 敵とだって手をつなげる、そんな夢みたいな現実が今まさに起こっているのだ。 ソレが例え仮初めの共闘だとしてもだ。
そんな気力の塊の中でも響はスッと状況把握に立ち直る。 目の前の敵……獣は、よくよく見ていると覚えのある存在。 ソレは、先ほど隊員が発した単語も相まって鮮明に思い出されていく。
「……プルクシュタールさんと戦ったときのにそっくりだ」
「なんだと!?」
「グゥゥゥ」
色は違うし、そもそもあれほど強大な存在では無かったはずだ。 相性と状況の問題からプルクシュタールを追い込みはしたが、あのときの怪異はそこまで強い物ではなかったはずだ。
だが、今目の前にいる怪物はあのときとは桁の違う強さを発揮している。 いったい、どういうことだと考える響に隊員が声を上げた。
「なにぼうっとしてるんだ! 来るぞ!!」
「はっ――!?」
「キシャアアアアアアアア!!」
触手が飛びかかってくる。 自由自在なその動きで、響の周囲を覆うとそのまま襲いかかってくる。
それをはっきりと捉えた響は右手で軽いジャブ。 丁寧に、確実に、しかし迅速に撃ち落としていくとじわじわと距離を詰めていく。
「……あ、アイツ相手に距離を詰めるのかあの少女は」
響が右から左のコンビネーションで触手を数本なぎ払うと、遂に奴に変化が現れる。 身体を大きく震えさせて、背中に巨大な突起物を創り上げたのだ。
「な、なにあれ!?」
「分からん! 見たことも無い変化だ!」
「グォオオオオオオオ!!」
どう見たって不味いのは目に見えている。 2つの突起が伸長し、ソレが響の方へ向くと中央に電流が流れ出す。
「電気……やっぱりアレって!!」
「やはり報告にあった怪物が形態変化した姿だというのか!? ……だが、この能力はむしろバトルクリーチャー=アプトムの……!」
「ガァアアアアア!!!」
閃光、同時に衝撃が響を襲う。
後方に吹き飛ばされる響を、遅れて反応する隊員。 瓦礫が宙に舞うと響の全身に激痛が駆け抜ける。
「かはっ?!」
「き、キミ!!?」
「見えなかった……」
揺れる視界を頭を振って強引に修正。 足下がおぼつかないが、なんとか大地を踏みしめて我慢する。 たったの一撃で体力をごっそり持って行かれた彼女は、そのまま立ち上がり構えをとる。
その姿を見た怪物は……嗤う。
敵だと思った存在が、なんてことは無いただの獲物に成り下がったのだから。
もう一度怪物の身体に電撃が迸る。 一度受けた攻撃だ、普通だったら予測し、体裁きで躱すのだが、攻撃速度が圧倒的に桁違いだ。 また同じ攻撃をされて、果たして今の響に対応が出来るか……彼女自身、震える視界を叩きながらこの事態に行き詰まってしまう。
「グォオオオオオオオオ!!」
「く、来るぞ!?」
「…………ぁ」
今度こそと狙った怪物の閃光。 だが、立花響は既にその攻撃に何ら脅威を抱かなかった。
「だ、ダメだ――――」
「――――うぉおおおおおお!! させるか!!」
「!?」
「な!? なんだ奴は!?」
ソレは、あまりにも巨大なちからの塊だった。
シンフォギア装者を一撃で吹き飛ばした攻撃を、なんら防御の施されていないただの掌で散らしてしまったのだから。
怪物の攻撃を、巨人が防いでみせる。
ただその事実だけが獣化兵である隊員の魂を揺さぶり、その身体の震えを止まらせた。
「立花さん、遅れてごめん」
「だ、大丈夫です! ソレより避難誘導の方は!」
「平気だよ。 ガイバーのセンサーで探し出した避難民の誘導は、天羽さんたちに引き継いだから」
「そっか、よかったです」
「フカマチ……どこかで……」
思いもしないだろう、この、隊員には。 まさかいま自身の怯えを奮えに変えた存在こそ、自身が立つ組織が追い回した仇敵に他ならないだなんて。 あの、ガイバーⅠが自分たちの組織を叩き潰すために手に入れた姿だなんて。
戸惑う隊員に、巨人は振り向かずに告げる。
「動けますか?」
「あ、あぁ……なんとか」
「申し訳ないですが、俺は貴方を担いでここを離れるわけにはいかない。 今すぐここから離れてください」
「…………分かった」
それ以上は、言葉を交わせそうに無い。
巨人から発せられた声には殺意の欠片も無いと言うのに、いま、自身に向かってきた言葉の端にはどうにも怒気が込められたように思えたから。
そこまで感じて、隊員はなにかを悟ったかのように、足を引きずり去って行く。
「ふ、深町さん?」
「いや、何でも無いんだ。 あのヒトは、たぶん関係ないから」
「…………はい」
既に気持ちを切り替えたのだろう。 言うなり巨人が怪物に向き直ると、彼はセンサーを駆使して奴を“観る”
組成はほとんど変化しているし、不純物が多く混ざってしまっているから分かりづらいが、その本質はなんら変化が無い事をデュアル・コントロール・メタルが答えを導き出す。
「あいつ、立花さん達の世界に居た奴だ」
「え!? わたしたちの!?」
「確か……ネフィリムって言うヤツだ、きっと。 しかもあれからかなり“栄養を補給”したんだろうな、随分とカタチも、内包するエネルギーも変わってる」
「……なんだか、アプトムさんみたい」
「雑食度で言うならばそれ以上だ。 おそらく、奴の食事の範囲に限界は無い」
「そ、それって……!」
巨人殖装でなら見える、より事細かな奴の体組織。 確実にこの世界にはないもの……そう、フォニックゲインの数値が、既にシンフォギアのそれを大きく上回って居るのだ。
こんな数値を出せるモノなどこの世に存在しない。 有るとしたら……
「奴自身が、おそらく完全聖遺物」
「!?」
「しかもその体内にはもう一つ、聖遺物を宿しているに違いない」
「わ、分かるんですか!?」
「間違いない。 でないとアイツから感じるエネルギーの説明にならない」
「聖遺物の中に聖遺物ってもうよくわかんないんですが!?」
「俺だってガイバーの上にガイバーを着込んでるようなもんだ、お互い様だよ。 ソレよりも構えて。 奴が動くぞ!!」
「!!?」
怪物……ネフィリムが深町に、否、巨人殖装に向かって咆える。
あまりにも今までとは違う対応に、響がより一層強く警戒し、深町はそっと拳にエネルギーを集約する。
「深町さん、なんだか嫌われてません?」
「そうかな? ……まぁ、あんなのと仲良くするつもりも無いけどね」
「そりゃそうでしょうけど」
「グゥゥゥゥゥ――――グォオオオオオオオオオオオオ!!」
「向こうの準備は万端のようだ、行くよ立花さん!!」
「はい!!」
ネフィリムから高速の触手が繰り出される。 響はステップで躱し後退、対して巨人殖装は不動のままその右腕だけを動かしてみせる。
肘の突起物が伸長すると、超高速で振動をする。 高周波の刃が、鞭のようにしなやかな軌道で触手にまとわりつき切断していくのだ。 ソニック・バスターを当てて微塵に還せば、巨人殖装のセンサーが蠢く。
「ガアアアア!!」
「コイツ!?」
「深町さん!」
遠距離ではギガンティックに敵わないと悟ったのか、それともよほど力に自信が付いたのか。 ネフィリムはその四肢を唸らせるとギガンティックに突進を決め込んだのだ。
先ほどの電磁砲を模した角を突き立てるかのような攻撃を、しかしソレに負ける巨人ではなかった。 彼は、嵐のような激突を、城壁のように捉え、つかみ上げた。
「こいつ、なんてパワーだ!」
「グォオオオオオ!! ウォオオオオオオオ!!」
咆哮はエンジンを吹かすかのように爆音を上げ、その威力だけで大地がひび割れていく。 まさに自然災害を思わせる両者の激突に、立花響はここで握った拳に歌を込める。
「せいやああああ!!」
「――――!?」
横合いから爆発が、いいや、ガングニールの鋭い一閃が炸裂する。
たまらず力を緩めたネフィリムだが、それでも巨人殖装との力は拮抗したままだ。 むしろ、今の攻撃が奴を刺激したのだろう、その敵意は遂に響にまで及ぶ。
唸る咆哮と同時、触手が響に向かい襲いかかる。
「立花さん!」
「こ、このぉ!!」
バックステップからの反動を背筋で増幅した拳打。
フォニックゲインを込めた拳が空間を叩き、自身に向かってきた触手を相殺する。 限定解除のときに使っていた技を、遂に通常形態で使い始めた彼女だが、やはり消耗も激しい。 すでに歌は間奏を入れること無く途切れ、その口からは呼吸音しか聞こえなくなる。
「あ、あぶなかった……」
「奴め、追い詰められて力が増したのか? 厄介だ……立花さん」
「…………っ」
深呼吸。 一度中断した歌にアンコールを。
その姿を見たのか、はたまた攻撃の手応えの無さから来る苛立ちか。 ネフィリムが姿勢低くうなり声を上げると、その躯が肥大化する。
「コイツ、また形を変える?!」
「でも、これって……」
骨格が組み変わり、内臓が押し上げられて頭蓋が再形成される。 筋組織がその骨格に合わさるように組織を増加させられ、より上質に、より効率的な、誰にも邪魔をされずに破壊を――すべてを喰らい尽くす躯を求めて……黒き獣が、立ち上がる。
「ゥゥゥゥ……ッ」
「ゾア……ノイド……?」
思わず呟いたのは深町だ。 獣がヒトと交わり、その姿を変えたのならソレはもう獣人と呼ぶべきモノだろう。 だが、それ以上に奴には面影がある。 そう、深町少年には深くなじみがある代物だ。
「そうか、バトルクリーチャー……」
「ガァアアアアアアアアアア!!」
「貴様! まさかアプトムを?!」
「グォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「くそ! こいつ、まだ――」
足りない。 まだ足りない。
この程度では巨人には勝てるはずが無い。
ただ手足が整っただけの躯など、自身の欲望を満たすのには事足りない。
ネフィリムが雄叫びを上げると、空気が震える。 だが、震えは空気だけにとどまらない。 奴はさらにその先を揺さぶっていく。
「く、空間が揺れる!?」
「この感じ、まさか……」
「グォオオオオオオオオオオオオオ!!」
揺らされた空間は、遂に獣人の願いを聞き入れ、この世界に新たな異物を招き入れた。
【……】
【……】【……】
【……】【……】【……】
「ノイズ……だとッ!?」
揺れる空間から無尽蔵に湧き出る有象無象たち。 色の無い透明の身体だがすぐさま響のギアの影響を受けて色彩を与えられる。
「グォオオオオオ!!」
「コイツ?! ギガンティックを抑えるほどのパワーを!?」
「深町さん!!」
「来るな!! コイツはこうしておけば良いけど、ノイズはそうも行かない! あんなヤツラがこの世界に広まってしまえば大混乱が起きる……だからここで食い止めてくれ!!」
「…………うぐ」
焦りの色が濃い、深町の静止の声。
なんとか踏みとどまり深呼吸。すると彼女のギヤに光りが宿りはじめる。
「まだいけます!」
「……分かった、行こう!」
「キシャアアア!!」
「く!? コノォ!!」
獣人の顎を撃ち抜くグラビティ・ナックル。 砕ける顎、飛び散る血潮。
しかし気にすること無く爪を伸ばし、ギガンティックに襲いかかると胸部装甲の表面を浅く抉る。 肉弾戦はほぼ互角。 しかも奴には完全聖遺物から来る無尽蔵のフォニックゲインと、アプトムの細胞から来る無制限の再生力がある。
身を削り合う打ち合いは、徐々にだが深町を追い詰めていく。
だが深町は知らない。 奴がいま、それ以上の力を解放しようと“身体を作り替えている途中だなんて”
「おりゃあああ!!」
【……!?】
立花響の体力は既に限界に近い。
戦闘時間はそれほど経って居ないはずだが、如何せん対峙している怪物と深町が纏う巨人殖装のスペックが高すぎるのだ。 ただのシンフォギアにこれらを追いかける術などもう存在しない。 むしろ、融合症例と言う特異な存在でなければ最初の一撃でもう話は終わっていたかも知れない。
「まだです……!」
【…………?】
【……………!!】
けれど、それでも彼女はまだ握った拳を開かない。
その拳を開くのは、誰かとわかり合うときだから。
それを邪魔するあの怪物は、いま、ここでどうにかしなくてはならない。
口ずさんだ歌声を響かせて、少女は拳を光らせる。
「ハァッ!!!」
【――――!!?】
吹き飛び、消し去っていくノイズ達。
黒炭が舞い散る中、遠くから援軍の気配、ソレは少年達にとってはモノであった。
「ショウッ!!」
「深町さん! 響さん!」
「大丈夫?」
「み、みんな!!」
避難誘導を終えた装者達が集まる。 心強い援軍は次々とノイズを蹴散らし、ついには奴からの生産が途絶える。
「ショウ! アイツは!?」
「たぶん、俺達がここにやってきた元凶」
「……へぇ、コイツが」
「と言うコトは……?」
「あれがネフィリムなのデスか?! もう原型がないデスよ!!」
状況把握を深町との“やりとり”ですぐさま終えると、また面倒ナ事態を起こされると厄介だと奏が一気に勝負を仕掛け、動く。
「ご主人さま! いつものが欲しいッ!!!」
「…………フォニックゲインでいいんだよね?」
「はーやーくー!」
その、少女の力の解放を感じ取ったのか、獣人がギガンティックから距離を取る。 両足を地面に突き立て、腕を広げる姿に深町は既視感を覚える。
「グォオオオオオオオオオオオオ!!」
「胸部粒子砲?!」
似ているが違う。 響が即座に否定すると、周囲の温度が一気に落ちる。 新宿の街が一気に雪国へと変わってしまったかの錯覚は、奴が熱をエネルギーとして取り込んでいるに違いない。
ガイバーのセンサーで感知した深町は、その場で反撃を試みる。
「くっ……チャージが早い!? スマッシャーが間に合わない」
「深町さん!?」
「みんな、俺の後ろに!!」
攻撃から一転、防御に切り替え両腕をクロスさせる。
展開するバリアーを、全身のエネルギー・アンプをフル稼働して強度を限界まで引き上げるのだ。 だがそんな防御の時間すら追付いて、奴の熱線が巨人殖装目がけて発射される。
「グォオオオオオオオオオオオ!!!!」
「間に合え!!」
「うぐっ?!」
衝撃と閃光が襲いかかり、世界から音が消える。
世界が揺れ動いたかのような威力に、装者達はただ、身構えることしか出来ず、その姿を見てしまった深町は、今にも解かれてしまいそうなバリアーをすんでのところで維持をする。
揺れが収まり、閃光が消え、息を吐くようにしてバリアーを解除したギガンティック。 そこに映り込んだ光景は、まさにこの世の地獄であった。
「街が、消えてる……」
「こ、こんなことが……!?」
「ゥゥゥウウウウ!!」
ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
獣人が叫ぶ。
まだその身体に残っている熱量を、全身に作った排気口から吹き出させると、霧に包まれたかのように視界が悪くなる。
その中で起る変化をギガンティックは決して見逃さなかった。 さらに増大する獣人の体積、先ほど放ったエネルギーがまるでウソのような熱量は、奴の額から全身に向かって激流のように流されていく。
そのちからの使い方、深町には覚えがあった。
「奴め、まだ余裕そうだぞ!」
「……そうか、そうだったんだ」
「ショウ?」
「アイツ、まさかとは思ってたけど頭部にゾア・クリスタルを持ってるんだ!」
「はぁ!? あの逆文字ヤロウとジジイが持ってたアレか!?」
「状況から見て、おそらくカブラールのクリスタルだ。 じゃなきゃこのエネルギー量は説明つかない」
「調、なんだか嫌な予感がしてきたデスよ……」
「わたしも……」
あのアプトムにカブラール、さらに完全聖遺物の力を持つ怪物が、まさか巨人殖装程度の力で収まっているとはこの場の誰もが思うはずも無いことだ。 では、いままで手加減でもしていたのか? 否、獣にそのような知性があるはずも無い。
「……まずい」
「深町さん?」
呟く深町。 奴の躯が傷つき、修復し、エネルギーを放ち、それを補うために各臓器と器官を稼働させる度に、奴が使う力が増幅していくのだ。 ソレは、まるでかみ合ってなかったパーツが、試行錯誤の末に改良されていくかのように。
そうやって改善された部品が、真に組み合わさったとき……獣人の身体は寄せ集めのキメラではなく……
より強靱に。
より凶悪に。
より究極に。
その身体を戦闘に適したモノへと完成させていく。
甲虫が持つ装甲と柔軟な組織を獣の筋肉でまとめ上げあげた戦闘生物。
「おいおい……ありゃ何の冗談だ……」
「あのすがた……」
「まるで、おじさんと深町さんの――」
そして、その戦闘生物にゾア・クリスタルという“統制装置”を組み込んだ結果、それは遂に生まれたのだ。
「アプトムのカタチをした……」
「――ギガンティック!?」
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
「く、来るぞ!!」
生まれ落ちた戦闘生物がギガンティックに巨大な影を落とす。 そこまでの力、それほどの脅威。 重ね合わさった最悪がいま、降臨した。