強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第4話 閑話休題

「シンフォギア?」

 

 昨日、この世界で初めてガイバーになり、ノイズという怪物と戦った俺は……この後のことはよく覚えていない…………いや、たしかそのまま風鳴さんの勧めで、彼等が務める施設の一室を借りて床に就いたんだ。

 そして朝の7時。 不意に目が覚めた俺はトイレを探して廊下をうろうろしていたら、袖の無い空手道着を身に付けた風鳴さんに連れられ、いつの間にか食堂でうどんをすする羽目になったんだ。

 

 お互いに気を遣いあってか、口数は少なかったけど。 それすらも風鳴さんなりの気の使い方が伝わってくる。 ……それに、甘えてばかりじゃいけないな。 そう思った俺は、かつお出汁の濃すぎるつゆを飲み干して、どんぶりを大きな音を立てながら机に置くと、やはり少ない共通の会話を探し出して今に至る。

 そうだ、俺は気になってたんだずっと。 彼女たちが身に付ける、歌を力に変える奇妙な装備について。

 

「深町君、時にキミは考古学などは詳しい方かね?」

「は、はぁ……?」

「いや、さわり程度でもいいんだが。 それじゃあ聞き方を変えよう、キミは須佐之男命、という伝説を知っているか?」

「すさのお……?」

 

 たしか出雲が舞台の日本昔話に出る人物だっけ。 大昔にヤマタノオロチと言う怪物を退治したという……それがどうしたんだろう?

 

「彼は、ヤマタノオロチを酒に酔わせ、持った剣によりその命を奪った。 その剣の名前、キミは知っているかな?」

「え? 草薙……でしたっけ?」

「それは体内から出てきたとされるものだ。 正解は……天羽々斬」

「あまの……はばきり?」

「そうだ。 大蛇……いうなれば日本国での龍を殺したその剣はかつては最強の一振りだった。 しかし、さしもの龍殺しの剣も時間という概念には勝てず劣化、紛失という事態に陥った」

「…………」

 

 さっきから何を言ってるんだろう。 俺が聞いたのはシンフォギアの概要だったんだけど、いつの間にか歴史の時間になってしまった。

 けど、なにかその話自体にこの流れのキモというのがあるのかもしれない、もう少し集中して聞いてみよう。

 

「しかし近年になってその剣が……正確にはそいつの一部が発見された。 “欠片”という形でな」

「かけら?」

「そうだ。 しかもそいつはある一定の波形をその身に受けると励起し、元あった力の一端を開放するという、状態であった」

「ちからの……開放」

 

 ある一定の波形、それに力の開放――まさか、それって。

 

「太古の昔より破邪の力を秘めたそれを、我々は“聖遺物”と呼んだ。 そしてこの日本国で最初に発掘された“第一号聖遺物”……天羽々斬の力を開放、人の身に『鎧』として定着させたのが――――シンフォギアというわけさ」

「つまり、あの人たちが使う鎧の様なものは、過去に作られた武器の一部……遺産という事ですか」

「そうとってもらっても構わない」

 

 驚いた。 まさか神話の時代に作られたものがまだ作用して、しかも現代の敵を倒すための武器になるだなんて……でも。

 

「少し都合がいい気もしますけどね。 過去の武器がそのままノイズ対策になるだなんて。 あいつ等の物質透過能力と、炭化能力の両方に対処できている時点で、まるで……」

「まるで?」

「まるで、対ノイズ兵器として開発された武装みたいじゃないですか」

 

 言うなればクロノスが作った対ガイバー用の獣化兵だったり、強殖細胞分解酵素だったり。 こうも天敵となりうる存在を、まさか偶然手に入れただなんて都合が良すぎる。 そうだ、例えば“大昔にもノイズが発生していた” という事でもない限り、こんな都合のいい事は起きない。

 

「それを言われると本当のことを話したくなるわねぇ。 実は、いま晶くんが言った通りのことなのよぉ。 あの天羽々斬を含めて、ノイズたちは太古の昔より存在していた……おそらく何者かの手によって生み出された兵器、という結論にたどり着いたのよ、わたし達は」

「…………っ!!?」

 

 いきなり背中をつつかれた!!? だ、だれだ、こんなことをするのは!

 いや、こんなおかしなことをしてくるのはこの世界でまだ一人しか知らない。 メガネをかけて、頭の上で小山を作っている……

 

「さ、桜井さん! お願いですから突然現れるのは止めてください!」

「ごめんなさいねぇ。 なんだかキミをからかうのが面白くってつい……」

「了子君、趣味が悪いぞ。 しかも食事中なんだ、行儀が悪すぎる」

「へへ、ごめんごめん」

 

 この人は……はぁ、嫌われているよりかは遥かにマシだけど、それでもこのスキンシップはきつい。 風鳴さんはさすがに成人した男の人って感じで軽く跳ね除けてるけど、俺はこういうの、慣れてないからなぁ。

 どうせ数か月前まで、気になる人が居てもどこか達観してあきらめていた高校生ですよ、俺なんて。

 

「そう拗ねないの。 行き成りは悪かったけど、ちゃあんとどんぶりを空にしたのを確認してカラカッテあげたんだから……感謝してよねん?」

「…………ふぅ」

「あら、疲れたため息。 ダメよ、朝一番からそんなのやっちゃ」

 

 誰のせいですか、だれの。

 

 文句を言う俺をしり目に、桜井さんは和食の入ったトレーを片手に俺の隣に座る。 へぇ、ここの食堂、サバの味噌煮定食だなんてあるんだ。 これって煮込む時によく焦がしちゃうんだよなぁ。

 長方形に切られ、いらない骨を取り除いたけど風情を保つためかな? 大本っていうか背骨のあの大きい骨だけはそのまま残してある。 軽くかけられた味噌のたれがおいしそう。 すぐ近くとは言えここまでいい香りが漂って来る。

 この一品に、ご飯とお味噌汁、さらに白菜のお新香が付いて450円――安い!

 

 

……って、桜井さん。 だからどうして俺の隣なんですか! 向こう側に座ってる風鳴さんの隣でいいじゃないですか!

 

「やっぱりぴちぴちの若い子の方がいいと思わない?」

「は、はい?」

「すまなかったな。 どうせ俺はもうメリハリのないおじさんだ」

「あらやだ、弦十郎ちゃんったら拗ねてるの? もう、その身体を前にメリハリが無いなんて言うわけないでしょ?」

「さぁて、どうかな。 こんな見せかけだけの筋肉じゃ、女の子一人抱えることだってできないかもしれんぞ?」

「うそばっかり♪」

 

 お、おぉ。 なんだか弄られたはずなのにそれを躱しつつ、一緒に乗ることでお互いの攻撃をなかったことにしている…………

 

「違うな、皮肉を皮肉で返しているのかも」

 

 だとしてもうるさい口論にならないのは大人の嗜みなんだろうか。 俺だったら言い返さないか多少怒るかの2択なのに……なんて平和的なんだろう。

 

「むぐむぐ」

「…………」

 

 あの……

 

「あれ? これ、お味噌変えた? おばさまー! これどこの味噌ーー?」

「…………」

 

 えっと……

 

 この人、本当にご飯を食いに来ただけなのだろうか。

 

「むぐむぐ……あれ? どうしたの晶くん、そんな面白い顔して」

「むしろあなたが何しにここに来たのか俺は知りたいんですが……」

「変なこと聞くわねぇ。 ここ、食堂よ? ご飯食べに来たに決まってんじゃない」

「そ、そうですね」

 

 そうだよな、俺何可笑しい事言ってるんだろう。 ココは食堂だ、なら食事をするのになんの疑問があるんだ。 ほら見てみろ、風鳴さんだって食事を終えて既に熱そうな湯呑みを口元に持っていってる。

 最初から、おかしいのは、オレのホウダッタンジャないか……アハハ。

 

「さて、俺たちが話していた続きだが――」

「――――はっ?!」

 

 ことん――

 

 なるべく静かに、だけど力強い音色を聞かされた途端、俺の頭の中がきれいに整理整頓されたみたいだ。 朝特有の気怠さ、靄がかかったみたいな思考の鈍さが一辺に飛んでいき、狂った思考回路がもとの配線につなぎなおされていく。 ……俺、本当に何やってたんだろう。

 

疲れてるんだろうか。 ここ最近、本当に緊張状態が続いたから……?

 

 どことなくわかった俺自身の不調。 自覚さえできればどうってことはないはずだけど、やはり少しだけ休むべきなのだろうか。 心の病は身体の病……そんな言葉もあるくらいだし。 というより。

 

「なんの話でしたっけ……?」

「おい、本当に大丈夫か? なんだか顔色も悪くなってきたようだが……」

「いえ、なんせ死に上がりなもんでまだ気分が――」

「……なに?」

「――あ、いえ。 ほら、昨日の炭化現象で死にかけたもんだから」

「あぁ、アレか」

 

 ……危ない。

 今うっかり変なことを言うところだった。 別に隠す必要はないんだろうけど、あんまりおおっぴらに言うのもおかしい。 何より下手な心配をされたくないから、ここは“あの事”は黙っていよう。

 

 とりあえず逸らした会話に、そのあとからなんとかさっきの話につなげていた俺。 けど、聞いててすごい話だ。 ヤマタノオロチとかが出てくる時代なんて、古事記に出るような話の筈だから相当古いはずだ。

 そんなに古い時代からあるのに、その欠片でも機能が働くだなんてまるで……いや、やめておこう。 今は余計なことだ。

 

「あぁ、そう言えば昨日の戦いで、青い髪の女の人と共闘させてもらって思ったんですけど。 皆さんがシンフォギアって呼ぶあの鎧って、動かすのに“歌”を歌ったりする必要でもあるんですか?」

 

 これは思った通りの感想だ。

 まず第一にインパクトが強いのと、彼女が歌をやめたあたりからあの鎧の力が急激に弱まったからだ。 それに、あの人が来てから起こったノイズの変化……すべては彼女が発する歌にある。 ……少なくても俺はそう思ったんだ。

 

「……よくわかったね。 それも、ガイバーの力なのかい?」

「そんなところです。 けど、正直言って歌いながら戦うって事自体、俺からしてみれば異質でしたし、深く考えるなってのは無理がありますから」

「なるほど、確かにそうだ」

 

 風鳴さんの声が少しだけ低くなる。 真面目な視線、鋭い光……いつか見た、大人の貌をする時の雰囲気だ。

 気づけば、空のどんぶりを右手で握る。 強く、強く……割れるんじゃないかってくらいに――

 

「まぁ、そこらへんの話は今日の放課後……“上”の学校が終わってからだな」

「……はい…………は?」

 

――握っていたらどんぶりを落っことしてしまった。

 

「そうねぇ、響ちゃんにも説明したいし、ならいっしょの方が教えやすいモノねぇ。 昨日、連戦で辛いだろうからさっさと返しちゃって説明不足が否めなかったし、これは丁度いいかも」

「あ、え? あの!?」

「とにかくキミはそのまま宛がわれた部屋で休んでいてくれたまえ。 ……もしも暇だというなら俺が付き合うぞ? ここの施設にはかなりの娯楽施設があるからな」

「ご、娯楽……?」

「ビリヤード、ダーツ、ボウリングにカラオケまで何でもござれだ」

「…………すごいんですね」

「すごいだろ? といってもさすがにゴルフとまでは行かんがな」

 

 ちらりと見せた白い歯が、なんだかとっても眩しいです、風鳴さん……

 

「ところでいま、上って言ってましたけど……昨日ここを出るときに見た地上の施設、アレってまさか――」

「そう、そのまさかだ。 名を、私立リディアン音楽院高等科。 下は小学校からの一貫教育を行っている『女子校』だッ!!」

 

 風が、吹き乱れた。

 その旋風はとっても強くて、ガイバーにでもなってないと身体が支えきれないんじゃないかってくらいに、俺に向かって強く当たる。

 風当たりが厳しい……その意味をいま、ようやく理解した気がするんだ。

 

「いや、なんでそんなに強調するんですか……?」

「なんだ、女子高だぞ? 男の子の夢と希望が詰まった建物じゃないか」

「……俺をなんだと思ってるんですか」

「当然――――男の子だろ? 至極真っ当な扱いだと思うが」

「そうなんでしょうけど……そうじゃないような」

 

 なんだかこの人のノリもよくわからなくなってきた。 

 いやまぁ、興味が無いと言えばウソになってしまけど。 だけどそれより――――う、うう……

 

「…………先ほどから何を熱く語られているのですか、司令」

「……………………………」

「お、なんだ翼君じゃないか。 めずらしいなこの時間にこんなところで食事なんて」

 

 後ろにいる方が……すごい目つきでこっちを見てくるんですが。

 

 青いロングヘアー。

 それを自由に後ろへ流し、肩甲骨あたりかな? 腰まで届かない長髪は彼女の鋭さを体現するようで。 鋭い、あぁ、とっても鋭い……俺を刺し殺すくらいに鋭い視線だ。

 

「…………って、あれ?」

「…………なんだ」

「え、あ、いや……その――」

 

 一番目が行く長い髪から、視線をやっとの思いで下にずらした俺は……衝撃の事実と直面してしまった。

 別に彼女が持っている和食の内容が奇妙なものであった訳じゃない。

 ただ、問題なのはその服装だ。

 黒い、それはいい。 肩から下にかけて赤いラインが入ったそれは、形からしてセーラーではなくブレザータイプなんだろう……昨日の黄色い子も似たような服を着ていたけどあまり見ないな、ブレザーって。

 

 赤いネクタイで引き締められた襟。 揺るぎない彼女を表すくらいにしっかりと折り目のついたスカート。 ……うん、大体この辺でじっくり見るのは止めよう。 そろそろ不審な目で見られそうだから。

 

 つまり以上の服装の総称をいうと……

 

「制服……」

「それがどうした、これから学院に行かなければならないんだ。 いくら(ツルギ)と銘打った私とて、制服を着ないのは理に反する」

「あ、え?」

 

 そ、そうですね――と、言い返すこともできない俺はまだまだ状況判断能力が足りないようだ。

 今度誰かに鍛えてもらおう。 スポーツ……特にボクシングとか格闘技をやっている人ならそう言うの高そうだ。 体型と服装的にやっぱり風鳴さんが一番適任だろうな。 さっきの問答も参考になったし。

 

「……話はそれだけ?」

「は、はい。 あ、ちなみに何年生なんですか?」

「3年だ……」

「じゅ、受験頑張ってくださいね……」

「……私にそのような心配は無用だ」

「そうですか……はは」

 

 

 ――――誓おう、俺は昨日までの彼女の第一印象を墓まで持って行くという事を。 それくらいに、彼女に対し、俺は失礼なことをしたのだから。

 

 ココだけの話だ。 俺はガイバーになって彼女をよく見ていたにもかかわらず、あの人の年齢を22から25位の大学生もしくは社会人くらいにしか見ていなかった……まさか俺のたった一個上だなんて――思おうともしなかったんだ!

 

 

 はぁ、失敗をいつまでも引きずっているのもアレかな。 とにかく今後の事について詳しく話を通しておかないと。 勝手に部屋の外に出たらまずいのか、何か言っておかなきゃいけないことがまだあるのか……ガイバーの、身体を調べる気なのか……とか。

 

 もしもそうなったらどうする。 拒むか、応じるか……できれば断りたい。 アレは、あの強殖細胞は扱いを間違えれば人類を破滅に導くことだって出来てしまうはずだ。 俺が、そうだったように。

 

 この話が出たらよく考えるべきだ。 ……いくぞ、まずは風鳴さんに話を聞かなくては。

 軽く拳を作った俺は、そのまま道着姿のあの方に向かって息を吐き出し――

 

「あの、風鳴さん!」

『なんだ』

「……あ、れ?!」

 

 振り向いた数の多さに、勢い余って酸欠に陥るところであった。

 

 振り向いてきたのは赤い髪と青い髪。 ……どうしてなんだ、どうして貴方まで振り向くんだ。 俺はただ、そこに居る道着を着込んだ“風鳴さん”に用があるのに……聞き間違い? 声が小さかった……? 要因はあるはずだ、だったら対処方法はいくらでもある。

 

「風鳴さん!!」

「五月蠅い! 貴方はなんだというの、さっきからッ!!」

「……ふ、そういう…………」

 

 ど、どうなってるんだ。 あの人は怒るし風鳴さんは笑うしでもう訳が分からない。 まるでこの人の名前が風鳴みたいな反応……はん、のう?

 

「ま、まさか」

 

 俺は即座に席を立ちあがる。 そのまま湯呑みを持った男の人と、朝食に手を付けようとした直前だったんだろう。 割りばしを持って左右に開こうとしたままに固まっている女性とを、行儀悪く指さしてしまう。

 だってそうだろう。 信じられるわけないじゃないか。 ……こ、この二人が……

 

「親子!?」

「…………ちがう」

「え゛!? じゃあ夫婦!!!」

『それこそ無いだろ』

 

 ……ですよね。

 

 正直そこまで言ったら重犯罪も裸足で逃げ出してしまう。 そうか、この人……というか昨日風鳴さんが言っていた“生真面目を通り越した……”っていう。

 

「親戚……なんですか」

「まぁそう言うわけだ。 ……思えば二人は自己紹介がまだだったか? 俺はてっきり昨日の騒動ですっかり名前交換を済ませたとばかり」

「ノイズ相手に片腕が無かったんです、そんな余裕――」

「いや、そのあとのことだ。 ホラ、ここでキミたち少しだけ暴れたじゃないか」

「…………?」

 

 ノイズとの戦闘後に? なんですかそれ、俺は全然覚えてませんよ、そんなこと。 知っているのは帰ってきて――寝るまでです。 いや、待てよ。 どうして俺はあそこで寝ることになったんだ?

 いや、そうすることになったのは知ってる。 問題なのは……そこに至るまでの物理的な道順だ。

 

「……」

「晶君、キミまさか覚えてないんじゃないだろうな」

「……はは」

「こりゃあ重症だ。 まぁ、あまり気にするようなこともなかったんだ。 精々翼君が振った日本刀がキミの差し出した肘の突起物に阻まれ折れてしまったくらいだ」

「…………そ、そんなことが」

 

 どうなってるんだ。 いや、まてよ――確かに覚えてる。 けど急に襲い掛かられてそれでガイバーになって、なって?

 

「……そうでしたね。 そう言えばそうでした。 あ、はは、すみませんなんだか一人で混乱してばっかで」

「しっかりしてくれよ? 昨日のアレはこっちもそれなりに被害をこうむってるんだからな」

「……すみません」

 

 

 何があったか、分らない。

 俺の記憶、身体、そして……ガイバーにでさえ。 ガイバーの記憶、それはすなわちガイバーを司る要(コントロール・メタル)が全てを握っている。

 それはもちろん出来事から自身の構造まで、全部だ。 そのコントロール・メタルが異常をきたしている……? さっきの靄がかかった感覚もそれが原因なのか?

分らない、わからない……

 

「貴方……」

「……」

 

 そもそもコントロール・メタルは、その名の通りガイバーのすべてを管制している要所で在り急所でもあるんだ。 かつてはコレのおかげで命が助かったけど、逆を言えばこれがダメになれば……俺は“ガイバーに喰われる”

 

 平気……なのか。 俺は、俺の身体は――

 

「聞いているの?」

「え? はい!」

 

 迷う俺に投げかけられる言葉。

 風鳴さんの……女性の方の風鳴さんの声だ。 相変わらずの鋭さを前にかしこまってしまう。

 

「私が学院へ行っている最中、貴様の事を見ていられないのは心もと不安が残る。 いいか、決して妙な姦計を張り巡らせようとは思うな。 貴様の事を、私はまだ信じたわけじゃない――そのことを忘れるな」

「…………わかってます」

 

 さっきまでの、困惑が……消えていた。

 来るのは腹の底からくる緊張感と――

 

「――とまぁ、言っているけど実は翼ちゃん。 晶くんに剣を折られてから妙に君の名前を呟くのよねぇ。 そんなに“気がかり”?」

「桜井女史、いまはその様な事――!」

「……?」

 

 なんだか妙に耳に残る声で言い放たれた、桜井さんの言葉だけだった。

 

 その言葉を聞くなり、食器のぶつかる音が激しくなった気がして、それからすぐに音が止むと乱雑な衝撃音。 そこに目を向けると椅子が床にぶつかっていた。

 そのまま放置して……いや、そそくさと直したな――彼女は機嫌の悪そうな足取りでこの食堂から消えてしまった。

 まだ、学校には早い時間なんじゃ……そう言おうとした俺は、かけてあった時計を見て。

 

「もう、8時……か」

 

 朝食を取ってから既に1時間が経過していることに、ようやく気が付いたんだ。

 

 

 

「わからない――」

 

 手早く朝餉(あさげ)を済ませ、カバンを片手に私は二課のエレベーターを昇っていく。 本来ならば帰るべき家があるものの、昨夜に限ってはそうもいかなくなってしまった。

 

「司令も桜井さんも、何を考えている」

 

 あの生物とも金属とも取れない不気味な鎧……それを身に付ける奇怪な男を、よりにもよって基地に直接預かるなどと。 もしも奴が聖遺物を狙った他国からのスパイであれば、私達はその術中に見事はめられたという事だというのに。

 甘い……いや、そここそが司令の良さではあるし、それは承知の上。 だが……アイツは――――

 

 目をつむり、思い浮かべるのは昨日の閃光。

 どこまでも伸びていく光りは何もかもを破壊していく。 道路も、標識も、……ノイズであろうとなんであろうと、だ。 何もかもが光に消えていく様は、あの時の光景を思い出させていく。

 あの、奏を助けた天からの光り。

 だが、あれほどの威力を持ち合わせないのは……いいや、奴はあの時『片側』だけであった、ならばもう片方を開放すれば……?

 

「あの光に、届く威力かも知れない」

 

 あの異形、あの異常さ、あの……恐ろしいまでの機能。 そもそも、片腕を切断したにもかかわらずそこから『再生』などと……どこまでも常識から逸脱している。

 

「そうだ、常識から外れすぎている……まるで」

 

――――奏を襲った、あの生物のよう。

 正確にはそうではないのかもしれない。 だが、奏を取り込み墓標としたアレに、あの男の姿はどうしても重なってしまう。 ……姿かたちは、どれほどにも似通ってはいないのに。 だからこその疑い……しかし。

 

「……何より」

 

――――うぅぅぅぅあああああああああああああああああああああッ!!

――――これは自分で切り落としたんだ、だから、君のせいじゃない。

――――いきなり武器を構える人に言いたくなるわけないでしょ!

 

「仁、勇……どれを見ても私より……剣というわたしよりも……」

 

 強い。

 まだ荒く、か細い面も多々ある。 全面的に頼れるというわけじゃない。 しかし、其の中に“必死”という歯車が噛みあうことで、彼を戦士として相成らせている……少なくとも私にはそう見える。

 

「だが、もしもそんな人物が本当に味方ではなかったら」

 

 だが、だが、だが、……そんなもしもが私を束縛する。

 疑え……信じるな……疑心暗鬼は募るばかりで、掃うモノが無いからどこまでも高い山を築き上げていく。 こんな時、こんな時に奏が居てくれれば……私の心は次々に彼女の色に染まり、崩れそうだった心をつなぎとめる。

 

 そうだ、只、繋いで留めただけだ。

 

 あの日からいつまでも支えとなった存在。 それによってただ、壊れてしまった物を継いで接いでを繰り返しただけ。 そうして出来上がった歪さを、自分の中にいるもう一人の“わたし”が悲しく見守る……それだけしかできないんだ。

 

「だが、それでも……やらなくてはならぬことがあるのだ」

 

 エレベーターが起動する。 この身が加圧と荷重により押し付けられると、思わず奥歯をかみしめる。 ……痛い、身体じゃない。 心が―――

 

「痛みなど……剣には……っ」

 

 感じるわけが、いや――感じていたくないのに。

 

 彼女が守れなかった、これから守るはずだった全てをこの手で守り抜くため。 不要な人間らしさは捨て去った。 ……弱さはこの中に残さなかった。 残さないように、して来たのに。

 

「……分らない」

 

 先ほどの朝食。 昨日も思ったが本当にタダの男の子の様だ。 つい、昨日まで戦いというモノを知らなかった普通の人。 守られるべき、人間。

 

「…………だれも、おしえてくれはしないっ」

 

 それがどうだ、ひとたび戦場へ駆け出したアイツの覚悟。 たとえ戻るものだとしても、己の腕を切り落とし、尚且つ待ち人のため、“己の死ですら抗う事の出来る”純粋な意思。

 自分が傷ついても……いつか死んでもいい。 それが、償いなのだとどこかで思っていた――私とは違う。

 

「!…………もう、着いたのか」

 

 そこまで想い、私の思考を遮るようにエレベーターのチャイムが鳴る。 地下数百という場所に位置する本部から、その真上にあるリリアンへの移動は当然長い道だ。 それでも、少しの時間にしか感じなかった私は、どれほどの考えがまとまった……ただ、いつものように悩んだだけ。

 答えなど、自分で出したことなどないのだ。 この身も、心構えもすべて――

 

「奏の、物なのにな……ふふ」

 

 そして私は、ツルギという盾を身に囲んで佇まいを整える。 鋭く、鋭利に、誰も寄せ付けず。 ……わたしは私として歩いていく。

 

 

 

「うーん、暇だ」

 

 朝食、昼食、そしてそろそろ夕日が山に隠れるころか。 地下施設らしいココは日差しが入らない、だから時計は欠かせないんだけど、生憎この部屋にそれはまだ用意されてないみたいだ。

 テレビもないしラジカセもない。 あるのは前に見た小さい箱と、真っ黒な“額縁”だけ。 何となく絵が入るであろうところはウチに置いてあったテレビみたいだけど、下側によくある固定式のパネルがついてない。 だからこれはテレビじゃないんだろう。

こんなの置いてもらっても退屈凌ぎにならないんだけどな。 あぁ、ひまだ。

 

「おなかは特に空いてないし、そもそも、やりたいこともない。 本当にやりたいことは今夜の説明を待ってからだって言うし」

 

 あの子たちが帰ってくるまであとどれくらいだろう。 あ、風鳴さんのことをあの子呼ばわりはダメだろう。 訂正、あの方たちはいつ帰ってくるんだろう……って。

 

「俺、何やってるんだろう」

 

 宛がわれたベッドに寝転ぶ。 これでもう20回目となるダイブだ、いい加減、このベッドに俺の型が出来そうなほど、この動作を繰り返してきた。 そこまで俺は、ここを動かないようにしていた。

 

「晶くぅーん」

「…………」

「深町晶くぅ~~ん」

「…………また来た」

 

 もう、誰が来たかは言わない。 言いたくない。

 

 背筋を掻き毟りたくなるほどに不愉快に聞こえ始めた猫なで声。 思い出すのはもう姿容姿ではなくてあのメガネだ。 下に縁が付いた奇妙な形のあのメガネ、ただそれだけでいい。

 

「イイコだから“了子おねぇさんとお医者さんごっこ! 輪切りもあるよ”――に、参加して頂戴~」

「嫌です! 言ったでしょう、今は気分がすぐれないから少し寝かせてください! そもそもなんですか、“最近主流”などっかの水泳大会みたいなフレーズは」

「あらやだ、そう言えば晶くんリアルでそれが判る世代だわ。 ……いけないわね、年齢を誤解される」

「なんのはなしですか……」

 

 はぁ……もう、風鳴さんが助け舟を出さなくなってからずっとこれ。

数時間おきにこうやってドアの向こうから声をかけてきて……最初は会話らしいことをしたけど、12時を過ぎたころから気力がなくなって今に至るところです。 いい加減、寝る時間もなくなってきたから外に出ようとした矢先にまたやって来るし。

 そもそも輪切りってどういう事なんだ。 身体の中身を見るなら、X線で調べるだろうから切るというよりは照射するの方があってないか?

 

「…………」

 

 あれ、急に静かになった。 なんだかひとの気配もしなくなったし……諦めたか?

 

――コンコン。

 

「…………まだ居たのか」

 

 待てよ。 すこしだが違和感を感じる。

 あの桜井さんがこんな遠慮がちにドアを叩いたりするだろうか……罠、もしくは別の人かの2択かな、これは。

 どうする、もしもあれならいっそのことガイバーになってみるか……って。

 

「別にここまで緊張することでもないか。 何かあったら叫べばいいし、きっと誰かが助けてくれるよ……はーい! どなたですかー?」

「…………」

「あ、れ?」

 

 大声を上げてドアの向こうの反応を待つ。

 10秒、20秒、待つことかれこれ1分半。 おかしい、何かが本格的におかしくなってきてるぞ。 どうして何の反応もないんだ、声ぐらい上げてもいいはずなのに。

 

「こうなれば、開けるしかないのか」

「…………」

「い、いったい誰が……まさかあっちの風鳴さんなのか……!?」

 

 だとしたらすぐに開けないと大変なことになってしまう。 どうして待たせた――! などと怒られるのは明白だからだ……あぁ、もう、ここまでいじくり倒してくれた桜井さん……本気で恨みますよ。

 

「い、今開けます」

「……っ!」

 

 ここのドアは内側から開ける際には外へひらくタイプのドアだ。 そこに、今朝、突貫工事をしたドアシリンダーの鍵、備え付けの鍵、さらに増設時に取り付けた鍵の計4個を素早く開け。 急ぎ、迅速に、閃光のように俺はドアにめいいっぱいの力を込めて開放した。

 

「えぐぅ!?」

「……は?」

 

 そこにいた、俺より頭一つ分背の低い女の子に、尻餅をつかせながら。

 

「いたた~~」

「あ、ごめん! 大丈夫かい……?」

「鼻うったぁ~」

「あぁ、真っ赤になってるよ。 ごめんね」

「い、いぇ」

 

 昨日の、女の子だ。

 朝、風鳴さんが着ていたのと同じ制服を着込んでいる彼女。 涙目で、片手で鼻をさすって本当に痛そうだ。 えっと、確か部屋の中にタオルが何枚か在ったっけ、それをどっかで濡らして……

 

「大丈夫です、これくらい!」

「え、でも……」

「へっちゃらですよぉ……昨日の深町さんに比べれば全然――」

「え? あ、あぁ。 アレは気にしないでって言ったのに」

「そうですけど、やっぱり痛い物は痛いんだと思います!」

「……そうだけど」

 

 かなり元気な子、それが俺の第一印象。

 きっとまだ痛むんだろうけど、ぶつけたところを触らないようにスカートを握り締めてなんとか耐えてるようだ……こうされると逆に困るんだけどなぁ。

 

「ん~~わかったよ」

「へ?」

 

 今はこっちが引こう。 昨日のことを今まで引っ張るってことはこの子、きっとこういうところは譲らなそうだし、だったらいっそのことここは素通りしてしまおう。

 それで、何かしら後でお詫びをすればいいはずだし。 ……こういうとき、他の対処法を知らないのはダメだな。 今までの生活の質を知られそうだ。

 

 と、そう言えばこの子……

 

「ところで、どうして俺の部屋に?」

「それなんですけど、さっきから深町さんの携帯に連絡を入れてるのに返事が無いから司令室に行く前に見てきてくれって頼まれて……その」

「ケイタイ?」

 

 けいたい……形態? いや、携帯だろうから……携帯電話!

 そう言えば連絡するって言ってたけど、それって電話にって事だったのか。 ……あれ、でも電話なんてどこにもないよ……な。 あるのは備え付けの額縁と黒い小さな箱――あ、そう言えばこの箱、少し前に見た気がする。

 

「そうか、もしかして……お、あった。 ポケベルにしては大きいとは思ってたけど――」

「?」

「このラジオみたいなやつのことだよね?」

「は、はぁ……? そうですけど」

 

 部屋の中央。 そこに置いてあるテーブルの上に放置してあった黒い箱……思い起こせば昨夜の起き抜けに風鳴さんに渡されていたのをすっかり忘れていた。 ……そうか、この時代には電話ってこんな風になってるんだ。

 

 でもね。

 

「あ~えっと、ね」

「……! あ、そう言えばそうですね。 わたしとしたことがうっかりしてました」

「ん?」

「こっちだけ名まえを知ってたものですから、自己紹介がまだでした」

 

 いや、その。

 

「立花響、15歳。 身長は156かと思ったら一センチ伸びてて……それから――」

「えっと落ち着いて……立花さん。 俺が言いたいのはそのことじゃなくって」

「……はい?」

 

 気づけば名前を知りあう中に……うーん、別に嫌ってわけじゃないんだけど、何分優先順位というモノが。 もしかしたらというか、この電話で気になることがあるんだ。

 

 さっきから一向に微動だにしないし、何より電話をかけてきているはずなのにコール音のこの字もない。 ……つまりこいつってまさかとは思うけど。

 

「電源、入ってないよね? この電話」

「え? ……うん?」

 

 そっと、この子……立花さんに持ってきた電話を見てもらうと、疑問の声逢ひとつ。 そのあとに聞こえてきた、なんで電源落としてるんですか? なんて声にはもう、笑い声すら出せない。 ごめんね、こっちの常識はまだ技術体系が未熟なんだよ。

 ボタンが無い携帯電話は、電話じゃないんだ……こんなものどうやって扱えっていうんだ。

 

「はは、深町さんって機械に弱いんですね。 ……意外です」

「そ、そういうことになるかな、こう言うのは」

『あはは……』

 

 ……空気が、重い。

 

 何となくだけどお互い遠慮しあっている、そんな気がする。 まるで出方を伺うように、互いの視線を気にして、話しをしようとすると肝心なところを口元で留めて、そこから言いだせない。

 立花さんの方はきっと、昨日のことをまだ引きずっているんだろうけど……そんなに気にしてしまう事なのだろうか。 彼女のせいでは断じてないし、俺の不注意からくる不始末だ。 だから本当にここまで後ろめたくなる必要が無い……筈なんだろうけど。

 

「…………ほぇ」

「立花さん?」

「ぼ~~……」

 

 なんだろう、急に喋らなくなってしまった。

 昨日から思っていたけど、この子はどことなく隙が多い気がしてならない。 いや、戦闘的なものではなくて、日常的な。 そう、例えば今みたいに不意に周りを見ないで考え事に没頭したりとか。

 

 ……考え事、してるんだよね?

 

「立花さん!」

「――はいいっ!!? ……はい?」

「ホラ、俺を呼んできてと頼まれたんでしょ? 早くしないと風鳴さんに怒られちゃうよ」

「そ、そうでした! みなさんをお待たせしていたのを忘れてました!」

 

 再起動は成功……と。 すっかり目が覚めたらしい彼女は、右足を軸に半回転。 そのまま俺に背を向けるとゆったりと歩き出し他と思いきや、顔だけこっちに向けると。

 

「行きましょう、深町さん」

「……うん」

 

 朗らかすぎる笑顔を、満遍なく振りまいていくのでした。

 

 

 

 

 

 あれから廊下を歩くこと2分半。 結構広い空間を持つこの地下施設は、それだけでこの間居た長野県の魅奈神山地下施設を思い出させる。 けど、そこから先は悲惨すぎる想いでしかないから……焦りを隠せそうになくなるから回想を無理矢理終わらせる。

 

 そんなことをしていたら到着した司令室を前に、一瞬だけ目を閉じ息を吸う。 新鮮な空気を肺に満たして、二酸化炭素と酸素の入り混じった空気をすぐに吐き出すと……

 

「そこのふたり、ドアの前で立ち尽くしてどうかしたのか」

「あ」

「翼……さん」

 

 後ろから、鋼のように冷たい声を掛けられる。

 飛び、跳ね、着地と同時に後ろを向く。 そこに在る長い髪を確認すると、身構えながら第一声――――

 

「お帰りなさい」

「ここは私の家でも、貴方の自宅でもないのよ? その言葉は不適切だと思うのだけど」

「そ、その通りで……」

 

 ――を、失敗。 完全に氷河期に突入した空気を前に、あぁ~、立花さんが完全に及び腰になってる。 というより昨日から思ってたけど、風鳴さん……あ、女の人の方の風鳴さんがこの子を見る目、ガイバーになっていた俺を見る時よりも冷たい気がする。 どうしてだ、仲が悪いとか?

 

「あの、おふたりは……」

「余計な詮索はしないことね。 むしろ、これからのあなたの身を案じたほうがいいのではないのかしら」

「はい?」

「わからない? この話し合い如何で、貴方の今後の処遇が決まるって事よ」

「深町さんの……処遇?」

「…………」

 

 そう、だろうな。

 そもそも今までの対応が良すぎたんだ。 身元不明、生年月日の不一致に意識混濁、さらに強殖装甲という謎の技術による戦闘能力。 普通に考えてみれば捕えるなりなんなりするのが普通なのかもしれない。

 この人の。 風鳴さんくらいの接し方が丁度がいいのかもしれない。

 

 そう思うと目の前の扉が大きく感じてしまう。

 重く、高い……処刑台に続く道だと錯覚さえしてきてしまう。 足が重い、空気が薄くなった気がする。 俺はここに来て、ようやく現実を思い知ってしまったんだ。 いままで、欺き誤魔化してきた自分の状況を。

 

「わかったようね。 自分自身の立ち位置というやつを」

「はい。 けどここで、いまさら後ろなんて振り向いていられないですから」

「……そう。 だけど覚悟しなさい。 ここから先、ドアの向こうでは一切の朗らかさなど無用の、戦人(いくさびと)が踏み込む世界であることを」

「わかってます」

「深町さん……」

 

 最後まで視線が合うことが無かった風鳴さんを前に、堂々と言葉を繋げた俺は拳を作っていた。 帰る帰らない以前の問題として、“いま”をどう切り抜けるか。 もしもここの施設の人間すべてが、敵になったとしたら。

 

 最悪の事態を片隅に置きながら、俺たちは自動ドアのセンサー範囲に……入る。

 

 

―――――――――――――パン!

 

「!?」

 

乾いた音がした。

 

 何かが炸裂して、室内に広がる振動。 空気が揺れたその一瞬に俺はなにも動けず。 けど、ほんの少しだけ働いた防衛本能ともいえるべき物で、背後にいた女の子二人を背にするように身体を捌く。

 

 俺はケガをしてもある程度ならガイバーで治せる。 そう言った考えが脳内に浮かぶことすらなかった、ただ、反射だけの行動は――――

 

 

「いらっしゃーい! ようこそ、特異災害対策機動部2課へ~~!」

 

 

「……は?」

「……い?」

「お、叔父様……」

 

 ……思考が停止して、それ以上のことを考えられなかった。

 

 人間、自分の考えと正反対のことが起こると行動が完全に停止するんですね……止まりましたよ、呼吸。

 

「やぁやぁ、晶君、元気してたかい? 了子君にいかがわしいお医者さんごっこでもされていなかったかね」

「あ、あの」

「まぁ、彼女は言動こそあぁだが、その実かなり考えが深い女性でな。 きっと心細いであろうキミを心配してのことなんだ、容赦してやってくれ」

「だから……あの」

 

 風鳴さんの手には、よく見るパーティ用の“クラッカー” どうやらさっきのはコレの音だったらしい。 らしいのだが、イマイチ空気が読めないでいるなか、目の前の異空間に疑問は尽きない。 ここはまず状況確認から行こう。 ……あまりにも急展開だから簡潔に。

 

 ひとつ。

 昨日見たのと同じデザインの赤いシャツで着飾る風鳴さん(男) あの人は黒いシルクハットをかぶり、見事なアンバランスなデザインを往くところで俺に向かって最大級の笑顔を向けてくる。 ……温度が、一度上がった気がする。

 

 

 ふたつ。

 この部屋の奥、壁に駆けられた大きな看板には、その物体に合わせた大きさで目立つように“新しい仲間 立花響&深町晶 大歓迎!” という文字が大きく、しかもかなり達筆な字体が手書きで記されている。

 

 

 みっつ。

 先ほどシリアスな空気を作ってもらった風鳴さん(女性)が、まるでトマトの様な赤さと、濃いお茶の様な渋さというこれまた器用な塩梅の表情を作り……

 

「……こほん」

 

 一つだけ、小さく咳をしていたところで、俺はようやく。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 この大騒ぎを理解することが出来た。

 

「ほらほら晶君、キミはから揚げなどは好きかな? それともこっちのかき揚げか、まさか歌舞伎揚げだなんて――」

「揚げ物一択なんですか!? せめてもう少し軽めの物を……」

「駄目だぞ、好き嫌いは。 よく食って、好きな映画見て寝る。 でないと強い男にはなれんぞ」

「は、はぁ」

 

 紙皿に山ほどの茶色がどっさり。

 漂う匂いは妙にネトネトしていて、この料理に使われている油量を容易に想像させるわけで。 ……好きなんですけどね、から揚げ。

 

「でも限度って物が」

「遠慮しない。 ホラ、響君、翼もそこで立ち止まっていないで入ってこないか」

『は、はぁ』

 

 ふたりしてさっき俺がしたのと同じ生返事が出てしまっている。 出たため息はそのまま赤いシャツを着た風鳴さんの前で弾けて、消えて、存在自体をなかったことにされる。 それほどの朗らかさ、どこまでも昇っていく様な陽気さに、さしもの“あの人”も……

 

「叔父――こほん。 司令……これは」

「なに、ちょっとした歓迎会さ。 我々と彼らが歩み寄るために必要な通過点。 そうは思わないか?」

「……」

 

 これ以上は何も言えないようだ。

 

 立花さんもさっそくからまれ……あぁ、よりによって桜井さんに捕まってるみたいだ。 腰に手を回されて耳元に息が届くくらいに顔を寄せられて……あ、倒れた。 なにをされたかわからないけど、きっと詳しく聞くべきじゃないことなんだろうな。 ……気にしちゃ、いけないんですよね?

 

「気になるなら聞いてみるのも勇気というモノだぞ晶君」

「……お、俺いま口に出してました?」

「なに、表情筋をよぉく見てみればこれくらいは容易いもんだ」

 

 そういうモノなんですか? ……会って二日目だけど、まだこの人の底というか、実力というか、凄さの度合いを測りきれない。 どこまで常識外れなんだ。 おそらくガイバーのセンサーでもそんなもの測れないですよ?

 

「とまぁ、軽い冗談はさておき。 そろそろ今日の主賓からの挨拶と行こうか」

 

 手を叩いて、みんなに合図をするかのような風鳴さん。 その声に反応して部屋中の視線が一か所に集中して――って、みんなが俺を見始めてしまった。 ……なんだかこういうのはなれないな、とても緊張してしまう。

 おそらくかなり自然な流れで一番手を任されたんだろう。 何を言えばいい、冗談なんか言ったりすればいいのだろうか。 思わず冗談が得意そうな方へ視線が言ってしまいそうになって……

 

「どうして脱がなきゃいけないんですか!?」

「それは、貴方の事をもっとよく知りたいからよ」

「ふ、ふぇぇ……」

 

 ……き、気になんかならないぞ。

 今の声は何も聞こえなかった、脱ぐとか知りたいだとかそういうのなんて聞こえてないんだ、そうだ……そう言うことにしなくては。

 とてつもない強い使命感を背に、俺は背後からの音声を意図的にミュートにする。 もう、何も聞こえないし何も気にならない。 いや気にしちゃいけないだろこれは。

 

「よし」

「言葉が決まったのかい? では行ってもらおうか」

「はい!」

 

 と、強く返したのはいいけど、やる事なんてあんまり大それたものじゃない。 ただ名前を言う。 一発芸だなんてサラリーマンの宴会みたいなことはきっと期待されちゃいないだろう。

 

「深町晶です。 昨日偶然発見されたらしいのですが……ってあれ?」

 

 ここだ、ここでようやく俺は気が付いたんだ。

 さっきの疑問その2。 そこに書かれていた文字とはなんだったろう……あたらしい、仲間?

 

「俺ってここの人になるんですか! 聞いてないですよ?!」

『…………司令?』

「……いかん、張り切りすぎて書く字を間違えていた」

『……えぇ~~』

 

 どうやら勘違いの様だけど、いけないな、せっかくの団欒に水を差してしまったみたいだ。 ……気を取り直して。

 

「ま、まぁうっかりなら仕方ないですよね。 でも、すぐにいなくなるかもしれない者のためにわざわざこんな催しまでしてくれて、ありがとうございます。 最近やたら殺伐としていたんで、いい感じに気分転換ができました」

「そいつは良かった。 それで、今日一日ここで生活してみての感想などを聞いてもいいかな?」

「あ、それなんですけど実はあんまり外出“させてもらえなくて”よくわからないんですよね」

「なに? させてもらえなかった……?」

「はい、そこにいる桜井さんが見事なタイミングで奇襲を成功させてくるもので……その」

『……ははは』

 

 乾いた声があたりから聞こえるのは、もしかしてみなさんご存知なのだろうか。 まぁ、あんだけ騒いでいたら嫌でもわかるよな普通。 でも、それを知りながらなぜみんな止めてくれなかったのだろう。 ……桜井さん、放置させないでくださいよ。

 

「それじゃ、気を取り直して自己紹介の続きにいきましょうかー」

「あ、はい」

 

 知らない男の人の声。 なんだか盛り上げるような場を繋げてくれたような感じの声に心で感謝。 俺はまぁ、ここで言うのは結構決まってるもんだと思い、特に考えもせず――――

 

「198X年8月10日生まれの16歳。 俺が居たところの歳では高校二年になります。 こっちの世界とか、時代だとか、常識に疎かったりするんでいろいろ……」

「しょ、晶君……!」

「はい?」

 

 急に、風鳴さんが俺の肩を掴みだす。 痛っ、ちょっと、そんなに強くつかんだら肩が砕け――いててて!

 

「おい、今なんといった」

「え?」

「しまった、よりにもよって翼が食いついてきたか……晶君」

「なんでしょうか?」

「……俺は隠そうとしたんだぞ? だからここからはキミの責任だ、ぜひ頑張りたまえ」

「……なにをですか」

 

 と、俺が言った時だ……すぐ横に風を感じる。

 それと同じく目の前を覆うのは青一色。 それが、ひとの髪の色だという事に気が付くまで、俺は手に持った紙皿からただ、から揚げが零れないようにバランスを整えることしかできないで……

 

「この時代、この世界。 ……まるでどこか異邦の土地から来た物言いの様だが」

「あ……ああ!!」

 

 しまったと、声を上げそうになるのを必死に堪える。

 そうか、風鳴さんそう言ったところはうまく誤魔化していたんだ……そ、そう言う事なら先に言ってほしかったです。

 既にから揚げの事なんかあたまには無い。 いま、自分がやってしまった致命傷を、どうにかこうにかフォローしようと知恵を総動員するんだけど。

 

「俺が居たところって時代錯誤で異世界みたいにさびれてたもんで――」

「そうか」

「はい、そうなんですよ」

「で、貴方の生年月日が今から30年ほど遠い昔なのはどういうことかしら」

「…………あ、あ~~」

 

 さすが今年受験生は一味もふた味も違う。 俺なんかのその場しのぎが、皮を削ぐように切り落とされていく。 ……この人、どこをとっても刀並みに鋭いんですね……よ、容赦ない。

 

「風鳴さん……」

『なんだ?』

「あ、いえ……」

 

 男の方でおねがいします……

 

 昨日と同じく一声に振り向くふたりを何とかなだめ、俺はどうにか言い訳を脳内で検索する。 するんだけど、やっぱり無駄な時間だったようで。

 

「こうなってしまったってのもあるんですけど、俺、やっぱり本当のことを話してみようかと」

「言うのかい?」

「はい……いつまでも真実を伏せるのは、みんなを騙している様で嫌なんです」

「…………」

 

 風鳴さん……いや、どうやらみんなからは“司令”と呼ばれているから俺もそれに倣おう。 風鳴司令は聞き返してくれているけど、どうやら女性の……風鳴さんは興味が大きいようだ。 俺の事を、目線から一向にはずさない。

 

 

 鋭い刀身のような女の人。 俺よりも1つだけ年が上らしい風鳴翼という彼女は、俺をいまどういった視線で見ているのだろうか。

 嫌悪、憎悪? きっと心地いい感情ではないだろう。 ……なぜなら、一度は俺に刀を向けた人だから。 けど、だからと言って否定しちゃいけない。 彼女は人間だ、陽だというなら……理不尽に、立ち向かう強い意志を持つ同じ人間だというなら分かり合えるはずなんだ。

 

 だったら話しをしよう。

 分かり合えるまで、幾らでもだ……

 

 …………もう二度と、俺と父さんのような間違いは起こしたくないから……

 

 

 

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