「なぁ、お前はなんでチカラがほしいんだ?」
「…………え?」
聞こえてきたのは女の子の声。 おそらく俺よりも小さくて、でもその中にある意思は、確実に今の俺では遠く及ばない強さを含んでいたのは、今の第一声で思い知らされたことだ。
聞く、というよりは訊問に近く。
尋ねる、というには強迫性が濃い。
そんな声を前に、情けないよな。 俺は今、背筋に汗を流していた。
そんな状態がつらくて、何か打開策が無いかと思った時には既に、俺はあたりを見渡していた。 けどそこには、何もない。 ないんだ、なにも、ベッドも机も、窓枠どころか景色すら。
様々なものが取り払われたその世界は、どう表現していいモノかわからない。 むかし、こういった雰囲気を全身で味わった気もするけど、果たしてどこでだっただろう。 ……なにも、思い出せない。
「どこなんだ、ここ」
「ねぇ?」
「見覚え以前にみるモノがない。 まるでまぶたを閉じてるみたいに何も――」
「……ねぇ……きいてる?」
声が次第に凄みを増していく様だ。 その中で俺の警戒心はどうしてか下がっていくばかり。 ……最近、こんな感じの質問をされたせいなのだろうか。
「そうだ、風鳴さんにそっくりなんだ!」
「翼? へぇ、そうか、いまじゃそんな風になっちまってんだな。 ……変わっちまったかぁ」
「え?」
「いや、なんでもねぇよ」
「はぁ……?」
誤魔化すような、それでいて申し訳なさそうな声がどうしても気になってしまう。 姿を探しても見つからない、だけど、声だけはやけにはっきりと聞こえてくる。 なんだろうこの感じ、まるでガイバー同士の――
「余計な事、考えんな」
「う゛!?」
鼻を掴まれてしまった。
「まったく、あたしより年上なんだからもう少し落ち着いてくれよ?」
「あ、はぁ」
「……たく」
すこし疲れたようなため息が聞こえてくる、けどその姿を拝むことが叶わない俺はおそらく苦い表情をしたはずだ。 唇も若干とがらせて、眉だってひそめてみる。 だけど、そんな顔は相手に見えることはない。 ここでは、どんな表情だってしたい放題だ。
「なんだよそんなひょうきんな顔しやがって、もう少しシャンとしな」
「あ、え?」
「何にも見えてないのはあんただけだよ。 もう少し……そうだね、もうあと少ししたらそっちも“この中”が見えるようになるはずだ、それまではこのままかな?」
「なに、いってるんですか」
さっきからなんというか比喩的な言い回しが多い気がする。 でも、その言葉の意味が何となく分かる気がするのも確かで。 それに最初に言われた言葉はなによりも気になる。 力が欲しい、そう言われたはずだけど、答えなんて初めから決まっている……俺は――
「おっと、もうそろそろ時間か」
「はい?」
「こうやって繋がっていられる時間だよ。 ほら、あたしの身体、少しづつ薄れて行ってるのわかるだろ? ……って、目が見えないんだったよな」
「えぇ」
どうやら時間というのが来たらしい。 そう言われた途端、なんだか身体が軽くなってきた気がする。 正確に言うと深海の底から海面に向かって昇っていくイメージが近いかもしれない。 そんな感覚を全身に受け、慌てないというのも俺が鍛えられたせいなのだろうか。
……すこし、複雑かな。
「あ、そうだ、少しだけ待ってくれよ」
「なんでしょうか?」
「少しさ、お願いがあるんだよな。 せっかくあんたに会えたんだ、ここで言っておこうと思ってよ」
「おねがい、ですか?」
「いやか?」
「そんなこと……出来ることなら――」
力に、なってあげたい。 なぜかそう思ってしまうのは、この人の声が極度に低いトーンになったからかもしれないし、別の理由が俺の中によぎったせいかもしれない。 俺は、ほんの少しだけ浮遊する力に抗うことにしてみた。
「翼……お前がさ、風鳴さんって呼んでる奴いるだろ? あのかわいい女の子な」
「風鳴さん?」
「そいつさ、いまはキツイ態度で当たってくるかもしれねえけど、ホントはとっても弱い奴なんだ。 一人はさびしいって、泣いて、笑うことを忘れて、歌いたい歌だって、今じゃ辛いだけ。 それってとっても嫌なことだと思うだろ? あたしだって嫌さ、だから……なんだ」
「あの人に、俺はどうしろっていうんですか」
「あたしだって言葉は見つかんねえよ、けど、あ~別に彼氏彼女だとかそう言うのじゃなくて、こう、……そう! 支え、支えになってもらいたい、かな?」
少し前に同じことを言われた気がした。
「そんでもう一個が、あたしが……いや、最近、ガングニールを纏うことになったやつ、あいつのことも気にかけてやってくれ。 どうにもそいつも無理をしているっていうか、巻き込まれたまま、只、周りから言われたとおりに戦ってるだけのきらいがある。 お前も、その気持ちくらいはわかるだろ?」
「……どうしてそんなこと」
わかるのだろう。
この人が言っているのはおそらく――さんのことだとは思うけど、俺が見ただけじゃそんな風には見えない。 けど、なんでだかこの人が言うと只ならない説得力を身に感じてしまう。 俺自身も戦いに巻き込まれてしまった者の一人だから、いま言われたことの意味は分かる。 だけど。
「だけどじゃねえよ。 いいか? 女の子はな、いつだって王子様の手助けを待ってるんだよ」
「お、おうじさま?」
「んまぁ、あんたみたいなヘタレが王子様ってのは無理はあるだろうけど?」
「――っ!」
へ、へたれ!? ――た、確かに俺は肝心な時に前に踏み出せないで足踏みをしてしまうような小心者だけど、ここ最近の戦いで随分と鍛えられたとは思う、思うのに否定できない……こ、心を深く抉られるようだ。
なんだ、このダメージは……ぐふっ。
「…………戦場と恋愛とじゃ、立つ舞台が違うだろ」
「い、いくさば?」
「いや、なんでもねえよ。 それよかさっさと起きちまえ、もう、言いたいことは全部言ったからさ」
「は、はあ……?」
何となく言い回しがあの人に似ている気がするし、この人は一体なんなんだろう。 俺のことも何となく知っているみたいで、本当に不思議な人だ。 気になる俺はつい手をのばそうとするけど、微睡の中に居るせいなのか、その手が相手に届くことはない。
……まどろみ?
あぁ、そうか、俺はいま夢の中に居るんだ。
あるんだな、今自分が夢を見ていると認識できることって。 もしかしたら初めてかもしれない……
でもそれじゃ、この夢に出てくるこの人は何者なんだろう。 ゆめっていうのは普段フル稼働している脳が、その膨大な情報を整理するための低稼働状態の事だ、ならそこに映る映像に俺の知らない人が居るのはありえないと思うんだけど……どうなっているんだ?
「まぁ、そう言うのはいいだろ? あぁ、いけね、言い忘れてた」
「え?」
「これでホントに最後な、これは、まぁ……なんだ。 あたしの強がりでもあるって先に言わせてもらうんだけど、さ」
「??」
「おまえは、何も悪くない。 こうなったことは確かに辛い事でもあるし、窮屈だ。 けど、こうなったからこそ、私は――――」
え、どうしたんですか? 聞こえが悪くて――
「困ったら今までを――そこに答え……ッ…………まえ、持って――――■■■■■■■」
そこから先は、もう、なにも覚えていない。
激流に呑み込まれた木の葉のように全ての感覚が消え去っていく。 どこまでも深くに落ちて、一気に登る感覚をこの身に受けたそのとき。
「―――――――!!?」
俺は、目を開けて上半身を強く打ち上げていた。
身体中が熱く、いたるところは汗でぬれている。 その熱が外気に触れて段々と冷たさを醸し出していく中、俺はただこう思うのであった。
「きもち、わるい……」
AM 10時10分――
鍵。
それは大切なものを守るため。 もしくは、自分やそのほかのある程度限られた人たちのみに開示を許すよう制限を施すプロセスだったり、意味は大体で“防衛”と言えるかもしれない。 だから、コレを施す者の大体の目的はそのはずだ。
そう、もちろんこの俺も、同様の目的に則ってこれを施そうかと思っている。
「晶く~~ん」
「……いやです」
「そんなこと言わずに……ね?」
「イヤです!!」
大まかなことはこの際すっ飛ばすとして。
いや、決してあの人が嫌いな訳じゃないんだよ。 明るくて、嫌なことを吹っ飛ばすし、肝心な時には鋭い視線から意見を切りこんでくる頼もしいお方だ。 けどね? スキンシップの方法がその……立花さんのを見ていたら何となく近寄りがたいというかさ。
「仕方ないわねぇ、こんな鍵を3重にしちゃって……晶くんって引きこもりなの?」
「あなたが勝手に入ってこないようにしてるんです! 初遭遇で気配もなく真横に居られたら嫌でも警戒はするでしょ!?」
「……あぁ、耳に息を吹きかけたあれね?」
「…………」
気恥ずかしいんだよね、この人。 なんというか、性的なスキンシップギリギリを責めて来るから……その。 俺だって男子高校生の端くれだ、つい三か月前までは真っ当な感覚を持ったごく普通の生徒会役員だったんだ。
それに俺の居た時代ってこんな明け透けな女の人なんて見たこともない……いや、ただ単に俺が世間を知らなかっただけなのかもしれないけど。
とにかくけどまぁ、この人がなんでこんなに俺に迫って来るのか。 それを考えるとおいそれと首を縦には振れない訳で。
「どうせ今日もガイバーについて調べたいんでしょ! 嫌ですよそんなの、この世界に俺のいた痕跡はなるべく残したくないんです」
「いいじゃない少しくらい。 それにあなたが協力してくれないとこっちもいろいろ困るのよ?」
「どうしてですか」
「一応こっちは国家機関、つまり私たちの上司は御国なのよ。 だからもしも存在がばれて、『お前たち、いつの間に新たな戦力を~~』ってことになったら、それも逐一報告しなくちゃいけないの」
「…………そ、それは」
それもそうかもしれない。 今はまだ俺が無駄に暴れ回らないだけで、ここの機関の人たちが体よく隠せているだけかもしれない。 けど、今以上のノイズ被害を前に、俺は果たしてガイバーの力をフルで活用せずに済むだろうか。
もしそうなったら俺は……
「輪切りだけ……輪切りだけでいいから――」
「いいですよ」
「体細胞の摂取とかそんなのしないから、お願いだからでてきてぇ~~」
「わかりました」
「強殖装甲の限界数値だとか、組成とか、代謝機能の測定だとかも言わない! だからせめて“CTスキャン”だけでもぉ~~!」
いや、だからわかったって言ってるじゃないですか。
ドア越しに聞こえてくる研究内容というか、この先俺が受けるはずだった項目は、結構危険な物まで入っていて思わず冷や汗をかいてしまった。 ていうかなんですか、CTすきゃん? 現代の医療機器か何かなんだろうか?
「おねがいよぉー」
「……困ったぞこれは」
……桜井さんが、しつこい。 いや、俺がかたくなに拒否していたのだから仕方ないのだろうが。
苦い顔をしているんだろうなぁ、今の俺。 そう思いながら、ドアに付属“させた”チェーンロックをスライド、外してやるとぶらりと垂れ下げる。 次に備え付けの2個ある施錠型のカギに手をやると……鍵が、勝手に回りだす。
「い、いま“イイッ”って言った!?」
「……!」
「言ったわよね? 言ったのよね? ……イイコねぇ晶くん、それじゃあ行きましょうか、そうしましょうねぇ~~」
「え、ちょ?!」
い、いま鍵が外側から開けられた!? しかも二つ同時にどうやって――こ、これが“最近”主流になってるピッキングというやつなのか!
しかも俺の返事に反応してこの時間差は、おそらく手慣れているモノと見た。 という事は、この人はいつでも俺の部屋に対して侵入が可能という事……つまり俺が入ってこれないだろうと安心している最中でもよだれを垂らしながら心を許すその瞬間を待っていたというのか……!
こ、怖い……今一番この人の事が怖いと感じた。
「普通の身体測定もいいけど、いろんな部分の“反応”も見てみたいわねぇ。 ……いったいどういう悦びかたをしてくれるのか・し・ら?」
「ちょ、ちょっと……桜井さん?」
「うふふっふ~~」
「ま、マズイ。 目が何だかおかしい光を放っている……逃げ――」
「――がさない」
腕を掴まれた!? こ、これじゃあガイバーになることも出来やしない。 振り払う選択肢も、っく、意外に力があるぞこの人。 ガイバー頼みの貧弱さがこんなところで悪影響を及ぼすなんて……
「後悔はあとに“たたない”のよ、晶くん?」
「後悔が立たないのは先で…そ、それくらい小学生で…もぉぉおおおお!?」
「ふふ、何もそういう意味だけじゃ……無いのよ」
「お!? おごご~~た、たすけ――――――…………」
この後のことは、思い出したくもない……
とりあえずズボンを思いっきり引っ張られ、あわやというところで振り払い……殖装。 ガイバーとなって、一通りの身体測定を行うことになった。
測量計……ほら、学校の身体測定とかでよく見る頭に板が落ちてくるアレを思い出してくれればいいかな。 あれと体重計が一通りそろっている広いところへと連れてこられた。 ……うん、なんか普通に学校の身体測定みたいだ。
けどあれかな、この姿で測量計に乗るってなかなかシュールな構図だなと。 前にCCDカメラ付きの“ランドセル”を背負ったことはあるけど、あれと同じような感覚だ。
ガイバーって本当にこういうのが似合わない。
「この頭角邪魔ねぇ。 えっと、身長174センチ、体重……261キロ? 見た目よりも重いのねぇ」
「そうですかね? いやでも普通に俺ぐらいの身長だったら平均60そこらでしょうし、そう考えれば重いんですかね」
「そうねぇ。 まぁ、強殖装甲って銘打ってるだけあって、やっぱりそれなりに質量も密度も人体とはかけ離れているのでしょう。 えぇと、次はいよいよ“輪切り”のお時間ね」
「……わぎり?」
この間から聞かされている単語だけど……いや、さすがにそんなことはないよな。 いくらこの人が怪しげな雰囲気を全開にしようとも、ガイバーを真っ二つに切断して中身を調べたいだなんて。
だなんて…………ねぇ?
「うふふ」
「あ、あぁ。 なんだか二つ返事を今になって後悔してきたぞ。 無事に済めばいいけど」
桜井さんのメガネがきらりと光る。 そんな気がしたんだ。
そしてなんだかくねくねと曲げられていく彼女の手の平。 まるでこちらを挑発するかのような動きはどう考えても蛇か何かです。 まさにこっちを丸呑みにする気満々のその笑みは止めてください、16歳の心には負担が大きすぎます!
「まぁ、ジョウダンは此処までね。 ほら晶くん、あそこにカプセルみたいな機器があるわよね? あの中に入ってもらえるかしら?」
桜井さんがひらひらと返した手の平。 その先にある物体を俺は思わず凝視してしまった。 白いボディーは照明の光を照り返し、そこを覆うガラスはいかにも堅牢、強化ガラスか何かと思えるそれを、相対的にみると俺が思い出すのはクロノス日本支部のとある部屋。 そこに置いてあった物体だ。
「こ、これは――……調整槽?」
「ん?」
「い、いえ……」
……ちがうのは分ってはいましたけど、やっぱりそう思わずにはいられませんでした。
いろいろ誤解というか、こちらの勝手な思い込みを一通り終わらせると、俺は桜井さんに言われた機械の中に入る。 横向きのため必然的に仰向けとなる俺は、天井を眺める形になる。 なんだろう、こう、無抵抗で仰向けになると思い出す言葉があるな。
「まな板の上の鯉だったっけ」
「故意?」
「なんでもありません……」
鯉じゃなくってガイバーだけど。
変なことを思っている間に桜井さんの手は止まることが無いみたいで、あっという間に機械が動作を開始していく。 ……緊張するな。
「晶くんの時代じゃエックス線だとかレントゲンが主流でしょうけど、今の時代はあんな有害行為は中々行われてないわ。 もっとスマートに身体の内部を見ることが出来るのよ」
「そうなんですか?」
「そうよぉ」
お、なんか棺桶――違った、入れられた箱事自体が動き出したみたいだ。 ゴワンゴワンと音を立てながら、足元へスライドしていく感じかな。 その先にはまるでトンネルみたいな構造の機械が待ち受けていて……その下を箱が通り過ぎていく。
「…………」
「緊張しないでリラックスしてね。 すぐ終わるから」
「は、はい」
慣れない機械で思わず力んだみたいだ。 それが判るという事は、リアルタイムでこの機械は俺の身体を調べ上げている……すごいな、タイムラグが無いなんて。
「はーい、良いわよ出ても」
「……よっと」
終わりの合図が出ると即座に箱から出る。 少し雰囲気を付けての空中前転はガイバーの身体能力があっての真似事だ。 綺麗につま先から着地すると、俺はおもむろに桜井さんの方を見て――――
「…………これは」
「桜井さん?」
彼女の、見たこともない顔を見ることになってしまった。
おそらくそれなりに興味が出るモノだとか、今まで知らない物質だとかがあったからあんな顔をしているんだとは思う。 なにせクロノスですら手をこまねいているうえに、おそらく複製ですら出来ないモノばかりだ。 こと、一科学者の桜井さんだったら確実にこの身の超常は驚きの塊であったろう。
理解の範疇。 そう言ったことはまずないはずだ。
「驚いたわね……」
「でしょうね。 なにせ降臨者たちが――」
「そうじゃないわよ。 晶くん、あなた自分の身体になにか違和感とか感じない?」
「はい?」
いきなりの質問。 けど、その回答は出来そうにないな。 今はガイバーになって、そりゃ普通の感覚からは離れてしまってるけど、慣れた今となればこの状態も十分いつも通り。
肺が無いけど呼吸は出来る。
内臓器官が無いけど動くことが出来る。
耳が無いけど音は感じ取れる。
上げればきりがないけど、とにかく今の状態は十分いつも通りだ。 それなのにいったいどうしてあんな顔を……
「それがおかしいと言ってるのよ」
「はい?」
「いえ、最初にあらかた聞いてはいたけどまさか本当に生物……肉体の構造レベルから改変されているなんて。 わたしの扱ってきたシンフォギアとはまるで正反対。 ギアを纏うのではなく、ギアそのものに自身を委ね改変させるだなんて――これを作り上げた例の降臨者というのは、恐ろしく合理的というか発想の自由をそのまま技術に持って行くというか」
「はぁ……?」
「そもそも、こんな細胞レベルの変化を繰り返して身体がもつわけがない。 確実に何か変調をきたしてもおかしくない。 そう言った意味での質問なのよ」
「……ここ数か月ずっと。 それこそ延々と戦ってきましたけどそんなことは」
「そう……」
随分と驚かれたみたいだ。 仕方ないだろう、これくらい。 いくら時代が進もうと、おそらくクロノスのいない――いや、例の存在が居ないこの世界にユニットを作り上げるだとか、その技術に追いつくだとかという発想自体出てくることはないだろうから。
精々、肉体強化のパワード・スーツが関の山。 そうでなくともこの世界はまだ宇宙への進出もままならないようだし、そこらへんは俺の時代とはあまり“大差”は無いのだろう。
……彼らが使う技術の前には、どちらも赤子のお遊びに等しい。 そう言う意味合いでだけど。
「とにかくこれでいいですか? さすがに生身をいくら調べても普通の人間と大差ないはずでしょうし」
「え? ……えぇ」
これは嘘だ。 実際問題俺自身の体にはかなりの変化があるはずだ。
特に背中。 肩甲骨上部らへんから首筋までのところにある“誘殖組織”は、確実に人間の細胞ではないはずだ。 これはひと目見れば何かのできもの? などという事しか思わないだろうけど、俺の事情がわかる人ならおのずと答えは出るはずだ。
けど、それを教えるにはこの人たちとはまだ関係が浅すぎる。 仮に……仮にここに居る誰かが裏切ったりスパイだったりしてしまうと、下手をすれば人類存亡の危機だとかになりかねない。
……いや、少し大げさか?
「さてと、桜井さんのご要望にもこれで答えられたわけですし、俺そろそろ失礼しますね」
「そう? もう少し遊んでいかない、晶くん」
「いえ。 そろそろ夕飯の準備をしたいので……今日から自炊をしてみようかなって思ってたんですよ」
「じ、自炊。 え、晶くんが?」
「そうですけど……意外でした?」
「え、えぇ」
まぁ、俺だってそれが得意だってわけじゃない。 けど出来ない訳でもないし、そもそも持ち合わせが無いに等しいんだ、今だってある程度の
だったら必要最低限の出費は押さえたい。
「とにかく今日は此処まででお願いします。 さすがにそろそろ買い出しにも行きたいですから」
「買い出し?」
「はい。 ……司令からは内緒って言われてるんですけど、外出の許可が下りたんでこれから行こうかと」
「もう? さすが弦十郎ちゃん。 …………結構な爆弾をあっさりさらけ出すなんてね」
「はい?」
「いいえ~、なんでもございませぇ~~ん」
「?」
酷く小さな声だったけど…………桜井さん、聞こえてますよ全部。 けど、今のはおそらく本当にそうなのだろう。 俺自身が不祥事の塊だろうに颯爽と外出の許可を出すあの人の考えは読めない。
こちらを信頼しての発言、そう、受け取っておくのが一番だろうし、今の桜井さんの言葉も、きっと組織全体を心配して出た言葉なのかもしれない。
「まぁ、いいかな」
ここは、何事もなく流してしまうのが最善だろうし。
そう言ったまま俺はこの広場に入ってきた場所へ向かう。 入り口なのだから当然出口でもあるんだ、当然だよな。 けど、後ろから桜井さんの疑問の声がひとつ来る。 おそらく“今”の格好を指してはいるんだろうけど。 ……実は今回の外出許可で、ひとつ条件があるんだ。
「司令から言われたことがあるんです。 俺が外に出るときはこのあいだみたく一般の出入り口ではなく…………荷物搬送用の裏口から出ろって」
「……はい?」
「そこは人が入らない無人。 当然Gもすごいそうなんですよ……だからガイバーになってしまえばそれに耐えられるだろうって。 それに」
「それに?」
「搬送用、裏口……こういう言葉のある出入口から出てくるのは男のロマン――だそうですよ?」
「……弦十郎ちゃん」
呆れた声がひとつ。 いやぁ、俺とまったく同じ感想が出てくるあたり司令の特異性はやっぱり俺だけの感覚じゃないようだ。 うん、なんだかほっこりしたかな。
「ガイバーになったついでにこのままいきます。 なにせいちいち殖装していたら衝撃波で備品を壊しそうで」
「あぁ、強殖装甲が異次元からやって来る際の力の流入? おそらく防護フィールドとは思わず開発したんでしょうけどすごく合理的よね。 なにより最近主流となってる変身時の妨害というのを見事に防いでいるもの。 これが超古代の代物だなんてまるで思えないわね」
「あ、はは……」
言っていることはまぁ間違っていないはずだからともかく……って、変身時の妨害? おそらく特撮のドラマかなんかのたとえ話だろうけど。 最近はそう言うことまでやってるんですね。
思わず見上げた壁際。 そこにかけられた丸い時計は遅くもなく速くもなく、ただ正確に一秒一秒を刻んでいる。 その短針が2から3に移ろうかというところ、俺はついつい息を吐いてしまった。
……学校は、もう終わりの時間になるんだろうな……と。
「寂しい?」
「え?」
「キミも数か月前までは一学生だったもの。 そう言う感情の一つ、有ってもおかしくはないものね?」
「それは……」
否定のしようが無いけど、それはどうしようもない事だ。 そもそも俺はあっちの世界でも行方不明……最悪、死亡扱いのはずだ。 さらにこっちでは存在自体が許されない人間。 学校なんて、いまさらな話だろう。
「でも、俺にはやる事がありますから」
「そう」
「はい」
だから俺は、今やるべきことだけを目の前に据えるだけだ。
……とりあえずいまは――
「今夜は簡単にみそ汁とご飯、それにニラと豚肉の野菜炒めにでもしとこう」
「え……?」
「いや、晩御飯ですけど……?」
「あ、え……あぁそうね、晩御飯ね」
腹が減っては戦が出来ない。 暗い事ばっかり考えていて活路が見いだせたことは今までに一度だってないんだ。 だったら、少しでも前に進んでいかなければ。
俺は、こんなところで終わるわけにはいかないのだから。
そうして俺はこの広い部屋を後にする。 進路はそのまま物資搬入用倉庫とエレベーターのあるところ。 場所は……ガイバーのセンサーで探ればすぐだ、最大でおおよそ50キロの範囲の奥行から建物の設計まで把握できるセンサーとコントロール・メタルの性能は伊達じゃない。
俺は青い身体をしならせるとそのまま準備運動もなく走り出す。 途中、見たことがある男の人が何事かと視線をよこすけど、軽く手を振って返すだけ。 もしも俺が知っている常識がまだ通用する時代であるのなら、ここから先、下手をすれば数日前の戦いよりもつらい現実に俺はぶち当たるかもしれない。
気を、引き締めていかなければ。
結果だけ言おう、俺はこの後、戦いに負けた。
「奥方の、力がまるで、衰えない……なんなんだ、あの人たちの力は――!」
両手にぶら下げたビニール袋。 それほど重くなく、けれどすっからかんとは言えないほどに入ったそれ。 本来なら一袋にまとめてしまいたいところだけど、なにせ入っているモノがものだ。 ここは面倒だけど二つに分けてしまわないと後々面倒になってしまう。
「でもなんだか安心したな。 ああいうところはどの時代、どこの世界も変わらないんだな」
先ほどの激闘を胸に仕舞い込み、夕焼け空を目だけで仰ぐ。 持った荷物が揺れ、中身がゴソリと揺れては持ち変えて整える。 うん、どうやら無事みたいだ。
「でもしばらく見ない間にいろんな値段も変わったみたいだ。 卵とか、肉とか、いろんなものが大安売りされてるし。 いや、そういうのを狙って夕方に出たというのもあるんだけどさ」
こっちは男家庭だ。 母さんが幼いころに……だから必然と男二人での生活を余儀なくされ、幼馴染には色々助けてもらっていたけどその傍らでは着実にその手の実力を上げている俺が居たらしい。
見るだけでも訓練。 よく言ったものだ。
何となく手伝っていた家事その他は、結構、俺の中にも吸収されていた。 おかげでこう言った安売りの時間帯だの、ついでに買っていい物だの、買いすぎてはいけないモノ、他の買い手と無駄な争いをしない懸命な判断力などが、もう、嫌でも身についてしまったのが、先ほどまでの戦いで理解できてしまったのだから。
「けど、結局あまり多くはなかったな。 もう少し強引に攻めてれば冷凍食品くらいは手を出せたかもしれなかったけど」
ここいら地域の奥様方の腕力が強すぎた。 いかんせん、炊事洗濯で鍛え上げられた足腰の強さとタフネスは予想の遥か上だったらしい。 ……いつか、あの人ごみに打ち勝って見せる。
俺は人知れず決意をするのであった。
「あれ? 深町さん?」
「え?」
グッと、右手を握り締めていたところだろうか。 買い物袋を持った俺に投げかけられた女の子の声。
元気で、ハツラツとしていて、若干上ずっていた第一声のこの声。 聞いたことがあるぞ、これは……
「立花さん?」
「こんばんは」
「……」
数日振りに見るあの子だ。 うすい茶髪はおそらく天然のモノなのだろう、俺の時代によく見た女子高校生とはやはり身だしなみから違うのは時代のせい? いや、今はそんなのどうでもいいな。
……と、少し反応が遅れてしまったけど、彼女の横に人影が……同じ制服で、立花さんと大体同じくらいの身長。 という事は同級生か友達か。
とにかく初めて見る子だ。 落ち着いてそうな、まるで立花さんとは真逆そうな子、でも静かでいうなら風鳴さんの方が一枚も二枚も上かな。 あえて似ている点を言うならそうだなぁ、その子……若干こっちを訝しげな眼で見ているところかな?
「これは仕方ないだろう」
「深町さん?」
「い、いや。 なんでもないんだ、はは……」
とまぁ、軽い失態も鋭い視線のままに見つめてくるんだよね。 ……うん、何がこの子をこんなに強く俺を見つめさせるんだろうか。
「ところで深町さん、その手に持ってるのって?」
「あぁ、これ? 今日の戦利品」
「戦利品?」
そう言って持ち上げたビニール袋を見つめてくる立花さん。 すぐさま俺の顔とを往ったり来たりしてくれると、そのまま丸い目を輝かせて……
「手料理ですか!?」
「……思考の直結がすごいね、キミは」
「ご、ごめんなさい…ごはんのことになるとつい…えへへ」
あたまの後ろに手を持って行って上下に2、3回動かす立花さん。 ……ごめんね、その仕草を見てどうしても仔犬を思い浮かべてしまった。 これは、心の中に留めておこう。
「とと、……そう言えばそちらに居る子はどちら様?」
「そうでしたそうでした! 紹介がまだでしたよね。 こちらに居るのが何と言ってもわたしの最高の友達、住んでる寮のルームメイトでもある“
「……も、もう、響ったら」
ばばーーん!!
そんな効果音を鳴らせるように大きな声で紹介する立花さんの目がまぶしい。 ……うん、この子がこんなに胸を張って嬉しそうに紹介するのなら、よほどの良い人物なのだろう。 ……俺を見る視線が一向に痛いことを除いてだけど。
「初めましてだね、深町晶です。 よ、よろしく」
「……よろしくお願いします」
遠慮がちな、声。
これが初対面だから仕方ないというのは分るのだけど、どうもそれだけじゃ無いようなのは気のせいだろうか。 さっきからしつこく言うけど、どうにもこの子が……小日向さんが俺を見る目は厳しいモノを感じる。
まるで、八百屋でかぼちゃの皮を叩く主婦みたい……中身を、覗こうとしているようだ。
其の視線がたまらなくなって、俺は合わない視線のままつい。
「お、俺たち初対面だよね?」
「……そうですけど」
「?? ふたりともどうしたんですか……?」
そんなことを口走り、あえなくハラリと躱されてしまう。
「……ずっと、お話は伺ってました」
「え?」
「響、学院の昼休みの時とかずっと深町さんの話をしていたんです」
「ちょ、ちょっと未来! ……あ、いやぁその……あはは、なんというか深町さんとは最近知り合って間もないから、つい、新しい話題と言えばなんて時についそうなってしまうわけでして」
「そうなの?」
「ははは……」
俺の事を、ねぇ。 いや立花さんは抜けているところはあるかもしれないけど頭が悪いって訳じゃないはずだ。 前の戦闘の時にもすぐさま俺の腕のケガを心配できるほどには判断力に富んでるはず。 だから異世界とか、違う時を生きてきたなんていうことは言っていないと思っていいはずだ。
なら、俺のことは“個人情報だけなら”結構筒抜けと見ていいかな。 でも、それなのにどうしてこんなに警戒されている? 別に何も知らない怪しいヒトって訳じゃないはずだろうけど。
「随分、仲がいいんですね?」
「は、はい?」
「はじめて見ました。 響があんなにうれしそうに“男の人のはなし”をするなんて」
「あ、はぁ……」
鋭い視線、かわらず。
どうにも言葉を出すたびに、こっちに言い知れない警戒心を与えてくれるこの子。 小日向さん、だったっけ。 なんだか独特の雰囲気をしているような。
「ねぇ響、この後どうするの?」
「え? えっとねぇ」
「……考えすぎか?」
さっきまでのトンガリはなりを潜め、いつの間にかごく普通の会話に入っていた彼女たち。 うん、やっぱり俺の勘違いだったようだ、そうだよな、俺は今日あの子と会ったばかりだし。
「……っ」
「え?」
「なんでもありません、よ……」
「?」
会ったばかり、なんだよね?
よく分からない視線を射されながら、俺は手に持ったビニール袋を持ち直す。 あ、なんかやけに持ちにくいと思ったら汗かいてたんだ。 少し寒いと思っていた外の気温だったけど、夕焼けのせいか? 首元がやけに熱く感じる。
「背筋は寒くなる一方だけどね……」
「え?」
「どうかしましたか?」
「え? ううん、何でもないよ」
会話を適度なタイミングで終わらせ、不意に見上げたところにあった時計を見る。 時計の短針がそろそろ6を射そうかという時だ、空は真っ赤に燃え、空気は少しだけ冷たくなる。 相反する景色の中で、俺は帰り道に向き直ろうと……した時だ。
ポケットが、小さく震えだす。
「?」
「……あ」
「響?」
同時に反応したのは俺と立花さん。 一緒にまさぐるその仕草は全く同一のものだった。 利き手を自身の側面に回し、差し入れ、握り、括目する。 目を見開くと言っても過言ではないその状態は、傍から見ていた小日向さんから見たらどう映っただろう。
訝しげな視線が、さらに強くなった気がする。
けどそれを気にしている場合じゃない。
俺は鳴り響くソレ……ズボンのポケットに入れていた支給品の、いまだに使い勝手のわからない電話を持ち、画面だけの機械をひと睨み。 そこに書いてある文字を確認する。
――――――ノイズ発生を確認。 至急南西3キロの地点へ急行せよ。
ディスプレイに書かれているのはそれだけ。 南西3キロと言われても、まだ地理に疎い俺からしてみれば混乱を招くだけのモノだろう。 けど、今の俺が無理でもと……おそらく風鳴司令はガイバーの索敵能力を込みでこの文面を送りつけたのかもしれない。
そしてそれは……
「響? どうしたの、固まって」
「え? ……う、うぅん、何でもないよ。 ……あはは」
立花さんにも同様の内容を送ったとみていいはずだ。 おそらくこのあたりに住んでいる彼女ならば、住所が書かれている可能性もあるが、分らなければ分らないで逐一連絡の取り合いをするのかもしれない。
いや、俺が言いたいのはそう言う事じゃない。
そもそも、シンフォギアという存在自体が非公式だという説明をこのあいだ受けたばかりだ。
理由としては、自衛を目的とした軍隊以上の戦力ともいえるそのギアは、確実に憲法に抵触し、尚且つ諸国へ無用の刺激を与えるかもしれないからだ。 そう、たとえそれが家族やそれに近しいモノにでもその存在を軽はずみに口にしてはいけない。 この間の歓迎会で硬く言い渡されたのがそれだ。 だからだろう、彼女がたびたび小日向さんに視線を送っては反らしてしまうのは。
明らかに困っている。 そんな彼女の顔色に俺はつい、右足を前に差し出していた。
「立花さん、少しお願いがあるんだ」
「え、深町さん?!」
手に持ったビニール袋、それを彼女の手に押し付ける。
下に振り、顔を寄せると笑顔を作って見せる。 そのときに背後から取り出したばかりのナイフのような冷たさが襲い掛かるけどそれは無視だ。 いまは、それどころじゃない。
「実は、スーパーで買った卵なんだけど、おひとり様パック一個限定80円の格安だったんだよ」
「は、はぁ……?」
「それで、恥ずかしい話もう少し卵が欲しくて。 けど俺、この後には肉屋の特売に行かなきゃいけないんだ……その間、二人に卵の安売りしている方のスーパーで、もう2パック手に入れてきてもらいたいんだ、あそこ、タイムセールの時間が18時30分まででさ、もうすぐ終わりそうで。 お願い、出来るかな?」
「え……え?!」
彼女の眉がハの字になる。 そんなことしている場合じゃ……明らかにわかるその表情を俺は遮るように次を言い放つ。
「はい、お財布。 なんなら二人で飲み物買ってもいいから」
「ふ、深町さんダメですよ!」
「響?」
「あ、いや……そんな、じゅ、ジュースもらったり、とか、その……」
小日向さんの疑問の声に、立花さんの反応が弱くなる。 そこで俺は踵だけで半回転、彼女たちに背を向けると深呼吸……足腰に気合を叩き込む。
「それじゃ任せたよ! 任務が終わったら電話してくれればいいからーーっ」
「ふ、深町さんッ!!」
駆けだす脚はもう止まらない。 こんな小さな理由で無謀な策を実行する姿を見たら、巻島さんだったら怒るだろうか。 ……怒るだろうな、考えが甘いって。 そもそも、立花さん達のちからを借りないと、おそらくノイズにガイバーは勝てない。
精々障害物を作って時間を稼ぐくらいしかできないだろう。
それでも、彼女には味わってほしくないんだ。
「日常が、一気に塗り替わっていくのは嫌なもんだから……」
だから、すこしでもそれを軽減できれば…………そう考えた俺は、本当に甘かったんだろうな。
「ふ、深町さん!!」
「響?」
どうしよう。 深町さんが行っちゃう……きっとわたしが
「買い物、行くんでしょ? 響ったら」
「……え? あ、うん」
「どうしたの? ボウっとして」
「あぁ、えぇっと」
たしか、深町さんにはシンフォギアのように炭化能力の無効化は出来なかったはずだよね。 それで、わたしたちが戦う時に発せられる歌声で、調律? されてやっと攻撃が“なんとか通じる”ようになったのを、『どうしてか』あの姿になった深町さんでも倒せるようになった……だ、だから。
わたしがあそこに、深町さんと一緒に行かないと……
「い、いかないと」
「確かさっき言ってたスーパーって来た道をまっすぐ進めばいいんだよね? ……って、響?」
「あ、あうぅ」
「もう、さっきから様子が変だよ? なにかあったの?」
ふ、深町さん、初めてノイズと戦った時って“あんなに強い大きな姿”だったけど、あれからずっとあの巨人さんにはなってないし、もしかして成れないのかも……それどころか次に見た時は片腕が無くなって……こ、今度は無事って保証、どこにも――
「はぁ……はぁ……」
「ちょっと、響だいじょうぶ?」
「い、いかなきゃ……」
さっき渡されたお財布、それを未来に握らせる。
困ってる顔をしたところまでは覚えてるけど、そこから先はもう何も考えられなかった。 ただ、今ある想いを言葉にすると、そこから先は頭の中の指示が全身に行き渡らなくって。
「ごめん未来……忘れ物、とりにいってくるね……」
「え? え……? 忘れ物って――響!?」
気づいたら、荷物を全て放り投げて走っていたんだ。
夕焼けが沈みかけ、赤い日差しが家屋の影をどこまでも伸ばす。 其の中で蠢く色は、まるで極才色のように鮮やかを彩る。 その色に、その音に、その……雑音はまるで周囲の音を食いつぶすかのように“ソレ”を貪っていた。
彼らは、ただそこにいるだけで全てを奪いさっていく。
「……誰もいないな……行くぞ」
そんな光景はまだ展開されていないかもしれない。 けど、どうしてもそんな心配ごとが頭に浮かんでいき、その姿に憎悪の感情を燃やす青年が一人、息を切らせながら町を駆けだしていく。
人が込み合う時間帯。 その中で一人、路地裏へと駆けぬけて行った彼は靴の音が鳴る感覚を狭め、沈め、失くしていく。
そして、周囲が静まり返る中。 轟く声が夕暮れを引き裂く。
「ガイバーーーーッ!!」
空間に走るプラズマが、青年の周りを旋回すること一瞬。 世界を、次元を飛び越え一個の武装を引き寄せる。 しかしそれは機械ではない、いいや、機械だけではない。 そのような物には到底まねのできない挙動で青年を掴むと、彼の身体をまさぐりだしていく。
腕を、脚を、身体を包み侵食し、さらには頭蓋を取り払い脳をさらけ出させる。
そこに取りつく生物と金属たち。 彼らが青年の脳を掴むと、そのまま青い装甲が……外殻がその身を形造る。 身体を覆う青が、その身を等しく包みある一つの生命体を再構成していくのだ。
今ここにひとりの人間は、一個の生物兵器へと相成る。
「さっきの場所から南西に3キロ。 ……グラビティ・コントローラーの飛行なら3分とかからないな。 間に合え、これ以上犠牲者なんか出させないぞ」
その生物に口は無い。
けど、それに該当するモノなら今なお機能する。
「…………はぁぁぁぁ」
その生物に内臓は無い。
しかし彼のハラワタは今にも煮えくりかえりそう。
「――――ッ!!」
彼の脳裏にあるのは、蹂躙される無垢な笑顔。 数日前の男の子の笑顔が、そのまま焼き払われ炭となるとき、彼の頭部にあるコントロール・メタルが光輪を放つ。
風を切る。 ガイバーとなった深町晶はいま、己が出せる最大戦力を持って、戦いにならない戦場を突き進まんと空を跳ぶ…………いま、この時の自分が何よりも……そう、あの女の子たちにすら劣るという自覚を胸に仕舞い込みながら。
「……戦いにならないとしても、避難誘導にはなれるはずだ。 一刻も早く現場につかなくちゃ」
彼は、夕焼け雲を切り裂きながら戦地へと赴いていく。