強殖装甲シンフォギア――不適合者と規格外品   作:群雲

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第7話 少年の剛さ、少女の強さ

 

 

「馬鹿野郎……」

 

 トントン。 小さくも重い音が部屋に行き渡る。

 それを耳に収める者たちは次々に額へ汗を作りだしていく。 流れる雫が、手元のコンソールその他に零れるところであろうか。 今一番に声を発した者は、またも口を開く。

 

「俺が甘かった。 彼の持つ力が単独ではノイズに対抗しきれないから、響くんや翼と共に現場へ行かせるようにいままで仕向けてはきたが……っく」

 

 噛みしめるのは後悔の苦み。

 迂闊と言わざるを得ない己が見落としは彼の正義感と、他人に自身の傷と辛さを見せない心の強さ。 それらが、彼と、それに見合った“ここ最近の若者”とを比較すれば異常なまでに強いことを、気付いたころにはすべてが手遅れであった。

 

「まさか。 まさか彼が、響くんの正体、そしてその周りにまで気を使ってあんな真似をしようなんて」

「……あの子、自分が痛いのも嫌だろうけど他人の痛みにはさらに我慢できない子みたいだから、ね」

「それを見抜いてやれなかった俺の責任だ、今回のケースは」

 

 内に秘め、決して大ぴらにしない強大な責任感は、大人たちを困惑させていた。

 彼らの前にある大型の画面には、周辺地域を事細かに描かれた地図が映し出されていた。 そこに在る大きな円と外側にはみ出ているオレンジ、その内側にある蒼。 さらに、円の中を物凄い速さで動き回る白。 その動きを見るたびに、画面を見ている男の口元が引き締められていく。

 

「まだモニターできないのか」

「そうはいっても響ちゃんたちと違って深町くんはちゃんとした信号を発しているわけではないので追跡が――いまだって偶然持ってくれていた端末のGPSの機能を追っているんです! 無理ですよ、モニターなんて」

「……っ」

 

 鼻孔から出された息が荒くなる。 口を開かないのは、感情を腹の中で収めたいから。 ここで目の前の人間に当たり、憂さを晴らすのは簡単だろう。 しかしそれは大人がやっていい事ではないと、この男はここに居る誰よりもわかっている。

 そう、今回の痛手は、何よりも自分の状況把握不足が招いたことだと、その手を握りしめながら。

 

「……また、俺は間違えてしまったのか」

 

 男は噛みしめ。

 

「頼む、無理だけはしないでくれ……奏君のようには――晶君」

 

 只々、白い光を目で追うのであった。

 

 

 

 

 

 無力とは罪なことだ。 いきり立ち、憤慨に燃えようとも大きな力の前では何の意味もなさないのだから。 どうしても、なんとしても――そう、強く願ったところで、たかがヒトの身で出来ることなんてたかが知れている。

 

「きゃああああ!!」

「いやだ……死にたくない、死にたくないッ」

「うぇぇーーん、おがぁざああ……っ」

 

 阿鼻叫喚。

 この、市街地から少し離れようかというところで繰り広げられる死肉すら残さない虐殺の嵐は、例えどんなに微かな命の光りすら存在を許さない。 そう、その光が小さければ小さいほど、『奴ら』にとっては格好の餌食なのだから。

 

 逃げ惑う人々を追うのは雑音の群れ。 合いも変わらずの奇怪な喚き声をあげ、その身をうすらぼけさせながら町はずれを瓦礫の姿へと変えていく。 その様を例えるなら清らかな水の中に注ぎ込まれる濁流の如く。

 奴らは、無造作に人間の世界を侵食していく。

 

「あぅ……!」

 

 脚を竦ませたものが居た……もう、助からない。

 

「……ぎぃ!?」

 

 走るのが限界だと、地に膝をついてしまった……生きることをあきらめてしまった。

 

「……ぁぁッ」

 

 狭き所へ逃げ、自ら逃げ場をなくしたものの上に、雑音が巻き起こす瓦礫の山が降り注ぐ……この先に、月明りほどの光明すら残ってない、ここで、終わりだ。

 

 幾多の命が刈られ、その身体を只の炭素の塊へと変貌させていくその……刹那、空間を振動させる波動がこの世界を戦慄させる。

 

「ソニック・バスタぁぁああ!」

 

 弱き者へと降り注ぐ、瓦礫たちが塵芥へと還っていく……

 

 男は唖然とした。 もう、声すら出ない程につぶした喉から出るものは何もない。 死ぬはずだった、先ほど眼の前で繰り広げられた殺戮の渦に、自分も飲まれたのだと思い込んでいた。 だが、それがどうだ? まだ手足は繋がっているし、例の炭化現象などどこにも起こっていない。 だからこそ今ここで自分が生きているという実感を得てしまい、腰を砕き、膝を笑わせてしまっても仕方がないという物。

 

 けれどそんな男の喜びを、祝ってやる余裕など音の発生主には無かったのだ。

 

 彼は引き、持ち上げ、走り出す。

 平均体重並みの、これまた平均的な背丈と体格の持ち主である男性を担ぐと、その、どんな屈強な人間よりも逞しい脚腰をフル稼働。 彼は……その青い体色を風の中に潜り込ませるかのように素早く動く。

 

「大丈夫ですか」

「あ、あぁ……」

「そうですか」

 

 そのなかで交わされた言葉はその程度のもの。 しかし、それでも男の心には安堵ばかりが広がっていく。 この、見たことも聞いたこともない不可思議な格好をみて奇怪な者だと思いながら、男は確かな安堵を心にもたらされていたのだ。

 

 ……当の振動音の主の思いにも、気付かぬままに。

 

「すみません、少し遠回りをします」

「?」

 

 青い身体が直角に曲がる。 その瞬間に来た激しい爆発音は今までの惨劇と同じ質の騒音だ。 来たんだ……担がれた男の背筋に大量の汗が浮かぶ。

 

「西方100メートルにもう二人……間に合うか」

 

 青い体躯を持つ存在の呟きは風に流される。 しかし、それがどこかへ消えて行ったとき、彼の腹部が淡く発光する。

 

「ふっ」

【……ぎぎぃ】

 

 そこに居たのは暗い色の不定形物質の塊であった。 奴らは音だけを打ち鳴らすとそのまま青を見上げ……笑ったかのように思えた。 ここに居た、こんなところに……などと思わせる一声の振り向きの数はざっと60はくだらないだろう。 それを、嫌でも確認した青は、そのまま眼下から眼前へと視線を固定する。

 

 風が、また吹きすさぶ。

 

「すみません、少しの間我慢してください」

「え?!」

 

 そこには、悲鳴を上げていたモノが居た……それを片腕で掴みあげて遠くへ飛び去り。

 

「余計なことを考えないで、しっかり捕まって!」

「は、はい……た、たすかった?」

 

 さらに遠くで、己が脚を忌々しげに見つめていたモノを救い上げる。 そのまま背と両脇に60キロを3つ抱えた青はまたも空へ跳ぶ。 それと同時に額が光りだし、遠くの方で瓦礫が崩れる音が聞こえてくる。

 それは、いましがた青が放った攻撃で在った。

 

「瓦礫の山、少しでも時間稼ぎになればいいけど」

 

 それが熱線などとわかるものなどこの場には居ない。 ただ、何かが光ったと思ったら遠くが騒がしくなっただけ。 そうとしか思えない者たちは、不意に襲い掛かる落下の感覚に肝を冷やす。

 青が降下し始めたのだと理解した時には、既に彼らは地面に足を付けていた。

 

「ここまでくれば平気なはずです。 すみませんがあとは自分達だけで避難してください」

「…………あ、あぁ。 けど――」

「俺は奴らを足止めしなくちゃいけないので、一緒には行けないんです。 ですから……」

『…………っ』

 

 そのときに見た青の全貌はかなりの衝撃を受けるに至る。 どこかで見たようなパワードスーツを思っていた彼等だが、その、あまりにも生々しい肉感と、生物を思わせる関節、蠢く音を鳴り響かせる頭部の金属球。 その、全てが自分たちが知る常識をことごとく破壊するかのような全貌。

 しかし驚くことなかれ、この姿など幾千万の古代から置き去りにされた忘れ形見……言うなれば“お古”なのだ。

 そんなことなど知りもしない彼等避難民の奇怪を見る視線は止みそうになく。 だが。

 

「もうあと10分もここに留まればノイズが追いつく危険があります、お願いです、早く逃げてください」

『あ、あぁ……』

 

 その声に我を思い出した彼らは、そのまま青い躯体…………ガイバーから遠く離れていくのであった。

 

「大急ぎで駆け付けたっていうのに、救えたのは今の3人を入れて20人少し……っく」

 

 悔む時間もないことは彼自身もわかっている。 だからすぐさま空を見上げた彼の身体は浮遊していく。 腹部に輝く重力制御球が、彼の周囲を取り巻く重力を反転させることにより成立するこの空中飛行は、即座に速さを増していく。

 彼は、再び戦場へと飛び去るのであった。

 

「ノイズ相手に肉弾戦はダメだ。 即座に炭化現象で文字通り欠片さえ残らない」

 

 どうする……考える深町は手を握っては開く。 その様は焦りと憤りを見事にブレンドした仕草は、見るモノが居たのなら声を掛けずにはいられない雰囲気を彼に纏わせていただろう。

 そうして眼下に不定形な奴らの影を確認した彼は……深町晶は、そのまま空中より赤い熱線を頭部から発信する。

 

【……?】

「く、ダメか……やはり透過する」

 

 穿ったのは脆いコンクリートとアスファルト。 普段なら堅牢と言っても差し支えないそれは、ガイバーの圧倒的な筋力増強率と数ある兵装の前では紙くずも同然。 しかし、そんな強力無比な力も、当たらなければ意味は何もない。

 こうして改めて一対多数という状況に陥って思い知る対ノイズ戦の困難さを前に、深町は己が甘い考えを。

 

「甘かった、完全に思い違っていた」

 

 悔いる。

 

「多少迷惑をかけても力を借りるべきだったのかもしれない」

 

 それは、周りが聞けば当然だと言い放つ言葉。

 

「……俺一人じゃ、ノイズの一匹ですら足止めすることさえできない」

 

 ありきたりな懺悔の中で、今ある戦力を考え直す彼は……しかし。

 

「けど、あの場面で彼女に来てなんて言えるわけがないだろ」

 

 強がりを言ってしまうのはまだ彼が男の子だから。 しかし時は無常だ、そうこうしてる間に彼に向かい凶刃が襲い掛かる。 ……頭部の金属球が、蠢く。

 

「っく、飛行型のノイズ?!」

 

 それは一瞬の交錯であった。

 不意に身体を捻って見せた深町は、いま来た物体を見て拳を握る。 だが、そこから先の絵面を想像すると一気に冷静さを取り戻していく。 ……今は、攻めるときではない。

 

 

 

「……なんだ、一体」

 

 今通り過ぎた、翼をもつノイズ。 それが通り過ぎた時、俺の中に奇妙な感覚が駆け巡る。 ……いまのは、なんなんだ。

 

「――っく、また来た!」

 

 さっきの奴が旋回してこちらに迫ってくる。 グラビティ・コントローラーに意識を叩き込み、急いで自分の態勢を変えるけど果たして間に合うか? さすがのガイバーも飛行がメインじゃない分、旋回能力や機動性その他は圧倒的に劣る面が出てきてしまう。

さっきだって攻撃が来たのを目視で確認したのではなく、来る物体の軌道を読み取り、その動きの先を予測して荷重移動をしたに過ぎない。

 

 そう、実のところ俺自身、既にたった一匹の飛行型ノイズに翻弄されているんだ。

 

「?!」

 

 頭部の金属球が蠢く。

 側頭部に掘られたかのように存在する溝、そこを沿いながら動く球体からコントロール・メタルへ、そして俺自身に奇妙な反応を報告してくる。 けどそれを深く考えている余裕もない俺は、迫りくるノイズの動きをまたも予測。

 翼竜のようなあの不定形、ソレがまるで生物のような挙動をして翼らしき箇所を羽ばたかせる。 一回、二回と続いたそれはおそらく加速。 空気を切り裂く音が爆発的に膨れ上がった時だ、俺は思わず叫ぶ。

 

「は、速いッ!?」

 

 不意の突進は俺を震え上がらせた。 瞬間移動でもしたのではないかという高速移動に、さすがのガイバーのセンサーも意表をつかれたかのように次の行動を取れない。 動けない……それはすなわち奴との接触を意味し、それが導く結果はもちろん炭化、つまり死だ。

 

「そ、そんなこと――」

 

 させて堪るかと意気込んでも成す術なんかない。 このままでは奴は俺に激突するし、そこから引き起こされる炭化現象を俺自身の力で防ぐことは不可能だ。 それはこのあいだの戦闘で十分理解している。 していた、筈なのに。

 

「……」

 

 甘かった、本当に俺はまだまだなんだ。

 ガイバーという強い力を手に入れたとしても、俺自身が弱いから、俺の精神がなってないから、こんな致命的なミスを犯すんだ……

 

 あのクロノスの監察官、ガイバーⅡならもっとうまく立ち回っただろう。 巻島さん……ガイバーⅢだったら正直に戦力の無さを認めて、ギアを持っている立花さんに協力を要請したはずだ。 俺だけだ、ただ、自分が持っている力で何とかできると粋がっていたのは。

 そんなつまらないことで死ぬのか、俺は……

 そんなだらしのないことで……皆を、哲郎さんを、瑞紀を……守ろうとしていたのか!?

 

 

 

 

[聞こえるか、響君]

「え? こ、この声は司令?」

 

 血が駆け巡る。

 歌と共にはじけた聖遺物の成れの果てが全身を覆い包むと、少女の血肉に力を与えていく。 響く鼓動は心臓だけのモノじゃない。 それを把握しているのは思考ではなく、感情だ。

 まるで歌を歌うかのように、彼女は自然とその力を行使していく。

 状況に乗るその姿勢が、激流に身を任せてしまった小枝だとせせ笑われる羽目になろうとも……

 

 そんな少女が身に纏う鎧……シンフォギア、ガングニールを介して行われる通信の相手は、自身が最近所属することになった2課の最高司令の男の声に、足を動かしながらも驚きを隠せない。

 

「ど、どこにいるんですか!?」

[キミが身に纏うガングニール。 それはもともと了子君が聖遺物をもとに作り出したものだ。 ならば、それに通信機能を付けることも彼女にとっては造作でもない]

「は、はぁ……すごいんですね」

 

 右、左と首を振ったところを目撃したかのような男。 ……風鳴弦十郎の指摘と回答に小首を傾けつつ、声だけで返事した少女は、そのまま意識を前に戻す。

 

「す、すみません。 お話をきちんと聞きたいのは山々なんですけど――」

[あぁ、それはいい。 今我々がしなければならないのは確かにお話ではないからな……それと]

「はい?」

[晶君を追いかけてくれて、ありがとう。 彼によく言い含めなかった俺の責任だ、今回の事は]

「そ、そんな……わたしだって、深町さんに言われて流されて――」

 

 お互い様。 そう言いあう二人の胸中には、いつかの光景が思い起こされていた。 片腕が無く、それでも大丈夫というやせ我慢が過ぎる男の子の姿が。

 

「わ、わたしに出来ることがあるなら、力になりたい。 足手まといだって言われてもいい、わたしに出来ることがわずかにあるなら何かしたい」

 

 その声が、自然と出るのに時間はかからなかった。

 

 そうして彼女の足は、さらに踏み込む力を増大していく。

 監視、管理しているはずの2課ですら既にサーチ出来ない彼。 ……ガイバーⅠ=深町晶のもとへ駆けつけるために。

 

[頼んだぞ、響君]

「はい!」

 

 掛け声とともに彼女は風になる。

 出せる限りの力を出してやる! そう言った気概の下、いま確かに彼女は風になる。 ……その身が、その心が示す道筋に身を委ねながら。

 

 

 

 

 俺は、いまだに弱く、脆弱な若造なのか……?

 ………………そんなことはない、あってたまるか!

 俺は今まで必死で、本当に死ぬ思いで戦い抜いてきたじゃないか! なら、こんなところで蹴躓いてる場合じゃないはずだ。 こんなの……“こんな程度の障害”なんて。

 

「あいつに……あの獣神将に比べたらなんともないはずだろう、深町晶ッ!!」

【!!?】

 

 もう、胸元まで最接近していたノイズ。 俺はそれに対して背を後ろに傾けると『のけ反る』態勢を作り出す。 脚をノイズの方向へ向け、頭は当然奴から離した状態は同時にガイバーの最大の弱点を守る動きになる。

 ギリギリだ、何とか掠ることなくやり過ごせたと、思った矢先に頭部の金属球が蠢いた。

 

「!」

 

 そのときだ、コントロール・メタルより発せられた信号により、俺の右肘部の突起が大きく伸長を開始する。 ……それは、高速で振動するソードを瞬時に形成する動きだ。

 高周波ソード。 その名の通り高周波で振動するこれは、物体を切るのではなくって高周波を叩き込み、分子の結合事体を緩めて両断する代物だ。 だから、これに切れない物体は存在しないけど、攻撃が当たらないのでは無意味でしかない。

 

 なぜこんなものを作り出した……それは、この後の動きがすぐに証明してくれた。

 

「…………ッ」

 

 身を反らした俺の目の前には先ほどから付け狙ってくる飛行ノイズ。 戦闘機で言うところのクロスレンジだとか、ドッグファイトなんていう距離だ、もう、少しでも身をよじれば触れそうな距離に置いて、ついに俺は見た。

 ……ノイズの、身体が一瞬だけ変色しているのを。

 

「こ、これは風鳴さんが参入した時と同じ――!」

 

 ――現象だと、思った時には右肘部の高周波ソードはついにノイズに接触する。 音もなく、感覚もなく簡単に崩れていく……しかしそれは俺の方ではない。 高速振動のせいかわからないが、光るように見えるこのソードに触れたノイズ。 奴のくちばしのような箇所から刃が通るとそのまま下半部へと行き渡り、通過していく。

 

「…………」

【…………ッ!?】

 

 過ぎ去っていく俺とノイズ。 その距離を5メートルほど離した頃だろう、夕方の空に、不定形な存在の断末魔が小さく響き渡っていく。 その音を聞くまで、今この身に起こった出来事を理解できなかった。

 死んだと思った。

 また、この身が黒炭へと成り変わり、今度は半身を切り落とさなければならないと覚悟もしていた。

 

 だが結果は今の通り……俺はまだ生きながらえている。

 

 どうしてだ? 何が起こった。 風鳴さんや立花さんが持つ聖遺物……シンフォギアから発せられる特殊波形を浴びない限り奴らへの攻撃は通用しない、それが前回戦闘時における俺の持った奴らに対する見解だ。

 なのに今この瞬間、ギアを持った人間は誰一人としてこの戦場には居ないはずなのに、さっきの飛行型ノイズを一刀両断にしてやることが出来た……なぜだ。

 

 分らない……まさか、コントロール・メタルが何か新しい機能を?

 いや、それはありえない。 そんな都合がいい事、いままで在ったためしがない。 すぐさま甘い考えを捨てると、俺は眼下に目をやる。 おびただしいとは言い難いけど、それなりに大きな群れを成したノイズの進行がいまだに行われている。 奴らの目的はなんの罪もない人たちへの虐殺だ、当然、この進行を許すわけにはいかない。

 

「やれるのか……今の俺に、奴らを止めることなんて」

 

 思わずつぶやいたのは訳の分からないことだった。

 “今の俺”だなんて、まるで前の俺なら奴らに対抗できたかのような言い回しだ、ありえない、そんなこと。 ガイバーの力じゃノイズを単独で撃破するの不可能だ――それは先ほどの奇妙な出来事が覆したが、それでも勝率は一桁だ。 ……勝てる見込みは、無い。

 

「ならどうする、このまま黙って見過ごすなんてできない」

 

 只臆病風に吹かれたように上空から地上のノイズを見下ろすことしかできない俺。 対して奴らはお得意の物質透過で瓦礫の山ですら何事もなく突っ切っていく……もしもあの山がひとの入ったシェルターだったら……そう思っただけで背中に冷や汗が零れるようだ。 本当にアイツらの能力は厄介だ、炭化に透過。

炭化、透過……

 

とうか?

 

 ……待てよ。

 

「そうだ、少しだけ考え直せ」

 

 奴らは今、確かに瓦礫の山を透過能力で素通りしている。 それはガイバーのヘッドビームでさえ同様で、それ以外の攻撃も奴らにあたることはない。

 

 そうだ、当たることが無いんだ。

 

「――――っく。 そうこうしてる間に別のノイズが市街地に……何とかこちらへ誘導しなくちゃ」

 

 深く考えている時間をヤツらは与えてくれないようだ。 鈍足ながらにイチイチ正確な歩みで人が居る所へと進軍していくノイズを見て、思考を切りかえ、腹部のグラヴィティ―・コントローラーを光らせる。

 反転された重力を元のベクトルに戻し、尚且つ自重を増幅させる。

 

【……?】

【……!】

【フゥ……】

 

 降り立ったのは大群の目の前。

 向かい合った先にある不定形の鈍い色合いを持つ奴らに向かって視線を向けながら……気付けば叫んでいた。

 

「俺が相手だ! かかってこい、ノイズ!」

 

 今この状況じゃ威嚇にすらならないのは承知の上だ。 けど、それでもあいつ等の気を引きつけることさえできれば。 そして俺の考えている通りに、あいつ等の攻撃のメカニズムがあっていれば――――

 

「こっちだ!」

【!!】【??】【……っ】【…………!?】

 

 一気に方向転換。 奴らが向かっている方から直角に俺は走り出す……来るか? あいつ等は。

 

【…………っ】

「いいぞ。 一匹に釣られてドンドンこっちに向かってくる」

 

 即座に全力疾走。 スタミナが続く限りの持久走が始まる。 けど、これはまだ第一陣のような物。 これからだ、肝心なのは。

 瓦礫が築き上げる山を登り、すぐさま跳んで駆け下りる。 その工程を無視して、お得意の物質透過能力で山を素通りする奴らの進行は俺に勝るとも劣らない。 この地形に置いて、あいつ等と地上戦をするには些かこちらが不利かもしれない。

 空に逃げると奴らはきっと進行方向を戻すだろう。 よって、このままのペースを維持する必要がある。 ……あとはこちらのスタミナの問題だ。

 

【――――ッ】

「っく!?」

 

 ふいに雑音が飛び交う。

 俺が進んでいる舗装されていた道路だった通り。 その横合いから紫色の物体が俺を挟み込むかのように飛んでくる。

 いけない! 後ろの奴らの進行ペースを気に掛け過ぎた……ヘッド・センサーの反応が遅れて対応が遅れた?!

 

「だけどッ」

 

 走っていた両脚、そこに込められていた筋力をさらに上げる。 無理にまで高めたからか、軋みはじめたかのような音を出したが、それでも俺はさらに力を込めていく。

 

「あきらめて――堪るか!!」

 

 全力疾走のままに、そこから不意に大地を蹴る。 浮かせたのは身体で、その中心は頭部。 身体全体を縦に回転させたこの運動は、ムーンサルトと呼ばれるものだ。

 空中に居る中で、たった今繰り出された紫のノイズたちを眼下に収めた時だ。 俺はついに確証を得る事実を目撃する。

 

「……小石が、奴らの身体を跳ねた」

 

 そうだ、いま攻撃を外し。 尚且つ自らが巻き上げたコンクリート片やその他を雨のように浴びたノイズ。 そいつらはいま、確かに巻き上げられた石の雨を浴びている……身体にあたっているんだ。

 確認、熱量を操作、頭部に集中。 この工程をおよそ1秒にも満たない速さで行うガイバーのコントロール・メタル。 光りだしたヘッド・ビーマーは、すでに奴らを照準内に叩き入れていた。 ……そして俺は。

 

「待っていたぞ、この瞬間を――――ヘッドビーム、行け!」

 

 コントロール・メタルの指示を流れるままに受け取り、意識の中で引き金を引く。

 

【!?】

【……!】

「……どうだ?」

 

 光が奴らを通りすぎ、地面に熱線の痕跡が刻み付けられていく。

 

 …………………その跡の上に、黒炭を大量にまき散らせながら。

 

「…………た、倒した。 立花さんや風鳴さんの力を借りることなく、独りでノイズを」

 

 これで3体。 まだ多く存在するノイズを前に、つい心が揺さぶられてしまった。 あんなに苦戦した奴らを相手に見いだせてきた光明に、まるで眩しいと目元を隠してしまったように。

 それが、圧倒的な隙だというのは――

 

【ギギッ!】

「しまッ!?」

 

 着地し、真後ろから特攻してきたノイズを捉えた瞬間にわかった事だ。

 

 もう完全に間に合わない回避の手順。 終わりだ、自業自得過ぎて笑いもこみ上げてこない。 ……なんて呆気ない最後だ。 これは完全に避けられないし、当たれば大腿部から上を全て“持って行かれる”のは目に見えている。

 だから、コイツに俺は殺されるだろう。

 

 なんとかしてでも頭部さえ守れれば……そう言った行動取ろうと背筋を伸ばしたときだ。

 

「いやぁぁあああああッ!!」

【    】

「な、に!?」

 

 オレンジ。

 不意に現れたその色に、いいや。 彼女に、俺は目を奪われていた。

 

「はぁ、はぁ……っ」

「き、キミは」

 

 タイツのようなインナーに、手足と胴、さらに頭部を装甲で覆われたその子は見た目だけなら戦う女の子だ。 けど、いま言ったようにその子は本当に只の女の子で、いまあった叫び声も、気合を込めたというよりは恐怖を叫んでうやむやにしたという感じが強い。

 そんな、恐れを含んだ声の持ち主は、背後に居たノイズに向かって身体ごとぶつかってきた。 なんて、なんて――

 

「なんて無茶をするんだ立花さん!」

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 いくらシンフォギアという鎧で身を包んで、奴らの持つ炭化能力から身を守ることが出来たとしても、攻撃の際にかかる衝撃まではカバーしきれないはずだ。 それを……わかっているのか? そう叫びたかった俺だけど、その先は言わせてもらえない。

なぜなら、急に彼女が掴みかかってきたからだ。

 

「深町さん避けて!」

「!?」

【ぷぅ……!】

 

 なんだ、そう言う事か。 けどね、立花さん、もう平気だよ心配しなくても。 必要ないんだ、触れたり躱したり……そんな些細なことはもうどうでもいいんだ。

 キミが。

 キミが踏み出したその歩みのおかげで……

 

「もう、あいつ等に怯える必要はなくなった――」

【……ぽ、ぽう?】

「え?」

 

 手を軽く握り、力無く振りあげる。

 立花さんにはおそらく見えないくらいの速さで、まるで撃鉄を落としたような裏拳が作り出されていた。 肘を軸に、無造作に差し向けた右手甲は。

 

【ギギィ!!?】

 

飛来してきたノイズをあっけなく打ち砕く。

 

 そう。 先ほどまであんなに対策を必要としていた相手に真正面から、それもただ力任せに打ち勝って見せる。 振るった右手を力なくおろし、そのまま腰のあたりで軽くスナップ。 手に付いた炭を落とすと、彼女へと向き直る……けど。

 

「い、いま確かにノイズが……」

「ごめんよ、立花さん」

「え、深町さん?」

 

 けど、そのあとに残るのは苦い味だけだ。

 結局巻き込んでしまった。 結局、彼女の力を当てにしてしまった。俺だけでどうにかなると、本当に狭い考えで無策で突っ込んだ俺を、俺よりも年下の子に窮地を救われて……

 だから俺は頭を下げた。

 

 キミの日常を壊してしまった。 守ってあげることが出来なかったって。 でも。

 

「…………よくわかんないですけど」

「え?」

「深町さんが無事でよかったです。 ……それじゃあこっから、張り切ってノイズを倒していっちゃいましょう!」

「……うん、そうだね」

 

 そんなこと。 そういって放り投げてしまうくらいに彼女は何事もなく答えていた。 何も考えていないのか、それとも本当に気にするまでもないと割り切っているのか。 俺自身、彼女との付き合いは1月も断っていない程度だ、だから立花さんの思考回路の全面を理解しているわけじゃない。

 でも、いまそこにいる彼女の笑顔は、どこまでも飛んでいってしまいそうなくらいに朗らかで。

 

 俺は、そんな彼女に勇気づけられるかのように……奴らの方へ振り向いていた。

 

「……ガイバーが表情を表に出さない風に出来ていてよかった」

「はえ?」

「ううん。 なんでもない」

 

 見せたくない表情は、今の状態じゃ見せたくても叶わない。 けど、それでいいんだ。 男が女の子に涙なんて、そう簡単に見せられるわけないんだからさ。

 

「立花さん!」

「は、はい?!」

 

 叫び声。 少しだけ怯えさせてしまっただろうか? けどこれでいい。 これくらい気合を入れないと、感情に押し流されてしまいそうだから。

 

「いいかい、俺が今から敵を一気に片付ける」

「そんなことできるんですか!?」

「あぁ。 キミが居るから出来ることだ。 だから、そのままギアの力を落とさないで維持していてほしい」

「は、はい!」

「そして俺の攻撃が終わったら、おそらく残るわずかな敵が居るはずだ。 それを立花さんの機動力で殲滅してほしい」

「解りました!」

 

 説明をしながら彼女の顔色をうかがう。 何の迷いもない、ただまっすぐな視線は本当にこの子の心を映しているみたいだ。 ……強いな、立花さん。

 

 しかし俺も負けているわけではない。 今までの戦いで培った気迫と胆力は伊達じゃない、それをいま、見せる時だ。

 

「チューニング完了。 敵はノイズ……狙いは定めるまでもないな」

 

 こう、ウジャウジャとひしめいているんだ。 多いと思った場所に今から放つ攻撃を向ければ大多数を殲滅できる。 ……ただ、注意したいのがここが市街地だという事。 瓦礫の山と化してはいるし、周囲に生命反応はもうない。 しかし、復興の余地のあるこの場所をこれ以上無用に荒らすのは心もと……

 だから、大出力のプレッシャー・カノンやメガ・スマッシャーと言ったものは使えない。

 ならどうするか? それは、ガイバー口部の金属球が全てを答えてくれるだろう。

 

「なるべく引きつけて。 固有振動数の設定を確実に」

 

 引きつけること【秒くらい(何秒ですか?)】だ。 もう、これ以上にないくらいに近づいた奴らは、すでに臨戦態勢のままに、その身体を螺旋状の物体に変えようとしている。 あれで刺し貫かれようものなら、並みの装甲ではまず歯が立たないであろう。

 ……よし、引きつけるのは此処までだ。

 

「行け!」

【…………っ】

 

 ガイバーの口部。 バイブレーション・グロウヴが高速で振動していく。 発声器官であると同時に、とある武装の発振器でもあるこれは、その振動数に応じて目の前の障害を撃破し、灰塵へと還す必殺の武器だ。

 さっきも使ったこの武装。 その名前は――――

 

「ソニック・バスター!!」

【      】

 

 ノイズが持つ固有振動数に応じた振動波が、容赦なく奴らに向かって飛んでいく。

 鳴き声も、断末魔さえ許さない兵装を前に、さすがの奴らも黒炭ではなく微塵へと身体を変えていき、その砂粒を風に乗せて消えていく。

 

「あ、あのときと一緒の……すごい、ノイズが黒炭じゃなくて、塵にされちゃった」

「感心する気持ちはわかるけど、もうひと働きだ立花さん」

「はひ?!」

 

 ソニック・バスターは確かに強力だが、チューニングに時間がかかるのと、設定した固有振動数から外れる物体には効果が激減するという欠点もある。 メガ・スマッシャーに比べて範囲の調整と、威力の加減が出来ると言えばそこはそれなのだが。

 しかし今この場合、仕損じという物を作ってしまうという事は、威力が足りないという事を嫌でも意識させられる。

 

 でも、今の俺は一人じゃない。

 俺一人で手に負えない者達が居ようとも。 この子やあの人、さらに俺達のうしろでバックアップに回ってくれる人たちが居れば……

 

「恐れることはないはずだ、行くよ立花さん!」

「はい、立花響いきます!!」

 

 今まで会話をしていたためであろう。 風鳴さんが発していたモノよりもかなり精度の低い、“歌による特殊波形”は、まるで彼女の意気込みに呼応するかのように範囲を拡大していく。

 そして、意識を込めて歌うことに集中し始めた彼女の力は……驚くことに風鳴さんと差支えが無いくらいに強い波動をノイズに与えていく。

 

「――――ッ……っっ!!」

「……歌自体は風鳴さんと比べると……だけど、その心にある想いが、ギアの出力を上げているのか」

 

 だとしたら、彼女の思いは相当の物……なのだろうか。

 何があの子をここまで強い想いを持たせるのか。 俺にはわからない、けど、それに答えることくらいは……

 

「――――はぁぁ!!」

「……! ……っ!」

 

 不用心なあの子の背後に蹴りを打つ。 黒炭に変えていくノイズを一体、見送りながら彼女の方へ視線をやる。

 

「…………うぅ」

「気にしない、気にしない」

 

 歌いながらもこっちへ向いてうつむく彼女に、今できる精一杯の無表情で答えてあげる。 ……こういう時って、ガイバーが無表情なのがもどかしい気がする。 怖い印象を与えなければいいけれど。

 

 立花さんの精一杯の歌が、たった今Aメロを切った時だ。 俺は、奴らの大群に向かって歩みを始める。

 両腕に意識を集中して高周波のソードを展開。 腹部を光らせると自重を若干軽くし、身軽なステップを刻んでいく。 ……高速移動の戦闘態勢をとると、俺はすかさず奴らの群れへと突っ込んでいく。

 

 

 

 

 

 ガイバーⅠが、その能力を立花響のバックアップにより100%発揮し始めて数分が経った頃だ。

 

「立花さん、そっちにあと20体!」

「は、はい!?」

「――っく……伏せてッ」

 

 叫んだ声の主がおもむろに顔を凪ぐ。

 赤い閃光が横払いに流れるのは一瞬、ほんのわずかに照らされた周囲はしかし、今の光りの正体などだれにもわからず。

 

【    】

「ノイズがバターみたいに切り裂かれちゃった……すごい」

 

 立花響を前にした複数体のノイズが、黒炭へと変わり果てていく。

 その事実だけで今起こったことを彼女に痛烈にたたきつける。 それは、彼女にとっては“またも”胸を痛めるよういたるもの。 そんな彼女は思わずつぶやいてしまう……自分は、またこの人の足を引っ張った、と。

 

「そんなことないよ」

「え!? き、聞こえていたんですかっ?」

「……まぁね。 ガイバーは耳もいいんだ、耳ないけど」

「そ、そうですか。 ……すみません」

「立花さん」

 

 声を“感じ取り”思わず手をのばしそうになるのは、いましがた閃光にて数体のノイズを払った者、つまり、ガイバーⅠ=深町晶である。 肩を落とす少女を前に、どうしていいか思案顔。 彼はどうにかして元気づけようと考え殖装を……

 

「!」

「深町さん?」

 

 解かない。

 

 おもむろに蠢いたガイバー頭部にある4つの金属球。 大小二個ずつのそれは強く訴えかけてくる。 ……敵は、まだ消えたわけではないと。

 

「ここから先、南へ2キロあたりでノイズの反応を感じる。 しかも誰か戦っている? 少しずつ数が減ってきている」

「もしかして翼さん……」

「間違いないな、あの人が別方面で戦ってるんだ――って、まだ数が増えるのか?! 150くらいにはノイズの反応を感じる」

「深町さん!」

「うん、援護に行かないと。 住宅地も近い、急がないととんでもないことになる」

 

 返事と共に深町晶は片膝を地面へつける。 体力が限界? そう思い様子を見ようと立花響が脚を前に出そうと膝を持ち上げ……

 

「背中に乗って。 いくらギアを付けててもここから2キロは時間的にかなりきついし人目にも付く。 ここはグラビティ・コントローラーで飛んでいこう」

「あ、え……」

 

 そそくさと元に戻す。

 同時に逸らした視線が表すのは畏敬、遠慮? それとも……数あるうちの感情はまだ、少女の中では消化しきれないモノ。 だけど、いまはそれを待ってやれる場合ではなく。

 

「……行きましょう、深町さん!」

 

 勢いよく飛びつき、首に腕をまわして。 胸を背中に……押し付ける。

 

「よし、行くぞ!」

「――ッ!? ぐぅぅぅうううッッ」

 

 気にならないのは互いに戦闘中によるナチュラルハイだから? 彼らは重力の反転により大空へ浮かび上がり、地上からは星の輝きと何ら変わらない程の高さへ上ると、まさに流星の様に南へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 不気味な音が世界に響く。 奴らは徒党を為しては力無き者を無差別に、誰の指示でもないままに襲う。

 ただ、本能が赴くが如く自由。

 ただ、そこに在るから襲う。

 ただ、それしか存在意義が無いから喰らう。

 

 彼らは正にそれしかないのだ。 人を、人類を只々殲滅するかのように、そこに人間があれば走り、襲い、抱きしめて灰塵と成す。 故にそれに対抗することは人類の総意であり、それが出来るモノをみな、文字通り英雄と見ているだそう。

 

 それが、どんなにその人物の事を知らない者が言い放つ、無責任な発言だとも知らずに。

 

「五六――」

 

 青いブレードが夜空を裂く。

 不定形で在りつつも、どこか人型を為す雑音に対して振るったそれは、小気味良い音を奏でながら10の異形を消し去っていく。

 

 場所はいつかの道路のようにだだっ広い道。 2車線のそこはアスファルトを一新された舗装道。 最近の騒動で傷ついた周辺地域の修復と共に補修されたそこは、月夜にきらめく黒曜石が如く妖しい輝きを照り返す。

 タダ直線の道路、そこが今回の戦場となる。

 

 

「先ほど“向こう”で現れたと思い、任せてみればこっちにも――っく、まだ増えるのか?!」

 

 青を身に纏う彼女は、バックステップをする。 同時、居たはずだった空間に不定形の槍が数えるのも億劫になるほど横切ると、それが向かった先を見据え持ったブレードを……

 

「はぁぁぁああッ」

 

 放り投げ、光らせ、数を増やす。

 一本の刀が夜空を覆うかのようにまで増えると、横打ちの先ほどの攻撃の主へ降りかかる。 月光の輝きから降り注ぐそれは、まるで月が零した涙のよう。 故にこれを彼女はこう呼ぶ。

 

 

――――――――――千ノ落涙

 

 

 上空からの幾千ともあるやもしれないその斬撃の雨。 それは彼女たちが纏うギアの性能も相まってノイズの数を格段に減らしていく。

 

「しかし、それでもこの数はなんだ。 いったいどれほどに増えていく……いままで、こんなことはなかったはずだ」

 

 どこからか出した“柄”を右手で掴み、横に薙ぐと剣となる。 魔法か何かとも取れるそれを容易く行う彼女はそのままノイズをひと睨み。 強く柄を握り締める。

 

「敵残数120余り。 ……全盛期、いや、十全な頃の私なら意に介さないだろうが」

 

 彼女の手から力が逃げていく。 荒くなる呼吸はギアに力を与えている“歌”の消失を意味し、力の拡散が始まろうとする。

 

 けれど、それを許す風鳴翼ではない。

 脚を据え、腰を低く構えると己が持った剣に力を籠めていく。 それだけで質量を増す剣はソード、ブロードソード、ロングソードの順に大きくなり、刃渡りを広く長いモノへと変える頃には。

 

「蒼ノ……」

【ぽ……?】

「…………一閃」

【    】

 

 蒼い衝撃がノイズの群集を両断する。

 抉れるアスファルトに飛び散る破片群。 どれもこれもが今あった衝撃に自身の形状を維持できずに吹き飛んで消えていく。 後に残るのは……蒼いギアを纏う彼女以外に居ない。

 

 はずだった。

 

【ぽう?】

【ぽぽう】

【……】

「なに?!」

 

 あろうはずの無い討ち漏らしに仕損じ達。 今起こった衝撃に逃げ延びたのか耐えきったのか、分らぬ翼はしかし。

 

「ぐっ!? ……大技を連発しすぎたか」

 

 己が限界だけならわかる。

 今までなら……口元をきつく締めて、出そうな弱音を閉ざし封じる。 彼女にそんな時間は無い。 だからこそ今先ほどの大技なのだ、なのにこの失態を演じた自分が――彼女は、白い歯を強く噛みしめる。

 

「……っ!?」

 

 そして、そしてだ。 彼女に対して、解っているのかノイズに変化が訪れる。 蠢き、自分達の傷を重ね合わせる有象無象たち。 苦し紛れの其の場凌ぎと、取って捨てようとすることなかれ。

 ここに来て、風鳴翼の戦士としての感が一気に警鐘を打つ。

 

【ぽぽぅ】【ポポ】【ボ?】【……ボボ】【…………ォォ】

「なにっ!?」

 

 一ヶ所だ。

 奴らがひしめくことおよそ20体。 総体積にして300c㎥、重量にしておよそ400キロ。 彼らに重さがあるのかと問われれば答えられるものは数少ないだろうが、今ここに、確かな質量があることを……

 

【ォォォォォオオオオッ!!!】

「く、かなりの大きさだ。 今の消耗した私に討てるか、コイツを……?」

 

 咆哮と共に翼へぶち当てる。

 唸る衝撃音と、うねる大地。 質量の集中がアスファルトへ“点”の重量過多が襲い掛かる。 道が、大きく沈みだす。

 変わる形態は翼にとってはなじみ深い物。 2本の腕に2本足、長い同が怪物性を醸し出すがそれも一瞬の事。 やつらは……“奴”は、徐々に形を固定し安定させるとそのまま、一個体のヒトガタに生まれ変わる。

 

 今までにない変態。 それにより警戒の念が強くなる青はそのまま握ったブレードを軽く揺らす。

 

 同時――翼は前傾姿勢を取り。

 

 風が、吹き乱れる。

 

「―――!?」

【ごぉぉぉォオオ!】

 

 音の後に聞こえてきた戦哮は鼓膜を突き、翼の足を震わせる。 生理的な反応に一瞬の隙。 耳をやられたことによる身動きの取れなさに、翼の脳内は一気に火が付く。 マズイだとか、避けなければだとか、防御行動を取ることすら出来ないマヒした脳髄。

 人間、頭をやられれば判断が出来なくなる。 あとは、身体に残ったわずかな電気信号の残滓が、勝手に身を動かすだけである。 けど、それでも翼は動くことが出来ず。

 

「――――ッ!」

 

 来るべき衝撃にただ、己が目を守るだけ。

 

 閉じた目蓋はひたすらに硬い。 ……硬いのだが、それが受けるべき衝撃がいつまでたってもやってこない。 代わりに――

 

「であああッーー!」

「あの子……」

 

 白い流星が雑音を蹴りぬく。

 

 飛び散る黒炭が夜空に舞う中、上方より放たれた彼女は槍が如く敵を射抜いて見せたのだ。

 鋭いと言われれば違うし、堅牢と言われればまだ軟弱さが見え隠れする、最速でも精鋭でもない槍。 最強の槍使いは2年前に消えた――そう、そんな槍を使うのはあの少女しかいない。

 

「大丈夫ですか、翼さん!」

「あなた……どうやって」

 

 ここまでおよそ2キロ半はあるはずと、言おうとした翼は口を紡ぐ。 なぜなら今現れた“少女”が自身をかかえて空を跳んだのだから。

 

「いったい何を……」

「急にこんなことごめんなさい。 ここに居ると危ないって深町さんが……その」

「彼が……? まさかこのあいだのように」

 

 閃光にてノイズを消し去るつもりなのか。 そう思った翼は眼下を見る。

 高さは既に10メートル付近になる跳躍は、おそらく響が出せる最大の距離。 それでもすぐ近くに感じる巨像に歯を見せた翼は、あたりを見渡し気付く。

 

「ここの周辺は高層住宅地に近いのよ。 なのにあんな高出力の――」

 

 光学兵器を……そう言おうとした翼は見た。

 

 夜空に舞ったもう一つの流れ星。

 暗く、小さいそれは星とは呼べる代物ではなかったかもしれない。 けど確かに存在する光は小さくも淡い輝きを翼に見せ……ノイズには――

 

「ウォォォオオオッ!!!」

【?!!】

「す、すごい……」

 

 酷く凄惨な地獄絵図を見せつける。

 大きくひん曲がる“3メートルノイズ”の頭部を思われる場所。 そこに痛烈な蹴りが入る。

 

拳闘(ボクシング)でストレートを貰ったかのような……なんという蹴りを放つんだ“奴”は」

「……翼さん?」

 

 それをみて、どことなく声から硬さが抜けたのでは。 緩んだ口元を見た立花響は少なくともそう思ったようだ。

 

「……とと」

「着地くらいしっかりなさい」

「す、すみません……」

 

 そのあとにくる説教で全てが流されてしまうのだが。

 

 さて、ここで響と翼は既に大型ノイズから数メートルの距離しか開けていない。 それは咄嗟の回避だったというのと、消耗した翼を重んじた響の采配である。 しかしそれは、敵からすればすぐ近くで休んでいる手負いの子ネズミという認識だったのであろう。

 

 只ヒトを喰らうだけのケダモノは、当然のように振り返る。

 片腕と思われる極太の触手を宙で分解、きめ細かな触手が複雑に絡み合い、強度を増し、束ねられると人間の“拳”のような形を見事形成する。

 そのあまりにも硬い拳を、翼たちへ向けるとのばす。

 

【―――――!】

「あれを喰らって動けるのか――」

「着地に失敗して身動き……っ!」

 

 ()った。

 言葉がわからずとも聞こえてくるノイズの咆哮に、身体が固まるのは素人のサガ。 体力を減らした翼と共に響は迫りくる巨人の拳を見ていることしかできない……足が、完全に竦んでいた。

 

 巨人の腕が振るわれる。

 

【…………!?】

 

 衝撃音と共に吹き荒れる風は、いましがた行われた攻撃の規模をうかがわせる。 木々が揺れ、道路の舗装が次々に剥がされていき、波のように曲げられたそこは既に道路の艇を為していない。

 しかし。 それほどの衝撃の中でも。

 

「……な、なんとも……ない?」

 

 立花響は健在であった。

 どこかを痛めたという事は無い。 そして自分が何か防御をしていたわけでもない。 ……そうだ、傍らで膝をついている翼ですらも――“彼の背中を見て、動けないでいる”

 

 

 

「……間に合った」

 

 小さな呟き声。 若干くぐもったそれは、人間の発声方法から離れてしまっているから。 

 

 口部金属球(バイブレーション・グロウヴ)からの振動により発せられるソレがただ、声帯からの振動を似せることにより、殖装者の言語を他者へと伝えているに過ぎない。 そしてその口が無いモノは……彼は――――

 

「二人とも離れててください。 少し、派手に行きます」

『……っ』

 

 差し出された巨人の手を、その半分程度の背しかないはずの彼は……何事もないように巨腕を掴み取っていた。

 

 身長174センチ程度の、本当に日本人の平均身長しかないはずの彼が、倍以上ある身体を形成したノイズ相手に真っ向から掴みあっているのだ。 ノイズの触手が組み合わさった拳を両手で掴むと、後ずさりも起こさずにその場でとどまる。

 

【……ッ!!】

 

 それに即座対応したノイズの“左”は、己が拳を掴んで離さない者を挟み込むかのように振るわれていく。

 唸る轟音がこれから来るであろう力の衝撃を想像させ、来たるべき凄惨な未来を連想させる。 立花響は、しかしそれでも目をつむるという選択肢は無く。

 

「……ここから先は通さない。 俺が相手だッ、ノイズ!」

【!?!?】

 

 想像をも超えた光景に、全身の力を取りこぼしていく。

 

 大開になった両足――これは力を入れて踏ん張るためだ、まだいい。

 互いに掴みあった態勢――ガイバーの筋力が常人を逸脱しているというのは聞いたことがある彼女はまだ納得できよう。

 口部中央のバイブレーション・グロウヴを挟み込むように存在する二つの排気口より蒸気が排出されるのもまだわかる。 けど、しかし……そこまで見ていた風鳴翼はついに疑問へ直面する。

 

「馬鹿な。 あの巨体……いや、体重差がどれほどあると思っているんだ!? なのにどうしてここまで見事に拮抗する? なぜ身ひとつ動かさない」

 

 巨人と組みあう人物……殖装者(ガイバー)が数センチの後退も許さない光景に、彼女からひとつ常識が欠落する。 それを必死に拾おうとする彼女……翼は目を見開き括目した。

 彼の腹部。 まるでベルトのバックルを思わせる部分に存在している“ソレ”が淡く発光しているのを。

 

「あそこは確か重力制御の器官だったはず。 ……そう言う事か、奴は正に物理法則に則った動きをしているというのだな」

「ど、ドウイウコトデショウカ?」

「……彼は体重差で劣る部分を、例の重力制御を飛行とは逆に働かせたのだ」

「…………?」

「加重。 つまり体重の疑似増加を起こさせている。 おおよそ200キロを誇るであろう体重を2Gほど上げれば400キロは超える。 ……少し考えれば簡単な仕掛けだ」

「は、はぁ……」

 

 理解をし終えた翼はそのまま動かずにいた。 こんなことは初めてであろう、こう言った光景は見たこともないであろう。 自身が戦場で刀を抜いているにもかかわらず、そのすぐ横で行われている激闘を、こうやって気を休めながら見通すことが出来るなど。

 

「……そろそろ拮抗状態が崩れる。 深町が動くぞ」

「え?」

【……ギギッ!?】

「あえ、嘘!?」

 

 だが、それは仕方がないのかもしれない。

 

 突如始まる処刑の時間。 深町……ガイバーが不意にノイズと組みあった手首を返す。 引き寄せ反動をつけるとちからの方向をやや下に修正、即座に押し出す。

 

「……っぐ」

「え、枝を掴み折るみたいに……」

 

 響の耳にはそう聞こえたのだ。 ノイズ故に聞こえないはずの音が――腕を、第二関節から骨ごと真っ二つにされる音が。

 さらにそこから深町が、手に残った腕を握力のままに握りつぶすと炭化したかのように消え、奴から完全に両腕部を奪い去る。

 

「ウォォオオッ!!」

【ギギーー】

 

 ひざを曲げ、突き出したそれがノイズの頸部を打ち抜く。 堪らずというか、物理的な勢いで後退を余儀なくされた巨体に対して、深町の進撃は止まらない。

 

 擦り、前に歩ませた左足を筆頭に、右足を軸として深く腰を据える殖装体。 彼はそのまま右こぶしを握ると、そのまま自身へ引きつけ反対の腕で軽やかに半円を描きつつ…

 

「……ふぅ――」

 

 己が前方へ添える。

 縦に構えた手刀のようなそれは中国拳法の構えにも似た独特の構え。 今まで、彼が見せたことが無い戦闘風景がそこに生まれる。

 

「はぁぁぁぁ…………」

 

 整えたのは呼吸ではない、彼の中を行き渡る血流から成るリズムの方だ。 それを整理し、相手の挙動とタイミングを合わせると、深町の右腕が……歪む。

 

 それを景色が歪んだと認識出来たのはどれほどの人数だったろうか。

 しかしそれを教える暇はない。 握っていた右手を開くと、そこに薄暗い“渦”のようなものが形成されていた。 竜巻の様でいて、何もかもを呑み込む孔とも思えるそれはガイバーの力の一端。

 

「だぁぁああッ!!」

【!?】

「あ、お――おおぉ」

「あの巨体に風穴を……開けた!?」

 

 其の力。 極小サイズの重力渦を掌底と共に打ち出すと、衝撃波が大型ノイズの背後を走り去る。

 

 すぐさま訪れる静寂は、まるで今までの騒動を忘れさせるほどに無音であった。

 風が吹く。 6月の初めという梅雨空は未だ寒気が街を襲い、その冷気と今までの戦闘により起こった熱気が混ざり合い、強風を作り出していた。

 その風を受けると、巨体が一挙に黒い消し炭へと変貌していってしまう。 ……戦闘、終了の知らせだ。

 

「ヘッド・センサーに反応は無いみたいだ。 ふたりとも、終わりましたよ――って、どうしたんですか? そんな顔して」

「……いや」

「深町さんって、とっても戦いかたが荒っぽいなぁと思いまして」

「そ、そうかな?」

 

 思わぬ声に強殖装甲越しに汗をかく。

 まさかそのようなことを言われるとは思わなかったのだろう、深町は右手で後頭部をかくとそのまま姿勢を崩す。 楽な姿勢に……自分が、落ち着けるような態勢になるように。

 

「…………っ」

 

 装甲が浮き、独りでに空を舞っていく。 “全身の細胞”を離さないでいた触手がまるで生き物のように蠢くと、スルリと音を立てて彼の身体から撤退。 そうして深町の背後に今まで着込んでいた強殖装甲が中身のない形を取ると……光の中へと――虚空の向こうへ消えていく。

 

「俺ってそんなにエグイというか、酷い戦いかたなんだろうか」

「うーん、聞かれると何となくとしか言えないんですけど。 なんというか、もしも相手がノイズじゃなかったら返り血で真っ赤になってる深町さんが想像できちゃうくらいには……」

「こわい?」

「う、……はい」

 

 身体の構造を人間のそれに戻した彼は、変えられるようになった表情で曇り顔。 俯きの傾斜が15度となっている響を前に、深町は思案顔を数秒……結局出せない答えを求め、不意に向いた先には。

 

「…………どうかしたのか」

「いえ、何でもないです……」

 

 援軍なんてどこにもいなかった。

 悟った彼は上を見る。 右も左も女の子がいるこの状況は、しかし考えていたのはそう言う事ではない。 彼が気にしているのは響の素人加減でも、翼の素っ気なさのどちらでもないのだ。 かれは――

 

「――なんでも、無いんです」

「……?」

「深町さん……?」

 

 何を悩んでいたのだろうか…………

 

 

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