ある街に雨が降った。雨と言っても小雨だ。傘を差す人もいれば、小雨だからと気にせず傘を差さない人もいる。あるいは建物の中に身を潜める人も。ある婦人は洗濯物を片付け、小さな水溜りには子供が足踏みをしてはしゃいでいる。
やがて雨が止み、昼だろうか夜だろうか、少しわかりづらい逢魔時。空には薄く星が煌めき、店の光と街灯が街を照らす。店は雑貨店、飲食店、パン屋などが並んでいる。その中で一際変わっているのが「ハートショップ」という店だ。その変わった店に小さな客人が入る。
「いらっしゃい」
イカつい男が挨拶をしてきた。中は悪そうな顔をした人から一般的な人まで沢山の人がいた。居酒屋の様な雰囲気ではあるが一つ違うことは、全ての人が『人形』や『ロボット』を連れていることだ。
客人はカウンターへと詰め寄り、イカつい男の前に立った。少しオロオロしながらもイカつい男に尋ねた。
「…あ…あのっ…かっ…家族をください…」
客人が放った言葉に店内は静寂した。その後数秒たって店内にいたほとんどの者が笑った。
「えっ…えっと…お金ならあります!」
「だーっはっはっは!嬢ちゃん、その歳で小遣い貯めて来たのか」
そんな笑い声が響く店内にまた一人来客者が入ってきた。
「おっ、ネモ。聞いてくれよ、この嬢ちゃん、この歳で『フリド』を作りに来たんだぜ!」
「店長、いいんじゃないんでしょうか。子供だって自分で手に入れたくなるものですよ」
来客者の名はネモ。黒髪で身長は178cmほどで中性的な顔である。
「よーし、なら嬢ちゃんにはおすすめの『ハート』を出してやろう!」
そう言って店長は後ろの棚から沢山のハート型の物をだした。
「まずはこれ!こいつはガラスのハート。繊細な心を持たせたい人におすすめだ。見た目も綺麗だから女性には人気だぜ」
店長が出した物はガラスで出来たハート。店内の光に照らされて煌めいている。
「次にこいつだ!アイアンハート、強靭な心をもっていて、ちょっとやそっとじゃ落ち込まないぞ」
次に出したハートは名前通り、鉄で出来たハート。見た目からも硬そうだ。
「ちょっと変わってるが次はこいつだ!クロッチハート、貧相な性格でケチなところがある。価格も安いし嬢ちゃんでも買えるだろうよ」
沢山の布が縫い合わされたハート。ボロボロの様な見た目をしている。
「えっと…」
「他にもだな…」
「店長、人形にあった心を付けるのはどうでしょうか」
店長の話しが長くなりそうと察したのかネモが話しを止めるように口を出した。
「そうだな。嬢ちゃん、今日は人形かなんか持ってきてるか?」
「人形…ですか?人形が必要なんですか?」
少女は不思議そうに答えた。
「嬢ちゃん、まさかかと思うんだが『フリド』の仕組みとか知らないのか?」
「…こ、ここに行けばずっと一緒に居てくれる家族があるって書いてあって!」
小さな客人はチラシを見せた。そこには可愛らしいイラストと一緒に『新しい家族を作りませんか?』と書かれていた。
「…店長、ちゃんと『人形』は用意しないとダメと書かないといけませんよ」
「いやー、うっかりしてたよ。まさか『フリド』を知らねぇ奴が来るとは思わなかったし。それにお前の店、隣だろ?人形やロボットになんかあったらお前に聞けばいいしよ〜」
オイオイ、チャントシゴトシロヨテンチョウサンヨ!ギャハハ!
「うるせぇ!外野は黙ってろ!」
ネモは店長の胸ポケットに入ってあるペンを取り、チラシの裏に絵を描き始めた。
「キミ、名前は?」
「…アニェラです」
「ではアニェラ、『フリド』というのは人形やロボットと、この『ハート』というのを使って作るんだ」
ネモはチラシの裏に描いた絵を見せながら説明をした。
「このハートを人形やロボットに入れると不思議と動き出すんだ。ハートの種類によって性格などが変わってくる、これが完成することでフリドと呼ばれるんだ」
「へぇー」
「昔はハートを作るのに労力がとても必要で1年に1、2個しか作れなかったんだけど技術の進歩にやって量産出来るようになったんだ」
ネモは次々と絵を書いていく。
「伝説によればある魔女が寂しさを紛らわすために作ったと言われているんだ」
「寂しさ…ですか」
「アニェラ、君はなんでフリドが欲しいのかな?」
「…私は……」
アニェラは話したくなさそうな素振りをしている。
「いや、無理に話さなくてもいいんだ。聞いてすまない」
「…いえ!そうですよね、理由がないとおかしいですよね」
アニェラは少し合間を置いて重い口を動かした。
「…私…先週、事故で親を無くして…親戚とかが来て…財産の分配とかよくわからなくて…誰も助けてくれる人がいなくて…寂しくて…ぅっ…みんなは家族がいるのに…なんで私だけいないのかって思って…ぅぅっ…」
「おいおいっ、嬢ちゃん!もう話さなくていいから!おいネモ、泣いちまったじゃねぇかよ」
「すみません、私の配慮がありませんでした」
オイアノジョウチャンッテ、クライストノカケイノモノジャナイノカ!?
「?…クライスト家ってあの貴族のか?」
他の客の話しによると、アニェラはこの辺りでは有名な貴族で財閥にも名を轟かせていると言う。夫妻と娘、アニェラの三人家族で幸せに暮らしていた。
しかし、先日に車の故障により夫妻は事故死。幸いにも娘のアニェラは家で遊んでいて、事故には遭わなかったという。世間ではこれが騒がれ、新聞には『幼い娘を残して死歿、クライスト家没落の危機?』と書かれた。クライスト家には親戚やクライスト家の会社の重役人、傘下などが押し寄せたと言う。クライスト家の執事兼秘書がこの場を収めたが事態はあまり宜しくないと言うことだ。
「それで家族が欲しくて店に来たのかー」
「ぐすっ…はい…」
「ほれ、嬢ちゃん。この飴でも食べて落ち着きな」
「…すみません」
しばらくしてアニェラは落ち着いてきたのか泣きやんできた
「そうだ!ならネモの店で好きな人形でも選んでくるってのはどうだ?」
「え?」
「私の店ですか?」
店長はネモの耳に小声で話した。
(この嬢ちゃん、貴族の家系だから金を持ってるし、儲けのチャンスだぜ?)
(いいんですか、こんか時に)
(まあまあ、こんな時だからこそ嬢ちゃんには元気になってほしいからフリドを作るんじゃねぇか)
「よし、決まりだ!嬢ちゃん、もう遅いしすぐこいつの家で人形を選んでこい!」
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「うわー、すごい!人形が沢山!」
ネモとアニェラの二人はネモの店に行き、アニェラの人形を選ぶことにした。
「気になった物があったら声をかけてくれ」
ネモは店長から受け取った荷物を店の奥に置きに行った。
「あの、これはなんですか?」
アニェラが指を指したのは人形の身体に沢山の糸が張り巡らされている人形だ。ネモはお盆に乗せたお菓子と一緒に戻って来た。
「それは操り人形、マリオネットだね。あっ、お菓子でも食べて寛いでいってくれ」
「わぁ!ありがとうございます!」
お盆に乗せたお菓子を一つ手に取り食べた。
「人形に糸が付いてるだろ?その先にはスティックって言う木の棒が付いてるんだ。これを動かすと…」
「!…生きたように動いてる!」
「これで芝居などをするんだ」
「じゃあ、これはなんですか?」
次に指したのは卵が少し歪んだ形の人形だ。ネモはそれをカウンターに置いた。
「これはマトリョーシカ人形といって、上半身を持つと…」
「あっ!人形が出てきました!」
「そう、そしてまた人形を持つと…」
「また人形が出てきました!面白いです!」
アニェラはキラキラした目で見つめていた。
「じゃあ!じゃあ!これはなんですか?」
上に釣り下がった人形を指しながら後ろに下がった。その時、後ろを見ていなかったアニェラの背中に何かが当たった。
「! 危ない!」
ちょうどアニェラの後ろには甲冑があり、それに身体が当たり、崩れ落ちてきた。ネモはすぐに気づき、アニェラを抱きしめ、落ちてくる甲冑から身を守った。アニェラは暫く何が起きたのか分からず、放心していた。
「ご、ごめんなさい!私が周りを見ていなくて!本当にすいま…え?」
アニェラはすぐに離れて、謝ろうとしたがある違和感に気付いた。ネモの袖から少しだけ見えるある違和感に。それは手と腕がくっついていない、正確に言えば繋ぎ目があるということだ。皮膚と皮膚が縫合されているのでは無く、部品と部品を合わせているという感じで。
「…大丈夫かい?」
「その手…」
「えっ?ああ」
すぐに袖を戻し、立ち上がった。
「…義手、なんですか?」
「いや、僕は人形なんだ」
そう呟いた。アニェラは驚きのあまり、放心した。
「えっと…その…」
アニェラは何を話せばいいのが分からず、戸惑ってしまった。
「アニェラ」
「はっ、はい!」
「僕の手を見てて」
ネモはポケットから出した一枚のコインを出し、両手で包みこんだ。
「よーく見ててね」
アニェラはじーっと、見つめる。そしてネモは手を開けると中から…
「きゃ!」
「おっと!」
小さなくす玉が出てきた。驚いたアニェラは尻餅を付きそうになるが片手でネモが腰を支えた。
「驚いた?」
「…はい、とても」
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二人は店の椅子に座り、ネモがマリオネットを見せながらお茶をしていた。
「実はね、記憶がないんだ」
「記憶がですか?」
「そうだね、起きた時にはこの店のベッドで寝ていたんだ。そこで魔女と名乗る人に『ハート』を貰ったんだ。ガラスのハートに似ているハートなんだけどね、人に優しさを与えると中のハートの器にハートの欠片か貯まるんだ」
「…きゃあ!///」
ネモは服を脱いだ。それに驚き、アニェラは手で顔を隠した。ネモの胸には扉があった。とても普通な引扉。扉を開けるとそこにはハートの器に金色に輝く砂が入っていた。砂時計を思い浮かばせるような感じで。アニェラは指の隙間からそれを見つめた。
「とても…綺麗に輝いてます…」
「ふふっ、ありがとう」
ネモは胸の扉を閉じ、服を来た。
「実は、人形のことはみんなには話したんだけど魔女のことを話したのはアニェラだけなんだ」
「えっ!そうなんですか?でもなんで…」
「なんだか君に話したくなってね。さぁ、もう遅いから今日は帰るといいよ」
外はもう暗く、夕日が落ちていた。辺りは街灯に照らされていて、外で大人達がお酒を飲みながディナーをして騒いでいる。
「あの…また来てもいいですか?」
「of course!(もちろん!)」
ネモはアニェラを見送った。アニェラの走る姿はとても元気が見られ、最初に会った時とは違い、犬が久しぶりの散歩に喜ぶような姿であった。夕日が落ちてもまた朝日が昇る様な安心感を感じるように。
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