終わらない始まり
行きつけの蕎麦屋の親父に、お前ほど人間らしい奴はいないさ、と言われたことがある。
「お前は確かに妖怪だが、それでも人間よりも人間らしい」
人里の端の、誰も寄り付かないような寂れた場所でひっそりと佇んでいる蕎麦屋だ。未だかつて、ここに人間の客が来ているところを見たことはない。その、何故潰れないか不思議な蕎麦屋を一人で切り盛りしている親父が、そんな突飛な事を言ったのだ。
ついに年のせいで頭がおかしくなったのか。それとも、若い頃の不倫をネタに、蕎麦をただ食いしている事への細やかな抵抗なのか、彼は目を俯かせて呟いた。私は、お前は何を言っているんだ、という表情を作り、実際に「お前は何を言っているんだ」と声を出した。
「人間ってのは、可愛い生き物なんだ。俺を含めてな」
「お前は何を言っているんだ」私の言葉は聞き流され、彼の退屈な話は続く。
「どんなに良い奴だって、どこかで悪い感情を心の中で弄んでるんだよ。逆に、どんな悪人だって、良心を少しは持っている。蕎麦と同じだ。どんな高い蕎麦にも、どんな安い蕎麦でも、それぞれ良い所と悪い所がある」
彼は苦笑いをしながら言葉を並べた。それは、どこか自分自身を非難しているようだった。
「それでな、面白い事に、良い人間は自分の悪い心を隠したがって、悪い人間は良い心を隠したがるんだ」
「蕎麦と同じで?」
「そう、蕎麦と同じだ」
私は冗談で言ったつもりだったのだが、真顔の彼を見て、浮かべていた笑みを消した。きっとこいつは、人生は蕎麦だ、とか言うに違いない。全く、馬鹿らしい。
「お前は、まさにそうだ。自分は悪だ、とよく言っているが、そうは思えん」
顔に深く刻まれた皺を柔らかく伸ばし、彼は薄い笑みを浮かべた。
「ただ、良心を隠しているだけだろう? 俺には分かる。お前はきっと、困ってるやつを見たら助けるような奴だよ」
「は?」
思わず箸を止める。私が人助け? あり得る訳がない。これだから老人は。
「きっと、誰も信じないだろうが。俺は信じるさ」
「私じゃなくて、奥さんを信じてやれよ」
私の言葉を聞いた途端、皿を洗う手が止まった。自然と頬が緩んでいく。彼の急所は、すでに他界している妻の存在だ。そこを突いてやるだけで、後悔と、忌避の感情が溢れ出す。それは、天邪鬼である私にとって、何よりの活力となった。心の奥底から、ぞわぞわとした快楽が押し寄せてくる。私の本能が、欲望が満たされていった。
「お前は」
彼の眉間に刻まれた皺は、深さをより一層増し、入れ墨のように真っ暗になっていた。普段は気難しさを助長している瘦せこけた頬も、今では頼りなさしか思い起さない。
「お前はきっと、困っているやつを見たら唾を吐きかけるような妖怪だよ。誰も信じないだろうが、俺はそう信じている」
苦しそうに、声を出した。
心地よい愉悦を感じながら、残った天かすと共に蕎麦湯を一気に飲み干す。胸いっぱいに仄かな暖かさが広がり、秋の夜の冷え切った空気を和らげた。
「多分、それなら皆信じてくれるぞ。良かったな」
「良くねぇ」
彼のぶっきらぼうな、拗ねた子供のような言い方に思わず吹き出してしまう。還暦を過ぎて、髪も薄くなった強面の老人の拗ねる姿など、誰に需要があるのだろうか。
「これだから天邪鬼は。次からかき揚げでもつけてやろうと思ったのに。やっぱやめだ」
「どうせそんな気はない癖に。ご馳走様、次はこんなまずい蕎麦はよしてくれよ? じゃあな」
立て付けの悪い扉を開けると、乾いて冷たい風が吹き付けた。カタカタと店が悲鳴をあげる中、私は大股で帰路を急ぐ。後ろから、これだから天邪鬼は、という声が聞こえた気がした。
彼が死亡したのは、これから一週間後の事である。
私は寺子屋の前にいた。人里の中心地からやや北東に進んだ場所、木造の小奇麗な長屋だ。中からは甲高い子供の声が溢れ出ており、時々それを窘める女性の声も聞こえてくる。手に持った紙が、風で揺れた。雲一つない晴天にも関わらず、空気は肌を刺すように冷たい。
寒いのは嫌いだ。以前は、具体的には去年の夏までは、むしろ寒さは好きであった。だが、調子に乗って氷の妖精に喧嘩を売ったのが運の尽き。体の芯の、内臓まで凍らされて、無様に池の流氷へと成り下がった。あれ以来、寒いのは嫌いだ。
「妖精に負ける妖怪なんて、前代未聞ですよ」と知り合いの烏にも嘲笑された。
「こんな事を記事にしても、誰も信じませんよ」と嘆いていたのは、いいザマだった。
時計を見る。15時を5分ほどまわった。知り合いがくれた情報によると、そろそろ授業が終わる時間だ、と思っていると子供たちが勢いよく飛び出してきた。
怪しまれないように、笠を深く被り直して、ゆっくりと寺子屋へと足を進める。扉の前で、目当ての人物が腰を落としているのが見える。帰っていく生徒の背中へと、笑顔で手を振っている彼女の姿は、生き生きとしていた。綺麗に整えられた青白い長髪は、青いワンピースによく似合っている。その優し気な笑顔も相まって、いいお母さんといった印象が強い。だが、やや吊り上がった目とよく響く声からは、意志の強さも感じられる。出来ればお近づきになりたくない人種だが、これも情報のためだ。やむを得ない。
大股で、寺子屋へと歩いていく。ちょうど彼女の前を横切るタイミングを見計らって、手に持っていた紙を落とした。後ろを振り返らないよう意識しながら、少し歩幅を小さくする。
「あ」と声がした。トタトタと足音がしたかと思うと、後ろから肩を叩かれる。にやけそうになるのを抑え、慎重に振り返る。
「すみません。これ、落としましたよ」
女性は悪意のなさそうな笑顔で、一枚の紙を差し出した。
「あ、ああ!」
わざと大袈裟に手を上げて、驚いたふりをする。緩みそうになる頬をごまかすために、口を大きく開けた。
「ありがとう、助かったよ! あなたは私の恩人だ!」
「そ、そこまで言わなくても。ただ、私を拾いものをしただけで」
頭をかいて、嫌そうに眉間にしわを寄せているが、口元の緩みは隠せていない。きっと、満更でもないのだろう。
「いや、この紙は私にとって大切なものだったんだ」
小さく咳払いをして、声の調子を変える。少しの緊張と、悦楽が体に走る。今だ、言え、と頭の中で声がした。
「ぜひ、お礼をさせてくれ。行きつけの居酒屋があるんだ」
少しは渋るかと思ったが、予想に反して彼女は意気揚々と付いてきた。人里の守護者がこんなにも騙され易くて大丈夫かと思うが、私にとっては好都合だった。
目の前の美味しそうに枝豆を食べている彼女、上白沢慧音に会った目的は、人探しだ。机の上に置かれた人相書きを見つめる。私が探している人物が薄く微笑んでいた。髪が短く、人形のように可愛らしい、子供だ。ただ、その人相書きは不出来で、それ以上のことは分からなかった。
だから、彼女に頼むことにしたのだ。餅は餅屋というように、子供は先生、だ。
しかし、問題もあった。彼女は寺子屋の先生という一面の他に、人里の守護者なる大層な仕事も請け負っている。簡単に言ってしまえば、人里を害する妖怪をやっつける、といったものだ。これが大きな障害だった。彼女からすると、私はその“人里を害する妖怪”以外の何者でもない。わざわざ笠で角を隠して、人間のふりをしているのはこのためだ。
昼時を少し過ぎているにも関わらず、居酒屋は繁盛していて、店員が忙しそうに走り回っている。妖怪である私に注意が向かない分、好都合だ。
「それで、こいつが誰か分かるか?」
シシャモをつまみながら、尋ねた。
「ああ、分かる。分かるんだが」
彼女は、手に持った枝豆をこちらに突き付けながら、獅子のような目でこちらを睨んだ。
「この子をどうして探しているんだ?」
「どうしてって、そりゃあ」
食べているシシャモが口から零れ落ちた。その質問は、予想していなかった訳では無い。以前、助けていただいて、とか適当にそれっぽい事を言おうと、準備していた。だが、何故か口から言葉が出ない。私はどうしてこいつを探しているのだろうか。こいつを探して一体どうするつもりなのか。そんなの、分かる訳がない。
「あ、会ってから考えるさ」
我ながら、酷い誤魔化し方だったと思う。天邪鬼が聞いて呆れる。
「そうか」
「ところで、こいつは人間、妖怪どっちなんだ?」
何とかして話題を変えたくて、適当に話を振る。自尊心が音を立てて崩れていくが、目的のためだ、仕方がない。返事をしない彼女へちらりと目線をずらすと、口元に手を当て何やら考えているようだった。もしかして、正体がばれてしまったかと、不安になる。
「分からん」彼女は大きくため息をはいた。
「私の正体が?」思わず声に出してしまい、背筋が凍った。
「いや、違う。この子が人間か、妖怪かどっちかが分からない」
彼女は、深刻そうに目線を伏せながらも、枝豆を食べることは止めなかった。
「分からない?」
目でも腐っているのか? これだから半端者は。と思わず零れそうになるが、決死の思いで飲み込む。
「それは、どういう」
「そんなことより」
彼女は突然、勢いよく顔を上げた。思わず面食らってしまう。寺子屋の教師だからだろうか、その姿はまるで子供の様だ。
「そんなことより、お腹が空いた。このシロウオの踊り食いってのと、アジの開き、どっちがいいだろうか」
「は?」
苛立ちのあまり、想像よりも低い声が出てしまった。いったい彼女が何を言いたいのか、さっぱり分からない。
「私はね、シロウオの踊り食いの方が好きなんだ。だって、生きているんだから。きっと私はどんな時でも、生きている方を選ぶよ。死んでいる方は、どうしようも無いからね。あなたが食べているシシャモのように。よく言うだろう? 死人に口なしって」
「シシャモが喋るわけないだろ」
「それもそうだ」
満足そうに笑った彼女は店員を呼びつけ、アジの開きひとつと、威勢よく注文した。本当に、意味が分からない。煩わしさだけが募っていく。
「魚を食べるのもいいが、結局こいつに会わせてくれるのか?」
机上に広げられた紙を指さしながら、怒気を含めて捲し立てる。
「人の金で買った魚を食べるのもいいがな!」
「分かった。分かったよ」観念したといった様子で、手をひらひらと振った。
「まぁ、百聞は一見に如かずというし、実際に会ってみるのが一番だ」
届いたアジの開きを箸でほぐしながら、彼女は、はっきりとした口調でそう言った。
「じゃぁ!」
思わず、机に身を乗り出してしまう。堪えていた頬の緩みが、決壊した。
「ああ、連れて行ってもいい。何か悪事を企んでいるわけでも無さそうだし、それに……」
「それに?」
彼女は、目元を緩めて、破顔した。いたずらに成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべ、小さく手を叩いた。
「妖精に負けるような天邪鬼には、何もできないだろう」
秋の肌寒さを感じさせないくらい、人里の中央通りは活気づいていた。昨日とは打って変わり、空は青く澄み渡っている。それが、私の心にますます大きな影を落とした。昨日、あんな事があったというのに、何故平然としていられるのか。人間というものは、共同体意識が強いと聞いていたのだが、どうやらそうでもないようだ。
だが、私の心に影が纏わり付いている一番の原因は、天気でも、人間でもなく、隣で鼻歌を鳴らしながら歩いている半獣の女性であった。
「いつから、私が天邪鬼だと分かっていた」
「いつからって、それは」
居酒屋の笑顔とは違う、落ち着いた笑みを浮かべ、教え子に答えを教えるように、ムカつく程に柔らかに言葉を並べた。
「落とした人相書きを渡した時からだよ」
「最初からかよ。何だよ。バレているのに無様に人間の演技をする弱小妖怪の姿は、そんなに面白かったか? こんな意地の悪い先生がいるから、ガキ共が腐ってくんだよ」
「まぁまぁ、そんなに怒るな」
どうどう、と馬を宥めるように両手で肩を叩いた。腹が立って仕方がない。
「興味があったんだ」
「興味?」
大通りから少し外れると、途端に人が少なくなる。立ち並ぶ家の数もまばらになり、しかもボロ屋ばかりだ。妖怪にでも襲われたのか、大きな穴が屋根に空き、今にも崩れそうなものまである。あんなところにも、人間は住んでいるのだろうか。
「そう、興味だ。人妖問わず、如何なる相手に対しても馬鹿にするあなたが、特定の相手に会いたいだなんて、不思議だったんだよ。もちろん、警戒もした」
「運命の赤い糸で結ばれてんだよ。人相書きで紡いで、枝豆で梳いて、アジの開きで結んだ、血で赤くなった糸でな」
「血?」
「何でもねぇよ」
彼女は、一瞬、目を細めたが、特に気にする様子もなく被った帽子を軽く触っている。
「気紛れだ」
私はぶっきらぼうに、そう答えた。
「気まぐれ? 気まぐれで、こんな面倒なことを?」
「気を紛らわせたかったんだよ」
実際、自分がこんな事をしている理由など分からない。気紛れというよりは、気の迷いと言った方が正しいだろう。だが、何故か気の迷いと口にしたくはなかった。迷っていると、認めたくはなかったのだ。
「そう、か。……気まぐれについて、面白い話があるが聞くか?」
「聞かない」
「あるところに、幽霊を信じていない人間がいた」
「おい、聞かないっつったろ。聞いてなかったのか」
私の言葉は、当然のように無視される。
「その人間は、夜遅くに森に散歩に行った。すると、そこに奴が現れた」
「怖い半獣のおばさんが?」
「幽霊だ。人間はそれはそれは驚いたが、祖母の話をふと思い出した。“幽霊に会ったら、塩をまきなさい”という話だ」
「そんな都合よく塩がある訳ないだろ。自分の汗でも飛ばしたのか? 汚くて仕方ねぇ」
「そう思うだろう?」
出来の悪い生徒を窘めるように、暖かく笑った。鳥肌が立つ。
「持って行ってたんだよ、塩を。気まぐれでな。家を出る直前に、懐に突っ込んだ」
なぁ、面白いだろう? と得意げに語る彼女は、先生というよりは蘊蓄を話したくて仕方がない子供の様だ。
「実際は、無意識のうちに祖母の言葉を思い出していたんだよ。つまりだ、私が何を言いたいかというと」
「出かける時に塩を持てってか」
「気まぐれってものは、案外理由があるってことだよ」
彼女は足を止め、空を見上げた。つられて私も見上げると、いつの間にか分厚い雲に太陽が隠され、陰険な空気を人里に落としていた。
気まぐれってものは、理由がある。彼女の言葉は、不思議と胸へと深く吸い込まれていった。だが、それも鬱蒼とした気分を変えてくれるものでもなく、天気の悪さで相殺されてしまう程度である。
「どうした、そんな暗い顔をして。そんなに私の話は面白くなかったか」
「つまらないにも程がある」
この言葉は、本心だった。寺子屋の子供を哀れに思う程に、絶望的に話が退屈だ。というよりも、その話はあまりにも有名で、こんな私ですら知っていた。
足を再び動かし始めた彼女は、深刻そうに眉間にしわを寄せた。もしかしたら、話が退屈な事を気にしているのかもしれない。置いていかれないように、後ろをついていく。先程よりも早足だ。雨が降ることを心配しているのだろうか。
「なあ」
顔を上げた彼女は、口角をあげて私を見つめた。ふふんと、嫌味ったらしい鼻音まで聞こえてくる。これならどうだ、といわんばかりだ。
「人形にとり憑いた幽霊の話、聞きたくないか?」
「聞きたくない」
もちろん、私の言葉は無視された。
目的地に着く頃には既に日が傾きかけていた。厚い雲に覆われていた太陽も、どうにか調子を取り戻したのか、さっき休んだ分だけ頑張ります! といわんばかりに爛々と輝いている。だが、そんな太陽の健闘むなしく、冷たい乾いた風の方が遥かに優勢だった。
「ここがその子の家だ」
「……これが家か?」
家というよりは犬小屋といわれた方がしっくりくる。それほどまでに、酷い家だった。酷いといっても、さっき見たように天井に穴が空いているだとか、そういう訳では無い。傷一つなく、一寸の欠けも見られない瓦が屋根に敷かれている。素人目で分かる程に上質な木材で作られたであろう柱や壁は、鮮やかな木目が日光を反射し、幻想的ですらあった。
しかし、ある一点が絶望的なまでに全てを台無しにしている。なぜ、こんな事をしたのかと、大工を小一時間とい詰めたいくらいだ。
その家は、とてもとても小さかったのだ。
多分、そこらの民家のトイレの方が広いのではないだろうか。いくら子供とはいえ、こんな狭い所で生活するのは不可能に違いない。それが、人間であろうと、妖怪であろうと。
「これは何かの罰か? 拷問か何かか? まだ野宿の方が百倍ましだと思うが」
「残念ながら、罰でも拷問でもない。けっこう快適にくらしているそうだよ」
「快適に? 嘘だろ。ここのガキは被虐趣味か、閉所依存症かどっちかだな」
「閉所依存症? そんなものがあるのか」
「ある訳ないだろ」
強めに扉を叩くと、コンコンと小気味の良い音が響いた。しかし、いっこうに家主は家から出てこない。それどころか、中からは物音一つ聞こえなかった。
「おい、反応が無いぞ」
騙されたか、という考えが頭をもたげる。まさか本当にこんな小さな家に住んでるような奴がいると思ったのか。馬鹿だなぁ。これだから天邪鬼は妖精にすら負けるんだよ。そんな罵倒が聞こえた気がした。
「お前も私を」
騙しているのか。そう言おうとした瞬間、そいつは姿を現した。
初めは、そいつが人相書きに描かれた奴だと、理解できなかった。しかし、落ち着いてよくよく見てみると、肩に届かない髪も、あどけなく、人形のような顔つきも見事に当てはまる。むしろ、そっくりと言っても良い程だ。
だが、その存在を私は認めたくはなかった。ああ、なるほどと理解はしたものの、納得はしていない。
そいつは、紅色の綺麗な、おそらく特注品であろう服を着て、またそれは良く似合っていた。紫色の綺麗に切り揃えられた髪の上に、なぜか茶碗を被っている。特注品ではなく、正真正銘──半径10cmにも満たない──ただの茶碗で、頭をすっぽりと隠していた。あまりにも非現実的で、これならいっそ一反木綿のような妖怪が出てきた方がましだったかもしれない。
慧音が人間か妖怪か戸惑ったのも、こんな人里の外れに家があるのも、それが馬鹿みたいに小さいのも、全て合点がいった。
「紹介するよ、この子は少名針妙丸。見ての通り小人だ」
コビト。小さい人。まるで聞いたことがなかった。猫ほどの背丈しかない奴がいるなんて。幻想郷は私の知らない存在で溢れているのかもしれない。まだ、付喪神や幽霊と言われた方が、しっくりくる。
慧音の膝下程しかないそいつは、不思議そうに私を見上げていた。その無表情な顔は、その大きさも相まって、ひな人形みたいだ。
ふと、頭の片隅に思いつくものがあった。懐に手を入れ、まさぐる。小さな袋が入っている。出かける前に、何となく気まぐれで持ってきたものだ。その中の目当ての物を握りしめる。ザラザラとした感覚が指先に走る。慧音が話した、人形にとりついた幽霊の話が頭をかすめた。
「人形に憑いた幽霊も、塩でよかったかな」
私は塩を小人に向かってまき散らした。