天邪鬼の下克上   作:ptagoon

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【注意】こちらは第三章の整頓版でございます。文章自体は全く同じですが、順番を一部入れ替えております。第三章と合わせて読んでいただけると幸いです。また、読み飛ばしていただいてもストーリー上問題ありません。


3.5章
白沢


――白沢――

 

「ふざけんじゃねぇよ!」

 胸ぐらを捕まれ、壁に体を打ち付けられる。木の軋む鈍い音が響いた。妹紅の強すぎる力に寺子屋が悲鳴をあげているみたいだ。

「離してくれ。帰ってきたばかりで疲れているんだ」

「慧音!」

 服を握る手に血管が浮かび、顔を近づけてくる。妹紅の白い髪が鼻をかすめた。荒い鼻息が頬を撫で、彼女の赤い目が私を糾弾してくる。許してくれ、と口の中で呟いた。こんなつもりじゃなかったんだ。

「お前、今正邪がどんな状態か知ってんのか。あいつがどんな思いで食料を貰ってきたか知っているのか!」

 妹紅がここまで怒るのも久しぶりだな、とどこか他人事のように考える。ただ罪悪感から逃げたかっただけかもしれないが、それでも妹紅が私に食って掛かるのには驚いた。私が自殺をしようとした時以来だろうか。正邪のために感情を露わにするなど、想像もしていなかった。この二人が知り合うとも思わなかったが、そもそもタイプ的に反りが合わないと勝手に思い込んでいたのだ。あの天邪鬼には、どこか人を惹きつける何かがあるのだろうか。あの憎らしくも憎めない弱小妖怪は、人に好かれやすいとでもいうのだろうか。いや、絶対にない。むしろ、逆だ。どう足掻いても彼女は嫌われるに違いない。それが、今回の事の顛末であり、結論であった。

「私は」

 唇が乾いていたからか、口を開くと顔に痛みが走った。言い訳なんてしなくていいか、と一瞬思いなおしたが、妹紅との間で隠し事をするのも憚られる。結局、私は思いの丈をぶつけようと決めた。妹紅となら、そんなことで溝が生まれることもない。そう信じることにした。

「私はただ、彼女がこれ以上人里で嫌われるのを防ぎたかっただけなんだ」

「知ってるよ」

「もし、正邪が食べ物を持ってきたら、少しは人里のみんなも受け入れてくれると思ったんだ。“意外にこいつは優しい奴だ”って、分かってくれると、射命丸の新聞は何かの間違いだったかも、って少しは信じてもらえると思った。それが、正邪の望むところではないことも知っていたけど、それでも私は」

「知ってたんだよ、そんなことは!」

 尖った犬歯を剥き出しにした妹紅にもう一度壁に叩きつけられる。痛みはそれほどない。正邪の受けたものに比べたら、いや、比べることすら烏滸がましいか。正邪の受けた痛みは、身体的にも精神的にも、尋常ではない。それこそ、大妖怪ですら哀れみの目を向ける程に。

「慧音があいつを紅魔館に行かせた理由は知っている。何年の付き合いだと思ってるんだ。慧音の考えてることは大体わかる。だけど。だけどなぁ、正邪がその持ってきた野菜を盗んだと勘違いされたのを、それで村八分にされているのを黙認しているのが気に入らないんだ!」

 妹紅の瞳には涙が溢れていた。「あいつはな、口では嫌だとか渡さねえとか言ってたけどな、どこか嬉しそうだったんだよ。魔女から野菜を受け取った時なんて、子供の様に七面相してたんだ。それなのに、こんな結果って。こんなのありかよ!」

 寺子屋に静寂が訪れる。どうしてこんなことに、と声が零れてしまう。まさか、人里に帰ってきたら、私のせいで正邪が更なる悪評を被っているとは思いもしなかった。人里に燻ぶる不穏な雰囲気に気がつかなかった自分に腹が立つ。安易に行動を起こし過ぎた。だが、いくら後悔したところで、時間は戻らなければ、正邪の立場も回復することはない。

「私だって、何とかしたいさ」

「なら」

「でも、もう遅いんだよ」

 人里に帰ってきた瞬間のことを思い出す。たくさんの人たちが表情を明るくし、「先生のいない間に自分たちで悪い妖怪を退治したんだ」と意気揚々と話しかけてきた。そのたびに私は、その妖怪は悪い妖怪ではない。彼女は本当に紅魔館から野菜を貰ってきたんだ。私がそう頼んだんだ、と主張した。が、そうすると決まって彼らはこう笑うのだ。「先生、何もあんな妖怪まで庇わなくてもいいんですよ」と。当然私は何度も反論した。が、全く取り合ってもらえなかった。おそらく、妹紅もそうなのだろう。私と同じように、いや私以上の時間をかけて正邪の無罪を訴えたに違いない。だが、誰もまともに受け持ってくれなかったのだ。

「正邪は私が紅魔館へ運んだよ」

 消え入りそうな声で、妹紅は言った。その顔からは既に怒りは退いていた。ただ、悲しみだけが溢れている。

「人里の外の墓場で座ってたんだ。全身に怪我を負ってな。この私が認める重傷だったよ。訳を聞いてもはぐらかされてね。紅魔館に連れていけの一点張りだった。それで、門番にあずけたんだ。ま、私は追い出されたけどな」

「どうして、紅魔館に」

 レミリアの幼いながらも邪悪な姿が目に浮かぶ。まさか、と恐怖した。まさか、彼女は正邪を殺したりはしないだろうか。

「魔女に怪我を治してもらう腹積もりらしいよ。まあ、上手くいったかは分からないけどね」

 ひとまず安堵のため息を吐く。が、それを見透かされたのか、ただ、と強い口調で妹紅が口を挟んだ。

「ただあいつ、凄い顔していたよ。死人のように無表情でさ、見てられねえよ。ずっとうわ言のように“私がやるしかない”って呟いていた。正直、怖かった」

 でも、紅魔館に着いた時にはもう意識を失ってたな、と呟いている妹紅を尻目に、私はその場に座り込んだ。身体も、精神も限界が近い。

「おい慧音、大丈夫か」

「大丈夫、とは言い難いな」

 気を抜くと、すぐにでも目を閉じてしまいそうになる。考えなければならないことは数多くあるが、もう頭が回らなかった。

 耳元で、よいしょと囁く声が聞こえたかと思えば、身体が宙に浮いた。妹紅が身体を持ち上げてくれたのだ。

「ありがとう、妹紅」

「気にすんな」

 固めていた頬を、ふっと緩めた。真っ白い彼女の顔には一切の疲れはない。文字通り、死ぬ気で人里を走り回り、何回か死んだのだろう。それが、何らかの事故によるものか、疲労によるものか、それとも疲労を回復するために自ら命を絶ったのかは分からない。だが、身体の疲労以上に精神が疲弊しているのは明らかだった。

「私も、その、言い過ぎたよ。ごめん」

「謝らないでくれ」

 妹紅が私に謝る理由なんて無いし、私にはもうその価値すらない。そう自分を卑下することで、救いを求めている自分にますます嫌気が差す。

「奥の部屋でいいよな」

「ああ」

 絹のような肌を僅かに上気させた妹紅は、寺子屋の奥にある休憩部屋へと私を連れていく。ギシギシと廊下を歩き、半開きになっている戸を開け、中に入った。

「うわ。整頓ぐらいしとけよ、慧音」

「え?」

「汚くて、足の踏み場がない」

 寝ぼけていた頭に叩き込むように、多くの情報が目に映った。一瞬、これは夢で、そもそも今まで起きていた正邪に対する悲劇は無かったのではないかと、疑うほどに現実を見たくなかった。

 部屋が荒らされている。ただ、それだけなら別に大して驚くことではない。腹は立つが、金目のものが盗られていないか確認し、部屋を整頓して、何か盗まれていたとしても、残念だったね、と酒のつまみにすればいいだけの話だ。だが、今は訳が違った。目の前が真っ白になる。嘘だといってくれ、と何度も呟いた。

「降ろしてくれ」

「ど、どうしたの、急に」

「いいから!」

 理不尽だとは分かっていたが、妹紅に怒りをぶつけてしまう。そんな私に対しても、優しく分かった、と言ってくれる彼女に、懺悔にもにた感情を抱く。が、今はそれどころじゃなかった。

 疲労と混乱によって思考は既に限界を超えていた。床に散らばった紙をかき分け、目当ての物を探す。

「あれ? 慧音こんなもの持ってたっけ?」

 私の心境を知ってか知らずか、のんびりとした声で妹紅が言った。いや、ついさっきまで激怒していたとは思えないほどに、平然としていることを考えると、焦る私を見て、敢えてそのような態度をとっているのだろう。本当にいい友人を持ったものだ。

 妹紅のおかげか、少し落ち着いた私は手を止め、妹紅が持っているものへと視線を移した。紫色の帯が目立つ、安物の草履だ。流石にここまで質の悪い物を売るような人はいないだろうから、おそらく手作りだろう。そしてその手作りの草履に、私は見覚えがあった。

「嘘だろ」

 思わず、天を仰いだ。目に映るのは、綺麗に整った天井の木目のはずだったが、なぜかそれが私を取り囲み、くるくると回っているように感じた。なんで、正邪の草履がここにあるのか。いや、あるだけならいい。何の問題もない。そう自分に言い聞かせる。

 再び、捜索を始める。がさごそと散らばっている書類を漁っていると、そう時間がたつことなく、目当ての物を見つけることができた。木で出来た、小さな鍵だ。だが、一応仕掛けがあり、容易に複製ができないようになっている。本来ならば常に持ち歩きたいところだったが、寺子屋で保管していた。それが仇となった。

 そのカギを掴み、震える手で机に積んである本を漁る。よくよく確認すると、その内の一冊の位置が変わっていた。平仮名で書かれた“いっすんぼうし”と書かれた本だ。その表紙に僅かに黒い染みができている。匂いをかぐ。まるで腐ったトマトのような腐乱臭がした。嫌な予感は加速する。塔のように連なっている本を崩し、真ん中の下から二番目、分厚く、だが、どこか安っぽい本を引っ張り出した。心なしか軽く感じ、それを認めたくなくて細かく振った。

 本を裏返し、背表紙の表面に張られた薄い紙をめくる。ぺりぺりと音を立て、表紙がはがれていき、無骨な金属が露わになる。手で触れると、特有の冷たさが肌を刺し、それが全身に広がっていった。

「それ、なんだ?」

「預かりものだよ」

 興味深そうに屈みこんでくる妹紅を他所に、鍵を握りなおす。剥き出しとなった金属の下部分に、小さな穴があった。鍵穴だ。そこに右手にある鍵を慎重に突き刺した。ゆっくりと捻り、かちゃりと音を立てたのを確認すると、大きく息を吐いた。

「それ、もしかして箱になっているのか」

 妹紅からの質問を無視し、鍵を机に置く。答えなかったのは、苛立っていたからではない。それどころではなかっただけだ。両手で上下に抱え込むように持ち、右手を引き上げていく。ずりずりと金属同士がこすれ合う嫌な音と共に、少しずつ中身が見えてくる。本に偽装した、金庫のようなこれは、中は空洞になっており、そこに物をしまえるようになっていた。そして、そこには八雲紫に託された、大事という言葉では表せないくらいに大切なものが入っていた。はずだった。

「何だよ、何も入ってないじゃん」

 妹紅がぽつりと声を零した。何も入っていない。本に偽装し、特殊な鍵で施錠した強固な箱の中には、ただぽっかりと巨大な空間が存在するだけだった。

 声にもならないような、小さな呻きが口から洩れる。なんで入っていないんだ。どこへ行ったんだと心の中で何度も唱えた。まさか。持っていったのか。誰が。正邪が。

「その箱の中には何が入っている予定だったんだ?」

「小槌が」

 私は震える声で、何とか言葉を紡ぐ事しかできなかった。

「打ち出の小槌が無くなっているんだ」

 

 目が覚めると隣に妹紅の顔があり、驚いた。眠い目を擦り、自分の部屋を見渡す。昨日と変わらず、散乱し、汚いままだ。もしかすると、昨日のあれは夢か何かで、布団から起きると、予定通り私の部屋で居候をしている正邪が、生意気にも私の部屋で大の字で眠っているのではないか、と期待したが、残念なことにそんなことはなかった。足元にある金属の箱をたぐり寄せる。未練がましく、もう一度箱を開くが、当然なにも入っていない。分かっていたはずなのに、ついため息が漏れる。

 打ち出の小槌。一寸法師のおとぎ話に出てくる伝説の道具。鬼の秘宝であり、願いを言いながら一振りすれば、たちまちそれを叶えてくれるという反則アイテム。ただ、その代償はすさまじく、使ったものは少なくとも無事ではいられないとも言われている、曰くつきのものだ。あの日、巫女に食糧不足の解決を頼みに行ったあの日、突然八雲紫に託された。押し付けられたといってもいい。

「だって、あなたは危険物取り扱いの資格を持っているでしょ? 」

 ふと、その時の八雲紫の言葉を思い出した。こんな大層な物は寺子屋には置けない。あまりにも危険すぎる、と打ち出の小槌を返そうとすると、彼女は平然とそう言ったのだ。もちろん、私はそんな免許は持っていない、と反論したが、妖怪の賢者はそんな私の言葉に耳を貸そうともしなかった。

「いいじゃない。だったら、いま私がその資格をあなたに授与するわ。おめでとう」

「そんな適当な」

「あら? こう見えて私は幻想郷の賢者なのよ。私が烏は白いといえばそうなるし、眠れと命じれば荒れ狂う動物も静まる」

「だから、私に危険物取扱の資格を授与すると言えば」

「あなたはこれからそういう立場にもなる」

「馬鹿な」

 口元で扇子を隠し、意味ありげにうふふと微笑んでいる彼女に寒気がした。虚ろな目で縁側に座り、こちらを見下ろしている彼女は、何を考えているか分からず、気味が悪い。有り体に言えば胡散臭かった。

「いったい、何を考えているんだ。この小槌を私に預けてどうするつもりだ。針妙丸に関係があるのか?」

「まあまあ、お茶の出がらしでも飲んで、ゆっくり話を聞いてちょうだい」

 そう言うや否や、どこから取り出したのか、彼女は湯のみを縁側に置き、急須を傾けた。だが、「あら」と小さく呟いたかと思えば、急須のふたが開き、勢いよくお湯が溢れだす。烏龍茶でも入れていたのだろうか、出がらしといった割には真っ黒な液体が縁側の木を濡らし、じわりじわりと広がっていった。

「早く拭かなきゃいけないわね」

 そう言った割にはのんびりと雑巾を取り出した彼女は、丁寧にお茶をぬぐい、どうやってやったかは知らないが、木にしみ込んでいた水分すらも拭き取っていた。

「お前は何がしたいんだ。質問に答えてくれ」

「少しは、自分で考えなさいよ。一応、先生なんだから」

 おそらくわざとだろうが、神経を逆なでするような、突き放すような声で彼女はそう言い、手に持った雑巾を適当に地面に投げ捨て、足で土をかぶせ始める。

「おい、なんで埋めているんだ」

「なんでって」

 質問の意図が分からないといった様子で首を傾げ、さも当然かのように口を開いた。

「だって、もう汚れちゃったじゃない。汚れを拭きとった後の雑巾なんて、ただの汚物よ。とっとと捨てるに越したことはないわ」

「まだ洗えば使えるじゃないか」

「分かってないわね」

 これだから半獣は、と言われた気がしたが、聞こえなかった振りをした。

「汚れた雑巾なんて、どんなに水洗いしても完全には落ちないじゃない。それに、その汚れは水に移って川を汚すかもしれない。だったら埋めるしかないでしょ?」

「でも、その理屈でいえば、地面に汚れが移るんじゃないか?」

「それは別にいいのよ」

 結局、私は八雲紫との会話にうんざりし、逃げるように寺子屋に帰ってきてしまった。だが、どうもその時の八雲紫の顔には、どこか悔しそうな、そんな感情が浮かんでいるような気がした。 

 

「おはよう慧音、よく眠れたか?」

 妹紅の間延びした声が聞こえ、意識が引き戻される。まだ重い頭をふり、妹紅に目を向けると、彼女も私と同じく眠そうに目を擦っていた。ふわぁ、とあくびもしている。

「ああ、よく眠れたよ」

 この言葉に嘘はなかった。あれだけ衝撃的なことが立て続けに起きたのにも関わらず、私はぐっすりと眠っていた。自分でも驚いたことに、疲れは悩みを通り越し、むしろ清々しいくらいに頭はさっぱりしている。思考もまとまってきた。

 のそのそと布団から這い出て、朝ごはん替わりなのか懐から取り出した昆布を舐め始めた妹紅を見ていると、何だか私もお腹が空いてきた。事態は緊迫しているが、それでも生理的欲求には逆らえない。部屋の片隅に置いてあった乾パンを掴み、口に入れる。

「そういえば、この草履は慧音のなのか」

 もごもごと口を動かしながら、足元に落ちている不格好な草履を指差した。まだ少し寝ぼけているのか、口から涎が垂れている。

「違う。それは正邪のだ」

「正邪って、あの正邪か!?」

「どの正邪か分からないが、多分思い浮かべている正邪で合っている」

 眠気で垂れ下がっていた目尻をきつく吊り上げた妹紅は、落ちている草履を拾い上げ、まじまじと見つめた。つられて私もその不出来な履き物に視線を移す。それが、いつからここにあるかは分からない。だが、正邪がここに来たという事は確かだ。しかし、だからといって。正邪が打ち出の小槌を盗んだとは限らない。あの捻くれつつもどこか優しい彼女がそんなことをするだろうか。しないと、私は信じたかった。でも、決めつけてはいけない。私は彼女のことなんて、何も知らない。

「なあ妹紅」

「なんだよ」

「お前、打ち出の小槌って知ってるか?」

「昨日、無くしたと騒いでいた奴か」

 うーん、と首を傾げた妹紅は、聞いたことあるけど、と言葉を濁した。

「それ、本当に実在するのか?」

「したんだ。そして何処かへ行った」

 きっと、私はとても渋い顔をしていたのだろう。「そっか」と優しく声をかけてくれた妹紅は、私の肩に手を置き、力強く頷いた。

「なら、やることは一つだろ」

 そうだろ? と私に微笑む彼女は、とても頼もしく思えた。

「探すしかないじゃないか」

 

 寺子屋の外に出ると、冷たい風が襲い掛かってきた。帽子が吹き飛ばされないようにと手で押さえる。空は見たこともないくらいに曇っていて、その雲が地上に降りてくるようにすら感じた。視界も非常に悪く、地上ならば問題ないが、空を飛ぶのは一苦労だろう。

 目の前の大通りでは、多くの人が集まっていた。ちょうど、皆が朝起きて活動を始める時間だからか、少し眠そうなものの、笑顔で挨拶を交わしている。最近授業を休んでしまっていることを思い出し、少し憂鬱になるが、それでも顔には出さないように努めた。

「何か、みんな元気になったな」

「正邪のおかげだよ」

 妹紅が私を睨みつけるのが分かったが、それでも私は口を止めなかった。

「みんな溜まっていたんだ」

「何が? 貯金か?」

「不満だ」

 徐々に在庫が無くなっていく食料と、それに比例して吊り上がる値段。段々と腹を満足に膨らませることが出来なくなってくると、彼らは恐怖し、憤った。その、目には見えない爆弾は、日に日に大きくなっていき、そして正邪が野菜を抱えてきたあの日、爆発した。数少ない食料を邪悪な妖怪が泥棒したとならば、それも仕方ないだろう。明確な敵を持った人間は強い。そのことは身に染みて分かっていた。人々を団結させるのは、カリスマ溢れる指導者と、共通の敵だ。前者の存在が許されていない幻想郷の人里において、正邪という起爆剤はあまりにも十分すぎた。豪雨の後の洪水のように、彼らは怒りに飲み込まれ、そしてその怒りは燃え尽きた。いまだ食料は足りていないにもかかわらず、彼らの不満は明らかに減少している。頑張って、協力していきましょうと意気込んですらいた。つい前までは、隣で芋を食べる家族をすら憎々し気に見ていたのに、だ。

 つまりは、私が正邪にお使いを頼んだばかりに、彼女はスケープゴートにされたのだ。

 鬱蒼とした気分のまま、人混みをかぎ分けて前に進む。そのすぐ後ろを妹紅がついてくるのが足音で分かった。その音に励まされるように、前へと進む。正邪には、私にとっての妹紅のような、頼りになる存在がいないのだな、とそう思うだけで胸が苦しい。

「あそこだけ人が少ないな」

 しばらく当てもなく歩いていると、人の波が一か所だけ薄くなっていることに気がついた。私の言葉に素早く反応した妹紅は、素早く視線を移したが、すぐにうんざりとした顔になる。

「原因は分かったよ」

「私も想像がつく」

 太陽が昇ったばかりの早朝。そして人通りの多い大通り。なるほど。確かに彼女にとっては、一番の稼ぎ時なのだろう。だが、彼女はやはり人間というものを分かっていない。朝っぱらから新聞を読むほど暇な奴は、この時期には少ないのだ。

「それに、あんな格好をしてちゃダメだろ」

 妹紅の言葉に、私は頷く。なぜ、そんな恰好を選んでしまったのかと、その場で嘆いてしまうほどだ。

「文文。新聞の号外ですよー!」

 威勢よく声を上げる射命丸は、いつものような烏天狗の装束を着ていなかった。白く、そして不謹慎極まりない服。白装束を着ていたのだ。

「烏が白いって、そういうことか」

 あー、お二人とも是非新聞をー、と声を張る烏に向かい、私たちは大袈裟に肩をすくめた。

 

「踏んだり蹴ったりっていう言葉があるじゃないですか」

 似合わない白装束を来た烏が、私たちに向かい、そう愚痴を零した。

「でも、あの言葉って普通に考えれば“踏まれたり蹴られたり”だとは思いませんか」

 早朝の人里の大通りで射命丸に絡まれるとは思わなかった。冬の朝は肌寒く、私なんかは中に重ね着をしてるというのに、彼女は本当に白装束しか身に着けていないようだった。にも関わらず、全く寒そうな様子はなく、むしろ溢れ出る熱が抑えきれないといった様子で私たちに話し続けている。

「だから、勇敢な私はそう伝えてあげたんですよ。踏んだり蹴ったりするのは別に苦ではないですよって。そうしたら、大天狗様が」

 そこで、ようやくなぜ彼女が私に話しかけてきたかが分かった。この前の妖怪の山の会議で、うっかり私が射命丸と正邪とのあの事件について口をすべらせてしまったのだ。そのせいで大天狗に叱られたのだろう。気の毒だとは思うが、自業自得だ。

「大天狗様がですよ、踏んだり蹴ったりするのが苦じゃないのなら、萃香さまを踏んだり蹴ったりするまでは、天狗の装束を着るのを禁止する、とか言い出しましてね。他の連中もそれに悪乗りしだしまして」

「それで、そんな恰好なのか」笑いを堪え切れないといった様子で、妹紅が訊いた。

「そうなんですよ。まさに踏まれたり蹴られたりです」

「私はてっきり、新聞に訃報がのっているのかと思ったよ」

 そうでは無かったと分かり、安堵の息を吐く。もし、新聞の雰囲気に合わせて、その格好にしたとか言われてしまったら、彼女の新聞を地面にたたきつけるところだった。と、思っていると、「いえ、白装束を選んだのは新聞の雰囲気に合わせたんです」と平然と彼女は言ってのけた。

 受け取った新聞を右手に持ちかえ、思い切り地面にたたきつける。ぼふんと砂煙が舞い、新聞に茶色の染みがついた。少しの罪悪感に襲われる。

「あややや、何するんですか」

「それはこっちの台詞だ。不謹慎にもほどがあるだろう」

 射命丸は本当に何が悪いか分からない、といった様子で首を傾げた。ぽかんとしている彼女を見て、また妹紅が笑う。

「駄目だよ慧音。そこんとこは伝わらない。人間と妖怪の人生観は絶対に違うんだ。むしろ、

 お前と正邪が人間よりなのが異常なんだよ。妖怪は知らない奴の死なんてまるで気にしないし、弔いもしない」

 そんなことはないですよ、と否定する射命丸は、なぜか少し不満げだった。が、すぐに、もしかして新聞が売れない理由はこの格好なんですか、と大袈裟に驚き、翼を震わせ始める。

「確かに、それもあると思う」

「やっぱ、そうですか! 変だと思ったんですよ」

 あやや、と声を上げながら頷いた彼女は、私が投げつけた新聞を拾い、ぱんぱんとはたいた。そして、それをもう一度私に差し出してくる。ブン屋としての執念を感じた私は、断る事なんて出来なかった。

「こんなに質がいい新聞なのに、どうして売れないかと不思議だったんですが、そういうことだったんですね」

「それは単純にお前の新聞がつまらないからだ」

 はっきりと断言した妹紅は、私の手から新聞を奪いとると、乱暴に開き、読み始めた。なんだかんだ言いつつも、しっかりと内容を確認する彼女はやはり優しい。

 妹紅に顔を寄せ、私も新聞を読む。てっきり、正邪が野菜を盗んだという情報が載っていると思ったが、違った。全ての記事を丸々使い、人里の民家で一人の女性が亡くなったことについての論評を延々としている。その民家の具体的な場所は書かれていないものの、ピントを意図的にずらした写真は掲載されていた。それだけでも、大体の位置は把握できた。とはいっても、具体的に誰が亡くなったかまでは分からない。

「私はてっきり、正邪のことをやると思ったよ」悪びれもせず、妹紅が嫌味をぶつけた。

「そういうのに烏共は目がないからな」

「やりませんよ」

 浮かべていた嘘くさい笑みを急に消した射命丸は、冷たくそう言った。怒るでも、茶化すでもなく真面目にそう言ったのだ。あの烏天狗の射命丸が、だ。

「私の新聞は、清く正しくっていう理念でやってるんですよ」

「そういえば、いつの日か言ってたな」

 記憶を辿り、言われたのはいつだったかと過去の場面を振り返っていると「あの、赤黒く変色した死体の時ですよ」と感慨深そうに射命丸は言った。

「もう懐かしく感じるな。あの甘味屋の時か」

「懐かしの甘味屋ですね」

 少し表情をやわらげたかのように見えたものの、あの時も言いましたが、と彼女は語調を強くした。

「清く正しい新聞に、正邪が野菜を盗んだなんて内容は書けないんですよ」

「どういうことだ?」

「そんな嘘情報載せられるわけないって言ってるんですよ」

 僅かに眉を上げ、息を荒くした彼女は、苛立っているのか、強く地面を蹴った。見開いた眼からは、吸い込まれそうなくらいに真っ黒な瞳がこちらを覗いている。反射した私の顔は、確かに怯えきっていた。

「お前も正邪が犯人じゃないと思うのか」

 震える声を奮い立たせ、私はそう言った。後半は言葉尻が詰まり、言葉にすらなっていなかった。

「あの弱小妖怪にそんな度胸があったら、もっと出世してますよ」真っ黒に曇った空を見上げた射命丸は、口元を緩めた。ですよね、と屈託のない笑みで私たちを見つめてくる。

 私の胸に、何か熱いものが込み上げてくるのが分かった。何人に彼女の無罪を、私の罪を言い続けたのだろうか。それでも彼らは認めてくれなかった。正邪は悪で、私は善で。それだけはどうしようもないくらいに変えられないことだと、そう思っていた。だが、彼らは知らない。この世に善悪を明確に区別することはできないのだと。強いて言うのであれば、明確に区別しようとする奴こそが悪だということを、知らないのだ。そして、その知らない内の一人が私だった。

「それに、この事件はそんなガセネタより遥かに興味深いんです」

「おまえ、そっちが本心だろ」

 妹紅の突っ込みに、あややと微笑んだ彼女は、まあそうですが、と笑った。それが本気であるのか、それとも照れ隠しであるかは分からない。きっと、彼女自身も分かっていないだろう。

「そういえば、私まだ朝ご飯食べてないんですよね」

 わざとらしく腹を撫でた彼女は、ちらりと私を窺った。あまりにも唐突だったため、一瞬呆然としてしまったが、物言いたげな彼女を見て、ようやくその意図に気がついた。場所を変えたい、ということだろうか。だったら、素直にそう言えばいいのに。

「久しぶりに行きませんか?」

「行くってどこへ」

 そうは言いつつも、私は彼女がどこに行きたいのかは想像がついていた。

「そりゃ、懐かしの甘味屋へ」

 

「やっぱり、甘味も値上がりしてるんだな」

 高い高いと大袈裟にはしゃいだ妹紅は、まあ、私は死んでも大丈夫だから、遠慮しておくよとメニュー表を私に突き返した。

「別に遠慮しなくてもいいんだぞ。金は払うんだし」

「いいんだいいんだ。それに、私たちは甘味を食べにここに来たんじゃない。そうだろ?」

 辺りを見渡した妹紅は、私の肩を叩いた。

 甘味屋にはほとんど人がいなかった。朝ということもあるが、単純に甘味屋に行ける余裕のある人が減ってきているのだろう。少しのおはぎを買うよりも大量の雑穀を買いたい。今はそういう時なのだ。だが、秘密の話をするにはうってつけといえる。

 私たちが射命丸とここに来た目的は、ただの雑談以外にもあった。無くなった打ち出の小槌の情報を、彼女から引き出したかったのだ。いったい彼女がどれだけの情報を握っているかは未知数だったが、今は藁にもすがりたかった。ただ、残念なことに掴むことができたのは藁ですらなく、烏だったというわけだ。

「それで、この新聞の記事ですが」

 どう切り出そうかと思っていると、射命丸が先に口火を切った。

「気になりませんか?」

「気になるかならないかでいえば、そりゃ気になるけど」新聞から目を逸らしながら、妹紅は曖昧に答えた。

「でも、その女性は純粋な病死だったんだろ」

「純粋な病死、ですか。まあいうなればそうですけど、気になる点はそこではなく、その息子の方です」

 ここです、と新聞を指差したが、私も妹紅も見ようとしなかった。ただですら正邪の件で精神的に疲弊しているのに、これ以上いやな事件を目にしたくなかったのだ。

「息子の方が姿をくらましているらしいんですよ。不思議じゃないですか?」

 謎です、と言い切った射命丸は、大きな声でおはぎ下さーい、と叫んだ。厨房の奥から威勢のいい返事が聞こえてくる。

「その息子さんはいくつなんだ」

「数え年で7歳らしいです」

「幼すぎるな」

 とても一人で生きていけるとは思えないほど、幼い。そんな子が母を病気で亡くし、そして姿をくらませた。確かに気がかりだ。

「その少年の名前は分かるか?」

「おそらく、三郎という少年です」

「慧音。寺子屋の生徒でそんな名前のやつっていたか?」

「いや、いない」

 一先ず、自分の受け持っている生徒ではないことが分かり、胸を撫で下ろした。そしてすぐに、その行為自体に嫌気がさす。自分の知っている子供であろうとそうでなかろうと、いなくなった事実は変わらない。目を背けてはいけない。

「分かった。私たちの方でもその少年を捜してみるよ」

「見つかったら絶対連絡くださいね。記事にしますから」

 死体でもいいですから、と笑う彼女の言葉は冗談だと聞き流し、そのかわり、と指を立てた。妹紅が頷いているのが視界の端に映る。

「そのかわり、私たちからも探してほしいものがあるんだ」

「何ですか。半獣のいい所ですか。確かに難問ですね」

 おい、と声を上げた妹紅をなだめ、射命丸に向き合う。どうやら怒る妹紅を写真に撮りたかったようで、今の一瞬でカメラを出し、シャッターを切っていた。幻想郷最速という異名をまさかこんな形で理解するとは。

「私のいいところよりも、きっと探すのは大変だ」

「無い物を探すことより難しいことがあるんですか?」

「打ち出の小槌って知ってるか?」

 馬鹿にされたと思ったのか、眉を少し引きつかせた射命丸は、にこにこと笑い「私は寺子屋の生徒ではないのですが」と言い捨てた。そうじゃない、とゆっくり息を吐く。

「打ち出の小槌は実在するんだ。そして、それが無くなった」

「面白くない冗談ですね」

 下唇を突き出し、これだから半獣はと楽しそうに笑った彼女だったが、無言で顔をしかめる私たちを見て、ようやく事実だと気がついたようで、本当ですか、と小さく呟いた。

「本当だ。私の部屋から打ち出の小槌が盗まれた。私たちはそれを捜している」

「ビッグニュースじゃないですか」

「そうだ。だから、騒ぎが大きくなる前に、人里に更なる不安を与える前に回収したい。絶対に口外するなよ」

「分かってますよ。こう見えて私、口が堅い方なんです」胸を張った彼女は、目を輝かせて私の手を握った。

 へい、お待ちと男の店員がおはぎを持ってくる。この前来た時よりも、サイズが小さくなり餡子の量も減っている。店員の顔を見上げると、頬が少しこけていた。

「やっぱり、大変そうだな」

 大変そうという抽象的なことしか言えない自分が嫌になる。が、それ以外に今の現状を表す言葉も見つからない。

「そりゃあ大変ですよ。なんていっても食うもんが足りて無いんですから」

「だよな」

「まあ、でも」

 中年男性特有の、人の良さそうな笑みをみせた店員は恥ずかしそうに前髪を撫でた。

「野菜を盗んでいた鬼人正邪が退治されたらしいですから、これからマシになるでしょう」

 妹紅が息を飲むのが分かった。私は知らず知らずのうちに、席を立っている。照れくさそうに笑っている店員に近づき、首を掴もうとして、何とか思いとどまった。この店員に悪意がないのは分かっていた。きっと、そういう出来事があったと誰かから聞いたのだろう。だから、怒りをぶつけるのはお門違いだ。

「もし、その弱小妖怪は野菜を盗んでいないといったら、信じるか?」

「え?」

「鬼人正邪の持っていた野菜は、私が持ってこさせたといったら、信じるか」

 気を抜けば、その場で声を荒らげてしまいそうだったので、必死に口に力を入れる。目の前の店員の眉が下がったのが分かった。陽気さと真面目さが同居していた店員の顔から、そういった感情がごっそりと抜け落ち、不安に満ちた表情に変わる。大の大人がおろおろとし、口をぱくぱくとさせていた。が、しばらくすると、はっと目を見開き口元を緩める。

「慧音先生」

「なんだ」

「面白くないですよ」頼みますよ、と縋るような声で店員は言った。

「そんな冗談はまったく笑えません」

 分かっていたはずなのに、心の中の何かが崩れ落ちていくのが分かった。いや、違うんだ。と小さく呟いたものの、彼に聞こえてはいない。正邪はやっていない、と大声で叫びたい衝動に駆られる。が、そうはできなかった。いま、人里の支えとなっているのは、根拠のない希望だ。正邪が退治されたから、卑劣な野菜泥棒が退治されたから、食糧問題も解決するだろうといった、虚構に満ちた希望。それを私がへし折ってしまえば、人里はそれこそ今より大変なことになる。人里の守護者として、それは避けなければならないことだった。私のとなりで悲しそうに目を伏せる妹紅の肩を撫で、射命丸に目をやる。彼女は、一切の怒りも悲しみも見せず、美味しそうなおはぎですね、と目を輝かせていた。何を考えているのか分からない。

「困窮する人間が作る贅沢品は本当に美味しいです」

「それ、嫌味か?」妹紅がつまらなそうに訊いた。

「嫌味なんかじゃないですよ。ただ、自分ですら満足に食事ができない中、他の人の食事を作るのはどんな気分なんだろうか、と想像すると面白くて」

 気まずそうに頭を掻く店員に向かい、射命丸は笑顔で言った。にこやかに、歌うように言葉を紡いでいるが、目は笑っていない。ようやく私は彼女が怒っていることに気がついた。

「まあまあ、とりあえず話したいのは、小槌のことだから」

 手で店員に退くように合図し、射命丸の目の前におはぎを引き寄せる。おっかなびっくりと去っていった店員に心の中で頭を下げた。

「食料問題が解決すれば、きっと大丈夫だ」

 食糧問題の解決は時間の問題。妖怪の山の会議ではそう結論が出た。春になれば、全てが解決する。確かにその通りだ。だが、私が求めているのはそういうことではない。冬の被害をいかに無くすかが重要だ。ただ、残念なことに私にできることは皆を励ますことぐらいしかない。

「それで? 小槌がどこにあるか見当はついているんですか?」

 運ばれてきたおはぎを手で鷲掴みにした射命丸は、大きな口を開けながら、そう訊いた。その顔は飄々としたもので、さっきのことなど忘れているかのようだ。

「見当がついていたら、射命丸には聞かないさ」頬杖をつき、手をひらひらと振りながら妹紅が答える。

「私たちが知っているのは、寺子屋にはないってことぐらいだ」

 はぁ、とわざとらしく大きなため息を吐いた射命丸は、あのですね、と面倒くさそうに口を開いた。なんで私がこんなことを教えなきゃならないんですか、と半目で睨みつけてくる。

「普通、こういうのは他の人に頼む前に、自分で出来る限り探してみるんですよ」

「とはいっても、当てが」

「あるじゃないですか」

 右手を頭の辺りに持っていき、くるくると回した彼女は、くちゃくちゃと音を立てながらおはぎを咀嚼した。その仕草は、もっと頭を回せと注意しているのか、それともお前の頭はくるくるだ、と非難しているのか分からないが、呆れていることは確かだ。

「打ち出の小槌といえば、答えは一つでしょう」

「一つ?」

「小人ですよ」

 ガンと強く頭を叩かれたかのような気分だった。そういえば、と声が零れる。私は今まで、家に忍び込んで、打ち出の小槌を盗んだ奴はどんな奴か、そればかりを考えていた。だが、逆に考えれば。犯人を特定するのではなく、犯人が行きそうなところに先回りすればいいのではないか。分かってしまえば簡単で、どうしてもっと早く思いつかなかったのかと、自分を叱責する。

「行こう。針妙丸の家に」

「針妙丸?」妹紅が誰だそいつ、と呟いた。「打ち出の小槌と関係があるのか?」

 そういえば、妹紅は針妙丸と面識がなかったか、と驚きつつ「会えば分かるよ」と彼女に微笑みかけた。打ち出の小槌を見つける算段がついたことで、私は完全に浮足立っていた。

 だが、私は経験で知っていた。暗屈とした状態で、僅かながら差し込んだ光に胸を寄せた時、大抵なにか水を差すような出来事があると。その予感に従うように、外から何かが甘味屋に飛び込んできた。

 扉を押し倒すように突っ込んできたそれは、身体を大の字に広げ、扉に張り付くようにしてこちら側に倒れ込んできた。ドスンという音と共に、壁を切り抜いたかのようにできた四角い穴から、数人の男が押し寄せてくる。いつも頼りにしている自警団の団員だ。真剣な顔の彼らは、甘味屋に倒れ込んだそれを乱暴に蹴り、外に連れ出そうとしている。

「あややや、噂をすれば何とやらと言いますが」ぼこり、と嫌な音が甘味屋に響く。倒れているそれを自警団が踏みつけていた。それとは何か。正邪だ。正邪が自警団のみんなに蹴られている。

「久しぶりですね。それにしては、無様ですが」倒れ込んだ正邪に向かい、射命丸は楽しそうに微笑んだ。

「まさに、踏まれたり蹴られたり、ですね」

 

「お前ら何やっているんだ!」

 甘味屋の薄い壁をぶち抜くような勢いで、私は叫んだ。その声をまじかに聞いた正邪が耳を両手で抑え、うずくまっているのを尻目に大声でまくしたてる。もはや自制心は何処かへ行っていた。

「私は悪い妖怪が来たら時間稼ぎをして、知らせろと言ったはずだ。抵抗しない弱小妖怪をいたぶれとは言っていない」

「ですが」

 私の言葉に被せるように自警団の内の一人、部隊長を務めている男が口を開いた。直立不動で胸に手を当てている姿は、いつも通り真面目さと力強さを醸し出している。

「ですが、こいつは鬼人正邪ですよ」

 淡々とそう言った彼は、さもそれが当然かのように「どうして排除しなくていいんですか」と続けた。身体が何かで地面に押しつぶされるような、そんな感覚に襲われ、事実私はいつの間にかその場に崩れ落ちていた。信頼を置いていた自警団のみんなが、急に私に対し心を閉ざし、遠くへ行ってしまったと錯覚する。彼らに悪意がないことはすぐに分かった。だからこそ、私は余計に動揺した。私の知っている彼らは、いつの間に悪意もなく弱者を甚振るようになってしまったのか、私がいない間に人里の何かが崩れ落ちてしまったかのように思えた。

「あー。この天邪鬼については私と慧音が何とかするから。お前らは持ち場に戻れ」

「ですが」

「いいから」

 私の前に出て、ほら行った行った、と猫を振り払うように手をぶらつかせた妹紅は、彼らが行ったのを確認すると、「大丈夫か」と私に声をかけた。情けなさと絶望でどうにかなりそうだったが、何とか立ち上がる。どうやら私なんかより、正邪の方がはやく立ち上がっていたようで、射命丸と何やら楽しそうに口喧嘩していた。自分の打たれ弱さにほとほと嫌気がさす。

「無事だったのか、正邪」

 彼女の顔を真っすぐと見つめる。罪悪感ですぐに目を離したくなるが、こらえた。自分の罪から、目の前の悲劇から目を背けてはいけない。

「無事じゃねえよ」

「え」

「ほら、ここ見てみろ」

 右腕を曲げ、ひじを指差した彼女は、「ほら、ここ擦り剥いちまった。あの人間たちのせいで」と拗ねるように言った。まるで、転んでしまった子供が怪我を自慢する様だ。

「なんだよそれー」妹紅が正邪の傷を覗き込み、薄っすらと浮かんでいる血をこすり取るように指を這わせた。

「痛い痛い! 何しやがる」

「いやぁ、あんなに心配したのにピンピンしてたから腹が立って」

「知らねぇよ」

 ぎゃあぎゃあと呑気に騒いでいる二人を見ていると、何故か心が落ち着いた。正邪を取り巻く環境は未だに厳しく、しばらくは人里で暮らすことすらできないだろう。だが、それでも。妹紅と仲良く話している姿を見ると、微笑ましく思えた。むかし、人間から疎外されていた私を慰めている妹紅の姿が頭に浮かぶ。その姿と今の彼女は、同じような表情をしていた。

「いやぁ、いいですね」

 カメラのファインダーを覗きながら、射命丸は私に近づいてきた。しかし、視線は完全に妹紅と正邪に向いている。カシャリと無機質な音が何度も響いた。

「いいって、何がだ」

「泥沼の三角関係みたいです」

「頼むから止めてくれ」

 あややや、とよく分からない声を発した彼女は、私の言葉を無視して写真を撮り続けた。烏天狗の新聞にかける熱意は知らない訳ではなかったが、限度はある。わざと、射命丸のカメラを遮るように正邪たちへと近づいていった。カシャリとカメラが音を立てたが、私の背中しか写していないはずだ。

「やっぱり、魔法ってのはすごいな。あんな怪我まで治せるのか」妹紅は少し興奮し、正邪の体をペタペタと触っていた。男たちに蹴られた部分に触れたからか、小さく身震いしている。

「知らねぇよ。気づいたら図書館で寝てたんだ」

「あの、だな。正邪」二人の会話に割り込むようにして、私は声を出した。正邪には聞きたいことが無数にあった。もう大丈夫なのか。今までずっと紅魔館にいたのか。人間を恨んでいないか。数えだしたらキリが無いほどだ。だけど、その前に私はやらなければならないことがあった。まずは、謝らなければ。

「私がお前を紅魔館に行かせたばかりに、取り返しがつかないことになってしまった。その、本当にすまなかった」

 頭を目一杯下げる。地面にぽたりぽたりと滴が垂れている。私の涙だ。いつの間にか泣いていた。

 甘味屋からは音が消えていた。風がそよぐ音と、私の鼓動だけが頭に響く。

「とりあえず、だな」やけに溌剌とした声で正邪は呟き、店の奥の壁を指差す。

「場所、変えようぜ」

 そこには店員によって逆さまに立てられた箒が置かれていた。

 

「それで? もう一度言ってくれよ先生」

 顎で私を指しながら、正邪はカラカラと笑った。

 場所を変えると言っても、今の状況で正邪を連れて店に行くことは難しいと思った私は、結局いつも通り寺子屋へと向かった。大通りを歩く際に、私と射命丸、そして妹紅が正邪を取り囲むように進み、人目につかないようにと注意しながら進んだが、そんな奇妙なことをしてしまったからか、逆に目立っているようにも思える。まあ、何はともあれ無事に寺子屋まで戻って来れたので良しとしよう。問題は、目の前で生意気な態度を取っている天邪鬼の方だ。

「さっき、甘味屋で私に何を言ったんだ? よく聞こえなかったなぁ。もう一遍言ってみろ」

 右耳に手を被せるようにし、ぬめりとこちらに近づいてくる。思わず後ずさってしまい、隣にいた射命丸の足を蹴っ飛ばしてしまった。謝ろうと思ったが、彼女がニヤニヤと笑いながら私にカメラを向けていたので、止める。きっと、私が謝る姿を写真に収めたいのだろう。そんなことは、もちろん嫌だ。屈辱だ。だが、正邪の受けた痛みに比べれば、屁でもない。そう思い、もう一度頭を下げようとしたが、直前に妹紅が、おい正邪と険しい声を出した。

「おまえ、無理してるだろ」

「は?」

「虚勢を張っているだろ。私には分かる。おまえ、精神的にも身体的にも限界なんじゃないか?」

「何を言って」

「ほら見ろ。いつものお前なら“そうなんだ。だから美味い飯でも持ってこい”とでも言うだろう。何を無理しているか知らないけど、弱小妖怪が無理をして生き長らえた例はないよ」

 正邪は黙り込んだ。口元は緩んでいるものの、へへっと力なく笑う様子は弱弱しい。よく見ると、顔からは脂汗が出ていた。もしかすると、まだ体調も万全ではないのかもしれない。

「いいから、寝とけよ。別に急ぐ用も無いんだろ。というか、どうして人里に来たんだ。紅魔館を追い出されたのか?」

「いや」勘弁したのか、それとも遠慮が無くなったのか、床にゆっくりと倒れ込んだ正邪は小さく首を振った。

「草履を取りに来たんだよ。裸足じゃ足が冷える」

 そういえば、と私は思い出した。どういう訳か正邪の草履が寺子屋に転がっていたはずだ。そこら辺にあったような気がし、汚い部屋をがさごそと漁っていると、簡単に見つかった。

「草履って、これだろ?」

「ああ、それだそれ。壊してねえよな」

「ない。元々壊れそうだったけど」

 うるせえ、と小さく言った彼女をまじまじと見る。彼女の草履がここにあるということは、私が留守の間に寺子屋に来たということで間違いないだろう。だとすれば、打ち出の小槌について何か知っているかもしれない。

「なあ、正邪」おまえ、打ち出の小槌って知っているか? そう口にしようと思ったが、直前で言い淀んだ。本当にいいのか? 正邪が打ち出の小槌を盗んだ可能性は無いのか? 分からない。私は彼女のことなど何も知らない。

「なんだよ」 

 いつものように鋭くも、いつもと違い酷く澱んだ目を私に向けた正邪は、額の汗をぬぐった、ように見えた。が、私は彼女がさり気なく目元を拭う瞬間を見てしまった。見えてしまった。彼女がなぜ泣いているかは分からない。だが、それが私のせいであることは明らかだった。床を滑るようにして正邪の元へと近づく。

「本当になんだよ。その変な目はどういう意味だよ」

 よく見ると、彼女の服はボロボロだった。身体こそ魔法で治ったものの、服までは元には戻っていないようだ。その傷の多さと荒み具合から、いかに酷い暴行を受けたかが分かる。正邪を訝しむ気持ちは最早何処かへいっていた。

「ごめんな。私のせいで酷い目に遭わせてしまって」

「止めろ、憐れむな。本当に憐れなのは私じゃない。私なんてまだマシだ。私が巻き込んでしまったんだ」

 地面に寝そべったままだったが、彼女はしっかりとそう言った。顔を赤くして、怒りのせいか奥歯を強く噛みしめている。おそらく、その怒りは自分自身に対してだろう。

「本当にすまなかった」

 仰向けに寝ている正邪の腹部を優しく撫でる。初めこそは逃げようと体をくねらせていたが、観念したのか動きを止めた。彼女を安心させようと、ゆっくりとさするように体重をかけてく。すると、奇妙な感覚が手のひらを襲った。何かを押しつぶしてしまい、具体的には芋虫を押しつぶしてしまい、体液で手を汚してしまったかのような、そんな感触がした。慌てて手を引っ込め、掌をまじまじと見つめる。ごくわずかにだが、赤い色が手に移っていた。

「慧音、それ」恐る恐るといった様子で妹紅が私の手を覗き込む。カシャリと射命丸がカメラを切る音が聞こえたが、それもどうでもよくなっていた。

「正邪、もしかしてお前」

「もしかして血だと思ったか?」

「え」

「馬鹿だな。半獣のくせに嗅覚までだめとは」

 空元気か、それとも自然に浮かんだものなのか、ふぅと頬を緩めた彼女は服の中に手を突っ込んだ。うわ、漏れてやがると嫌そうに顔をしかめたものの、私の呆然とした顔を見たからか、すぐににやりとした。

 彼女が腹から取り出したものを見た私は、いつの間にか、なんで、と呟いていた。なんでそんなものを腹に入れているんだ。なんでケチャップなんかを腹の中に隠しているんだ。

「なんでって、そりゃあ人は腹の中に一つや二つ隠している物がある」

「お前は人ではないし、その言葉の意味も違う。それに、どっちにしろ普通ケチャップは入れないだろ」

「分からねえじゃねえか。ケチャップは役に立つんだよ」

「例えば?」

「料理にアクセントを加えたり、非常食になったり、もしかすると盾代わりになったりするかもな」

「最後のは無理だろ」

 呆れて肩をすくめた私と違い、妹紅は笑いで肩を震わせていた。

「驚いたか?」

「ああ、驚いたよ」

「驚いたなら、驚天動地! って叫べよ」

「なんなんだ、それは」

 腹を抱えて笑った正邪は、若干引くくらいに、足をバタバタと振って身をよじらせている。また、カシャリと射命丸が写真を撮った音が聞こえた。咎めようと、彼女の方へ目を向けたが、すぐにその目は丸くなった。あの、いつも仮面のような笑みを浮かべていた射命丸が、笑いを堪え切れずに身震いしていたのだ。手に持ったカメラも震え、ピントを合わせるどころではなさそうだった。

「いやぁ、いいですね」

 射命丸は、こらえきれないといった様子で息を吐いた。

「泥沼の三角関係ってかんじで」

 どちらかといえば、血みどろの三角関係じゃないか、そう抗議する私の声は、笑い声にかき消されていった。

 

「小人の家に行く前に、寄り道をしたいのですが、いいでしょうか?」

 後ろを振り返り、こてんと首を傾けた射命丸は、私の返事を聞く前に細い路地へと入っていった。説教をしようと思ったが、考えている内にもずんずんと進んでいく彼女は、明らかに訊く耳を持っていないので、諦めてしぶしぶ着いて行く。

 結局、正邪に小槌の件を言い出せないまま、私は射命丸と一緒に針妙丸の家へと向かうことにした。精神面が酷く傷ついたせいかか、体調面が優れない正邪が心配だったので、妹紅は寺子屋で彼女の看病をすることになった。「命に代えても守るよ」と胸を張った彼女は、まあ、私にできることは紅魔館に連れていくことぐらいだけど、と眉を下げていが、それで十分だ。

「寄り道って、どこに行くつもりだ」

「行方不明になった女性の家ですよ。子供が帰ってきてないかと思いまして」

 くだらない用事であれば文句を言うところだったが、そう言われてしまえば強く言い出せない。実際は、単純に次の記事の下調べをしたいのだろうということは分かっていた。が、もし私が急かそうとすると、「あやや、寺子屋の先生のくせに、子供のことなんてどうでもいいんですか?」と言ってくるに違いない。そう考えていると、「そんな不満そうな顔をして。寺子屋の先生のくせに、子供のことなんてどうでもいいんですか?」と訊いてきた。ニヤニヤと馬鹿にするように笑う射命丸に、私は何も言い返すことが出来ない。

「ここですね」

「ここ、か」くねくねと入り組んだ路地を曲がり、苦労してたどり着いた先にあったのは、まごうこと無きボロ屋であった。辺りにある民家は全て小さく、みすぼらしいが、その中でも群を抜いて酷い。そんな醜い家の扉を、躊躇もなく射命丸は開いた。慌てて咎めようとするも、中には誰もいないのは分かっていたので、慎重にな、とだけ口にする。

 射命丸に続いて家へと入っていく。ただ、真ん中付近に布団が敷いてあるだけで、目ぼしいものは何もないように思えた。少しの腐敗臭が鼻を突くが、気のせいだと思い込む。

「やっぱり、面白いものは何もないですね」

「面白い物なんて、病死された人の家にあるわけないだろ」

「そうですか? 遺産があるかもしれないじゃないですか」

「不謹慎だ」

 そうですか、と抑揚なく言った彼女は、部屋の奥に向かっていった。流石に土足では上がっていないようで、靴は脱いでいる。私もとりあえず脱ごうか、と足元に目を落とした時、妙なものが目に付いた。茶色の、円錐状のそれは、どこかで見覚えがあるような気がした。

「これは」

「あややや、ありました? 遺産」

「遺産はない。その代わりに何故か笠があった」

 掴み上げるようにして、目の前へもっていく。ところどころに菅が飛び出しているが、まだ使えそうだ。私だったら、新しいのを買いなおすが。

「ちょっと失礼しますよ」

 そう言った彼女は、私の返事を聞く前に笠を奪い取った。左手を伸ばし、片手で器用に写真を撮った彼女は、まじまじとそれを見つめている。

「なんでこの笠がこんなところにあるんですかね」

「さあ。どこかで見覚えがあるような気がするんだが」

「分からないんですか?」

 馬鹿にするというよりは、心底驚いたといった様子で声をあげた射命丸は、その口を大きく歪ませた。短く切られた真っ黒な髪が私を取り込むかのように、ゆらりと蠢く。

「さすが半獣です」

「教えてくれ射命丸。その笠は一体何なんだ」

「用事も済んだし、行きましょうか」

「おい」

 私の言葉を無視した射命丸は、さっさと外に出て、扉の前でニヤニヤと笑っていた。強引にここに来た割には、随分とあっさり帰ろうとしていることに、驚く。

「どうしたんです? 早くしましょうよ」

 私の脇をすり抜けるようにし、扉から出ていった彼女は、次は小人の家ですね、と満面の笑みで振り返った。なぜだか分からないが、寒気がする。

「何なんだ、いったい」

 不思議と、正邪の卑屈な笑みが頭を掠めた。

 

 外に出ると、いつの間にか分厚い雲は遠ざかり、爛々と輝く太陽が顔を出していた。寒空の澄んだ空気に見合うような、気持ちのいい陽射しが体を包み込む。私の抱え込んだ不安を全てきれいに拭い去ってくれるような、そんな気がした。きっと、打ち出の小槌は八雲紫が勝手に回収したに違いない。正邪も時間をかけていけば、いつか人里に受け入れられるはずだ。そう何度も自分に言い聞かせ、その言い聞かせている時点で自分がそう信じていないことに気がついた。

「おや、こんなところで珍しいですね。どうしたんですか?」

 針妙丸の家へと続く、人通りの少ない荒れた道を進んでいると、突然後ろから声をかけられた。聞き覚えのある、男の声だ。慌てる心を隠すようにゆっくりと振り返る。

「あやや、まさかここで出会うとは」

 射命丸のうすら寒い笑みがより深みを増した。まさかここで出会うとは。射命丸のこの言葉が私の気持ちを代弁していた。正邪を連れてきていなくて、本当に良かった。

「そっちこそどうしたんだ?」

「野暮用ですよ」

 にこり、と人懐っこい笑みを浮かべながら、彼はその丸々と大きくなった腹を撫でた。白い髪が太陽に照らされて、キラキラと光っている。

「お陰様で、私は忙しいんですよ。慧音先生」

 朗らかな声で、喜知田は子供の様に、自慢げに言った。一切の悪意もなく、優等生然としたその態度は昔から変わらない。まさかこいつがあんな事をするなんて夢にも思わなかった。三十年前、恐怖で顔を青くして、泣きながら寺子屋に駆け込んできた青年の姿を思い浮かべる。歯をカチカチと震わせ、人を殺してしまいました、と独白する彼の姿は、大事な何かが無くなってしまったように映った。そんな彼を庇った事を後悔はしていない。ただ、正しい行為ではないことも同時に分かっていた。私は人里の守護者だ。もし一を犠牲に十を救えるのであれば、まして亡くなってしまった御方の死因を隠蔽することで人里が繁栄の方向へと向かっていくのであれば、そちらを優先しなければならない。それほどまでに、喜知田は人里に影響力を持っていたし、頼りにされていた。そして何より、幾度となく人里の危機を救ってきていたのだ。

「それは食糧不足が関係するのか?」

 だからだろうか、今回も彼が人里のために奮闘しているのではないか、と勝手に期待してしまう。

「え。いや違います」一瞬ぽかんとした喜知田だったが、すぐにまた照れ笑いのような顔になった。

「食料不足は私たちに何とかなる範疇を超えてしまいましたから。為すすべ無しってやつですね」

「そうだよな」

 なぜか、不敵に鼻を鳴らした射命丸に目をやるが、彼女は何も言わず首を振るだけだった。

「そういえば、面白い話が二つあるんですが、聞きますか?」

 突然、私の口癖を真似するように唇を突き出した喜知田は、指を二本たて、私と射命丸を見比べるように首を振った。あまりに唐突で驚いたが、それよりも、話をはぐらかされたことにむっとしてしまう。

「私より面白い話が出来たら、おはぎでも奢るよ」

「あややや、逆に半獣よりつまらない話ができる人妖を私は知らないんですが」

「どういう意味だ」

 くすくすと私たちを興味深そうに見ていた喜知田は、目元の皺をより深くし、顔をくしゃりとさせた。そのまま「実はですね」と快活な声で続ける。

「実は、霧の湖に妖精以外の妖怪が住んでいるんです。知ってました?」

 いきなり何を言い出すのか、と首を捻っていると、隣にいた射命丸が私の肩をつかみ、身を乗り出した。

「それは本当ですか!?」

 正直、私はそこまで興味を惹かれなかったが、射命丸は違った。異常ともいえる程に関心を持ち、喜知田に詰め寄っている。さっきまでの澄ました顔を興奮で歪ませ、鼻息を荒くしていた。

「いったい、どんな妖怪ですか? いえ、まだその妖怪は生きていますか?」

「え、ええ。生きていますよ」

 まさかそんなに食いつかれると思っていなかったからか、喜知田は両手で射命丸を制しながら、後ろへと下がった。彼にしては珍しく露骨に恐怖している。いったい、射命丸は喜知田にどれほどの事をしたのだろうか。彼女のカチコミという言葉は、比喩ではないということを改めて見せつけられた。

「まあ、落ち着け。射命丸は霧の湖に興味があるのか?」

「そんな訳ないじゃないですか」

 がばりと勢いよくこちらを向いた彼女は「賭けをしてたんです」と目を輝かせた。

「賭け?」

「妖怪の山には賭博場があるんですよ。そこで、霧の湖には妖怪が住んでいるかどうか、っていうのが賭けの対象になってまして。私は住んでいるに賭けたんです」

 なるほど、と納得しかけたが、一つ疑問点が浮かんだ。あの射命丸文が、嬉々として賭け事をしている姿が想像できなかったのだ。

「ちなみに、賭けているのは金か?」

「違いますよ。この賭けで勝てば、今よりいい現像機を使わせてもらえるんです!」

 こうしてはいられません! と射命丸は目にもとまらぬ速さで飛び立っていった。頭にはボロ屋で見つけた笠を被ったままだ。どれだけ新聞に命を削っているのかと、逆に心配になる。

「人里では飛行禁止といったろうに」

「結構平気で飛んでますよ、彼女」

 面白そうに射命丸を見上げていた喜知田は、どこか安堵したように見えた。そんなに射命丸が怖かったのだろうか。

「それで、二つ目は何だ」

 どっと疲れた私は少し投げやりに訊いた。嵐のように去っていった射命丸のことを考えるだけで、頭が痛くなる。

「二つ目はですね。まあ、大した話では無いんですけど」

「けど?」

「最近思ったんですよ。物は使いようなんだなって」

「どういう意味だ」

 げんなりとしている私を諭すように、彼はゆっくりと言った。その顔は喜びに満ちているが、どこかいびつだ。背中に嫌な汗が流れる。

「例えばですよ。多くの馬を動かすのには人参一本でいい、っていうじゃないですか。仕事をこなせば、これを食わせてやる、とお願いする。それをたくさんの馬に行うんですよ」

「でも、結局は全ての馬に渡さなければならないじゃないか」

「まあ、その例え話だとそうですけど、現実ではそうとも限らないじゃないですか。だから、物は使いようなんです」

 よっぽどその話が気に入っているのか、うっとりとした表情を浮かべていた。物は使いよう。確かにその通りだ。

 喜知田としばらく雑談するのも悪くなかったが、早いところ針妙丸の家に行きたかった私は、彼に別れを告げようと右手を伸ばした。別れの握手をするつもりだったのだ。だが、その手に一匹の蝶が止まった。真っ赤な翅を羽ばたかせているそれは、チリチリと音を立て、私の手のひらに無視できない熱さを伝えてくる。それは、妹紅の幻術だった。

「珍しい蝶ですね」呑気な声で、喜知田は笑った。

 ふと上を見上げる。一度退いたはずの雲がまた空を覆い、いつの間にか人里に影を落としていた。その、薄黒い空のキャンバスに点々と赤い点が浮かんでいる。まるで空に浮かんだ道のように一直線に私の元へと続いていた。それが指し示しているのは確かに寺子屋だった。

「悪い喜知田、急用が入った」

 返事を聞くより早く、私は地面を蹴った。空に浮いている蝶に沿うように全力で宙を蹴る。一瞬、寺子屋が視界に映ったかと思えば、みるみるその影が大きくなっていった。手前の大通りに人がいないことを確認すると、砂ぼこりがあがることも気にせず、乱暴に着地する。その勢いのまま地面を駆け、扉を勢いよく開いた。鍵はかかっていない。

「妹紅! 何があった!」

「け、慧音か」

 緊迫した声が奥の部屋から聞こえた。散乱した休憩室だ。大声で叫んでしまった事を後悔する。叫んだところで、悪いことしかない。

 靴を脱ぎ、足音を立てないように廊下を進んだ。大丈夫だ、と自分に声をかける。だから、そんなに絶望的な気分になるな。

 閉じている襖を、ゆっくりと開く。強張った顔で、呆然と立っている妹紅の顔が見えた。身体を滑り込ませるように部屋の中へと入っていく。次に目に入ったのは立ち上がった正邪の姿だった。緊張感に満ちた妹紅の顔とは裏腹に、どこか余裕のある飄々とした表情で笑っている。私を見つけ「先生は遅刻してもいいんだな」と口笛を吹いてさえいた。

 そして、その正邪に相対するように、一人の少年が立っていた。まるで土俵で睨みあっている力士のように、距離を開けて立ち尽くしている。知らない少年だった。が、目に涙をためて、ごめんなさい、ごめんなさいと連呼する姿は、それだけで胸を打った。だが、それよりも衝撃的だったのは、その少年が手に持っている物だ。

「相変わらず、お前は謝るのが好きだな」

 普段の彼女からしたら考えられないくらい優しい声で、正邪は微笑んだ。

「なあ、三郎」

 首に掛けた一文の首飾りをチャリンと鳴らした少年は返事をせず、俯いている。ただ、手に持った包丁を両手で構え、ごめんなさい、と呟くだけだった。

 

「いったい何が起こっているんだ」

 誰に聞くでもなく、自然と私の口からはそんな言葉が零れ出た。だが、それも仕方がないだろう。どうして寺子屋に帰ったら、射命丸の探していた少年が正邪に包丁を向けているのか、そもそも彼女たちは知り合いなのか、何一つ分からなかった。ただ、一つ言えることとすれば、かなりまずい状況ということだ。

 焦る頭をなんとか落ち着かせようとするも、考えれば考えるほど混乱していく。ただ、そんな混乱した状態でも、一つの解決法が思い浮かんだ。それは、驚くほど単純で、だからこそ混沌としたこの状況では有効に思えた。

 その解決法とは何か。目の前の小さな少年を、力づくで取り押さえる。ただ、それだけだ。いくら包丁を持っていようが、流石に半獣の私であれば、労せず取り押さえることができるはずだ。その後で、何があったかを問いただし、反省させよう。そう思い付いた。

 姿勢を低くし、タイミングを見計らう。正邪と少年の間に向かって飛び出し、後は包丁を叩き落すだけ。そこまで難しくはない。少年が、大きく息を吐いた瞬間、私は地面を蹴ろうと、足に力を入れた。が、そこで思わぬ邪魔が入った。

「止めてくれ、慧音」

 その少年の向かい側にたっている正邪が、軽口をたたくように私を止めたのだ。

「お前の出る幕はねぇよ。こんなガキ相手に本気になるなっての」

「だが!」

「うるせぇな。私がこんな子供相手に後れを取る訳ないだろ?」

 耳を小指でほじりながら、正邪は私に向けて舌を出した。一切の怯えも見せず、生意気にふふんと鼻を鳴らしてさえいる。どうしてそんなに余裕なのか分からない。

 歯ぎしりをし、正邪の言葉を無視して飛びこもうとしていると、隣にいた妹紅が肩にそっと手を置いてきた。振り返ると、目を閉じたまま、首を横に振っている。

「たぶん、私たちは介入しちゃいけない。正邪の問題だ」

「でも」

「大丈夫だ。さすがの正邪も子供一人に負けたりしない」

 力強く頷き、大丈夫だ、と再び口にした妹紅は、自分に納得させるように「そうだろ?」と私に訊いてきた。

「そうだな」

 私も大きく首を縦に振る。正直に言えば、あの妖精にすら負ける正邪が、いくら子供とはいえ刃物を持った相手に無事で済むとは思い辛かった。だけど、大丈夫だと、そう信じるしかない。

「それで? もう怪我は平気なのか、三郎」

「ごめんなさい」

「謝ってちゃ分かんねぇっての」

 正邪に声をかけられた少年は、分かりやすく動揺していた。顔は真っ白で、涙でぐちゃぐちゃになっている。来ている服も、正邪と同様酷い有様だった。その、破けた服の隙間から、青い痣が見え隠れしている。そんな痣を隠そうともせず、少年は正邪と対峙し、身体を震わせていた。

「それで? なんだその包丁は。もしかしてあれか? 私に対する謝罪の粗品か? 残念だが私の怪我はもう完治したんだ。そんなもんいらねぇよ」

「ほんとうに、ごめんなさい」

 はぁ、とため息を吐き、肩をすくめた正邪はじれったそうに頭をかいた。寺子屋で子供の面倒を見ている私を見直したのか「慧音も大変だったんだな」と感慨深そうに眉を下げている。が、私からすれば、今の正邪の方がよっぽど大変だ。

「お前の口は謝るためにあるのか? 違うだろ? いいから、なぜそんなプレゼントを持って私に会いに来たか教えろよ。トマト食わせるぞ」

 正邪の言葉にびくり、と体を振るわせた少年は、唇を震わせて、所々言葉を詰まらせながらも、なんとか口を開いた。

「あのね、あの。お母さんがね」

「ああ」

「おかあさんが、死んじゃったんだ」

 頬から流れ落ちる涙の粒が大きくなった。鼻をすすり、歯をカタカタと震わせながらも、手に持った包丁の切っ先は真っすぐに正邪に向けられている。

「正邪お姉ちゃんが出ていったあともね、おかあさん目を覚まさなかったんだ」

 それでね、と続ける少年は口調こそ幼く、可愛らしいものだが、涙で枯れた声と、薄暗い雰囲気は背筋をぞっとさせるものだった。

「それでね、きっと僕が頑張れば、起きてくれると思ったんだ。だから、部屋を掃除したり、おかゆを作ってみたり、落ちているたべものを探しに行ったりしたんだけど」

「その話はもういい」

「だけどね、全然おかあさん起きなくて」

 私と妹紅は、少年の話に聞き入っていた。あまりにひどい現実に、目を覆いたくなる悲劇に、吸い込まれるようにただ立って聞いていた。何かがあればいつでも動けるようにと、そう準備していたはずなのに、いつの間にか体重をどっしりと後ろに置いていた。ただ、正邪だけが違った。正邪は、少年が一言一言発するたびに、頭を抱え、目を見開き、唇をかみしめている。よくは聞こえなかったが、水の泡だと小さく呟いていた。

「おかあさん、てっきり怒ってるかと思って、謝ったけど起きなくて。だから、起きてって体を揺すったの、そしたら!」

 感極まった少年は大声を出して、言葉を詰まらせた。少し腰をかがめ、包丁を持った手を腰にまで引いている。

「そしたらね、首がガクガクして、変な風になっちゃったの。口から芋虫が出てきてね。びっくりして手を離したら、バタンって布団に倒れてね」

 そこで少年は、その当時の状況を思い出したのか、口元を左手で抑えた。嗚咽に混じって、込み上げてくる吐き気を必死に我慢しているようだ。心配だったのか、正邪が少年に駆け寄っていく。彼が包丁を持っているにも関わらず、気にした様子もなく背中をさすっていた。

 しばらく口元を抑え、うずくまっていた少年だったが、収まったのか、また顔を上げた。正邪とは目を合わせず、ただ包丁を見て、呪いのようにぽつぽつと言葉を零し始める。

「倒れた拍子に、お母さんの首が取れちゃって、そこから芋虫がもっと出てきて、慌てて部屋から飛び出したの。そうしたら、外には人が集まってきてて、臭い臭いって文句を言って部屋に入っていったの。そしたら、死んでるってみんなが騒ぎ初めて、こわくて。逃げちゃって。そのとき初めておかあさんが死んだって分かって。どうしたらいいか分からなくて」

「もういいんだ。言わなくていい」

「おかあさんもおとうさんも死んじゃった」

「大丈夫だ、私は死なない」

 眉間を、これでもかと顰めた正邪は、三郎少年をきつく抱きしめ、背中をさすっていた。その目には光が灯っていない。少年よりも深い絶望に囚われていると言われても、納得してしまうほどだ。

「なあ慧音」

 そんな中、突然妹紅が声をかけてきたので、私はかなり驚いた。

「これ、どっかで射命丸が隠れていたりしないか」

 だとすれば面倒だ、と辺りを見渡している妹紅は、私とは違いまだ冷静だった。未だ包丁を離していない少年に注意しつつ、神経をとがらせている。

「あいつは霧の湖に向かったから、その心配はないよ」

「そうか」

 安心したわけではないだろうが、ふぅと息を漏らした妹紅は、それにしても、と私の耳に顔を近寄せた。

「正邪とあの少年はどういう関係なんだ」

「さあな。ただ、正邪とあそこまで踏み込んだ関係を持っているのは、あと針妙丸ぐらいだ」

 だから、それって誰だよ、と恨めしげに見てくる妹紅だったが、少年が口を開いた途端、反射的に意識をそちらへ戻した。慌てて私も正邪と少年を見やる。少年はまだ泣いていた。正邪はもう笑っていた。だが、はたから見て、正邪の方が悲しい顔に見えるのは何故だろうか。

「でも、やっぱりおかあさんにもう一回会いたいの。あって、謝りたい」

「これ以上謝るのかよ」少年の言葉に苦々しく口を歪めた正邪は、心底辛そうに首を振った。

「でも、それは無理だ」

「どうして」

「死んだ人間は生き返らない。絶対にだ」

「ごめんなさい」

 その時、少年の目の色が変わった。悲しみと絶望に濡れた黒色の瞳は、使命感と自己暗示に満ちた漆黒へと落ちていく。鳥肌が立ち、頭の中の信号が自動的に全て赤色になった。発作的に正邪の元へと駆けだす。

「正邪お姉ちゃんごめんなさい」

 最初は、それが何の音かは分からなかった。ザンと鈍い音が、決して大きな音で無かったにも関わらず、嫌に耳にこびり付いた。背中に冷たい汗が流れる。

 少年を抱きしめていた正邪の腕が緩んだ。そのまま、ゆっくりと後ろへ下がっていく。最初は、彼女も何が起きたか理解していないようだった。だが、自分の腹を見た途端、彼女は目を丸くした。糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ち、白い顔を粘り気のある液体で赤くなった手で覆っている。

 少年が正邪の腹に包丁を刺した。頭ではそう理解したものの、どうしてこんなことになったのか、何一つ理解できていない。頭をぐるぐると回転させている内に、いつの間にか少年の前に立っていた。当の少年は、私が目の前に立っているにも関わらず、倒れ込んだ正邪の方を呆然と見つめている。そして、自分の手についた赤い液体を見て、大声で叫んだ。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。なんでこんなことを。一体どこでまちがえちゃったんだろう」

 正気に戻ったのか、それとも発狂したのか、手にこびり付いたものをこすり、とれないとれないよ、と虚ろな目で呟いている。

 どうしてこんなことをしたんだ、そう少年に怒鳴りつけたいのは山々だったが、今はそれどころじゃない。正邪は無事か。それだけが気がかりだった。

「謝んじゃねぇよ。馬鹿野郎」

 後ろから、絞り出すような正邪の声が聞こえた。心配そうに手を差し伸べている妹紅を退け、自分の足で立ち上がっていた。腹に刺さった包丁を右手で掴み、大きく息を吐く。そして、目を瞑ったかと思うと、一息に引き抜いた。ぽたぽたと音がし、彼女の足元に赤色の水たまりができる。

「正邪!」

「大丈夫だってのに。焦んなよ慧音」

 顔を真っ青にしながら、気丈に笑った彼女は、自分の服の中に手を突っ込んだ。唖然とする私たちを前に、ごそごそと何かを手探りで探し、取り出した。ぶらぶらとそれを得意げに揺すり、人を食ったかのような不敵な笑みを浮かべている。

「言ったろ? ケチャップは盾代わりになるんだよ」

 

「正邪おねえちゃん!」

 私の脇を通り過ぎ、少年が勢いよく正邪へと飛び込んでいった。よろけながらも、何とか少年を受け止めた正邪は、だから言ったじゃねえか、と少年の頭を撫でた。

「私は死なねぇよ」

「ごめんなさい」

「だから謝んなって」

 二人とも、体中を赤く濡らしていながらも、絵の具を使って遊んだ子供の様に無邪気に戯れていた。私は心底安堵し、気が抜けたせいか、柄にもなく妹紅へ走り寄って行き、肩を組んだ。一瞬ぎょっとした妹紅だったが、すぐに表情を緩め、同じように肩に手を回してくる。

「何だかよく分からんが、無事に解決したみたいだな」

「本当に何だかよく分からなかったけどな」

 おいおいと泣き続ける少年を宥めている正邪は、温かい目で見ている私たちに気づいたのか、ぴくりと眉を動かした。何か込み上げてくるものを飲み込むように口を固く結び、すぐに解く。そして、ゆっくりと語りだした。

「私とこいつは単なる知り合いだよ」

「にしては仲が良すぎないか?」妹紅がケラケラと笑いながら言った。彼女も緊張の糸が切れたからか、どこかだらりとしている。

「知らねぇよ。勝手に懐かれたんだ」

「でも、なら」

 私は少年の絶望的な顔を思い出した。正邪に包丁を刺した後の、あの真っ白な顔だ。

「ならなんで包丁で刺したんだよ」

「さあな」

「さあなって」

「不倫でもしたからかしら?」つまらなそうに真顔でそう言った正邪は抱きついてくる少年を引き剥がし、よっこらしょと床に座り込んだ。

「だがな、今日、こいつは偽物の包丁で私を脅かしに来た。ただそれだけなんだよ」

「何を言って」

「そういうことにしてくれ」

 そういうことにできるだろ、と呟く正邪の言葉には、これ以上ない説得力があった。彼女は既に二度“そういうこと”の影響を強く受けている。一度目は、夫婦殺害の罪を被り、二度目は、野菜泥棒の罪を被った。ただ、今回の件に限って言えば、目撃しているのは私と妹紅だけだ。だったら、何の問題もない。そもそも何も無かったことにするからだ。

「なあ、少年」少し泣き止み始めた少年に、妹紅は声をかけた。正邪の後ろに隠れながらも、しっかりと妹紅の方を向いた少年は「なに?」と可愛らしい声を出した。返事ができてえらいぞ、と笑ってみせる。

「なんで正邪を包丁で刺そうとしたんだ?」

 正邪の袖をぎゅっと掴み、顔を強張らせた少年は、おさまり始めていた涙をまた目にためだした。だが、心を決めたのか、強く頷きゆっくりと口を開いた。私はまた、えらいぞ、と相打ちを入れる。

「おかあさんを生き返らせたくて」

「はい?」素っ頓狂な声を出した妹紅は、聞き間違いだと思ったのか、私に向かって首を傾げた。「いま、なんていった?」

「死んだおかあさんを生き返らせたくてって言った」

 おっかなびっくりといった調子で話す少年は、自分の行いを反省しているのか、ごめんね正邪おねえちゃんと声を震わせていた。

 残念なことに、私も妹紅も少年の言葉の意味が理解できなかった。目をぱちくりとさせ、どうして正邪を刺せば彼の母親が生き返るのか、と真面目に考えていたが、分からないものは分からない。

「どうして正邪を刺せば、おかあさんが生き返ると思ったのかな?」

 極力おびえさせないように、目線を下げてゆっくりと言った。それでも少年はびくりと体を震わせ、その場にうずくまる。だが、ぽつりぽつりとひねり出すように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「約束したの」

「約束?」

「正邪お姉ちゃんを刺せば、おかあさんを生き返らせてくれるって」

 馬鹿げている。傷心した子供の隙につき込み、そんな物騒なことを頼むような奴が、人里にいるという事実自体が信じられなかった。怒りのあまり、唇が震えたが、それでも私は笑顔を崩さず、少年に声をかけた。

「誰に言われたの?」

「男の人」

 男の人。あまりにも範囲が広すぎて特定できない。正邪に恨みをもつ男の人。このように考えても結果は同じだ。逆に、村人の中で正邪に好印象を抱いているような人はいない。

「どうして、それを信じようと思ったんだ?」いつになく不躾に、妹紅が訊いた。「ふつう、そんな嘘信じないだろ」

「持ってたの」

「持ってたって、何を」

「何でも願いが叶う魔法の道具」

 少年の言葉を訊いた正邪は、愉快そうに歯を見せた。フフと肺から直接息を吐き出すようにし、馬鹿だな、と少年の頭を撫でている。

「何でも願いが叶う魔法の道具なんて、都合のいいものある訳ないだろ」

 眉を下げながら、変な笑い方をする正邪を尻目に、私と妹紅は戦慄していた。何でも願いが叶う魔法の道具に、一つだけ心当たりがあるからだ。

「なあ、それって打ち出の小槌のことか」恐る恐る妹紅が訊ねる。

「そうだよ、知ってるの?」

「打ち出の小槌なんて、実在するわけないだろ」

 正邪が、馬鹿にするように鼻を鳴らした。身をよじらせ、笑っている。

「実はあるんだ」切ない笑みを浮かべる正邪を窘めようと、真剣な顔をしている妹紅を手で制し、正邪に向かい合う。正邪に白を切った様子はなかったし、彼女の嘘を見抜けないほど私は節穴ではない。が、一応確認しておきたかった。

「正邪、お前妹紅に紅魔館に連れてかれたんだったよな」

「ああ、鶏ガラに怪我を治しにもらいにな。つっても、意識がなくてほとんど覚えてないが。ああ、ケチャップはそこで貰った」

「その後は」

 はぁ? と不服そうな顔をした彼女だったが、真面目な私たちの雰囲気に気圧されたのか、ぶつぶつと呟くように答えた。

「知ってるだろ。人里に草履を取りに来たんだよ。そしたら、阿保みたいに殴られて、お前らがいる甘味屋に突っ込んだんだ」

「針妙丸には会ってないのか」

「なんであいつに会わなきゃならねぇんだよ」

 つまらなそうにそう吐き捨てた彼女は、もう人里には戻らねえから、針妙丸とも会う事ねえよ、と自嘲気味に笑った。

 正邪は、小槌のことを本当に知らない。だとすれば、少年の言った事は事実だろう。そうなると、少年にそんなことを唆したのは誰なんだ。そいつのことを思うと頭が沸騰する。ふつふつと怒りが湧き、居ても立っても居られなくなった。

「誰が持っていた!」

 私は考えるよりも早く少年に詰め寄っていた。肩を掴み、強引に揺する。「なあ、男の人ってどんな人だったか覚えているか。髪型は? 年齢は? どんな背格好だ。教えてくれ!」

「慧音、落ち着け」

 ガツンと首に衝撃が走り、目の前に妹紅の顔が現れる。少年から引き剥がすように私を引っ張り、もう一度落ち着け、と強い口調で言った。

「そんなんじゃ、答えられないだろう」

「あ、ああ。すまない」

 頭に昇っていた血が少しずつ冷えていく。これでは駄目だ、と額に手を置いた。常に冷静でいなければ、人里の守護者は務まらない。そんなことすら忘れていた。

「あ、あの」私の言葉に面食らったのか、おろおろとしていた少年だったが、はっきりとした口調で「白髪の太った人でした」と私たちに向かい言った。

「あと、高そうな着物を着て、周りに怖い人を引き連れていました」

 胸が押し潰されるような感覚に襲われた。目の前が真っ暗になり、世界中から自分が責められているように後悔が押し寄せてくる。白髪で、太っていて、護衛を連れている人間。そんな奴は、一人しか心当たりがいなかった。

「喜知田か」

 気づけば、口からそう言葉が出ていた。座っていた正邪が立ち上がり、目をまん丸にしている。

『最近思ったんですよ。物は使いようなんだなって』

 頭の中で、喜知田の言葉が再生された。彼の口元がぽぅと画面に映り、それを私は眺めている。そんな気分だった。

『多くの馬を動かすのには人参一本でいい、っていうじゃないですか。仕事をこなせば、これを食わせてやる、とお願いする。それをたくさんの馬に行うんですよ』

 まさか。まさか喜知田は。打ち出の小槌を使って、願いを叶えてやると嘘をついて、こんな年端もいかない少年を騙したのか。正邪を殺させようとしたのか。嘘だろ。私は喜知田のことなんて何も知らない。ただ、こんな非情なことをするような子ではなかったと、そう思っていた。思い込んでいた。なぜ、どうして。

 そこでふと、記憶の重箱から中身が零れ落ちるかのようにして、数十分前の光景が頭に浮かんだ。射命丸と共に、針妙丸の家に向かっている途中で、後ろから喜知田に声をかけられた場面だ。なぜ、あんなところに彼はいたのか。後ろから声をかけてきたということは、私たちの先に用があったということだろう。私たちの進行方向にあるもの。そんなもの、一つしかなかった。

「針妙丸が危ない!」

 正邪の顔が、本当の鬼ように恐ろしい顔になっているのが、私には分かった。

 

「なんで針妙丸が危ないんだよ」私の背中に捕まっている正邪が、低い声でそう訊いてきた。「いったい何が起きてやがる!」

 喜知田が小槌を盗んだ張本人だと知った私は、焦りに焦っていた。一刻も早く針妙丸の家へ向かおうと、寺子屋を飛び出していきたかった。が、流石に少年を放ってはおけない。

「私が少年を預かっとくよ」

 そのことが顔に出ていたのか、妹紅は得意げに胸を張った。

「今度は包丁を持って誰かが乗り込んできても、きちんと対応するからさ」

 頼もしい友人は、そう言うや否や私の背中を強く押し、早く行け、と叫んだ。その声に押し出されるように寺子屋から飛び出し、そのまま飛び立とうと、足に力を入れた。

 予想外だったのは、正邪が私の背中に飛び乗ってきたことだ。

「どうして着いてきたんだ」

 私の背中を抱きしめた正邪の手は、力がなく、震えている。

「お前、私が喜知田をどう思っているかぐらい知っているだろ」

「恋人か」

「冗談にしても殺意が湧くな、それは」

 結局、私は正邪という重りを乗せたまま針妙丸の家へと向かっていた。正直、正邪と喜知田を鉢合わせさせるのは気が引けたが、説得している時間はない。それに、喜知田の今回の所業が本当だとすれば、あまりにも度が過ぎている。流石に見逃せる範囲ではなかった。

「何が起きているか、話せば長くなる」

「短く話せ。私は正しく、はらわたが煮えくり返りそうなんだ。冗談抜きにな」

「分かった分かった」

 そうは答えつつも、私は針妙丸の家へ一刻も早く着こうと必死だった。荒れる息を必死に整え、なんとか言葉をひねり出す。

「正邪、打ち出の小槌って知ってるか?」

「だから知らねぇっていってるだろ」

「あれはな、使うと厄介なんだ。少なくとも巫女は確実に出てくるような、異変と呼ばれる事態に陥る」

 正邪からの返事はない。だが、気にせず話を続けた。

「その小槌は小人にしか使えない。そして、その小槌が喜知田に盗まれたんだ」

「慧音にしては分かりやすいな」

 馬鹿にするように私の頭を撫でた正邪は、そういえば、と声を漏らした。自然と力が入ったのか、撫でる手をそのまま強く握り、私の髪の毛を掴んでいる。

「あいつ、願いが叶う道具とか何とか言ってたな」

「本当か?」

「多分な。気づかなかったか? 寺子屋に攻撃的な護衛の札があったぞ」

「え」

「なんでお前が気づいてねえんだよ」

 辛そうに笑った彼女は、喜知田への怒りを目に滲ませていた。

 どういう意図で喜知田が寺子屋から小槌を奪ったのかは分からない。もしかすると、単純に興味本位だったかもしれないが、それにしては、手際が良すぎる。

 考えても仕方がない、と私は速度を上げた。しつこかった雲は再び晴れ、もはやその面影すらも残していない。真っ青な空を貫き、澄んだ空気を裂くように進む。そんなに距離はないはずだが、嫌に遠く感じた。はやく着いてくれ、と意味も無いのに足をばたつかせる。

 針妙丸の家が見えたとき、私は思わず息をのんだ。その家の前で、喜知田が悠然と突っ立っていたからだ。護衛もつれず、たった一人で。大声で喜知田と叫ぶも、向かい風に押し流されていく。重力に従うように、一直線に地面へと向かっていった。

 喜知田から少し離れた場所に着地した私は、そのまま足を動かし、喜知田へと向かっていった。流石の喜知田も私たちに気がついたようで、目を細めてこちらを見つめていた。

「あれ、どうしたんです? 慧音先生にしては珍しく焦ってますけど」

「とぼけないでくれ」

 喜知田は私が来たにもかかわらず、一切の動揺を見せなかった。それどころか、嬉しそうに頬を緩め、手を振ってさえいる。その仕草が、ますます私を焦らせた。

「打ち出の小槌だよ。私の部屋から奪っただろう!」

「あ、ああ。小槌ですね」

 そんなの知らないですよ、ととぼけることもなく、喜知田はとうとうと言った。一切の悪意も見せず、むしろ誇るようですらある。小さく、開き直りやがって、と正邪が呟いた。

「確かに、慧音先生の家から小槌を持っていったのは私です。けれど、決して盗んだわけではありません」

「どういうことだ」

「知ってますか? 私は優しい善良な人間なんですよ」

「馬鹿じゃねぇの」

 たまらず、といった様子で正邪が口を挟んだ。

「お前が善良だったら、この世に悪人が私一人になってしまう」

「あ、あなたは彼の悪名高き鬼人正邪さんじゃありませんか」

 初めから分かっていたはずなのに、さぞ今気づいたといった様子で驚いてみせた喜知田は、大袈裟に手をバタバタと振った。

「どうしてこんなところに」

 口をあんぐりと開け、私と正邪を交互に見つめている。彼がいったい何故そんな過敏な態度を取っているか分からない。

「慧音先生、あまり褒められたことではありませんよ」

「何がだ」

「その妖怪と一緒に行動することが、ですよ」

 それは打ち出の小槌を利用して少年を騙すことよりもか、と口にしたが、無視された。

「その妖怪は人里の敵ですよ? そんな妖怪と人里を一緒に行動していては、どんな悪評が立つか分かりません」

 喜知田は私ではなく、正邪に向けて言っていた。未だ私に抱えられているので、正邪がどんな顔をしているかは分からない。だが、必死に私の手から抜け出そうとしていることを考えれば、今すぐにでも喜知田を殺したい、と憤慨しているのは明らかだった。正邪を離さないように、しっかりと体を固定させる。今はとにかく、喜知田から情報を引き出したかった。

「それで? 私の部屋から小槌を持っていくのが、どうして盗みじゃないんだ? まさか部屋に落ちてました、とか子供みたいな言い訳するんじゃないだろう」

「先生。こう見えてもう還暦ですよ」

 朗らかに笑った喜知田は、私の顔を覗き込むようにじろりと見てくる。表情こそはいつも通り親しみやすさに溢れていたが、どこか暗い雰囲気を感じさせた。私の知っている喜知田とは似ても似つかない。

「届けようと思ったんです」

「届けるって、誰に?」

「本来の持ち主に」

 あまりに堂々と、悪びれもせず語る喜知田のせいで、なるほどそうだったのか、と納得しそうになる。が、喚く正邪の声で、目が覚めた。

「どうして寺子屋にあるものを勝手に本来の持ち主に返そうとするんだ」

「それは当然」

「当然?」

「そっちの方が面白いと思ったからですよ」

 その時だけ、彼の後ろにあった暗い雰囲気が消え去り、彼の表情が子供の様になった。無邪気で、一切の悪意もない溌剌としたその表情は、私のよく知る喜知田の笑顔だった。

「面白いって、お前は事の重大さを理解しているのか?」 

「重大さ、ですか?」

 両手を擦り合わせ、寒いですねぇと呑気に息を吐いている彼の様子を見ると、とても理解しているようには思えない。

「打ち出の小槌はな、単に願いを叶えるだけじゃないんだ。もっと危険で、恐ろしい物なんだよ」

「知ってますよ、そんなこと」

 平然とそう嘯いた喜知田は、私の背中で力なく手をバタバタと振っている正邪を見て煽るように笑った。息を荒くした正邪が、ますます体を大きく震わせる。ケチャップだろうか、何か湿った物が背中に触れた。

「もし危険じゃなかったら、私が小人に使わせてますよ。危なそうな感じがしたから、わざわざ使わずに、色々利用してるんじゃないですか。物は使いようです」

「それであの少年を正邪に差し向けたのか」

「ああ、三郎に会ったんですか」

 だから、正邪が生きているんですか、と何の気も無しに口にした喜知田は、つまらなそうに地面を蹴った。

「あの少年は私とは何の関係もありませんよ」

「でも、あいつはお前と約束したと!」

「慧音先生」

 憤る私たちとは対照的に、喜知田は落ち着き払っていた。冷静になれ、と自分に言い聞かせる。ここで熱くなってしまえば、相手の思うつぼだ。いったい、いつから喜知田はこんな風になってしまったのだろうか。やはり、あの時。彼が一人の女性を殺してしまった時、きちんと裁かなかったのは間違いだったのか。冷静になろうと心掛けると、余計に雑念が頭を覆った。

「私の言う通りにした方がいいですよ、先生」

 太い体を大きく揺すった彼は、その丸々とした腹を撫でた。多くの人々が痩せこけている中、彼だけはそのふくよかな体型を維持している。

「三郎のことを思うなら、私とは無関係ということにした方がいいでしょう。彼が包丁で鬼人正邪を殺そうとしただなんて、無かったことにした方がいいに決まっています」

「それはそうだが」

「この世の中には知らなくていいこと、知らせなくていいことがたくさんあるんです。先生も、知らない訳じゃないでしょう?」

 笑みを浮かべたままの彼の目は、ぐるぐると渦巻いていた。小さな蠅が角膜に無数に張り付き、蠢いているように見える。いつから、と声が漏れる。いつから喜知田の心は、こんなにも絶望に呑まれてしまったのか。今から、彼をその闇から抜け出させることは本当にできるのだろうか。寺子屋の先生として、人里の守護者として私はどうしたらいいのか。

 また、頭が混乱し、堂々巡りを始めたところで、ふと、妹紅の言葉が頭に浮かんだ。「困ったなら、即行動だ」 目の前に広がっていた霧が、立ち消えていく。そうだった。うだうだ考えている暇はない。いまは小槌について考えなければ。

 背中で抑え込んでいた正邪をほどき、ゆっくりと地面に下ろす。うぅと声を漏らし、顔をしかめながらも、正邪は喜知田に飛び掛かっていきそうだった。それより早く喜知田へと体をすべらせる。右足で宙を漕ぎ、喜知田の正面へと肉薄した私は、彼の左足を躊躇なく蹴り上げた。どこかに護衛が隠れていないかと警戒を怠らないようにしつつ、そのまま喜知田へと体重をかける。体勢を崩した喜知田はそのまま地面に倒れ込んだ。彼の飛び出した腹に膝を置き、馬乗りになる。打ち出の小槌を探そうと、身体をまさぐる。

「先生。人里の守護者が人間に手を出したらまずいんじゃないですか?」

「小槌を盗んだ人間なら、妖怪の賢者も許してくれるさ」

「持ってないですよ」

 組み伏せられながらも、余裕を崩さない喜知田に違和感を覚える。急いで、彼の金の刺繍があしらわれた着物の懐に手を入れる。が、手ごたえはない。慌てて腹や肩などに手を当てるが、隠し持っている様子でも無かった。目の前に浮かんでいた光が途切れていく。

「おい、どこだ」

「はい?」

「どこに隠した!」

 首元を掴み、大きく揺さぶる。だが、相も変わらずその不敵な笑みを崩さない喜知田は、隠してなんかないですよ、と優しく頬を緩めた。

「最初に言ったじゃないですか、本来の持ち主に返すって」

「まさか」

「もう、小人に渡しましたよ。残念でしたね」

 満面の笑みを浮かべた喜知田を乱暴に倒し、急いで針妙丸の家の前に立つ。その小さな扉を力いっぱい引っ張ると、大した手間もなく開いた。中を覗きこむ。が、どこからどう見ても、もぬけの殻だ。

「おまえ、針妙丸を」どこへやった。そう喜知田に怒鳴ろうとしたが、それは叶わなかった。人里から少し離れた地点。ちょうど妖怪の山との中間地点から、禍々しい魔力が溢れ出してきたのだ。喜知田は気がついていないようだが、ゾンビのように喜知田に迫っていた正邪は、足を止め、悲痛な顔でそちらを見つめていた。間違いない。小槌の魔力だ。

 考えるよりも早く、体が動いた。正邪を掬い取るように背中に乗せ、肌をピリピリと刺す魔力の発生源へと飛び出す。どうしたんですか? と訊いてくる喜知田の声は、一瞬で小さくなっていった。

「なんだよこれ」うろたえているのか、小さな声で正邪が呻いた。

「これ、まさか針妙丸と関係しているとか言わないよな」

「その、まさかだ」

 私にかかる正邪の体重が、ぐっと重くなる。水の泡だ、と呟く声が聞こえた。

 

 魔力の発生源へと近づくにつれ、胸の奥のざわめきは増していった。もしかして、もう小槌を振ってしまったのか。そんな辺鄙な場所では、妖怪に襲われるかもしれないじゃないか。そんな心配が胸を刺す。

 だから、青々とした広い草原の真ん中に立つ針妙丸を見つけた時、私は心底安堵した。正邪の、ほぅと零れ出た息が耳をくすぐる。

 おーい、と声をかけながら針妙丸に近づくも、彼女は聞こえていないようだった。緩んだ緊張の糸が、再び引き締められる。そして、彼女に近づくにつれて、その糸は引きちぎれそうになった。

 なぜか。彼女が打ち出の小槌を持っていたからだ。大声で、それを手放せと叫ぶも、案の定聞こえていないようだった。

 急いで、彼女の元へと突っ込む。すると、妙な違和感に襲われた。彼女の姿がやけに大きいように感じたのだ。最初は、単純に距離が離れているせいで、私が見間違えているのかと思った。だが、彼女の手に持つ小槌の大きさと、近づくにつれ分かってくる彼女の背丈が、そのあり得ない事実を私の目に突き付けてくる。針妙丸の背が、私たちと同じくらいまで大きくなっていた。

「針妙丸、聞こえるか! その小槌を離せ。離してくれ!」

 頼む、頼むから、と鬼気迫る声で叫んだ正邪の声も、彼女の耳には届いていないようだった。あと少しで地面に着く。針妙丸に聞こえないはずはないのだが、それでも彼女は聞こえていないようだった。

 針妙丸が大きく小槌を振り上げるのが見えた。止めろ、と声が零れる。足に草の感触がした。目の前に針妙丸がいる。だが、それでも彼女に気がついた様子がない。そこで初めて私は、彼女の目が小槌に集中していることに気がついた。止めてくれ、と叫びながら彼女に近づこうとするも、溢れ出る魔力のせいか、足が動かない。

 針妙丸の握った小槌が無慈悲にも振り下ろされていく。正邪の、声にもならないような呻き声が耳を突いた。それをかき消すように、シャリンと音がする。私は何もできず、ただ、小槌から漏れ始めた光を見ていた。

「友達ができますように!」

 威勢のいい彼女の願いは、小槌から溢れる光と共に世界を覆っていった。

 

 光が収まったにも関わらず、私は立ちあがることができなかった。遅かった。間に合わなかった。まんまと喜知田の罠に引っかかった。なんて私は愚かなんだ、と自分の頭を強く殴りつける。

 ふと、晴れているにもかかわらず、影に包まれていることに気がついて、空を見上げた。青々とした澄んだ寒空が視界を覆うはずだったが、違った。ゆっくりとであるが、何かが空中に出現していく。まるで、薄っすらと霧の奥から現れるように、その姿は段々と鮮明になっていった。元々そこにあったかのように、自然な様子で佇んでいるそれに、私は心当たりがあった。小槌の代償の代名詞。美しく、そして禍々しい絶望の城。上下が逆さまになっている空上の城は、確かに針妙丸の願いを叶えたことを表していた。輝針城が現れてしまったのだ。

 もはや、乾いた笑いを出すことしかできなかった。

「あ、けいね先生!」

 そんな私の絶望など、つゆほど知らない針妙丸は、やっと私に気がついたのか、とてとてと駆け寄ってきた。あまりにも気がつくのが遅すぎた。

「みてみて! わたし、ついにけいね先生と同じくらい大きくなったよ」

 いつの間にか地面に座り込んでいた私の頭を、嬉しそうに針妙丸は撫でた。その顔は、幸せに満ち満ちている。

「ああ、よかったな」

 私は、そんなことしか返すことができない。彼女には、いつか小槌の代償についての話をしなければならないのだろうか。そう思うと、心が痛んだ。この世には知らなくていいことがたくさんある。喜知田の言葉が言い訳がましく心を蝕んだ。

「なあ、針妙丸。その小槌はどうしたんだ?」

「これ? 凄いでしょ」

 目をキラキラと輝かせ、胸を張った彼女は、おじさんから貰ったの、と嬉しそうに小槌を叩いた。

「無表情で、怖そうな人だったけど、こんな凄い物をくれるなんて、いい人だったんだね」

「どうやってこんな所に来たんだ?」

「そのおじさんと話してたら、気づいたら眠くなって、いつの間にかここにいたの」

 なんでだろうね、と笑う彼女は、大きくなれたことがよっぽど嬉しいのか、しきりに自分の身体を弄っている。

 その、おじさんは喜知田の護衛で間違いないだろう。ということは、私が射命丸と共に彼と会った時には、既に彼の手に小槌がなかったということか。完全に虚を突かれた。時間稼ぎに引っかかってしまった。針妙丸の家の前で、彼が護衛もつれず立っているのは、よく考えればあまりにも不自然だった。今更気づいた自分に腹が立つ。

「おいチビ」

 後ろから、苦しそうな正邪の声が聞こえた。振り返ると、草原で横になった正邪が、真っ白な顔で輝針城を見上げていた。

「おまえ、なにしてやがる」

「もうチビじゃないもん!」

 私の脇を抜けて、正邪へと駆け寄っていった針妙丸は、ほら、大きくなったでしょ、と体をくるくると回転させた。草の上に座り込んでいる正邪は、渋い顔で、馬鹿じゃねぇのと笑っている。

「それになんだ。友達が欲しいだなんて、しょうもないことを願いやがって」

「しょうもなくない! だって、正邪ぐらいしか友達がいないんだもん」

「なら、一人もいないな。私はお前の友達じゃない」

 ええー、と大声で叫んだ神妙丸は、ほっぺたを膨らませた。体が大きくなったとしても、彼女は何も変わっていない。それが唯一の救いのように思えた。

「というか、なんでお前大きくなってんだよ。それも願ったのか?」

「ううん。なんか小槌を持ったら大きくなった」

「それはまずいな」薄っすらと涙を浮かべている正邪は、ひねり出すように口を動かした。

「大変な事になるぞ」

「たいへんなこと?」針妙丸は小さく首を傾げた。

「どうなるの?」

「生態系が崩れてしまいます」

「何てことを言うんだ、あなたは」発作的に、私は口を挟んでしまった。その私の答えに満足そうに頷いた正邪は、ゆっくりと肩を下ろしたかと思うと、うめき声を漏らした。

 そこで、正邪の様子がおかしいことに気がついた。顔こそ針妙丸の方を向いているものの、その虚ろな目は何も映していない。きゅっと、胃が締め付けられるような感覚に陥る。

「針妙丸、お前は安全なところに身を隠しておいてくれ」

 正邪の頭を撫でている針妙丸の肩に手を置き、笑顔を作る。

「急にどうしたの?」

「ちょっと、急用ができてな」

 少し悲しげに眉をハの字にした針妙丸だったが、うん、と力強く頷いた。ちらりちちらりとこちらを名残惜しそうに見ているものの、それでも私たちに背を向け、また後で、と手を振っている。いい子だ。こんな、暗くて鬱屈とした悲劇には、絶対に巻き込んではならない、とひとり胸に決意をする。

 針妙丸が離れていったのを確認して、というより、輝針城へと向かっていったのを見た私は、正邪に向かい合った。頬をあげ、馬鹿にするように笑っているが、身体はガクガクと震えている。

「おい、正邪。大丈夫か」

「大丈夫か、と訊かれて大丈夫じゃないって答える奴がいると思うか?」

「正邪なら言いそうだ」

 今度聞かれたらそう返すよ、と力なく笑い、ばたりとその場に寝転んだ。息も荒く、辛そうだ。

「お、おい。どうしたんだ」

「さっき、言ったじゃねえか」

 笑おうとしているのか、不格好に顔を歪めた正邪は、吐息で喉をかすり、妙な音を立てた。

「はらわたが煮えくり返りそうだって」

「お前」

 慌てて正邪の腹に目をやる。いつの間にかケチャップの染みは大きくなっていた。彼女の服が、たぷたぷと液体を吸って、膨らんでいる。その服の、腹辺りに出来た切れ目から、薄黒いぬめりとした光が見えた。私は思わず尻もちをつき、悲鳴をあげてしまう。込み上げてくるものを堪えることができず、嘔吐く。酸っぱいものが口を覆った。

「おいおい慧音、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない」

 口元を拭った私は、おずおずと正邪に声をかけた。

「お前、ケチャップが盾代わりになったって」

「馬鹿じゃねぇの。無理に決まってるだろ。あんな薄っぺらいもん、貫通するに決まってるじゃねぇか」

「じゃあなんで」そんな嘘をを吐いたのか。そう言おうと思ったが、止めた。この捻くれた弱小妖怪の、残酷なまでに優しい天邪鬼の考えが分かってしまったのだ。

「少年のためか」

 私の声は震え、湿り気が混じっていた。

「あの少年がお前を刺したことでショックを受けないように!」

「そんな訳ないだろ」

 こひゅ、と血と共に息をを吐いた彼女は、焦点の合わない目でこちらを見た。その口は僅かに笑っている。

「あんなガキに負けたなんて、認めたくなかったんだよ」

 そう軽口をたたきつつも、このままでは長くはもたないのは明らかだった。鋭く裂かれた彼女の服の隙間から、薄黒い内臓が露わになっている。どうする、どうすると頭の中で必死に考える。と、そこで彼女の首にかかっていた一枚の布切れがふわりと宙に浮かんだ。私が預けた、市松模様の手ぬぐいだ。それが吸い寄せられるように彼女の腹に滑っていき、傷口を覆うように被さった。

「つ、付喪神か」

「なんだって?」

「なんでこの布が付喪神に? 小槌の影響なのか」

 どうして”友達ができますように“という願いで付喪神が宿ったかは分からないが、彼女の布に付喪神が宿っているのは確かのようだった。

 もしかすると、針妙丸の友達である正邪を助けるということも小槌の内容に含まれているのではないか、と邪推してしまう。そんな訳ないか。

 菌が入ってしまってはまずいと思い、彼女の首に再び布を括りつけた。同時に、頭に手を当てる。べたりと汗がついたが、その割には体が冷たすぎる。そこで、ふと、妹紅のことを思い出した。正邪の白い肌が彼女を想起したのかもしれない。妹紅は、傷だらけの正邪を見つけてどうしたのだったか。

「パチュリー」

「え」

「紅魔館の魔女のとこへ行くぞ」

 ああ、鶏ガラのことか、とよく分からないことを呟いた正邪を腕に抱きかかえ、私は遠くに見える真っ赤な館へと目を向けた。

 

「またですか」

 正邪が目を閉じ、死んでしまうんじゃないか、と恐怖しながら紅魔館にたどり着くと、門の前に立っている美鈴は、大きなため息と共に私たちを向かい入れた。普段の気さくな彼女とは違い、なぜか今日は気が立っているようだ。

「また、って。正邪はいつもこんな死にそうになっているのか?」

「なってねえよ」

「なってますね」

 正邪の言葉を遮るように、美鈴が口を挟んだ。その言葉には覇気がなく、疲れ切っている。

「彼女は何回かここに来ているんですよ。というか、慧音さんがお使いを頼んだんでしょう?」

「ああ、まあ、そうだが」

「なんでお使いをするだけで彼女はあんな怪我を負うんですか」

 私は答えることができなかった。もごもごと口を動かして、何と答えようかと逡巡していると、後ろから「まあ、いいじゃないの、美鈴」と淡々とした声が聞こえた。

「そんなことより、今は彼女の治療が先でしょ」

 相変わらず辛気臭せぇな、と無表情で言った正邪を私から受け取った彼女は、その紫の髪をたなびかせながら、あなたも大変ね、と微笑んだ。

「久しぶりだな、たまには人里に来てくれよ、パチュリー」

「気が向いたらね」

 そう短く言った彼女は、正邪を見て、大きくため息を吐いた。そして、美鈴の方を一瞥すると、疲れ切った彼女を見て驚いたのか、辛そうね、と目を丸くしている。

「パチュリーさまぁ、私もう疲れました。お嬢様の命令多すぎませんか?」

「頑張って、としかいいようがないわね。門番になった自分を恨みなさい」

「いい転職先知りませんか? 図書館の司書とか」

「知らないわ」

 そう言い残した彼女は、門に背を向け、紅魔館へと入っていった。私も彼女に続き、中に入ろうとするも、美鈴に止められる。どうやら、私はお呼びじゃないらしい。

「いま、パチュリー様の仕草みました?」

「え、いや。見てないが」

「右手でこぶしを握ってましたよ。正邪さんの相手が楽だからって、ずるくないですか?」

「はあ」

「ほんと、忙しくて目が回ります」

 アハハと笑った彼女は、本当にお嬢様にも困ったものです、と愚痴を零し始めた。よっぽど疲れているのか、門にもたれかかるようにした彼女は、仕切りにあくびを連発し、「妖怪の山の会議から帰ってきてからも酷かったんですが、最近は特に酷くて」と喚いている。

「本の並びを変えたり、図書館の壁に札束をかけたり、大変なんです」

「図書館の仕事はパチュリーがやるんじゃないのか?」

「私も手伝ってるんですよ」

 眉を下げ、やつれた頬を掻いている彼女は不憫だったが、今はそれよりも気になることがあった。

「正邪さんのことが心配ですか?」

「え、どうして」

「顔を見れば分かりますよ」

 心配性ですね、と暖かい目で見てきた彼女は、大丈夫ですよ、と当然のように言った。

「パチュリー様の魔法は凄いですから。なんなら、下半身が吹き飛んだとしても、きっと大丈夫ですよ」

「それ、普通なら即死だからな」

 また、アハハと笑った彼女は、「もしかして、あの城と関係したりするんですか?」と首を傾けた。

 どう答えようかと逡巡していると、彼女は小さく頭を掻き、感慨深そうにその城を指差した。その目には、恐れと尊敬が浮かんでいる。

「あれ、お嬢様がついさっき出現を預言したんですよ」

「え」

「なんか、そういう運命らしいですよ」

 その言葉をどう受け止めればいいか、私には分からなかった。だが、レミリアに対し、怒りが浮かんだのは確かだ。どうして事前に教えてくれなかったのか。もしかしたら、止められたかもしれないのに、といった理不尽な怒りだ。実際に教えてもらったとしても、できることなんてないというのに。

 そんな複雑な私の感情を読み取ったのか分からないが、美鈴は「二度あることは三度あるというけれど」と突拍子もなく言った。

「急にどうしたんだ」

「いえ、パチュリー様の声が聞こえてきましてね」

 私、耳がいいんですよ、と胸を張った彼女は、自慢げに耳を叩いた。

「この館の声なら、大体聞こえますよ」

「凄いな」

「“仕方ないだろ。二度あることは三度あるなら、三度あることが四度あっても”ですって。正邪さんの言葉です。結構余裕そうですね」

 彼女の言葉に、私は胸を撫で下ろした。とりあえず正邪が無事だと分かっただけで、肩の荷が下りたような気がしたのだ。だが、「え」と美鈴が素っ頓狂な声を上げるのを聞いて、私の不安はまた大きくなった。

「お嬢様のケチャップを持っていったのって、正邪さんだったんですか」

「はい?」

「いや、許せませんね。八つ当たりで仕事を増やされたんですよ。酷くないですか?」

 きっと、野菜を人里に持って行って、すぐに妹紅さんに担がれて帰ってきた時ですね、と憤慨し、もう昔のようにも思えます、と目を細くした。

「パチュリー様が、正邪さんの歯を抜きたくなる気持ちも分かりますよ」

「そんな物騒なことを言っているのか、パチュリーは」

「ええ、正邪さん相手だと、結構饒舌になるんです」

「そうなのか?」

「はい。“歯の一本や二本は魔法で何とかなるわよ”なんて軽口も言っちゃってますよ」

「普段はそうでもないのか?」

「少なくとも、私は言われたことありません」

 妬けちゃいますよね、と朗らかに笑った彼女は、私に向かい片目を閉じた。

「驚きました?」

 美鈴の言葉に頷いた私は息を思いっきり吸い、美鈴に向かい大きく口を開く。心の中のもやもやをかき消すようにと、全力で叫んだ。

「驚天動地!」

 なんですかそれ、と笑う美鈴の声が、宙に浮かぶ輝針城にまで届いた気がした。


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