天邪鬼の下克上   作:ptagoon

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4章
災いと幸い


「私はね、有言実行をモットーにしているのよ」

 

 赤色の大きなソファから立ち上がった紅魔館の魔女は、そう高らかに宣言した。小さな声だったが、物音一つしない図書館では、その傲慢な息遣いまで鮮明に聞こえてくる。高々百年しか生きていないのに、どうしてこんなに生意気なのだろうか。せめて、私の隣で俯いている半獣ぐらいにはしおらしくなってもらいたいものだ。もしかすると、ここが自分の家だからと安心しているのかもしれない。だとすれば、滑稽だ。

 

 そんな滑稽な魔女が、輝針城異変が終わって一週間が経ったときに、いきなり呼び出してきたのだ。折角新聞の売れ行きがよくていい気分だったのに、台無しになってしまった。

 

「だから、約束は当然のこと、些細な発言にも責任を持つわ。魔女として、ね」

「それで? そんな責任を持つ魔女さんが私たちをわざわざ呼び出したのには、どんな理由があるのですか?」

 

 まさか、話がしたいからなんて理由ではないですよね、と念を押す。もしそうであるならば、そっちが妖怪の山に来るのが道理だ。紅魔館と妖怪の山とでは、立場も、戦力も、価値も違う。ぽっと出の西洋妖怪がもしそこまで驕っているのだとすれば、それはそれで面白い記事が書けそうだったが、不愉快なことには変わりはない。当然、その感情は絶対に顔には出さないが。

 

「まあ、落ち着け射命丸」隣の慧音が、虚ろな目で私を見上げてきた。

「落ち着くんだ」

「少なくとも、あなたよりは落ち着いていると思いますが」

 

 紅魔館が悪趣味な場所だというのは知っていたが、図書館までも悪趣味だとは思わなかった。目の前に掲げられた大きな肖像画を見る。どうやってこんな物を仕入れたか分からないが、おそらく魔法だろう。よく見ると、図書館の端に大きなキャンパスがいくつか転がっている。心なしか、有機溶剤の独特の臭いが漂っている気がして、居心地が悪い。

 

 だが、ここの居心地の悪さと、死にそうな顔で呆然としている慧音の態度とは関係がないことは分かっていた。どうして彼女がここまで精神を疲弊させているのか。その理由は明らかだ。未だに浮かんでいる輝針城を思い浮かべる。

 

「打ち出の小槌を無くした私のせい、だなんて思ってるわけじゃないですよね」

 

 びくり、と身体を震わせた慧音は、まじまじと私を見つめてきた。あまりにも分かりやすい反応に逆に驚かされてしまう。どうして彼女はここまで打たれ弱いのだろか。こんなんで、人里の守護者が務まるのか、と不安になる。

 

「思い上がりですよ、悪いのはあなたじゃありません」

「なら、誰が悪いっていうんだ」彼女の目元は真っ黒に染まっていた。しばらく眠れていないのか、髪や肌はからからに枯れている。この前の、正邪が二人の人間を殺した、と記事を書いた時と同じ、またはそれよりも酷い。

 

「悪いのは喜知田ですよ」

「え」

「ほら、この前の行方不明の少年がいたじゃないですか。母を亡くした。その少年の目撃情報がありまして。その時に、そう呟いていたそうです」

「悪いのは喜知田って?」

「ええ。悪いのは喜知田。いい言葉ですね」

「おまえ」

 

 むくりと顔をこちらに向けた慧音は、その表情の抜け落ちた死人のような顔をこちらに向けた。目に光が灯っていない。

 

「おまえ、本当は知っているんじゃないのか?」

「知っているって、何をです?」

 

 さも、とぼけているように笑みを浮かべながら首を捻る。残念なことに、彼女が本当に何を示しているかは分からなかったが、知っていると思わせたかった。

 

「何って、小槌を盗んだのか喜知田ってことをだ」

「そうだったんですか!」

 

 思わず、声をあげてしまった、といった感じで叫ぶ。正直に言えば、そんな記事にもならないようなことに興味はなかった。単純に、慧音に仕返しがしたかったのだ。やっと天狗の装束を着る許可が出たとはいえ、それまでの屈辱を忘れたわけではない。

 

「いや、忘れてくれ」

 苦々しくそう言った慧音に向かい、無理ですと断言する。そうすると、彼女はますます眉間にしわを寄せた。楽しくて仕方がない。

 

「口は災いの門ですよ。気を付けた方がいいです」

「うるさい」

「ブン屋。そこまで虐めないであげて」私と慧音を遮るように、魔女が口を挟んだ。

「彼女も大変なの」

「そんな大変な中呼び出したあなたが何を言うんですか」

「要件は分かってるでしょうに」

 

 そう言うと、魔女は机の上に広げられている、この世に類を見ないほど完成された一枚の新聞に目を落とした。どうして、ここまで優れたものを書けるのか。私の才能が怖いくらいだ。

 

「この輝針城異変に関する新聞は、あなたが書いたのよね」

「もちろんです。こんなに素晴らしい新聞は私以外に書けませんよ」

 

 輝針城が現れたあの時、つまりは人魚の取材を終えたすぐ後、私はあまりの驚きのあまり声を上げてしまった。輝針城の威圧感に驚いたのではない。そのあまりの都合のよさに驚いたのだ。慧音が小槌を無くしたことは知っていた。小人の存在も知っていた。そして、小槌と逆さ城との関係も、私は知っていた。これは、無条件で私が一歩リードして、この異変についての記事が書ける、と意気揚々と取材を行い、それで完成したのがこの新聞なのだ。しかも、八雲紫のお墨付きでもある。

 

「この新聞には真実が書かれているのよね」意味ありげに目線をよこした魔女は、その冷たい声で淡々と言った。感情が全く読み取れないが、あまりいい雰囲気ではない。

「当然です。清く正しい射命丸とは私のことですから」

「嘘だ!」

 

 今まで、ずっと床とにらめっこしていた慧音が、急に顔を上げた。机を思い切りたたき、私の新聞を掴み上げる。皺がつかないかと不安だったが、彼女は無意識のうちに丁寧に扱っているようで、綺麗なままだった。ほっと胸を撫で下ろす。

 

「この記事は間違っている!」ぱんぱんと叩きながら、彼女は叫んだ。

「輝針城異変の犯人は鬼人正邪だと? 犯行動機は下克上だと? そんなのあり得ない! あの小槌の叶えた願いはそんなもんじゃない!」

 

 輝針城異変。突如現れた逆さな城から溢れ出した魔力が、至る所に影響を及ぼした、幻想郷に対する宣戦布告ともとれる異変。すでに巫女によって解決され、一週間がたっているが、未だに皆がその異変について面白おかしく話している。実は、あの城はハリボテだったとか、紅魔館が関わっているだとか、様々な憶測が飛び交っているが、一つだけ共通している認識があった。それは、首謀者が鬼人正邪であり、その目的が下克上であったということだ。

 

「でも、八雲紫も言っていたじゃないですか。犯人は鬼人正邪で、下克上が目的だったと。それとも、それ以外の何かを知っているのですか?」

「あれはな」目に涙を浮かべながら、慧音は言葉を零し続ける。魔女もそれを遮ろうとはしない。

「あれは、下克上なんかじゃない。願いはもっと優しい物なんだ。友達が欲しい。ただ、それだけを。そんなものを願っただけなんだ。針妙丸の、儚い願いだったんだよ」

「知ってますよ、そんなことは」

 

 涙をこぼす半獣の顔を覗き込むように見上げる。当然、そんな情報は知らなかったし、知る必要はなかった。その理由は簡単だ。それは、真実ではない。

 

「あの天邪鬼に、そんな大層なことができる訳ないことぐらい、知ってますよ。ただ、本人がそう言ってたんです」

「本人って」

「当然、正邪です」

 

 巫女が異変を解決した次の日、私は魔力の気配が消えた輝針城へと向かった。何があったのかを確認したかったのだ。すると、そこには消耗しきっている正邪の姿があった。まだ、彼女が異変の首謀者だと広がる前の話だ。てっきり私は、いい寝床ができたから、住み着いているのかと思ったが、どうも違うようだった。

 

「下克上って難しいんだな」

 

 確か、彼女は私に向かい、いきなりそう言ったと思う。急に何を言い出すのか、と訝しみ、とりあえず写真を撮ったはずだ。

 

「小槌の願いで下克上を願ったんだが、巫女に負けてしまってよ」

 

 聞いてもいないのに、そう口にする彼女に、私は違和感を抱いた。彼女は酷く辛そうで、肩で息をしていたが、その目はギラギラと燃えていた。いい意味でなく、悪い意味でだ。そして、その目には見覚えがあった。夫婦殺害の記事を載せてくれ、と頼んできた時と同じ目をしていたのだ。

 

「また、ですよ」

 

 憤っている慧音に向かい、私は肩をすくめた。正邪が何を考えているかは知らない。妖怪の賢者はなおさらだ。だが、彼女たちの真実はもう決まっていた。ならば、外野が騒ぎ立てても仕方がない。

 

「皆が言えばそれが嘘でも常識になるって、正邪が言っていました。つまり、これが真実なんです。夫婦殺害の時と同じですよ。実際に起きたことなんてどうでもいいんです。真実は、これです」

「二度あることは三度あるらしいわよ」魔女がつまらなそうに口を挟んだ。

「正確には一度あることは二度ある、ですけど」

 

 悪く言えば、馬鹿の一つ覚えだ。だが、そんな一つ覚えにほいほいと引っかかってしまう自分がいるのも、また事実だった。

 

「お前はこれでいいのか」まただ、と小さく呟いた慧音は、焦点の合っていない目をぶるりと震わせた。

「また、正邪が罪を」

「慧音、それ以上は言わなくていいわ」

 

 ぱたり、と本を閉じた魔女は、小さく息を吐いた。澄ました顔をしているが、きっと、彼女は彼女なりに思うところがあるのだろう。その、閉じた本には微かに手跡がついていた。

 

「さっきも言ったけど、私は有言実行なのよ。何を血迷ったのか、正邪の力になるだなんて口走ってしまったから、私は彼女の意思を尊重するわ。それに」

「それに?」

「重要なのはそこじゃないでしょ」

 

 ふぅ、とまたもや息を吐いた彼女は、慧音の手に持っていた新聞を手繰り寄せ、もう一度机の上に置きなおした。そして、私が作り出した秀逸な見出しへと手を重ねた。

 

「妖怪の賢者が、鬼人正邪を指名手配。しかも、生死は問わないだなんて、本当なの?」

 

 慧音の顔が、より一層深みを増していった。絶望しているのかと思ったが、そういう訳でもないようで、拳を強く握りしめている。人里の守護者は本当に大変そうだ。

 

「本当ですよ。本人が直々にそう言ってきましたから。そう記事を書けと」

「あの妖怪の賢者がわざわざ?」

「はい。わざわざ。下克上が失敗して、さらに指名手配されるなんて、踏まれたり蹴られたりですよね」

「それを言うなら、踏んだり蹴ったりでしょ」

 

 怪訝な表情でコツコツと指で机をたたいている魔女は、眉間に指を当て、ぐりぐりと押した。

 

「もしかすると、妖怪の賢者は正邪を救おうとしているのかもしれないわね」

「はい?」疲れのせいで頭がおかしくなったのか、魔女はそんな突飛もないことを口にした。

「正邪が受ける苦痛は、きっと凄いものになるはずよ。だったら、その前に死んでしまった方が楽だと思ったのかも」

 

 色々清算できるしね、と淡々と言った彼女は、手に持ったコップを口元へと運んだ。が、その中にはすでに紅茶は入っていない。

 

 なぜ正邪が死ぬよりつらい苦痛を受ける羽目になるのか、仮にそうだとして、なぜ妖怪の賢者がそこまで彼女に構うのか、聞きたいことはたくさんあった。が、それを口にする前に、半獣の異様な雰囲気に気がついてしまい、言葉が止まった。唇をかみ切って赤い血を流している半獣は、身体を震わせ、その場に立ち上がっている。彼女の目には、明らかな怒気が浮かんでいた。

 

「パチュリー、違うぞ、それは」

「違う?」

「言われたんだ。妖怪の賢者に」

 

 頭をガシガシと掻きむしった彼女は、大きく息を吐いた。ばちんと頬を叩き、よし、と呟いている。いきなりの奇行に、私は彼女の頭が心配になった。

 

「正邪は雑巾だったんだ」

「え」

「八雲紫は言っていたよ。汚れを拭きとった後の雑巾なんて、ただの汚物よ。とっとと捨てるに越したことはないわ、ってな。きっと彼女は、正邪を、少し汚れた雑巾を利用するつもりなんだ」

「どういうことですか」

 

 たまらず、声を上げる。彼女が何を言いたいのか、まるで分らなかった。

 

「野菜の時と同じだよ」

「野菜?」

「スケープゴートだ」

 

 また、二度あることは、と呟き始めた魔女を無視し、慧音を見つめる。自嘲気味に笑う彼女は、どこか危なっかしい。

 

「正邪が野菜泥棒と決めつけられた時、人里は救われたんだ。希望が生まれた。根拠のない希望がな。もしかすると、八雲紫は幻想郷でそれをやろうとしているのかもしれない」

「どういうことですか」

「だからな」

 

 彼女の目は澱んでいたが、それでも表情は柔らかかった。誰かに物を教えるという行為の際に、自然とそのような表情になってしまうのだろう。だが、その歪さは見ているこっちが辛くなるものだった。ざまあみろ、とすら思えないほどに。

 

「幻想郷に溜まった不満を、どこかで感じ取っている不安を、取り除こうとしているんじゃないか? 下克上で汚れた雑巾を使って、ふき取る気なんだよ。それこそ、縁側にしみ込んだ汚れまで」

「つまりは」要領を得ない慧音の言い方にしびれを切らしたのか、魔女が口を挟んだ。

「正邪をサンドバッグにして、幻想郷の妖怪の憂さ晴らしをしようってことね。幻想郷の転覆を狙った奴はこうなるぞ、って見せつける意味も重ねて」

「そう、だな」

 

 ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らした魔女は「他に八雲紫は何か言っていなかったの?」と続けた。が、彼女の視線は既に魔導書へと移っている。

 

「汚れた雑巾なんて、どんなに水洗いしても完全には落ちないから、埋めるしかない、とか言ってたよ」

「埋めるしかない、ね」

「埋めるってどこにですかね。やっぱ墓ですか」私の冗談に、くすりともせず魔女は呟いた。

「鬼の世界に決まってるじゃない」

 

 鬼の世界って何ですか、と疑問を投げかけるも、彼女は答えてくれなかった。慧音も同じように首を傾げている。その代わり、「正邪も随分と出世したものね」と毒にも薬にもならないことを言い、一人笑っていた。

 

「パチュリーはどうするつもりなんだ」

 

 ぬるりと顔を上げた慧音は、その閉じかかった目で私たちを睨んだ。痙攣するように瞳孔が蠢き、時々ぴくりと瞼がはねている。

 

「正邪が指名手配されたと知ったあなたは、これからどうするつもりなんだ」

「何度も言っているけれど」

 

 はあ、と魂が抜けそうなほど深く息を吐いた魔女は、手に持った魔導書を放り投げ、慧音に向かい合った。ぶわりと紫の髪をなびかせ、得意げに胸を張っている。

 

「私は正邪の言うとおりにするわ。彼女が殺してくれと言えば殺すし、助けてくれと言えば助ける。ただそれだけよ」

「きっと、あの天邪鬼なら、助けなんていらねえよ、って言うくせに、紅魔館に居座るんじゃないですか?」不貞腐れた顔で、図書館で横になっている彼女の姿が、ありありと頭に浮かんだ。

「ああ、でしょうね」

 

 ふふっと小さく笑った魔女は、あなたはどうするのかしら、と慧音に向かい首を傾げた。私も慧音へと視線を移す。いつの間にか椅子に座っていた慧音は、顔を俯かせ、もごもごと口を動かした。景気づけの焼酎を忘れたことが悔やまれる。今の彼女なら、たぶんかけたとしても怒らなかっただろうに。

 何時の日か出版する半獣の写真集に思いを馳せていると、「分からない」と慧音が呟いた。

 

「私は何も分からない。八雲紫の真意も、正邪の気持ちも、自分自身の考えすら分からない。分かるのは、私のせいで、小槌を無くした私のせいで取り返しがつかないことになってしまったことだ」

 

 いつもの自己嫌悪か、とうんざりする。これだから半獣は、と嫌味をぶつけようとしたが、それより早く「ただ!」と慧音が叫んだ。喉の奥から絞り出したその声は、悲痛なまでに震えていた。顔を上げた慧音の顔を見つめる。想像通り、目には涙が浮かんでいたが、予想外なことに彼女の頬は緩んでいた。

 

「ただ、私も約束を守るよ」

「約束?」

「正邪がいつ来てもいいように、居候ができるように掃除でもして、待ってるさ」

 

 ああ、待つとも、と遠くを見つめている慧音に舌打ちする。勝手に自己嫌悪して、勝手に解決して。彼女はいつもそうだ。きっと、不死身の友人もやきもきしているだろう。その一喜一憂が私たちを振り回しているなんて、知らないに違いない。そして、そんな彼女に振り回されることを期待している私のことも、知らないに違いないのだ。

 

「射命丸はどうするんだ」

 

 お返しとばかりに、慧音が訊いてきた。迷いのない屈託のない目だ。今まで悩んでいたのは何だったのか、と問い詰めたくなる。が、どこか安心してしまう。

 

「これから、どうするつもりだ」

 

 どうするつもりか。そんなのは決まっていた。口元に手を当てる。真顔でいようと努めていたのに、いつの間にか笑っていた。烏天狗がやることなんて、一つしかない。

 

「そりゃあ、新聞を作りますよ」

「まあ」

「でしょうね」

 

 ケラケラと笑う彼女たちを前に、知らず知らずのうちにカメラを取り出していた。少し後ろに下がり、シャッターを切る。目を真っ赤にはらしながら笑う慧音と、興味のないふりをしつつも、にやけている魔女。中々にいい写真だ。記事にするにはもったいないほどに。そして何より気に入ったのは、その二人の後ろにでかでかと掲げられている肖像画だった。まるで、笑いあっている二人を見守るかのように、そこに描かれている妖怪は笑っていた。見守るというには、あまりにもムカつく笑いだったが、それでも私は気に入った。

 

「なあパチュリー、さっきから気になってたんだが」

 

 どうやら慧音も同じことを思ったらしく、目を細めながら、その大きな肖像画を指差した。厳かな図書館の雰囲気にはあまりにも似合わないそれは、ある意味彼女らしかった。

 

「この肖像画は何だ?」

「ああ、これね」照れくさそうに笑った魔女は、こほん、と小さく喉を鳴らした。彼女のそんな表情など見たことがなかったので、慌ててカメラを向ける。

 

「私は有言実行をモットーにしてるのよ。約束は当然のこと、些細な発言にも責任を持つわ」

 

 さっきも言ったわね、と微笑んだ彼女は、愛おしそうに肖像画を見つめた。私ももう一度肖像画に目を向ける。片目をつむり、人を見下すかのような表情は、彼女がよくするものだった。その絵は決して写実的ではなく、むしろどこか歪んでいたが、捻くれている彼女にはピッタリに思えた。正邪が見れば、何と言うだろうか。想像するだけで面白い。同じことを考えたか分からないが、魔女がふふ、と笑い声をあげた。

 

「正邪に言ってしまったのよ。友達が欲しいなんて馬鹿げた願いだったら、尊敬のあまり肖像画を額縁で飾ってあげるってね。だから、頑張って描いたのよ」

 

 口は災いの元だ、と乾いた笑い声が、肖像画から聞こえた気がした。

 


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