幕末の義賊 作:アルマジロ
沖田と町に遊びに行った日からしばらくの時間が過ぎ、俺は今日も団子屋として働いていた。
最近はそこまで義賊としての仕事をしていない。俺の、桜泥棒の名前が広まってから、大っぴらに悪行をなす人は減った。一見いいことにも感じられるが必ずしもそうではない。
もしも、俺が悪人から命を取っているなら、恐れて完全に手を引く者もいるかもしれないが、俺は金を盗んでいるだけ。ばれないようにひっそりとやるような奴が増えた。
「まあ、それはそれでいいのかな……?」
俺は、不幸になる人間を出したくなかっただけ。大っぴらに悪行ができないなら、やる犯罪も小さいものに変わって、不幸になる庶民が出にくくなるだろう。
「……これしかないからな」
剣で時代を拓くことも、政で民を幸福にすることも、俺にはできない。できることは、
あの日の、あの人のような犠牲者をもう出さない。絶対に。
そのためなら、たとえ、何があろうとも。俺の命が尽きようとも。
俺は――――!
なんて、考えを続けていたが、これではまるで自己正当化。俺は間違っていないと自分に語り聞かせているみたいだ。
「どうかしてんな俺」
最近、どうにも自分のやっていることに疑問を感じ始めた。それが何故かはわからない。今も、俺は市井の人々を救うためには、義賊をするほかないと信じている。賄賂の横行している役人どもの悪行を裁く者は、悪の他ない。そして、その
悪と正義は必ずしも対立ではない。混在しているのだと、俺は思う。
しかしなぜだろうか。沖田と会ってから、どうにも自分の在り方に疑問を感じるようになったのだ。自分がするべき事はこれしかないと確信しているのに、他に何かできないかなんて考えている。そんな矛盾に苛まれているのだ。
「……散歩するか」
客は来ない。そこそこ繁盛しているはずなのだが、来ないときはてんで来ないものだ。
変なことばかり考えてしまって、どうにも仕事をする気にならない。
町に行こう。町に行ってぶらぶらと散歩をしていれば、町の活気に触れて、気分もよくなるかもしれない。
店を閉じて、俺は街へ行くことにした。
☆
町に来ても気分は晴れない。俺は、川辺にしゃがんで流れる水をただ見続けていた。すでに日は沈み始め、少し前まで無色透明であった川は、ほのかに橙色に染まっている。
「あれ? 林太郎さんじゃありません?」
遠くから、聞き覚えのある声がした。
見ると、沖田がこっちに向かって大きく手を振りながら走り寄ってきている。
「沖田か……」
「町にいるなんて珍しいですね! いつも買い出ししたらすぐにお団子屋の方に帰っちゃうんですよね? 何かあったんですか?」
「いや、何でもないよ」
やはり、俺は誰かと話すことが好きなのだろうか。沖田と話していると、少しだけ気持ちが晴れた。
「あの……彼は?」
その時、沖田の後ろにいた男が、沖田に尋ねた。
これから何かあるのだろうか。後ろには他の新撰組の隊員がいる。
そのうちの一人、特に威圧感のある背の高い男が、俺を睨んでいるのだから心地が悪い。
「えっと、お団子屋さんをやっている林太郎さんです。林太郎さんの作るお団子、とってもおいしいんです!」
「……団子屋?」
低い声で、少し意外そうにつぶやいたのは、その威圧感のある背の高い男だった。
「そいつが団子屋だと? おい沖田、そいつは何の冗談だ?」
男は俺の足先から頭の先まで、じっくり見てから。
「体幹といい、腕の筋肉の付き方といい、そいつは明らかに――――」
「お団子屋さんは激務でしょうからね。力仕事だってあって、筋肉も付きますよ。林太郎さんのお店、すごく繁盛しているんですから」
「ああ、まあ、今日はさぼって町に遊びに来る程度に人が来てないがな」
危なかった。あの男は、俺の戦闘能力を確実に見抜いていたのだろう。それだけで桜泥棒だとばれることはないかもしれないが、面倒なことになることに変わりはないし、正体がばれる危険性が大きくなる。
けど――男の言葉を遮った今の沖田の様子は――まるで――――
「そうだ、今日はだめですけれど、今度また町で遊びませんか?」
沖田は、柔らかなほほえみを浮かべて俺に言う。
その表情は、あの人に似ていた。じっとしていると大人びた雰囲気で、けれど悪戯好きで、子供っぽくて、時たまこんな風に柔らかい笑みを見せる。美しくて、それでいて儚さを感じる笑みだ。
そうだ、あの時もあの人はこんな風に笑って……二度とその笑みを俺に見せることはなかった。
「あの、林太郎さん? だめですか?」
思わず呆けてしまっていたが、その沖田の言葉に現実に引き戻された。沖田は俺を上目遣いで見ながら、少し寂しそうな表情を浮かべている。
俺は慌てて返事をすることにした。
「いや、もちろんいいけれど」
沖田は俺の返事に満足げにうなづいた後、後ろのほかの新選組の隊員達に「行きましょう! 行きましょう!」と言いながら、どんどん歩き去っていく。他の隊員達も慌てて沖田について行っている。
去り際に、背の高い男は俺をひと睨みして、そのあとはまるで俺に関心がないかのように、振り返ることなく歩き去った。
「……まずいか?」
あの時の沖田は、まるで俺をかばっているようだった。あの状況で俺をかばう理由なんか、普通ないだろうに。訳が分からない。沖田は俺の正体に気づいていたのか?
それならどうして、普通に俺に接してくるんだ? 確証を得ていないから? いや、普通疑った時点で距離をとったり探りを入れるなりするはずだ。それは今までなかった。だからこそ俺は沖田に自分の正体はばれていないと確信していたのに。
「……なんだろう?」
どうにも、沖田にばれたかもしれないということに、恐怖のほかに何か別の感情が叫びをあげている気がする。悲しいような、寂しいような。
なぜだ、と自問する。分からない。なぜ悲しいと思うのか、寂しいと思うのか。
だって、沖田に俺が
ふと、あの人と似た笑顔を浮かべた沖田の表情を思い出して――――。
「とにかく、もうなるべく沖田に合わないように……いや、もっと遠くに逃げるべきか?」
いずれ捕まって殺されるであろう、そう思っている。俺の末期がそうであることは、まず間違いないだろう。けれど、決して自殺志願者ではない。可能な限りそれを避けるべきだ。そう、この町を出ていく。そうしてまたほかの町で、悪行を成す者のため込んだ金を奪い、庶民の暮らしを助ける。それが一番だ。
だのに。
「そういう別れ方は、いやだな」
今、沖田から距離をとると、あの人と似た、あの笑顔を最後に別れることになる。
「次で最後か」
もう一度会って、それでどこか遠くへ逃げてしまおう。
その最善の選択をしてもなお、俺の心が締め付けられるような痛みを訴え続けるのは、なぜだろうか。
誰かのことを大事に思い、その人に会えると嬉しくて、気分もよくなって。
その人と相容れない存在だと、認めたくなくて、苦しくて、悲しくて。
その人ともう会えないかもしれないと考えると、どうしようもなく胸が苦しくなる。
そんな感情を何というか。俺は、気づかないでいたい。
あの人を最後に、俺はその感情を捨てたはずなのだから。
少し当初の想定とぶれてきているので修正のための導入。ほんとは主人公の葛藤はあまりなかったはずですが、書いちゃったのでどうにか解決せにゃならん。
ほんとはこのまま主人公の過去編に行ってもいいんですけれど、沖田かわいいから書いているはずの当小説は、今のところ沖田のかわいさを描けていない。
次回こそは……
リメイクするとして。改善してほしい要素、掘り下げてほしい要素。一番多いのを特に重視して書きます。一
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文章を改善してほしい。
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展開を改善してほしい。
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設定を改善してほしい。
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人間関係をしっかり描いてほしい。
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もっと長くしてほしい。
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もっと短くしてほしい。