幕末の義賊 作:アルマジロ
真っ黒な空に、光の花が咲き誇る。ほんの一瞬美しき光で人々を感動させた後、すぐにまるで最初からなかったかのように消えてしまった。その後次々とほかの花火が上がるのだから、誰も花火一つ一つを惜しむことはない。なんだかそれは、ひどく寂しいことのように思えた。
「きれいですね……また、来年も来れたらいいですね」
こちらを見て微笑む沖田。空の花の光に照らされた横顔、細い首筋がやけに艶めかしくて、どきりとさせられる。
「来年か」
来年の今頃、俺はどうしているだろうか。ひょっとしたらとっくにこの世からいなくなってしまっているかもしれない。どこか遠くに逃げて、そこで暮らしているかもしれない。
けれど、願うことなら、来年も。
☆
夜、いつもと違って浴衣でやってきた沖田に案内されて、橋に着く。すでに大勢の人が集まっており、半ば祭りの様な雰囲気を醸し出している。
「やっぱ人が多いですね~、でも、これぐらい活気が楽しくていいかもですね!」
沖田の態度は変わらない。それは当然だろう。昨日の様子から、俺は沖田に自分の正体が知られている可能性に気づいた。けれど、沖田が俺の正体に気づいていたとしたならば、それはずっと前のことだろう。今更俺に対する態度が変わる余地はない。
けれど、俺の態度が変わっていることくらいには沖田なら気づいているはずだ。
沖田は努めて普段通りに接しているのだろう。俺もそれに乗っかるべきか。それとも、それとなく俺の正体に気づいているか探りを入れるか――。
「そうだな。やっぱお祭りみたいで楽しそうだ」
俺も、あえていつもの調子で返した。特に何か作戦があるわけでも、狙いがあるわけでもなく、ただ、沖田との今までの関係が崩れるのが嫌だった。
「しかし、まさか突然花火に誘われるなんて思わなかったよ」
「あはは、昨日話したと思っていたんですけどね……」
沖田は、申し訳なさそうに笑って頬をかく。
「しかし……花火か」
誰かと何かを見に来るなんて、本当に久々だ。いや、あの人と行ったのがほぼ唯一で、人生で二回目の経験か。
近頃はたびたびあの人のことを思い返してしまう。もうすでに吹っ切れたと思っていたのだが、いや、引きずっているからこそ、俺は義賊をやっているのか。思えば、俺が『
正義は枯れた、悪でしかさばけない。
俺の心も枯れた、あの人を、愛した人を失ってから。
「でも――」
沖田の声に現実に引き戻される。沖田は、少し照れた表情で俺を見ながら、
「今日は、林太郎さんと来れてよかったです……」
言ってる途中で恥ずかしくなったのか、尻すぼみになっていく。恥ずかし気にうつむいてしまう沖田に、俺は何かを言おうとして――
大きな音が轟いた。花火が始まったのだ。
☆
「すごかったですね、花火」
団子屋までの帰り道、沖田は感慨深げに言う。本当に頼りないことに、俺は沖田に「帰り道に野盗に襲われでもしたら大変ですから」と言われ、送ってもらっている。
だが実際、野党に襲われたら困る。返り討ちにすると、俺の戦闘力が明るみになりかねないし、だからといって口封じをするわけにもいかない。
それに、沖田ともうしばらく一緒にいられるのだから、ちょうどいいというものだ。
やはり、もう決定的なのかもしれない。沖田に、俺はあの人に抱いた感情と同じものを持ってしまっている。けれど、それだとまた失ってしまいそうで、怖いのだ。
もっとも、沖田は簡単に死ぬほどやわではないが。
「ねえ、林太郎さん?」
「なんだ?」
そんな感じで、沖田のことを考えていたせいか、もうあと家に帰るだけと油断していたからか。
「桜、好きなんですか?」
「!!――――」
沖田の言葉に、俺は大げさな反応を見せてしまった。思わず沖田を見るが、沖田は特別真剣な表情をしているわけではなく、けれどいつもの楽し気な笑みというわけでもない。
俺の大げさな反応に対しても、追及することなく、ただ俺の返事を待っているようだ。
「桜……か」
俺は桜が好きなんだろうか。特別なものではあるのだが、好きかどうかと問われると少し悩む。あの人が好きだったから、あの人のことを忘れないために、あの人を奪った悪を挫くために。
「……好きだね。悪人に殺された、俺の好きだった人が、桜好きだったから。俺も桜が好きだ」
俺の今の発言は、完全に俺の正体が桜泥棒だと認めたようなものだろう。そして、今の発言は、一切包み隠さずに言ったつもりなのだが、まるで自己正当化しているように聞こえてはいないだろうか。
いや、俺は何を言っているんだ。悪だと自覚しているのに、なぜ今更沖田にはここで自己正当化するような人間だと思われたくないなんて思っているんだろうか。
「ふふっ、林太郎さんらしいですね」
しかし、沖田は、刀を抜いて俺を捕まえようとするわけでもなく、いつもの楽し気な、少し子供っぽい笑顔に戻った。
「だったら、来年の春には桜を見に行きませんか? すごくきれいに桜が見える場所を知っているんです」
「あ、ああ。もちろん……」
「よかったです! では、また今度遊びに来ますね」
そういって、沖田は歩き去る。気づかなかったが、どうやらすでに団子屋についていた。団子屋の裏に俺の家はあるのだが、しばらく俺は、団子屋の前に立ち尽くして、沖田を見送っていた。
俺は、今までのように沖田といていいのだろうか。沖田は俺の正体に気づいているのだろうか。
「……義賊か」
俺が、義賊を続けているのは、市井の民を救いたかったから。あの人と同じような犠牲者を出さないため。そして、あの人を殺された恨みを、悪人の金を奪うことでどうにか晴らそうとしているから。
『あなたは、もう、誰かに縛られて生きなくていいの。わたくしにも、縛られないで』
そういってくれたあの人の言葉。俺が義賊を続けていることは、あの人に縛られていると言えるのだろうか。
「……」
俺は、今後どうするべきなのだろうか。
思考放棄して、今までと変わらずに沖田と普通に過ごせばいいと、最低なことを考える自分が、いやになった。
でも、たとえ、正真正銘の悪人になり下がったとしても。それが最低最悪の事だったとしても。
俺は沖田と一緒にいたい。
☆
結局、彼がどういった人間なのか。三月前から知っている程度では、完全にわかるはずもない。ただ、少しだけ、彼がどうして悪になってまで悪を挫くのか、少しだけだが知ることができたのかもしれない。
沖田は、自分が笑みを浮かべてしまっていることに気づかずに、夜道を歩いていた。
彼がどうして悪になったのか。彼の発言から知れる範囲でも、想像することがやっとだが、なんとなく、彼らしいと思った。
沖田が知っている彼は、優しくて、正義感に満ちていて、不器用で、愚直。なるほど、彼にはああする他なかったのかもしれない。
「私は、どうするべきなんでしょうか?」
そんな言葉が、口から出るが、もうすでに結論は出ていた。これはまるで思考放棄しているようで、逃げているような答えなのかもしれないが。沖田は、これからも今までと変わらずに彼と会い、彼としゃべり。そして夜には桜泥棒と会って、少し戦ってから、見送る。
思えば、最初に桜泥棒にあった時から、自分の中で、彼を捕まえようという意思は消えてしまっていたのかもしれない。
自分が天才とも、剣豪とも思ってはいないが、それでも、戦えばある程度であれど、相手のことがわかる。
沖田が、初めて桜泥棒と戦ったとき、まるで悪人とは思えない、不器用ながら正義であろうとする『正義』だと感じてしまっていた。沖田がたどり着けない、正真正銘の正義。それは、公共のためではなく、一人のために真っ直ぐに戦い続けることなのかもしれない。
何が正義で、何が悪か。それは個人の裁量で決まってしまうだけに、簡単に判断するのは危険だ。だからこそ、沖田は、今まで通り彼――林太郎と過ごそうと決めていた。秋の紅葉を見て、ふゆの雪景色を見て。約束通り春の桜を見て、また来年の夏の花火を見る。
それは、とても楽しいだろう。
未来のことを考えて楽し気に笑っていた沖田だったが、唐突に胸の痛みに襲われた。
「けほっ、けほっ」
近くの木の幹に体を預けて、咳き込む。
「ゴホッ、ガフ」
激しく咳き込んで、何かがせりあがってくるのを感じた。もう一度咳をしたとき、その何かが吐き出される。
木の根元に咲いていた、小さな白い花が真っ赤に染まった。
「また、ですか」
沖田はしばらく休んでから、その場を離れて、けれどすぐに引き返す。自らの血に染まってしまった花に、小さく謝って、沖田は今度こそ、その場を離れた。
真っ赤な花は、夜風に揺れる。
最後の沖田さんの咳き込みは「こふっ!」だとシリアス感がなくなるので、ガチ咳き込みにしました。
しばらく忙しくなるので、次回は遅くなるかもですが、日曜日には投稿されると思います。
リメイクするとして。改善してほしい要素、掘り下げてほしい要素。一番多いのを特に重視して書きます。一
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文章を改善してほしい。
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展開を改善してほしい。
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設定を改善してほしい。
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人間関係をしっかり描いてほしい。
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もっと長くしてほしい。
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もっと短くしてほしい。