幕末の義賊 作:アルマジロ
「ふー」
お茶を飲んでいた沖田が、大きくため息をついた。
「最近忙しくて、ちょっと疲れちゃいました……」
困ったように笑う沖田だが、確かにその表情には疲れが浮かんでいるように思える。
花火を見に行った日からしばらく、沖田は忙しかったようで、あまり団子屋に来なかった。時々、俺の団子を食べに来てはいたのだが、前のように駄弁ったりすることはなく、すぐに帰って行ってしまっていた。
今日は久々の非番ということらしい。
「けほっ……ん、お茶、おいしいですね……」
「おいおい、本当に大丈夫か?」
沖田は、今日何度か咳き込むことが多い。もともと病弱であるのだから、とても心配であるのだが。
「最近寒くなってきましたからね。体調には気を付けないといけないですね」
団子屋の近くの木々も、色づいて来た。秋になって、沖田の言う通り、最近は寒くなるばかり。日中は過ごしやすい気候なのだが、夜になると流石に冷える。
「でも、今日はずっと咳き込んでないか? 医者に行ったらどうだ?」
悪化して手遅れになってしまったら大ごとだ。
けれど、不安はそれだけではない。世間では徳川幕府に対しての不満が増えている。経済的にも逼迫し、そこそこ繁盛している方の俺ですら食うに困っているのだから、気持ちも分からなくはない。
新撰組の、沖田自身はそのことをどう思っているのだろうか。
「いえ、医者に行っている暇があったら、頑張らないとですから」
そこまでして、身を粉にして忠を尽くすのは、なぜだろうか。
「だが、今日は非番なんだろう? それこそ今日にでも――」
「いえ、それだと林太郎さんに会えなくなっちゃいますから……」
小さく微笑んで沖田は言う。いつもと変わらない笑みだと思ったが、違う。寂しさ、悲しさ、そういった感情を押し殺して笑っている。そんな儚い雰囲気を感じられた。
それに、沖田がそう言ってくれることはうれしいが、沖田がそういうことを言うときは、いつも恥ずかし気にしたり、うつむいたりしたり。それを素直に言うこと自体が、沖田の余裕のなさを物語っているように感じてしまった。
「……おい、沖田。お前なんか隠してないか?」
「あはは、何も隠してませんよ?」
「……ならいいけれど。無理はするなよ?」
明らかに何かを隠しているが、追及したところで沖田はきっと話してはくれないだろう。
沖田は「安心してください」と言って、立ち上がる。
「では、私は少し用事があるので」
「ん? そうか? まあ、気をつけてな」
沖田は手をひらひらと振って、去っていった。
☆
今日の『仕事』が終われば、当分の間、義賊としての活動をしないように決めていた。これがただの逃げなのか、それとも、これからようやく始まるのか、それはわからない。
ただ、一つだけ言えることは、あの人に助けてもらうより前の自分の意志で何かを決められなかった時とは違い、俺は自分の意志で自分のこれからを決められる。
塀を超えて、屋敷の中に忍び込むと、見張りの一人が大あくびをして地面に胡坐をかいて座っていた。闇夜にまぎれて近づいて、万が一にも叫び声をあげられないように口をふさいでから、首を絞めて昏倒させる。これでしばらくは起きないだろうが、見張りを気絶させたままこの場に置いておくと侵入を気取られるので、どこか藪の中に隠さなければならない。
「……このまま胡坐かかせてれば、眠ってると思われるか?」
藪の中に隠すのに少しとはいえ時間がかかる、音を出してしまうなどの危険性があるが。
「いや、桜泥棒に警戒しているだろうから、しっかり隠しておくべきか」
その程度の時間で、安全が確保できるなら。
見張りの男を隠して、あとは屋敷の中を闇にまぎれながら移動し土蔵を探す。さすがに土蔵の前の警備は厳重で、三人もの男が刀を携えて仁王立ちしている。馬鹿正直に突っ込むのはだめだ。どうにか三人ほぼ同時に沈黙させられる手立てはないだろうか。
まったく、最後だというのに、ずいぶんと厄介だ。
金持ちは、自分の家を守らせるものだ。盗まれて困るものがあって、それを少しの金で防げるなら、誰だってそうするだろう。だが、それでも土蔵の前にこんなにも人を配置するというのは少し意外だった。もしも見張りに盗まれたら、なんて考えをして、人を寄せ付けることすらしないものもいるというのに。
さて、どうしたものか。誰かが厠に行くのを待つというのもありだが、行かない可能性だってあろう。
「どうしたものかな、まったく」
一応こんな時のためにいくつか道具を持ってきてはいるのだが、本番ではほとんど使ったことがないのでうまくいくかわからない。とりあえず、やるだけやってみよう。
俺は、持ってきていた中くらいの袋を取り出して、中から蛇を出す。蛇を三人の見張りの方へ投げると、
「うわっ!」
「ひっ」
「蛇……いや、誰かいるのか?」
驚いた一人、のけぞった一人、冷静に俺のいる方を見ている一人。一番の脅威は最後の者。蛇に大きな悲鳴をあげられても困るので、イチかバチかではあったが、うまくいった。もっとも、夜中の見張りを負かされる堅強な男が、大きな悲鳴を上げるとも思えないが。
一番冷静な男に石を投げつける。顔に向かって飛んだそれを男は腕で防ぐがそれは悪手、自ら視界をふさいでしまっている。一瞬で距離を詰めて、首を絞めて数秒とかからずに落とす。残りの二人がこちらに気づいたようだが、慌てずに、一人を確実に落として、もう一人を蹴り上げた。
「うぐ……!」
痛みにうめく男も、同じように首を絞めて気絶させる。
「何とかなったか」
あとは土蔵を開けて、中の金を盗むだけなのだが――。
見たことないタイプの錠前だな。本当に最後の最後で厄介なことばかりが起きる。それでも、見たところそこまで難しいものではなさそうだ。
果たして、しばらくもすれば錠前は簡単に開いた。変に警戒してしまったが、大したものではなかったのだろう。
金を盗んだら、枯れた桜の枝を土蔵の中に置いて、その場を去る。いつもより少しばかり時間がかかってしまったが、あとは町で金を撒いて、山に逃げて、そのままこっそり団子屋に戻るだけだ。
帰りも警戒しなければならない。見張りに見つかって、大騒ぎになったら、今度は町に見張りが多く駆り出され、金が撒けなくなる。
「何者だ?」
なんてことを考えていたら、背後からそんな声がした。どうにも、今日は気を付けようと思ったときに、問題が起きるようだ。本当に最後だというのに。今日は不運だ。
振り返ってみると、笠をかぶった、刀を腰に二本差した背の低めの男がいた。男は刀に手をかけており、こちらとやる気満々のようだ。
「何者って、まあ、うーん? 同業者?」
「なめているのか? 貴様、噂の桜泥棒か? 貴様をとらえれば、わが名声も上がるというものだな」
刀を抜いて、こちらに突き付ける男だが――沖田と比べると、隙だらけだ。自分一人の手柄にしたいようで、俺の存在を大声で伝える様子もない。
「そうかい。じゃあ、頑張ってくれよ!」
☆
「いてて」
油断したわけではないが、右腕を掠って、少し出血している。笠をかぶった男は、顎を蹴り、昏倒させた。彼は彼で、当分の間起きることはないだろう。あとは、逃げて町に行くだけだ。
「本当にこれで最後か」
少し、それでいいのか悩みもするが、俺は、沖田との日常を選ぶことにした。約束通り、来年の春の桜、夏の花火を見よう。
塀を乗り越えて、道に出る。
今日も曇天だが、わずかに雲の切れ間から月明かりが見えて来た。どうやら今日は満月らしい。
まぶしいほどに輝いて、俺の行く先の人影を照らしていた。
男だ。俺の行く先に男が立っていた。
新撰組の浅葱色のだんだら模様の羽織を身に着け、腰には刀を差している。背の高い男で、全身から威圧感がにじみ出ているようだ。
「あ? なんだお前」
その低い声には聞き覚えがある。いつぞやに町で沖田と偶然会ったときに一緒にいた男。あの後、沖田にあれが誰だったのか聞いてみたことがある。
あの沖田にすら、本気で戦ったら勝てないかもです、と言わせるほどの豪傑。
絶対的な規律を敷き、強者ぞろいの新選組の隊員にすら恐れられる鬼の副長。
「なるほど、お前が桜泥棒か。こんなところで遭遇するとはなあ」
不敵に笑い抜刀する男に、俺も小太刀を抜いて構える。
新撰組副長、土方歳三。
鬼が、俺の前に立ちはだかっていた。
土方さん霊衣解放とかで羽織来てくれると嬉しいけど、あれはもう着ないってGOでいっちゃってるからなー、な話でした。
リアル関係のトラブルで、次回も遅くなるかもです。遅ければ15日になってしまいそうです。
追記。
リアル関係のトラブルがトラブルどころではなくなったので、執筆時間がとれてません。最長でもう一週間更新出来そうにありません。
リメイクするとして。改善してほしい要素、掘り下げてほしい要素。一番多いのを特に重視して書きます。一
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文章を改善してほしい。
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展開を改善してほしい。
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設定を改善してほしい。
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人間関係をしっかり描いてほしい。
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もっと長くしてほしい。
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もっと短くしてほしい。