幕末の義賊 作:アルマジロ
沖田は、もう一晩だけ泊まらせてくれるという村長の家から抜け出して、一人、崖に座っていた。暗くて景色を楽しむことはできない。誰が見ても、山がたくさんあるなぁ、くらいの感想しか出ないだろう。
草木も眠るというが、夜中であっても虫はうるさいくらいに鳴いていた。風で木々がざわめくのだから、木も起きているのではないかと、沖田は遠くをぼんやりと眺めながら考えていた。
遠くといっても、物理的なものではない。遠い過去のことだ。生前、守れなかった、叶わなかった、大好きだったいろんなもの。
ひょっとしたらと思って半ば無理を言ってレイシフトについて来たが、この時代は彼と出会う五年も前の時代らしい。
当然、自分自身も、彼もどこかにいるはずだ。だが、会ったところで向こうは沖田のことがだれかわからない。
一目見ることが叶えばそれでいい、なんて思っていたが、いざこの時代に来てみると、直接会って言葉を交わしたくてたまらなくなった。もう一度でいいから、たった一度でいいから、会いたい。
「はぁ」
らしくないと、沖田はため息を吐いた。
藤丸やマシュに心配されている事は、当然沖田自身気づいている。明るく振舞おうにも、どうにもできない。無理に振舞えばかえって心配をかけるだけなのだろうから、自分がどうするべきかもわからない。
こんなことならば、レイシフトに付いて来るべきではなかった。
彼がカルデアに召喚される可能性に賭けて、ただあそこで待っている方が良かったかもしれない。生半可に距離が縮まった分、もう自分の感情を抑えることすら難しくなっていた。
もう一度彼と話したい。彼と花火が見たい。そのためにここに来たのに、それはおそらく叶わない。
『団子屋に会うのなら、その前に里を探せ。会わないつもりならこのことは忘れろ』
この時代にレイシフトする直前に、こっそり土方から言われたことを、沖田は一度頭の中で繰り返した。彼のことを好いていたことも、その正体が桜泥棒であったことも、沖田がそのことに気づいていて見逃し続けていたことも、土方には気づかれていた。沖田が思わず、なぜ生前にそのことを責めなかったのかを尋ねても、背を押されるだけでこたえてはくれなかった。
「里……ですか」
その里についてももちろん詳細を尋ねようとしたが、教えてくれず。
「里を探そうと思えば……でも勝手に行動するわけには」
優し気な藤丸の笑顔を思い浮かべる。その笑顔に恥じず、彼女は優しい。もしも沖田が「会いたい人がいる」と言ったら、きっと、少し驚いてからニカっと笑い「任せろ」なんていうのだろう。その光景がありありと浮かんできて、思わず苦笑してしまった。
「わがままなんて言ってられないですかね」
沖田は、ぼんやりと遠くを眺めていた。
☆
夢を見た。これは私の記憶ではない。他の誰かの遠い昔の記憶だ。
彼は里で生まれた。生まれて数年の時が経った時、里の老人から刃物を手渡された。
「この里に侵入してきたものだ。我々を全員殺そうとしていたらしい。ここで殺さねば里のみんなが死ぬ。殺せ」
老人から発せられる声は、低く威圧的で、ガタガタと震えながら縛られた男の首に刃物を突き付ける。
あと少し押し込めば男が死ぬといったところで、動きが止まった。
「……何をしている? そいつを殺さねばお前の親も、儂も、お前自身も死ぬ。いいか、誰かを殺して多くの者が救われるのならばそれが正義だ。正しいことだ。儂が命令した通り、お前は人を殺す。それだけで正義がなせるのだ」
首に振れていた刃物が小刻みに震え続ける。彼は涙を浮かべて老人を見上げる。鋭い眼光でこちらを睨んでいた。優しい老人のもつ温もりはなく、厳しい老人の愛を感じさせる激しい情熱もない。頑固な老人の持つ硬い意志すら感じさせない。ただただ冷め切った冷たい瞳。
彼はもう一度男を見た。男も震えて、涙を滂沱と流し、鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔。こちらを見る目は完全に怯えて、弱弱しい。
だが、怯えの中に、自分を軽蔑する、人間以外の何かを見ている憎悪にも似た感情が混じっていた。
夢を見ている私にも、その時の彼の感情が不思議と伝わってきた。老人の理不尽に対する怒りや、悲しみ、こんなことを強要されたことへの驚きでもない。ただ、恐怖の感情一色だった。
彼も、怯えていた。ここで殺さなければ、老人の言っている通り自分たち全員が殺されてしまう。本能的にそう理解した。
手の震えは止まった。
そして――
「……お前は、明日から地獄を見ると思え。徹底的に修行をつけてやろう」
結局、彼は男を殺せなかった。
老人にあっけなく息の根を止められた男を見ても、何も感じることはない。それを自分がやったとしても大したことではなかった。そう感じるにもかかわらず、彼は男を殺せなかった。
数年の時が経った。夢として見ている私に正常な時間感覚はないが、彼が成長していたのだからわかる。まだ十にも届かない少年だが、その手に持っていたのは遊び道具などではなく、小太刀。彼に自由はなかった。徹底的な座学、徹底的な戦闘訓練。
暗器の扱い、毒物の扱い、家屋への浸入方法、追跡技術。逃げられた時の対処、痛みを感じにくい自刃の手法、逃げられた先で鍵をかけられた時のための解錠技術。
それらを徹底的に叩き込まれる。
ある日、里に一人の男が迷い込んだ。里の全員が男の面倒を見て、衣食住を提供し、最後に口止めをして里を送り出した。
「なぜ、あいつは殺さないんだ」
「迷ったものまで殺す必要はない。我々は正義である。無闇な殺生は悪に他ならない。なれば、迷い込んだだけの者ならば手厚い歓迎をして口止めをして送り出す」
「殺した方が危険が少ない」
「言いふらされたとしても里を移せばいい。それもまた修行になる」
老人と彼は、男を見送りながらそんな会話をしていた。
優し気な顔をしていた彼は、かつての彼と同一人物かすら怪しいほどに鋭く冷たい目をしている。その変化も、彼の口から平然と殺人を許容する言葉が出たことも、私には耐えられないほど悲しく思えた。
☆
「……目が覚めちゃった」
藤丸は布団から体を起こして、目をこする。何か悲しい夢を見ていた気がする。悲しみともう一つ、里に対する恐怖のようなものが。
「里?」
里って何だろう。藤丸はしばらく小首をかしげつつ考えてみるが、特に何も思いつかなかった。
「うーん、ちゃんと寝ないとなぁ」
明日はもっといろいろ調べてみることになっている。近くの村でいろいろ訪ねてみても特別何かおかしなことが起きているといったことはない様子であった。明日は少し足を延ばして、山の向こうにある町へ行くつもりだ。大変な道のりになるであろうし、しっかり寝ておくべきだろう。
村長は、「あ? 仕方ねぇなもう一晩だけだ」なんて言って今日も泊めてくれた。だが、なんだかんだ優しそうな村長のことだ、またもう一晩だけといって、何度だって泊まらせてくれるだろう。
「といっても食べ物だって多くないだろうし、本当に今晩までだよね」
藤丸は布団に寝転がって、目を瞑る。眠気はやってこない。
「ちょっと歩くかな」
やけに多くの独り言を言ってしまうのは、今までの旅でずっと隣に誰かがいたからだろうか。ふと、自分の独り言が多いことに気づいて、口を噤んだ。
藤丸はこっそり村長の家を抜け出し、何処へ散歩するか考えて、崖の方へ向かった。少し危ないかもとも思ったのだが、崖から遠くを見ることによって得られる情報があるかもしれない。
しばらく歩いていると崖と、人影が見えて来た。
「あれ? 沖田?」
沖田は振り向いて、微笑みながら手を振ってくれる。藤丸も笑って手を振った。
「どうしたのこんなところで」
沖田は崖沿いに座って、足を崖から投げ出していた。危ないと思ったが、沖田なら間違っても落ちることはないだろう。藤丸も沖田と同じようにしようと思い、崖から下を覗いて、ゾッとしてやめた。結局沖田の横、すこし後ろに座って、遠くを眺めることにした。
「マスターこそ、どうしてこんなところに? 眠れないのですか?」
「ううん。あ、えっと、眠れないのもあるんだけど、ちょっと遠くを見てみたいなって思ってここまで来たんだよね」
「生憎、山しか見えませんけどね」
苦笑する沖田に藤丸も苦笑を反す。
沖田の言う通り、月明かりのない今日は闇が完全に支配して、山も真っ黒いシルエットでしか見ることができない。
そんな山以外、他には何も見えるものがなかった。
はずだった。
「あれ?」
「……あれは」
藤丸たちのいる崖のちょうど向かいにある山の中腹。わずかに光った。そう思った次の瞬間には、その光がいくつもの数に増えて、しばらくしてまた消えた。
「……何かあるのでしょうか?」
「…………里……? あそこに里があった気がする」
藤丸はそんなことを呟いてから、ふと我に返る。どうしてそんなことを呟いたのかわからなかった。無意識に口から出たその言葉が、けれど、正しいことに思えてならない。あそこには里がある。
「里? ……里ですか」
「え、ごめん沖田。なんかそんな気がしただけで、何も分かんないや」
だが、沖田の言葉を聞いて、急に自信がなくなってきた。
「いえ、何にせよ明日、あそこへ向かってみましょう。何かがあるかもしれません」
一見冷静な沖田だが、なぜか藤丸にはどこか焦っているようにも見えてならなかった。
リメイクするとして。改善してほしい要素、掘り下げてほしい要素。一番多いのを特に重視して書きます。一
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文章を改善してほしい。
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展開を改善してほしい。
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設定を改善してほしい。
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人間関係をしっかり描いてほしい。
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もっと長くしてほしい。
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もっと短くしてほしい。