ポケモン相手にバブみを感じてヒモになれ!   作:青クマ

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ワタルの奢りで食べるラーメンは美味しい

   

 結局、マサゴタウンにあるナナカマド博士の研究所を目前にするまでミュウの行いの意味を考えていた。桃色の吐息、淫靡に響く水音、柔らかな肉の味わい。悟らせまいと隠された心の声は聞こえず、ましてや口付けの意味など恥ずかしくて到底聞けそうも無い。

 彼女が何を考えているのかを知らない。言われなければ分からない。だから僕はただ待つと心の裡で密かに決めた。それは逃避にも等しい心持ちであったが、これ以外の選択肢を選ぶ勇気など僕には無かった。

 

 

 僕が遥々シンオウ地方まで足を運んだ目的は主に二つ。

 一つはポケモンリーグの総本山カントーの示威行為。最強のトレーナーはカントーにこそ在り、というのがカントーリーグ上層部の主張らしく、近年勢いのあるシンオウトレーナー達の頂点、つまりはチャンピオンをポケモンバトルにて下してくるのが僕に与えられた辞職の条件だった。

 二つ目はこの地方に生息するポケモンの生態調査。元はドラゴンポケモンの情報が知りたいだけのワタルの我が儘であったが、そこに大恩あるオーキド博士からのお願いも加わっては断る事が出来ない。僕が自由気ままに振舞えているのも博士のご厚意による物なのだから。

 

 

 因みにこの他にもワタルからは沢山の小言を貰った。

 人の上に立つ自覚が足りないだとか。覇気が無いとか。弛んでる。活力に乏しい。ドラゴンタイプはいいぞ。チャンピオンを辞めるとはどういう事だ。根暗。初心者はミニリュウから育ててみるのがいいぞ。お土産はポフィンがいい。一緒にレックウザを探しに行かないか。景色の良い所があったら写真も頼む。ドラゴンタイプはいいぞ。カメラを忘れるなよ。ドラゴンタイプはいいぞ。シンオウのチャンピオンは独身らしい。カンナギタウンの壁画が見所だ。故郷からドラゴンポケモンのタマゴを送って貰おうか? 何、遠慮するな。ミオシティの図書館も忘れるな。三大湖も外せない。ドラゴンタイプはいいぞ。可能そうならキッサキの神殿も見て来てくれ。リゾートエリアは昔行った事があるがとても良かった。ドラゴンタイプはいいぞ。ほら、このパンフレットを持って行け。ドラゴンタイプはいいぞ。サバイバルエリアの方が好みか? 後でラーメンを食べに行こう。この前良い店を見つけたんだ。シンオウにはガブリアスというポケモンがいるらしい。写真を頼む。可能ならば技を放っているシーンがいいな。ドラゴンタイプはいいぞ。ホテルに泊まるならグランドレイクがお勧めだ。ドラゴンタイプはいいぞ。サファリゾーンに寄ってみるのもいいぞ。だがゲームコーナーには寄り過ぎるな。ドラゴンタイプはいいがゲームコーナーは良くない。シンオウではポケッチというのが流行っているらしいな。そういった事は君の方が詳しいのかも知れんが一応伝えておこう。流行というのは意識し過ぎるに越した事はない。流行り廃りというのは難しいな。俺もカンナによく服装を注意される。もっともこのマントを脱ぐつもりは無いがな! それに服装というなら先ずはシバの奴から注意すべきだろうに。俺ばかりぐちぐちと言われるのだ。

 おっと着いたぞ。このラーメン屋だ。中々に味のある屋台だろう。店主よ、とんこつラーメンを一つ。ところでシンオウにはポケモンスーパーコンテストなる物があるらしいな。カントーには無い催しだが興味があれば出場してみるのもいいだろう。ん? なに品目を迷っているのか? この店は醤油ラーメンも絶品だ。初めて食べた時はまるでドラゴンクローのような衝撃を受けた。威力80、命中100だ。間違いなくハマるぞ。旨いラーメンはやはりスープが違うな。この麺もまた一級品だ。定期的に食べたくなる味だな。

 ……ふぅ旨かった。店主よ会計を! ここは俺が出す。なに気にするな奢りだ。む、もうこんな時間か。楽しい時間は早く過ぎてしまうというのは揺るぎない真実のようだな。確か家はヤマブキシティだったな。送っていこう。カイリュー《そらをとぶ》だ!

 ……ここはいつ見ても凄いビルだな。この会社も、ロケット団に占拠されていた時は大変だったが無事に取り返す事が出来て良かった。カントーが誇る一大企業だ。この会社は一体どこまで大きくなっていくのだろうな。誇らしい気持ちと共に少し、不安になる時がある。ふっ、要らぬ感傷だと笑ってくれ。

 そろそろ別れの時間か。ふむ、いつかシンオウのラーメンも制覇せねばならん。来たるべき日に備えて入念な下調べを頼むぞ。細やかな努力と堅実な下積みに支えられてこそ、その上にあるものは輝くのだ。ドラゴンポケモンと一緒だな。では、さらばだ! 旅の安全と息災を祈る。カイリュー! 《そらをとぶ》だ!

 

 

 長い。とにかく長い。ワタルの話にいちいち付き合っていたら日が暮れる。ワタルは人間に《はかいこうせん》を撃つバカだが悪い奴ではないし、食に対するセンスも抜群だが話が長い所だけが欠点だった。

 

 

『で、いつになったら研究所に入るわけ?』

 

 

 扉の前でぼうっとワタルに想いを馳せていると、待ちきれなくなったミュウが現実に引き戻してくる。

 

「いや、その、オーキド博士に写真を見せてもらったんだよ」

『写真って何のよ』

「ナナカマド博士の。……その、結構怖い顔をしてて……」

 

 仮にもオーキド博士の後輩であったというナナカマド博士を悪しきように言うのは躊躇われたがそれを差し引いても、博士から見せてもらった写真には人を萎縮させる強面が写っていた。

 形容するならむっつりだんまり。白い髭に覆われた鉄仮面からは親しみ易さは到底感じられない。きっとナナカマド博士はバラエティに出演して川柳を詠みはしないのだろう。

 

『扉、開けないなら私が開けちゃうわよ?』

「ま、待って!」

 

 慌てて制止するも少し遅かった。ミュウの細腕はしっかりとドアノブを掴んで戸を引いている。

 

『お邪魔しまーす。ナナカマド博士はご在宅ですかー?』

「ポチャー! ……チャ!?」

 

 

 (またた)()、という言葉がある。

 (まばた)きをする(あいだ)。一秒にも満たない一瞬。普通に生きていては短過ぎるその瞬間だけど僕たちトレーナーは、その一瞬が明暗を分ける事を知っている。

 

 

 だからまあ、運が悪かったんだろう。誰に責任があるとかそういう話では無かった。タイミングがとうしようもなく神懸かっていてどうしようもなく間が悪かった。扉に向かって走って来ていた彼は驚いて、僕はもっと驚いた。だけど僕は、彼が驚いたその一瞬を逃()なかった。

 

 口は、もう既に動いている。

 

「──ミュウ、サイコキネシス」

 

 紡がれた言葉にミュウは本能的に反応する。

 相手の隙を見逃さずに指示を出せるのが一流のトレーナーとしての資質なら、下された指示を頭で理解するより先に実行出来るのが一流のポケモンだ。その点においてもやはりミュウは優れた子であった。

 

『えいっ!』

「ポチャッ──!?」

 

 あっ、と一同揃って声が漏れる。

 少なくとも僕が状況を飲み込めたのは、目をぐるぐる回しながらひっくり返る青色のポケモンが気絶するのを見届けてからだ。

 

 どうしよう。そう思わずにはいられなかった。取り敢えずミュウを見つめると視線が合いにっこりと微笑まれる。助けてくれ。

 仕方なしに顔を上げれば、幼さの残る女の子と、うわっナナカマド博士がこっちを見てる。

 

「……あー、元チャンピオンのアッシュです。カントーから来ました。あとコレ、つまらない物ですがお土産のお菓子です」

 

 僕は人と喋るのが苦手であったが居た堪れない沈黙に曝されるのも大の苦手だった。

 凍りついた空気はシンオウの寒さによるものではない事だけがこの場では確かだ。こういう時、僕のような人間は祈るしかない。どうかワタルの選んだお菓子がお気に召されますようにと。

 

 

 

 

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