あっという間に、職場体験開始日がやってきた。
近くの新幹線停車駅に集合し、そこから全国に散る民族大移動だ。
「よう、昨日は眠れたか?」
集合場所に到着すると、先にいた砂藤が開口一番そう問いかけてくる。甲司は目の下にうっすら浮かんだ隈を差して首を振った。
「そりゃそーか。前日でもないのに今日まで毎日寝不足だったもんな」
ガハハと笑う砂藤の元気さが恨めしい。甲司が半眼になって睨むと、悪い悪いと謝ってくる。
「俺だって流石に昨日の夜は寝れなかったぜ。早くここ着いたのだって、眠りが浅くて早起きしたせいだしな」
そんなもんかと甲司は思う。USJ事件で一揉みされているとはいえ、本格的なヒーロー業はこれが初めてだ。これで興奮しない方がおかしい。
「早いなお前ら」
砂藤と話しているうちに、常闇も到着した。他の生徒もぞくぞくと集まってきている。予定時刻の10分前。そろそろいいかと、相澤が点呼を開始した。
「いいかお前ら。くれぐれも相手先に失礼がないように。そしてそれ以上に自分はヒーローとして市民に見られていると自覚して行動しろ。じゃあ行け」
簡単過ぎる号令を掛け、上り下りの新幹線に生徒を押し込んでいく。甲司は上り。目的地は横浜だ。
「俺とは逆だな。じゃあ、また来週な」
砂藤とは別れ、甲司は東京行きの新幹線に乗る。発車ベルがなるとすぐ動きだし、甲司達を東へ物凄いスピードで移動させ始めた。
1-Aの生徒の半分くらいは、同じ新幹線の中にいた。その中には比較的仲の良い常闇がいたので、人見知りする甲司は少なからず胸をなで下ろした。
「クラスメイト相手に臆してどうする……ヒーローなんてコミュ力命だろうが」
甲司の軟弱な言い分に、隣の席に座った常闇は呆れを隠さない。それだけで甲司は恥ずかしくなったが、性分なのだしどうしようもない。
「そんな調子で指名先のヒーローとやりとり出来るのか?」
もっともな問いかけに甲司は青くなる。自分が武闘派とまともに意志疎通している光景を、どうしても浮かべる事が出来なかった。
常闇は鼻孔から思いっきりを息を漏らし、
「……ある程度は俺が補ってやる。ただお前もまともに会話出来るように努力しろ」
「え……それ、どういう……事……?」
なんでその話に常闇が出てくるのか分からず、甲司は思わず声が出した。常闇の方は半分睨むような感じで、
「言ってなかったか? 職場体験先だが、俺もお前と同じクズノハ事務所に行くんだよ」
甲司はぶんぶん首を振る。絶対聞いていない。聞いてたら連日こんなに不安に思ってなかったはずだ。
てっきり伝えているはずだと思いこんでいた常闇の方がばつの悪くなる番になった。あ~そういう事だと適当に話を切り上げ、窓の外に顔を向ける。
富士山が遠くに見えた。目的地までまだ遠い。
「……なんで……同じとこにしたの……?」
甲司がなんとなく気になった事を聞く。しかし常闇は顔を窓に向けたままだ。
何か恥ずかしいんだろうか。言わない理由が分からない。
ただ頑なにしている様子が何か面白くて、甲司は根比べと洒落込む事にした。
それから十数分。じー、と甲司が返事を待っていると、
「……からだ」
「?」
「……緑谷の説明でいいなと思ったからだ悪いか!」
ああーー。
甲司は納得した。
一人頷くと、シートに身を預け、スマホで横浜に着いてからのルートを検索し始める。
「おい反応無しなのはどうなんだ」
「だって……常闇君らしいし……」
「どういう意味だそれは……!」
今度は常闇の方がギッと睨んできたが、結局最後まで甲司は口を割らなかった。
*
新横浜駅から普通電車で横浜へ。そこからさらに中華街へと移動する。
その隅の方に、葛葉探偵事務所は存在した。
「住所はここで合っているはずだが……」
常闇がスマホにメモした住所と看板を見比べている。葛葉探偵事務所。ヒーローのひの字もない。
建物は特徴のない雑居ビルで、事務所はその二階にあるようだ。確かに二階の窓にも、探偵事務所とカッティングシートで表示されている。
探偵。やはりヒーローとは読めない。甲司達が指名の中にいたずら申請でも混じっていたのかと思い始めたその時、
「あ、来たねメシア達が。さ、入って入って」
ビル脇の階段から現れた男が、甲司達に手招きした。
甲司達は指で自分を指す。男が頷く。
甲司達は顔を見合わせた。確かに男はしっかりスーツこそ着ているが、どこか軽薄な雰囲気があり、一言でいうと信用できない。
というかヒーローならヒーローらしいコスチュームで出てきて欲しい。場所も相まってヤクザのようにしか見えなかった。
「あ、もしかして信用出来ない感じかな? ひどいなー。これでも俺ちゃんとしたサイドキックやってるんだからね」
ほら、と言いながら男が懐からカードを取り出す。
差し出されたので、甲司達はそれを覗き込んだのだが、
「ヒーロー認定許可証……ヒーロー名、ドニー・チェン……?」
「余計に信用出来なくなったんだが」
「おうガキども終いにゃキレるぞ」
青筋浮かせる様はまんまヤクザである。一度出直した方がいいかもと甲司は真剣に考え始めた。
『ちょっとドニー、いつまで遊んでるの~? キョウジが呼んでるよ~?』
「おっとヤバイ。とにかく話は後だ。今は事務所に来い」
上から聞こえて来た声に促され、ドニーは二階に上がっていった。取り残された甲司達は再び顔を見合わせ、
「……とにかく、入ってみるか」
常闇の言葉に頷いて、二人で階段を昇り始める。
狭い階段を抜け、開け放たれた扉から中を覗くと、意外な程に普通の事務所だった。
というより普通過ぎてヒーロー事務所という風情がまるでなかった。
これではまるでーー
「葛葉探偵事務所へようこそ」
ドニーが言うように、探偵事務所にしか見えない。
「……俺達は雄英生で、ヒーローの職場体験としてここに来ているのだが」
常闇が言うと、ドニーが笑う。
「ああ、これは所長の趣味だよ。先祖にあやかってやっているんだ。後俺らの事務所はちょっと特殊だからな。ヒーローとわかりやすく表示しちまうと、本業に触りが出る」
「ヒーローが本業ではないのか」
「まぁその辺はこれから所長が説明するよ。さっ、ほら入って」
促され、甲司達は事務所に入る。ソファなどの調度品は素人目から見ても高級そうで、金回りは良い事務所なようだ。人口密集地だと色々違うらしい。
「よく来たね。待っていたよ君達」
女性の声が響いた。甲司達はそちらの方を向く。
部屋の一番奥の窓際、逆光になっていてよく見えないが、そこに中背のシルエットが立っていた。
「私が所長の葛葉キョウジだ。よろしく頼む」
シルエットが近付いてくると、男物の白いスーツに身を包んだ女性なのだと分かった。長い黒髪とのコントラストが凄いというのが、甲司の第一印象だ。
「雄英高校の常闇です。よろしくお願いします」
「……同じく、口田です……よろしく、お願いします……」
ドニー相手にはタメ口を叩いてしまったが、キョウジには二人とも自然と敬語になっていた。なんというか、オールマイトのように画風というか格が違う感じがする。
「うんうん、よろしくよろしく。それじゃあ早速テストといこう。ピクシー」
『はーい』
キョウジが呼ぶと、蝶のような羽の生えた少女が、甲司達の間に割って入ってきた。
常軌を逸した小ささだ。身長30センチも無さそうである。妖精の異形系というのがあるならば、彼女はまさにそれだろう。ただ妖精にしては青いレオタードが少々扇情的過ぎる気がするが。
複雑な顔をした甲司達の視線を気にせず、少女は空中でくるんと回転する。
『君達、あたしの事が見えてるよね? 見えてるなら返事して』
「それは見えているが……」
「うん……」
何をしたいのかまるで分からず、甲司達は戸惑う。この
『ムッフッフー……ですってよキョウジ。やっぱり大当たり』
ピクシーがそういうとキョウジがしみじみとした調子で、
「日頃の行いが良かったおかげだな……」
ドニーもそれにあわせて、
「ああこれで仕事量が多少減る……」
「あの……一体……?」
蚊帳の外に置かれた居心地の悪さに耐えきれず、甲司が口を挟む。葛葉事務所の面々は輝かんばかりの笑顔を浮かべながら言った。
「君ら、卒業後はこの事務所に就職する事に決定ね」
「「は?」」
甲司達はぽかんとするしかない。今日は職場体験に来ただけであり、就活なんて遙か2年後の話だ。どこで話が食い違ったのだろうか。
甲司は常闇をちら見した。小さく頷かれる。さっきからどうも様子がおかしい。このままいるのはまずそうだ。
ならばやる事は一つ。一時撤退まで3 、2、 1……
「トラポート」
甲司と常闇は事務所から脱出しようとした。
忘れ物したのでとか何とか言いながら出て行こうとした。
しかし開けた口から音が出る事はなく、また閉まる事もなかった。
事務所がなくなって、代わりに廃墟のように荒廃したどこかのビルの中に甲司達はいたからだ。
ついこの間、USJで同じような目にあわされた。すなわち、
「ヴィラン連合っ!!」
常闇がダークシャドウを繰り出しキョウジにけしかけた。甲司も一番近くにいたドニー相手に突進する。
「おおっ!? いい反応するなぁ!」
ドニーが笑いながら、甲司の足にローキックを入れた。速い。甲司が知覚する間もなく着弾する。
痛いとかなんとか思う前に甲司の視界が側転した。時計廻りにぐるん。キョウジが刀らしき物を振り抜くシーンと、ダークシャドウが両断されるシーンが目に入る。
側頭部から地面に叩きつけられた。
すぐ立ち上がろうとした。
が、足に力が入らない。見ればキックを受けた足が折れていて、太ももの部分で変な方向に曲がっている。
キック一発だ。それだけでこの有り様だ。あまりに実力差があり過ぎて、痛みとか恐怖とか感じる前になんか笑えてきた。
「おいおい、そっちの奴は生きてるのか? ペルソナぶった切るのはダメだろ」
「後でサマリカーム掛けるからいいの別に。それでそっちの子。口田君だっけ? 治療するけどもうこっち攻撃してこないでよ?」
キョウジの言葉に頷くしかない。ヒーローか敵か探偵か分からないが、相手を壊すのに寸分たりとも躊躇しない集団だ。生きて帰るには、従順にしながら隙を伺わないといけない。
甲司はチラリと常闇を見た。自分と同じように倒れていて、顔は見えない。そして呼吸もしてないように見える。
『心配しないで。ちゃんと治してあげるから』
甲司の真上に飛んできたピクシーがそう言った。それから手を甲司の方に伸ばし、『ディア』と小さく呟く。
甲司の折れた足が蠢いた。
「なっ……!?」
驚いて見下ろすと、折れてたはずの足が何事もなかったかのように真っ直ぐになっていた。動かしてみても違和感はない。
ソロソロとゆっくり立ち上がる。骨と神経が擦れる痛みも、筋肉が捻れる痛みもない。
『どう? 問題なさそう?』
ピクシーに聞かれて、コクリと頷く。リカバリーガールのような治癒個性持ちらしい。
「そ、それよりも……常闇君を……!」
『はいはい分かってるってば。ほい、サマリカーム』
甲司にしたのと同じように、ピクシーが個性を使ったようだ。ピクリとも動いてなかった常闇が激しく喘ぎ始める。
「げほっ、がほっ……クソっ、一体……」
「常闇君!」
甲司は慌てて駆け寄り、常闇を助け起こす。少し震えてはいるが、外傷はなさそうだった。
「はい、テスト2と後やるとは思ってなかったけど42はクリアね。優秀優」
「お前はっ!」
常闇がキョウジの言葉を遮る。
「お前らは一体なんなんだ……!」
キョウジとドニーが顔を見合わせる。常闇の治療を終えたピクシーが飛んでいき、キョウジの肩の上に座った。
「最初に自己紹介したとおり、私は葛葉探偵事務所長の葛葉キョウジだ。そして陰陽師ヒーロー クズノハ・キョウジでありーー」
キョウジが懐から何か取り出す。黒光りしたそれを甲司は銃だと思った。
しかし太すぎる銃身がパカッと割れた。サイドミラーのよう形に分かれたソレを、キョウジがタップする。
「ーー
SUMMON OK
キョウジの宣言と共に、彼女の周りに5体の何かが現れた。
人型ではある。天使のコスプレをしていたり、手が何本もあったりはしたが、すぐさま異形系と言える程人間からかけ離れていないように見える。
しかしそのどれもがオールマイトのような覇気を放ち、人の理から外れた意思を冷然と漂わせている。
それが何かなど勿論知らない。だが甲司達の脳は自然と、直前の言葉が本当なのではないかと錯覚した。
十字路でもないのに悪魔と出会った。