「デビル……」
「……サマナー……?」
常闇と甲司が復唱する。
ヒーローらしい響きではない。逆に敵としてそう名乗ったなら、簡単に納得しただろう。
「そう、平安の世から日本を守る葛葉一族の分家筋 当代葛葉キョウジとは私の事よ」
異形の者達の中にありながら、一際威圧感を放つキョウジが、壮絶な笑みでもって答えた。
足腰が引ける。常闇を支えている甲司だが、逆に寄りかかってしまいそうだ。なけなしの勇気を振り絞って耐えてはいるが、後何秒持つ事か。
「……日本を守るとか言う奴が国民を攻撃するのか」
「いきなり襲いかかってきたからね。正当防衛だ」
「っ……!」
いけしゃあしゃあと宣うキョウジを常闇がギッと睨むが、まるで気にされた風もない。
『サマナーよ、久々に我ら全員を出したかと思えば何だこの羽虫は。まさかこれを叩き潰すために召喚したのではあるまいな』
異形衆の一人、四本の手を持つ青肌の男がキョウジをねめつける。常闇のものとは比べ物にならない圧力となっているはずだが、それでもキョウジは顔色一つ崩さない。
「悪いねシヴァ。単にかっこつけで呼び出しただけだから、暴れるとかそういうのは無し」
『ほう、面白い事を言うな。破壊神の我に向かって暴れるなとは。どれ小僧共。我自らが戯れてやろうぞ。その程度なら暴れた事にはなるまい?』
キョウジは逡巡する。だがそれも一瞬だけだった。すぐにため息を吐いて首を振り、
「……後で蘇生するから魂までは破壊するなよ?」
『心得ておる』
シヴァと呼ばれた男が、三叉槍を手に取り近付いてきた。甲司達が後退るよりちょっと速い程度の速度でゆっくりと。
甲司に心など読めない。だがあの暗い衝動に満ちた目はUSJで散々見た。やろうとする事は一つだろう。
甲司に引きずられる常闇が苦しそうに言う。
「口田……俺を置いて……」
「で、出来ないよそんなの……!」
『おお、我を前にして友情を取るか。良きかな良きかな。その友情がどこまで通ずるか、破壊の神が試してやろうぞ』
そう言って、シヴァが足取りを早めた。
甲司達まで後十歩。
九歩、八歩、七歩。
六歩。
「こ、来ないでっ!」
悲鳴と変わらない拒否の叫び。
何の意味もないそれを甲司が上げたとして、誰がそれを笑えようか。
シヴァは嗤った。その直後に飛び散る内臓の赤を思い、ほくそ笑んだ。
人間の倫理など彼らには関係ない。故に彼らの願いを踏みにじり、歩を進める――
――事が出来なかった。
『む?』
シヴァの足が止まっていた。まるで最初からそこが目的地だとでもいうように、違和感なく極自然に。
不思議に思ったが、シヴァはすぐ気を取り直し、前に出ようとする。だが足は動かない。
感覚が無くなっている訳ではない。試しに後ろに足をやれば、何の抵抗もなく足は引かれた。
だが前に出ようとすると、途端に足は言う事を聞かなくなった。まるで先に進むのを嫌がるように。
『小僧……何をした?』
原因は一つしか考えられない。この状況を願い叫んだ甲司のせいだ。
甲司は甲司で混乱の極みにあった。もしかしたら自分の個性を使っていたかもしれない。しかしこの個性は人間には何の効力もない訳で。
悪魔。
目の前の生き物は人間ではないかもしれない。悪魔召喚師だと自称したキョウジに呼び出されたし、自分でも破壊神だなんだと言っていた。なら先程猛獣を前にした時のような悪寒は本物で、なんかしらの別の生き物かもしれないと。
それなら個性が通じるかもしれないと。
「さ、下がれ!」
言うだけはタダだ。ごちゃごちゃした頭で今一番切実に願っている事を甲司が叫ぶ。
音波は秒速350メートルで飛び、シヴァに当たった。
そして下がらせた。
二、三歩だが確かにその恐ろしく青い体を後ろに下げた。
『シヴァよ。流石に戯れが過ぎるのではないか?』
『黙れヴィシュヌ』
これまた四本腕の黄肌の男に後退った事をからかわれ、シヴァが静かに怒りを表す。しかしそれ以上に甲司に対し興味を持ったようだ。
『ふむ。ウヌはサマナーでもないのに我を下がらせたな。面妖な力を使うようだ。何を壊せばこの戒めを外せるか……ああ』
シヴァが腕を薙ぐ。舞のような優雅さで弧をかき、また元の位置に戻った。
その後、前身し始める。
「っ! ……来るな来るな来るな来るなっ!」
『ぬっ! ええい鬱陶しいっ!』
甲司が発声する度に、シヴァの動きが硬直する。その都度命令を壊しているようだが、進軍速度はどうしても遅くなる。
段々と間が開き、シヴァの顔が屈辱に歪む。その差が体十個分を超えるにあたって、ついには三叉槍を振り上げ、
「やめろ」
ピタリと止まった。辺り一面を凪払う一撃が出る事はなかった。
その命令を出したのは甲司ではなく、正当な命令者であるキョウジだった。
「そこまでにしておけシヴァ。それ以上は見苦しい」
『……ふん、興がそがれたわ。用が無いならさっさとGUMPに戻せ』
「ああ」
キョウジが端末を弄ると、シヴァの体が仄かに光り、透き通り始めた。
呆然とそれを見ている甲司達をシヴァが一瞥する。
『コウダ、だったか。貴様の名、覚えたぞ』
捨て台詞じみた何かを残し、シヴァはその場から消え去った。
緊張の糸が切れ、常闇ごと甲司はへたり込む。覚えなくていいですと真剣に願ったが、果たしてそれは叶うのかどうか。一分一秒でも早く記憶から消してほしいと、甲司は切に思う。
「……すっげーな……なんか悪魔も操れる個性だって聞いてはいたけど、シヴァをも縛るのか……」
一連の流れを黙ってみていたドニーが近寄ってきた。そのまま何事もなかったかのように手を差し出してくる。
甲司は逡巡したが、いつまでも座ってる訳にもいかないので、仕方なくその手を取る。甲司と常闇合わせて100キロは越える重量を、ドニーは軽々と片手で引き上げた。
「本気なんてまるで出しちゃいなかっただろうけどさ。それでも俺でさえアレと対峙すれば毎回数秒で殺されるのに、ほんと凄いなぁ君」
先程甲司を数秒で倒した男のものとは思えない言葉を投げ掛けられる。というよりそんな日常的に殺されているのだろうか。
甲司が答えに困っていると、常闇が嘴を開く。
「……殺される、というのは比喩じゃないのか」
「ん? おお、あの槍なんかにぶっ刺されてよく死ぬな。まぁ雑に手で払われて死ぬ事も多いが」
「そして生き返る」
「おう……どうやら記憶があるみたいだな」
ドニーが常闇を覗き込む。何の話か分からず、甲司も同じく常闇を見た。
「……カロンとか名乗っていた。ギリシア神話の冥界の神、みたいなものの名前だったと思うが……そんな奴が、俺が川を渡るのを止めていた」
「川?」
甲司が聞くと、常闇の代わりにドニーが答える。
「アケロン川……日本でいうところの三途の川だな。常闇君はその岸辺で、うちが雇っているカロンに成仏しないよう押し留められていたんだ」
「三途の川……」
あの時、常闇が全く動いていなかったのは、本当に死んでたから。そう突きつけられて、甲司の背筋に冷たいものが走る。
殺された張本人である常闇はどう思っているのか。ようやく息を整えれた常闇は一人で立ち、
「あんたらは、俺達の事を殺したり生き返らせたりして、一体何がしたいんだ?」
そうまっすぐキョウジとドニーに問いかける。
キョウジの方もまっすぐ常闇を見据え、
「君達を護国の英雄に仕立て上げたい」
と言い切った。
護国の英雄。
オールマイトの事だろうかと甲司は思う。
「今、オールマイトの事を考えたのなら、それは間違っている。あれは正義の象徴であって、神輿に担いで有り難がるものだ」
甲司の心中を見透かして、キョウジが訂正を入れてくる。チラリとみると常闇の眉も少し歪んでいたので、同じ事を思っていたのだろう。
「私達が君達に求めているものはもっと血生臭いものだ。今みたいに死んだり生き返ったりしながら殺し合いをし続ける。君達がこれまで目指していたヒーローのように日の目を見る事は決してない。だが、確実に日本を、世界を救う仕事だ」
「断る事は出来るのか」
間髪入れずに常闇が聞いた。内容どうこうというより、単にキョウジが信用出来ない事からきた言葉だ。
それは勿論キョウジも分かっているだろう。だが明らかに多少鼻白んだ様子で、
「勿論だ。日本国民は職業選択の自由というものを持っているからな。ただ、これから教える現実を見てそれを選ぶならば、私は雄英高校の生徒選考基準にメスを入れようと思う。臆病な人間に国のリソースを注げる程、今この世界を取り巻く環境は優しくはない」
分かり易すぎる挑発である。だがそんな事を言われてしまえば、雄英生としては引き下がれなくなってしまう。
甲司も常闇も信用するかどうかは置いておくにして、ひとまず向こうの見せたいものを見る事にしようと決めた。
「いいだろう。話くらいは聞いてやる」
常闇に併せて、甲司も頷く。
気丈に振る舞う少年達を前に、キョウジはニヤリと口を歪めた。
「ようしよし。では多少遠回りをしたが、職場体験と洒落込もう。ついてこい」
それだけ言って、廃墟の闇の中に足速く消えていく。遅れずドニーも続き、ピクシーも後を追った。
「おいガキども! また死にたくなかったらあんまり離れるなよ。悪魔に殺されるぞ!」
しばし背中を見送る形になっていた甲司達は、ドニーの声で慌てて走り出した。
シヴァがなんか小物臭くなったが所詮人間に使役される程度の分霊なんでという事で見逃して