ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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筆休めに一話ゲリラ投稿。
オリジナル作品の方にうつつを抜かしておりました。

本作はチマチマ書いて行きます。





二十五夜 裁定者に下されるモノ(中)

 

 

 

「――やめなさいっ! この場は私が預かるわ!」

 

 ()()()来たのだろう。その()()は水晶を一触即発である二騎のサーヴァントの間に擲ち、仲裁を鋭く宣言する。

 その水晶の中には()()が閉じ込められていた。それにペンテシレイアとバーサーカーの双方が一瞬で気づく。だが激突の瞬間である、如何に卓越した戦士である両者でも、既に止まれないところまで刃を走らせていた。そして一度でも干戈を交えたのなら、バーサーカーはともかくペンテシレイアは止まれなくなるだろう。理性があろうと狂戦士に等しいアマゾネスの女王とはそういうものだ。

 だがしかし、水晶の中から空間転移の如く出現した()()()()――彼が物干し竿を手にバーサーカーの魔槍を受け流して、ペンテシレイアの剣を握る手を片手で受け止めるや、伝わってくる威力を絶妙に散らしてのける。

 刹那の間に成された偉業だ。いくら魔女の制止の声により、寸前でほとんど威力が落ちていたとはいえ、ペンテシレイアとバーサーカーを止めるのは至難の業。神業めいた技量なくして成し得る事ではない。

 デモンストレーションとしては充分。玲瓏な風貌の侍は、フッと耽美な笑みを浮かべてペンテシレイアとバーサーカーを見遣る。バーサーカーは彼の得物を見て興味を惹かれ、聞き知った魔女の声を認知したが故に槍を引いた。だがそんな事など関係ないとばかりに、なおも邪魔者を押しのけ戦わんとする女王へ、魔女は焦りと苛立ちから叫ぶ。

 

「アーチャー、人の話は最後まで聞きなさい! ヘラクレスと戦わせるために居場所を教えたわけじゃないわよ……!」

 

 そう。葛木宗一郎は元々、柳洞寺に住む。そしてそこに潜んでいた魔女は彼を庇護下に置いていた。そんな彼をマスターにしたペンテシレイアの存在を、魔術師の英霊であるメディアが把握できていない筈がなかった。

 魔女はペンテシレイアを間に置き、ヘラクレスの陣営と接触しようと目論んでいたのだ。全てはこの変質した聖杯戦争に対処するために――世界で一番恐ろしくとも、世界で一番信頼でき、文句なしに一番強いと確信する大英雄を味方にしたかったから。

 だから居場所を聞き出すなり飛び出したペンテシレイアを止めるために、名もなき亡霊の依代である山門を水晶に閉じ込め、元々山門のあった場に幻術を掛けて門が消えた事を隠蔽し、準備に準備を重ねて大慌てで追ってきたのである。

 

 ――此処に、“白”の陣営が結集する事となった。

 

 セイバー、バーサーカー、アーチャー、キャスター、アサシン。

 衛宮士郎、イリヤスフィール、葛木宗一郎。

 

 彼らが“白”である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 で? と疑問を発したのは、アーチャーのサーヴァントであるペンテシレイアだ。彼女は猛々しきアマゾネスの女王にして、人の身でありながら美の女神に匹敵する美貌を有する、肉体と精神の両面に於いて全盛期の武人である。

 女王であり武人。将軍であり戦士。戦神の血を引く彼女は、盟主となった狂戦士のサーヴァントを横目に見据えた。

 

「貴様はルーラーに死相が見えると言ったな。なんの根拠があってそのような事を宣う」

 

 聖杯戦争を監督するサーヴァント、ルーラー。衛宮邸に訪れた彼女が立ち去るや、本来“黒”の陣営に属しているべき英霊ペンテシレイアは“白”の盟主である戦士王に訊ねた。己の義妹に当たる美女の問いに、バーサーカーのサーヴァントであるヘラクレスは無表情に応じる。

 

「此度の聖杯戦争では、“白”や“黒”にも属さぬサーヴァントがいる」

「――あの黄金のアーチャーですね」

 

 確信を持って断定するのはセイバー、アルトリア・ペンドラゴンだ。第四次聖杯戦争でも相まみえた、第四次における最強の敵。結局最後の最後まで真名を見抜けなかった正体不明の王。それがあの黄金の英霊である。

 士郎は唇を強く噛む。あの英霊は、桜を連れ去った張本人。絶対に赦せない――温厚で正義心の強すぎるきらいのある衛宮士郎が、例外的に強い敵愾心を抱くに至った敵である。イリヤスフィールもまた、自身が知らないサーヴァントであるあの王の存在を思い浮かべ、不快そうに眉根を寄せた。

 

「アレは己こそを至高と断ずる暴君であり、己の裁定を絶対とする支配者だ。如何に聖杯戦争の定めとはいえ、他者の裁定など決して受け入れる王ではあるまいよ。ましてや自ら以外に裁定を下す英霊など、存在からして目障りと感じるに違いない。あの男は真っ先にルーラーを排除しようと動くだろう」

 

 戦士たちの王は断じる。たった二度の邂逅、しかしそれだけで充分にその心肝を感じ取れていた。

 

「なら……こちらでルーラーを保護したら良かったんじゃないかしら?」

 

 我関せずと言った風情で、訝しげなアルトリアを愛でるアサシン・佐々木小次郎。自身の走狗を一瞥しながらメディアは言う。

 敵陣営のサーヴァントの狙いを挫くのは、戦略的観点から見ても誤りではない。しかもルーラーは私心で動く者には見えなかった。ルーラーを守り、恩を感じてもらえれば御の字である。それにあの娘、可愛いかったし……と、こちらは私心丸出しでメディアは呟く。

 白い目を向けるのは、いかがわしい視線を度々投げかけられるアルトリアであった。彼女はメディアに理を以って反論する。

 

「愚策だ、キャスター。我らにはルーラーを保護するメリットがないだろう。あの裁定者のサーヴァントは、こちらが恩を売っても自らの役割を歪める気質には見えない。それにそもそも貴様を除き、我らの内でいたずらに現世へ災厄を撒き散らす愚者はいまい。ルーラーの存在は我らに害こそ成しても、利を齎すことはないだろう」

「あら、心外ねセイバー。私だって無関係の人間を害したりはしないわよ?」

「どうだかな。昔からお前はリアリストの気があった。目的のためなら何をも犠牲にするのではないか? 私もセイバーに同意する。懸念があるとすれば、相手方に現世の秩序を乱す意図があった場合だが……そうなる前に片を付ければいいだけのことだろう」

「ふん……」

 

 ヘラクレスはアルトリアの言葉に頷いた。鼻を鳴らしたペンテシレイアもまた、口にこそしないが異論はないらしい。

 イレギュラーが起こり戦局を読み難くされるぐらいなら、消えてもらった方がいい――戦乱の世を駆け抜けた三人の王は、完全に意見を合一させている。

 だがそれは冷徹な戦略眼を持つ王たちだからだ。関心がない葛木や冷酷な判断も下せるイリヤスフィールはともかく、平和な世で生まれ育ったが故のお人好しで――同時に壊れた正義を抱く衛宮士郎は簡単には頷けなかった。

 彼は先程までいたルーラーの後ろ姿を思い浮かべ、苦言を呈する。

 

「……助けられるなら、助けた方が良いんじゃないか?」

 

 言うや否や一斉に士郎へ視線が殺到する。思わず仰け反ってしまった士郎を情けないとは言えまい。目を向けてきたのは伝説の王たちや王妃なのだから。

 アルトリアはバツが悪そうに。ペンテシレイアは露骨に失笑する。メディアにいたっては微笑ましいことを聞いたと言わんばかりの表情だ。まともに返してくれたのはヘラクレスのみである。

 

「エミヤシロウ。お前の言は善良で、平時ならば傾聴に値する。だが時と場合によることを弁えるがいい。お前のそれは、今となっては聞く耳を持つだけ無駄なものだ」

「な、なんでだよ」

「相手方の陣容が不明瞭の中、いたずらに労を割くのが下策なのは言うまでもない。勝利を遂げるためならばいざ知らず、『助けたいから助ける』では筋が通らん。『助けた方が勝利に近づく』か、あるいは『助ければ周囲への被害が減る』という理由があれば積極的に動くべきだろう。だがルーラーの存在は火種にこそなれ、戦局を左右する駒には成りえんのさ」

「俺は難しいことは分からない。けど、それでも見捨てるだなんて……」

「ふぅ……。何を勘違いしているのかは知らんが……エミヤシロウ、我らサーヴァントは所詮稀人なのだ。聖杯戦争が終われば、本来現世から退去すべき影でしかない。助けたとしても、結局は消え去る運命にある。そんな輩に気を割くな。お前にはお前の、成すべきことがあるのだろう」

「………!」

 

 士郎は顔を強張らせる。ヘラクレスは言っているのだ、士郎がまず助け出すべき存在は間桐桜だろう、と。

 己の二枚舌にヘラクレスは内心嗤う。自身が今生において絶対とするイリヤスフィールは、間桐桜を殺すつもりでいるのだ。だというのに、士郎に間桐桜を救うことを強く意識させるなど……矛盾も良いところである。何せヘラクレスは、イリヤスフィールの意志の下、桜を殺すのになんの躊躇いも持たないだろうから。

 だがそれでいい。士郎が道を決めて、進んだ先にこそ答えがある。イリヤスフィールの殺意を曲げられるか否かは、全て士郎に掛かっていると言えよう。

 

「私は優先順位を違えるなと言っている。だが――お前は何も間違っていないのも確かだ。理由がなくとも助けたいと思う気持ちは責められるべきものではない。だからな、エミヤシロウ。救い出したいと願うのなら、理屈を抜きに全てを救えるだけのの力を付けろ。強くなれ――この世は極論、力こそ全てだ」

「脳筋は話が長いわね。けど坊や……ヘラクレスの言うことは概ね正しいわ。今の貴方には力が足りない。今回に限って私達に任せてくれないかしら」

 

 さらりとヘラクレスを揶揄しながらも、メディアもまた優しげに諭す。青い性根、未熟な理想を懐く士郎は肯んじ難いものを感じながらも、自らの未熟を認めるしかなかった。

 ヘラクレス――アルケイデスはじろりと三白眼でメディアを一瞥した。

 

「ほう……嬉しいな、メディア。漸く私への苦手意識がなくなったか」

「こっちを見ないで。貴方とイオラオスだけは絶対赦してはおけないだけよ。ほらアサシン! 私の盾の分際で何をボーッしてるの!? ヘラクレスとの間に立ちなさい!」

「やれやれ……すまぬな、バーサーカー。軽口を叩いたはいいものの、注意を引いてシモが緩くなってしまったらしい。主人の非礼を詫びよう」

「ア・サ・シ・ンゥゥゥ!」

 

 侍の青年が仕方なさそうに首を振りながら言うと、顔を真っ赤にしてメディアががなり立てる。アルケイデスは珍しく眉を落とした。

 メディアがアルケイデスを苦手としているのは生前から変わらないが、アルケイデスとしてはメディアは庇護下に置いたこともあるか弱い乙女だ。こうも嫌われるに至った切欠は覚えているが、かと言って距離を置かれると悲しくもなる。

 どうやらメディアが軽口を叩けたのは、歌劇が広まってしまっている事からくる積年の怨みにより、一時的に精神(いかり)肉体(トラウマ)を凌駕していたからに過ぎないようだ。

 

 ――空気が弛緩している。

 

 アルケイデスは気を取り直して、眼前の小次郎へ言った。

 

「アサシン。お前をカタナの達人と見込んで頼みがある」

「ほぉ……貴殿のような豪の者が、棒振りしか取り柄のない私に頼みとな?」

「謙遜するな。お前の言うその棒振りは、私とペンテシレイアを見事に止めてみせたのだぞ。そこな小僧に一端の剣術を仕込むためにも、是非一度尋常に立ち合ってみたい。いや――飾らずに言おう。一手指南を頼む、とな」

「!!」

 

 戦士王の予想だにしない申し出に、最古の魔法少女――もとい奇跡の王妃メディアは飛び上がらんばかりに驚いた。

 そこそこ腕は立つと思っていただけのアサシンに、最強という言葉が擬人化した存在と確信する『ヘラクレス』が指南を頼むというのである。メディアは思わず、アサシンの横顔をまじまじと見つめてしまう。

 持ち上げられて悪い気はしなかったのか、それとも手合わせという部分にのみ惹かれたのかは定かでないにしろ、アサシンは快諾する。

 

「――獅子の如き()()()()に請われるとは、存外私も捨てたものではないらしい。それが分かっただけ重畳というもの……いいだろう、魔女殿の手前、盟主殿の頼みを無下にもできまい。それに私も、貴殿とは是非鍔迫り合ってみたかったのだ。無為に積み上げてきたこの身の研鑽が、果たしてどこまで届いているのか……測る物差しとして貴殿以上は望めまい」

 

 大言壮語である。戦士王を捕まえて、自身の技量がどこまで通じるのかを測る物差しにするとは、佐々木小次郎という男は大した傾奇者であった。

 愉快になってアルケイデスも破顔する。この手の戦士は、力さえ伴うならアルケイデスも好む類い。純一戦士として興が乗ってくるのを自覚せざるを得ない。

 だがそこへ、大袈裟な咳払いが差し挟まれた。見るとイリヤスフィールが、お付きのホムンクルスのメイド共々あからさまに呆れているではないか。

 

「ちょっと。どんどん話が脱線してるんだけど、結局のところどうするつもりなの?」

「――珍しく察しが悪いな、マスター」

 

 アルケイデスは苦笑しながら言う。その笑みに()()ときたのは、やはりというべきだろう……義妹であるペンテシレイアに次いでメディアが察して、その次にアルトリアがまさかと緊張を露わにする。

 神代の女魔術師メディアが高速神言を唱え、ペンテシレイアやアルトリア、アルケイデス、小次郎を強化する。アルトリアが劇的なステータスの向上に目を瞠り、いつもなら防御に偏重している魔力の分配を聖剣に傾けた。ペンテシレイアは長剣を抜き放ち、戦士王は白亜の魔槍のみを具現化させる。

 

 紛うことなき戦闘態勢。マスター達はギョッとしたが、葛木だけは微かに眉を動かしただけだった。

 

「金色のアーチャーはルーラーを始末しに動く。それは間違いない。であれば――万が一にも邪魔立てする者が現れぬように、我らに仕掛けてくるであろうさ」

「……ホントに?」

「ああ。余程に愚鈍でなければ、すぐにでも此処へ乗り込んで来よう」

 

 半信半疑な雪の妖精に、半人半神の大英雄は断言する。そして、彼の予測が正しい事を証明するかのように、衛宮邸へ黒い影が伸びてきて――いつの間にかメディアによって張られていた結界に阻まれ、黒い汚泥がドーム状に広がっていく。

 これは――!? 驚愕する人間たち。動揺はないにしろ、サーヴァントという存在にとっての天敵とも言える『泥』が衛宮邸を覆い尽くす光景に、英霊たちは敵軍の襲来を感知した。

 『泥』が覆っていない一部の穴から、メディアの結界を破って侵入してくる者たちがいたのだ。

 

「……よぉ」

 

 常の快活さが鳴りを潜め、言葉短く淡々とした様子の槍兵――クー・フーリンである。そして全身を甲冑で覆い、兜で素顔を隠した騎士もいる。

 騎士と同じく素顔を仮面で隠した女戦士は、『泥』によって汚染され尽くした姿であり、黒化とでも呼ぶべき出で立ちだった。

 侵入してきたのは、三騎のサーヴァント。三騎目のサーヴァントに、メディアは瞠目してアルケイデスはピクリと眉を動かす。だがそれよりなおも異様なのは兜の騎士である。騎士はアルトリアを目視するなり石のように固まって、他は何も見えていないように凝視している。

 

「いきなりで悪ぃが、邪魔するぜ。マスターの命令だ、一時の間テメェらを足止めしとけってよ」

 

 クー・フーリンは心底気乗りのしない様子で言う。何やら難儀な事情がありそうだが、構う義理はない。アルケイデスは酷薄に、簡潔に応じた。

 

「そうか、では歓迎しよう。全員ここで死んで逝け」

 

 

 

 

 

 

 

 


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