ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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オジマンディアスは、二十四歳の頃に即位。その後六十年間の統治を経て、英霊となっている。つまり十七歳の頃の、モーセと兄弟のように親しみ、ネフェルタリと三人揃って親しくしていた少年期は、原作の彼より遥かに丸かったと予測。
ファラオとなってからのモーセとの決別、その数年後のネフェルタリとの結婚、ヒッタイトとの戦争、統治の経験などを経て原作の人物像にいたったのだとすると、やはり丸い。はず。

なのでマイルドで少年らしい感じにしてます。今のところは。




9.7 太陽王、若き日の肖像 (下)

 

 

 

 

 小太陽とでも云うべき煌きを発する、大型の船舶が泉の外れに鎮座していた。

 オアシス以外に河などの水辺も見当たらないのになぜ船があるのだろう。その輝きと莫大な神秘、太陽を想わせる輝きから宝具の類いらしいことは分かるが……。

 空でも翔べるのか? 奇怪な代物だが、自分の持つ盃やケリュネイアの例もある。空を翔ぶという事自体は、さして非現実的なものでもないと推測する。

 視界の隅に掠めた船舶について大雑把な見当をつけて、アルケイデスは突如景色の変わった現象に思惟を働かせる。しかし此の世の真理や魔術の業、地球という惑星に張り巡らされるテクスチャについて、知識もないのに思い至れはしなかった。

 なんとか思いついたのは、自身が全く未知の異界に迷い込んだのではないかという、辛うじて真実に掠める漠然とした推理である。

 重大な問題としてこの異界は脱出できるのか、否か。一瞬悲観的な思考が脳裏を奔るも、頭を振って悪い考えを振り払う。自分に出来ないなら出来る人間を探す。もしくは楽観的に考えればいい。突然異界に来てしまったのだ、なら帰還する時も突然のことになるかもしれないと。

 

 近くには二人の少年がいる。そのいずれかがあの金色の船舶の所有者なのだろう。

 神の乗り物と称しても可笑しくはない偉容を誇るアレが、『闇夜の太陽船(メセケテット)』という銘であることはすぐに知ることとなる。

 

「誰、かな? 僕にはあなたが突然現れたように見えた。魔術師には見えないけど……」

 

 白髪に白い肌の、穏やかそうで平凡そうな顔立ち。朴訥としていながら意志の強さを感じさせる瞳が印象的で、一般庶民的でありながら聖なる風を感じさせる。庶世の聖者……そんな人柄であると感じる。

 しかしそれに反する様に、腰帯のみを身に着け露出した彼の上半身と、膝下から覗くその肉体は鍛え込まれ、手足の鍛え様と立ち姿に見える体軸の安定度、隙のない無形の構えから体術の達人であることが窺えた。

 

「はは! モーセ。我が兄弟。斯様な筋肉達磨を捕まえ『魔術師か』など、愚問! 余を笑い死にさせる気か? よかろう、余の光輝によって煌めく歯を見ることを許す! はは、ははははは!」

「ラーメス、うるさいよ?」

「――ぬっ!? よ、よせ! 余の傍で拳を握るな!」

「………」

 

 モーセと呼ばれた少年は傍らの少年ラーメスを護るために前に出ていたというのに、不躾なからかいを受けて少し苛ついたようだった。

 体を半身にし、ラーメスを横目に拳を握ると、途端に笑いを収めたラーメスは焦って飛び退いてしまう。その仲の良い友人同士の距離感に、アルケイデスはそんな場合でもないのに微笑する。

 しかしモーセ少年は、見た目の印象に反して随分と喧嘩っ早そうだ。快活というより闊達、といったところか。

 

 ――その印象は正しい。後年、モーセは十戒を受け取りにシナイ山の頂上から天界へ至った際に、彼の奉ずる神、聖四文字から連絡を受けていなかった門番の天使に制止されるも、これを躊躇なく殴り倒して押し通っている。

 その他にも自身の子に割礼を施していなかった事に激怒した強大な天使二体に襲撃されるも、相手が二体であるのにも関わらず撃破してのけ。そして晩年、死に瀕していたモーセの魂を、天界へ迎え入れるために降臨した天使に対し「お前では私の魂を運ぶに値しない」と吐き捨て、拳で撲殺している。

 

 大人しそうな見た目に騙されてはならない。この少年、聖人でありながらギリシアの英雄にも劣らぬほど血の気が多く、手が出るのが早いのだ。

 

 ラーメスは気楽に構えている。其れは友を信頼しているのと同じぐらいに己へ絶対の自信を持っているからだった。神であるかのような尊大さが一目で透けて見える。

 しかし不思議なことに、アルケイデスはそれが不快ではなかった。神を想わせる傲慢さは、アルケイデスの神経を逆撫でにするものであるというのに。

 彼から感じる王気とでも云うべき佇まいが、紛れもなくラーメスが王者であることを証明しているからだろうか? 平時のイアソンのそれを遥かに上回る王気。自分が知るどの王よりも偉大な王となる資質を感じた。人物鑑定の眼力にさしたる自信があるわけではないが、歴史に名を残すだろうと確信させられる器がある。

 未だ少年であることに加え、その太陽が如き輝きに好感を持ったから、アルケイデスは不快感を持たなかったのかもしれない。

 

 誰何を受けた。確かに彼らにとっては自分は不審者だ。こちらから名乗るべきだろうと判断する。

 

「私はアルゴスのアルケイデス。……ヘラクレスと名乗った方が通りはいいか?」

 

 ――彼は生涯、自らをヘラクレスと名乗ったことはないとされる。

 しかし此処では例外だった。別の神話(テクスチャ)に迷い込み、その地に名を残すことになる彼は、仕方がないとはいえそう名乗るしかなく。また彼が自ら名乗ったという事実を目撃したのはラーメスとモーセだけだった。

 

 アルケイデスが名乗ると、モーセは首を傾げた。

 

「ヘラクレス? ……ねえ、ラーメス。アルゴスって土地聞いたことある?」

「無いな。その風体、余をして刮目するに値する武威、さぞ名のある戦士かと思ってみれば無名の田舎者であったか。フン、拍子抜けだな」

「………」

 

 世界の中心とも言えるギリシアの、主要な地方の一つであるアルゴスを知らない? それにヘラクレスという皮肉な名も知らないと言われ、アルケイデスは些か新鮮な気分を味わった。

 どこに行っても、誰に会っても、自分の姿と名は伝え聞いているものだとばかり思っていたが。無名の戦士と云われ、少々の可笑しさを覚えて苦笑してしまう。自身の子供ほどに歳の離れた者に侮った言葉を受けても不愉快にはならず、逆に面白さを覚えて肩から力が抜けた。

 思い返せば此処は異界である可能性が高い。であるなら、自分のことを識らないのが自然だと悟っておくべきだったろう。

 

 モーセは名乗り返す。

 

「すみません。名乗られたのに名を返さず無礼な態度を取って」

「いや、構わない。これでも私は遠くまで名を知られていたものでな。却ってお前達のような反応は新鮮だった。此処ではなんのしがらみも無いと知れて良かったと思おう」

「……ありがとうございます。その度量、本当に名のある方のようですね。非礼を詫びます。僕はナルナ人のモーセ、こっちが――」

「待て。余の尊名を識る栄誉を賜わすのだ。余自らが奏でる大いなる名に恐怖させてやろう。知れ、余はラー・メス・シス! 遠くない日、このエジプトにて最大最強のファラオとなる者! 余の威光にひれ伏せ……貴様の見上げる太陽の輝きこそ余である!」

 

 渾身の名乗りなのだろう、得意満面に自尊心を前面に押し出した少年の光輝は確かなものだった。

 しかし、アルケイデスの示した反応に――

 

「ふむ。エジプト……やはりここはそうなのか。しかし、ファラオ? それはなんだ。聞いたことがないな」

「――――」

 

 ――ぴしり、と尊大な表情のまま凍りついた。

 

 一瞬の空白。ラーメスは固まり、モーセは訝しむ。わざとらしく咳払いをしたラーメスは自身に言い聞かせるように言った。

 

「……余は過去現在未来に比類無きファラオとなる。が、今はまだファラオではない! 故に余の名を識らぬ者もいるだろう。よい、特別にその無知を許す!」

「違う、そうじゃないだろう、ラーメス」

 

 モーセは怪訝そうだ。それもそうだろう、ラーメスにとっても、モーセにとっても当たり前の常識に、彼はなんら反応を示さなかったのだ。

 無知では流せない不自然さである。自分を知らない者がいるという事実に、少なくない衝撃を受けていた故にラーメスは気づくのが遅れたが、未来のファラオたる者ではないモーセはすぐにその不自然さに気づいていた。

 

「この人は『ラーの創造した者』という意味のラーメスの名に畏敬を感じてない。それにファラオを識らないって……それはいくらなんでもおかしいんじゃない?」

「――む。それは……ハッ! そんなこと、とうに気づいておったわ。おい貴様、どういうことだ?」

 

 アルケイデスは肩を竦めた。返せる答えは一つしかない。ケリュネイアに触れて告げた。

 

「お前達も見たのだろう。私が突如、此処へ現れたのを」

「うむ」

「私は魔術師ではない。空間転移など不可能だ。そして魔術師や神の御業によって跳ばされたのでもない。思うに、私は異界からの稀人ではないかと思っている」

「――ほう。奇怪なことを云う。本来なら愚劣な世迷言と切って捨てるところだが……」

「うん。分かってるだろうけど、彼はこんなくだらない嘘を吐く人には見えない。信じてもいいと思うよ」

 

 モーセはあっさりとそう言った。簡単に信じ過ぎやしないかと、眉唾な言葉を鵜呑みにする彼を諌めようかと思ったが、やめた。信じてもらえたほうが都合がいい。

 それにラー・メス・シス……言いにくいからラムセスと呼ぶとして……彼の少年はモーセの言を信じたようだ。モーセの人を見る目に関して信頼しているのと同時に、自身もアルケイデスが嘘を吐いていないと感じているらしい。

 お人好しというのとは違う。いや、モーセはお人好しのようではあるが。ラムセスは単純に興味を持ったから、異界の稀人に鷹揚な態度を取っているのだ。

 

「やはりファラオの中のファラオとなる余は、他にはない者と出会う運命にあるようだな。流石は余である。貴様はヘラクレスと言ったな? 余は暇を持て余していたところだ。特別に余の無聊を慰める誉れ高き任を与えよう。余を興じさせてみよ。その儀を以て、余と我が友、そして余の妃の近くに寄った不敬を許す」

「妃? ああ……あの船にいる者の気配はそれか」

「気づいてたんだ」

 

 あくまで居丈高な調子を崩さないラムセスに、もう一人の気配を感じていたアルケイデスは納得する。モーセはやっぱりという顔で呟く。

 武人の好戦的な目で、白髪の少年は大英雄を見詰める。

 

「ラムセス。お前の妃だという者はなぜ船にいる? 体調を崩しているのか?」

「……余の名を赦しなく変形させるとは不快、不敬である。が、その響きやよし。格別の温情を以て流すとしよう。そしてその問いに対する答えは是だ。余の妃……となる予定の、穏やかな陽射しの如く慈愛に溢れた愛らしきネフェルタリは今、気分を悪くしている。と言っても疲れているだけだがな。余の『闇夜の太陽船』で休んではいるが、直に出てくるだろう。感謝せよ! ネフェルタリがこの場にいたならば、貴様如きに余の相手を勤めさせることはなかった! ネフェルタリの慈悲深さに(こうべ)を垂れるがいい!」

「そうか。では後ほど顔を合わせたなら直接礼を言おう」

 

 見当違い極まる物言いだが、アルケイデスは笑って流す。彼の言葉に隠れもしていない、ネフェルタリなる女性への慈しみを感じたからだ。

 ネフェルタリがいたとしても、結局は話し相手になっていた公算は高いと感じてもいる。モーセは苦笑してラムセスを見ていた。

 

 アルケイデスは自身の世界について語る。ギリシアと周辺諸国の気候、歴史、文化。其処に住まう人々と支配する神々。自身の成してきたこと、エジプトという国が自分の世界にもあったこと。

 語り出すと話の中に抜けたものも出てくる。そうした際はラムセスが的確に問い、アルケイデスの語る内容に穴が出ないように詳しく話させた。モーセは聞いたこともない文化や神々の話に、いちいち頷いたりしている。その手の話に関心が深いのだろう。

 

「――ネメアの谷の獅子、獅子の神獣。人理を弾く毛皮か。それを鍛冶の神とやらが鍛え、武具と鎧に仕立てたモノが……」

「これだ」

 

 包を解いてそれを見せる。するとモーセはもとよりラムセスすらも感嘆の吐息を吐いた。

 

「ほぉ……」

「ラーメス。言っておくけど献上しろとか言っちゃ駄目だからね」

「当たり前だ。余の耳にヘラクレスなる名が届いていなかったのは異界の者故なのだろう。これほどのモノ、討ったとなれば勇者であると認めざるをえん。そしてこれほどの獣を討った勇者の存在を余が識らぬとなれば、すなわちそれこそヘラクレスめが異界の者である証なのだろうよ。そしてその勇者から誇りとする武具を取り上げるなど、ファラオとなる余のするおこないではない! ……しかし、なんだ」

 

 一々興味深そうであったり、感心していたふうのラムセスだったが、不意に不快げにその顔を顰めた。

 その表情が表している色は嫌悪と侮蔑である。彼は吐き捨てるように言った。

 

「貴様の云うオリンポスの神、その他の神々だが……大半が神の名を冠するに値せん愚物どもではないかッ! 特にアポロン! 太陽神が二柱在るというだけでも理解し難いというのに、なんたる愚かしさかッ! 異界の神でなければラーの化身たる余が消し炭にしてくれたものを……太陽の煌きを翳らせる不届きモノめ、もう彼奴の話など聞きたくもないわ!」

「まったく同感だ。ヤツが不死であるのが悔やまれる。そうでなければ秘密裏に始末しているものを……」

 

 悪態に深く頷き同意するアルケイデスは、完全に生理的な嫌悪から共感していた。

 アポロンにも良いところはある。あるが、それとこれ(生理的嫌悪感)とは話は別だ。アルケイデスとて人間、完璧な聖人などではないのだから。

 しかし道理を解し、分別もある大人でもあった。同意したのは此処が異界だからで、そうでないなら適当にお茶を濁してはいただろう。

 

「私のことは話した。私の世界についても。今度はそちらの話を聞かせてくれ」

「よかろう。異界の勇者とはいえ、ラーにしてホルスの化身たる余の威光を知らぬは人生の損失、魂に光を持たぬ者に等しい。異界にまで余の輝きを届かせるため、特別に語ろうではないか」

 

 尊大な性格に反して、彼の語り口は微に入り細を穿ち、極めて分かりやすいものだった。自分語りが好きなのか、矢鱈と自身に話を絡めて自画自賛をはじめるが、それらはいずれ現実になるのだろうと感じさせる力がある。

 話が脱線しそうになる度にモーセが軌道修正し、互いを理解し合った親友同士の関係に微笑ましさを覚える。

 

「――そしてファラオとなる余は、あらゆる建造物に関する知識がある。ファラオたる者、建築学は必修項目であるからな」

「ほう、建築学か……」

 

 アルケイデスはその点に強い感心を覚えた。ファラオとは王であり、神であるらしいが、やはり王であることに変わりはない。王への道を志したアルケイデスは、王の必修項目と聞いて目の色を変えた。

 その反応にラムセスは目敏く気づく。そして声を低くして目を眇めた。

 

「興味を示したな? 貴様のような戦士には関わり合いのない分野であろう」

「そうでもない。私もまた、王を志している。であるならお前の云う建築学も修めるべきかと思ったまでだ」

「王になる、だと……? 貴様が……? ふ、くく、ははははは――ッ! 戦場の勇者が至尊の座を? 滑稽である。身の程を知れ! 貴様には無理だ。ヘラクレス、貴様には王たる者の器がない!」

 

 妄言だと思ったのか、ラムセスは呵々大笑する。

 だがアルケイデスの真剣な顔を見て、次第にその笑い声を小さくしていった。

 妄想であれば笑い飛ばす。利己心であったら踏み潰す。ラムセスは己こそ至高の王となると確信しているが――己の欲望のためでない純粋な理想であったなら、笑わない。

 彼は腕を組み、顎でアルケイデスに先を促した。 

 

「……本気のようだな。戯れに吐いた戯言でもないらしい。よいぞ、語ってみせよ。貴様の心胆を。貴様の思い描く王の姿を」

「フン。そう大層なものでもない。お前も言った通り、私に王たる器はないだろう。だがそんなものは不要だ。私は臣や民を治める【器】となる気はない。守護し【道標】となる。如何なる災いからも守り抜く壁となり、護るため、正しく信仰するため、そして万民を善き神の許へ導くために王となるのだ。神の気紛れによって不幸に絶望する者の涙をこの手で拭う――その座に在る者を人が王と呼ぶ故に、王と成ると決めたまで」

「は――それは王ではないッ!」

 

 アルケイデスの語った志を、ラムセスは大喝と共に否定し訂正する。

 その語気は真摯だった。悪ふざけも何もない、真剣な言葉だった。

 

「――父だ。貴様は王ではなく弱き者の父となり、外敵から子を守り、人という種を悪しき親元より発たせようとしている。だが弁えているか? それは一つの奴隷の道だ。民衆とは何処までも救い難い愚か者のこと。守り、育んでくれた者が倒れるまで、その脛を惰性のまま齧り続けるぞ」

「構わない。中には独り立ちする者も出てこよう。私はそれを見守るのみだ」

「甘いな。やはり貴様は王の器ではない。だが――フン。誇りと尊厳に満ちて眼を開き続ける、その勇者の気風に敬意を表そう。喜べ、貴様は確かに王たる者だ。無論、このラー・メス・シスには劣るがな」

 

 ラムセスは、アルケイデスを認めた。勇者であると。そして己には劣るが王となる資格があると。

 モーセは――感じ入るようにアルケイデスを見詰め、体を震えさせた。ナルナ人である彼にとって、アルケイデスの語った王の姿は、まさしく理想のそれだったのだ。

 感激し、感動し、モーセ少年は思わずアルケイデスに駆け寄ると、その手を自身の手で掴み合わせた。

 

「……ああ、不行儀ながら僕もあなたを応援したい。是非……是非とも王となり、人々を救ってあげてほしい。あなたの歩む道は、あなたの世界にいる神に対する宣戦布告の嚆矢となるだろう。けど負けないでほしい。きっと誰もがあなたを希望にする」

「云われるまでもない。この身は最強だ。ならば私は如何なる使命も成し遂げられるだろう」

 

 何も疑うものなどない。そう断ずる英雄は、不意に稚気を滲ませラムセスを見た。彼の提案に、ラムセスは愉快げに相好を崩し。モーセは好機を得たとばかりに希望する。

 年の差はある。世界の垣根がある。しかしそこには仄かに友情が芽生えつつあり――

 

 

 

「最強だと? 余を差し置いて自称するとは笑止千万! 余が最強である! ……ゼロ距離へ我が友に近づかれねばな!」

「ほう、ならば確かめるか? 私が勝てばラムセス、お前には建築学を教えてもらうとしよう」

「よかろう! ならば余が勝てば――」

「――頑張ってね、ラーメス。たぶんそのひと、素手でも僕より強いから」

「それを先に言えモーセぇ! えぇい、余に二言はないッ! 余が勝てば貴様は余の奴隷にしてくれるッ!」

「僕もやる。胸を借りるつもりでやるから……ヤコブ様より受け継ぎし拳、通じるか試させてもらう」

 

 

 

 ――彼らは知っているべきだった。異なるテクスチャの住人同士が、縁を深くするべきではなかったと。

 不用意に親しくなることで、ギリシアとエジプトの神代(テクスチャ)が折り重なることになる危険性を、彼らは知っているべきだったのだ。

 

 覆水盆に還らず。起こってしまったことは、取り返しがつかない。

 

 

 

 

 

 


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