ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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すまない……長いから分割した……すまない……纏めきれない雑魚ですまない……!
放置してたfgo第二部二章をプレイし始めた。遅くなった理由はそれ。じっくり進める……。

あと作者名、戦国マサラは「マサラタウン」と読むのだ……。





11.2 サラミス島の喜劇 (中)

 

 

 呪いが解けた時、感じたのは安堵だっただろうか?

 

 恋心と性愛の神エロース。彼に矢を射たれた王女は、イオルコスの理想王イアソンへ恋に落ちた。いや陥らされた、といった方が的確かもしれない。

 それは夢のような瞬間で。

 同時に永遠に拭い去れない心傷の瞬間でもあった。

 今でも夢に見る。静謐でありながらも怒り狂う金獅子の戦士の姿を。ヘラクレスへの恐怖が楔となって、王女は暫く一人で眠れなくなってしまったほどなのだから、我が事ながら箱入り娘だった王女が、よく心臓麻痺で死んでしまわなかったものだと思い出す度にいつも感心してしまう。

 

 ――アルゴー号での冒険。平穏無事に済んだ帰路で過ごしただけだったけど、それでも、コルキスから出たことのない王女には新鮮なものだった。

 

 アタランテとヒッポリュテという友人ができた。イオラオスとテセウスという少年と知り合えた。ヘラクレスが怖いだけのヒトじゃなく、本当はとても優しいヒトなのだと知ることもできた。恐れる王女に遠慮して近くには寄ってこなかったが、偽りの恋心に支配されていた王女をイアソンに近づけさせないようにしてくれて、その時は恨んでなんとか排除しようと魔術を使いまでしたのに咎めもしなかった。

 それでもやっぱり苦手なままだったが、ヘラクレスはそんな王女に険悪にならず、父への約束通りにコルキスまで送り返してくれたのだ。

 

 エロースの矢が抜けた時。感じたのは……安堵だった。

 

 けれど無性に悲しかった。なぜかは解らないのに、大切なものをなくしてしまった喪失感に、心が虚無に支配されたようで。無知で愚かだった何年も前の王女は、ひたすらに悶々と時が流れるのに身を任せ、自身の胸の中でうねる感情の正体を探り続けた。

 コルキスで大切な家族に囲まれて過ごして。日々を送る中、ずっとずっと考えて。そしてやっと気づいた。王女は――恋をしていたのだと。イアソンに、じゃない。あのヒトに。ヘラクレスへの恐怖から失神した王女を、王女の部屋まで送ってくれた優しいヒトに、王女は恋をしてしまっていたのだ。

 

 気づいた時には遅かった。自覚した時には手遅れだった。ヘラクレスの一行は、王女をコルキスに送り届けるとそのまま国に帰ってしまった。もう二度と会うことができないと確信してしまった。

 ――我慢、ならなかった。

 許せない。はじめての素敵な恋がこんな形で破れるのが、どうしても許容できなかったのだ。皮肉なことにその時の王女は怖いもの知らずだった。ヘラクレスより怖いものなどこの世に存在しないと強く確信し、コルキスを飛び出してあの人に会いに行こうと無鉄砲にも思い立ってしまったのだ。

 

 ――ばかね。

 

 きっと今の魔女なら、過去の王女をそう嘲笑うだろう。なんて無知で無法なのかと。そしてその上で暖かく見守っていたに違いない。何故なら過程はともあれ、その想いは間違いなんかじゃないと魔女は知っている。

 問題は、王女が掛け値なしに箱入り娘だったこと。世間知らずで、根っからの悪人なんていないと……いやそうではない。そんな存在がこの世に在ることを知らなかった。

 みんな仲良し。仲良しでいきましょう! 諍いを起こすコルキスの人にそう言うと、みんなは蟠りを解いて、最後には和解の握手をしたものだ。だがそれは彼女が王女で、コルキスの民だから無下にはできなかっただけのことで。コルキスの外の民が、王女の言葉に従うことはないのである。

 

 果たして王女の旅は過酷なものとなった。

 

 『あのヒト』のことは名前以外何も知らなかった。故にその名を告げ、居場所を知ることからはじめるしかない。しかし王女は愚かな選択をした。イオルコスに行き、そこでアルゴノーツの頭目だった王イアソンに訊けば良かったのだ。それだけで格段に、彼女の旅路は短いもので済んだはずなのだから。

 しかし王女はイアソンに会いたくはなかった。偽りの恋心を植え付けられた故の、忌避感から来る苦手意識である。イアソンは悪くない、そんなことは理解しているが、それと感情の話は別である。ここで敢えてイアソンを避けたことが、彼女の行く末を決定づけたと言っても過言ではないだろう。

 

 コルキスを飛び出した王女には旅の心得などなかった。そんな彼女を助けるべく、エロースが神としての立場を横に置き従者として仕えに来たのだが、当然のことながら王女はそんなエロースを蛇蝎の如く嫌悪する。王女にとってエロースはそもそもの元凶、諸悪の根源なのだ。誰がそんな輩に好印象を持つというのか。

 また自分を陥れに来たに違いないと確信して拒絶するも、神に対しては強く出られない。それに今度はエロースに、自分に恋するように矢を射られるかもしれないという恐怖もあった。故に王女はエロースが自分に仕えるのは我慢することになるが、彼の助言の悉くを無視してしまう。

 エロースが王女に仕えようとしたのは、彼女への贖罪のためである。自身の司るものを歪めたことが、彼の矜持に反していたというのもある。それに彼は本能的に悟っていた。様変わりした実の父が、自分を良く思っていないことを。これをマズイと感じられる感性が、感受性豊かな恋心の神にはあった。エロースは父に改心したことをアピールするためにも、人の身に仕えることを是としたのである。そして自身の矜持と父マルスに対する打算はあるものの、王女に対して罪悪感を抱いていたのも真実だった。

 

 だからこそ、王女に対して強く出られないのはエロースも同じだった。彼女が自分の助言を無視しても、どんな危機に陥っても見捨てずに救い続けたのは、エロースなりの誠意であり。やがてそれは王女の信頼を勝ち取ることになる。

 

 然しやはり、最初は欠片も信頼されなかった。むしろ最大限に警戒され、可能な限り遠ざけると共に、王女はエロースの前では決して眠らない上に何も口に入れなかった。

 旅を始めて僅かな時間で、王女は疲労困憊だった。慣れない一人旅、気の休まらない相手との道程、陸路に海路で襲い掛かってくる獣や野盗。得意の魔術で安全圏を確保する結界を築いても、その中にはエロースが必ずいる状況。それは王女の精神的な余力を容赦なく削った。

 行く先々の人々も、決して善意の者ばかりではない。寧ろ悪意ある者が大半だった。何せ王女の容姿は見目麗しい、可憐な少女なのである。他者からの悪意を見抜いた従者エロースが追い払おうにも、エロースが邪悪な存在であると断定していた王女はそれに怒った。ヒトの善性を無条件に信頼していた頃である。恋したヒトの居場所を訊ねると相手はこれ幸いと王女を騙し、眠らせ、惑わせ、迷わせ――手籠めにしようとした。

 

 犯そうとし、捕まえ奴隷として売ろうとし、ヒトの尊厳を奪って飼おうとし。騙され続け、傷つけられ続け。王女は下賤な人間を嫌悪していくようになる。

 魔術があった。直接的な危機を切り抜けられる智慧と力があった。それでもヒトの悪意は王女を上回ったが、致命的なものはエロースが捌いて辛うじて事なきを得る。次第に王女は民という種を侮蔑して、見下す。高貴な者しか信じられないと確信し、今度は行く先々で王宮を訊ね、身分を明かし、テラモンの居場所を訊ねた。

 

 だがここでも王女は裏切られた。

 

 ただでは教えられないとして、一夜限りの肉体関係を求められもした。

 条件として智慧を貸すことを求められ、これに応えるとその叡智を恐れられ暗殺者を差し向けられもした。

 時には妾として囲おうとされ。偽りの情報だけを渡されて道に迷わされ。恐ろしい怪物や賊の退治を命じられもした挙げ句、苦戦の末に成し遂げても魔女に報酬など渡せるものかと約束を反故にされた。

 

 王女が魔女に変貌していく。人間不信に陥っていく。次第に裏切りに対する報復をおこなうようになり、至る所でそれを繰り返したために本格的に魔女の悪名が彼女についてしまった。

 悪いことはしていません! テラモン様の居場所を知りたいだけなんです! そう弁解する彼女を信じる者はどこにもいなかった。各国の追手が魔女を追い詰める。助けを求めた先で拒絶され、逆に悪しき者として英雄が彼女を殺めんとした。

 命からがら逃げ続けられたのは、エロースのお蔭である。彼がいなければどこかで捕まり、その命を落としていたことだろう。

 度重なる裏切りと、冤罪とも言える罪への追及から、魔女は完全にその心を擦り切らせてしまっていた。時には自身の恋心すら捨てようとして、コルキスに帰りたいとも願ったことがある。それを励まし、叱咤して、初恋を捨てさせなかったのもエロースだ。

 彼は説いた。その心を捨てる前に、旅を終わらせよう。そしてテラモンに会い、話して、価値がなかったと思えば捨てればいい、と。それまでは最後まで信じて旅を続けよう、と。魔女はエロースを信頼した。もはや何も信じられなくなっていた魔女は、度重なる危機を助けてくれたエロースだけが味方だと信頼するようになっていたのだ。

 

 やがて数年の旅を経て、少女が女になった頃、漸く魔女はサラミス島に辿り着く。

 

 そこでテラモンと再会した魔女は、しかしもう純粋な乙女ではなくなっていた。

 悪を見た。人間の醜悪な欲望を見た。もう彼女は箱入りの世間知らずな姫ではない。謀略と奸知に長けた、恐るべき魔術の行使者である。

 あれほど恋い焦がれたテラモンにも、魔女は猜疑心を抱いていて。むしろこれでやっと旅を終えて、嘘っぱちでくだらない初恋を終わらせられると安堵していたほどだ。

 サラミス島にも魔女の悪名は届いていたのだろう。王であるテラモンを守ろうと、戦士たちが彼女に刃を向ける。――ああ、やっぱりこうなる。諦観から、魔女の肩から力が抜けた。

 

『やめろ、お前達!』

 

 しかし、テラモンの張り上げた制止の声が、密かに立ち去ろうと考えていた魔女を引き止めた。

 

『コルキスの……王女だろ? わたしの国に何の用だ?』

『! 覚えて……いてくれたのですか?』

『はっは! あれからまだ十年と経ってないぞ。貴殿ほど強烈な個性の持ち主を忘れてしまうほど、わたしはまだ耄碌していないつもりだ』

 

 覚えていた。たった数回、言葉を交わしただけの。イアソンへの偽の恋心に支配されていた故に、ぞんざいで適当な態度しかしていなかったはずなのに。

 テラモンの豪快な笑顔に、魔女の胸に微かな希望が灯る。

 もしかしたら、と。腐るほど見てきた悪意ある目――どんなに隠していても見抜けるようになった魔女の直感が、テラモンには欠片も悪意がないのを察知したのだ。

 

 このヒトはやっぱり他とは違う。そう確信する魔女は、ふいにエロースの姿がないことに気づく。そしてその気遣いに感謝した。

 念願の再会の場を、自分の存在が掻き回さないように隠れてくれたのだ。

 

『? 見たところ……疲れているらしいな。王女らしくもない、薄汚れたローブなどを着て……供はどうした? まさか一人か?』

『……はい。私一人です』

『それはいかん! まずは旅の汚れを落とすといい。……噂は聞いている。積もる話もあるのだろう。だが今は体を休めるといい』

 

 そうテラモンに説かれ、案内されるまま都市に招かれた。

 

 久し振りに体と心の休まる思いだった。念の為に警戒しながら沐浴し、綺麗な衣服に身を包み、毒が盛られていないか確認しながらもまともな食事をして、エロースに密かに見張りを頼んで柔らかい寝台で眠りに就いた。

 だが魔女の警戒は総て無駄だった。テラモンは魔女を歓待し、裏で何かを企むことをせず。後継者をもうけるために嫁を探すことの方に注力するばかり。

 やがて魔女は安心した。テラモンは優しいヒトだと。そして数日がして身も心も回復した魔女はテラモンと語り合う。

 

 いや、魔女が一方的に語った。

 

 これまでの苦難の総てを。ぶつけ、八つ当たりし、喚いた。失望されたかったのだ。迷惑がられたかった。拒絶してもらって、故郷に帰ろうと思っていた。

 しかしテラモンは魔女の癇癪を受け止めた。さぞ辛かっただろうにと、暖かく受け入れてくれた。

 

 魔女は泣いた。裏切りに次ぐ裏切りに擦り切れていた心が忘れていたものだ。

 魔女は再びテラモンに恋をした。そして彼に願う。告白する。自分が旅をした理由、テラモンに対する想いを。

 

『気持ち悪いですよね。分かっています。こんな……私なんかに、こんなことを言われても』

『……まさかだ。わたしは此処まで女性に想われたことはない。却って嬉しさでいっぱいだ』

 

 病的に一途に求められていたと知っても、テラモンは決して魔女を気味悪がったりはしなかった。魔女は自身の行動があまりに突飛で、一般的に見たら気味が悪く気持ちが悪いものだと自覚できるようになっていた。

 故に信じられず、テラモンの言葉が彼の優しさからくる嘘だと決めつけ、叫んだ。それは悲鳴だった。

 

『嘘よ。本当なわけがない』

『本当だ。わたしは貴殿にそうまで想われて嬉しいとも』

『嘘ッ! 嘘、絶対に嘘よ! 嘘じゃないなら証明しなさい! あなたは私を……抱けるかしら? こんな気持ちの悪い魔女を!』

『抱ける。ああ、抱こうとも』

 

 一切の衒いなく、躊躇いもなしに即答され、魔女は息を詰まらせた。

 うそ……そう呟く魔女の手を掴み、サラミス島の王は魔女を抱き寄せた。

 

 交わされた接吻に、魔女は涙し――そして、新たに伝説の王妃が誕生する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――艱難辛苦を乗り越えた先で、魔女は王妃となって人並みの幸福を手に入れた。

 

 愛するヒトに愛され、穏やかで平和な日々を過ごし、少しずつ人間への不信感を拭われて。

 子供が産まれた。

 男が生まれると、ヘラクレスに名前を付けてもらったのだと自慢する夫に王妃は狂乱して魔術を使い、孕んでいた段階で徐々に性転換をおこない。

 男が産まれるはずが、女になった。

 王はこれに嘆き、王妃の仕業と確信してなんてことをしてくれたんだと詰ったが、ヘラクレスに名付けられた男児は筋肉になっちゃうじゃない! という妻の悲鳴に折れざるを得なかった、

 

 しかし折角もらった名前だったので、王妃の考えた名前を総て却下し強引に『アイアス』と名付けられ。王妃だけは往生際悪く自分だけは『アガタ』と呼び続けた。

 

 そして、王妃は知る。王妃が子を宿した時に、王がヘラクレスを招いたのだと。

 

 

 

「やだ! やだやだやだ! ヘラクレスが来るとかやだぁ!」

 

 

 

 身重ゆえの情緒不安定さから、サラミス島の王妃は幼児退行して地団駄を踏んで拒んだが、招待された後ではもはや後の祭り。

 王妃メディアは悲愴に泣き叫び、テラモンを大いに困らせた。

 

 

 

 

 

 

 




メディア「私の可愛い娘が筋肉になっちゃうぅぅうう!(被害妄想)」

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