ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

85 / 111
えー、まことに勝手ながら、書きたいものを見失いつつありモチベ低下につきまして、本命の方に舵取りし直すことにしたと(事後)報告いたす。
どういうことかと云うと、正史バージョンからのsn編だ(半ギレ)
こっちを先にやる。なぜならfgo方面を先に進むとモチベ的にエタると確信したからである。読者諸兄におかれましては、ぶつ切り感にもやっとするかもしれないが、それでも作者としてはやりたいことをやらせてもらいたい。

そんなわけでsn編に突入……の、前置きをば。外伝fgoで正史の流れは把握されていると思われるので触れない。
稚拙な筆力の作者を憎め……! でも勘弁して……! エタるよりはいい、はずだから……!

それと挿絵、表紙を匿名希望様より頂きまして候。その偉容、まさに王の化身。一見の価値あり、作者はスマホの壁紙にしました。


あ、snもオリジナル展開目立つから気をつけて()






Fate/staynight
一夜 小さき者、(おお)いなる者


 

 

 雪解けにはまだ遠い。

 悠遠なる歴史(とき)を経た、常冬の帳に支配された秘境の城は、その支配者が機能を停止する(妄執を果たす)その時まで、雪解けを受け入れる事は無いだろう。

 だが自滅の結末に疾走する支配者に付き合う義理などない。その歴史は支配者の意向に沿う事なく終止符が打たれようとしている。満願成就の時を迎える、その目前にまで駒を進めていながら、盤面そのものを破壊されたのだ。

 遠く極東の地にて大聖杯が起動した。それにより自身の番人を維持する労力から解放された小聖杯が、狂戦士(バーサーカー)(クラス)にて招かれた英霊に唆され叛逆したのである。

 

「――あは」

 

 暗い笑み。然し無垢な微笑み。愛憎入り混じったのなら無垢ではいられないが、愛がなく憎しみのみに純化していたのなら、それは純粋であり無垢である。

 底なしの暗黒。沸騰した混沌。解放の禊を終えた歓喜。なされた仕打ちを思い返せばこそ、解放のカタルシスが入力された表情は無限の喜びに満ち満ちていた。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、可憐な唇を歪ませて、嗤う。

 

「あはは。脆ーい。こんなのが……こんなのが、わたしの……」

 

 その後に続く言葉はイリヤスフィールにしか聞こえない微かな囁き。

 アインツベルンの城は恐怖の権化だった。逆らえない支配者だった。精神的にも、肉体的にも打ちのめされ、欠片も裏切りの発想も浮かばない存在だった。

 だがバーサーカーという、聖杯戦争史上最強のサーヴァントを従えている今、彼女を恐怖で縛る事など出来るはずもなかったのだ。

 彼女に叛逆を促したサーヴァントは、たった一度囁いただけ。「アインツベルンの悲願とやらは、マスターさえいれば叶うものなのだろう。ならば最早不要ではないか。永年の研鑽、その総決算をまずは自身で味わうも一興というもの。ただ一言、滅ぼせと命じられたのなら、私はマスターの敵を悉く滅ぼそう。なに――マスターがこれまでされてきた仕打ちの、ほんの僅かな苦痛を返すだけの事だろう」と。

 それはイリヤスフィールに電撃の如き衝撃を齎した。人体の七割を占める魔術回路、長くは生きられないと告げられた設計思想、単一の目的のみを課せられた絶望。それらが脳裏を駆け巡り、然し心的外傷に比するほど刻み込まれたアインツベルンの頭首アハト翁への恐怖が抑制して――だが、傍らのサーヴァントが齎す無限の安心感があらゆる恐怖の鎖を打ち砕いた。

 

 そうなれば、もはやイリヤスフィールを縛るものなどない。恐怖の楔を引き抜かれた少女は、ポツリと命じた。「……やっちゃえ、バーサーカー」と。

 

 その命令が、アインツベルンの滅亡を決定した。

 アインツベルンを滅ぼすべく、天災が如き暴力を振るった狂戦士を止められるモノはいなかった。戦闘型ホムンクルスの部隊も、魔術を振るうホムンクルスも、総てが消された。残されたのは、イリヤスフィールの礼装『天のドレス』であるリーゼリットと、イリヤスフィールの世話役のセラというホムンクルスのみ。

 彼女の背後に控え、アインツベルンの家門が滅び去る様を見届けるセラの目は無感動なものだった。自然に属する人造生命体、人の及ばない魔術回路の持ち主に、主であるイリヤスフィールは気まぐれめいて問いかけた。

 

「ね、セラ」

「はい」

「こんな事しちゃう悪い子のわたしに、セラは付き従ってもいいの?」

 

 純粋な疑問だった。分かりきった答えしかないのを知っていても、問わずにはいられない。セラは答える。

 

「アインツベルンの悲願は、第三魔法の再現。お嬢様がおられる以上、それが果たされるのは疑いありません。悲願が叶うならアインツベルンのお家の存亡は些末な事です」

「ふーん。つまらない答えね」

 

 歯向かったのなら破壊(殺害)されてしまうだろう。然しセラにそのような考えは毛頭ない。思う所はあるものの、イリヤスフィールさえいれば、アインツベルンの勝利は確実だと考えているからだ。

 

 バーサーカー。現界せしは英霊ヘラクレスではなく、事実の古代王アルケイデスでもなく、生前の超人『戦士王アルケイデス』その人に限りなく近しい性質を持つサーヴァントであった。マスターはアインツベルンの小さき姫。第五次聖杯戦争にてその役目を終える、錬金術の大家が誇る最高傑作の人造生命体(ホムンクルス)。その特別製の令呪は様々な機能を有し、全英霊屈指の大英霊をも律する鎖となるだろう。

 この組み合わせが成った以上、アインツベルンに憂いはない。あらゆる障害も、敵に成り得ぬ。まさに圧倒的なまでに最強なのだ。セラはただ、イリヤスフィールに仕えるだけだ。

 

「――終わったぞ、マスター」

 

 バーサーカーが帰還する。黄金の甲冑を纏い、白亜の魔槍を携え。比肩する者のない偉丈夫が戻るのに、セラは僅かに身じろぎする。戦慄か、恐怖か、はたまた主を唆した者への隔意か。

 金色の獅子王が戻るのに、イリヤスフィールはパッと顔を明るくする。そして残酷に問うのだ。天真爛漫に。

 

「お疲れ様。殺戮は楽しかった?」

「不憫な人形を廃棄して回るのに喜悦など感じん」

「むぅ……じゃあ、お爺様は?」

「抵抗する素振りもなく、一つ遺言を遺した。第三魔法『天の杯(ヘブンズ・フィール)』を成就せよ、とな」

「……ほんとう、つまんないの。セラも、バーサーカーも、お爺様も。何よそんな当たり前の事しか言えないの? わたしとバーサーカーがいるんだからできるに決まってるじゃない。他に何かあれば……」

 

 こんな事、しなかったのに。

 

 イリヤスフィールの呟きに、バーサーカーは目を細める。彼女に肉親を殺める命令を出させた罪悪感は皆無だ。マスターにとっての肉親とは、母のホムンクルスと、名前を伝え聞く衛宮切嗣のみ。アインツベルンはただの檻であると理解している。

 故に反応したのは、イリヤスフィールの独白に、無意味に駆動し続けるだけのアインツベルンを滅した事に微かな慚愧を懐く優しさへの嬉しさ。そしてバーサーカーが楽しまないのを当たり前と言った事へ自分を理解されている喜び。この二つだけだ。

 

 バーサーカーは見抜いていた。アインツベルンには、人間がいない事を。

 

 種族的な意味ではない。自立した思考を持ち、独立した精神を持ち、自身の裡から湧いた欲望を持つモノなら、彼は人間でなくとも人間として扱う。相手が人間であるなら滅ぼすべきだとバーサーカーは考えなかっただろう。いや――マスターへの仕打ちを考えれば、やはり刃を取ったかもしれない。不義不忠、マスターの一族殺しの汚名を受ける覚悟を持って、独断で動いていたかもしれない。

 ともあれ終わった事だ。今更何を言ったところで意味などない。バーサーカーはちらりとセラとリーゼリットを一瞥する。

 

「……さて。立つ鳥跡を濁さずと、日本とやらの諺にある。早速日本に向かうか?」

「そうね。それより、聖杯ってそんな知識までサーヴァントに与えるの……? なんか変な感じ……」

 

 バーサーカーは、マスターを至上とする。総てはマスターに優先されるのだ。そこに王としての思想が介在する余地はない。

 戦士として仕え、そして父を求められたが故に守護する。召喚に応じたのはひとえにイリヤスフィールのためであり、それ以外は余分だと切り捨てていた。

 

 第五次聖杯戦争最強の陣営が、日本へと発つ。

 

 白い少女に仕える戦士は、心躍る戦いなど望まない。一個の戦士として殺せと言われたものを殺し、主君の御為だけに尽くし、そして彼女に人としての人生を献上する。

 普通の、などと間抜けな願いはない。然し一人の人間として生きられる命を少女に与えるのが、サーヴァントとしての己の使命であると彼は定めていた。

 

「でもバーサーカーって不便よね」

「何がだ?」

「武装したら一発で真名バレちゃうし、かといって武装解除して素顔を晒してもバレちゃうじゃない。イオラオスだっけ? バーサーカーの甥のせいで肖像画まで残ってるじゃない」

「フン、真名が露見したからと、なんの不都合がある。我ら以外の陣営が手を合わせたとて、一網打尽に薙ぎ倒すまでの事だ」

 

 霊体化してマスターの傍に侍る。日本の空港に到着してから溢れたマスターの素朴な感想に、バーサーカーは不敵に大言した。

 イリヤスフィールはそんな彼に、頼もしげな目を向けて。

 

「言ってみただけよ。でもわたしの事、守ってくれなきゃダメなんだから」

「案ずるな。此度の聖杯戦争で、マスターが傷を負う事など万が一にも有り得ん事だ」

 

 その返答に、尽きぬ信頼から天使の笑顔を綻ばせた。

 

 

 

 一組の陣営が、冬木に入る。その瞬間、現界している総てのサーヴァントが感じた。

 強さの位階が一つ、下がったのを。

 

 青い槍兵は獰猛に笑う。舞台に登るだけで感じられる圧倒的な武威と霊格に。死力を尽くした戦いに没頭できるという予感に。

 

 反英霊、いずれ怪物へと堕ちる定めを負った騎兵は顔を上げる。懐かしい者の濃密な気配が、冬木へと入ったのを感じて。

 

 魔女は震える。悍ましい予感に鳥肌を立たせ。

 

 そして――

 

「ほう……この我に、()()を感じさせるか……」

 

 ――受肉している八騎目の英霊(イレギュラー)が、全霊を賭すに足る強敵の接近を歓迎した。

 

 運命の夜を迎えるまで、あと少し。至強の戦士、総ての勇士の代表者が入場しただけで生じる揺らぎは、蝶の羽ばたきなど比較にもならない変化を齎すだろう。

 

 第五次聖杯戦争。冬木に於ける最後の戦争が、ゆっくりと幕を上げ始めていた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。