ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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二回目だったかな、たしか
もうこの拙作でギャグは二度とやらん。やったせいでモチベが死んできてる。圧倒的後悔。やるんじゃなかった魔法少女ネタ。
もはや黒歴史なんで、触れないでくれると精神的に助かる。お願いだよ触れないでね。恥ずかしくて死んじゃう

豆知識
ゲイ・ボルクのゲイとは「槍」を意味し、ボルクとは昔は「製作者の名前」とされてたけど今は「袋」とされる。
槍の袋、というのが意訳になる。これを解釈すると、え、なにこれコワ……となる。





八夜 急転する歯車

 

 

 

 極上の御馳走に、豚が()り出した糞を塗りたくられた気分だった。

 

 知名度補正などという、自らに起因しない因果に足を引っ張られた事へ文句はない。己の属する国、神話、伝承では書物に詩を遺すのは禁忌であるとする森の賢者の掟があった。

 故に当時は思い至らずとも、英霊となりサーヴァントとなった以上は悟っている。口伝のみに頼った体系は、いずれ散逸するのが定めであり、必然的に後世に語り継がれるべき伝説や栄光の全貌が薄れ、人々に忘れ去られても無理はないのだ。

 自身はその点、多くの同胞達に比べると幸運なのだろう。いや、自らの勲を思えば、当然ではある。ローマのカエサルによりエリンの口伝が纏められ、書物とされたため最低限度の伝説は後世に残り、祖国があった地では約二千年先の現代でも国のシンボル的な英雄として語り継がれている。アイルランド最高の英雄として知られているのだ。

 故に遠い異国の地で自身の認知度が低くとも不満はない。この冬木で開催された聖杯戦争にて、己の名を知らない異国で槍を振るう事に不足はなかった。他ならぬ己に誇れる歴史は、例え何者にも忘れ去られていても――知られずにいたとしても確かにこの胸に宿っているのだから。

 赤枝の末裔に召喚され、マスターに恵まれたのだと喜んだ。これなら召喚に応じた甲斐があると。バゼット・フラガ・マクレミッツ――父の剣を受け継ぐ一族の女が、無垢な憧れと共にこの身と肩を並べて戦いたいと求めてくれたのだ。ならば自分が喚び出したサーヴァントが最強であると証明してやろうと奮起したものである。

 

 ――その女が、聖杯戦争の監督役であるはずの男に騙し討たれ、奪われた令呪でマスターの鞍替えに賛同するように強制された時。

 

 槍兵は本来のマスターを殺めた男、言峰綺礼を殺すと決めたのだ。

 

 鞍替えを強制されたとはいえ、マスターであると認めさせられている。故に主殺しを企図するのは、英霊として恥ずべきではあった。

 だが何事にも例外はある。

 言峰綺礼は赤枝を舐め腐り、侮った。その誇りを傷つけた。信頼と友情を裏切った。赤枝は名誉を傷つける者には、例え相手が主であっても容赦はしない。ましてや裏切られたのが自らの真のマスターであり、それを殺した不倶戴天の輩が主に成り代わったのであれば、叛逆は赤枝にとって忌むべきものではなくなるのである。

 

 然し今は“機”ではない。そして不本意ながらも主とした男だ、一つの命令も達成せずに裏切ったのでは赤枝の沽券に関わる。故に、最初で最後だ。このふざけた令呪の指令を果たすまでは大人しくしている。

 そしてしかるべき筋を通した後に、猛犬を飼い馴らせると驕った男の心臓を貰い受ける。これは互いが生きている限り不滅の誓いだ。血の誓約である。

 だが、

 

(気に入らねえ……)

 

 気に入らないものは、気に入らない。人の目に留まらぬ高速で夜の新都を駆け抜けながら、ぶ、と唾を吐く。聖杯戦争に勝つ気がない采配に、令呪で従わされる現状が、従うと決めていても堪らなく不愉快で仕方ないのだ。

 

(初見の相手は倒さずに生還しろだと?)

 

 サーヴァントを縛るのに、そんな拘束時間が長い命令がまともな効力を発揮するものか。だが腐っても令呪、歯向かおうとするとステータスが軒並み落ちる。ましてや令呪の縛りの条件に該当する“初見”の相手には、その弱体化は著しいものになるのだ。

 相手が余程の小者で無い限り、同格かそれ以上の相手には敗北は必至となるだろう。事実――

 

(糞ったれが。折角ご馳走(きょうてき)にありつけるとこだったってぇのに、みすみす()退()()()()()()()()()()()じゃねえか……!)

 

 狂戦士の座に据えられたとは思えない、理性の極致とも言える一つの神話の頂点。他神話の文化圏にまで多大な影響を与えた、多くの英雄豪傑すら最強と讃える漢。

 その戦士と槍を交えられたのは誉れだ。そしてそれを打倒するために全霊を傾け、血を燃やし、煮え滾る戦闘本能の欲するままに戦いたかった。果てに敗れる事になろうとも、究極的にはどうでもいい。死力を尽くして戦いたい――戦うのなら負ける事もあるだろう。勝つに越した事はないし、勝つためなら命を捨てるのも惜しくはない。

 

 だがくだらない令呪の縛りのせいで全力を出せず、相手もその気にさせられず、あまつさえ逃げる事を許すとまで言われてしまった。

 

 屈辱、である。戦士として恥辱に震えそうだ。次だ、次は逃げない。さっさとこんなくだらない仕事を終わらせ、再戦を挑み雪辱を果たすのだ。

 こちらが死ぬか、相手が死ぬか、どちらが上でどちらが下か、優劣を決するまで決して退かない。

 

 そのために、今はとにかく無心になる。総ての陣営と戦うために。そして今の己にすら殺せる手合いは、早々に退場してもらうつもりだった。初見の敵は殺すなと言われている、ならば令呪に逆らい殺してしまえば、少しは仇敵の鼻を明かしてやれるだろう。

 そうして、ランサーのサーヴァントは敵を探し求める。魔力や霊格の高いモノを探知するルーン石をばら撒き、自身はルーン魔術で気配を断って、姿を消す。鬱憤を晴らす為だけに冬木を走り回った。虱潰しに。

 

 ――だから、見つかってしまった。血に飢えた猛犬に、間の悪い少女達が。

 

 冬木の聖杯戦争の御三家、アインツベルン、遠坂、そして間桐。探すならここだと判断して、巡回ルートにしていた其処へと彼らは現れたのだ。

 猛犬は、それとなく人払いの結界を周囲に張る。仕事に移る前の、ささやかな儀礼であった。

 

 

 

 ――バーサーカーのサーヴァントによって、自身の正体を匂わされ。そして自身の想い人を、サーヴァントがいなければ殺すと宣告され。必要に迫られた少女、間桐桜は、泣き出したくなる絶望と共に、衛宮士郎へ自分の正体を告げた。

 

『桜が、魔術師だったのか……!?』

 

 当然驚く士郎だったが、然し恐れる桜に不思議がる。

 

『でも桜は桜だろ? 俺だって魔術師だし、別に気にする事じゃないだろ。魔術は隠すものだもんな』

 

 絶望が晴れるほど嬉しくて――そんな士郎を死なせないために、桜は彼のサーヴァントの召喚を手伝う事にした。この苦難を共に乗り越える、その一体感に昂揚すらしようとしていた。

 だが、だからこそなのか。桜はもう、兄にサーヴァントを貸し出す理由を喪失して。慎二からサーヴァントを取り戻す決断を下した。

 桜が聖杯戦争に関わりたくなかったのは、戦うのが怖いからで、然し士郎を守るためにサーヴァントが必要となれば話は変わってしまう。あの恐ろしい偉丈夫から自分と士郎を守るには、士郎のサーヴァントだけでは不安が残る。それに召喚されるサーヴァントが協力的な者とも言い切れない。そこでまずは士郎のサーヴァントを喚び出す前に、信頼できるライダーを自身の許に戻そうと考えた。

 自然な思考だった。当たり前で、常識的ですらある発想だった。故に桜は兄を呼び出し決然と勧告したのだ。兄さん、ライダーを返してもらいます、と。

 慎二は当然反発したが、聞く耳は持たれず。彼の手にある令呪の代用品、偽臣の書は燃え去ろうとしていて――慎二が逆上し、桜に殴りかかろうとしたのを士郎が割って入り、掴み合った。

 

 場所が、悪かった。

 

 間が悪かった。

 

 桜は慎二を呼び出したが、慎二は鼻で笑い、間桐邸(ウチ)の前で待っていてやるからそっちから来いよと命じ。できるだけ穏便に済ませたがってしまったから、桜は呼び出した側なのに間桐邸の前まで士郎と連れ立ち向かってしまっていた。

 場所が悪い。そこはランサーにマークされている。家柄故にサーヴァントが高確率で現れるだろうと目されていた。だから――

 

 

 

「あー……お取り込み中のとこ割り込んで悪いんだが、ちょっとばかし邪魔させてもらうぜ」

 

 

 

「っ……!?」

「サクラ、下がってください!」

 

 漸く桜の下に戻れると、気を緩めていたライダーのサーヴァントは、突如として辺りに響いた槍兵の声に驚愕した。

 間桐邸の門前、士郎と桜、そして慎二。彼らを見下ろす形で、明かりの灯った街灯の上に着地した槍兵が気まずそうに声を掛ける。電撃的に反応するライダー、メドゥーサは信じられない思いでランサーを見上げた。魔槍で肩を叩く美丈夫の接近に、人間規格の英霊を超える知覚能力を有する自分がまるで気づかなかったのだ。

 高度な魔術を使う魔術師か、それとも暗殺者のサーヴァントか。その警戒は、彼の姿を見て悲観に染まる。

 

 どう見ても、魔術師ではない。ましてや山の翁でもない。

 

 にも関わらず自分に毛筋の先ほども気配を悟らせない隠密。恐らくは魔術によるものだと、スーダグ・マタルヒスとしての経験を記録として持つ霊基が――経験がメドゥーサに教えている。だが今の自分は戦士ではない、その記録を持っていても活かせない。

 マズイ。格上のサーヴァントだ。得物から判断するに、ランサー。槍兵が魔術師の英霊に匹敵する魔術を使う――すなわち高位の霊格の持ち主なのだろう。

 

 そして、この時は知り得ない事だが。両者の相性は、絶望的に最悪である。

 

 怪物に近しい性質を持つメドゥーサと、怪物殺しの達人であるクー・フーリン。まともに戦えば、メドゥーサに勝機は殆ど無い。例え桜がマスターに戻ろうとも。――まだ偽臣の書が燃え尽きていない故に、慎二をマスターとするメドゥーサはこの瞬間、槍兵には雑兵に視えている。その存在の希薄さを見抜かれている。

 いや、サーヴァントであれば、誰であってもメドゥーサの弱体化は明らかなのだ。野生的な勘で、戦士の眼力もあり、クー・フーリンがそれを見落とすなど有り得ない。

 

 「んじゃまあ、取り敢えずの挨拶代わりだ」と呟いて。

 

 クー・フーリンが、消えた。桜や慎二は元より、最も優れた動体視力を持つ士郎の目にも、それを遥かに超越するメドゥーサの感覚すらも置き去りに、ランサーが迫る。

 街灯を揺らしもせず跳んだ槍兵が、メドゥーサの間合いに踏み込んでいた。まるでその動きに反応できずとも、咄嗟に腕を立て防禦する。然し、それごと蹴り飛ばされる。鞠の如く吹き飛ばされて、地面を滑り、間桐邸の門に激突した。その手応えと無様さに拍子抜けしたのか、ランサーは露骨に嘆息する。

 

「なんだよ、とんだ雑魚じゃねえか」

「ら、ライダー!?」「ひっ、ひぃ!?」

「なっ、なんだ……まさか、コイツがサーヴァントって奴か!?」

 

 三人の少年少女達の錯乱に近い動揺を、ランサーは一瞥する。揃いも揃って素人揃いじゃねえかと失望を隠せない。

 

「この程度の不意打ち(あいさつ)も躱せねえ、間近に敵がいるってのに反応が遅え、敵と認識しても攻撃しても来ねえとはな。……チッ、遊ぶ気にもならねえ」

 

 やれやれ、気は進まねえが仕事だ。抵抗はすんなよ、綺麗に死にてえだろう? 槍兵の無慈悲な宣告に、慎二が喚こうとして。この瞬間、漸く偽臣の書が燃え尽きる。

 それで慎二の心はあっさりと折れた。脇目も振らずに脱兎の如く逃げ出す。それに軽蔑の眼をランサーは向け――桜は、自身との繋がりがライダーにあるのを感じて叫び声を上げた。悲鳴だった。

 

「た、助けて、ライダぁぁああっ」

「ん? ――ああ、そういう事か。道理で弱いはずだぜ、っとぉ!」

 

 鉄門が拉げ、砂塵が舞っていた。それを突き破り飛来したのは鎖付きの杭。仕返しとばかりに不意を打つ一撃は、だがランサーには全く通じなかった。容易く魔槍で弾き返され、巻き付こうとする鎖を逆に槍の穂先に絡め取ると、魚を釣るようにしてライダーを引き込んだ。

 寧ろ自分から飛び込んだのはライダーである。強烈な蹴撃を槍兵に叩き込む。その身体能力と内包する魔力は、膨大な魔力を持つ桜をマスターに戻したことで、別人のように跳ね上がっている。腕を上げて蹴りを受け止めた槍兵は、その威力に目を見開いた。膂力で負けている――逆らわずに自ら後方に跳び、軽やかに着地して獰猛に笑った。

 

「悪い、雑魚と言ったのは取り消す。まさか仮の主に引き摺られて弱体化しているとは思わなくてよ」

「構いませんよ。私としましても、あんなモノをマスターとしていたのは不服でしたから。先程までの私を罵る事は、そのままシンジを嘲るようなもの。好きなだけ侮辱しなさい。ただし、」

「今の自分は違うってか? いいね、血の気の多い奴は嫌いじゃない。じゃあ改めて、やるとするか。――ああ、本当にすまねえが、ちんたらとやり合う気はない。なんせ、こちとら()()が入ってるんでね」

 

 腰を落とし、魔槍を構える槍兵に、メドゥーサの頬へ冷や汗が流れる。やはり、マタルヒスとしての経験が教えてくれていた。

 怪力スキルを持つ自身の、渾身の蹴撃の威力をあっさりと逃がす技術、軽妙な体捌きに敏捷性、推測される最大速度――それは戦士(マタルヒス)のものよりも上である。

 

 戦慄を押し隠し、ライダーは背後に庇った二人に意識を向けた。そのまま、時間を稼ぐように口を開く。

 

「随分と身勝手ですね。場も弁えずに仕掛けておきながら、先約があるとは」

「すまん。こればっかしはオレの落ち度だな。だが――弁えてるだろう? 聖杯戦争は始まっている。よーいどんで始まるお行儀の良いもんじゃねえんだ、サーヴァントが無防備な所を見つけたら、ちょっかいの一つも掛けたくなるってものさね」

「………」

 

 その通りだった。寝込みを襲われたとしても文句は言えない、それが戦いである。

 奇襲、不意打ちが汚いなどと喚くのは敗者の論理。ライダーはランサーと完全に同意見だった。

 

「おまけに仕事でな。そそらねえ相手でも、味見しなくちゃならん。不味くても美味くても返品して帰ってこいとまで言われてるが――生憎オレは行儀が良い。例え不味くともお残しはしない主義だ。そして個人的な事情で悪いんだが、気に入らねえマスターの鼻を明かしてやりたいと思っていたところでな。初見相手は殺すなと言われてるんだが……テメェは此処で逝け。殺せる敵は、手早く殺すに限る」

「っ……」

「なに、四六時中見張られているわけでもない。流石に宝具を使えば気づかれちまうがテメェには躱せねえよ。撃っちまえば終わりだ。そら――後ろのお嬢ちゃんと坊主、逃さなくても良いのかい?」

 

 随分気にしてるじゃねえか、と。嗤われ、ライダーは鋭く言った。

 

「サクラ、逃げてください!」

「そんな――ライダーを置いて行くなんて、わたしには――」

「お願いです。私がランサーを止めている間に! ……シロウ、でしたか。サクラを頼みます。そして早くサーヴァントを召喚して、戻ってきてください。それが貴方達にできる最大の援護です!」

「っ……! 分かった、すぐ戻る! 行くぞ桜!」

「先輩!?」

 

 少女の手を引いて、少年が駆け去っていく。士郎には何がなんだか未だによく分かっていない、だが猶予のない危機的状況だとは理解していた。

 故に桜を連れて逃げる。ライダーの言った通り、味方が増えるだけで違うはずだと判断できるから。桜も手を引かれて走り出す事で、却って踏ん切りが付いたのだろう。急いで間桐邸は避けて、ランサーとライダーからは視えない地点につくと、即座に跪いて桜は簡素な魔法陣を己の血で描いていく。

 幼少期から虐待を受けてきた。魔術などろくに教わってもいない。然し、ライダーを喚び出した時の陣の形状は記憶していた。覚えていた。忘れられるはずがない、だってそこから現れたメドゥーサに――自分自身を幻視してしまっていたのだから。

 

 指先を噛み切って、血を流しながら魔術の陣を描く桜の鬼気迫る様子に、士郎は呑まれていた。そんな桜の顔など見たことがない。同時にやっと実感する。桜が魔術師なのだと。そして――ライダーを助けようとする意志の強さを。ライダーを助けることが、巡り巡って士郎を助ける事に繋がるからこそ、桜は必死なのだった。

 陣を描き終わると、桜は士郎に早口に言った。これからわたしが唱える呪文をなぞってください、と。多くの血を意図的に流したせいで、そして大量の魔力がライダーに吸われているせいで青い顔をしながら桜はそう言ったのだ。士郎は頷く。

 

「告げる――」

 

 

 

 ――その景気の良い逃げっぷりに、ランサーは口笛を吹いた。割り切ったら早いタマだったか、と。

 

 そしてランサーに向け、決死のライダーが仕掛ける。この時点で言えば、初見であるライダーを相手にランサーは全力が出せない。身体能力ではライダーに分があった。

 それを感じている。数値の上では己の優勢を確信できる。だが彼女は識っていた。それこそ赤子と巨人種の戦士ほどの差でもない限り、身体能力の差で勝っていても覆してのけるが英雄であると。事実両者の差は、絶対的なものではない。技量もなく鎖杭を振り回すライダーの攻勢を、ランサーは容易く対処して捌いている。

 ライダーは感じていた。槍兵は冷静に自分の疾さを追い、観察し、仕留める一撃を繰り出すタイミングを見計らっているのを。魔槍に魔力が徐々に充填されていくのを。

 本能が訴える。警鐘を鳴らす。アレが放たれれば終わりだ。させてはならない、耐えなくてはならない。一級の英霊にも通じる出鱈目な機動を行いランサーの周囲を跳ね回り、的を絞らせず杭の投擲を繰り返した。鎖で行動範囲を狭めた。

 

 魔槍が旋回され、薙ぎ払われる。尋常の騎士が相手なら、あるいは神代以降の戦士なら、ライダーの全力の機動に対処できず手を焼いただろう。然しランサー、アイルランドの光の御子は怪物狩りの名手だった。人の理の通じない身体能力任せの猛攻を完璧に防ぎ、狩りに移行している。ライダーが怪物の因子を持つのだと悟られているのだ。

 

石化の魔眼(キュベレイ)――!」

「グッ……! コイツは……石化の魔眼か!」

 

 なりふり構わず自己封印・暗黒神殿を解除し魔眼を解放した。封じていたのは魔眼のみならず、自身の魔性である。怪力を全開にし、魔眼で()()()ながら一気にケリを付けに掛かるも、三騎士のクラス別スキルである対魔力で束の間、ランサーは一瞬にして石化して敗北する結末を回避し対処した。

 ルーン魔術。ルーン文字の組み合わせにより千変万化する効果が、魔物狩りの英雄に適切な守護を与えた。魔眼対策の魔術がランサーを保護する。重圧を微かに感じる程度に軽減されたキュベレイにメドゥーサは舌打ちした。とことん相性が悪い。ランサー以外ならどうとでも料理してしまえるものを――!

 

 焦りがある。徐々に、徐々に追い詰められていく実感。ランサーにだけではない。自己封印・暗黒神殿を解放して、魔眼や怪力を使えば使うほど魔性に傾き、霊基がゴルゴンに変じていくのを感じる故の焦りがあった。

 桜はまだなのか、救援はまだなのか。息が上がる。全力の機動戦にどこまでも槍兵が追随し神経を削ってくる。油断すれば一刺しだ。今の槍兵よりは速力で勝っているはずなのに、全く振り切れない巧みな跳躍術が厄介に過ぎた。

 

 ライダーは、ふとランサーに隙を見つける。キュベレイの負荷を10分以上受け続けたせいか、ランサーの足が微かに石化し動きが鈍ったのだ。本能的に食らいつき、肉体を酷使して蹴撃を叩き込み――しまった、と、己の不覚を直感する。

 魔眼対策のルーンが解れたのは、右足の爪先だけ。他はまだ万全だった。そんな不自然な崩れ方など有り得ない。誘われたのだ、大振りの一撃を。間合いを空けに来る攻撃を。魔槍が脈動している。マズイ、マズイマズイマズイ――!

 ランサーは自ら跳んでライダーの脚撃の威力を殺し、再び超足で踏み込んでくる。近寄らせてはならないという悲鳴を怪物の本能が上げていた。もう止められない、対軍規模の宝具でランサーを倒すために隙を突いて吹き飛ばしたのだ。もうやれる事は、自身の首に杭を突き刺し、己の血で天馬を召喚する事だけ――だが――間に合わな――

 

「その心臓、貰い受けるッ!」

 

 光の御子が、閃光のように馳せる。そして真紅の槍、その力を解き放った。

 

 

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)――!」

 

 

 

 躱したはずの槍が、逆転した因果を辿り飛来する。

 着弾の瞬間、水風船が破裂したような音を、怪物に成り果てる運命の騎兵は聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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