ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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注意。ここのsnセイバーは、ZEROセイバーではない。そのためメンタルが豆腐ではない。騎士道に拘泥せず、勝つためなら悩みはしても普通にマスター狙いもやる。snであったように、このセイバーはZERO仕様ではないため切嗣と阿吽の呼吸で戦える冷徹さがある。
よってZEROセイバーより数段上の危険性があると考えております。理性ありのヘラクレス相手にそんなことできるわけないだろ! と思われるかもしれないが、作者は冷静に考えて実現は困難でも『可能』と判断します。




十夜 剣の陣、聖杯の器(中)

 

 

「――あら、楽しそうじゃない。わたしも交ぜてもらおうかしら」

 

 地べたを這いずる翅無き蟲を嬲る、残酷な愉悦に耽溺しているかの様な嗜虐の声音。

 アイルランドを席巻した光の御子たる槍兵、ブリテン救済が為に立った騎士王たる剣士。共にトップサーヴァントに名を連ねるに値する強者。一触即発、風雲急を告げる最速と最優の二騎の対峙を、狩られるだけの獲物の番付けとして無為とするのが最強。

 其は超重の威風。超越の偉容。月光を浴び夜闇に光の飛沫を散らすが如き金色の甲冑を纏い、たなびく外套、兜に揺らめく鬣に荘厳な獅子の生命のうねりを宿している。

 携えしは海嘯の魔槍。白亜の槍。冬の妖精のような少女の傍に控え、純戦士として佇む静謐な刃。

 

 イリヤスフィールの、介入を告げる台詞に。とうに彼女達の接近へ勘付いていた槍兵は嗤い、剣の陣営は顔を強張らせた。

 

「あな、たは……まさか、ヘラクレス……?」

 

 少女騎士の愕然とした問いは、ほぼ自分自身に向けられた自問に近かった。それほど信じ難い思いだったのだろう。

 召喚直後にランサーと戦闘に移るものと思っていれば、やって来たのは高名さや武勇に於いて自身よりも数段上の英霊である。この事態の急転ぶりは未だ嘗て経験がない。混乱しそうになるのを堪え、しかしセイバーは確信せざるを得なかった。此度の聖杯戦争は、前回のものよりも熾烈に鎬を削る事になるだろうと。

 いや、あるいはその決着の場に、自身が居合わせられないとすら覚悟を決めるべきかもしれない。鋭敏な勘が警鐘を鳴らしている。脳裏に赤いランプが灯っている。自身の脱落も有り得る厳しい戦いになる――

 

「………」

 

 バーサーカーは一目で真名を知られた事に、肩を竦めるしかない。彼らしくない諦めの入った仕草だったが、余程自尊心の強いサーヴァントでもない限り容易く真名を知られる事態は歓迎すべきではないのである。

 神代の英雄で、明確に姿形を後世に伝えられている者など彼しかいないのだ。であれば彼としても諦めはつく。寧ろ誇るべきかと思いかけ、それほど功名心があるでもないバーサーカーは単に嘆息する事しか出来ないのであった。

 

 だがイリヤスフィールはそうではないのだろう。バーサーカーが誇らない分、余程に誇らしくかんばせを澄ませて上機嫌に鼻を鳴らす。そうしながらランサーとセイバー、そして士郎と桜を睥睨した。

 何が可笑しいのか、嘲弄を滲ませる。セイバーを見て、彼女が士郎のサーヴァントであると認識したからだ。

 

「あは。シロウ、よりにもよって()()()を喚び出したんだ」

「っ……」

「運が良いのか悪いのか……バーサーカーに言わせてみれば悪運に長けてるんだろうけど、面白いわね。……あ、自己紹介がまだだったわ。わたしはイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。短い付き合いになるだろうけど……お兄ちゃんにはイリヤって呼ばせてあげる。特別なんだからね」

 

 紅い、ルビーのような瞳に射竦められ、傍にいる護るべき存在を見止めた士郎は、腹を据え警戒心を強めながらも口火を切った。

 

「……じゃあ遠慮なく、イリヤって呼ばせてもらう」

 

 士郎は良くも悪くも平凡な常識を知っている。故に普段の彼なら馴れ馴れしく初対面の女の子の愛称なんて、許されたとしても軽々しく呼ぼうとはしなかっただろう。

 だが今、イリヤスフィールの機嫌を害するのは危険だ。その判断が、喉をカラカラに枯らしながら口を開いた士郎に、よく知りもしない相手の愛称を口にさせた。

 

「なあ。イリヤはなんで、俺の事を知ってるんだ? なんで俺を殺そうとする?」

「―――? え、なに? 惚けてるの?」

「ボケちゃいない。本当に分からないんだ!」

 

 士郎が幾ら善人で、自身の命を勘定に入れない壊人であったとしても、訳も分からないまま命を狙われる理不尽には憤りを感じもする。士郎はイリヤスフィールの幼い風貌を見て、なんとか話し合いで事態を終わらせられないかと試みた。話せば分かってくれるはずだと信じて。

 彼女のサーヴァントはわざわざ自分に忠告までしてくれた。イリヤスフィール本人もそうだ。なら話し合えばなんとかなるという淡い希望を持つのも許されるべきだろう。

 ランサーは眉を顰める。彼は仕事となれば女子供も殺す冷徹な側面も持つが、それ以外であれば気さくで面倒見の良い兄貴肌の好漢である。その遣り取りだけで何やら因縁めいたものがあるのを見て取ると、話が終わるまでは静観する気になっていた。何より自身がその手の因縁で死んだ身であるのだ、清算できるのならわざと邪魔してやる気はない。ないが、彼の関心はもとよりイリヤスフィールにはない。あるのはひたすらに目の前の強敵、バーサーカーと、セイバーだ。さぁてどうするかと内心舌なめずりする。

 セイバーはともかくバーサーカーは既に令呪の対象外……全力を出せる。しかしセイバーには令呪の縛りが働くだろう。となれば……想定外が出る公算の高い戦闘時に、剣士と狂戦士を相手に肉体の出力がバラける瞬間を晒すのは極めて危険である。

 例えばセイバーに向いている時は、令呪の縛りでパラメータが低下しているのに、そこをバーサーカーに横殴りにされてはたまったものではない。その逆も然りだ。三つ巴となれば、バーサーカーの相手に専念しても、横合いからセイバーに斬り掛かられ、対処しようとした瞬間にパラメータが下がれば、バーサーカーへ致命的な隙を晒す事になる。白兵戦に長けたサーヴァントを相手に、その隙は殺してくださいと言っているようなものなのだ。安易に戦闘に移るのは危うい。そう判断できるだけに、なかなかにもどかしい状況であると言えた。

 

 セイバー、アルトリア・ペンドラゴンは静かに呼気を整えた。

 

 知らず息が乱れていた故である。気圧されたのではない。押し殺して久しかった人の心が、一人の騎士として憧れた伝説の勇者を目前にし、興奮を押さえきれなくなってしまったのだ。しかし彼女とてブリテンを救うために十年以上もの間戦い抜いた、常勝の王である。未熟な一面が噴出しかけるのを一瞬で封じ、冷静さを取り戻す。

 ランサーを見る。マスターと、その同盟者を見る。――イリヤスフィールを見る。

 ちり、と胸がざわつくのを堪え、微かに悼ましさを感じる雪の少女に目を眇めて、意識的に別格の存在感を持つ巨雄に視線を向ける。

 

 セイバーは自分、ランサーは目の前の男。ライダーは脱落している。

 

 彼女はヘラクレスらしきサーヴァントのクラスを知らない。アーチャーか、と判断していた。何せその佇まいには明確な理性がある。狂戦士であるなどという発想は微塵も浮かばない。ましてや魔術師、暗殺者である訳がない。なら消去法的にアーチャーであると判断するのが正しい思考だ。

 だがアーチャーであるにしても、なぜ槍を持っているのか。あれは『鉦を穿つか、地鳴らしの槍(エノシガイオス・トリアイナ)』だろう。槍兵でなければ槍を持つのはおかしい。

 しかし弓兵だから弓しか使わないとは限らない。戦場に立つ者にとっては自明ではある。ヘラクレスほど高名な英霊なら宝具が一つとは限らないのだ。仮に弓兵ではなかったにしても、白兵戦に長けたエクストラクラスのサーヴァントである可能性も視野に入れる。

 

 しかし、だ。イリヤスフィールは除外するとして、この場の誰よりもヘラクレスに対して識っているアルトリアは、伝承の一節を思い出していた。

 

 ――英雄ヘラクレスは戦女神アテナに乞い、狂気を祓う加護を得た。

 

 つまり。理性がある彼が、実は狂戦士の座に在るサーヴァントである可能性がある。彼ほどのサーヴァントを維持するのはどんなマスターにも苦痛だろう。それを魔力の燃費が最悪のバーサーカーに据えるなど、とてもではないが正気ではない。故にセイバーはその可能性を排除していた。いや、したがっていた。

 仮にバーサーカーであったとして。仮に、まだ狂化してなかったとしたら。まだ剣を交えたわけではないにしろ、明らかに戦士として格上であると直感できてしまう彼に、まだ上があるという事になってしまう。そうなれば――マスター殺しを成さねば、とても対抗できるとは思えない。イリヤスフィールを狙うのは、アルトリアとしては避けたいが。勝つためとなれば手段は選べない――

 

 騎士道には反する。しかし祖国救済のため、アルトリアは自身の誇りなど溝に捨てる覚悟があった。勝利し聖杯を手にする事は、あらゆる全てに優先されると定めている。

 問題は、みすみす自身の弱点・急所(ウィークポイント)であるマスター狙いを、ヘラクレスが許すかどうかだ。ちらりとランサーを見る。好戦的な彼を利用して立ち回れば、ヘラクレスにランサーを押し付けられ、その間にイリヤスフィールを斬り伏せられるかもしれない。

 

 一瞬だ。アルトリアには遠距離攻撃の手札がある。それを使えばイリヤスフィールを瞬きの間もなく倒せる。幸いにも彼女の注意は完全に士郎に向いていた。

 エミヤ――前回の聖杯戦争のマスターと同じ姓。アインツベルンのイリヤスフィールとも合わさり、因縁めいた物を感じるが、エミヤであれば自分の戦略にも理解が得られるはずだと判断した。聖杯戦争について何も知らされずにいたにしても、薫陶ぐらいは得ているのが当然であり、あの切嗣の息子であるかもしれないなら当然、魔術師としては半人前でも冷徹な戦闘論理を受け入れるはず。第四次聖杯戦争で並み居るサーヴァント、マスターを共に撃破して来たあの男の息子なら……。

 

 ――皮肉にも、ランサーの提案通りとなっている。この場は退き、自身のマスターとの相互理解に励めばよかったのだ。士郎がマスター殺しをよしとしない性格で、敵サーヴァントだけを倒せばいいと考えているようなお人好しだと分かれば、アルトリアも積極的にマスターを狙おうとはしなかっただろう。彼女としても現世の人間を好きこのんで殺したくはないからである。

 

 仕掛けるなら、開戦していない今。奇襲の一手としてマスターを狙う。それは卑劣だが、卑怯ではない。戦場の騎士として当たり前の戦術だ。事実、生前の経験の中でも、円卓の騎士や自身も奇襲戦術は何度か使っているのだから。

 密かに聖剣へ魔力を充填する。風の鞘『風王結界』を撃ち出す準備だ。狙いはイリヤスフィール。倒せないかもしれない格上のサーヴァントと、まともに戦おうとするなど愚の骨頂。故にアルトリアは迅速に動き出そうとして――

 

 

 

「鎮まれ。我がマスターとその姉弟(きょうだい)の交わりを邪魔立てする者は、戦士王の名の下に斬り捨てる。

 ――貴様に言っているのだ、()()()()

 

 

 

 ヘラクレスが白亜の魔槍の石突で地面を叩き砕いた。蜘蛛の巣状に亀裂の刻まれたアスファルトの地面。その衝撃と爆音にアルトリアはぎくりとして。指摘された槍兵が、悪戯の見つかった意地悪な男のように、ニッ、と笑った。

 自分の狙いが露見した訳ではない。ランサーもまた、イリヤスフィールになんらかの手を仕掛けようとしたのだ。ただし、アルトリアと違って本気ではない。

 

「いや何……あんまりにも無防備だったもんでよ、つい魔が差しちまった。悪ぃ悪ぃ」

「次はないぞ。私としても、マスターの命なくして刃を振るう気はないのだ。貴様が此処で斃れたいというのなら相手をしてやってもいいがな」

「ハッ。死ぬのはテメェだ、とでも言っておこうかね? 簡単に獲れるほどオレは易かねえぞ」

 

 殺気をぶつけ合う両者は初見ではないらしい。気のせいかランサーの存在の格とでも言うべきものが、自分に対していた時より数段跳ね上がっている。――ランサーに自分は侮られていたのか? とアルトリアは苛立ちを覚えるも、機先を制される形になったせいで出鼻を挫かれた気分だった。

 無言で状況を把握する。具体的には分からないが、この場に限っての理解に努める。

 ヘラクレスはランサーに意識を傾けているが、自分にも当然警戒心を向けている。マスター狙いを何より警戒しているのが分かった。当たり前である。セイバーとしての自分も、マスターがこの死地にいる状況は面白くない。巻き込んでしまえば斃れるのは自分も同じなのだ。

 

「………」

 

 アルトリアは沈着とした眼差しで、冷徹に戦況の推移を分析して戦略を構築する。その能力は、戦士王よりも、光の御子よりも上。個としては劣っていても、王としての戦術、戦略構築の手腕と才覚、経験値はこの場で誰よりも高かった。

 警戒すべきは、ランサーとヘラクレスの実力を正確に把握できていない事。急いては事を仕損じるのは、いつの時代、どこの戦場でも同じ。アルトリアは気づかれないように息を吐き出し、そして方針を固めた。

 

 この場は生き残る事に何より注力し、ランサーとヘラクレスの戦力を分析する材料を得て生還する。次の戦いでの戦略を練るためだ。確実性を求めるべきである。まだ博打を打つには早い。サーヴァント同士の戦いに徹し、自分が正道の一騎打ちをする者と誤認させる。次か、はたまたその次か。その時の戦いでの奇襲性を高めるのだ。

 セイバーのサーヴァントは、そうして臨戦態勢は崩す事なくイリヤスフィールから狙いを外した。相手がヘラクレスであると気づいた瞬間から気が逸っていたのを自覚し、自身を戒める。意識の七割をヘラクレスに、三割をランサーへ向けた。ランサーは槍を下ろす。無論臨戦態勢のまま。ヘラクレスは宣告通り、イリヤスフィールと士郎の遣り取りを邪魔しなければ仕掛けない腹積もりらしい。

 

 桜と士郎がヘラクレスの鳴らした轟音に反応して冷や汗を掻くのに、イリヤスフィールは毛筋の先ほども反応せずに戸惑いを呑み込む。

 

 士郎が何も知らないと言った。その真偽を疑うも、自らのサーヴァントから折角気遣われたのだ。無下にはせずに言葉を紡ぐ。

 

「……お父様は、何か言ってなかったの?」

「……? 待ってくれ。そこの……えっと、ヘラクレスでいいのか?」

「そうよ。バーサーカーはギリシャ神話最大の英雄、ヘラクレスっていうの。識ってるでしょ」

「……!」

 

 セイバーが反応する。バーサーカー、ですって? と。信じられない思いで不可視の剣を握り締める。だがそれには構う余裕はなく、士郎は生唾を呑み込んで返答する。ヘラクレス――バーサーカーはイリヤスフィールの心情を慮り、顔色を険しくした。

 イリヤスフィールは父の事をキリツグと呼び捨てにしている。呼び方からの関係性を隠そうとする物言いは、イリヤスフィールが少なからず動揺しているのを示していた。

 

「そのヘラクレスが、俺とイリヤを兄妹(きょうだい)って言ったよな。……イリヤの言うお父様って、もしかしなくても爺さん……切嗣の事なのか?」

「……ええ。元々お父様は、わたし達アインツベルンの雇った聖杯戦争に勝つための傭兵だったの。お母様と結婚して、わたしが生まれた。お父様は聖杯戦争に戦いに行って――二度と帰ってこなかった。わたしを捨てたの。だから……だから殺すわ。復讐するのよ。そう、そうよ……殺さなくちゃ。わたしを、裏切ったんだもの!」

 

 士郎に事情を伝えるために言っている内に、その身に秘めた激情が噴出した。殺気を撒き散らす幼い容貌の少女に、士郎は信じられないと目を見開く。

 

「切嗣がイリヤを捨てた? ……嘘だろ?」

「本当よ! だって……帰ってくるって。絶対迎えに来るって言ってたのに! キリツグはわたしを捨てて、アインツベルンを裏切って! 聖杯を破壊したッ! なのに養子なんか取って、悠々自適に暮らしていただなんて……許せない。許せるわけない。だからシロウを殺すの。キリツグも殺す! ぜったいぜったい許さないんだから!」

「待ってくれ! 俺は信じない、切嗣は自分の子供を捨てるような奴じゃない!」

「でも捨てたのよ! キリツグはどこ!? 死んだなんて言って隠したって無駄なんだから! どこに隠れても見つけ出して殺してやるわ!」

 

 子供の、癇癪だった。それに士郎は必死に考える。どうやったらイリヤスフィールに信じてもらえるか。

 そして――思い出す。そうだ、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「―――え?」

 

 ぴた、と。イリヤスフィールの動きが止まった。

 士郎は渇いた唇を嘗める。そして、思い出しながら言葉を重ねる。

 

「切嗣は時々、俺にも行き先を言わないで、どこかに行っていた。何度もだ。世界中を冒険してるんだ、なんてふざけて言ってたけど、多分あれは……イリヤを迎えに行っていたんだと思う」

「――――うそ」

「ああ、俺も本当の事は分からない。でも切嗣なら絶対にイリヤを捨てたりなんかしないはずだ。イリヤの知ってる切嗣は、自分を捨てるような奴だったのか?」

「…………」

 

 イリヤスフィールの脳裏に、幼い頃の思い出が去来する。

 ずきり、と胸が痛んだ。傷口から血が噴くように。

 

 自分に対して、とにかく甘くて。そのくせ意地悪で、負けず嫌いで。雪の降り積もった森で胡桃の芽を探す競争で、ズルして自分を怒らせて。ごめんごめん、なんて謝っていた。

 切嗣の仕草。言葉。思い出……。次々と湧いて出る、切嗣との記憶。雪みたいに綺麗だと言ってくれた髪は、今でも密かに自慢に思っている事に気づいた。

 わなわなと唇が震える。肩が震える。もう少しでイリヤスフィールを説得できると、士郎は急く。

 

「俺はそう思わない。だって切嗣は、意地が悪い奴だったけど、わざと人を傷つけるような事だけはしなかっただろ? だから――」

「―――さい」

「い、イリヤ?」

「――煩いッ! もう何も聞きたくないッ! バーサーカー! 殺して! みんな、みんな! 殺してぇっ!」

 

 心の許容範囲を超え、イリヤスフィールは錯乱したように叫んだ。

 髪を振り乱して泣き叫ぶイリヤスフィールに反応して、

 

 静かに、狂戦士は白槍を動かした。

 

 セイバーが弾けるようにその場から飛び出そうとするのに「待ってくれ!」と士郎が必死に制止した。戦いたくないのではなく、イリヤスフィールが心配で頼み込んだ。バーサーカーのサーヴァントにも待ってくれと。だがそれには耳を貸さず、バーサーカーはマスターに確認する。

 

「いいのか? 此処で殺せば、お前は永遠に取り返しがつかなくなる。それでも殺せというのなら、私はお前の心を護るために一度だけ抗命しよう。――令呪を使え。さもなくば、この場で私が戦いを選ぶ事はない」

「ッ――!」

 

 イリヤスフィールは頭を抱えた。充血した目でバーサーカーを睨む。彼の反抗が、彼の立場に許された最大限の諫言であると理解して。

 それでも荒れ狂う感情の奔流に、心も幼い少女は抗えなかった。故に、冬の聖女の末裔は、その身の桁外れの魔術回路を起動し、紅い令呪を光らせた。

 

「いいわ――使ってあげるわよ! ()()()()()()()っ!

 殺しなさい、あいつらみんな、潰しちゃえ――!!」

 

 イリヤッ! 士郎の叫び。桜の怯え。セイバーの計算。ランサーの歓喜。

 それらを置き去りに、バーサーカーは令呪に抗わず従った。

 

「――了解した。では、鏖殺だ」

 

 

 

 

 

 

 


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